文学

彼の声

この世界について、この社会について、この時代について、未来について、過去について、人々について、自分が日頃感じていることを率直に語る。

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彼の声 2019.2.10 「衝撃的な出来事」

2019/02/12

 過去に起こった出来事の中で、それがその
時点で誰も予想もしていなかったような思い
がけない衝撃的な出来事であれば、その出来
事が多くの人々の記憶に残って、またそうい
った出来事が歴史文献などにも記されること
が多いのかもしれないが、その一方で、何で
もないような些細な出来事でも、それがその
時代の世相を反映する何らかの兆候を示して
いるようなら、そうした出来事が当時の世の
中の状況や傾向を物語っているだろうし、ま
たそんな出来事と似たようなことが現代の世
の中でも起こっていたら、それが当時と今と
で世の中に同じような作用や影響を及ぼして
いる場合もありそうで、そういう世の中の状
況や傾向を物語るような出来事を、過去の時
代の中で探してみれば、それが現代の時代を
理解するのにも手助けとなるのかもしれない
が、それが具体的に何かとなると、過去の時
代について記された文献などを詳しく調べて
みないことにはわからないだろうが、たぶん
そんな昔のことでなくても、つい最近に起こ
った出来事であっても、世の中の状況や傾向
を物語るようなことがうかがい知れるかもし
れないが、それが何を物語っていようと、そ
こから何がわかるとしても、興味のない人に
は意味のないことかもしれないし、そういっ
た物事はごく限られた人にしか理解されない
ことになってしまうのかもしれないが、そう
いう特定の出来事からうかがい知れる兆候に、
何か現代の現状を象徴するような特徴が表れ
ているのかもしれず、またそういうところか
ら、現代に生きている人々の意識の深層心理
に働きかけるような、何らかの作用や影響が
及ぼされているのかもしれないが、そうした
兆候を伴った出来事に関して、それが些細な
ことだとは思われないような、またある意味
では深刻に受け取られるような話題として、
例えば、不満だらけの生活環境にある人ほど、
そうした不満のはけ口として、児童虐待など
の弱い立場にある対象に向けての攻撃に転嫁
されるような傾向があるとすれば、そういう
出来事が頻発するような社会では、メディア
上では盛んに様々な欲望を煽るような宣伝や
煽動が行われているにも関わらず、現実には
経済的な事情などで、その欲望を成就できる
人の割合が少ないと、社会の中に不満が渦巻
いているような状況となって、結果的に児童
虐待などが頻発するような社会情勢となるの
かもしれないが、もちろん児童虐待が頻発す
る理由として、そんな粗雑な推測が当てはま
るとは思えないにしても、そうした傾向にも
程度の問題があるだろうし、またいつの時代
でもそんなことは起こっていたのかもしれず、
それを取り立てて現代に特有な兆候や傾向と
して問題視するのも、的外れかもしれないし、
またそうした問題に関して、現状が過去の時
代と比べて、取り立ててひどいわけでもない
のかもしれず、しかもそんな憶測を用いて、
そうした社会問題などをもっともらしく語る
行為自体も、いつの時代でも語られてきたこ
とかもしれないし、またそれを安易に政治問
題化させて、児童保護などに関して行政の制
度を改めなければならないと主張することも、
そんな事件が起こる度に言われてきたことか
もしれないし、そういう方面で有効に機能す
るように、公的な制度を改善しなければなら
ないのは当然のことだとしても、そうした制
度的な改善だけではどうにもならない面もあ
るだろうし、たぶんそうしたどうにもならな
い面が、それについて語る余地を生じさせて
いて、社会の中で否定的に見えるそうした面
を改善させることに関して、何やらもっとも
らしい意見がメディア上で主張されることも
あるのだろうが、たぶんそういうこととは違
って、もっと単純な傾向として、公的な制度
が人の私生活に干渉しようとする兆候があっ
て、人の状態や状況をできるだけ正確に詳し
く把握しないと、きめ細やかな対応ができな
いから、人の行動や活動を徹底的に監視する
ような成り行きになってしまうと、それが単
刀直入に街中が監視カメラだらけの監視社会
になりかねない問題が出てくるわけだが、そ
して行政機関などから私生活を監視されたり、
場合によっては介入してきたり干渉されると、
当然不快になるから、なるべくそういった監
視や介入や干渉などをされないように、一般
の民衆の側で自己防衛することにもなるわけ
で、そういう面で監視社会にはしないで、し
かもきめ細やかな行政機関による対応が求め
られてくると、現状のやり方ではうまくいか
ない面があるだろうし、そういう部分でどち
らの側にもジレンマがあるのかもしれないが、
それでも現状で改善できる面は改善するとし
ても、それが根本的な解決にはなり難いこと
は承知しておくべきかもしれないし、常にそ
こで人ができることに関してのせめぎ合いが
生じていると捉えておくべきで、一方が何か
をやれば、もう一方はそれに対応して、その
やったことへの対策を立ててくるわけで、そ
ういう面で一定の決められた動作しかできな
い制度的な対応だけでは後手に回ってしまう
のは否めないし、それが制度的な限界でもあ
るわけだが、またそういう意味ではそれが制
度の特徴だと言えるだろうし、仮にそれが制
度の限界だとしても、決められた手順や枠組
みを定めるという面では、制度が社会の中で
有効に機能している面もあるわけだから、結
局制度はそういう面で有効に機能していれば
それで構わないわけで、それ以上の機能を制
度に求めない方が妥当なのかもしれないし、
そういうことを踏まえて対応するとすれば、
制度から逸脱した対応が求められてしまい、
そうした部分が制度を運用する側に求められ
ているかというと、そうでもないだろうし、
結局そういう部分で制度の限界に直面すれば、
自然と事なかれ主義にならざるを得ないだろ
うし、制度的には弾力的な運用とか柔軟な対
応とかは求められていないのだから、そうな
ると行政の側では責任逃れとも受け取れる対
応になるしかないだろうし、そしてそういう
部分で何やら改善策が模索されるとしても、
それが制度的な対応である限りで、制度やそ
れを裏づける法律から逸脱するようなことは
できないし、実際にやらないだろうし、そう
いう面ではそれで構わないようなことになっ
てしまうのではないか。

 そういうことになると、よその国ではどう
とか、何やらそういう面でうまくいっている
事例を探し出してきて、我が国でもそうすべ
きだと声高に主張する人も出てくるわけだが、
そういうことなら、できる範囲内でそういう
国の制度を見習えばいいだろうし、それで物
事が解決するならお手軽な作業となってしま
うわけだが、たぶんそういうこととは別の方
面で、行政のあり方がどうのこうのとは違う
次元で、特定の誰かが生きている実態がある
のだろうし、その誰かが自分自身のことを考
える時には、まずは自身の活動を優先しなけ
ればならないだろうし、それが公的な制度や
法律に違反するようなことをやっていようと、
公序良俗に反するようなことをやっていよう
と、成り行き上そうなってしまうと、大抵の
場合はそれをやめるわけにはいかなくなるだ
ろうし、やめられなければ、そういうことが
できるということであり、実際にできること
をやっている実態があるわけで、それをやれ
る状況の中で行なっていることになるわけだ
が、そうしたことが他にばれると、それが法
律や制度に反する行為であれば、それをやめ
させるような成り行きにもなるだろうし、ま
たやってしまったことの責任を取らされて処
罰されるような成り行きにもなるわけだが、
そういう成り行きがあるとしても、そうなっ
てしまうのを未然に防ぐような対策も求めら
れていて、それも公的な面では法律や制度に
よって講じられていて、一定の手続きや誘導
や制御的な対策がとられて、それが制度とし
て社会の中で機能しているはずなのだろうが、
結局はそれもそういうことが事前に決められ
ていて、そうした制度に従うような決まりに
なっているわけだが、要するにそうした決ま
りを破れば、破るような行為を行える限りで、
それができるということになってしまうわけ
で、決まりを設ければ、当然それを破ること
もできるわけで、決まりとはそういうものだ
ろうし、それ以外ではないわけだが、それで
は決まりを作った側が納得しないと、決まり
を守らせようとするわけで、その決まりを守
らせようとする行為が、権力の行使となるの
だろうし、それが公的な権力の行使となれば、
行政側では主にそれが警察権力の行使となる
だろうし、そうした権力の行使に逆らえば処
罰されるわけだが、そうした権力の行使であ
っても、実態としては何かが起こってからで
ないと対応できない面があるわけで、要する
に何かが起こってから、その起こったことが
制度や法律に反するような行為であれば、そ
れを処罰するようなことが行われるわけで、
また制度や法律に反するとは言えない行為で
あっても、それが社会的に問題となるような
行為であれば、新たに制度や法律を作って、
そうした行為を規制するような成り行きにも
なるだろうし、そういう意味では常に制度や
法律は、起こってしまったことに対して適用
されるようなこととなってしまい、起こるの
を未然に防ぐようなことには不向きなのかも
しれないが、それを補うために講じられるの
が監視だろうし、人々を監視することによっ
て、人々が監視されているのを意識すれば、
何か違法行為をやってもすぐにばれてしまう
から、やらないようになるというのが、そこ
に適用される理屈なのだろうが、果たして公
的な機関が社会の隅々にまで監視の目を光ら
せることができるかというと、現状では不可
能だろうし、監視にしても不完全なままにな
っている現状があるだろうし、さらに違法行
為を行えば処罰されるのを恐れるから、それ
も未然に犯罪を防ぐ抑止力が期待されている
わけだが、それもある程度は効果を発揮して
いるとしても、実際に犯罪がなくならない現
状があるのだから、そうした効果にも限界が
あるだろうし、結局は監視にしても処罰にし
ても、違法行為をなくすには至らないような
対応でしかないわけだが、行政としてはそれ
をさらに強めるようなことをやりたいのかも
しれないが、予算的な面でも技術的な面でも
現状では実現できないだろうし、やる必要も
ないのかもしれないし、それが行政側にとっ
てはできないことになるわけだが、それに対
して一般の民衆の側でも、何でもかんでも行
政に依存しているわけではないし、別に全て
を行政に委ねるつもりもないだろうし、自己
防衛できることは自分たちでやらなければな
らないと思うのが普通の感覚だろうが、それ
でも行政の至らない点を指摘して批判するこ
ともあるだろうし、また批判したからといっ
て、行政に全面的に依存しようとしているわ
けでもないし、そういうところではそれはそ
れであってこれはこれでしかないわけで、そ
れ以上の過剰な対応を求めているわけではな
く、求められないことも承知しているはずだ
が、そこである一面を強調して拡大解釈して
しまうと、認識のバランスが崩れて、そうし
た面を過剰に煽り立てるようなことも起こっ
てしまうわけだが、いくら煽り立てても、そ
うした面だけではどうにもならない事情があ
るだろうし、他の面とのバランスを見ないと、
おかしな認識となってしまうわけで、しかも
そんな認識になっても、現状はそうはなって
いないわけだから、そうした過剰な煽り立て
を真に受けて生じる偏向した現状認識によっ
て、現状に関して誤った判断や解釈をしてし
まう人も出てくるわけだろうが、そうであっ
ても構わないような立場や境遇もあるだろう
し、別に誰もが正確な現状認識など持ち合わ
せていなくても生きていけるような社会情勢
となっていれば、それでも構わないような成
り行きになってしまうわけで、しかもそうし
た煽り立てをやっている勢力にとっては、そ
れを真に受けて賛同してくれる人たちが必要
なのだから、まさに願ったり叶ったりの状況
になっているのかもしれないし、そういう面
まで考慮に入れれば、現状のままで何ら制度
的な改善がされなくても、誰も困らないよう
な状況となっているのかもしれないし、むし
ろ今よりもさらに状況が悪化してくれた方が
好都合な勢力もいるのかもしれず、そうした
勢力によって、盛んに人々の現状認識を歪ま
せるような宣伝や煽動が行われて、さらに民
衆の心理状態がおかしくなっていく傾向にあ
るのではないか。 

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創刊日:2001-03-26  
最終発行日:  
発行周期:不定期  
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