ライフプランニング

ぶっけんの毎日ホッ法華経!

お釈迦さまが一番最後にようやく説き明かされた最も重要な未来を示した経典「法華経」と毎日接しましょう!法華経の全28品を毎月28日間、僅か一品一句づつ順番配信一巡を毎月繰り返すことで、無理なく28品全文をわずか1年で習得!ここだけの無料法華経メールマガジン!

メルマガ情報

創刊日:2015-03-02  
最終発行日:2019-11-15  
発行周期:ほぼ日刊  
Score!: 非表示   

規約に同意してこのメルマガに登録/解除する

このメルマガは最新記事のみ公開されています。

11月15日号 如來の慧に入りにき 【従地涌出品第十五】(三十九〜四十五行)

2019/11/15

11月15日号 如來の慧に入りにき 【従地涌出品第十五】(三十九〜四十五行)
 
★★ きょうの謎!
 
その謎1:
 
釈迦は先ず、今まで教化を施してきた一般の衆生全般に対して感謝を示しているのでしょうか?
 
その謎2:
 
如来の慧に入ることと、佛慧に入ることは違うのでしょうか?
 
その謎3:
 
先より小乗を学せる者については除くということは、舍利弗や摩訶迦葉などの声聞の大弟子たちは釈迦如来
の慧には入っていなかったということでしょうか?
 
 
∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴
 
■第7-15日 Vol.183
 
 如來の慧に入りにき
 
  【従地涌出品第十五】(三十九〜四十五行)
 
■■今日の一偈一句
 
 
 爾の時に世尊、諸 の菩薩大衆の中に於て是の言を作したまわく、是の如し、是の如し。諸 の善男子、
 
 
 如來は安樂にして少病少惱なり。諸 の衆生等は化度すべきこと易し。疲勞あることなし。所以は何ん、
 
 
 是の諸 の衆生は世世より已來、常に我が化を受けたり。亦過去の諸佛に於て供養・尊重して諸の善根を
 
 
 種えたり。此の諸 の衆生は始め我が身を見、我が所説を聞き、即ち皆信受して如來の慧に入りにき。先
 
 
 より修習して小乗を學せる者をば除く。是の如きの人も、我今亦是の經を聞いて佛慧に入ることを得せし
 
 
 む。
 
 
∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴
 
___________________
 
■■■  今 日 の 解 読 !  (苦)
___________________
 
その時に世尊は、諸々の菩薩大衆の中に於てこの御言葉をかけられた、そのとおりである、そのとおりだ。
 
諸々の善男子よ、如来はこのとおり安楽にして病少なくして悩み少ないピンピン状態である。諸々の衆生等
 
に対しては化度(けど:教育してさとりへ導く)すべきことはし易い。とくに疲労あることはない。なぜな
 
らば、この諸々の衆生は過去世代々よりこれ以来、常に我が教化を受けてきたからだ。また過去の諸佛の時
 
代に於て供養・尊重してきて諸々の善根を種えてきたためである。この諸々の衆生は始めから我が身を見、
 
我が所説を聞き、直ちに皆が信受して如来の智の恩恵に入ってきた。しかしながら以前より修習して小乗を
 
学してきた声聞の者だけは除く。このような声聞の人も、さらに我は今世において再度この経を聞いて用い
 
ることにより供に佛の智慧に入ることを得れているのだ。
 
∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴
 
___________________
 
■■■■ 今 日 の 振 返 り !(脱)
___________________
 
話は少々変わりますが、日蓮聖人は法華経全巻は28品あるうち前半の14品は排除してもよいと言ってい
たそうです。
それはなぜなのか?
 
恐らく法華経前半の14品までは、疑問提案の部分なのではないかと思えます。
ですから法華経そのものの内容をずばりこうであると示しだすのは今日の品の15品からのようにも思えて
きます。
とにかく14品までは多くの身内や弟子たちを中心とした方便説法そのものに疑問と関心を思わせる内容が
前置きのテーマになっているように思えるからです。
 
また、はっきり考えますと前半は釈迦の身内や声聞弟子の混乱がテーマになっているようであり、それが通
常に起き得るような出来事であって、その困惑テーマに釈迦すらもついに閉口し安樂行にて一旦頭を冷やし
て考え直すといった感じだからです。
そして、いよいよこの15品からもっと以前に作戦していた地涌菩薩という最後に秘めていた手段ともいえ
る切り札を出し始めるのです。
 
そして、その15品目からをよく考えて見てください。
15品から登場してくる地涌菩薩などは本来は釈迦滅後の正法・像法などとは関係が無いように思えます。
そして、どうやら全体通しての問題や課題となっているのは釈迦の末法への対策のことなのです。
つまり、釈迦の正法の威力が衰え、その後には新たな佛が必要になってくるわけであり、その新しく必要に
なる佛に関してが法華経だといえるはずなのです。
 
そのように散切りな判断を下した日蓮聖人のことを今さらながら大天才なのではないかと思えたりするので
すが、皆さんはどう思われるでしょうか?
結局は釈迦が究極の困難に陥り、実質上はもうマイッタとなったのは13品の勧持品だったと思えますね。
 
そして、その後に古くからのオーソドックスで佛教のお決まりコースとも言えるただ雨にも風にもまけず我
慢修行あるのみの安楽行という元々あるような姿に落ち着いたわけです。
ですからそれからが本来の法華経のテーマに沿った究極困難からの離脱や成功法といえると思うのです。
 
日蓮聖人は実際には釈迦までをライバルにした唯一の法華経の行者だったと思います。
つまり、日蓮聖人自体が釈迦と肩を並べる古来からの佛と名乗っていたからです。
ですから、日蓮聖人には日蓮の佛による法華経前半があるということになるでしょう。
もしかして、これが現実なら皆さんはどうお考えになりますか?
 
 
今回もお読みいただき、誠にありがとうございました。
 
末永くご愛読いただけますよう、また明日発行の「ぶっけんの毎日ホッ法華経!」
を何とぞよろしくお願いいたします。
 
 (ぶっけん成安田)
 
 
 ┏━┓┏…┓┏━┓┏…┓┏━┓
  次  回  ご  予  告
 ┗…┛┗━┛┗…┛┗━┛┗…┛
 
 明16日AM6時発行の『ぶっけんの毎日ホッ法華経!』は、
 
 〜 如來の演ぶる所の經典は 〜
 
 【如来寿量品第十六】(三十四〜四十行) 
   
   です! それではまたね^〜^
  
  
☆彡 明日の品ブログページへ
⇒ https://jouan167.jimdo.com/buddha0716/
   
☆彡 本日の品ブログページへ
⇒ https://jouan167.jimdo.com/buddha0715/
   
☆彡 先月の本品ブログページへ
⇒ https://jouan167.jimdo.com/buddha0615/
 

最新のコメント

  • コメントはありません。