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チャーチルの名言

2019/04/23

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今日は「チャーチルの名言」についてです。

ウィンストン・チャーチル 
イギリスの政治家、ノーベル文学賞受賞。第二次世界大戦中に首相となり、英国の戦争を主導した。 
国: 英国 
生: 1874年11月30日 
没: 1965年1月24日(享年90歳) 
1874年11月30日、イングランド南東部のオックスフォードシャーに生まれる。父は保守党の政治家、母はアメリカ人投機家の娘であった。 
父がアイルランド総督の祖父の秘書となったため、幼少期はアイルランドで過ごす。チャーチルは幼少期から勉強が嫌いで成績も悪く、大学には進学せず、陸軍士官学校に入学した。 
1894年、20歳のときに士官学校を優秀な成績で卒業。騎兵隊に配属される。1895年にスペイン軍に従軍して初めて実戦を経験。1896年には英領インドに転勤している。 
1899年、24歳で陸軍を除隊。チャーチルは庶民院議員選挙に保守党候補として出馬するも落選。 
1900年の第二次ボーア戦争には『モーニング・ポスト』紙の特派員となり戦地に赴くも捕虜となる。しかし、捕虜収容所から脱走したことによりチャーチルは知名度を上げた。 
1900年の総選挙で保守党候補として初当選を果たす。その後、自由貿易護持の立場を明確にしない保守党を見限り、自由党へ移籍。1908年、33歳の若さで通商大臣に就任。1911年に海軍大臣に就任。 
1914年に第一次世界大戦が始まると失敗もあり海軍大臣を外される。しかし、1917年に再入閣を果たし、戦車の増産に努め、英国の勝利に貢献した。 
1923年、自由党が労働党に接近するとチャーチルは反社会主義の立場からこれに反発し、自由党を離党。1924年の総選挙には保守党候補として当選。 
1939年9月に第二次世界大戦が勃発。これを機にチャーチルは海軍大臣として閣僚に復帰。1940年、66歳のときに首相に就任。同時期に西方電撃戦を開始したドイツ軍に惨敗し、フランスは陥落。しかし、英国本土の制空権を狙うドイツ空軍の攻撃は撃退する。 
1940年11月にルーズベルトが米国大統領に三選したことで米国の英国支援が本格化。1941年6月にヒトラーが独ソ戦を開始したことでスターリンのソビエト連邦と同盟関係になる。 
1941年12月に日本が真珠湾を攻撃したことで米国とも同盟関係になる。
http://www5e.biglobe.ne.jp/~tokutake/chatil.pdf
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*  とくたけプロフィール  *
これまでに地方公務員、国家公務員等を経て
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