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最終発行日:
2016-09-24
発行部数:
465
総発行部数:
39048
創刊日:
2003-09-19
発行周期:
月1〜2回
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◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
日本ペンクラブ・メールマガジン「P.E.N.」       第53号
                              2007年9月3日
第23回平和の日の集い(秋田市)より 対談2〜俵万智VS浅田次郎
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

目次
1)第23回平和の日の集い(秋田市)より 対談2〜俵万智VS浅田次郎
2)電子文藝館の新作紹介
                                                                  
===================================
┌----------------------------------------------------------------------┐
 前号に引きつづき、3月3日に秋田県秋田市で開催された「平和の日」の集いの
対談をお送りします。
 今号は、浅田次郎さん(作家)と俵万智さん(歌人)が、『美しさ』について
語った対談です。 
└----------------------------------------------------------------------┘


■対談2「平和の日に想う  美しさ」〜俵万智VS浅田次郎

浅田 今の県民歌の最後のフレーズの「詩の国・秋田」って、いいフレーズでした
ね。とてもきれいな詩だと思いましたね。

俵  美ということに関して、秋田は日常の中でもすごく意識されているような感
じがあります。あの県民歌にも、「美林」という言葉がありました。秋田杉のこと
だと思うのですが、知事の挨拶にも市長の挨拶にも「美」という言葉が出てきまし
たね。だから、美に対する関心度の高い土地柄なのかなと感じたんですね。秋田に
はわりとご縁があって、ちょくちょく旅をしているんですけれども、秋田犬を育て
ている方のところにお邪魔していろいろお話を伺ったことがあります。秋田犬の美
の基準がすごく細かいんですね。どれくらいあると思いますか?

浅田 横綱、大関とか、そう言うのじゃなくて?

俵  例えば、体高と胴の長さの比率ですとか、顔のチェック、毛の色艶とか長さ、
など62カ所もチェックポイントがあるんです。耳だけでも数カ所あると聞いて、驚
きました。耳の角度はこっちから見て45度とか、すごいんですね。でも、ちょっと
基準から外れているけれども、愛嬌があるとか、そういうのもポイントになるんで
すかって聞きましたら、「なりません」というお返事でした。「愛嬌」とか「ちょ
っと賢い」とか「人なつっこい」とか、そういうのは抜きにして62ポイント。すご
い厳格な基準があるんです。

浅田 厳しいですね。人間でそれをやられたら、たまんないですね(笑)。人間だ
と、すごい美人なんだけれど、何となく嫌な感じとかありますよね。「何となくい
い人」とか言うのは駄目なんですね。

俵  秋田犬に関してはね。

●城下町に伝わった「美」の伝統

浅田 僕は日本のいろんなところを旅してて思うんだけれども、秋田の美の基準と
いうのは、もちろん天然風土の美しさもさることながら、「長い歴史を持った城下
町」ということと関係あると思うんですよ。日本中どこへ行っても、「城下町」と
言われているところは、芸術作品をとてもよく理解するし、大切にするし、美に対
する基準のハードルがどこでも高い感じがするんですね。

 これは徳川時代という270年近くも戦争をしなかった時代の賜物だと思うんです
よ。戦争が何を破壊するかと言ったら、やはり美を破壊する。天然の美を破壊する
し、その天然の美を模倣した人類の芸術作品も破壊していくわけですよね。だから
僕は、徳川270年の城下町で伝えられた美の伝統というものは、これはイコール平
和というものであると思いますね。でも、城下町には違いないけれど、東京のよう
な大都市の場合は、戦争や震災で大きな破壊を受けて、そのために審美観というの
かな、美を大切にする人間の心が基準を失ったと思うんです。だから東京都民は、
美というものに対して、うといですね。

俵  日常の中での感覚がうとい?

浅田 うといと思いますね。美というものを、どう自分の生活の中の基準に置くか
ということに対して、東京の人間は、便宜性、利便性だとかそういうものを優先し
て、美しさというものは二の次にするみたいな気がするんですよ。俵さんはこの間、
仙台にお引っ越しになったんですが、東京から仙台に行っただけでも自然の美しさ
は感じますよね。

俵  そうですね。仙台を歩いていると、空気の匂いが、私の今まで知る限りの感
じで言うと、林間学校の匂いがします。

浅田 ああ、それは都会に育った子どもの素朴な、すごく率直な感情ですよ。分か
りますよ、それ。

俵  夜、仙台で川のそばを歩いていたら、林間学校の匂いがして、もうそれだけ
で「決めた」って思いました。子どもを育てるならこういうところがいいなあとい
う感じで、その夜に仙台へ引っ越すことに決めました。

浅田 仙台も大都会の割に緑が多いですね。大きい木なんかはそのまま大切にして
いる街ですよね。東京は駄目なんですよ。すぐ枝を払ったり、上をちょん切ったり
して、小さくしちゃうんですね、木を。

俵  浅田さんは東京のお生まれですか?

浅田 僕はまるっきり、不毛の大都市・東京の生まれ育ちです。僕のように根っか
らの東京人というのも珍しいと思うんですよね。生まれも育ちも東京だし、東京以
外で暮らしたことがほとんどないから、引っ越したこともない。東京以外に親類が
一軒もない。だから田舎のある子って、両親の故郷に帰るって言うでしょう。子ど
ものころはそれがうらやましくてね。

俵  年末に帰省するとか、夏休みにおばあちゃんの家に行くとか、そういう大騒
動がないわけですね。

浅田 全くないんですよ。だから夏休みになると、江の島に海水浴に行こうかとか、
寂しいことを言い出すわけですね。僕は自然にはすごく渇望しているんですよ。

俵    秋田は自然もたくさんあっていいですね。秋田にはそんなにはいらしてない
んですか?

浅田 実は2度目なんです。大きいこと言えませんね、2回しか来てないから(笑)。
何で縁が薄かったのかなと思うんですけれど、盛岡や仙台へはしょっちゅう来てる
んですよね、昔から。なぜか秋田はね。それから盛岡の小説だけ書いちゃいまして、
申しわけありません。秋田を悪者にしちゃいました(笑)。

●稲庭うどんの「端」の美しさ

俵  さっき言った美の基準について、気が付いたことの「その2」なんですが、
稲庭うどんを作っているところを見に行ったことがあるんですね。私はうどんが本
当に好きで、稲庭うどんも大好きなんです。

 いろいろ複雑な工程があるんですが、最後は女性が2本の棒にうどんを掛けて、
両手で「8」の字みたいにしていくんです。あとはちょっと平らにするのも、みん
な手でやるんです。平らにするから、口あたりがよくて、のどごしもいいというこ
となんですけれど、そのときに「茹で上がったこの右端と左端が半透明で、美しい
でしょう」「機械では絶対出せない。これが美しいでしょう」とおっしゃるんです
ね。端がおいしいとか、そういうことではないんですね。「これはそうめんやうど
んにはありません」と、この端の美しさということをずいぶん強調されていました。
こうしたところにも、秋田の美へのこだわりというものを感じましたね。

浅田 「秋田はラテン」と言うのは、そういう意味も入るのかも知れませんよ。ラ
テン民族は、何よりも「きれい」か「汚い」かが基準の先にくるんですよ。イタリ
アの有名な話なんだけれども、第2次世界大戦のときにゲルマン民族のドイツ人が
ローマを占領しましたよね。ナチは、軍事的に好ましくないからと、戦車が走りや
すいように、ローマ市内の石畳を全部引っ剥がしてアスファルトに敷き替えたんだ
そうです。

 ところが、戦争が終わったら、イタリア人は何をしたかと言うと、アスファルト
を全部剥がして、元の石畳に敷き替えたんですよ。確かにあの石畳ほど生活に不便
なものはないんですね。靴は引っかかるし、ハイヒールの踵は折れるし、歩きにく
い。ちょっと転んでもけがはするし、車はガタガタになる。だからドイツ人は、利
便性を優先してアスファルトにしたんだけれど、イタリア人はあくまでも見た目の
美しさを優先したんです。見た目の美しさ以外の何の理由もないですよね、あの石
畳というのは。これ、いい話でしょう。

俵  便利さより美しさを取るというのは、心の豊かさを感じさせるいい話ですね。
それは一つのありようですね。

浅田 それともう一つ、ついでにローマのことで言いますと、トラステベレという
ローマの下町があるんです。そこへ夏の盛りの暑いときに行ったら、アパートに冷
房の室外機が出てないことに気が付いた。冷房は付いてないのかなと思って、地元
の人に聞いてみたら、冷房の室外機は醜いから付けないと言うんですね。何百年も
経っているきれいな石造りの建物のベランダに、冷房の室外機を出すというのは、
許せないんですって。イタリア人の美学が許せない。だからこの街の人は、その一
画の人たちだけかも知れませんが、夏は暑い思いをするんだけれども、どんなに暑
い思いをしても、あんな醜い室外機を外に出すよりはマシだと言う。すごいですよ、
尊敬しちゃいました。

●戦争は弱くたっていい

俵  美しさのためのやせ我慢、とも言うべきもので、本当に素晴らしいですね。

浅田 だから昔、親父やおじいさんが戦争の話をするときに、「イタリアは弱かっ
た」とか「イタリアがいたから負けたんだ」とか、そんなことを言っていた記憶が
ありますけれどね。やはり素晴らしいですよ、それは。戦争弱くたって、いいじゃ
ないですか。そういうことを考えると、戦争というものは、美しいものを壊す作業
ですよ。それから、やはり美しいものを大切にしようとすることが、一番、平和の
近道の気がします。

俵  それは本当にそうですね。

浅田 だから、今のイラクの戦争なんかでも、僕らは今一つ無関心なところがある。
でも、イラクにはすごくきれいなものが本当はいっぱいあるんじゃないでしょうか。
僕は行ったことがないけれど、バグダッドなんて、たぶんエジプトや中国より古い
文明を持っているところだと思うんですけれども、いろんな歴史的な遺産や古い美
しいものなんかがたくさんあるんじゃないですか。おそらくそれらがめちゃくちゃ
に壊されているんじゃないでしょうかね。そういうことに対して、世界中の人たち
が比較的無関心であるというのが、イラク戦争のポイントじゃないか、と僕は思う
んですね。

俵  美しいものを壊されたくないという、そこがエネルギーになれば、何か生ま
れてくるかも知れないということですね。それとまた、平和であるということが美
を生むということがありますよね。美を護りたい気持ちが、また平和を求める心に
もなる。余裕がなかったら、人は美しいものにまで関心が持てないですからね。あ
る意味、美に関心が持てる状態というのが平和だ、という言い方もできるような気
がします。

浅田 痛切にそう思いますね。だから、歌の世界でも『昭和万葉集』みたいなのが
あって、戦争のことを歌っている。確かにそれはそれで胸打つものがある。僕はあ
れを読んでいるときに感動はするんですけれども、ちょっと釈然としないものがど
うしても残るんですね。「歌というものは、こういうものなのではないのではない
か」とか「歌はもっと平和なものなのではないか」と…。どう思います?

俵  花のようなものであってほしいと思いますね。私は日々、歌を作っている人
間ですけれども、歌を作っても、別にお腹がいっぱいになるわけでもないし、歌が
なくても生きていける。だけれど、ないとものすごく寂しい存在というのかな。何
かそういうもののような気がしているんです。

●「美」は「ビューティー」に非ず

浅田 美というものを根本的に考えるときに、皆さん、「美」という漢字をちょっ
と思い出してみてください。「美」という漢字は、たぶん、漢代から2000年間、形
の変わっていない数少ない漢字の一つなんですよ。漢字は簡略化されていったり、
世代によって変わってきたりはするんですけれども、大昔の漢代の竹簡に彫られた
「美」という字は、全く同じ字です。

 どういう意味を持っている漢字かと言うと、上の「羊」みたいな字がありますね。
あれは実は羊なんです。「羊」とは「生贄」の意味で、天に向かって生贄を捧げて
いる姿を、すべて象形文字として「羊」で表すんですね。その羊の下の「大きい」
というのは、「大きな天」「大宇宙」という意味だと思うんですよ。漢字の解釈の
仕方は学者によって違うんですが、あの「美」という字には、「大きい」「広い」
「尊い」というだけでなく、「素晴らしい」とか「おいしい」とか、もちろん「平
和」という意味も含まれるでしょう。あらゆるプラスのイメージ、自分をも含む全
自然、全宇宙に対するあらゆる賛辞というか、謳歌すると、あの「美」という字に
なる。漢字の成立のイメージから、僕は「美」という字をそういうふうにとらえて
います。

 ところが、僕らの世代は英語漬けの教育をされてきましたよね。そうすると、今
の人は単純に「美=ビューティフル」と考えるんですよ。中国、日本を含める漢字
の文化に比べれば、アルファベットの言葉というのは非常に単純な意味しか持たな
いんですね。そういうふうに考えると、先ほど言った、平和でなければ美しいもの
ができないとか、戦争は美しいものを壊してしまうということが、すごく分かりや
すい。「美」という漢字をさかのぼって見るだけでもね。

俵  そうですね。広く考えると、そういう大きさのある言葉ですけれど、例えば
秋田犬の話をしましたけれども、その形に宿る美というのもありますよね。見た目
という、狭い意味のビューティーというのではなくて、形に宿る美というのを私た
ちは持っているような気がするんです。

 日本的な考え方かも知れないけれど。我田引水すると、短歌というのも「五・七
・五・七・七」という形が決まっているものなんですね。それは窮屈な決まりとか
規則というのではなくて、言葉を練りながら、1000年以上もの間、その形に美しさ
が宿るということで私たちに手渡されたバトンと言うか、そういう形に宿る美があ
るかなということを、秋田犬を見せてもらったときに感じましたね。

浅田 それは、形というか、様式と言ったほうが分かりやすいですかね。

俵  そうですね。

浅田 それは確かに、日本の美学としてありますよね。形から入るというのは、僕
も嫌いじゃない。これも我田引水ですが、僕は小説を書くとき、小説家のポーズっ
て好きなんですよ。だから、座敷に文机を置いて、原稿用紙を置いて、万年筆で、
着物を着て書く、というのが好きなんですよ(笑)。

俵  えっ、実際にそうなさってるんですか?

浅田 実際、そうなんです。畳だと周りに資料をたくさん置けるだとか、合理的な
理由もありますよ。それから、あぐらをかいて座るときには、ズボンだと長くもた
なくて、着物が一番楽なんです、実は。そういう合理的な理由もあります。机と椅
子じゃなくて、どうして文机かと言うと、貧乏暮らしが長かったんで机が買えなか
ったというだけのことなんです。ちゃぶ台でずっと書いていたんで、慣れちゃって
いるというだけなんですけれどね(笑)。

●「五・七・五」は平和のリズム

俵  形というのは、ただ何か見た目というだけじゃなくて、すごく合理的な知恵
の集まりが形になっているという感じがしますね。

浅田 あ、ここですごい質問しちゃおう。今、思いついたんですが、短歌や俳句で
言うところの「五・七・五」のリズムという様式、これには何か合理性があるんで
すか。「四・八・四・八・八」じゃ、まずいんですか(笑)。

俵  それはまずいですね。なかなか科学みたいに、数学みたいには説明できない
けれども、例えば言葉が転がるというか、乗るというか、やっぱり五音、七音に乗
ったときに日本語は気持ちよくなる。それはある意味、合理性だと思うんですが、
短歌、俳句に限らず、コマーシャルの言葉でもそうですよね。すごい古いけれど、
「ハエ・ハエ・カ・カ・カ・キンチョール」っていうコマーシャルがありましたね。
あれはやはり、「ハエ・ハエ・カ・カ・カ」なんですね。意味の合理性だけで言え
ば、「ハエ・カ」でいいんだし、「ハエ・ハエ・カ・カ」でもいいんですけれども、
それじゃやはり駄目なんですよね。

浅田 そのほうが、すんなり入ってくるよね。

俵  やはり「ハエ・ハエ・カ・カ・カ」まで言って、初めて人の心に「キンチョ
ール」っていう言葉が、スーッと油断したところに入るみたいなところがあります
でしょう。五音・七音は、もうそれこそ1000年も前から、人の心に言葉を届ける器
として存在してきました。これはもう「四・八」ではとてもできないものが五音・
七音にある。歴史の中で、合理的に淘汰されて残った形じゃないかなと思います。
それを今、自分が言葉で表現するとき味方にできるというのは、現代詩の皆さんに
は申し訳ないんですけれども、何かすごい便利な魔法の杖を手にしてるな、という
実感はありますね。

浅田 今のお話で気付いたんですけれども、実は戦争って、全部、2拍子なんですよ。
軍隊もそうですね。これは軍隊にいらっしゃっていた方はお分かりになると思いま
す。僕も長いこと、自衛隊にいました。今は日本ペンクラブと自衛隊の隊友会の軋
轢で悩んでいるんですけれども(笑)。そのときの経験から言うと、やはり軍隊は2
拍子なんですよ。号令でも何でも、奇数はない。「かしら、みぎ(頭、右)」の号
令は5字のように聞こえますが、必ず「かしら〜ア、みぎ」と6字になるんですね。
どこかで延ばして、必ず偶数になる。

 そういうふうに考えてみると、やはり人間の歩調に合わせてるんじゃないかな。
歩兵の歩調に合わせて、「イチ・ニイ、イチ・ニイ」の延長で、全部、偶数で号令
を掛けるんじゃないかなというような気がしました。そうすると、「五・七・五・
七・七」は全部奇数でやっているというのは、やはりとても平和的なことのように
思えてきました。

俵  そうですね。だから、マーチじゃなくて、ワルツのほうがやはり平和なんで
すよ。「イチ・ニイ・サン」でね。

浅田 そうなんですよ。僕は自衛隊時代に奇数で何かをやらされたという記憶がな
い。これは軍隊経験のある方も思い出してみてください。たぶん、そうだと思いま
すよ。やはり、奇数は平和なんですよ。

俵  すごい理論ですね(笑)。

浅田 偶数は非平和だ。戦争だとは言わないけれどもね。だから、人間の平和的な
感情というものは、奇数のリズムの中から生まれてくる…。ちょっと無理があり
ますかね。面白い提起ではないかなと思いますがね。

俵  「五・七・七」に関して、今のは初めて聞く新説ですけれども、偶数だと、
二つに分かれて喧嘩しちゃうけれど、例えば3人だと、知恵を働かす。5人、7人と奇
数だと、きっちり分かれて喧嘩しないで、何かそこで丸くなろうとする。これも無
理やりですかね(笑)。でも、何か知恵を働かすような気がしてきました。「奇数
平和説」というのはあるかも知れない(笑)。

浅田 今の僕の説をちょっと補強すれば、人間はそもそも2本足だということでしょ
うね。だから動くとき、運動するときには、2本の足で2拍子で動いているのは当然
なんですよ。つまり、偶数というのは運動の基本のリズムであって、運動をしてい
ない状態を奇数で表せられるのは、ありそうな気がします。つまり、運動していな
い、のどかな時間から、やはり詩が生まれ、文章が生まれている。どうです、この
説は?

俵  なかなかいい説のように思えてきました(拍手)。そうだ、だから「平和の
日」はやはり、3月3日で正解ですね(笑)。そんな気がしてきました。

浅田 だから男の子も、5月5日。あれが6月6日だったら、嫌な感じですよ、何とな
くね(笑)。

俵  感じ悪いですよね(笑)。

浅田 何か、全員軍人になれ、みたいなね。話をちょっと、そちらの詩の世界、短
歌のことに戻すと、近ごろ思いついたことがあったんですね。俳句とか短歌という
定型詩の世界というのは、今、見直されなければいけないんじゃないかなって、最
近しみじみ、思い始めたんですよ。

 どうしてかと言うと、今はほとんどパソコンで文章を書くようになった。パソコ
ンで散文を書いた場合というのは、不用意に長くなるんです。パソコンではこれを
説明するためのこれ、これを説明するためのこれ、というような論法でどんどん重
ねていってしまう文章になってしまう。それから話し言葉も、政治家の答弁を聞い
ていても分かるとおり、「何かのように思われるものと思います」といったような、
変な、ぶよぶよした日本語が氾濫しているんですよ。そういうときに、大きな世界
をできるだけ小さい言葉で表現しようとする詩の存在、定型詩の存在は、やはり今
一番、見直されるべきじゃないかと思うんですけれど、いかがでしょう?

俵  そのとおりだと思います。限られた言葉で表現するというのは、本当に言葉
を削って、一番言いたいこと、一番大事なものだけを残すという作業になるんです
ね。だから、その短さというのは、言葉への厳しさを生む力になります。私もふだ
ん歌を作っていて、何百字でもいいよということになれば、やはりだらだら、ぐる
ぐる回って、最後に核心に行くというふうになってしまうでしょうね。

 でも、三十一文字となると、その周りの助走の部分は全部削ぎ落とすという厳し
さが、自分の中に生まれるんですね。だから、そういう作業を手書きでしていたと
きは、指先から言葉が生まれていたと思うんです。とりあえず頭の中にある助走の
部分を全部画面に出して眺める、という書き方については、私も同感ですね。

●短歌、俳句を初等教育で

浅田 だから僕は今、小学校の初等教育において短歌を詠ませる、俳句を吟じさせ
るというような、そういう授業があってもいいんじゃないかと思う。そうじゃなけ
れば、日本語が変な形に痩せちゃうと思う。パソコンを否定しているわけじゃない
けれど、みんなが機械で字を書いて、積み重ねた大きな文章を書くようになってく
るというのは、ある意味では日本語が痩せていくんだと思います。だから、俳句や
短歌を子どものころに習わせるというのは、パソコンを習得させるのと同時にやっ
たほうがいいと思うんです。

俵  そうですね。膨らませていく作業と同時に、削る運動神経のほうも養うとい
うことですね。

浅田 日本語の美しさって、本来、そうでしょう。大きな世界をどのくらい一言で
小さい言葉で表現できるかという、それはもう日本語の極意だと思うんです。その
くせ、僕は長い小説を書いているんですけれど、すみません(笑)。

俵  そうだ、私、縁があって、5月にも秋田に短歌の講師でまいります。4月いっ
ぱいで締め切りなので、秋田魁新報社のほうにお送りいただければ、私が読んで選
びますので、皆さん、ぜひそれまでに作っていただきたいと思います。こんなとこ
ろで宣伝しておりますが、ぜひとも。

浅田 いいですね、そういう運動はね。でも、僕は短歌や俳句の世界が同人化して
いくのは嫌なんですよ。一部の人たちの趣味として固まっていってしまうというの
がね。文化が衰退していくのは、たいがいそういう終息の仕方をしますから。分か
る人間だけ分かればいいみたいな形で、小さな世界に終息していって衰弱していく
という形を取ります。僕は、そういう定型詩の世界というのは日本の最も古くて最
も豊かな芸術だと信じているんで、やはり頑張っていただきたいですよね。

俵  それはもう本当、歌人と呼ばれる人間だけのものにしておくのにはあまりに
ももったいないと言うか、こんな詩を持っている国って、本当、ないと思うんです。
1000年以上も前からあって、誰もが一度ぐらいは作ったことがあって、どんな新聞
にも短歌や俳句の欄がある。外国の人に短歌というものを説明すると、たいてい驚
くんですね。そういうものがこの国にあるというのは、もっともっと自慢していい
んじゃないかな、と思うんです。

浅田 そうですね。定型詩の日本語のリズムというのだけは、翻訳し切れないわけ
だから、それもまた誇るべきことですよね。

俵  そう、翻訳不可能のものがあるということをね。

浅田 翻訳不可能の文学を僕らは持っているわけですからね。

俵  だから同時代には届かなくても、でも1000年残ることができる。横には壁が
あるけれど、縦にはつながっているという、そんな不思議な気持ちもあります…。

浅田 僕はわりと古い人間なので、古い文学というのが好きなんですが、藤原定家
でしたか、「見渡せば花ももみじもなかりけり 浦の苫屋の秋の夕暮れ」という歌
を最初に知ったとき、僕は衝撃を受けたんですね。「なかりけり」って、無いもの
がなぜ書けるんだろう、と衝撃を受けた。普通、散文だったら、ある具体というも
のを表現する。どんな芸術でも、在るものしか表現できないわけなんだけれども、
歌の世界というのは、無いものが書けちゃう。すごいなあって思いますね。そうい
う文化を大切にしていただきたいと思いますね。短歌をやってらっしゃるという方
は、一番直接、美に触れている感じがします。

俵  それはうれしいですね。もう今日からでもお作りになれますので、ぜひ(笑)。

浅田 それがですねぇ、歌の世界というのは、ある一定のとき、「今からやるぞ」
というときは、恥ずかしいんですよ。やってできないことはない、とは思いますよ、
勉強すればね。それでも、小・中学生のころは、何となくロマンチックに書いたり
しても恥ずかしくはない。それが大人になると、何か恥ずかしくなってね。もっと
年齢がいって、恥ずかしさを失ったら始めるんじゃないかなという気もするんです
が…。でも、みんなでやったら、面白いでしょうね。

俵  ええ。恥ずかしがらずに、今日を機会に、ぜひ入門してください(笑)。

●花粉症は戦時中の森林伐採が因

浅田 そんなわけで、時間がまいりました。それなりの面白い、目論見どおりの話
はできたと思います。とにかく一番肝心なのは、美しいものというのは、やはり平
和が支えますね。戦争は人の命も奪うけれども、僕らが祖先から伝えられてきた美
しいものを、自然のものでも人工のものでも、それをことごとく壊してしまうし、
それが壊されたことは、案外、みんな気付いていない。

 今、東京中、みんな花粉症で大変なんですが、「昔はなかったのに、どうしてみ
んな花粉症なんだ」と言っているけれども、僕が考えるには、たぶん、第2次世界大
戦中に森林を全部伐採して、木材資源を軍需に使ってしまった。とくに昭和20年の
本土決戦構想が始まったときに、全部木を伐って、それを陣地構築に充ててしまっ
た。そのために、裸になった山を復興しようとして、戦争直後にたくさん杉を植え
た。これが今になって一斉に花粉を飛ばしているんです。そういう歴史を考えれば、
花粉症は重い意味を持っているんです。そんなわけで、ちょっと最後は余分な話だ
ったかもしれませんが、これからみんなで、美しい日本を生きていきましょう(拍
手)。

俵  はい。ありがとうございました(拍手)。

(文=会報委員会委員長・清原康正)

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■ペンクラブ「電子文藝館」のご案内

 8月に新しく掲載された文藝作品です。

*会員広場・物故会員
小田 実(おだ まこと 小説家)「友人への手紙」

*小説
阿刀田 高(あとうだ たかし 小説家)「白い蟹」

*詩
徳沢 愛子(とくざわ あいこ 詩人)「愛から愛へ」

*和・欧訳
田才 益夫(たさい ますお 翻訳家)
       カレル・チャペック著「もうひとつのポケットから出てきた話」

 閲覧はすべて無料です。ぜひごらんください。
http://www.japanpen.or.jp/e-bungeikan/index.html

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■ペンクラブ編纂の文庫アンソロジー 好評発売中

手紙読本
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文章読本
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「ぺんぺん草」

 来年の世界P.E.N.フォーラム「災害と文化」開催にむけて、現在、日本ペンクラ
ブでは準備を進めています。

 日程は、2008年2月22日(金)〜25日(月)の4日間。
 場所は、新宿駅南口「スペース・ゼロ」。

 日本側の出演者は、新井満、井上ひさし、大江健三郎、大岡信、高田宏、立松和
平、出久根達郎を予定しています。(50音順)
 海外の出演者は、交渉中の方もいらっしゃいますので、後日、あらためてご紹介
させて頂きます。

 どうぞお楽しみに。

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日本ペンクラブ・メールマガジン「P.E.N.」    (毎月1〜2回発行)

発 行:社団法人日本ペンクラブ広報室
著作権:社団法人日本ペンクラブに帰属。転載厳禁。
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<ご感想の送り先> E-mail:kouhou@japanpen.or.jp
※お返事はできかねますのでご了承下さい。

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  5. 三島由紀夫の総合研究

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