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ドキュメンタリー映画の最前線メールマガジン neoneo

映画関係者必読のメールマガジン。プロデューサー、監督、評論家、映画館支配人など、さまざまな立場からこれからのドキュメンタリー映画を熱く語ります。

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ドキュメンタリー映画の最前線メールマガジン neoneo 171号 2011.7.1

2011/07/01

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 †01 ■ドキュメンタリー映画のかたち
       シネミンガは何を目指すか (3)  溝口 尚美
 †02 ■列島通信 ≪東京発≫
       そして、実が生る(なる)ことを  濱 治佳
 †03 ■ドキュメンタリー時評
       『遥かなるふるさと―旅順・大連―』(監督:羽田澄子)
        中村 のり子
 †04 ■広場
     ■上映:『田中さんはラジオ体操をしない』ロードショー!
           7/2(土)より 新宿K's cinemaにて公開
     ■「自作を語る」などの原稿募集!
     ■上映の告知の有料化とカンパのお願い
 †05 ■編集後記  伏屋 博雄


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     まぐまぐ配信   http://blog.mag2.com/m/log/0000116642/ 
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┃01┃□ドキュメンタリー映画のかたち
┃ ┃■シネミンガは何を目指すか (3)
┃ ┃■溝口 尚美
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●先住民族と一緒に作った3作品(生みの苦しみと楽しみ)

シネミンガが2007年から南米コロンビアのナサ民族と恊働で映像制作のプロジェク
トを始め、現在までに生まれた作品は『小川のように続け〜ローバー・グアチェタ
の遺志』『キンティン・ラメ〜その智慧のルーツ』『少年の夢』の3本だ。今回は、
それらの制作過程を書きたいと思う。

2009年5月、ホンジュラス地区で暮らすローバーさんが何者かに殺される事件が起き
た。これを内外に伝えたいとシネミンガの現地メンバーが中心になって制作したの
がドキュメンタリー『小川のように続け…』だ。(*1)  事件が発生した時、私達は
ニューヨークに居た。ナサ民族のイノセンシオは、日本から寄附されたカメラを使
い、葬式などを撮り始めた。カルロスが再訪した5月下旬、彼は撮った素材を見せ、
編集したいと告げた。素材を見た2人はその後、インタビューなどを撮りたし、イノ
センシオの意図を軸に、カルロスはできるだけオペレーターに徹して一緒に編集、
19分の作品が出来た。
先住民の殺人事件は、コロンビア全土で頻繁に起こっているが、大手メディアは、
まず伝えない。また、山間部に点在して暮らす先住民族が、インターネットやテレ
ビを見る環境はない。2人は作ったビデオとプロジェクターを持参し、コミュニティ
上映会を行った。映像のインパクトは大きく、人々は一致団結し、運動へのモチ
ベーションが高まった。
先住民の人たちと恊働制作する中で、身につけるのが一番大変と私が感じたスキル
は「構成」だ。ワークショップでも「撮影素材は沢山あるが、まとめ方がわからな
い」という声をよく聞いた。このドキュメンタリーの制作過程では、プロが素材を
見て、他に必要と思われるインタビューやグラフィック等の補足映像、そして、構
成をアドバイスしたから成立したと思う。

その1年後、コロンビア独立200周年を記念して、文化庁から20世紀に先住民族の権
利運動を牽引した、マニュエル・キンティン・ラメについてのビデオを作って欲し
いという仕事がシネミンガに入った。先住民7人、首都ボゴタから1人、プロの私達
2人という、まさに様々な人が恊働する「シネミンガ」スタイルで、約半年かけて34
分の作品を作った。(*2) キンティンは亡くなっているので、再現シーンとドキュメ
ンタリーで構成。キンティン役のキャスティングや、その他のリサーチは、ナサ民
族のメンバーがしてくれた。ドキュメンタリー要素としては、実孫へのインタビ
ュー、墓の近くで2日間行われる儀式などを撮影した。

私が制作過程で苦労したのは、経済的な事とコミュニケーションである。政府から
支払われるはずの制作費が、約束の日が過ぎても入らない。聞くと、会計監査で不
祥事があり、今、現金が無いという。撮影の為に、スタッフが様々な地域から既に
集まっていたので、仕方なく、私が諸経費を立て替えて撮影を進めた。コミュニ
ケーションでは、やはり言葉の壁。ナサ語とスペイン語が会話の中心だが、私は理
解出来ない。ある時私は、キンティンが村人に語るシーンで、聞いている人の表情
を撮るBカメラのアシストをしていた。カメラを持つメンバーに「うなずく」などの
表情を狙って欲しいと伝えたかったが、彼には理解出来なかった。顔が映ったら数
秒でカメラを動かし、ついにAカメラと同じ映像を撮り出してしまった。身振りで表
現しても、どうにもならない。Aカメラをアシストしていたカルロスが見かねてやっ
てきた。そして「もう撮りたいようにさせよう」と言う彼と、「ちゃんと撮ってお
かないと編集で苦労する」という私が口論になり、現場の雰囲気を壊してしまった。
ここで現れたのが文化の壁である。外部の人に侵略・迫害されて来た彼らは、基本
的に指図される事を嫌う。おそらく彼は、私が鬱陶しくなったのだろう。私のもの
さしでやってはいけなかったのだ。その後、私が言わんとしていた事は、編集室で
明らかになり、彼は理解したようだった。

『少年の夢』は、500年ぶりに噴火した霊山と、実際に人が見た夢をモチーフにした
短編映画で、3年半かけて漸く形になった。(*3)  最初はドラマだけで作る予定だっ
たが、3年半の間に様々な事が起こり、事ある毎に火山やコミュニティの様子を撮り
ためていたヘオディエルの映像を入れて、ドキュメンタリーを融合させる事にした。
ヘオディエルは、親や親戚・土地を土石流で亡くし、その後、政府軍のせいで1才の
息子も亡くした。作品への想いは、とても強かったと思う。加えてビデオ制作への
意欲が強く、撮影や編集の技術は、飛躍的に向上した。マッキントッシュが一切使
えなかった彼が、作品が終わる頃には1人で編集をし、地域の若者に教えられる位に
までなった。
日本から持って来たカメラやコンピュータを、使いこなしている彼を見て、本当に
嬉しかった。言葉も文化も異なり、プロとアマチュアが混在するシネミンガの恊働
制作では、ぶつかる事も多いが、衣食住を共にしながらじっくり作る楽しさもある。

これらの作品は、コロンビア国内や海外の映画祭でも上映され、新たな展開が生ま
れた。そのエピソードは次回、書きたいと思う。(つづく)

*1 関連ブログ
  http://blog.canpan.info/cineminga/archive/40 

*2 制作の詳細を書いたブログ (1/18/2010?10/21/2009の記事)
  http://blog.canpan.info/cineminga/category_10/1 

*3 関連ブログ 
  http://blog.canpan.info/cineminga/category_16/ 


■溝口 尚美 (みぞぐち・なおみ)
兵庫県出身ニューヨーク在住。シネミンガ共同設立者。日本では7月に地上デジタル
が本格的に始まるようだが、アメリカでは2年前に始まった。私はテレビがないので、
インターネットで様々なニュースや映像を見ている。様々なオルタナティブメディ
アが出現し、多チャンネルの現代、問われているのは「見る側がどう受け取るか」
という事ではないかと思う。どの情報を信用し、どう見るのか?東日本大震災や原
発の報道を見ていて感じた。



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┃02┃□列島通信 ≪東京発≫
┃ ┃■そして、実が生る(なる)ことを
┃ ┃■濱 治佳
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梅雨入りとさくらんぼの季節がやってくる頃、インターナショナル・コンペティシ
ョンの決定となる山形国際ドキュメンタリー映画祭。第12回目を迎える本年も、コ
ンペティション15作品を先日20日に発表した。3月11日の大震災と続く原発問題を受
け、各選考委員の脳裏にも、それぞれ、体験や記憶は異相なるグラーデーションを
抱えながら、応募作品と現実との対話が繰り返されることとなった。たくさんの生
命(いのち)のことを、生と死のことを。そして作品を作るということ。
戻ることのできない、それまでの日常に感傷を抱くだけではない、いま生きている
ことを、確かめることを映画と、どう関わり、供給しえるのかと。

「映画を届ける」というもしかしたら山形映画祭が本来的にもってきた、基本的な
活動に根ざした現実的な活動として、山形事務局では、4月上旬から山形県内避難所
での上映活動を山形県映画センターと共同で行うと同時に、石巻市立湊小学校避難
所にて、上映と子ども映像ワークショップ活動を始めている。映画祭業務から展開
し行ってきた日頃の上映活動やワークショップの新たな実践と試みはまだ始まった
ばかりだ。そこでは、何より被災生活を強いられている人々の気持ちと誠実につき
合っていけるかが肝要である。こうした経験を直接間接に携わっていることが、山
形映画祭のコンペティションを始め、ラインアップに移し込まれる可能性はゼロで
はないにしろ、やはり時事的な意味だけでなく「見せたい」作品が選ばれていくこ
とになったのだと思う。
10月の山形へ、そして海外からは日本へ足を運んでくださるようにという願いや想
いも深く込め、映画の力を信じ、選ばれた作品群となって観客のみなさまに届きま
すことを。佐藤真氏の放たれた「ドキュメンタリーは、世界に対するひとつの批評
的な態度である。だからこそ、そこには考えうるあらゆるスタイルや方法論と無限
の可能性がある」とは、ドキュメンタリーの悠久な地平を示してくれる何にも勝る
心強い意思表示だ。作家が自分の意思を伝え、観る私たちに拓いてくれるようなラ
インアップが出そろった。すでにYIDFFニュースなどをご覧いただいおりましたらた
いへん嬉しいですが、ここでも簡単にご紹介させていただく。

『阿仆大(アプダ)』は、監督自身の出身地でもある中国雲南省北部が背景。老いて
体の自由のきかなくなった父親と二人暮らしをしている阿仆大(アプダ)。山奥深い
村に生きる父子を、悠揚たるリズムと深みのある映像で見つめ、生と死のドラマを
灯す。『アルマジロ』は、アフガニスタンのPKO活動のために派兵されたデンマーク
の兵士たちに肉迫、最前線基地アルマジロ・キャンプでの緊張感に満ちた日々を綴
る。兵士たちとともに銃撃戦のなかでカメラを回し続け、兵士たちの興奮状態を浮
かび上がらせる。
パレスティナでは裏切り者とされ、イスラエルからも切り捨てられた家族に密着し、
次々に起こる事件に翻弄される日々をスリリングに描く『密告者とその家族』。
『日は成した』では、アパートのベランダ越しに眺められた風景と留守番電話に残
されたメッセージが監督の私的生活を断片的に物語る。時の流れの中で重ねられて
世界のひとつの断面を浮き彫りにする。
『殊勲十字章』では左右に配置された2人の成人した息子が聞いているベトナム戦争
にヘリコプター部隊で従軍した父親が意気揚々と思い出話。戦争体験が、宗教画の
ような画面の構図と小説のような章立ての構成に括られて次第に印象が変わってい
く。『川の抱擁』は、コロンビアの全長1,540キロのマグダレナ川が舞台。神秘的な
深い霧の中、川を、生と死、人間と精霊との交差点として見事に融合させ、息子や
兄弟を亡くした女性たちの強い怒りと深い悲しみを静かに悼む。
『失われた町の年月』は、ヤマガタで幾つもの"新境地"を見せてくれたジョン・ジ
ョスト最新作の一本。ジョストが15年の歳月をかけて撮り続けた「失われた町」リ
スボンに捧げる映像詩に隠された思いとは。9月の劇場公開も待たれる『監督失格』。
34歳の若さで逝った女優・林由美香と監督との同士愛と恋心。彼女と制作した『由
美香』の想い出から、本作へと収斂されるまで。要所要所に挟まれる字幕で吐露さ
れる心情が打つリズムの妙に、心を掴まれる。
ニコラ・フィリベール監督の『ネネット』は、パリの植物園で飼われているボルネ
オ生まれのオランウータン。自分の檻を通り過ぎる何百という老若男女、園のスタ
ッフらの声がオーバーラップし、いつしか観客もネネットに見つめられる時間を体
感する。『遊牧民の家』は、監督のパーソナルな視点からベドウィン女性たちの営
みが描かれる。それは、エジプトで生まれ育ち、住いを転々とし、現在はドイツに
住まう監督自身の〈遊牧〉民としての人生といつしかポエティックに重なり響き合
う。
『光、ノスタルジア』は、世界中の天文学者が集まる、標高3,000メートルの高地の
チリ・アタカマ砂漠。天文学の聖地でもあり、ピノチェト軍事政権下の弾圧の地。
チリの歴史を描き続けるグスマン監督の、諦観に満ちた語り口と圧倒的な映像が際
立つ。
『星空の下で』は、両親を亡くし叔父一家と暮らす孫娘を訪ねて田舎からジャカル
タに出てきた祖母を中心に、宗教間の衝突や貧富の格差、世代間の意識のずれを巧
みに折り込みながら、家族を想う庶民の日常を、疾走するカメラワークでドラマチ
ックかつユーモラスに描く。『飛行機雲(クラーク空軍基地)』で露にされる朝鮮、
ベトナム、湾岸戦争を通して米軍の重要拠点だったフィリピンの基地跡地の、化学
物質土壌汚染による住民の深刻な健康被害。住民を支援する活動家の闘いとその壮
絶な個人史にもカメラを向け、フィリピン現代史と対米戦争の歴史を写真で織り交
ぜ、支配関係の根深さを丁寧に分析していく。
『何をなすべきか?』は、フランス人監督が、エジプト、アレキサンドリアのスラ
ム街マフローザの迷路のような細い路地にカメラは入り込み、そこに暮らす人びと
の息遣いと、緩やかな時の流れへと観るものを誘う。そこには生きる歓びがある。
『5頭の象と生きる女』とは、高潔なる知性を鋭い眼差しに宿す老翻訳家。ウクライ
ナでからドイツへと移住した彼女が、移住後はじめて訪れた故郷への旅の中で、そ
れはウクライナの激動の歴史となって立ち現れる。

すでに予兆が見えてきているが、燦々と太陽が照りだす中、映画祭準備の作業は加
速している。7月には、アジア千波万波、特集上映などのラインアップ発表となり、
8月から9月にはカタログや広報などの作業の大詰めを迎えるだろう。多くの方々の
助力を賜ることになるかと、今から気持ちを引き締めつつ、引き続き、乞うご期待
です。


■濱 治佳(はま・はるか)
山形国際ドキュメンタリー映画祭東京事務局スタッフ。映画祭の準備の合間に、7月
30日(土)〜8月19日(金)にポレポレ東中野にてレイトロードショーにて、吉増剛
造映像作品52作品+を一挙上映する「予告する光 gozoCine」の実行委員も。ただ
ならぬ予告篇がただいまウェブサイトでご覧頂けます。
 http://www.youtube.com/watch?v=14S8scyG-BU 



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┃03┃□ドキュメンタリー時評
┃ ┃■『遥かなるふるさと―旅順・大連―』(監督:羽田澄子)
┃ ┃■中村 のり子
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羽田澄子監督が今暮らしている住まい、その家から出て辺りを見回す羽田さん、こ
こから映画が始まる。もしプロローグが別のシーンであったら、この作品はまった
く違う感触のものになっただろう。

羽田監督は岩波映画製作所出身、1970年代から自主制作も始め、同じく岩波映画出
身で伴侶の工藤充さんと共に自由工房というプロダクションで作品をつくり続けて
きた、現在85歳の大ベテラン監督である。その羽田監督が念願叶って、子ども時代
を過ごした中国の旅順と大連を訪ねた旅の記録が今回の作品だ。今まで、文化芸能
や福祉をテーマにした作品が多かった羽田さんにとって、『遥かなるふるさと』は
初めてのセルフ・ドキュメンタリーであると言える。満州と呼ばれた日本支配下の
中国東北地方を生まれ故郷に持つ日本人は珍しくなく、もしその全体像を第三者の
監督が撮れば、単なる歴史を勉強する映画に十分なり得た。しかし、羽田さんの場
合は紛れもなく“わがこと”であり、自分自身の問題としてそれに向き合った。だ
から、プロローグは旅順の地図や写真ではなく、現在の羽田さんの家でなければな
らなかったのだ。

やがて撮影隊は中国に足を踏み入れる。住宅街の並木道、駅舎や港、すっかり発展
した繁華街--それぞれの場所を受け止める丁寧なカメラワークと、抑制の利いたナ
レーションとが、この土地の背負ってきた歴史をまっすぐ見つめようという羽田さ
んの姿勢を伝える。そして、若かったアカシアの木がすっかり大きく繁っているこ
とや、優雅だったロシア建築の家が寂れてしまっていることの驚きを通して、子ど
も時代の故郷が自分の国ではなかった、という複雑な心情を浮かび上がらせている。
最初に旅順に到着した時の、清々しいと思っていた空がスモッグに覆われて何も見
えない、というくだりは象徴的だ。

人は土地や家に対して、自分の記憶と結びついた思いを持っている。その思いは時
間がどれだけ経っても消えないが、風景は時とともに変わっていく。長い空白の後
にかつての思い出の場所を訪ねると、大抵は様子が違ってしまっていて、記憶の中
のその場所と、現在のその場所とが胸の内で交錯する。この現象を映像で見せよう
とするのは、難しい試みである。カメラは、どこまでも現在のその場所の風景しか
写し出せない。だから、ツアーで訪ねる日露戦争時代の史跡のレプリカなどは、ど
のように撮っても何も見えてこないため、「もうここには存在しない」という現実
を強調する結果となる。

それに比べ、皆がかつて住んでいた旅順の家を実際に訪ねて現在の住人と出会う
シーンでは、羽田さんや他のツアー参加者の人々の記憶が生々しく写し出されてい
る。現代風に改装された部屋を見回しながら、ここはどう使っていたとか、何々を
置いていたと熱心に語る日本人と、それを笑顔で聞いている中国人とが共有する空
間の中に、その場所の経てきた長い時間が垣間見える。

人の記憶の中のイメージ、とくに子どもの頃に見た風景は、独特の主観の視点で捉
えているものだ。小学校の体育館はもっと広かったはずだし、街中から見えた塔は
もっと高かったはずなのである。そのうえ彼らの場合、日本だと信じていた場所は
中国であり、土地に暮らすのは日本人でなく中国人、巷に溢れるのは日本語でなく
中国語であるという、子ども時代の主観の大転回が起こる。子どもだった羽田さん
達は、自分の記憶にある中国人が皆下働きであったこと、対等の交流がほとんどな
かったことに今となって気がつく。子どもの眼には中国人の存在が"見えなかった"
のだ。懐かしい故郷にあらかじめ浸透していた残酷さを、現在のその地を踏むこと
で羽田さんは静かに感じ、かすかに戸惑っている。そして、今日までの長いタイム
ラグを経ながらどうしても撮りたかったという羽田さんが記憶してきた風景と、現
在のエネルギッシュな旅順・大連との間には断絶が横たわる。日本に戻って再び今
の住まいを眺めながら、羽田さんはこの近所でも自分たちが一番古い住人になって
しまったと打ち明けて、黙って佇む。これは極めて私的な作品、と羽田さんは前置
きしており、確かに監督自身の心情を描きながらまとめられている。しかし同時に、
写し出されている日本と中国の人々の関係性の変化は、普遍的とも取れる。さらに
は、家や土地と時間をめぐる話でもあり、わたしはアモス・ギタイの『家』
(1980)を思い起こした。

この作品は、見学ツアーに同行して撮影されたことと、羽田さんが高齢であるとい
うことが重なり、旅順と大連の街を"見る"行為に特化されている。取材によって場
所や人々の間に入り込み、状況を切り開いていくタイプのドキュメンタリーではな
い(もともと羽田監督の作品は、じっくり観察して相手が醸し出すものをとらえる、
というのが持ち味かもしれないが)。今後さらに時間が経っていくことを考えると、
あの戦争を振り返る内容の映画は、やはり"見る""知る"ことが中心になっていくだ
ろう。触ったり、体当たりすることは、どんどん難しくなるだろう。


■中村 のり子(場外シネマ研究所) 
1984年生まれ。明治学院大学文学部芸術学科、イメージフォーラム映像研究所卒業。
東北の地震以来、"普通の生活"が変わりつつあると感じます。GWにポレポレ東中野
で毎年恒例の「4・26原発特集」がありましたが、今年は大変な数のお客さんが詰め
かけていました。その一方で中国では、北京宋荘芸術村の映画祭が政府圧力により
中止させられましたが…応援の思いも込めて、9月開催の場外シネマでは「中国イン
ディペンデント」を特集します!
詳しくはブログへ→  http://ambelo.jp/jougaicinema/ 



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┃04┃□広場
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■上映:『田中さんはラジオ体操をしない』今週末7月2日(土)よりロードシ
ョー!

会社による不当解雇に対して、30年間勤務先だった工場前でプロテストソングを
歌い続ける自称シンガーソングファイター・田中哲朗さんを、オーストラリア人の
女性監督マリー・デロフスキーが撮ったドキュメンタリー『田中さんはラジオ体操
をしない』が、いよいよ7月2日(土)から新宿K's cinemaで公開されます。
本作は、2009年カナダ国際労働者映画祭でグランプリを獲得したほか、同年の山形
国際ドキュメンタリー映画祭でも公開され、世界の映画祭で話題を呼んだ作品です。

公開初日は、10時半からの上映に先立ち、田中哲朗さんによる舞台挨拶およびスペ
シャルミニライブがあります。また、公開期間中の週末は、さまざまなゲストをお
呼びして、田中さんと日本社会を多角的に分析するトークイベントも予定しており
ますので、どうぞお楽しみに!
詳細は http://urayasu-doc.com/tanakasan/ をご覧ください。

☆映画『田中さんはラジオ体操をしない』
7/2(土)より新宿K's cinemaにて公開
10時30分〜(1日1回上映)
【監督】マリー・デロフスキー
【出演】田中哲朗、根津公子ほか
【製作】オーストラリア/2008年/日本語・英語/75分
【配給・宣伝】浦安ドキュメンタリーオフィス、スリーピン


     ◇────────────────────────◆◇◆    


■「自作を語る」などの投稿、歓迎!
「自作を語る」欄は、監督自らが作品について語るコーナーです。制作した動機や
撮影のポイント、編集で心がけたこと等を内容に盛り込んで頂きたいと思っていま
す。その他の投稿も歓迎します。「自作を語る」は1600字程度。監督のプロフィー
ル(150字)、作品のデータ、上映スケジュール、HP等をお知らせください。
原稿締め切り:配信日(1日&15日)の5日前までに、下記に送信ください。
E-mail: visualtrax@waltz.ocn.ne.jp  伏屋まで


     ◇────────────────────────◆◇◆    


■上映の告知の有料化とカンパのお願い
■伏屋 博雄(本誌編集長)

neoneoの購読は無料ですが、経費を(その大部分は稿料ですが)賄うため、上映等の
告知は有料にしています。なおカンパにもご協力くださいますよう、お願い申しあ
げます。

(1)上映等の告知料は、 40字×30行(行数の空きも計算)以内につき
3,000円(税別)です。それ以上の行数の場合は比例して加算します。
(2)カンパのお願い 一口2,000円。何口でも。

送金先:みずほ銀行小金井支店、普通口座、1211958 ビジュアルトラックス
(入金を visualtrax@waltz.ocn.ne.jp にお知らせください。)
以上、neoneoの継続ため、よろしくお願い致します。



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┃05┃■編集後記:伏屋 博雄(ふせや・ひろお)
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●撮影には予期せぬことが起こり、その対応に苦慮することがある。ましてや異文
化の人たちとの協働の撮影となれば、言葉や習慣、歴史性などからくる桎梏。それ
に加えて、映画づくりの習熟度の格差からくるトラブルなど、多くの困難が待ち受
けている。
溝口尚美さんたちのアマプロ混在のクルーはそれらを少しずつ克服してゆく。その
先には作品という果実が待ち受けている。達成すれば、喜びは何ものにも変えがた
い。
前号を読んだ読者から下記のメールが届いた。
「溝口尚美さんの連載はそれじたいロードムービーのようで、これからがとてもた
のしみですね」次回は上映を機に生まれた新たな展開についての報告があるという。
楽しみに待ちたい。

●3年前の6月24日に永眠した土本典昭監督を偲んで、少人数の集まりがあった。
毎年基子夫人を囲み会食しながらの会で、今年は7名だった。ほとんど1年ぶりに再
会するメンバーばかりで話題は尽きなかった。数日前に発表になった山形映画祭の
コンペ作品にも話題が及び、今年の傾向や個々の作品についての予測などを話し合
ったが、今年は大震災があった年だけに、ヤマガタにひときわ大きなおもいがあっ
たように思う。

山形映画祭のスタッフである濱治佳さんのレポートによれば、山形県内避難所での
上映活動、宮城県石巻では上映と子ども映像ワークショップ活動が開始されている
という。
こうした活動をしながらこれから「アジア千波万波」の選考、各種の特集の決定と
準備がある訳で、よりいっそう神経を費やし、労力を必要とする。頑張っていただ
きたいと思う。

●『田中さんはラジオ体操をしない』が近々に公開される。山形映画祭で見逃して
いたので、試写状をいただいて拝見したが、主人公のキャラクターが面白く、日本
人もまんざら捨てたもんじゃないと意を強くした。会社による不当解雇に抗議して、
30年間毎日、会社の前でプロテストソングを歌い続けるなんて、並みじゃない。悲
壮感などこれっぽちもなく、爽やかな空気が漂っていた。



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創刊日:2003-09-01  
最終発行日:  
発行周期:月/2回  
Score!: 74 点   

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