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ドキュメンタリー映画の最前線メールマガジン neoneo

映画関係者必読のメールマガジン。プロデューサー、監督、評論家、映画館支配人など、さまざまな立場からこれからのドキュメンタリー映画を熱く語ります。

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ドキュメンタリー映画の最前線メールマガジン neoneo 117号 2009.2.1

2009/02/01

∽∽∽∽∽∽ HEADLINE ∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽

 †01 ■ドキュメンタリー映画のかたち
       道具としてのドキュメンタリー(3)
        連作がいかにして続いたか  川村 雄次
 †02 ■自作を語る(1)
     『空とコムローイ〜タイ、コンティップ村の子どもたち〜』 三浦淳子
    ■自作を語る(2)
     『あぶあぶあの奇跡』  船津 一
    ■自作を語る(3)
     『色彩の記憶』  井手口 直樹
 †03 ■ワールドワイドNOW ≪パリ発≫
      サルコジ大統領の公共放送改革案  高橋 晶子
 †04 ■列島通信 ≪大分発≫
        二人の友の死と映画  田井 肇
 †05  ■neoneo坐 2月前半の上映プログラム
 †06 ■広場
      ■投稿:小谷忠典監督『LINE』を巡って想うこと  宇野 治
      ■「わが一押しのドキュメンタリー映画2008」  東野 真美
    ■『映画は生きものの記録である』&土本傑作選
         特集:土本典昭の仕事  2/7〜2/20 シネモンド(金沢)
    ■「自作を語る」などの原稿募集!
      ■上映の告知の有料化とカンパのお願い
 †07 ■編集後記 伏屋 博雄


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┃01┃□日本のドキュメンタリー映画のかたち
┃ ┃■道具としてのドキュメンタリー(3) 連作がいかにして続いたか
┃ ┃■川村 雄次
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2003年から現在に至る認知症の取材がいかに続いてきたかを簡潔にまとめてみる。
それは、この病気に導かれての私自身の関心の展開であったが、社会の関心が形に
なっていくのと平行していた。「いま最も求められている情報を提供する」という
意識で番組が次々に生まれた。私に制作を発注するプロデューサーたちにも、その
意識は共有されていた。その時々に考えたことを、代表する番組名とともに以下に
記す。

第1期 “こころ”の発見
2003年11月 クローズアップ現代「痴ほうの人 心の世界を語る」など当時、認知
症はまだ痴呆症と言われていた。そして、「痴呆になると本人は何も分からなくな
るからいいけれど、家族が大変」と、医療・介護の“専門家”といわれる人たちの
多くが口にした。認知症の人の、周囲の気分を害する作り話や妄想、排泄や入浴の
ため下着を脱がせようとする人への暴力、暴言などは、不可解で意味がない「周辺
症状」と呼ばれ、その奥に“こころ”があるとしても、外側から推測するしかない
ものだった。ところが、クリスティーンは内側から“こころ”を語り、不可解とさ
れた言動を、合理的に理解できるものとして解き明かした。いわばブラックボック
スだった認知症の人の“こころ”に光を差し入れた。それは、小説「恍惚の人」
(有吉佐和子、1972年)で社会問題化してから、30年間変わらなかった暗黒の終わ
りの始まりでもあった。

第2期 “新しい生き方”の発見
2004年10月 BSドキュメンタリー 「クリスティーンとポール 私は私になってい
く」など「神に祈ることが出来なくなっても私は私か?」自分の全存在が失われる
ような不安と向き合うクリスティーンの日々を記録したドキュメンタリー。クリス
ティーンは、認知症によって失うのは、『私』の外側を覆う殻であって、核にある
『私』は最後まで残る、「私は私になっていく」と確信していく。私たちはこの取
材を通して、彼女が、「不治の病と闘い敗北する」かわりに、「認知症とともに前
向きに生きる」という“新しい生き方”を発明していたことに気づいていく。

第3期 どうすれば“目”をもてるか
2005年3月 こころの時代〜宗教・人生「精神科医 小澤勲」クリスティーンの取
材で次々と目にする了解不能な事柄。例えば、パソコンを操りあれほど明晰な文を
書くクリスティーンが、どうしてナイフとフォークを区別して片づけることが出来
ないのか?そんな問いに明晰な答えを与えてくれた精神科医がいた。
小澤先生はどうしてあんなに認知症の人の心のうちが分かるようになったのか?そ
の「目」を我が物にするためには何が必要か?それを探ろうと、小澤先生の「目」
の誕生と成長の軌跡を辿り直させてもらった。若き日の小澤先生の言葉「見方が変
われば見え方が変わる」と出会った。

第4期  日々の介護にどう活かすか
2005年8月 生活ほっとモーニング「認知症の“こころ”に触れる バリデーショ
ンの試み」など「クリスティーンの番組を見た介護者に役立つ番組を」というプロ
デューサーの求めで作った。自分が実年齢よりずっと若いと思っていたり、家族の
顔が分からなくなったり、言葉を失ってしまったりした認知症の人といかにしてコ
ミュニケーションするかという技法を実践する現場を取材。それは、家族の顔が分
からなくなり、言葉を忘れてしまっても、娘たちとコミュニケーションすることは
可能か?クリスティーンが抱える最後の不安に、「出来る!」と答え得る根拠を得
た。

第5期 語り始めた日本の認知症の人たちと
2006年5月 ETVワイド ともに生きる「いま、認知症の私が伝えたいこと」2003年
にクリスティーンが来日してまいた種は、早くも翌年、最初の果実を得た。この年、
京都で開かれた国際アルツハイマー病協会国際会議で、一人の認知症の日本人男性
が、3000人を超える聴衆を前に実名で自らの体験を語った。その後、全国各地で、
認知症の人が次々にカミングアウトし、その話を聞く集まりが持たれるようになっ
た。
それは全く信じられないほどの早さだった。背景には、認知症の進行を遅らせる薬
の承認と早期診断技術の普及で、「初期」の状態に長く留まる人たちが増えたこと
があった。
私たちは、日本の認知症の人たち3人がスタジオに集まり、直に自らの心のうちを
語る3時間の生放送番組を企てた。この時点でも「話せるのは一部の特殊な人」と
いう人々がいた。私たちは、「語れない多数の人たちの“こころ”を知る、手がか
りになる」と考えた。喜んだり悲しんだりしながら生きている人たちの姿と声が、
「何も分からない」「何も出来ない」という、認知症の古いイメージを覆すだろう
とも考えた。
この時期、カミングアウトした人々と話すと、ほとんどが「認知症になっても前向
きに自分らしく生きる」ことが出来ることを身をもって示したクリスティーンの姿
に勇気を与えられたという。私たちの作った番組が時代を動かす力になっている、
と実感した。   (つづく)


■川村 雄次(かわむら・ゆうじ)
1990年NHKに入局。ドキュメンタリー、教養番組などを制作。2005年から制作局文
化・福祉番組に所属。主な番組『16本目の“水俣”〜記録映画監督 土本典昭〜』
『山村の巡回診療班はいま〜長野県佐久総合病院の50年』『クリスティーンとポー
ル〜私は私になっていく〜』など。
≪近況≫1月末から再びオーストラリアロケに出ています。クリスティーンはオー
ストラリア本国でも「私は認知症である」と公表した最初の人でしたが、認知症の
人たちが発言し始めたことから彼の国で何が変わったかを取材。2月中旬、「クロ
ーズアップ現代」でご報告する予定です。



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┃02┃□自作を語る(1)
┃ ┃■『空とコムローイ〜タイ、コンティップ村の子どもたち〜』
┃ ┃■三浦 淳子
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●ドキュメンタリー映画と言葉
『空とコムローイ〜タイ、コンティップ村の子どもたち〜』は私が8年前、タイの
最北端メーサイにある山岳民族、アカ族の子供達の施設を初めて訪れて以来、毎年
撮影に通い、編集と上映会を重ねて完成した、プライベート・ドキュメンタリーで
ある。
思いやりをもった幼い子供達と、彼らを支えるお父さんのようなイタリア人神父さ
んとお母さんのようなタイの女性が家族のように暮らしている姿に魅せられた7年
間、エイズに感染した母は亡くなり、2歳だった女の子は9歳に成長した。ここを卒
業して去っていく子供達はいても、子供達を見守り続ける、お父さんとお母さんの
ような人々は変わらない。今までの上映会をneoneoでも、紹介させていただいたが、
今回、劇場で公開しようと思ったことで、作品に大きな変化が生まれた。

実は私の中で、どんな上映の仕方でも、映画は映画じゃないか。と思う一方で、い
まひとつ、自分の知り合いのネットワークや、似た世界に関心のある人々の域を越
えていないのではないかという、ものたりない感じがあった。そんな時、日本映画
監督協会のWEB特集の「ドキュメンタリーを映画館にかける」という対談で、シグ
ロの山上徹二郎さんが、映画館での上映で、稼ぐのは難しいけれど、一般の映画フ
ァンに宣伝していくチャンスになるという事をおっしゃっていた。そこで、この映
画が劇場公開というハードルを越えることで、もっと多くの観客に出会えるのでは
ないかと思ったのだ。

そのために、補助金の申請をし、編集と整音をやりなおすことにして、初めてスタ
ッフの方々に入っていただく事になった。そこでのひとつの発見は「言葉」の問題
だった。今まで私の映画はわずかな自分のナレーションはあっても、多くを言葉で
語らない作品だった。ナレーションによって何かを決めつける、観客に押し付ける
映画にしたくないと思っていたからだ。そのために、この作品では、日本語の通じ
ないタイではあっても、撮影をしながら、現場で自分の声を出し、ビデオに記録し
て使う事にした。しかし、スタッフの方々と話をしていくうちに、今まで、似たも
の同志の中では、阿吽の呼吸で伝わっていたことの中に、伝わらない部分があるこ
とに気がついた。どうやって、一般の映画ファンにこれを伝えていくか?伝えたい
事は、曖昧でつかみどころのないものではあるのだが、つかみどころのないままに
しておくことはできない。

実は、ドキュメンタリー映画の中には、言葉と映像の絶妙な関係をみせてくれる傑
作が少なくない。特に、作家の声による語り(というか、つぶやきというか)の素
晴らしい作品、近くは、ニコラ・フィリベールの『かつて、ノルマンディーで』、
アレクサンドル・ソクーロフの『孤独の声』、トリン・T・ミンハやジョナス・メ
カス…偉大な先人達の試みに思いを馳せると、ドキュメンタリーにおける言葉の可
能性は大きいと思う。そんな気持ちになって、現場の気持ちを呼び戻し、スタジオ
でそれを語る事にした。

ドキュメンタリー映画は言語表現を超えたところに魅力があると思うが、ドキュメ
ンタリーを豊かにする言葉がある。それらを十把一からげにして、退屈で説教臭い
意味づけとしてしまうのは、乱暴な話だと思うが、『空とコムローイ〜タイ、コン
ティップ村の子どもたち〜』の言葉が成功しているか、していないのか?それは観
客の方々のご意見を待たねばならない。ご覧いただき、ご意見をお聞かせいただけ
ると嬉しいです。

☆『空とコムローイ〜タイ、コンティップ村の子どもたち〜』(90分)
監督・撮影・編集:三浦淳子、プロデュース:岩永正敏、構成:伊勢真一
録音:米山靖、音楽:横内丙午、整音:井上久美子、編集技術:世良隆浩
製作:クロスフィット、トリステロ・フィルムズ、配給:パンドラ、支援:芸術文

振興基金
  http://www.tristellofilms.com/scom.html 

☆上映
1月31日(土)〜2月27日(金) 渋谷・ユーロスペースで毎朝10:30から上映

毎日曜日と水曜日の上映後、三浦監督とゲストによるトークがあります。
2月 1日(日) 伊勢真一(映画監督「奈緒ちゃん」)
 4日(水) 山田あかね(小説家・演出家「すべては海になる」)
 8日(日) 井口奈巳(映画監督「人のセックスを笑うな」)
11日(水) 西村美也子(フェアトレード「第三世界ショップ」マネージャー)
15日(日) 藤岡朝子(山形国際ドキュメンタリー映画祭東京事務局ディレクター)
18日(水) 大久保賢一(映画評論家)
22日(日) 萩原朔美(エッセイスト)
25日(水) 野中真理子(映画監督「こどもの時間」)

入場料金:一般1700円/大学・専門学校生1400円/会員・シニア1200円
高校生800円/中学生以下500円


■三浦 淳子(みうら・じゅんこ)
1960年横浜に生まれる。早稲田大学在学中より演劇活動を行う。'89年広告代理店
に勤務するかたわら、私的ドキュメンタリーの制作を開始。'92年『トマトを植え
た日』がイメージフォーラムフェスティバル大賞を受賞。'97年『孤独の輪郭』
(横浜美術館所蔵)をシネマデュレール、釜山国際映画祭で上映。2004年東京都現
代美術館アニュアル展に出品。



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┃ ┃□自作を語る(2)
┃ ┃■『あぶあぶあの奇跡』
┃ ┃■船津 一
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私は今から12年前、働く障害者の姿を伝えるTV番組の取材で、神戸生まれのダウン
症や自閉症の人たちが活動する「楽団あぶあぶあ」に出会いました。27年前結成し、
どこからも援助を受けず自分たちが働いたお金だけで活動し、メンバーの話し合い
の中からオリジナル曲が生まれミュージカルを創作し、音楽ボランティアとしても
各地に出かけていくというユニークなグループでした。しかし、それだけではない
「何か」があることにすぐに気づきました。年に数回行われるコンサートはいつも
大盛況で、観客たちは舞台に感動し、目には涙があふれます。これは老若男女、洋
の東西を問わずに起こります。今までに200回ものコンサートを開き、観客数は延
べ15万人にも及びます。千人収容のホールを満杯にすることも珍しくないのです。

なぜそんなに人々を感動させるのか…。代表の東野洋子さんに聞くと「メンバーた
ちは、人の幸せと自分の幸せを重ねることが何の矛盾もなくできてしまう。それが
メッセージとなって客席の隅々にまで伝わっていくのではないか」と言います。彼
らは優しさにとても敏感で、仲間を思いやるのと同じ気持ちで観客を包もうとする、
というのです。すぐにはその意味がつかめないまま、取材を進める中、徐々に見え
てくるものがありました。あぶあぶあのメンバーたちのつながりは、とてもピュア
なだけに、この時代に稀有なものであり、人としての“核心に触れるもの”を表し
ているのではないかと感じ始めたのです。

お互いを認め合いながら、人生をかけて育んできた強さと深さ。ひとつひとつは何
でもない彼らの日常が、積み重さなると奇跡のようにうねりだしていく…。それを
どう映画とするのか…。楽団の練習、公演、感動する人々の姿、障害児を生み育て
た両親の苦悩、職場や家族との生活、仲間や親の老いと死などの様々な試練…。
編集に入って決断したことは、すべてナマの声、演奏を使い、ナレーションや挿入
音楽はいっさい使用しないということでした。11年分の膨大な映像をじっくり見る
ことからはじめ、ようやく半年かけて120分の作品が完成しました。そして、最初
に感じたあの「何か」は障害があるとかないとかではなく、人の本質に迫る「何か
」であり、人間性の大切さを考えさせる「何か」であったことを確信しました。

☆『あぶあぶあの奇跡』(120分、2008年)
製作:陣内直行、監督・編集:船津一、撮影:八木義順、アズマックス作品、
芸術文化振興基金助成、2008年キネマ旬報文化映画部門ベストテン次点

☆完成記念上映会
2月3日(火)ヤクルトホール        (1)11:00〜(2)14:30〜(3)18:15〜
4月8日(水)文京シビックホール・小ホール (1)11:00〜(2)15:00〜(3)18:30〜
4月9日(木)文京シビックホール・小ホール (1)11:00〜(2)15:00〜(3)18:30〜
入場料:前売券:1000円、当日券:1300円、中高生:500円
小学生以下・介助者無料
問い合わせ先:アズマックス(担当:飯田まで)
TEL:03-3408-6360 FAX:03-3408-6361
  http://azmax-pro.co.jp/  メール info@azmax-pro.co.jp 


■船津 一(ふなつ・はじめ)
1953年東京生まれ。1974年〜東映映画などで劇映画の記録係。1977年自主映画『通
りゃんせ76』製作・監督。1978年〜岩波映画、アズマックス、NHKエンタープライ
ズなどでフリーの演出。
主な作品は、『日本その姿と心 〜能、文楽、歌舞伎〜』(産業映像祭外務大臣賞)、
『河竹黙阿弥 〜人と作品〜』(教育映画祭優秀作品賞)、『上方歌舞伎・和事の
伝承〜中村鴈治郎親子の和事の伝承を綴る〜』など多数。



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┃ ┃□自作を語る(3)
┃ ┃■『色彩の記憶』
┃ ┃■井手口 直樹(プロデューサー)
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2004年の春。東京に新緑が芽吹く時期に、『色彩の記憶』の企画はスタートしまし
た。
御法川修監督が、『色彩の記憶』というタイトルに辿りついたのが、この年の秋。
東京の街路樹が赤や黄に染まり始めた頃です。それはタイトルであると同時に大き
な旗印となって、企画を導いていきました。プロデューサーとして私がプロジェク
トに参加したのもこの頃です。クライアントは株式会社ミルボン、美容メーカーと
して日本の色彩、日本人の色彩感覚を重視した商品開発を行っている企業です。企
業の依頼による映像が、もっと社会とコミットする必要があると考えていましたし、
それを理解して受け入れてくれる土壌がミルボンにはありました。

第1弾として、「源氏物語錦織絵巻」を創作する山口伊太郎翁に焦点をあてること
は、プロジェクトのメンバー全員の一致した意見でした。70歳という高齢ではじめ
た壮大な創造活動。京都西陣の技術の粋を集めなくては成すことのできない翁にし
か出来ない一大ページェント。「源氏物語絵巻」から失われた色彩を取り戻す創作
者の想像力と匠たちの努力。はじめに色はなかったのです。2005年初夏、最初に
「源氏物語」の作者、紫式部の墓碑にカメラが向けられました。カメラは翁に、後
継者である野中明氏に、染、織、箔の匠たちを追い続けました。想像から創造へ。
100歳を越えてなお、翁の心の中では静かに全4巻完成への情熱の炎が燃え続けてい
ました。

「色彩の記憶 源氏物語錦織絵巻 山口伊太郎と匠たち」の完成から半年後、第2
弾の撮影が始まりました。場所は佐賀県有田町。日本一の磁器の産地で、絵付と白
磁で有名です。しかし、我々が相対したのは「辰砂」に取り組む二代目・馬場真右
ェ門さん。「辰砂」は窯変物の中でも、望んだ色を現出させるのが特に難しいと言
われる赤い焼き物です。その色を追い求めて窯をつぶす人もいるそうです。人の手
が生み出す色彩。だが、そこには人の手が及ばない窯の中の三日三晩があります。
人が出来ることは100%ではない。だけど、最良の結果をだすために、手を尽くす
しかない。有田の自然はそうした人の姿を見つめて悠久の時間を経てきたのです。
撮影をした季節には珍しいくらい素晴らしい雲海も作品を彩ってくれました。

このロケに向かう前日、松川八洲雄監督の訃報が届きました。監督と私のそれぞれ
の鞄に、松川さんの著作「ドキュメンタリーを創る」が潜んでいたことを知るのは、
ロケから帰ってきてからのことでした。

2007年。完結となる第3弾は、東京。このわずか10年ほどの間に、美容師の中でも
専門職としての地位を築いてきたカラー・スペシャリストの先駆者、カキモトアー
ムズの高原紀子さんと岩上晴美さんです。ここでは、彼女たちの言葉に真摯に耳を
傾けること、カラーリングという技術を丁寧に見つめることに徹底しました。下見
の際に感じた、お客様に喜んで頂くために、出来ることを純粋に模索し、技術の全
てを傾ける姿勢をそのまま描きたいと考えたからです。人のために、心をこめて、
思いを巡らし、自分の身体を動かして、何かを生み出す。仕事をすること、働くこ
との意味をあらためて考えることになりました。同時に、第1弾から続く葉脈が確
かに見えてきたのです。この3作でひとつの瑞々しい葉となれる。言の葉となりた
い。そう思い始めていました。

表現にもこだわりました。既成のドキュメンタリーと単にくくられてしまう手法で
はないものを探る、監督とのコミュニケーションが必要でした。構成、編集、録音
にも通常より長い時間をかけました。その甲斐もあって、2007年JPPAアワードの録
音部門でゴールド賞を受賞することができました。スタッフの熱意が確実に作品の
中に息づいてきたことを嬉しく思いました。

ゆふいん文化・記録映画祭が、松川監督の偉業を讃え、その意思を未来へ継承する
目的で創設した松川八洲雄賞の上映が行われたのは2008年5月。由布院は新緑に恵
まれ、夜は蛍が舞っていました。『色彩の記憶』は第一回松川賞の受賞作品として
選ばれました。それまで、企業の枠の中でしか利用されることのなかったものが、
一般の映画として観客の方に届けられたのです。思いは届く。寄せられた観客の方
のアンケートに、審査委員のコメントに、強くそのことを感じました。

クライアントに我々の劇場公開への熱意を汲み取ってもらうのに、それほど時間は
かかりませんでした。ただ、劇場の方に、観客の方に単なる企業物として受け止め
られてしまう可能性は否めません。最低限度の再編集は必要となります。監督との
作業が続きました。クライアントとの調整もありました。

一方、別の側面から考えると、公開される映画にもいろんな可能性があってもいい
のではないか、とも思っていました。その意味で企業作品だから駄目だ、と言い切
られて公開を取り止めざるを得なかった良質な作品は過去にあったはずです。観て
いただける価値があったにもかかわらず、公開する可能性すら探らなかったことも
あったと思います。でも、諦めたくはありませんでした。

今、日本の社会は新経済主義では立ち行かなくなったことを実感しています。でも、
立ち迷よっているように感じてなりません。日本の政治や経済システムやアメリカ
のせいにしていては何も始まらないと思っています。

ひとりひとりが、自己利益の追求でなく、人のために出来ることを真剣に考え始め
ることが大切だと思うのです。そして、仕事や働くことの実感につながることがこ
れからの社会には必要だと思うのです。たかが映画かもしれません。でも、我々に
出来ることとして、観てくれた人が、そんなことを感じて考えてくれたら、とって
も嬉しいのです。もちろん、日本の色彩の美しさも。

☆『色彩の記憶』(2009年/日本/カラー/ステレオ/ビデオ作品/70分)
製作:株式会社ミルボン、監督:御法川修
撮影:小林元/芦澤明子/池田俊己、編集:時森茂和、音響:高木創
アート・ディレクション:奥村香奈、プロデューサー:井手口直樹
配給宣伝:デザインプール+RCS、(C)2009 MILBON co.,ltd.

2月7日から15日まで、恵比寿の東京都写真美術館ホールで期間限定ロードショー。
2月9日は休館日。その後、春から全国で順次公開の予定。
  http://www.designpool.co.jp/shikisai 
blog: http://coloring-life.seesaa.net 
連絡先:701クリエイティブ 渋谷区恵比寿西1-3-2 東栄第二ビル701
TEL:03-5784-3713/mail: nrn38743@nifty.com 


■井手口 直樹(いてぐち・なおき)
『色彩の記憶』プロデューサー。1959年福岡県生まれ。紀伊國屋書店が製作した
歴史上の人物をテーマにしたビデオ評伝シリーズなどのプロデュースを手がける。
主な作品に、『斎藤秀三郎〜ライオンは孤独である』(95/教育映像祭優秀作品賞
監督:藤原智子)、『野尻抱影〜星の文人』(02/同賞文部大臣賞 監督:佐藤
真)など。『色彩の記憶』(08/監督:御法川修)で、ゆふいん文化・記録映画祭
第一回松川八洲雄賞を受賞。



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┃03┃□ワールドワイドNOW ≪パリ発≫
┃ ┃■サルコジ大統領の公共放送改革案
┃ ┃■高橋 晶子
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フランスのテレビ業界は、昨年末からてんやわんやの大騒ぎだ。11月にサルコジ大
統領が「公共放送を改革する!」と突然宣言し、段階的とは言え、1月5日にその改
革が実行に移されたからだ。
改革の内容は多岐にわたっているが、中でも「公共放送でのテレビ・コマーシャル
の廃止」と「公共放送の会長を大統領自らが任命・罷免できるようにするための法
律改正」という2点が大きな波紋を呼んだ。

まず「コマーシャルの廃止」についてである。現在、フランス・テレビジョンと名
付けられる公共チャンネルにはフランス2、フランス3、フランス4(地上派デジタ
ル)、フランス5(教育テレビ)、さらにフランス4(ケーブル)がある。NHKでコ
マーシャルが流れることがない日本から見ると違和感があるかもしれないが、公共
放送全チャンネルが、国民の受信料と民間企業のコマーシャルで成り立っている。
公共放送が民間企業の思惑に依存することなく、質の良いプログラム作りができる
ようにという目的で発案されたわけだが、実はこれは長年検討されていた件で、案
が出る度に受信料だけでは到底予算不足だという結論が出てお蔵入りになっていた。

現時点では、その分の予算をどこから捻出するかは定かではないまま、1月5日以降
夜8時〜朝6時までの間コマーシャルはすでに流れなくなった。携帯電話・インター
ネットがメディア媒体として重要になってきているため、そこから税金をとる。
TF1やM6といった民放のチャンネルからコマーシャル収入の一部をあてがう。各世
帯の受信料を値上げする。などといった方法の詳細が確定されつつあるが、結論は
定かでなく、定かになる前に実行に移された。

「公共放送の会長の大統領による任命・罷免」について。現在、会長はCSA(フラ
ンス視聴覚最高評議会)によって選出されている。CSAは、テレビ及びラジオの規
制を全般に行う独立機関で、例えば各テレビプログラムに何歳以下の視聴は不適と
いうような年齢制限をつけたり、フランス語・フランス製作の作品が多く放映され
るよう規制を設けたり、また政治面では選挙の際に各政党が平等の時間数テレビで
取り扱われているかなどを管理する機関だ。そうした機関を通さず、大統領が自ら
会長を直接任命・罷免できるようになるという事で、各局で働く人々たちから「メ
ディアと権力の分離はどうなるのか?」との大きな問いかけが上がった。これにつ
いては、さすがに法案が通らないとの予想だが、どうなるだろうか。

そんなこんなの混乱が続くため、数か月前から様々なプロジェクトが中断状態とな
っている。予算が不確かなため、歯止めがかかっているのだ。ドキュメンタリーも
もちろん例外ではない。ドキュメンタリーの多くはテレビ放映を前提にして作られ
ている。コマーシャル廃止そのものには賛成という意見が目立つが、その分の資金
をどう見つけられるかとの不安は大きい。先日1月20日〜25日にビアリッツで行わ
れたFIPA/国際テレビ映像フェスティバルでも緊急討論会が開かれた。結論は出な
い。コマーシャル収入が集中すると見られていた民放2局も、今のところ世界不況
の影響で予想を反して減少傾向にあるという。

2011年の年末、公共放送すべてのチャンネルからコマーシャルが消えるその日まで、
錯綜は続きそうだ。先行きは不透明だが、フランスのテレビ史上大きな過渡期にあ
ることは間違いない。


■高橋 晶子(たかはし・しょうこ)
横浜生まれ。フランスの言語・映画に魅せられ94年に渡仏。パリ第8大学映画学科
卒業。映画・TV関係のコーディネート・通訳・字幕翻訳及び助監督として活動。



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┃04┃□列島通信 ≪大分発≫
┃ ┃■二人の友の死と映画
┃ ┃■田井 肇
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昨年12月に東京・ユーロスペースでも公開されたドキュメンタリー映画『ご縁玉 
パリから大分へ』を、全国に先駆けて僕の映画館で11月に上映した。この映画には、
大分県の豊後高田市に暮らす元養護教員の山田泉さんが登場する。彼女は、中学校
の養護教員、つまり「保健室の先生」として、長年勤めてきた。子どもたちの性教
育に取り組んだりもしていたが、肉体だけでなく心に病(あるいは病とまではいか
ない悩みや苦しみ)を抱えた子どもたちの、ある種の「逃げ場」としての保健室を
持ち続けてきた。学校の外でも、反戦運動や、その他のさまざまな社会活動に顔を
出す、とにかく元気で前向きな女性だった。

そんな彼女が、ある日、乳ガンの宣告を受ける。すると今度は、乳ガン患者のグ
ループを立ち上げ、さらに活動の幅を広げてゆく。そして、自らの学校で始めたの
が「いのちの授業」だった。ハンセン病患者の人や、ガンの末期患者の人を教室に
招いて話を聞き、子どもたちに「いのち」について考えてもらう授業だった。その
「いのちの授業」は大きな反響を呼んだが、彼女のガンは、その間も進行し続けた。
やがて二度の入院を経て、彼女はついに教壇を去る。もうどれほどの余命が残され
ているのかもわからない中、彼女は人生最後の外国旅行に、息子、娘を連れ立って
出かける。場所は憧れのパリだった。そのパリで、彼女はひょんなことから一人の
チェリストと出会う。彼の名はエリック・マリア・クチュリエ。ベトナム戦争の孤
児としてフランス人の養父母に育てられ、現在は第一線のチェリストとして活躍す
るエリック・マリアと、会うなり友だちになった彼女は(それは彼女の特技と言っ
てもよい)、別れ際に、彼に日本の硬貨・5円玉を手渡す。「ご縁がありますよう
に」と。そして数ヶ月後、その5円玉を携えて、エリック・マリアは、フランスか
ら日本の九州の片田舎の町に、山ちゃん(多くの人が山田さんをこう呼ぶ)を訪ね
てやってくることになる。
音楽によるセラピーをほどこすために。

長くなったが、この映画『ご縁玉 パリから大分へ』は、そのエリック・マリアの
旅を追ったドキュメンタリーである。撮影は公開のちょうど1年前。2007年の暮れ
から2008年の新年にかけて行なわれた。その間、豊後高田市で催されたエリック・
マリアのチェロ・コンサートには、僕も出かけている。そう。僕も、山田泉さんと
は旧知の間柄なのだ。彼女は映画好きで、僕の映画館にずっと昔から通い続けてい
た。
彼女は、人に会うといつもこう尋ねていた。「あなたの保健室はどこ?」。

彼女が最後に朝日新聞かに書いた原稿は、こう書き出されている。「振り返ってみ
たら、私の保健室は映画館だったような気がする」と。それにしても、そんな彼女
の映画ができて、僕がそれを上映することになろうとは、僕も彼女も想像だにして
いなかった。『ご縁玉』が完成したのを知ったのは、上映のわずか3ヶ月前のこと
だった。東京の公開は12月に決まったが、大分ではとにかく一刻も早く公開せねば
ならなかった。それは、彼女の命がいつまでもつのか、もうわからない状況にあっ
たからだ。11月の公開を決め、とにかく彼女が一日でも長く生き続けてくれること
を僕は祈った。

やがて公開が迫り、その10日ほど前に、彼女が入院するホスピスに行き、話をした。
「もう次の桜は見られない」と病院の先生に言われたと聞いた。そして『ご縁玉』
公開の初日11月15日、思わぬ訃報が群馬から入る。高崎映画祭を主宰し、そしてシ
ネマテークたかさきをやっていた映画仲間の茂木正男さんが亡くなった、と。翌日
すぐに群馬へ行き、通夜、葬儀に出席した。僕は、悲しみとともに恐怖におびえて
いた。突然の寒波がやってきて、さらに恐怖は増した。だが、『ご縁玉』公開の最
終日になって、再び暖かくなり、「ああ、なんとか公開を終えた」と思った矢先に、
ついに山田泉さんの訃報が知らされた。映画を通じて知り合った二人の友人を、わ
ずか1週間の間に亡くした僕は、未だこのことをどう考えればよいのか、わからな
いでいる。何をというわけでなく、後悔する気持ちがぬぐえない。そして今、僕は、
2月に行なう『ご縁玉』アンコール上映の準備に追われている。


■田井 肇(たい・はじめ)
1956年岐阜市生まれ。大分に移り住み、1976年、「第1回湯布院映画祭」の立ち上
げに加わる。以後13回目まで中心メンバーとして活動する一方、地方で上映機会の
ない映画の数多くを自主上映する。1989年、当時閉館の瀬戸際にあった映画館「シ
ネマ5」の運営を引き継ぎ、アート系専門の映画館として、その経営を軌道に乗せ、
現在に至る。 http://www.cinema5.gr.jp 



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┃05┃□neoneo坐2月前半の上映プログラム
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会場はいずれも神田・小川町のスペースneo(都営新宿線小川町駅B5出口より徒歩1
分JR御茶ノ水駅聖橋口より徒歩5分)です。詳細と地図はneoneo坐のHPをご覧下さい。
  http://www.neoneoza.com/

「知られざる短篇映画を見てみる」上映会
「短篇調査団」
毎月第2・第4水曜/20:00〜21:40 終映予定
16mm上映 会費500円(作品資料付き/映画は鑑賞無料)
追加情報はblog版短篇調査団へ

書を捨てよ町へ出よう2本立(計112分)
(83) 寺山の巻...2009年2月11日(水・祝)14:00〜※祝日昼間の上映になります
『はだかの王様』
1965年/58分/カラー
制作:日生劇場映画部/アンデルセンの童話より/脚色:寺山修司
監督:高橋典/撮影:アン・スンミン/舞台構成・演出:浅利慶太/作曲:いずみ
たく
■1964年にスタートした「ニッセイ名作劇場」の第1回公演、劇団四季による
ミュージカルの舞台を映画化。ハンス・クリスチャン・アンデルセンの童話を、若
き日の寺山修司が脚色した。

『イワンのばか』
1967年/54分/カラー
制作:日生劇場映画部/原作:トルストイ/脚色:寺山修司
監督:吉村公三郎/撮影:アン・スンミン
■1966年公演の第3回「ニッセイ名作劇場」、劇団四季によるミュージカルの舞台
を映画化。イワンは底抜けに明るい百姓だが、ある日、悪魔が悪だくみをもってや
ってくる…。

【料金】会費500円(作品資料付き/映画は鑑賞無料)
【お問合せ】清水 E-mail:shimizu4310@bridge.ocn.ne.jp



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┃06┃□広場
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□投稿
■小谷忠典監督『LINE』(日本/2008/52分)を巡って想うこと
■宇野 治

映画祭の選考員自らが、自己と世界の未知に向かって、生活世界への死にものぐる
いの探求をすることをやめ、業界内の凭れ合いと、会議室のモニター前でのふんぞ
り返った選別という愚行に安住してしまったとき、その映画祭の命脈は尽きたと言
わなければならないだろう。映画祭とは選別の権力が行使される業界の「庁」であ
ってはならない。より開かれた交流を創設し続ける、変容の網の目の交錯場でなけ
ればならない。初期の山形にはそういう精神が溢れていた。

去年の「山形国際ドキュメンタリー映画祭2007」で選外となった一本の映画が、今
年の「ドキュメンタリー・ドリーム・ショー山形in東京2008」で初上映となった。
小谷忠典監督による『LINE』である。驚愕の52分が隠蔽されていたということにな
る。この映画を山形国際ドキュメンタリー映画祭が選外にしていたという事実は、
痛恨の極みである。そして、この映画を遅ればせながらも上映したというDDSプロ
グラマー・藤岡朝子さんの決然たる意志には、最大の敬意を表したい。(さらに
『LINE』は、今年のスペイン・パンプローナで行われるドキュメンタリー映画祭の
コンペティションにノミネートされたという朗報が入った。)
『LINE』という映画は、その表現の果敢さ、凄まじさにおいて他に類例をみない。
ドキュメンタリー映画という偏狭なジャンルを越えて、映画という表現の消失点に
静黙して屹立している。そして、この映画の表現を素通りできるほど、もはや私た
ちは安穏とした時代にはいない。

大阪大正区と沖縄・コザ吉原、左翼運動家である過去を持つアル中の父と、血のつ
ながらない子供の父親になろうとする息子。
「此所と他所」を結びつけるもの、私たちは、それをもはや「愛」とは言えなくな
った。そんな圧倒的な断絶をまえに、それでもなけなしの表現でもって「此所と他
所」を結びつけようとするとき、ほんの一瞬そこに一握りの「愛」としかいえない
ギリギリの生の様態が浮かび上がる。通りのいい物語も上手い演出もわかりやすい
フレーズもそこにはない。奇形の断片をなんとか手縫いで継ぎ足したボロボロの表
現があるだけだ。だが、いま、それだけが「映画」足り得るのではないかと思う。

小谷監督は、彷徨の末、沖縄のコザ吉原の路地裏で、不意に映画を発見する。コザ
吉原の裸の女たちの顔を見つめることで、「生きる倫理」としての映画を発見した
のだと思う。私たち観客もまた、この映画を見ることで、発見する。それは人がな
けなしの自身の生を、なおも生きていくことの倫理としか言えない何ものかである。
小谷監督のカメラには、女たちの顔の背後に、安易な物語を読み取ろうとする破廉
恥はない。徹底的に顔という表層を見つめる。過去も知らず、たぶん未来にも関与
しない、現在だけしか共有することのない他人。その他人の顔を、「いま、ここ」
で、ただ、じっと、見つめる。

「どんなに長い小説や評論も、その散文を支えるのは、たった一行の詩である」と
言った批評家の言葉が頭をよぎる。この映画が表現として立ち上がるは、○○分間
の名もなき女との対面のなかでに体現してしまう「見つめ合う」という圧倒的に無
為な行為のただ中においてである。このとき深層と表層が反転する。重苦しい歴史
を背負い彷徨してきた「生」が、いま此処にしかいない女たちの眼差しによっては
じめて支えられることになる。徹底して歴史と物語を欠いた唯物的な顔。その顔を
黙って見つめること。この現在という時間、隣人の他者の顔をただ見つめるという
単純にして苛酷な行為。それが、我々の絶望的な生を唯一支えることになるのだと
いうことを、この映画は体験したのだ。そして、同時にこの映画を見る私たち観客
もまた、この生の倫理が発動する瞬間を追体験する。
これを映画体験と呼ばないとしたら、いま「愛」はどこにあるというのか?

DDSの同じプログラム「さまよえる若者たち」で上映された他の若手監督の作品は、
山形国際ドキュメンタリー映画祭2007の本選に選ばれたものだが、『LINE』は明ら
かに彼らの作品とは一線を画していた。我々の生存がギリギリのところに追いつめ
られていることを、表現が甘くなることのエクスキューズにしてはならない。貧困
な生活や悲惨な状況を撮影すれば、それが、映画表現になると思ったら大間違いで
ある。生存の限界体験が、映画表現の限界体験とシンクロしなければ、ドキュメン
タリー映画はすぐさま堕落することだろう。映画表現とは、主張発言のための道具
や手段でもなければ、シネフィル/オタクたちが蒐集するためのコンテンツでもな
い。政治運動のための映画と、個人の自己顕示や美的趣味顕示のための映画ばかり
が横行する日本のドキュメンタリー映画業界、小川も土本も佐藤も亡くなり、堕落
はすでに始まっている。


■宇野 治(うの・おさむ)
東京浅草生まれ。1991年から2006年まで放送局でサラリーマンをする。
現在、いくつかの教育機関で非正規労働に従事。


    ◇────────────────────────◆◇◆    


■「わが一押しのドキュメンタリー映画2008」  東野 真美(編集者)

『パレスチナ1948 ・ NAKBA』
映画『NAKBA』の最初に登場するパレスチナのキブツダリア。このキブツダリ
ア即ちユダヤ人入植者の前に住んでいたパレスチナ人の地「ダリアトルーハ」には
香ばしいブドウの木の意味があるという。そしてブドウはユダヤ人にとって「約束
の地」の象徴でもある。この約束の地がパレスチナ人の悲劇の地ともなっている。
キブツはユダヤの社会主義的ユートピア社会といわれていた。イスラエル建国運動
において作られた農村共同体であり、「構成員間の平等、相互責任、自己労働」な
どを原則としていたものである。監督の広河隆一はかつてこのユートピア社会をう
かがい知ろうとしてこの地を訪れた。再度の来訪でここがユダヤ人によって奪われ
たパレスチナ人の土地であることを掘り起こす。
アウシュヴィッツを経験した悲劇の民族ユダヤがパレスチナ人の土地を虐殺によっ
て奪い取ったという恐るべき人間の罪業。広河隆一はたとえ人間の罪業が救いがた
いものであるとしても、なお表現者として人間の真実を明らかにすることに意義を
求めようとしたのがこの作品である。
理性ある人類にとって自覚以外に他の生物と違いを明らかにすることはできない。
そこに美を発見出来ればなお救いとなるだろう。ユートピアと虐殺の地が同一であ
るという人間の荒廃。それを曇りなき目で見、心に刻み込むこと。それは表現者の
最大の課題であり使命でもある。
この作品に登場する人々は、パレスチナ人ユダヤ人も含めてなべてみないい顔だち
をし、辛酸の時ではあるがそれを体験したものの年輪を重ねたいい表情をたたえて
いる。そういう表情をカメラの前に差し出しうる人間関係を長い時間をかけて辛抱
強く構築し得たからこそ、人間の底知れぬ罪も探り出すことができたのであり、そ
れが広河隆一の力業である。


   ◇────────────────────────◆◇◆    


■『映画は生きものの記録である』&土本傑作選
特集:土本典昭の仕事

●金沢シネモンド 2月7日(土)〜2月20日(金)

2月7日(土)…『映画は生きものの記録である』
  8 (日)…『ある機関助士』+『路上』
  9 (月)…『パルチザン前史』
  10(火)…『海盗り』
  11(祝)…『パルチザン前史』
  12(木)…『映画は生きものの記録である』
  13(金)…『海盗り』
  14(土)…『ある機関助士』+『路上』
  15(日)…『不知火海』
  16(月)…『海盗り』
  17(火)…『映画は生きものの記録である』
  18(水)…『不知火海』
  19(木)…『パルチザン前史』
  20(金)…『映画は生きものの記録である』

シネモンド:金沢市香林坊2-1-1 KOHRINBO 109 4F
TEL 076-220-5007/FAX 076-220-5008
E-mail: mail@cine-monde.com  URL: http://www.cine-monde.com 


    ◇────────────────────────◆◇◆    


■「自作を語る」などの投稿、歓迎!
「自作を語る」欄は、監督自らが作品について語るコーナーです。制作した動機や
撮影のポイント、編集で心がけたこと等を内容に盛り込んで頂きたいと思っていま
す。その他の投稿も歓迎します。「自作を語る」は1600字程度。監督のプロフィー
ル(150字)、作品のデータ、上映スケジュール、HP等をお知らせください。
原稿締め切り:配信日(1日&15日)の3日前までに、下記に送信ください。
E-mail: visualtrax@jcom.home.ne.jp  伏屋まで


     ◇────────────────────────◆◇◆    


■上映の告知の有料化とカンパのお願い
■伏屋 博雄(本誌編集長)

neoneoの購読は無料ですが、経費を(その大部分は稿料ですが)賄うため、上映等の
告知は有料にしています。なお皆様にカンパもお願いしていますので、ぜひご協力
ください。

(1)上映等の告知の有料化 40字×30行(行数の空きも計算)以内につき、2,000円
です。それ以上の行数の場合は加算します。

(2)カンパのお願い 一口2,000円。何口でも。
送金方法:郵便振込み:00160-8-666528 neoneoの会、又は、
みずほ銀行池袋支店、普通口座、2419782 (有)ネットワークフィルムズ
(銀行振込の場合は、その由を visualtrax@jcom.home.ne.jp 伏屋宛にお知らせく
ださい。)
以上、neoneoの継続ため、よろしくお願い致します。



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┃07┃■編集後記 伏屋 博雄(ふせや・ひろお)
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●「認知症は『社会を映し出す鏡』である」、とは12月15日号に掲載された川村雄
次さんの言葉である。NHKのディレクターとしてこの5年間認知症に取り組み、昨年
までに29本の番組に関わってこられ、今回はそのプロセスが開示されている。一読
すれば、取材(テーマ)の深まりが汲み取れる。と同時に、世間の認知症への認識
が改められていく過程でもあったことが理解できる。好評につき、当初の予定を延
長し、あと2回を連載する。

●「自作を語る」に3作(執筆は2名が監督、1名がプロデューサー)が集中した。
1作はすでに1月末に封切られており、残り2作は2月初旬に上映される。一挙に3人
の投稿が集中したのは初めてである。作品をつくれば公開するのが当たり前のよう
であるが、公開に費やす努力は並大抵のものではない。さらに上映が決まれば反応
が気になり、観客動員も心配の種だ。公開を前にした監督のひとりから、「毎日が
ドキドキです」とメールが来たが、本欄がそうした不安を解除する一助になればと、
思う。

●高橋晶子さんのフランス公共放送の改革案のレポートは顛末が気になり、田井肇
さんの映画を通じての友人の死に寄せる哀切の文章は身にしみる。前号に続いて宇
野治さんから投稿があった。『LINE』(監督:小谷忠典)が山形映画祭に選考され
なかったことに対する異議、さらに映画祭への問題提起である。

ところで関西で活躍されていた牧逸郎キャメラマンが昨秋64歳で永眠されたが、牧
さんといえば小川プロの『千年シアター』の撮影にボランティアで協力していただ
いた方である。このたび牧さんを偲んで神戸映画資料館で追悼上映(『ガキ帝国』
『真夏の少年』など)が決まった。詳細はHPをご参照ください。
  http://kobe-eiga.net/program/2009/02/#a000825 



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最終発行日:  
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