映画

ドキュメンタリー映画の最前線メールマガジン neoneo

映画関係者必読のメールマガジン。プロデューサー、監督、評論家、映画館支配人など、さまざまな立場からこれからのドキュメンタリー映画を熱く語ります。

全て表示する >

ドキュメンタリー映画の最前線メールマガジン neoneo Vol.24 2004.11.1

2004/11/01


☆━┓ ┏━┓ ┏━┓
┃n┣━┫o┣━┫e┣━┓ ★ドキュメンタリー映画の最前線メールマガジン
┗━┫e┣━┫n┣━┫o┣━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━○
  ┗━┛ ☆━┛ ┗━☆    24号  2004.11.1


∽∽∽∽∽∽ HEADLINE ∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽

 †01 日本のドキュメンタリー映画のかたち
      対極のドキュメンタリー
         ―小川紳介と土本典昭(6)  大津 幸四郎
 †02 ワールドワイドNOW ≪ロス発≫
      『ドキュメンタリー映画の歴史』を教える楽しみ(1)  水野 祥子
 †03 ドキュメンタリー時評   
      「弱者」とモザイクとドキュメンタリーの危機
         〜現代日本のある鈍感さ〜  水原 文人
 †04 neoneo坐通信(10)
      「小川紳介のコスモス〜小川プロの仕事」第2弾
       11月27日(土)『日本解放戦線 三里塚の夏』『パルチザン前史』
       neoneo坐の企画会議を開催します
 †05 広場
      投稿:『Cuba/Okinawa サルサとチャンプルー』(13)
         キューバの日系人移民に対する二つの態度  波多野 哲朗
      新企画:投稿屋台『クチコミ来来軒!』第一回
           屋台引き:清水浩之(ゆふいん文化・記録映画祭)
      投稿:テレビにはないもの
          〜第1回「科学映画特捜隊」上映会の感想  細見 葉介
  †06 編集後記 伏屋 博雄


   ★バックナンバー閲覧はこちらまで

   まぐまぐ配信   http://www.mag2.com/m/0000116642.htm 
   melma!配信    http://www.melma.com/mag/39/m00098339/ 


┳━┳━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
┃01┃□日本のドキュメンタリー映画のかたち
┃ ┃■対極のドキュメンタリー ―小川紳介と土本典昭(6)
┃ ┃■大津 幸四郎
┻━┻━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

●『圧殺の森』に流れる映画的時間

筒井武文:『圧殺の森』はカメラも登場人物の一員みたいな感じがすごくしまして、
だから、学生の内側から撮っているぞという感じがすごく出ていて、その後、音がす
っと静かになりますけれども、翌日ですか。その辺でロングショットが来ますよね。
それで向こうから8mmで撮っているというシーンが来て。ですから、カメラもあそこ
で登場人物になりきっているなという感じがするんですね。それでロングもすごく効
いているわけですよね。それまでアップで構成していたので。.

大津幸四郎:あそこでは初めて、それまであまり見せなかった学校のロングが出てき
ますよね。芝生に寝そべった学生たちが出てきたり。その辺が小川さんが直感的に持
っている映画的な時間だと思いますね。ある緊張感の高まりの後に、ふっと現れた静
の時間を、しかも割合引いて静止した画の中に盛り込まれた生(なま)の時間をどう
いうふうに作るかと。そしてこれらの画は、自治会館に閉じ込められた学生たちの眼
が見た学校であり、学生の姿であると言えると思います。同時に、それは自治会を取
り巻いている政治的な状況、ひょっとすると自治会館の中に閉じこめられた人たちが
作り出した一種の恐怖、幻影が作った所産だったかもしれない、あの切迫感というの
は。で、事実は、のっぺりした日常の学園風景は、引いて見たとき、そのの政治的な
状況というのは、実はもっと不気味なもので、何が起こるかちょっと予想がつかない
不気味なものをある程度まで表現できたかなとも思います。.

●『パルチザン前史』の目論見

筒井:一方、『パルチザン前史』、土本さんの方は割とたとえばその状況を撮ってい
たと思うと、日が変わって、たとえば京大の俯瞰の全景のロングのパンがあったり、
そこからまた対象に少しずつ近寄っていくとか、次第に対象との距離感を変えて、で
すから、時間経過とか、状況とかそういうことが要するにカメラによってすごく計算
されて撮られているという気がしました。.

大津:そうですね。それははっきり言って計算をしていました。ですから、たとえば
街頭の撮り方の中にもあったと思うんですけれども、京大に集まってきた人たち、若
者たちだけでなくって、街頭で若者達たちの動きを見ている人たちとを含めて彼らと
の距離感をどう表現するか。いつも冷めた目でものを見る。日常と学生たちの行為と
の裂け目というか、そこの対比というか、そういうものを確実に意識はしていたわけ
です。それがよく現れているのが、あの撮り方とそのカットを使った編集上の位置が
あそこでいいのかどうか、論議のあるところでしょうが、京都の大ロングショットを
やはり見たいと、一度は京都のたたずまいの中にある京大ですよね。そういう意識が
あるわけです。要するに京都の日常ですよね。それから、時計台の落城近い頃に突然
京都の吉田山の上から車で時計台を見ながら、手前に京都の町並みを見ながら車で下
がっていきますね、やはり見る人間の意識を一度転換したいという思いはありました
よね。これはほとんど計算された直感なんですけれどね。.

●『圧殺の森』と『パルチザン前史』の相違

筒井:今言ったお話と関連しますけれども、『圧殺の森』はほとんど一般の学生の印
象がないというか、あまり撮っていないような気がするんですけれど。

大津:ええ。そうです。撮っていないというか、撮れなかったというのが事実なんで
すよね。本当はキャンパスに出て自由に撮れればそれは良かったけれども、ただキャ
ンパスに出て自由に撮ると多分ああいう形での緊張感というのは逆に失われていくだ
ろうなとは思いますよね。

筒井:ある程度意識された表現でもあると思うんですけれども、一方で土本さんの方
はこう走っているところに一般学生は傍観者的に出てきますよね。あの関係性という
のがすごく面白いなと思って観ましたけれども。.

大津:そうですね。一方あの時の京大は解放区と言ったら言い過ぎかもしれないけれ
ども、カメラがどこにでも入れたんですよね。後半になって、全共闘系の学生たちが
集会の前にデモやりますよね、そのデモに積極的に反対するのが、いわゆる共産党系
の学生なんですけれども、彼等だけが撮影されることに抗議するわけで、僕なんかは
撮影後すぐ捕まってつるし上げられて、「撮影済みのフィルム出せ」「出さない」と
争うわけですが、「絶対渡さない」という姿勢を通すわけですけれども、カメラに意
識的な抗議というか、そういう形があったのはあの一件だけで、京大の中は本当に自
由に撮れたわけです。それがある拡がりというか、余裕というか、闘争におけるゆと
りみたいなものに結びついていったのではないのかなとは思いますよね。ある種の大
らかさと言ってもよいでしょうか。だから、『圧殺の森』とは空気そのものが違いま
すよね。.

自治会館の中に閉じこめられて、じっとそこで凝縮していった空気、一種の真剣なひ
たむきさですよね。そして彼等の眼で見た街と、そこから見た校舎、本館、そこしか
撮れない。後は外側、金網の外側から垣間見た学内の風景で、それも堂々と三脚を据
えて正面の入り口から撮るという撮り方はまったくできなかった。だから、サイドか
ら木の間から垣間見える本館ですよね。垣間見える自治会会館ですよね。そういう撮
り方しかできなかったのです。それは僕はあるところではそれはそれでいい、カメラ
も同時に自治会の一室に閉じ込められてしまった。そんな状況を表現しようと意識的
にやろうとしました。

筒井:そこら辺のたとえば京都の京大のロングとか、町並みとかを押さえていること
で、最後の市街戦ですか、あそこの辺りにつながってくるというか、すごく生きてい
る。つながってきますよね。.

大津:そうですよね。たとえば市街戦の最初の方で、電車通りに机など持ち出してバ
リケードを築きますが、市電がブロックされて止まってしまい、運転手が二人唖然と
してじっと見ている。ああいう奇妙なカットが撮れた。あの辺がどこか裂け目ですよ
ね。それから、野次馬もいれば面白がる賛成派のいて、あの周辺に集まってくる人た
ちの内に見事に複数の感情が見えますよね。

たとえば車を止められちゃって頭に来て、全共闘の旗かな、京大の旗かを取っていく
運転手のおっちゃん。それから、何が起こるかというある期待を持ってじっと見てい
る中年のおじさん。それから、喜んでいるような若い人。それから、これは大阪市立
大学のバリケードの撤去の場面ですけれど、職員のおじちゃんのくたびれた姿。.
ひょっとすると何処かから出された金が目当てで狩り出された体育会系の若者たち。
バリケードを取巻く社会の掟。そこの裂け目というか、その辺の奇妙な関係が撮れた
ことによって、大学だけに閉じこもっていたのでは、もう駄目なんだということも含
めて、市民社会との繋がりが出てくる。更に、滝田修氏が大阪生まれの大阪育ちで、
万事が大阪調でやりますから、地方社会との不思議な繋がりが出て、口調に東京のイ
ンテリとはちょっと一味違った味が出てきます。その辺り、社会的な拡がりがうまく
出たかなと思いますよね。

筒井:それと後、火炎瓶ですよね。あれをあれだけ撮らせてくれたというのもびっく
りしたんですが、あれは作り方のマニュアルを字幕でちゃんと挿入しているという。
これはある種実践的な効果を土本さんは狙ったんでしょうか。

大津:そうです。土本さんの狙いが強くありますよね。やはりマッチ1本で水力ダム
を上手く破壊できなかったという、土本さんの活動経験から来た悔しさじゃないかな
と思いますよね(笑)。あれは、あの火炎瓶の作り方というのは、いわゆる非合法の
地下出版物という形で、小さな小冊子で出版されていたんですよね。でも、誰にでも
見られる映画の中でああいう形で堂々と挑戦したのは今まで無かったと思うんですよ
ね。あれは土本さんのアイデアです。僕なんかは火炎瓶の飛び交ったちょっと後の世
代になるわけで、土本さんなどは火炎瓶の世代なんですよ。ですから、僕なんかが大
学に入った頃は、寮の隅の方に火炎瓶関係のものが放り出されていた時代ですけれど
も、でも、実際には既に火炎瓶の時代は終わっていたわけなんですよね。

筒井:あのコーラとファンタの瓶も…。

大津:あれはコマーシャルフィルムをやっていた人がいみじくも言ったのですが、
コーラとかファンタの瓶があんなにきれいに撮れることはめったになかったんじゃな
いのと言われて、これは面白いことを言うなと思って聞いていたんですけれどもね。

筒井:試しに投げて燃え上がるというのもすごいですよね。.

大津:ええ。もうあれは解放区と呼ばれた学内ではよくやられていたようで、前の晩、
ぼんという音がして窓を開けてみると火炎瓶が燃えていたのです。まぁ一種の気晴ら
しというか祭りの余興というか、割合日常的にやられていたんですよね。

筒井:過激な映画ですよね。

大津:ええ。割合過激で面白かった時代ですね。スタッフも楽しんでいました。学生
の方も、「ただ顔はちょっと写さないでくれよな」などと言いながら、それなりに注
意しながらやったりしましたけれど、それ以外は勝手に「ちょっと待って」という感
じで、学生たちもこちらの準備が出来るのを待って、自由に撮っていくという感じで
した。そういう意味では開放的で非常に面白かったです。(つづく)


■大津 幸四郎(おおつ・こうしろう)
前回この欄で触れたエドワード・E・サィードの映画制作と同時進行して、『海外か
ら見た日本国憲法』(仮題、シグロ制作。前回のシウロは誤植)をジャン・ユンカー
マンの演出で撮影中。戦争に明け暮れた20世紀、その後半を微かとはいえ、平和の道
標として発光し続けた日本国憲法も、満足な討究もなく、反故にされようとしている。
充分な論議もされずに一方的に中傷される現状に危機感を抱きながら、インターナシ
ョナルな世界から現行日本国憲法を観てみる、困難といえば困難な仕事に2005年前半
を消尽するであろう。



┳━┳━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
┃02┃□ワールドワイドNOW ≪ロス発≫
┃ ┃■『ドキュメンタリー映画の歴史』を教える楽しみ
┃ ┃■水野 祥子
┻━┻━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

この秋、UCLA(University of California, Los Angeles)にてドキュメンタリー映
画史入門コースを助手として教えている。このコースは10週間で、週2日、計8時間は
教授の講義と映画観賞があり、私は週1回のフォローアップ講義とディスカッション
の時間を担当している。これがとにかく楽しい。

ジガ・ヴェルトフの『カメラを持った男』は映画史にとって最高のドキュメンタリー
で、ロバート・フラハティーの『アラン』は私にとっての最高の映画、と満面の笑顔
とロシア語訛りの英語で語る教授は、ドキュメンタリー映画作家マリナ・ゴールドブ
スカヤ。80人の若い学生たちを前に、小学校にあがる頃に住んでいたアパートの隣に
年老いたヴェルトフが住んでいたのよ、などと話す彼女は、ドキュメンタリー史を理
解するのに不可欠なポイントを押さえながら、時折共産主義体制のロシアで育ち教育
を受けた自身の映画体験談やペレストロイカ以前のモスクワでの映画製作の話などを
聞かせてくれる。

マリナが組みたてた10週間のプログラムは、古い映画から順に歴史を見ていくという
風に構成されてはいない。毎週古典と言われる2、3の作品を年代順に追いながらも、
その直後に全く違う国で半世紀以上後に製作された作品を見せる。近代の芸術的ドキ
ュメンタリーに触れる現代のマルチメディア時代に育った学生に、なにかしら共通の
テーマや比較対象を見出してほしい、という狙いからだ。エリック・バーナウ著「世
界ドキュメンタリー史」(Documentary:a history of the non-fiction film)を教
科書に、学生たちは2つの小論文と毎週2−3頁の感想文を提出することになっている。

初日はやはりフラハティーの『極北のナヌーク』(1922)から始まった。映画史に、
後の映画作家に、映像学に、映像人類学史に、問題を含めて大きな影響を残した映画
である。大半の学生は映画史のコースは初めて。翌日の1回目の感想文を持ちよって
行ったディスカッションは大いに盛り上がった。ナヌークが自然と戦う姿に感動した、
とか、極北のナヌークと彼の父権的家族関係に親近感が沸いた、とか、無声映画であ
りながらも飽きることなく楽しんだ、自然が雄弁に語りかける迫力に感動した、など
など。

さて、この映画の魅力が学生たちに伝わったのは確かなようだが、対象と自分の間に
映画という媒介装置、媒体、が存在するという認識がまだない。映画史において、テ
クノロジーの発達の影響や、さらに大きく、近代から現代への大衆文化思想史におけ
る変容を踏まえた上で、映画の中に存在する作家独自の視点やテーマ、それがどうう
い風にフォルム(ショットの構図、光、長さ、フレーミング、アングル)を、どう編
集を司り構成を決定しているのかをさぐる分析的批評を、テーマを明確にし的確な用
語を使って書くということが、このコースが学生に課した旅の到達点である。.

吹雪の中で微笑みながらカメラの向こうのフラハティーを見つめるナヌークを捉える
クローズアップがあるから、観客はこの文化的「他者」である男に同一化し、フラハ
ティーとの親密さを感じる。「失われた文化の演出」と批判される数々のシーンが効
果的だからこそ娯楽性が生まれ、いつの時代も観客を飽きさせることがない。冒頭の
長い説明文がサウンド技術が可能で音声でありナレーションとなっていたらどう違っ
ていただろうか。どこまでも続きそうな地平線を張る丘の上を歩くナヌーク・ファミ
リーを永遠に留めるロングショットにある白黒の映像美には、「未開」の土地とそこ
に暮らす人々へのフラハティーが投影したロマンチシズムが見える。フィクションは
ノンフィクション映画の中では現実へ近づくための道具になりえるということ、そこ
にある問題点を考えること、「現実」を映像と音で捉え伝えるという至極の到達点に
向かってそれぞれの作家が独自の方法で歩み寄ったプロセスを見出すこと―――10週
間に歴史的背景を学びながらも映画を観て、読んで、書くまでに学生たちを案内する
のが私の仕事だ。

『ナヌーク』の後、サンフランシスコ在住のドキュメンタリー映画作家、レス・ブラ
ンクが自作品「ライトニン・ホプキンズによるブルース」(The Blues Accordin' to
Lightnin' Hopkins, 1967)と「スキッ歯の女たち」(The Gad-toothed Women,
1987)を持って来場。日本ではまだ十分に知られていない作家だが、彼の作品は今も
多くの若い映画作家を魅了し続けている。彼の、好きで追いかけたという幾つかのブ
ルース、カントリー、ケイジュン、ジデコ音楽がテーマの作品は、音楽や詩が映像と
同じレベルで語りかけてくる。そのスタイルには奇抜さがなく政治的には狙ったとこ
ろがない。自分が好きな対象や音楽を追いかけて、ミュージシャンと友達になりその
周囲の人々を撮って編集したらこんな映画ができちゃった、という感じなのである。
彼の映画にはそんな晴朗さやユーモアと共に強さみたいなものがあるのだ。.

『ライトニン・ホプキンズ』が一例なのだが、ホプキンズというミュージシャンはメ
イン・ストリーム音楽業界には程遠いテキサスはヒューストンの小さな黒人コミュニ
ティーの洒落たヒーロー(アンチ・ヒーロー?)だったりする。タップダンスをする
おじさんの、穴だらけで底がぱっくりと開いた靴のクロースアップなどで貧困さは見
えるが、まだ人種隔離政策の余韻が残る土地で、全くの他者である白人が撮っている
映画であることを忘れてしまうほど暖かい映像だ。この映画を見るまで私は黒人だけ
のロデオ大会なんて見たことがなかった。カウボーイ=白人の公式は、ハリウッド映
画が作りあげた神話の中にあるだけなのだとも思う。

今、昨日学生から手渡された、100枚は下らない2回目のエッセイをひとつひとつ読ん
でいる。イヌイット族の家族についての映画とブラック・コミュニティーを映した作
品の比較もなかなか鋭いところを突いている。学生各々の歩幅に違いこそあるが、
1回目に比べると、全体的に、到達点に向けての大きな1歩が読み取れる。こんな喜び
の時間が続くように、来週の講義を考えている。(つづく)


■水野 祥子(みずの・さちこ)
昨日UCLAに来ていたマイケル・ムーアは見逃した(見世物じゃないよね?)
けど、念願叶ってレス・ブランクに会えてご機嫌。友人のエロル・モリスに、「初の
長編が完成したら自分の靴を食べる」、と賭けをし喜んで敗けたヴェルナー・ヘルツ
ォークが、宣伝になるからという理由でモリスの当時まだ配給先が決まっていない
『天国の扉』の初の一般上映会で、自分の靴を煮込み料理にして食べることを前座の
見世物にした背景とその様子を撮った Werner Herzog Eats His Shoes も数多いブ
ランク作品のひとつ。詳しくは http://www.lesblank.com でどうぞ。



┳━┳━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
┃03┃□ドキュメンタリー時評
┃ ┃■「弱者」とモザイクとドキュメンタリーの危機〜現代日本のある鈍感さ〜
┃ ┃■水原 文人
┻━┻━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

●大津幸四郎キャメラマンと「病者として撮らない」こと

先日、neoneo坐のトークで、大津幸四郎キャメラマンの刺激的なお話をうかがった。
小川紳介について語るというイヴェントだったのが、大津さんがまず語られたのは終
戦から60年安保に至る日本左翼運動史―無論、大津さん自身も、そして小川紳介もそ
の当事者であった世代である。

既存の左翼が単なる経済闘争になっていったことへの反発、そしてマルクスの思想の
なかにある権力志向への批判―そこから、いわゆるプロパガンダ、ある種の理想を説
くよりは、いわば社会学的なアプローチ、「撮ったモノから考える映画」を、大津さ
んたちの世代のドキュメンタリストたちは志向して行った。後にほぼ同世代のアメリ
カのダイレクト・シネマ、とくにフレデリック・ワイズマン(日本で最初に紹介され
たのは確か80年代後半以降)の映画を見て、大津さんは「同じようなことを考えてい
た人がいるんだな」と思ったという。

奇しくも今号の配信当日の11月1日から、今年もワイズマンのレトロスペクティヴが
始まる。数週間かけてある組織なり施設の内部に入って、興味を引いた者を手当り次
第に撮る分量がだいたい100時間以上、それを約一年かけて編集するワイズマンのや
り方は、物質的・経済的にも世界でもっとも贅沢なドキュメンタリー作家の一人であ
るわけだが、その贅沢さは大津さんの言う「撮ったモノから考える映画」をもっとも
徹底してやっている贅沢さでもある。

しばしば「意地悪」との陰口も叩かれるワイズマンの映画は、確かにしばしば対象と
なる組織や施設の矛盾点を容赦なくあぶり出す。だがワイズマン自身は、別に批判的
な映画を作ろうと思ってやっているわけではないと繰り返し語っている。『高校2』
や『コメディ・フランセーズ 演じられた愛』、家庭内暴力の被害者である女性たち
がリハビリしていく『DV―ドメスティック・ヴァイオレンス』のように、全般的には
ポジティヴな映画だってある。視聴覚障害四部作―『聴覚障害』と今回のレトロスペ
クティヴで新たにプログラムに加わる『視覚障害』『適応と仕事』『多重障害』―に
しても、そこに映し出されるものがときに過酷なのは、現実が過酷だからであり、ま
たワイズマンのまなざしには障害者であっても「弱者」とみなすようなフィルターが
かかっていない。

そういえば先日の「土本典昭フィルモグラフィ展」の最終日シンポジウム後の打ち上
げで、大津さんが当日のパネラーだった今田哲史監督に、彼の『熊笹の遺言』が「ハ
ンセン病の人たちを病者として撮っていない」ことをとても高く評価していた。

そう、ドキュメンタリー映画がキャメラという機械で撮られるものである以上、もち
ろんどう画を切り取るか、それをどう構成するかが作り手たちの主観に属するもので
あるにしても、そのフレームとショットの継続時間の内部にあるのは、キャメラが廻
っているときにそのレンズの視野のなかにあったありのままの現実のはずである。.

ドキュメンタリーは本来、“弱者”とか“正義の側”的なプロパガンダ的な先入観で
はない、“人間”そのものを見せることができるメディアのはずだ。その写った人間
たちについての結論は、そこで撮ったものを見てからはじめて考えるべきものである
はずだ。前回の本欄で述べた「ブルート・ファクツ」とは、そういうことである。

大津キャメラマンの代表作のひとつである『水俣 患者さんとその世界』でも、胎児
性の患者さんたちを「弱者」とも「病者」とも撮っていないし、そこにはそれまでメ
ディアや、あるいは告発の運動の場を通して発表されて来た胎児性の患者さんたちと
はまったく違った表情の彼らがいる。

僕自身が先日土本さんの水俣旅行に同行して会い、撮ることができた胎児性のひとた
ちは、まったくそのままだった。ただ、今の時点では彼らも40代の半ばも過ぎ、障害
があるなりに社会のなかで活動し、生きて来た歴史を持っている。ひらたく言えば、
他人に会うことにも人前に出ることにも慣れている。水俣病が大きな社会問題だった
時代は、違った。偏見や好奇の目に晒され、まだ幼くて人見知りも激しかったから、
他人がキャメラを持って来ようものなら恐怖による緊張から硬直性の、一見笑ってい
るような表情になってしまうのが普通だったという。ユージーン・スミスの有名な、
母親が娘をお風呂に入れている写真も、そうした表情だ。『患者さんとその世界』で
は、土本典昭や大津幸四郎たちが彼らにまず慣れてもらうために、相当な時間が費や
された。

『水俣の子たちは生きている』で初めて水俣に接したとき、土本典昭は深く悩んだと
言う。そのなかで彼がやったひとつの大きな、決定的なことは、患者支援のグループ
の事務所に飾られていた胎児性患者の写真から、当のグループのメンバーの猛反対を
押し切って、目貼りのテープをはがしたことだった。.

 ●「弱者」という欺瞞と差蔑言い換え語

それにしても、「弱者」とは実にイヤな言葉だ。どうも英語のマイノリティの翻訳語
っぽいのだけど、原義は「少数者」(転じて、主流派ではない)の意味で、強いだの
弱いだのの意味はない。だいたいマジョリティもマイノリティも立場を示す相対概念
に過ぎないのだから、マイノリティに属するからと言ってその個人が強いのか、それ
とも弱くてたとえば無能だったりするのかは、本来関係がない。

では「生活者」と言いましょう、みたいな動きもあるようだが、これはもっと気持ち
悪い。だって、なにが言いたいのか分からない。どんな人間でも生活はしているのだ
から、それなら「人間」と言えば済むじゃないか。.

この奇妙な日本語の用いられ方を見ていると、少なくとも権力を持っていたり、自ら
が自らの生き方について決定権を行使しているという人を指してはいないらしい。
どちらかといえば夫よりは妻の方が「生活者の視点」と言ってもらえそうだし、「バ
リバリのキャリアウーマン」は「生活者」には当てはまらないみたいだ。どちらかと
言えばつつましい生活か、その実、下手すればロクな生活ができない人々を指してい
るらしい。それならば「庶民」、あるいは「虐げられたる側」とか犠牲者、下層階級、
最下層といった言葉があるはずだ。

「弱者」や「生活者」も、「盲人」を「目が不自由な人」と言い換えれば視覚障害者
差別がなくなると思い込んだ類いの言い換え語なのだろうか? だいたい「差別」と
いう言葉も気に入らないね、日本語の熟語として文法的に意味をなしてないし…。
あ、そうか、これも「差蔑」の言い換え(文字替え?)か。「蔑視」「軽蔑」の
「蔑」で不快だから「別」にしたのかな? でも…差蔑が不快なものとして伝えられ
なければ困るよ。.

前回の本欄に対する前号の佐々木健氏の“反論”めいた投稿を持ち出すのも気が引け
るのだが、どうにも同じような気持ち悪さを感じずにはいられなかったのは、氏の
『フォッグ・オブ・ウォー』批判と、「水原氏には小さな一人ひとりが持っている歴
史や生活を想像する地点にまで降りて行って欲しいのだ」という言い方である。

氏は『フォッグ・オブ・ウォー』を「マクナマラの決断により殺害されたであろうひ
とりひとりの人間のことを考えるという想像力が決定的に欠けている」と批判し、
「ちなみに私はパレスチナでイスラエル軍の爆撃で命を脅かされている子供達や、イ
スラエルで罪のないパレスチナの子供たちを死に追いやるイスラエル軍への懲役拒否
(ママ)をするイスラエル人にはシンパシィを寄せます」と言う。

ヴェトナム戦争でアメリカとヴェトナムのどちらが被害者でどちらが加害者であるこ
とは歴史の常識であり(パレスティナ問題でどっちが被害者なのかも同様)、今さら
言うまでもない。一方で自国の安全保障のすべてが第3世界の小さな国にかかってい
るかのように思い込んだアメリカ人たちは、戦争に行って殺された名もなき兵士たち
も含め、自分たちの思い込みの犠牲者でもあった。その政治的決断の中枢にいた男を
描くときに、“被害者側”を描く必要があるかどうか…そんなこと最初から分かりき
っていると思うのだが。

だいたい、その言及がない、という批判だとしたらそれ自体が言い過ぎだ。東京大空
襲の話に新宿のカメラのさくらやが重なり、ハノイにケンタッキー・フライド・チキ
ンがあるのに驚いたし、ワシントンのヴェトナム戦争戦死者慰霊碑も出て来る。どれ
も「マクナマラの決断により殺害されたであろうひとりひとりの人間」のイメージを
喚起する画像だ。そちら側の意見を紹介しないと言うのも「映画館にはいたが映画を
見ていない」で一蹴される。マクナマラ自身が95年のハノイ会議で戦争当時のヴェト
ナム外務大臣に罵倒された体験を語っているじゃないか。

だからあんな文句を言ったところで、それは映画館に行っても映画が見えず、八百屋
で「魚がない」と喚くような狭量な愚劣さでしかない。この種の反応を、僕は「硬直
している」と批判したのだが、それはさておき…

●「弱者」は決して弱くない

そもそも「小さな」とは、どういうことだ? どうもヴェトナム側の戦死者や爆撃に
さらされるパレスティナの子供たちは「小さな一人ひとり」に分類されるらしい。
だが、たとえばヨリス・イヴェンスとマルセリーヌ・ロリダンの『北緯17度線』を見
るとき、そこに「小さな」人々がいるだろうか? 米兵の駐屯地を”ヴェトコンおじ
さん”に知らせたことを話す小さな男の子はいたけど、その感想は僕の場合「大物や
なぁ」だったりする。

『フォッグ・オブ・ウォー』でマクナマラは自分の生い立ちも語っているが、アイル
ランド系の(当時はマイノリティの)貧しい出身だし、奨学金がなければハーバード
には進めなかっただろう。堂々と、ときには熱っぽく自説を述べるマクナマラだが、
映画の作り手側からの挑戦的な質問にうろたえたり、話をそらしたりする瞬間をモリ
ス監督は見逃さない。そこに映し出されるのは、その能力があった故に歴史の中枢に
身を置くことになったただの人間と、その人間的な限界ではないのか?

10年ほど前にアメリカで盛んに行われたアファーマティヴ・アクションや日本でも話
題のバリアフリーは、「弱者」の肩を持つのではなく、偏見にさらされたり個人の資
質や能力とは関係ないところで、その能力や資質や自分の意思を発揮して生きること
が阻害されている人々に、優先的にその機会を与えようという政策だった。一部の反
対派が主張したような逆差蔑の思想では決してなく、差蔑の契機になる不当な差異・
区別の認識をとっぱらうことなのだ。これを「弱者保護」と勘違いするのは逆差蔑で
しかない。それどころかたまたま不当に差蔑や偏見で機会を阻害される立場になって
いただけの人々を「弱者」だなんて、あたかもその個々人が無能で弱いかのように言
ってしまうのは、善意のように見えてその実、差蔑意識の裏返しでしかない。

 ●モザイクと過剰な象徴性が隠蔽するもの

キャメラ自体は機械だから、ドキュメンタリーは本来、偽善的な言い換え語を必要と
しない。悲惨な状況であればそれを映し出す。.

だが先述の『水俣の子は生きている』の目貼り剥がしとは逆に、最近のテレビはなん
とモザイクが多いのだろう? モザイクを使ったりしても、言葉を言い換えてみても、
ただその現実が隠蔽されるだけではないか? 大津さんのような名キャメラマンでも、
モザイク越しに「人間」を見せるのは、さすがに難しいだろうなぁ。

一人ひとりはただの人間でしかないし、それぞれの生活があるだけだろう。みんな
「生活者」であり、その実感はそれぞれの立場や職業によって千差万別だ。そのすべ
てが、そこから人間や世界についての普遍的ななにかを見いだせればドキュメンタ
リーの対象になりうるはずだ。

そして前回にも土本典昭の『水俣一揆』や、緒方正人さんの「オール・チッソ」発言
を例に主張したつもりだが、たとえば水俣病事件について、我々自身は(土本典昭自
身も含め)、根本的には“加害者”の側なのだ。第3世界の搾取の問題に目を向ける
なら、日本は明らかに先進国の側だ。我々の生活が(100円ショップなんてのも好
例)第三世界の安い労働力の上に成り立っているし、今では日本の単純労働のかなり
の部分が第三世界からの出稼ぎ、その多くがいわゆる不法就労によって支えられてい
る。未だに不法なのは法制度が時代錯誤なだけだ。

パレスティナ問題にしたって、現状はイスラエルが先進国、パレスティナは第三世界
で、その経済はイスラエルへの出稼ぎ労働で成立していた。第2次インティファーダ
以降の境界の事実上の封鎖はパレスティナ経済に壊滅的な打撃を与え、過去2年間子
供の栄養失調の割合が8割という惨状である。シャロンの分離壁に今さらのように大
騒ぎするのも結構だが、壁はその建造自体は最大級の愚行であるとしても、象徴的な
意味しかもたない。なのに “象徴”が現実よりも力を持ってしまっている。

『サンソレイユ』で、クリス・マルケルが日本のテレビの成人番組を画面撮りしなが
ら、卓抜した日本文化論を展開している。ステージ上に並ぶ全裸の若い女性たちの下
腹部が横一列に、当時はモザイクではなくボカシで覆われる。マルケル曰く、「検閲
は表現を阻害するのではない。検閲それ自体が表現なのだ」。

モザイクも、いわゆる差蔑語の言い換えも自己検閲だ。そしてそうした自己検閲は、
作品や映像が本来表現しようとしているものではなく、作り手、たとえばテレビ局な
り“良心的”なドキュメンタリーや報道の作り手の「私はプライバシーを守ってい
る」
「私は差蔑をしていない」という自己主張を優先してしまう。.

あげくに「弱者」とか「生活者」とかの意味不明語がそれ自体の意味を持ち始めてし
まい、たまたま抑圧されたり被害を受けたりする立場にいるだけの人間的強さを持っ
た人々が「弱くて可哀想な存在」にしか見えなくなってしまうのだろうか?
「小さな一人ひとり」と決めつけた対象の「持っている歴史や生活」にしか興味がな
くなると、少なくとも民主主義の社会ならば名もない庶民の意思の総体こそが歴史を
作り上げていて、だから名も無い庶民である自分にだって、社会と歴史に対し責任を
負っていることにも、忘れてしまうのだろうか?

 ●「憲法」ドキュメンタリーに参加することに

話は変わるが、今度森達也監督との共同演出で、テレビで「天皇」がテーマのドキュ
メンタリーをやることになった。森さんにこの話をもちかけられてまず考えたのは、
私有財産が皆無であるからには生活費のことこまかな部分、それこそ石鹸ひとつまで
公費で宮内庁を通して購入しなければならない生活とはどんなものだろう、というか
なり馬鹿げたことだった。すみません、「生活者の視点」ですね。.

これは是枝裕和さんだとかが優れたテレビ・ドキュメンタリーを発表して来たフジテ
レビのドキュメンタリー番組「ノンフィックス」の枠で、「憲法」をテーマに6本シ
リーズで企画されている。森さんが選んだのが第1条、他に9条はもちろん、96条(改
正条項)、21条(生存権)、25条(表現の自由)、前文、それぞれの条文がとりあげ
ていることをテーマにドキュメンタリーを撮ることで、日本国憲法とそれが体現する
様々な理想や権利や制度が、現実の日本社会のなかでどれだけ生かされているのか―
というより、森・藤原チームの「天皇」と改正条項を除けば、「守られてない」「空
文化している」という結論がどうしても先に見えてしまうことに、作り手の側にジレ
ンマが生まれる。

しかも「守られていない」ことを描くとたいていの場合、「憲法」という切り口がこ
とさら意味を持たないことになりかねない。たとえば「生存権=最低限の健康で文化
的な生活を送る権利」。これを法制度的に保証しているのが生活保護なわけだが、ス
トレートにやれば“貧しくても頑張っている人”の生活を写す普通のテレビ・ノンフ
ィクションだし、「最低生活」ならバラエティ番組になりそうだし、生活保護の問題
をとりあげれば制度の問題についての告発であって、「憲法」がテーマである必要は
なくなる。.

だからみんなでちょっと発想をズラしてみた。条文にあるのはあくまで「最低限度の
健康で文化的」と極めて抽象的な文言に過ぎない。生活保護の支給は「なんとか費」
「かんとか費」というように細かな項目に細分化されているそうだが、ではそこに
「娯楽費」はあるのか? どうもないらしい。なら、「最低限の文化的生活」なら、
娯楽もないで文化的と言えるのか? こういう問いだって成立はする。

つまり、憲法それ自体はテクストとしてあるだけだ。我々が国家の主権者たる国民と
してその憲法を持っているからには、そして民主主義の社会ならば、その文言を解釈
する自由は学者とか法律家とか官庁や政治家だけでなく、我々一人一人にもあるはず
だし、法学者の解釈にだけ権威があるのではなく、それぞれ一人一人の解釈が同等に
議論の対象になりうる。民主主義を標榜する社会の市民一人一人の憲法なのだから。

「表現の自由」を担当するチームは、フジテレビの報道の現場を撮りたいと言う。
その人たち自身が報道の出身で、その話を聞くのが、マスコミ報道の門外漢にとって
いちばん面白かった。.

なぜ最近のテレビでは手錠もモザイク、著名人の私用車ならともかく、政治家の公用
車までナンバーがモザイクなのか? 手錠を隠すことが被疑者の人権を守ることにな
るって、被疑者として報道されるなら手錠なんて形式に過ぎない。みんながこぞって
挙げた例は重信房子の逮捕映像で、手錠を誇示しようと手を振り上げるその手許にま
で、ちゃんとモザイクがかかっていた。

手錠のモザイクは、どうも“ロス疑惑”で結局無罪になった三浦和義氏がマスコミ各
社を訴えてことごとく勝訴したことが、きっかけのようだ。直接抗議を受けたり、提
訴されると、その類似例が内規となってそこに拘束される実態が、テレビ報道にはあ
るらしい。言い換えれば、「表現の自由」は自己規制されている。

「憲法」や人権の切り口で考えるなら、これはたぶん「自由」と「責任」の関係性の
問題だろう。自由を行使すれば、ことそれがパブリックな空間での表現の場合、それ
に対する責任が生ずる。場合によっては抗議を受けることも責任の範疇だ。責任を回
避すること、言い換えれば問題が起らないようにしたいなら、自分の表現の自由を自
ら制約するしかない。.

むろん、法的な制約や権力側の圧力も強まっている。個人情報保護に名を借りた政治
家のスキャンダル報道防止法案も通ってしまったし。でもそれだけじゃないだろう。
これはドキュメンタリー映画も含め、表現する側が臆病になって来ている。「青の
会」とか、かつての大島渚を中心とするグループの伝説によれば、かつて日本の映画
人はなにかと言うと喧々囂々の論争を、酒席でも、パブリックにする文章でも、作品
でも繰り返していた。今はどうだろう?

 ●ドキュメンタリー映画とはまず、人間を写すもののはず

ヴィム・ヴェンダースの『ベルリン天使の詩』で、老詩人ホメロスが「人類の叙事詩
は闘いと英雄の物語ばかりだった。人類は未だに平和な人々の叙事詩を語れないでい
る」と独白する。このシーンで彼が見ているアウグスト・ザンダーの写真集『二十世
紀の人々』は、平和な、ことさら英雄的なわけではない人々の叙事詩の数少ない例だ
ろう。あるいは、土本典昭の新作『みなまた日記』や、ワイズマンの『メイン州ベル
ファスト』も、その数少ない例なのかも知れない。.

ワイズマンの作品は常に日常の人々の日常の生活しか写さないが、そこに必ずドラマ
を見いだす彼の全般的な作風は、むしろ散文だ。だがそれはワイズマンの観察力もも
ちろんだが、理想主義に則って作られた完全な人工国家アメリカだからこそ、矛盾と
その本質がのべつ社会の表面に表出しているからでもあるだろう。

だがこの現代日本は、矛盾の表出を徹底して隠蔽する社会であるようだ。教育という
社会の本質に関わる問題ですら、日の丸君が代や「作る会教科書」のように一見分か
りやすい「表象」を与えられたとき、その表象の過大な存在感がもっと深い本質を隠
蔽することになる。この現代日本という社会では、「モザイク」も「差蔑語言い換え
」も、本質を覆い隠すための便利なフィルターなのかも知れない。

どんな社会でも、かならず理想のほころびや矛盾や限界を露呈するはずだ。だがそれ
は、キャメラをありのままに見た現実と人間に向けない限り、写らない。モザイクも
邪魔だし、自分の表現が問題をはらみ議論を呼び起こすことを恐れて自己規制するフ
ィルターはもっと邪魔だ。.

モザイクや言い換え語や過度に存在感を発する象徴が支配する今の日本が、ドキュメ
ンタリー映画本来の力が発揮されない世の中になって来ているのだとしたら、駆け出
しのまま廃業するしかないんでしょうか? それこそ低所得者な駆け出しドキュメン
タリー作家の、ささやかな「生活」もかかっていますし…。

それにしても、天皇制について考えるとき、どうしてもひっかかることがある。戦争
責任の問題だ。法的・名目的に昭和天皇に責任があるのは当然だ、ということは日本
人なら本当は誰でも分かっているはずだ。だが一方で、やはり日本人なら誰でも、天
皇個人の権限が当時でさえ名目的なものに過ぎなかったことも分かっているはずだ。
いかに教育勅語だとかの教育体制があったと言っても、大正デモクラシーから20年と
経っていない時代に、大元帥陛下率いる軍部が独走して独裁を敷けたと考えるのはお
めでた過ぎる。

誰が見たって本当は分かっているはずのことだ―国民の大多数が大陸での戦勝に喜び、
日本が強い国になったという幻想に酔い、戦争を支持していたんじゃないのか?
それを裕仁さんが死んだ後になっても「天皇の戦争責任」に還元し続けて歴史的検証
から逃避し続けて、本質に目を向けずに済ませ続けられるのなら、なるほど、天皇制
とは便利なフィクションだ―本質を覆い隠すための。

☆ フレデリック・ワイズマン レトロスペクティヴ2004
 アテネフランセ文化センターにて、11/1〜11/20
  http://www.athenee.net/culturalcenter 


■水原 文人(みずはら・ふみと、藤原敏史としてドキュメンタリーを演出)
映画批評。地下鉄早稲田駅近くの大変に美味い中華料理店「太公望」が、最近客が激
減して商売が苦しい模様。ちょっとおっかないけど腕は抜群の香港人の大将が一人で
切り盛りして、お値段で学生でも入れそうで、味は超一流。これからの季節、忘年会
などにぜひご利用下さいm(_ _)m。



┳━┳━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
┃04┃□neoneo坐通信(9)
┃ ┃■11月の上映―「小川紳介のコスモス〜小川プロの仕事」第2弾
┃ ┃   小川紳介と土本典昭の2本を上映―
┃ ┃     『日本解放戦線 三里塚の夏』と『パルチザン前史』
┃ ┃■伏屋 博雄
┻━┻━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

neoneo坐では先月末に小川紳介の初期作品(『青年の海』『圧殺の森』『現認報告
書』)を上映した。幸いにも大勢の観客がきてくださり、殊に小川作品を始めて見る
若者が多かったことは、企画者として喜びに耐えない。私も久しぶりにフィルムで通
して見たが、特に『圧殺の森』では、カメラは学生と共犯関係を築いて、学生ホール
に追いつめられた学生を描いていく。緊迫した時間が刻まれていくなかで、カメラは
当時の若者の青春を鮮やかに切り取っていた。改めて60年代の青春映画の傑作だと再
確認した。

この日のゲストは、これらの作品にカメラマンとして関わった大津幸四郎さんだった。
テーマは「60年代」。この時期は大津さんの青春と重なっているだけに熱が入った。
戦後の政治や産業の矛盾と問題点が60年代末に集約的に表出し、それが国家への異議
申しだてを表明する学生・労働運動の突出を導き、さらにドキュメンタリー映画にも
大きな波動を与えたことが語られていった。全員固唾を飲んで聞き入った。

さて11月は、小川紳介と土本典昭の60年代後半の作品『三里塚の夏』と『パルチザン
前史』を上映する。前者は、小川が、その後の三里塚を連作する最初の作品であり、
後者は土本が日本のチェ・ゲバラを求めて取り組んだ作品である。小川・土本の代表
作であるばかりでなく、発足して間もない小川プロが初めて取り組んだ二作品である。
そこには小川プロの草創期の青春が重なっている。

●「小川紳介のコスモス〜小川プロの仕事」第2弾

2004年11月27日 (土)
14:00〜15:50 Program 1
『日本解放戦線・三里塚の夏』 (1968年、16ミリ、108分、白黒)
監督:小川紳介 撮影:大津幸四郎
「三里塚」シリーズ第1作。全部のショットを、農民の中からその視座から撮り、権
力側から撮るにも、正面から、キャメラの存在をかけて、それとの対面で、すべてを
撮った。(小川)

16:00〜18:00 Program 2
『パルチザン前史』 (1969年、16ミリ、120分、白黒)
監督:土本典昭 撮影:大津幸四郎
小川の先輩にして盟友である土本典昭が監督し、小川プロがサポートした1本。京大
全共闘・パルチザン5人組のリーダー・滝田修の闘争と日常生活に迫る。

18:30〜20:30 交流会
ゲスト:阿部マーク・ノーネス(ミシガン大学準教授)
交流会は上映とは別に参加費(2,000円)を頂きます。飲み物+大皿料理がでます。

会場:neoneo坐(地図は下記のneoneo坐サイトをご覧下さい。)
 http://www014.upp.so-net.ne.jp/kato_takanobu/neoneoza/index.html 

料金:当日―1プログラム:1,500円 / 通し券(1日券):2,500円
一般会員―1プログラム:1,200円 / 通し券(1日券):2,200円
(会員には入会金2,000円で当日加入できます。1年間有効)
賛助会員(20,000円)は1年間入場無料

●neoneo坐・企画会議を開催します

11月4日(木)20時より新宿の喫茶店「らんざん」(RANZAN、紀伊国屋書店裏、「ロッ
テリア」があるビルの3階)にて。皆様からの企画提案、大歓迎です。奮ってご参加
ください。当日ご都合のつかない方からのリクエストも受け付けます。
お問合せ: visualtrax@jcom.home.ne.jp  伏屋まで。



┳━┳━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
┃05┃□広場
┻━┻━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

■投稿:『Cuba/Okinawa サルサとチャンプルー』(13)
■キューバの日系人移民に対する二つの態度
■波多野 哲朗

●刑務所の中

第2次大戦中、日系人に対してキューバ政府がとった態度と、一般のキューバ人たち
がとった態度との間には、極端な隔たりがある。キューバ政府は日系人男子を一人残
らず捕えてパノプティコンのあるイスラの最新型刑務所にぶち込んだが、日々それを
管理する刑務所の職員たちのほうは、かれらの裁量でかなりの自由度を日系人たちに
与えている。こうしたギャップは、大戦が勃発したときの両者の態度にも表れている。
1941年12月8日、日米が開戦すると間髪を入れずにキューバ政府も日本に対して宣戦
を布告。すべての日本人とその家族を「敵性外国人」と見なすと宣言して、12月12日
には日本人の逮捕に着手している。その差わずかに4日、何という素早さだろう。し
かしその後、総数350名におよぶ日本人男子(18歳以上)全員の逮捕が完了するのは
1943年の5月、という超スローぶりなのだ。

最初に逮捕された14人は、当時キューバに住んでいた日本人の中でも目立った人たち
だった。日系人コミュニティのリーダー的存在だった加藤英一。山入端萬栄。いずれ
も『眉屋私記』に登場するお馴染みの名である。それから深川浅一。奇しくも私たち
は、ハバナの旧市街に住むアントニオ淺川という日系2世を訪ねてインタビューした
が、彼は深川浅一の長男だった。そしてインタビューを受けるアントニオを終始にこ
やかに眺めていたアフリカ系キューバ人の老母こそ、戦後に結婚した深川浅一の若き
妻だったのである。彼女は言った。「娘のころある家の住み込み女中をしていたとき
に、庭師としてやってきた浅一を好きになった」と。話は逸れたが、いずれにせよこ
の最初の逮捕は、シンボリックなゼスチュアだった。当時のキューバ政府は、大上段
に構えて日本に敵対する態度を示さなければならなかった。それに対して一般の
キューバ人は、日本人にむしろ同情的であった。

戦後に日系キューバ人会のまとめ役となる内藤五郎は、第1回の逮捕者をしばしば獄
中に見舞ったという。そのとき差し入れとしていくつものマンダリンを持っていき、
いつもその一つをくり抜いて新聞の切り抜きを詰め込んでいたらしい。でも、チェッ
クがいい加減だったのでばれる心配はなかったという。その内藤も1943年2月にはイ
スラ送りとなるが、彼はそのとき様子をのちに語っている。2月4日の夜10時ごろ2人
の刑事がやってきて同行を求めながら、このように言った。「気も重いが命令だから
しかたがない。今度は全国一斉の逮捕だからかなりの数になるだろう。つらい気持も
わかってほしい」と。そして途中カフェテリアで車をとめてコーヒーをふるまってく
れたあと、「誰かに言づてがあれば伝える」とまで言ったらしい。

イスラの刑務所で日本人が収容されたのは、あのパノプティコンの巨大ドームではな
くて、直方体を寝かせたような5階建ての建物だった。建物の中央部分は1階から5階
まで長方形の吹き抜けになっている。むろん監視のためである。監房は2階から5階ま
でで、各階には真ん中の通路をはさんで両側に各30房、計60房。4階分で監房は合計
240房あった。1房あたり2人収容が原則だったから、480人分の収容スペースがあった
ことになる。

ここに350人の日系人が収容されたのだから、当然スペースには余裕があった。では
収容された人たちが、ここでどのように配置されたかということなるが、この話には
驚いてしまう。なんと、気に入った者同士2人が同じ房に入れたというのだから。ま
た階の振り分けにしても、かなり成り行きまかせだったらしく収容人数はばらばらで、
同じ地域の出身者が同じ階に集っている。このうち5階だけは最初に逮捕された人た
ちが1房1人で入り、4階以下が1房2人になった。それも大体は連行されてきた順番で
上の階から埋められていったので、最後に連行されてきた地元イスラ出身の86名は、
全員2階という具合だ。

収容された日系人たちは、収容所の待遇改善についてかなり頻繁に要求書を出してお
り、そのいくつかが受け入れられている。たとえば、最初のうち食事は、あのパノプ
ティコン的ドーム型の大食堂で一般囚人と一緒だったが、要求が受け入れられて日系
人だけによる共同炊事が認められるようになった。また、散歩の時間帯や場所につい
ても、一般囚人とは別にするように要求して受け入れられた。そのほか、監房への
カーテンの取り付けなど、粘り強い折衝を通じて、収容所の待遇は少しずつ改善され
ていった。とくに、イスラ出身のサンチャゴ・ブランコという人が所長に就任してか
らは、待遇はなし崩し的に改善されていく。さもありなんと思う。なぜなら、元来日
系人に対する差別のなかったキューバの中でも、イスラの日本人たちはイスラ農業を
中心的に担ってきた人たちとして、キューバ人の社会にもっともよく溶け込み、また
それなりの敬意も示されてきた人たちだったのだから。

待遇改善については、私たちの日系1世とのインタビューでも明らかで、島津三一郎
の「芸人がいっぱいいて、収容所は毎日楽しかった」という言葉は、到底そのままは
受け取れないにしても、根拠がまったくない訳ではなかったと思う。ブランコ所長は
日系人による演芸部の設置をみとめ、看守たちまでがそれを見るのを楽しみにしてい
たというのだから。また宮澤かおるの話にも、面会の時間や条件が次第に改善されて
いった様子が伺われる。

このように、日系人に対してキューバ政府は最も苛酷な政策を取ったが、その運営を
まる投げされた離島の収容所では、現場のキューバ人たちの裁量によって、その苛酷
さも大幅に割引されていったようだ。しかしながら、収容された日系人たちの根源的
な不幸そのものは微動だにしていない。3年間という拘留期間はあまりにも長く、そ
の間にかれらの財産はすべて失われたのだし、留守宅をあずかる彼らの家族の中には、
生活苦から赤子をかかえて入水自殺をした人、気が狂った人もいて、彼らの精神的な
苦痛は大きかった。そして彼らにとって何よりも苦痛だったのは、彼らが「逮捕され
てから収容されたこと」。そして収容された場所が、「収容所ではなくて刑務所であ
ったということ」である。

この2つの事実は、それまでキューバ人たちとともに、キューバ人として生きてきた
日系人たちが、戦争とはほとんど関わりのない場所で、突如その存在を否定されたこ
とを意味する。その不条理が耐え難かったのだ。収容所における彼らの待遇改善の要
求に中に「一般囚人とは別にすること」という項目が目立つもの、けっして偶然では
なかった。そして計らずも、イスラの刑務所への日系人成人男子全員の収容が、それ
まではキューバ各地にばらばらに住んでいた彼らに、はじめて「日系人」という自覚
を促したというのだ。
「日系人」。それは血縁とは無関係に生産される、一つの観念なのだ。


■波多野哲朗(はたの・てつろう)
本文中の人名の敬称はすべて略しているが、ときどき辛くなる。島津さんやかおるさ
んのように、とても他の呼び名では呼べない人がいる一方で、山入端萬栄のような書
物の主人公やフィデル・カストロのような人が、このイスラ的空間には同居している
からである。.


     ◇────────────────────────◆◇◆    


■投稿屋台『クチコミ来来軒!』第一回
■屋台引き:清水浩之(ゆふいん文化・記録映画祭)

「広場」には出店がつきもの!というわけで、neoneo創刊以来一年間勝手に営業(?)
してまいりました「クチコミ200字評!」を、このたび「屋台」として新装開店しよ
うと思います。どうぞごひいきにお願いします!

●菜単(メニュー)

1.『新・クチコミ200字評! 新傳言二百字評價』
「オススメの作品を200字以内の短評で紹介してください!」という従来のコーナー
をリニューアルオープン。どの辺がリニューアルかというと、一回につき三本の紹介
にします。映画・ビデオ・テレビなど、皆さんがノンフィクションだと思う作品だっ
たらなんでも可!もちろん「オススメしない映画とその理由!」もお待ちしてます。

2.『私のオススメ三品! 我的推薦三品』
ゲスト選者をお招きして、ひとつのテーマにちなんだオススメの三作品をトータル
400字でご紹介していただくコーナー。選者募集中!

3.『お味見レビュー100! 嘗味一百字評價』
特定の作品やテーマでの「お題」を出して、皆さんの感想を募集するコーナーです。
お一人様につき本文100字以内という目安を設定させていただきますが、あくまでも
目安ですので、いかに拡大or縮小解釈するかは、お好みでご判断ください。

第一回目のテーマは《『華氏911』とポリティカル・ノンフィクション》。
言わずと知れた『華氏911』をはじめ『フォッグ・オブ・ウォー』『テロリストは
誰?』『解禁・ブッシュ伝 噂の真相』『ブッシュを裁こう』などなど、公開が続く
諸作品について、率直な鑑賞評を募集します。〆切は11月30日(火)、12月15日配信号
にて発表の予定です。
二回目以降は、最近なぜかまとまって公開されている≪音楽モノ≫≪動物モノ≫そし
て≪おばあちゃんモノ≫(!)についてのご意見・ご感想を募集したいと思います。

以上、各コーナーへの本文とは別に「あなたのお名前(ペンネーム可)/掲載確認の
ご連絡先(メールアドレスor電話)/題名/制作年/監督/見た場所(よろしければ
あなたのプロフィールや近況も)を付記して、清水までお送りください。
宛先:清水浩之 E-mail: shimizu@ad-ult.co.jp /ファクス:03-3703-0839


●新装開店おまけ企画「クチコミ・アワード 2004 最佳傳言奨ニ〇〇四」

創刊号から前号までの一年間に集まった全104本の「クチコミ200字評!」。その中
から優れたクチコミを、清水の独断と偏見に基づき選ばせていただきます。

☆スクープ賞
『それでも妻は登った』 村上賢司さん(第6回掲載)

第一回目の『藤岡弘、探検隊』をはじめ、常に斬新な視点で注目すべき作品をハント
し続ける村上氏。山岳映画の世界にセルフ・ドキュメンタリーの潮流が起こっている
ことを逸早くスクープした功績を、ここに称えます!

☆ジャンル開拓賞
『元素誕生の謎にせまる・増補版』 井口みどりさん(第15回掲載)
『オタカラ〜そのあくなき挑戦』 西川陽子さん(第13回掲載)
『ハメドリズム01』 松江哲明さん(第14回掲載)

科学映像、web用ムービー、アダルトビデオ…様々なジャンルや媒体から「面白いノ
ンフィクション作品」を発掘された三氏の功績を、ここに称えます!

☆再発見=新発見賞
『ある出稼ぎ老人の死』 脇阪 亮さん(第20回掲載)
『山谷(やま)〜やられたらやりかえせ』 細見葉介さん(第6回掲載)
『頭突きと空手チョップ』 中村のり子さん(第18回掲載)

教科書的な?ドキュメンタリー映画史には登場しない作品の「新しい見方」を発見し
た三氏の功績を、ここに称えます!

☆レスポンス賞
『アフリカへの想い』 渋谷哲也さん(第7回掲載)→清水浩之(第5回)

『レニ・リーフェンシュタールの大冒険』と題しても不思議はないこの面妖な作品に
ついて、「キネマ旬報」にレニ女史の追悼文を書かれた渋谷氏より、労を厭わぬアン
サー・クチコミをいただきました。ありがとうございました。

以上、neoneoの「おまけ」のつもりが、とんだ「おまぬけ」と思われる方もいらっし
ゃるかと存じますが、今後も『役に立ちそうで立たない、でもいつか役立つかも知れ
ない(…くどい!)』そんなクチコミを目指したいと思います。ではまた次号!

★★★★★★★★★★☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆★★★★★★★★★★☆☆☆☆☆☆☆☆

どなたかからの情報がダブるかも知れませんが、次回のビデオアクトの上映会。
清水は小林アツシさんのご好意により事前に観させていただいちゃいました。
今や「水上戦」の様相を呈し始めている“平成の砂川闘争”こと辺野古の記録、
作品としても面白かったです(「広場」欄の上映欄を参照のこと)。


     ◇────────────────────────◆◇◆    


■投稿:テレビにはないもの〜第1回「科学映画特捜隊」上映会の感想
■細見 葉介

ドキュメンタリーと聞くと、私たちはつい人間のみが主人公となる資格を持っている
かのように思い込みがちだが、昆虫や鳥、植物などの生き物、さらには「地球」「祭
り」が主人公の映画にも優れたものが多いことはよく知られている。しかし、数多く
設けられた映像教育の現場でも、人間以外をいかに撮るかについては教えてはいない
ようだ。

neoneo坐の今回の4作品(9月26日)は、いずれも主人公は人間以外のものである。
「結核菌」の映画を観るまで、私たちは結核菌の姿を想像したことがあっただろうか。
さらに岡田一男氏と岡田秀則氏という最強の岡田氏が二人も揃った対談も見事で、上
映、対談を通して申し分のない構成だった。当日はあいにくの雨となったが、このよ
うな貴重な作品を鑑賞できるのなら天気などまったく構わない。

『サイエンス・グラフィティー 〜科学と映像の世界』(1984)における、高速度撮
影されたミルク・クラウンの姿は強烈だ。ミルクの雫が冷静に降下し、水面に穏やか
になめらかに王冠を描く瞬間の美の緊張感。蜻蛉の飛翔は、4枚の羽が交互に上下す
る高速度撮影の中で完全に別の生き物のようだ。息を押し殺して、一秒も無駄にしな
いようにスクリーンを見つめ、ああ、もっとたくさん、と願ってしまった。私には宣
伝の目的はどうでもよかったが、速度を自由に変えられるフイルムの魅力は感じられ
る。しかし、このような映像美の追究の仕事は、最近では記録映画から広告映像の世
界へ移ったようだ。

『女王蜂の神秘』(1962)は特に、昆虫の世界を探検するのにふさわしい興味深い作
品だった。女王蜂が失われた時、働き蜂たちは新しい女王を「作る」。すなわち幼虫
のいくつかに専用の蜜を与え、女王候補とする。そして生まれた2匹は戦い、勝った
ほうが女王となる。ひとたび決まってしまえば、まだ蛹の女王候補も引きずり出され、
お役御免となってしまうのである。そうした模様を優々と記録するカメラの執念深く
かつ落ち着いた視線。テレビのモニターでは決して見たことのない視線だ。

私たちが蜂を映像で見る機会と言えば、夏の定番になったニュース番組のスズメバチ
駆除特集ぐらいではないだろうか。幼い子供達の理科離れが指摘される昨今、映像を
通じた情報伝達の役割はますます重要となってゆくだろう。しかし蜂について、「ス
ズメバチの脅威」といった見せ物的な題名がなければ映像で観る事ができないのだと
すれば、なんともお寒い現実である。

『潤滑油』(1960)は、ラスト近くに登場する自動車のネオンの交錯が、現代社会に
不可欠な存在としての潤滑油を規定する。回転、穿鑿の仕組みを、丁寧に実写で示す
ことができるのは、この時代のみの特権だ。『ミクロの世界 〜結核菌を追って』
(1958)にしても同じで、顕微鏡を通してみる白血球と結核菌の触手との戦いを、じ
っと息をこらしてワンカットで見つめることなど、現代のテレビ放送ではありえない。
教養番組にしても、わかりにくい部分には字幕がつけられ、CGで再現され、長過ぎる
カットは割られてしまうのだ。

対談での、東京シネマ新社の岡田一男氏の「映像との対決をさけるプロデューサーば
かりのテレビは、正しいのだろうか」という言葉は、テレビへの不信感の表明である。
残念ながら、テレビには期待できそうにない。しかし、私の場合特に悔しいのは、こ
うした迫力のある映像群を幼い頃に観る事ができなかったことだ。小学生の頃に観て
おけば、さらに感動は増し、また人生観にも影響を与えうるだろう。自然科学へ関心
を持つ機会が失われている都会の子供たちには、科学映画こそ自然への最適の道では
ないかと思う。暗闇の視聴覚室で上映して、多くの子供たちは忘れてしまうにしても、
その中で何人か、あるいはたった一人でも強い衝撃を受けて科学者を目指す子供が現
れるのではないだろうか。

次はどのような新しい世界を見せてくれるのだろうか。今後の
科学映画特捜隊の活躍に期待したい。


     ◇────────────────────────◆◇◆    


■上映

●第24回 VIDEO ACT!上映会 『沖縄 辺野古 闘いの現場からの記録!』

作品:『ある熱い心の1ページ −辺野古沖ボーリング調査 阻止闘争の記録−
   その四』(2004年/ビデオ/54分)製作:Jユニオン、撮影・編集:大島和典
日時:2004年11月18日(木)19時〜上映
               20時〜トーク&ディスカッション
会場:東京ボランティア・市民活動センター 会議室(03-3235-1171)
   飯田橋セントラルプラザ10階/JR・地下鉄飯田橋駅下車 徒歩1分
参加費:500円

「沖縄の負担削減か」と報道される中、小泉首相は辺野古の海上ヘリポート基地計画
はあくまで進めると明言した。現地では全国からの支援者と地元住民が必死の説得・
阻止行動を続けている。9月に入り海でも熱い闘いが始まった。座り込みは11月には
200日目に達する。いま、沖縄で日本の民主主義が問われようとしている。

元テレビ局プロデューサーがかつて自分がテレビではできなかった事をやろうと決意
し、座り込み開始直後から「自分は座り込みの一参加者」という立場でビデオカメラ
を回し続けた。克明に記録された映像は次々に編集され、作品は四巻目に突入した。

ビデオアクト上映プロジェクト  http://homepage3.nifty.com/atsukoba/vact/ 


┳━┳━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
┃06┃■編集後記 伏屋 博雄(ふせや・ひろお)
┻━┻━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

●neoneo創刊号から続いた「クチコミ200字評!」が装いも新たに「投稿屋台『クチ
コミ来来軒!』として登場することになった。この欄はそもそも、ゆふいん文化・記
録映画祭のコーディネーターである清水浩之さんの発案によって、neoneoと読者が緊
密に交流し、読者の意見や感想を誌面に反映させようという狙いがあった。一年を経
て、それをさらに加速させようとする提案で、具体的には、(1)『新・クチコミ
200字評! 新傳言二百字評價』(2)『私のオススメ三品! 我的推薦三品』
(3)『お味見レビュー100! 嘗味一百字評價』である。詳細は「広場」欄の「投稿
屋台『クチコミ来来軒!』をご覧いただきたいが、3本柱を設定することにより、読
者に多様な関心を呼び起こし、より参加し易くなったのではないかと思う。皆様の投
稿を期待しています。

●「ドキュメンタリー時評」を担当している水原文人(藤原敏史)さんが、テレビで
森達也さんと共同で憲法第1条の「天皇」のドキュメンタリーを制作することになっ
たそうだ。明治以来タブー視されるテーマでありながら、昨今の天皇の発言―「天皇
家は百済にルーツを持つ」とか、「学校での日の丸掲揚は強要しないで欲しい」の発
言をみれば、案外に開明的な(?)天皇かな、とも思ったりするのだが、文字とは違
って具体的に映像として成立させねばならないし、大きな「壁」が予想されるのであ
るが、どのようなドキュメンタリーになるのか、自主規制をすることなく、大いに踏
み込んで頂きたいと思う。

●大津幸四郎さんの論は『圧殺の森』と『パルチザン前史』のカメラの映像表現に及
んでいて、興味が尽きない。やはり、当事者でなくては聞けない発言である。今年い
っぱい連載予定の、この刺激的な講演に、耳をすまそう。

久しぶりに掲載する水野祥子さんの原稿からは、UCLAで映画授業を楽しんでおられる
様子が伝わってくる。主任教授のドキュメンタリー映画史の講義内容も具体的に書か
れているので、私としても参考になった。

細見葉介さんがneoneo坐で9月末に上映した科学映画特集について投稿してくださっ
た。「小学生の頃に観ておけば、さらに感動は増し、また人生観にも影響を与えうる
だろう」という言葉は、私も同様の想いを強く持ったのだった。neoneo坐では、12月
に第2回目の上映を計画中である。乞うご期待。



━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■発行:ビジュアルトラックス visualtrax@jcom.home.ne.jp
■責任編集 伏屋博雄
─────────────────────────────────────
★ご意見・ご感想はビジュアルトラックスまで
★いただいたメールには全て目を通しますが、必ずしも返信できるわけではありま
せん。また、いただいたメールをこのメールマガジンに掲載させていただくことが
ありますが、掲載不可の場合はその旨をお書き添えくださるよう、お願いいたしま
す。
─────────────────────────────────────
★バックナンバー閲覧、およびメールマガジン配信解除はこちらまで

 まぐまぐ配信   http://www.mag2.com/m/0000116642.htm 
 melma!配信    http://www.melma.com/mag/39/m00098339/ 
※編集部では配信解除、メールアドレスの変更などは受け付けておりません。
お手数ですが、ご自身でお願い致します。
注)デザインが崩れて見える場合は等幅フォント(MSゴシック、Osaka等)でご覧く
ださい!
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
Copyright (C) 2003 visualtrax

当マガジンの記事を許可なく転載することを禁じます。


規約に同意してこのメルマガに登録/解除する

メルマガ情報

創刊日:2003-09-01  
最終発行日:  
発行周期:月/2回  
Score!: 74 点