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ドキュメンタリー映画の最前線メールマガジン neoneo

映画関係者必読のメールマガジン。プロデューサー、監督、評論家、映画館支配人など、さまざまな立場からこれからのドキュメンタリー映画を熱く語ります。

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ドキュメンタリー映画の最前線メールマガジン neoneo Vol.21 2004.9.15

2004/09/15

 
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┃n┣━┫o┣━┫e┣━┓ ★ドキュメンタリー映画の最前線メールマガジン
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 †01 日本のドキュメンタリー映画のかたち
      対極のドキュメンタリー
         ―小川紳介と土本典昭(3)  大津 幸四郎
 †02 自作を解剖する
      『タイマグラばあちゃん』  澄川 嘉彦
 †03 ワールドワイドNOW ≪パリ発≫
      エトランジュ映画祭―石井輝男と石井聰互が招待された
            高橋 晶子
 †04 neoneo坐通信(7)
      9月の上映―科特隊からのメッセージ
      科特隊 隊員募集!
 †05 広場
      投稿:『Cuba/Okinawa サルサとチャンプルー』(10)
           キューバ移民の日本観  波多野 哲朗
      投稿コーナー「クチコミ200字評!」(19)提案者:清水 浩之
       対象作品:『自転車でいこう』『花はんめ』『ジム』『華氏911』
       『ガチャピン チャレンジ★シリーズ』
 †06 編集後記  伏屋 博雄


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┃01┃□日本のドキュメンタリー映画のかたち
┃ ┃■対極のドキュメンタリー ―小川紳介と土本典昭(3)
┃ ┃■大津 幸四郎
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●土本典昭の方法―小川紳介との違い

土本さんの場合は、小川さんの映画の方法とは違う思考を持っていたわけで、自分の
映画的イメージをあらかじめ決めてしまってこの形でなければだめだというものでは
なくて、外部で起こっている、彼を取り巻く、すなわちカメラを取り巻く状況の中で、
もっと大きな政治的な大状況を考えながら、その状況がより大きな政治的状況、社会
的なもの、人間の状況をどのように反映しているのか、それらの物事の持つ意味はと
現象の底に秘められた意味を求めてのたうちまわるのです。そしてそんなショットを
積み重ねて、構築することで彼の映画的思考を表現しようとするのです。.

或る時には社会的状況であり、或る時には目の前に存在する人間と状況の闘いであり、
その闘いを透して炙り出されて来る人間の存在のドラマであるでしょう。まずカメラ
の前で展開する人間の生の断片を如実に掴み取り、ひたむきに構築する、その構築の
過程の中で、彼の映画的イメージが築き上げられていくのでしよう。そういう意味で
は、映画的イメージの生成が現実の過程の中で成されていくのであり、それが彼のド
キュメンタリー映画の発見の道筋であり、映画そのものを指向することでもあるので
しょう。
だからどちらかというと小川さんの場合とは逆とまではいわないけど、ちょっと違う
方向性を持ってると思うんですね。.

これは僕から見ると、小川さんの場合はドキュメンタリーという狭い枠を越えて映画
そのものを考えていく。どうやったら自分の映画に行き着くかということを考える。
だから彼はドキュメンタリー映画という言葉をあまり好んで使っていないのではない
でしょうか。記録映画とかね。あまり使っていないと思います。常に映画とは何かと、
俺の映画とは何かと、彼にとって面白い映画とは何かと、「映画」という表現に固執
している。これはフィクションもドキュメントもないというか、ここからがドキュメ
ントで、ここからがフィクションだという区分けをほとんど彼はしないわけですよね。
その中で自分の映画的イメージをつくる。これは小川の後期に顕著に現れる傾向です。

●記録性の重視 .

で、土本氏は、特に「水俣」以後顕著になるのですが、「記録」ということを非常に
大事にしていくようになる。「資料」ということを非常に大事にする。歴史的な記録
とか、証言性ってなんだろうということをいつも考えていく。全的記録を収集する、
それはどうしたらできるのか、記録の社会性、記録の指し示す世界、記録を解読しよ
うとする人間を、何よりも記録を収集しようと血眼になっている人間たちに、どんな
世界が開かれるのかを見極めようとする。で、トータルのフィルムの中で、記録性が
どういうふうに残っていくかということを常に考えている。これは外側の状況を見な
がら、自分が見ている画と自分の映画的イメージと擦り合わせながら、記録的出来事
の意味や、今我々はどこにいるのか、そこのところの状況とその意味をずっと探って
いくわけ。.

で、その中で今起こっていることがどんな意味があるのか、どういうふうにフィルム
に撮られようとしているのか、そのフィルムを編集するって一体何なのか、その中で、
編集することによって、フィルムに定着するということが、撮影以前ないしは、撮影
現場にいた自分の感じですね、その時持ったイメージとどれだけ変わって来たか、駄
目なのかいいのかも含めてどういうふうに違ってきたのか、編集台の上で何か新しい
発見があったのか、そんなことを考えていくわけです。

だからある部分においては、撮影現場でフィルムに定着しながら物事が見えてくる過
程と編集する段階で物事が見えてくる過程では物の見え方が異なってくる。以前に断
定的に持っていたイメージから自由になっていく、あらかじめ抱いていた予見的イ
メージが壊される過程で、自分が持っていた固定観念から自由になっていく。或る時
は飛躍したり或る時は撮影以前に抱いていたイメージや物の見方から自由になってい
くわけです。.

目の前で生起した、フィルムに撮影されたものをじっと見ていくと、ひょっとすると
別の状況が浮び上がってくるか、もうひとつの映画という方法で浮かび上がる真実―
真実という言葉については後で話したいと思いますが―彼にとっての映画的真実、彼
の映画の中でしか見えてこない真実、フィルムを透して彼に見えてきた真実。彼が遭
遇した状況的な真実というものが、どういうふうに、あらかじめ抱いていた予感と全
く違う形で、浮かび上がってくることもあるわけです。そこでは、フィルムをまとめ
ていく時、映画的な状況―彼に見えてきた真実―がもう一回改めて違った形で浮かび
上がってくる。どういうような状況が浮かび上がってくるんだろうか、ということを
彼はずっと探求していると思うんです。それが、彼の映画を発見する旅なのでしょう。.

土本氏の映画は、認識の軌跡を描いていると言えるかもしれません。彼は撮影の行為
を透してキャメラを取り巻く状況に存在本来の姿を求めて、アメーバ―のように触手
を延ばし、それらをフィルムに取り込むことで、彼自身や制作スタッフの認識を変え
ていくのです。そして編集の過程では、彼はよく言っていたように、「撮影の順序に
従って繋いでみる。そうすると撮影時のスタッフの見方が見えてくる」。それの見方
をどう変えるか、又は変えないで撮影の過程で見えてきたものをそのまま頂くか、―
それが編修の過程だと。そこのところですね、二人の違いというのはね。

●映画的真実とは何か

先刻、映画的な意味での真実ということを、ちょっと言いかけたから補足しておきま
すと、1950年代から60年代の頃、65、6年ぐらいまででしょうか、事実とか真実とい
うものはどっかに転がっているんだと、現に存在しているのだと、我々の外部に絶対
的にあるものだと思われていたのです。唯一の真実が神のような存在としてあるわけ
です。発光体を持っている。その真実というのは大きく分けて2つ。権力的体制、い
わゆる表面を覆っている社会の常識的真実の態様と、それから、階級的という表現を
していいかどかわかりませんけども、生きている人間の内部に陰息している、社会か
らはみ出してしまった少数派の真実。常識的真実と丁度背中合わせに存在している裏
側の真実、全然違う二つの真実があると、その真実を追究していって普通の真理に到
達できるかということを一生懸命探るわけですよね。だから、どっかに真実が裸で転
がっているという形で、存在する真の姿を映画的に表現するためにはどうしたらいい
かというふうに探るわけです。

ところが真実は、生きてる人、まあ100人いるとすれば、100の真実があるわけで、真
実は見る人によって微妙にずれを起こしていくわけで、そのことにほんとは早くに気
づかなくちゃいけないんだけど、なかなかそこに行き着かない。真実、それは固定観
念の中であぐらをかいているわけです。ところが小川はそれをどっかで破っていった
のです。自分の真実はこれなんだということを探りだしていった。それは彼の物の見
方を引きずった真実なのです。それに到達するまでには非常に長い時間がかかったと
思いますけど、探り出していって、俺の真実というか、俺の見た存在の真の姿はこれ
なんだ、俺の映画的イメージはこれなんだと。それがいいかどうかというのは別の問
題です、評価の問題は別の問題です。でもそれを探りだしていった、いうのが小川氏。.

ところが土本氏の方はどちらかというと最後まで、そういう意味でおいては揺れ動い
ていると思います。彼は普遍的真理を目指しながら、依然として階級という表現にこ
だわっています。彼のいう階級というのは、どっかではひどく人間くさいといっても
いいかもしんないが、いわゆる労働者階級、資本階級というように割りきった階級で
はなく階層に近いかもしれないが、ゆるい意味での階級という概念を根底にすえた階
級的真実ということにこだわっていたのだと思う。そのために俺の真実はこれなんだ
と、と言うところの間際まではきているんだけども言いきってない。

小川は小川の見た真を、それが幻かもしれないと思いながらも、これが俺の映画的真
実だと賑々しく供するが、土本は自らの到った真を密かに真実の祭壇に供している、
普遍的真実の神の存在を気遣いながら。そんな違いかもしれない。小川は賑やかに言
いつのることで映画の枠を壊してしまうかもしれないが、土本はこれまでの映画の枠
の延長線の上に彼の映画を置こうとしているのかもしれない。だから、その辺のこと
がどうも2人の生き方、物の掴み方の違いがあるんじゃないかなと僕は思っています。

小川はほんとに、まあ皆さんも彼の談話集など読んだりしていると思いますけども、
彼は話術の名人で、あらゆる人の興味を引きこみながら、人々を煙に巻き込んでしま
うわけですけども、彼は体質的には若いときからずっと持っている、どちらかという
と実感主義的な人間なんです、初めからもう実感主義。映画の人っていうのはどちら
かというと自分の感じ方を大事にする実感主義の人が多いわけですけれども、小川は
自分が経験した事実、事実が起こったとき自分がどういうふうにそれと向き合い何を
どう感じたか、それを非常に大事にしていく男です。彼はその実感主義を幾重にも積
み重ねていったとき、俺の真実、俺の見た事実はこうなんだと….

一方、土本は階級的ということを認識の根本に据えようとする。だから社会的、客観
的な真実ということを大切にする。どちらがいいということはないわけです。世界の
存在の在り様が、個の、私の視点の在り様とどれほど緊密に切り結んでいるのか、ひ
とえにその認識の深さの問題に関わっているわけですから。多分、両方の間を揺れ動
く必要があると思うんです。今、特に、90年代に入ってからフィルムのつくり方とい
うか、いわゆる記録映画といわれているものの作り方というのが、どんどん個の世界
に入ってきています。

自分のプライベートな関係とか自分の内部とか、そういういうものを洗いながら、個
的世界を表現しよう、そういうものが非常に多くなってきているようです。特に記録
映画の世界で、自分の中の真実、事実、感情、自分の精神的なテンションも含めて、
自分の真実ですよね。それをどのように表現するか、探し出していくか、個の世界に、
私だけの世界に、今こだわり始めているようです。.

だから、自分の外部で物事が起こってるっていうんじゃなくて、それと自分とがどう
関わっているのかと、その関わり方をどう表現することができるかと。そういうかた
ちで、ある自分の中の事実、真実というか、そういうものの分野にどんどんどんどん
入りこむ。これが、小川がなくなる数年前から提出していた問題でもあると思います
けど。そういう意味では、小川が残したものはフィルムの中に定着された小川の認識
と感覚の痕跡だけなんです。ドキュメンタリーとフィクションていう分け方をするの
ではなくて、両者が融合していったフイルム、俺の映画だという表現、これを追って
いくと、割合プライベートフィルムに近いところに入っていくだろうと思います。.

同時に、土本の追及しているもの、今自分がおかれている状況はどのような状況かそ
れを常に見据えながら、社会と自分との関わり合い、それは環境を通してだったり階
級という概念を通してだったり、世界と自分との対峙と関わり合い、大きくいえばね、
その接点が一体どこにあるのか、どのような形で自分は、人間は、世界の状況の中に
繰り込まれているのかと、自分なりに考え続けるという土本の方法。…個の固有の認
識を声高にフィルムで記述する小川の方法、人間とそれを取り囲む世界、人間と状況
との係わり合いを客観視する土本の方法。大きくいうと2つに分かれていくんじゃな
いかと。そしていつでもクロスしていくだろうし、実際、人はその中でクロスしてい
くだろうし揺れ動いていくだろうと思うんです。

●『チョムスキー9.11』

最近僕は『チョムスキー9.11』(2003年)という映画を撮りました。1昨年(2001
年)の9.11以後テロの問題の大合唱が起こる。で、その大合唱の指揮をとる形で、
ブッシュを頂点とするアメリカの官僚体制、政治権力の集団ですよね、これが、言う
ところの国際主義、インターナショナリズムを帝国主義的に―資本の都合のいいよう
に変質させたグローバリズムということになると思いますけども、悪しきグローバリ
ズムがアラブ世界に、イラクにアフガニスタンに、パレスチナに、中南米に押しつけ
られて、今世界が軋み続けているわけです。.

これは単にアメリカが悪いということじゃなくて、あれだけの力をもった国が歴史上
に登場すると、そこで必ず力をもって他国を支配しようとする、これは歴史的事実だ
と思うんです、これは別にブッシュだけのことじゃないです。たまたまブッシュとい
う愚か者が帝国という傲慢な装置を振り回して、我が物顔で暴れまわっている。そう
いう意味で、非常に危険な状態―人間の存亡が問われる状態で、あまり眠り込んでも
いられないだろうなあという時期だと思うし、特に若い人たちの危機意識の現れとい
うか、動きをみていると今は非常に危険な状態で、なんとかしたいんだけど何から手
をつけたらいいのか、何をしていいのか分からない。そんな苛立たしさを表現する力
そのものも削がされちゃっている。表明する手段も削がれている。全く腹立たしい状
態に放りだされています。

僕は『チョムスキー』をやるとき、1人の人間として今の状況にどうやったら立ち向
かうことができるか、いわゆる政治的な力をバックにするとかそういうことではなく
て、個として一体何ができるんだろうかと、そんな焦燥感を持って『チョムスキー』
をやったわけです。まあそういう形で、プライベートな関心を追いながら、自分て一
体なんだろうとか、自分を取り巻いている世界、そしてその中にいる自分とは一体な
んだろうとかいうことを突き詰めていくと、そこに何か新しい表現の方法みたいなも
のが、どっかで見つかってくるっていうか、出てくるんじゃないかなあと、そんなふ
うに漠然と思っているところです。(つづく)


■大津 幸四郎(おおつ・こうしろう)
このほど、監督・撮影した『平和への祈り』(デジタルビデオ、46分、製作:中国放
送、パル企画)が完成。この作品は『父と暮らせば』のメイキングで、『父と暮らせ
ば』の撮影の裏側や出演者のインタビューに加えて、黒木和雄監督が広島を訪れ、主
人公・美津江と同じ学校出身の同年代の女性から被曝体験を聞くドキュメンタリーで
す。



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┃02┃□自作を解剖する
┃ ┃■『タイマグラばあちゃん』
┃ ┃■澄川 嘉彦
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私たち撮影スタッフが薪ストーブにあたっているとじいちゃんが突然話しを始める。
「山の神さまの日には仕事は休んで是非ともお神酒をあげに行かねえとわがんねえも
んだ。○○と○○はお酒が飲めねえと山の神のお祝いに出はんなかったので、木にう
たれて大ケガをした」。人の名前のところは実名である。外では早池峰山から吹きお
ろす西風がゴーゴーと音をたてている。山奥に暮らす老夫婦のもとに電気がとどいた
のは昭和も終わる63年の暮れであった。私はNHKのローカル番組の撮影で向田久米蔵
・マサヨさんをタイマグラに訪ねていた。タイマグラは岩手県のほぼ真ん中、早池峰
山の東にひらけた開拓地で麓の村からは10キロほど奥に入っている。二人はすでに
20年以上、畑を耕しながら二人だけの暮らしをおくってきていた。

電気の来た年、近くの廃屋に大阪出身の若者が棲み始めた。奥畑充幸さん、当時27歳。
自分の民宿を開きたいと全国を旅してまわり、早池峰山のふもとに居を定めた。
廃屋は戦後じいちゃんたちと一緒に開拓に入った仲間の農家が残していったものだ。
引っ越して来た日のことで奥畑さんが忘れられないことがあると言う。じいちゃんが
水の湧く場所を教えてくれたのである。奥畑さんが飲み水を探して沢沿いを歩いてい
ると、じいちゃんが出てきて「そこを掘ってみろ。良い水があるはずだ」と沢のそば
を杖で指し示した。言われたところを掘ってみると泉がわいている。「ここに棲んで
もいいよ、と言われたようで嬉しかった」奥畑さんは今でもこの水をホースでひいて
使っている。
水がないと一日もやっていけない。何がなくともまず水である。私も映画の制作のた
めに5年前からタイマグラに棲むようになったが、水は止まってみて初めてその大切
さが身にしみる。冬場はマイナス20度にもなるタイマグラでは水をひくホースはすぐ
に凍りつく。水をめぐって何度悪戦苦闘したであろうか。

ばあちゃんたちと同じような暮らしをしてみて、撮影ラッシュを見る気持ちが変わっ
ていった。ラッシュと自分の間の距離感がなくなったのである。ラッシュに映ってい
るばあちゃんの暮らしが「ひとごと」ではなくなった。これは編集をする上で良い効
果があったと信じたい。撮影対象との距離感は大切だとよく言われる。それは多くの
場合、相手と一定の距離を置いて撮影対象に過度の思い入れをしてはいけないという
意味で言われているように思う。しかし、私はすでにそう考えていないようだ。.

まず、物理的な距離としてすぐにカメラを持って駆けつけることができる距離にいる
のが大切だ。何かあった時にすぐに撮影を始められる距離。インタビューというのは
「同時進行で撮れなかったこと」を話してもらうための手段だ。インタビューなどに
頼らないためにも、近いというのは重要だ。また、カメラをはさんでこっち側とあっ
ち側に別れたままではわからないことが多すぎるとも思う。今回、ばあちゃんと一緒
に畑仕事を手伝い、同じタイマグラにすんで水に苦しみ、薪集めに奮闘したことで初
めてわかったことが多かった。わかるというより身体で感じるのである。頭でなく身
体でわからないと撮れないのだと思う。山根貞男さんが小川紳介さんを評して言った
「身体に刻まれたドキュメント」という言葉が、今にして私も身体でわかる。

テレビの撮影に始まったばあちゃんの記録はその後もポツポツと通うことで続き、5
年前からは近くに棲んでこの春映画として完成した。当然のことながら実に多くの方
々の助けがあって仕上がった映画だ。
春からは自主上映を中心に展開し、3千人近くの人がスクリーンでばあちゃんと出会
っている。たくさんの感想文は私たちスタッフの宝物である。
「タイマグラばあちゃんこと向田マサヨさん・久米蔵さんは『生きている人』だと思
いました。生活している人ではなく、生きている人。生きている人の笑顔は美しいで
す」(紫波町・坂本さん・女性)。
「いつも笑顔をたやさないおばあちゃんが素敵でした。あまり人に会って話すことの
少ないおばあちゃんなのに笑顔を嬉しく…見習いたいと思いました」(女性)

映画はお客さんに観てもらって初めて完成する。岩手出身のカメラマン・瀬川順一さ
んの言葉だ。私も上映会でたくさんの人たちとお話しをしてそのことを嬉しく実感し
ている。ひとりひとりの中でそれぞれのばあちゃんが歩き始めている。
「軽い気持ちで見始めましたが、くい入るように見入っており、はっと我にかえった
ら終わっていたという感じでした。初めての感動なのになつかしい」 .
「歳を重ねても変わらないものは、ずっと変わらず、また人の思いも同様です。タイ
マグラのおじいちゃんとおばあちゃんの素朴なやりとりの中にあたたかいものを感じ
たように、変わらずあるものはある!と思いました。上映中、涙があふれてしまいま
した。色々なことが考えられたからだと思います」

映像作品の役割はいろいろあると思う。そのひとつが「生きるということもいいもん
だ」と漠然とでも感じさせてくれることだと思う。不遜に聞こえるかもしれないが、
観た人に勇気を与えることだと思う。
「今日は忘れかけていた懐かしく素敵な時間をとり戻させていただき、ありがとうご
ざいました」
「私は元気をたくさん、たくさんいただきました」
「こういうおばあちゃんがいる、ということを知ることができて、今の私の何の変哲
もない生活が、それでよい、といわれているような、そんな気持ちになれました」
生前は岩手を一度も出ることがなかったばあちゃんの旅は始まったばかりだ。各地の
上映会場でばあちゃんと出会いなおすたびに新たなことを教えられている自分に気づ
く。ばあちゃん、ありがとうございました。

☆10月下旬から東京・東中野の「ポレポレ東中野」(電話:03−3371−0088)で
 モーニングショー公開します。HP(いせフィルム内)は下記のとおりです。
  http://www2.odn.ne.jp/ise-film/works/Taimagura/taimagura.htm 


■澄川 嘉彦(すみかわ・よしひこ)
1963年広島市生まれ。大学卒業後、NHKに入社し仙台放送局時代にタイマグラばあち
ゃんこと向田マサヨさんと出会い、数本の番組を制作する。その後も撮影を続け、
99年からは退社してタイマグラに移り住み、2004年春、記録映画『タイマグラばあ
ちゃん』をまとめた。現在、ハヤチネプロダクション代表として様々な映像作品を手
がけている。



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┃03┃□ワールドワイドNOW ≪パリ発≫
┃ ┃■エトランジュ映画祭―石井輝男と石井聰互が招待された
┃ ┃■高橋 晶子
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今回はドキュメンタリーとは少々離れ、9月1日から14日まで開催中の「エトランジュ
映画祭/ETRANGE FESTIVAL」についてお話したいと思う。以前、ゴヴァース・弘子女
史との対談「フランスにおける日本映画」でも触れたことのあるこの映画祭は、今年
で12回目を迎える。「エトランジュ」と言うと、カミュの「異邦人L’etranger」と
関係があるのか、との質問をしばしば受けるのだが、英語のstrangeにあたる「奇妙
な・変な」を意味する形容詞で、つまりはちょっと変わった映画ばかりを上映する映
画祭というわけだ。

映画祭の始まりは、現在のディレクター、フレデリック・タン氏がかつて映画ジャー
ナリストとして活動していた頃、数多くの映画をVHSのテープで見ながら、その多く
が劇場で公開されないことを残念に思い、パリの今はなき小さな映画館で上映会を企
画したのがきっかけだ。当時は世界中のB級映画やカン・フー映画、その頃パリでは
ほとんど紹介されていなかったインド・パキスタン映画もダンス等の出し物と一緒に
上映されていたそうだ。それが現在では、パリ市の公共映像施設フォーラム・デ・ジ
マージュに会場が移り、観客動員数も年々記録を更新する話題の映画祭となっている。

暴力や性描写の激しいいわゆるカルト系映画も多く上映され、マイナーなイメージを
持たれがちだが、仏政府文化庁やパリ市、アニエス.BやTV局カナル・プリュス等の企
業が主たるスポンサーとして参加している。映画祭事務局のスタッフはディレクター
も含め全員がボランティアで、毎年映画好きの学生や社会人が集まり、500席・300席
・100席の3会場をうまくしきり、招待客用ドライバーをローテーションでこなしてい
る。若いボランティアスタッフグループの仲の良さを見ると、毎年希望者が後を絶た
ないのが分かる気がする。

今年のプログラムは、『パルプ・フィクション』の脚本や『キリング・ゾーイ』の監
督で一躍有名になったロジェー・エイヴァリー(カナダ)が渡仏し、自ら推薦する作
品を紹介する特別プログラムが組まれたり、アーシア・アルジェント(伊)を招いて
の特別上映やデレク・ジャーマン(英)の回顧上映も行われている。日本からは、石
井輝男監督・石井聰互監督の二名が招待され、大きな話題を呼んでいる。

石井輝男監督作品については、『網走番外地』『徳川女刑罰史』『残酷・異常・虐待
物語 元禄女系図』『徳川いれずみ師・責め地獄』『江戸川乱歩全集・恐怖奇形人
形』の5作が上映された。100作近いフィルモグラフィーの中からなぜこの5作が選ば
れたのか、というのは議論の余地があるが、誌的なエクスプロイテーション映画と観
る人あり、エログロ映画の傑作と観る人あり、かつて日本の大手映画会社が大量生産
していた時代の考察として観る人ありと様々で、反響はなかなか大きい。

石井聰互監督については、今回過去の作品の大部分が網羅されるということで、すで
にこちらで公開された『逆噴射家族』や『ユメの銀河』でファンになった人々が大勢
集まってきている。今回は、今までフランスでは注目されていなかったミュージシャ
ンとしての彼の顔にもスポットを当て、上映後の質疑応答でもロック・パンクミュー
ジックについての質問が出ている。

毎年新たな発見を提供しているエトランジュ映画祭。来年はどんな「奇妙な」映画を
紹介してくれるのだろうか。


■高橋 晶子(たかはし・しょうこ)
横浜生まれ。フランスの言語・映画に魅せられ94年に渡仏。パリ第8大学映画科卒業。
映画・TV関係の通訳や助監督としても活動。上記の映画祭にて、ひたすら通訳をして
いるためクタクタです…。インタビュアー達があまりにも日本映画事情に詳しいので、
招待されている監督さん達が驚いています。



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┃04┃□neoneo坐通信
┃ ┃■「科特隊からのメッセージ」
┃ ┃■オカダ・ヒデノリ(隊員NO.006)
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●科学×映画=極上エンタテインメント!

我々は科学映画特捜隊、略して「科特隊」である。その任務は地球の防衛、と言いた
いところだがちょっと違う。日頃なかなか観られない科学映画の分野からとことん面
白い作品を探し出し、秘密基地「neoneo坐」にて上映することである。
我々にもついに初出動の日が来た。日本の科学映画史に輝く4本の素晴らしい作品を
用意して皆さんをお待ちしている。
「えー科学映画ぁ?」などと言わず、我々と興奮を分かち合ってほしい。一目観れば
すぐに分かるだろう。優れた科学映画はエンタテインメントなのだ、と。
では日曜の昼下がり、神田小川町でお会いしましょう。

●スケジュール & 作品解説

9/26(日)12:30〜/15:30〜 Aプログラム
『サイエンス グラフィティ ―科学と映像の世界―』
1984年/岩波映画製作所/26分/カラー/ビデオ版/演出・脚本:堀越慧/撮影:関晴夫

科学映画の歴史を総まくり!
そもそも映画と科学は仲良しだった。過去の傑作をたっぷり引用しながら科学研究の
発展をたどる富士フイルム創立50周年記念作品。名作『蝉の一生』に始まり、顕微鏡
の世界、高速度・微速度撮影、コンピュータとの連動、と科学映画の手の内を一挙に
明かしてしまう気前の良さ!

『女王蜂の神秘』
1962年/桜映画社/33分/カラー/ビデオ版/演出:樋口源一郎/脚本:内木芳夫/
撮影:小林一夫/音楽:間宮芳生

ミツバチにプライバシーはない
生物学者でもある巨匠・樋口監督と小林キャメラマンが、蜂たちの猛攻撃を浴びなが
ら、ミツバチの社会を徹底解明した生物学映画の真骨頂。生殖の役割を終えたオス蜂
が、メスたちに無理やり巣から追い出されるシーンには、人間のオトコも思わず総泣
きになるだろう。

14:00〜/17:00〜 Bプログラム
『ミクロの世界 ―結核菌を追って―』
1958年/東京シネマ/30分/カラー/DVD版/演出:大沼鉄郎・杉山正美/
脚本:吉見泰/撮影:小林米作/編集:伊勢長之助/音楽:松平頼則

死闘!結核菌VS白血球
顕微鏡をのぞくと、そこはアクション映画だった…。たゆまず増殖する結核菌と、菌
をひたすら喰らう白血球との“仁義なき戦い”に不眠不休の微速度撮影で迫ったのは、
鉄人キャメラマン小林米作。名門・東京シネマのお家芸、顕微鏡映画の手に汗握る傑
作!

『潤滑油』
1960年/東京シネマ/25分/カラー/DVD版/演出:竹内信次/脚本:吉見泰/
撮影:小林米作/音楽:池野成

めくるめく官能の科学映画
製鉄所の圧延ロールやジェットエンジンなどを舞台に、摩擦とたたかう潤滑油の機能
を余すところなく描く。銀色に輝く機械を、光沢を帯びた油がトローリと包み込んで
ゆくシーンは、まさに至福の映像。竹内監督の端正な画面設計と池野成の壮大な音楽
に支えられた、めくるめく映像美の世界!

18:00〜 トーク iN neo BAR 「だから科学映画はやめられない」
ゲスト:岡田一男 氏(東京シネマ新社 代表)、聞き手:岡田秀則(映画研究者)
大皿料理+飲み放題でお一人様 \2,000!

会場:スペースneo(30席) 千代田区神田小川町2-10-13 御茶ノ水ビル1F
都営新宿線「小川町」駅B5出口より徒歩1分、JR「御茶ノ水」駅聖橋口より徒歩5分。
地図は下記のneoneo 坐のサイトをご覧下さい。
 http://www014.upp.so-net.ne.jp/kato_takanobu/neoneoza/index.html 

料金:A・Bプログラムとも当日1,000円/会員:800円
(入会金2,000円で当日加入できます。1年間有効)
トークBAR参加費:2,000円(飲食付)

●科特隊 隊員募集!

我こそは面白い科学映画を発見したい!という方の入隊をお待ちしております。
年齢不問!無給!未経験者歓迎!(みんな未経験です)

お問合せ先:シミズ・ヒロユキ(隊員NO.002) E-mail: shimizu@ad-ult.co.jp 



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┃05┃□広場
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□投稿:『Cuba/Okinawa サルサとチャンプルー』(10)
■キューバ移民の日本観
■波多野 哲朗

●不連続のイメージ

日本からのキューバ移民の痕跡とそのイメージが、他とくらべて極端に希薄になって
いるのは何故か。その最大の理由は、日本からのキューバ移民が、第二次大戦以後ぷ
っつりと途切れたことにある。他の中南米諸国への移民は、戦後も「岩戸景気」が始
まる直前の1957年ごろまでは続き、それらの国々の日系人社会にはその都度 “新し
い” 移民1世が供給されてきたのだった。このことの意味は大きい。なぜなら、日本
からの絶えざる新移民の到来は、現地の日系人に対して、否応なく「日本人であるこ
とのアイデンティティ」を意識させることになるからである。なによりも新移民の到
来は、日本からのなまなましい最新情報をもたらし、それが現地の日系人が抱く故国
日本に対して抱くイメージを絶えず更新し、リアリティを与え続けるからである。

これに対して、キューバに住む日系人たちが抱く日本あるいは故国についてのイメー
ジは、私たちの眼には、はるかに「幻想的」に見える。いまキューバに生存する移民
1世はわずかに4人。いずれも高齢で、そのうちの2人は健康がすぐれなかったり、病
床にあったりする。私たちは残る2人の島津三一郎さんと宮澤かおるさんに会い、話
を聞いた。身寄りのない島津三一郎さんは、いまひとり老人ホームにありながら、毎
日1時間の街歩きを欠かさないというかくしゃくたる95歳の老人。日本の雑誌を取り
寄せて読んでいるとかで、近年の日本の事情にもたいへん詳しく、語彙も豊富である。
にもかかわらず、島津さんが日本を賞賛しつつ懐かしげに物語る日本の歴史的時間は
ひどく連続性を欠いている。勢い込んで物語る話題は昭和からいきなり明治へと跳び、
それからまた大正へと舞い戻るといった調子で、まるで年表の社会欄にでも目を走ら
せているかのようだ。

島津さんはキューバに移り住んですでに75年、新潟の田舎を出たときは19歳で、ろく
ろく学校にも行かなかったので漢字も読めなかったのだという。漢字を覚えたのは
キューバに来てからで、それからいろんな本を読むようになったらしい。島津さんの
持つ日本のイメージは、それらの本から作られているように見える。一方、長野県伊
奈地方の寒村から来た89歳の宮澤かおるさんは、戦後に帰国するチャンスが幾度かは
あったものの、同郷出身の夫であった故松男さんが、出国時の故郷のイメージがあま
りにひどかったために思いとどまり、自分もそれに従ったのだという。いま宮沢さん
の抱く日本のイメージは、1920年代の故郷をもとに作られているのだろうか。

この高齢の2人の移民1世が日本あるいは故郷に対して抱くイメージは、その相貌をま
ったく異にする。しかしこの2人は、キューバでの70年を超える人生のなかで、それ
ぞれが抱く故国・故郷についてのイメージを検証することもかなわず、ただ孤独にそ
れを保持しつづけているという点で共通する。そしておそらくこうした孤立したイメ
ージのありようは、いまはキューバの土となってしまった多くのキューバ移民1世に
も共通したことだろう。とくに1959年の革命以降、日本とキューバとの交流関係が次
第に閉ざされていくなかで、移民それぞれが故国に対して抱くイメージはより孤立を
深めていったと考えられる。それでもキューバへの移民たちが、なんらかのコミュニ
ティを形成していれば、事態はもうすこし変わっていたに違いない。そうしたコミュ
ニティの内部では、互いが互いのイメージを検証することになるからである。しかし
キューバへの移民たちは、(イスラ・デ・ピノスを除いて)かれらのコミュニティを
形成することがなかった。

他国への移民の場合とは違って、当初は日本から直接キューバを目指して海を渡った
移民はいなかった。1910年代のキューバ移民は、キューバにおける砂糖産業の好況を
知って、メキシコ、ペルー、パナマなどから苦役を逃れるようにしてやってきた再移
民がほとんどだった。日本からの直接移民が本格化したのは、1920年代もしばらく経
ってからのことで、時はまさにキューバ砂糖産業の全盛期であった。私たちの映画に
数多く登場する日系2世の親たちも、ほとんどこの時期にキューバに来ている。しか
し不運にもこの移民たちは、間もなく1929年に押し寄せてきた世界経済恐慌によって
直撃される。砂糖の価格は6分の一に下落して、キューバの砂糖産業は壊滅的な打撃
を受けた。その結果、多くの移民たちは職を失って、あちこちへ離散していくことに
なったのである。

その多くは、恥をしのんで帰国するか、さもなければディアスポラとして再び他国へ
と漂っていった。しかし私たちが行った日系2世へのインタビューでは、キューバに
留まった移民であるかれらの両親が、その後どのようなところに向かっていったかが
明らかになる。いくらかマシだったのは、あのイスラ・デ・ピノス(松島)へと向か
った人たちだったのかも知れない。幸か不幸かピノスの土にはサトウキビが育たなか
ったために、ここでの農業は昔から野菜や果物が中心だった。それが結果として、モ
ノカルチャーの壊滅的打撃からこの島の農業を救うことになったのである。.

しかしその他の多くの人たちが向かった職業はいろいろで、庭師、床屋、お抱えの運
転手、店の手伝い、家庭への住み込みの使用人などであった。これらの職業では、日
本人の勤勉さと几帳面さが評判を高めていたという。ただ、これらの職業へと散って
いった移民たちが嘗めたであろう辛酸もさることながら、ここで見逃せないのは、こ
れらの職業に従事する人びとに共通して求められるのが、もっぱら移住先の世界に同
化して現地人になりきる意識だったということである。それはまた、日本人であるこ
とをしばし忘れ去る意識だったとも言い換えられるだろう。そしてこうした意識のあ
りようが、良かれ悪しかれ、日系人コミュニティの形成を遅らせることになったので
ある。

日本からキューバへと渡った移民のなかに、いわゆる立志伝中の人物はいない。たと
え50人に1人、100人に1人という確率でも、故郷に錦を飾る成功者の出現は、さらに
多数の移民を牽引する力を持っている。内実は棄民政策に等しかった日本の移民政策
にとっても、これは十分すぎる有効な宣伝材料だった。しかしキューバ移民に関する
かぎり、そのような人物は1人もいなかったのである。このことは、日本におけるキ
ューバ移民のイメージを決定的に弱めている。

キューバ移民は、つねに歴史のうねりに翻弄されつづけてきた人びとであったと言え
る。その最も大きなうねりが、戦争と革命だったと言えるだろう。


■波多野 哲朗(はたの・てつろう)
映画の制作を続けながら、同時にこのようなレポートを書いていくことの辛さがだん
だんつのってきて、もうすぐ分裂症になりそう。予想はしていたものの、映像を編む
ことと、文章を書くこととの落差をあらためて痛感する。


     ◇────────────────────────◆◇◆    


■投稿コーナー「クチコミ200字評!」 第19回
■提案者:清水浩之(ゆふいん文化・記録映画祭)

「オススメの作品を200字以内の短評で紹介してください!」というコーナーです。
映画・ビデオ・テレビなど皆さんがノンフィクションだと思う作品だったらなんでも
OK!「知られざる傑作」を発掘したり、おなじみの名作の今までにない見方を指摘し
たり…もちろん「オススメしない映画とその理由!」も歓迎です。

200字以内の本文とは別に「あなたのお名前(ペンネーム可)/掲載確認のご連絡先
(メールアドレスor電話)/題名/制作年/監督/見た場所」を付記して清水まで
お送りください。(あなたのプロフィールや近況もご紹介いただけると有難いです)
清水浩之 → E-mail: shimizu@ad-ult.co.jp /ファクス:03-3703-0839

A-030『自転車でいこう』
2003年・モンタージュ/監督:杉本信昭  http://www.montage.co.jp/jitensya/ 
見た場所:阿倍野区民センター「阿倍野ヒューマンドキュメンタリー映画祭」
 http://www.abeno-hdff.jp/ 

この映画の舞台となる生野区は、“コミュニティ”という言葉に実体を感じさせる土
地として描かれている。この“コミュニティ”という言葉を実体あるものにしている
のが、あのたこ焼き屋のおばちゃんであり、自転車屋のおじさんである。おじさんが
過去に作った自転車の写真を見せながら語る姿の、実に魅力的なこと。
(脇阪亮/大阪/34歳/行政書士兼ファイナンシャル・プランナー)


A-031『花はんめ』
2004年・「花はんめ」製作・上映委員会/監督:金聖雄 http://www.hanahanme.com/
見た場所:阿倍野区民センター「阿倍野ヒューマンドキュメンタリー映画祭」

被写体となっているはんめたちの身体に刻まれた記憶そのものに歴史を語らせたド
キュメンタリー。わざわざ説明しなくても被写体となっているはんめたちの身体その
ものが歴史である。
(脇阪亮/大阪/34歳/行政書士兼ファイナンシャル・プランナー)


A-032『ジム』
2003年・「ジム」製作・上映委員会/監督:山本起也
 http://www5d.biglobe.ne.jp/~kotatsuy/ 
見た場所:阿倍野区民センター「阿倍野ヒューマンドキュメンタリー映画祭」

ボクシングという“魔”に魅入られた男たちを描いたドキュメンタリー。クライマッ
クスの矢原隆史の再起戦を、かつて同じ北澤ジムに所属していた元ボクサーたちが見
にくる。矢原の試合の模様と、それを見守る元ボクサーたちやジム会長の北澤鈴春の
様子を交錯させたモンタージュがうまい。
(脇阪亮/大阪/34歳/行政書士兼ファイナンシャル・プランナー)


A-033『華氏911』
2004年・アメリカ/監督:マイケル・ムーア  http://www.kashi911.com/ 
見た場所:新世界動物園前シネフェスタ4

この映画は、単なる反ブッシュ・キャンペーン映画ではない。この映画は、現代アメ
リカの階級構造と戦争政策の密接な関係を示した映画である。怖いことだが、経済不
況下における階級分化と軍事化という昨今の日本の状況は、このアメリカに似てきて
いる。日本の状況がアメリカの状況に似てきているということは、グローバリゼーシ
ョンの進展のためか?「反戦運動」などは、ある一定の階級以上による贅沢品に過ぎ
ないのではないか?とふと思い、余計に怖くなる。
(脇阪亮/大阪/34歳/行政書士兼ファイナンシャル・プランナー)


B-061『ガチャピン チャレンジ★シリーズ』
2003-2004年・フジテレビKIDS/出演:ガチャピン、ムック、チビミミ
DVD(2巻)販売元:ポニーキャニオン http://www.ponycanyon.co.jp/ 

長寿番組『ポンキッキ』の人気キャラ・ガチャピン(恐竜の子供・5歳)が様々なス
ポーツにチャレンジ。TVで観たことある人はご存じの通り、モトクロス、スキューバ
ダイビングなど難しそうな競技をあくまでも真剣にやりこなす「緑色の着ぐるみ」は
インパクトあります。デカ頭体型にもめげずスキージャンプに挑み、ついに美しいフ
ォームで飛ぶ姿は、実写だからこそ子供心に勇気を与えてくれます。がんばれ!ガチ
ャピン(の中の人)!
(清水浩之/東京/37歳/「中の人などいない!」と思っている方、ごめんなさい)


今回は大阪の脇阪さんからクチコミ4連発でした。ガチャピン同様にマイケル・ムー
アの中に入ってる人も暑いでしょうが頑張ってください…え、中の人などいない?
失礼しました。ではまた次号!


     ◇────────────────────────◆◇◆    


■上映

●毎週日曜深夜は、日本映画専門チャンネル“ドキュメンタリー傑作選”

CSスカパー!&スカパー!2と全国のケーブルTVでお楽しみいただける日本映画専門
チャンネルでは、岩波映画の映像作家からCCDビデオカメラ世代の新映像作家まで、
時代と人間の真実を描いた秀作を特集し、ドキュメンタリーの魅力を検証します。

<9月放送作品>
9月19日(日) よる11時30分
『花子』(監督:佐藤真、2001年・カラー) TV初
 9月26日(日) 深夜1時
『シベリヤ人の世界』(監督:土本典昭、1968年・モノクロ)
<10月放送作品>
10月3日(日) よる11時
『わが愛北海道』(監督:黒木和雄 ナレーター:木村功、1962年・カラー)TV初

詳細は公式サイトからどうぞ!
 http://www.nihon-eiga.com/documentary 


●『イゴロットのメリーゴーランド』有料試写会のお知らせ(東京)

2003年5月から、いよいよアジアで最大級、世界でも有数の水力発電、多目的ダムサ
ンロケダム(フィリピン)の本格操業が始まりました。
このダムは、日本の国際協力銀行が総事業費11.9億ドル(約126億円)内6割近い約7
億ドル(約756億円)も融資しています。その中核であるサンロケパワー社は、丸紅
42.5%、関西電力7.5%が出資する「日系企業」で、私達日本人にとっても全く無
関係とは言えません。
『イゴロットのメリーゴーランド』は、山の人々(特にバギオの住民)の日常生活を
繰り交えながら、サンロケダムプロジェクト関係者やその事業により影響を受ける
人々のインタビュー証言を基本構成とした映像作品で、私達日本における大規模公共
事業にも共通する「開発と環境の保全」という世界的な避けることの出来ない「今日
的な間題」を考えるヒントを提出していると信じています。(監督:古野克己)

期日:9月22日(水)開場PM6:00、 開演PM6:30〜9:45
上映前にメインテーマ曲(歌:野木啓太、ピアノ:市花真弓)のライブを予定。
会場:中野ZERO視聴覚ホール(本館)
    〒164-0001東京都中野区中野2-9-7 Tel:03-5340-5000(代)
    (JR又は地下鉄東西線の中野駅南口から徒歩8分)
料金:当日1200円  前売り900円

問い合わせ:やぽねしあ・らんど047-359-4555
Eメール: yaponesia@jupiter.livedoor.com 


●京都 ドキュメンタリー・フィルム・ライブラリー 9月の上映会

『S21 クメール・ルージュの虐殺者たち』(監督・脚本:リティー・パニュ、2002年
/フランス/カラー/ビデオ/カンボジア語/101分)、山形国際ドキュメンタリー
映画祭2003コンペティション優秀賞受賞

 作品情報:
 http://www.city.yamagata.yamagata.jp/yidff/2003/cat015/03c027.html 

拷問・処刑施設「S21収容所」(現ツールストン虐殺博物館)に、かつての囚人と看守
たちがカメラの前に集められた。
クメール・ルージュとは?
1975年4月のプノンペン陥落、ロン・ノル軍事独裁政権崩壊の後、全権を握った左派
ポル・ポト一派が革命の名の下に行った「処刑と洗脳の恐怖支配」体制を言う。78年
の壊滅まで続けられた。かつての政治犯収容所「S21」では、1万7千もの囚人が拷問
や尋問を受け、処刑された。生き残っているのはたった3人である。加害者と被害者
がその場所に集められ、非人間的で過酷な日々を再現していく。証言で明らかになる
真実の数々、対峙する二人のやりとりの迫真性が25年という時を超える。カンボジア
生まれである監督の、故国への想いが静かに脈打つ。

上映:9月25日(土)14:00上映/ 18:00上映
料金:一般 1,000円、ドフィル会員 700円
会場:「ひと・まち交流館 京都」第1・2会議室(河原町五条下る東側)
   (京阪「五条」駅下車徒歩8分 地下鉄烏丸線「五条」駅下車徒歩10分
   JR京都駅から市バス17,205号系統「河原町正面」下車 約5分)
   TEL:075-354-8711  FAX:075-354-8712
地図: http://www.hitomachi-kyoto.jp/access.html 

主催・問い合わせ:ドキュメンタリー・フィルム・ライブラリー
TEL&FAX:075-344-2371 E-mail: dofil87@infoseek.jp 
URI: http://dofil87.hp.infoseek.co.jp/ 



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┃06┃■編集後記 伏屋 博雄(ふせや・ひろお)
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●今回の大津さんの論考は、主に土本さんにスタンスを置いて語られている。そこで、
小川さんとは違うベクトルで映画がイメージされていることを明らかにしている。

この指摘によって私が思いつくのは、例えば、土本さんの仕事部屋の本棚にある夥し
い新聞の切抜きである。「水俣関係」を初め、「アフガン関係」等の膨大なファイル
が何冊も並んでいる。関心あるテーマに沿って、土本さんは何十年とわたってファイ
ルされてこられたのである。一時はそれが2000冊を越えたという。学生時代はジャー
ナリスト志望だった土本さんは、日頃から記録性を大事にしておられ、今も2時間を
かけて隅から隅まで丹念に読み込み、そうした蓄積を踏まえた上で、現場で撮影した
映像や音を点検し、つまり、映像に向き合い作品を組み立てていく。そこには発見が
ある。

一方、小川さんは大変な読書家だった。例えば、『日本解放戦線 三里塚』の時は、
数ヶ月撮影現場に行かず、部屋に閉じ篭り、終日読書に時間を割いていた。今からし
て思うのは、あの時小川は自らにフィットする三里塚のイメージを求めて、三里塚の
基底に触れる感触を得ようと、のた打ち回っていたような気がする。以後も物凄いス
ピードで、歴史書、農書、文献など膨大な数をこなしていった。アルヒーフのレコー
ドを買い漁ったのも、そんな表れではなかったか。自らのイメージを大事に育てて、
映像を組み立てていく小川さんの方法。.

ふたりの対局するドキュメンタリーの方法を巡って、次回からは、質問形式で、大津
さんの講演は、ますます熱を帯びてくる。

●高橋晶子さんの、パリで行われた「エトランジュ映画祭」を読んで、我が意を得た。
それは、この映画祭が制作したものの公開されない作品をすくい上げる場として機能
していることという点にある。ドキュメンタリーの場合、わずかな期間しか上映され
ない場合が圧倒的に多い。つい見逃してしまうことも頻繁にある。これは作り手にと
っても、観客にとっても残念なこと。私たちがドキュメンタリーを特化してneoneo坐
を立ち上げた動機もここにあるので、とても共感できる。ましてや、芸術派の作品し
か上映されない映画祭が多いなかで、こうした映画祭がなければ、石井輝男の作品な
ぞ上映されなかったことだろう。映画の多様性を追及する貴重な映画祭だと思う。

●澄川嘉彦さんが、かってNHKの仙台支局のディレクターだった頃、山形県牧野に小
川紳介と小川プロを取材しに来られたことがある。その後退職し、岩手県の山奥に居
を移し、このたび『タイマグラばあちゃん』を完成した。

今回の原稿で、かってNHKで撮った時と、実際その現場で生活者として住み着くよう
になり対象に向き合った時では、同じ対象であるにも拘わらず、まるで撮り手と対象
との関係や距離が違ってきたことを指摘している。とても面白い指摘であるから、ぜ
ひ読んで欲しいと思う。

厳しい風土で、自ら水を確保しなければならないほど、開拓地での生活は、並みのも
のではない。今後しばらくは、新作を担いで上映が続くと思うが、ぜひ頑張って頂き
たい。10月下旬から東京・東中野の「ポレポレ東中野」での公開が始まるそうだ。



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■責任編集 伏屋博雄
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創刊日:2003-09-01  
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