ドキュメンタリー映画の最前線メールマガジン neoneo Vol.15 2004.6.15
発行日:6/15
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┃n┣━┫o┣━┫e┣━┓ ★ドキュメンタリー映画の最前線メールマガジン
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┗━┛ ☆━┛ ┗━☆ 15号 2004.6.15
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†01 日本のドキュメンタリー映画のかたち
写真の印象と新しい世代(1) 細見 葉介
†02 自作を解剖する
『無翼の朝と夜』 山崎 幹夫
†03 ワールドワイドNOW ≪ソウル発≫
第5回全州国際映画祭の報告
−ATG映画特集とキューバ映画特集 チョン・スワン
†04 ドキュメンタリー時評
“踏み越えるキャメラ”を踏み越える?
〜『ゆきゆきて、ゆきゆきて… 原一男』反省記 水原 文人
†05 ドキュメンタルな人々 続・幻のフィルムを求めて(6)
幻のアニメーション 安井 喜雄
†06 neoneo坐通信(2)
忘れ得ぬ言葉 金井 勝
6月上映:「金井勝のスーパードキュメンタリー!」上映告知
†07 広場
投稿:『Cuba/Okinawa サルサとチャンプルー』(5)
混合的環境を生きた人びと 波多野 哲朗
投稿コーナー「クチコミ200字評!」(14)提案者:清水 浩之
†08 編集後記 伏屋 博雄
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┃01┃□日本のドキュメンタリー映画のかたち
┃ ┃■写真の印象と新しい世代(1)
┃ ┃■細見 葉介
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●はじめに
私は映像に興味を持つ以前、高校生時代の数年ほど、写真の撮影と現像に没頭した時
期があった。変わり行く風物を、記憶よりも確かなものによって保存したいという意
識に駆り立てられ、見境なくシャッターを切っていた。偶然に高校の広報ビデオの制
作を任されたことによって、そして自分よりもポジティブで整然とした写真を撮る友
人の出現によって、関心はやがて映像へ、そしてノンフィクション映像へと移ってい
くのだが、当時培われた写真への意識は、今なお動く映像を鑑賞・制作する上でも極
めて濃度の高いフィルター
をかけている。
写真と映画の表現をめぐる諸相については、多くの書物で論じられているが、ここで
は、私がドキュメンタリーを鑑賞する上で感じてきた今日の写真と映画との関係につ
いての簡単な感想を、最初からビデオが日常の中にあった世代特有の環境とともにま
とめてみたい。
●写真家のドキュメンタリー
2000年以降、写真家を取り上げるドキュメンタリーが多く登場するようになった。写
真家のドキュメンタリーに絞って特集上映する映画館もあったほどで、ブームに近い
趣も感じられる。36歳で夭折した写真家・牛腸茂雄を独自のイメージで切り取った
『SELF AND OTHERS』(2000)が先陣を切り、現在なお高い人気を得る森山大道の日
常を追った『≒森山大道』(2001)、カンボジアで戦死した戦場カメラマン・一ノ瀬
泰造の足跡をたどる
『TAIZO』(2003)などが続いた。つい最近でも、一度記憶の大部分を失ってしまっ
た中平卓馬のユニークな日常を紹介する『きわめてよいふうけい』(2004)が公開さ
れた。また海外でも、伝説的な戦場カメラマンのロバート・キャパの生涯を証言から
構成して再検討する『CAPA in Love & War』(2002、アメリカ)がある。いくつか
の館で観て回ったが、首から一眼レフのカメラを下げた私と同年代の観客の姿も目立
った。
上記の作品のうち、フイルムによって撮影されているのは『SELF AND OTHERS』と
『きわめてよいふうけい』である。他の作品はビデオが用いられており、国内の二作
品は小型のデジタルビデオカメラによる機動性が生かされ、伝説的なイメージに装飾
されがちな写真家を、観客により近い存在とさせることに成功している。特に『≒森
山大道』では、森山氏が小さなデジタルのスチルカメラに初めて触れ、その気軽さを
気に入ってしまう場面があるが、これには軽快な家庭用ビデオが必須だった。若い世
代からも人気を得て広く知られている写真家の、現在形での進化を感じるためには、
手持ちのカメラでなければならなかったし、森山氏が子供のように撮りまくるデジタ
ルのスチール写真は、モノクロームの重厚な作品群とは異なり、デジタルビデオの中
にあって違和感なく吸収されている。.
こうした作品の登場は、単なるブームではなく、一人前の人格として写真というメデ
ィアに対峙できるだけのドキュメンタリー映画の成熟・独立を示しているように思え
た。映画は写真技術の発展により生まれたものであり、写真というメディアは性質上
映画と似通った部分が多く、身内のスタッフを映しているような意識もつきものであ
る。それが端的に現れているのは森山大道氏や中平卓馬氏が、スチールカメラをドキ
ュメンタリーのカメラに向けた場面であり、相対する二つのレンズが同様に欲に満ち
たものであることを知るのである。しかし長い間、ドキュメンタリーはこのスチール
カメラの目に対峙することを恐れてきたようにも思う。
かつてのNHK特集で、実験的な試みとして『山口百恵 激写/篠山紀信』(1979)と
いう異色のドキュメンタリーがあった。NHKアーカイブスにて再放送されたのを偶然
に観たのだが、真っ赤なタイトルから始まり、人気絶頂にあったアイドルを全編にわ
たって写真のみで構成し、動く映像を一切使わないという作品だった。しかし、そも
そもの主題にも起因するだろうが、センセーショナルな写真に対して、ドキュメンタ
リーというメディアはまだ従属する立場にあった。単に写真の列挙という範疇を超え
ず、コラボレーションと呼ぶにはぎこちなく、観た時に歯がゆさを感じたのを覚えて
いる。まだ写真は、映像の中にあってはある種の絶対的な優位性を持っていたように
思う。
しかし近年登場した写真家ものの作品群は、ドキュメンタリーという映画が、ついに
スチールに正面から向かう意志を持ったという心地よい進歩の表明である。それらの
作品群に対面した時、動く映像と静止した写真の関係を考えなければなるまい。それ
らの中でも、特に佐藤真監督の『SELF AND OTHERS』は、重要な位置にある作品であ
る。なぜなら、それを観た時、写真に対する挑戦的な意思表示を感じたからだ。
(つづく)
■細見 葉介(ほそみ・ようすけ)
1983年生まれ。高校時代より自主映画を撮り始める。横浜市立大学で日本近現代史を
専攻、日本におけるノンフィクション映像の歴史を研究しているほか、自主上映のボ
ランティア、映像サークルの代表なども務めている。2003年より、ドキュメンタリー
映画を紹介するホームページ「港北映画研究所」
http://documentfilm.at.infoseek.co.jp/ を開設。
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┃02┃□自作を解剖する
┃ ┃■『無翼の朝と夜』
┃ ┃■山崎 幹夫
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8ミリ映画『無翼の朝と夜』には物語がない。登場人物もない。コトバもない。ただ
ひたすら街を徘徊し、何の変哲もない風景を切り取って並べただけの「映像垂れ流し
的お散歩映画」だ。それなのに70分もある。
きっかけは2つあった。ひとつは自分の作品で『猫夜』(1992年/8ミリ/80分)とい
う映画。この作品のなかで私はふたりの人間に8ミリカメラを渡し、作者である私が
入り込めない「彼ら彼女らの日常」を撮ってもらった。ふたりのうちのひとり、大手
企業で営業のサラリーマン稼業をしている神岡は、しばらくするうちに撮っているこ
とが苦痛になったと訴え、そのコンセプトから降りてしまう。『猫夜』のなかでは神
岡が最後に撮ったロールを紹介しているのだが、それは彼が住む街の何の変哲もない
風景だ。夕暮れ時の八百屋の店先。路上の焼き鳥屋台で膝に飼い犬を乗せている女性。
路地の向こうを通り過ぎる猫。商店街の一番端の誰も人がいない空間。これらの風景
がひどく心にしみ込んだ。うまく説明できないが、とにかく「ぐっときた」ので、神
岡の撮ったこのロールは作品内に採用したのだった。
もうひとつのきっかけは原將人+金子ともかず+小沼亮子の『ロードムービー家の
夏』(1997年/8ミリ&16ミリ&ビデオ/約180分)だ。これは山形国際ドキュメンタ
リー映画祭1997でもライブ上映されたので、御覧になった人も多いだろう。このなか
で金子ともかず君の撮った最後の映像が『猫夜』の神岡の撮った映像と同じように
「説明できないけど、ひどくじ〜んとした」のだった。モノトーンの、どこの街とも
知れぬ風景をたんたんと撮ったものだったと記憶する。
この両者に共通するのは、神岡にしても金子ともかず君にしても映像表現者としての
キャリアがほとんどないということ。さらに言えば「俺は映像でもって何かを表現し
てやるんだもんねー」という意識も薄いということだ。そして両者ともどういうわけ
か大きなコンセプトのなかに巻き込まれ、多少なりとも苦悩しているということ。
すなわち、この「感触」を自分の手でつくり出すためには、自分のそこそこに長いキ
ャリアが邪魔になるようだ。そこでいくつかの作戦を考えてみた。まず、8ミリ映画
であることを前提に考えると、自分が使ったことのないフィルムを採用すればいい。
そうすれば発色が予想できないからだ。幸いなことにコダックの出しているエクタ
ローム7240は、その昔使ったことのあるエクタクローム160とは異なるフィルムだ。
カメラもいつもの多機能なものではなく、中古カメラ屋でタダでもらったキヤノン
518を使うことにした。
そうして街へ出る。カメラを回すのは、自分と街とのあいだに何かあいまいなものが
生じてきた時だ。亀裂に足を踏み込んだ時、とか、自分と街のあいだにあるものがち
ょっと剥がれて、溶けあっているような時、などと表現してもいいだろう。元気では
ダメで、疲れていてもダメ。一日のうちでまったくその瞬間が訪れないこともある。
気持ちに何かかひっかかり、カメラを回そうとする衝動がこみあげてくる。この時、
何がその気持ちを引き起こしたのかが明らかな場合は、カメラを回さない。具体的に
指摘はできないのに、どういうわけか心がふるえてくる、そういう時に限ってカメラ
を回した(とは言うものの、けっこう例外はあったけれど)。.
さて、そんなふうに暗闇で刀を振り回すような撮影を続けてみたが、ひとつ重大な問
題があることに気づいた。どこで終わりにしたらいいのか、ということだ。オチはな
しってことでひとつ勘弁だとしても、最後に着地する場所ぐらいは明らかにしなくて
は失礼じゃないだろうか。そう思いながらも、この作品に限っては無限に落ち続ける
(あるいは上昇し続ける)という感じで終わるべきではないかという気持ちが強くな
ってきて、実際、用意したフィルムが尽きたところでそのまま終わらせることにした。
『無翼の朝と夜』と名づけて上映したこの作品は、自己卑下して言えば「映像垂れ流
し的お散歩映画」だ。つくり上げるまでの過程は上記のように説明できても、そこで
産み出されたものがなにものなのかは説明できない。.
ただひとつ言えるのは、夢を記述する作業によく似ていたということだ。目が覚めて
すぐ、それまで見ていた夢のイメージが、釣ったばかりの魚のようにピチピチとはね
ている。しかし乾いた砂が両手の指のあいだからサラサラとこぼれ落ちるように、急
速に夢のイメージはひからびていってしまう。とすれば、この作品はこれまでの自分
のつくってきた映画のなかで、もっとも「夢を紡ぎ出す装置」に近いものなのかもし
れない。
☆『無翼の朝と夜』:2004年/8ミリ/70分/撮影・編集・音楽 山崎幹夫
■山崎 幹夫(やまざき・みきお)
1月に自主製作映画をこれから始めようとする若い人のためのノウハウ本『映画を楽
しくつくる本』をワイズ出版より上梓。4月より早稲田大学第二文学部で「映像ワー
クショップ」の授業を受け持っている。6月に都内2か所で上映会がおこなわれる
「パーソナルフォーカス2003」にて『8ミリシューターDQNオヤヂ』が東京初上映。
これはドタバタ映画です。日時場所はHP「ムエン通信」を。
http://www.ne.jp/asahi/muen/press/
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┃03┃□ワールドワイドNOW ≪ソウル発≫
┃ ┃■第5回全州国際映画祭の報告−ATG映画特集とキューバ映画特集
┃ ┃■チョン・スワン
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第5回全州国際映画祭が去る4月23日から5月2日まで十日間韓国の全州(チョンジュ)
で行われた。「自由.独立.コミュニケーション」をスローガンに、これまでも世界
のインディペンデント映画、低予算映画、実験映画、ドキュメンタリー映画、芸術映
画など商業主義とは異なる多様な映画を紹介してきた全州映画祭だが、今年も映画際
のスローガンにふさわしい二つの特集−ATG映画特集とキューバ映画特集が行われ、
好評のうちに終幕した。日本インディペンデント映画の発達に欠かせないATG映画と、
革命をテーマとするキューバ映画が韓国で初公開される意義ある企画が行われた。
まず、ATG特集は、現在日本の代表的なインディペンデント映画を製作する「ぴあ」、
イメージフォーラム、イメージリングス、Planet Studio plus one,などが推薦する
日本のインディペンデント映画が紹介され、その流れを提示した。具体的にはATG作
品11本を含め、計35本が上映された。韓国の国際映画祭でこれまで様々な形で紹介さ
れてきたが、これだけ多数の日本のインディペンデント映画が一挙に紹介された事は
なかった。
ATG関連では配給のみに関わった作品を除いて、ATG製作による作品を中心に紹介した。
大島渚の『忍者武芸帳』から石井聡亙の『逆噴射家族』まで大よそATG前半期に属す
る作品を中心に上映され、そのオリジナリティ溢れる実験性とタブーに挑戦した表現
は、韓国の観客と映画関係者に良い意味での衝撃を与えた。このことは、最近商業映
画の発達で黄金期の途上である韓国の映画界にとって、映画の多様性を提示する契機
になったという評価が出ている。特に、同性愛を扱った松本俊夫の『薔薇の葬列』と
日本伝統芸能である文楽を用いる手法で表現した篠田正浩の『心中天網島』が注目を
集めた。さらに、初めて韓国に紹介された実験性に富む寺山修司の『田園に死す』に
関心が集まった。また、映画の上映と共に行われたシンポジウム「日本独立映画の過
去と現在」とカタログ「ATG映画の歩み」の刊行は、ATG映画の歴史を確認する契機と
もなった。
ATG映画特集とともに企画されたキューバ映画は、今まで韓国では絶対見ることが出
来なかった社会主義国の映画を初めて紹介すると言う点で意義があった。私自身、世
界映画史に残る有名なTomas Gutierrez Aleaと、Humberto Solasの作品は、映画専攻
の人たちの間に流布する質の低いビデオで見たことはあったが、フィルムでは未見だ
ったので、ワクワクする企画だった。すでに、今年のロカルノ映画祭で最近のキュー
バ映画を見る機会があったが、キューバでは過去だけではなく現在でも優れた作品が
つくられていることを再確認したのである。
今回全州では1960年代からのキューバを代表する映画から現在の若い監督に至る映画
まで計17本の劇映画、ドキュメンタリー映画、短編映画、ビデオが紹介された。つま
り、40年間のキューバ映画の歴史を辿る企画は、映画上映に合わせてキューバの二人
の監督―Fernando Perez と Daniel Diaz Torresの韓国訪問と合わせて、さらにこの
企画の意義を高めてくれたのである。
今年二つの特別映画上映の成功はこれからの全州映画祭の方向を確認するうえで、い
い機会であった。
■チョン・スワン(鄭秀婉、全州国際映画祭プログラマー)
全州国際映画祭の代表的な企画である三人三色(三人の監督に一人ずつ30分のディジ
タル映画を作ってもらう企画)には韓国のボンズノ、香港のユウ・レックワイ、日本
の石井聡亙に参加してもらった。三作それぞれ特徴がある秀作を制作し、本当に嬉し
い。既にいくつかの海外の映画祭が関心を寄せている。3人の監督にこの場を借りて
感謝の意を表したい。
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┃04┃□ドキュメンタリー映画時評
┃ ┃■“踏み越えるキャメラ”を踏み越える?
┃ ┃ 〜『ゆきゆきて、ゆきゆきて… 原一男』反省記〜
┃ ┃■水原 文人
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●2年間で長編4本をつくる
原一男監督についてのドキュメンタリーが、当初の予定から3ヶ月遅れ、製作期間8ヶ
月を経て完成してからというもの、なんだかなにもする気になれない自分がいる。
ひとつには、2年の間に長篇の規模で4作、それも『土本典昭 ニューヨークの旅』
のメインの撮影が2003年6月で、それが終わったとたんにこの原さんを撮る企画が転
がり込んで来て、一時は並行作業になって『Fragments on Amos Gitai & Alila』を
作り、と1年間で3本というペースなわけだから、やはり疲労と、どこか空っぽになっ
てしまった部分はもちろんある。
4本とも映画作家や映画作りというテーマが共通しているのだが、このテーマ、実は
それだけでは決して映画的になりようがないというのが、最初からの実感だ。近年我
々はDVDの特典映像でメイキングを見る機会が多いわけだが、それが興味深いとした
らそれは本編への興味が裏話へと向かっているからであり、伝えられる内幕の情報が
興味深いわけであり、メイキングは基本的に映画的なるものの注釈でしかあり得ない。
劇映画の撮影現場を撮影するとしよう。そこで撮った画によってその映画がどう作ら
れたのかを本当に構成できるのか−−そんなことはまずあり得ない。たとえば俳優が
どうやって自分の役柄を作り出すのかも、撮影現場で直接見えるのは脚本を読むこと
から始まるその遠大な道のりの最後の局面でしかなく、そして演技そのものを見るの
ならどう逆立ちしようが本編のために最良のアングルを選択して置かれた本編のキャ
メラに太刀打ちできるわけがないのだ。メイキングのキャメラが役者に対して本編以
上にいいアングルを見つけてしまうなら、よほどダメな映画の現場だろう。メイキン
グは結局、関係者がインタビューで語る内幕でしか構成され得ないし、そのインタビ
ューは主に言葉としての情報であり、それを語る人の人柄であるとか言葉の行間にあ
るものを映像を通して伝える映画的なインタビューが要求されているわけでもない。.
ある意味こうした、その実およそ非映画的にしかなり得ない、あるいは映画には必ず
しも向かない主題ばかりやって来た自分への疑問も、ある。
だが上記のことがらだけでは、今自分が抱えている躊躇は説明しきれない。そもそも
この作品である種の達成感があれば、この原稿は一週間前にすぐに書き上げていたは
ずだ。別に失敗作だと思っているわけでもなく、器用にまとまっているとすら思う
(技術的には今まででもっとも問題が少なかったし)のだが、どこか納得が行ってい
ないのだ。
アモス・ギタイの『ケドマ』の現場が中心の『インディペンデンス』、同監督の『ア
リラ』のメイキングである『Fragments』(この5月発売の『アリラ』のフランス版
DVD特典映像に収録)、『土本典昭 ニューヨークの旅』、そして今回の『ゆきゆき
て、ゆきゆきて… 原一男』、この4本のどれについても、本当のテーマは映画作家
とその映画作りのプロセスや映画作品そのものについてとは違うか、なにか別のテー
マを仕込んでいる。そうしなければ注釈的な情報を伝える作品にしかなりようがない、
それではつまらないと自分が考えているからだ。これは『インディペンデンス』の撮
影時から気がついていたことであり、そもそもことギタイの場合、彼がなにをやって
いて、それがどういう映画になるのか、見た目にはただひたすら混沌としている撮影
現場だけではまったく分からない。
●『インディペンデンス』について
『インディペンデンス』は90分のなかで監督のギタイ本人が10分ぶんぐらいしか登場
せず、脚本家もキャメラマンもプロデューサーも録音マンも、そしてギタイ本人も、
映画そのものについてでなく、それが描いた歴史的状況、その歴史が自分達個人に直
接関わるものであることについてばかり語っている。4本やって来て、これがいちば
んうまく行った自作だと思う。映画『ケドマ』のことを語るふりをしながら実は映画
が描いている歴史的事件の意味を、その本編とは違った視点で見せる映画に出来たか
らだ。それは現代に至る暴力と悲劇、国家、民族、国籍、国民的アイデンティティ、
理想主義的なイデオロギーとそれが現実のなかで多くの矛盾を抱えざるを得ないこと、
と言う自分にとって大きな主題でもあった。
『Fragments』は自分が撮影現場にいたわけでなく、現場で廻されていたビハインド
の映像と東京で撮ったギタイの発言を中心に構成しただけなので、現代のテルアヴィ
ヴ、そこで人々がどう暮しているのかは映像的にはほとんど見せることが出来なかっ
たが、少なくとも出演者やスタッフが映画人であると同時にイスラエルで生活してい
ること、とくにそうした文脈を自覚して生きている映画作家ギタイの思想を通して、
音楽でいえばディヴェルトメント的な軽い作品ではあるが、間接的にはなにか、今の
現実に関することが見せられたとは思う。
●『土本典昭 ニューヨークの旅』について
『土本典昭 ニューヨークの旅』もその辺りは似通っている。僕自身が撮った水俣や
アフガニスタンが写るわけではないからだ。だが題名どおり世界最大の先進国にして
世界最大の発展途上国でもあるアメリカという背景を具体的に見せられ、その風景の
なかに土本さんの発言と思想を位置づけることで現代の世界のグローバルな問題を間
接的にせよ浮かび上がらせることはある程度はできたと思う。.
この作品のなかの土本さんは主人公であり主題であると同時に、彼の視線を通してア
メリカを見て行くといういわばガイドとしての役割を構成上担っている。一方で土本
さんとその映画に接したアメリカ人の反応を通してアメリカ社会のある一面が浮かび
上がってくる仕掛けもあったのだが、テレビと、なによりも59分という長さの制約か
ら、この要素は最終的にほとんどカットせざるを得なかった−−というか、ことフラ
ハティ・セミナー参加者のうち中産階級の上レベルの白人インテリの反応の撮り方が
さすがに意地悪すぎたのだが(ラフカット段階でその部分を見たハルトムート・ビト
ムスキー監督は、「だからアメリカの白人リベラルは嫌いなんだ」と言っていた)。
●『ゆきゆきて、ゆきゆきて…原一男』について
では『ゆきゆきて、ゆきゆきて… 原一男』ではどんな“仕掛け”あるいは影のテー
マを仕組んだのか? 終戦の年に私生児として山口県に生まれ、没落しつつある炭坑
地帯で貧困のうちに育った原さんが背負っているもの、今の中産階級化した日本から
すれば想像を絶するような苦労を背負って自分を育ててくれたご母堂への原さんの思
いと、東京に出て来て映画へと進み、『さようならCP』『極私的エロス』『ゆきゆき
て、神軍』を作っていた映画監督原一男を二つの中心軸として据え、そこから日本の
戦後史についてのある種の視点を提示することは、当初から構想していた。
個としての原一男がその背負い込んだ様々なものを、原さんが昨年11月に久々に山口
に帰郷し、母の墓を訪ねる旅路にのせて伝え、それが映画作家・原一男が日本の戦後
史という時代のなかでドキュメンタリーを作って来た旅路とパラレルになるという、
ロードムーヴィーの変奏的な構成だ。原一男という個人と映画監督としての原一男を
切り離すことなく見せることができるが、ただ具体的な情報の伝え方として、テレビ
的な“分かりやすさ”からいえば複雑になり過ぎるのではという躊躇はあった。『土
本典昭 ニューヨークの旅』のときの経験もあり、文字通りパラレルにするのではな
く、疾走プロの個々の作品にひとつひとつまとめて言及して最後に山口と原一男の生
い立ちを持ってくる三部構成的なものを最初は編集した−−反省するなら、最初から
妥協していたわけだ。
結果として、この“紹介番組”的な構成−−表面的に分かりやすいぶんいささか退屈
−−ではかえって発注側のSo-netチャンネルの満足を得られず、テレビではあっても
基本的に当初狙おうとしていた構想に添った構成で作ることができた。ただ、パラレ
ルなふたつの主題的流れを行ったり来たりするモンタージュ映画の作りは、本当なら
もっといろいろなつなぎ方を試行錯誤するべきであったが、その時間がなくなってし
まっていたのは失敗だろう。二パターンしか試せなかったので、本当に今の構成が最
良なのかどうかは、自分としては不安が残っている。これから何度か、時間をおいて
見直すべきだろう。
音の仕上げ作業や最終的にベータのマスターに落とす段階で見た限りでは、意外なほ
どすんなりと、器用にまとまって見える。だがその器用さに、かえって納得が行かな
くもある。このある種冒険である構成は、本来であればなにか開かれた疑問、複雑さ、
アイロニーに結びつき、そこから様々な困難を常に抱えながら自分に「お前は全身映
画監督なんだ」と叱咤して「ゆきゆきて、ゆきゆきて…!」していく原一男像が見え
てくるはずだったのが、なんだか分かりやすいカタルシス、ハッピーエンドに見えて
しまうのだ。.
その理由のひとつは、作った側からすればあまりにはっきりしているし、観客にバレ
たとしても当然だ。原さんの最新作であり、つまり原一男的な映画の作り方からすれ
ばもっとも最近のいろいろな困難を背負い込んだ最新の体験であったであろう『また
の日の知華』への言及がほとんどないのだ。
撮影中のスナップや編集と音の作業の光景は取り込んでいるが、このドキュメンタ
リーの製作時期にはまだ公開をどういう態勢でやるのかがはっきりしていなかった事
情があって、原監督や公私にわたるパートナーである小林佐智子プロデューサーに直
接この映画について公に言及してもらうことは躊躇せざるをえなかった。当初の3月
の放映予定ではまさにその状態だったし、いろいろ問題がクリアされて公開のやり方
と時期が決定したのはごく最近、こちらの最終仕上げ作業と同時期だ。原一男がなぜ
劇映画に進出したのか、そこでどのような体験をしてドキュメンタリーとフィクショ
ンという命題についてなにを考えたのかを語ってもらうのは、今回の放映締め切りに
は間に合わなかった。.
『ゆきゆきて、神軍』で奥崎謙三に自分が元中隊長を殺害するのでその現場を撮って
ほしいと言われたことは、原一男の映画的旅路を論じる上で避けられない主題だ。
原さん自身の結論は、
・その1、結局ニューギニアで撮影したフィルムがインドネシア政府に没収された事
件の後でもう奥崎氏に会っていなかった時期に、奥崎さんが連絡もせずに事件を起こ
したので、撮るか撮らないかの話以前に、まず物理的に撮れなかった。
・その2、奥崎さんがこの事件を起こしたのは自分達が映画を作ろうとしたから、ニ
ューギニアで起きた人肉食事件を撮ろうとしたからであり、だから映画を作った自分
達にも責任がある。その結果『神軍』は映画史に残る重要な映画になったが、しかし
それに関する複雑な思いはまだ解消されていない。
この原さん自身の結論は、『ゆきゆきて、ゆきゆきて… 原一男』では最初の10分ほ
どで出している。そしてだいたい40分ぐらいのところで、この原さんの「複雑な思
い」の詳細が小林プロデューサーと助監督だった安岡卓治氏を中心に語られるのだが、
原さんの「複雑な思い」、未だ結論が出ないというしごく当然といえばまったく当然
の現時点での結論がその30分前のとっくの昔に語られている。自分の映画にとって
「原一男が複雑な思いを持っている」という結論で納得させるべきでなく、原さんが
今でも引きずっている複雑な思いを共有すべきだという考えから来ている構成なのだ
が、しかしひょっとすると堂々巡りに見えてしまう小林・安岡両氏の発言(堂々巡り
になって当たり前なのだが)を時間の制約から半分以上カットしてしまった結果、な
にか尻切れとんぼに見えるのも確かだ。.
言い訳をするなら、“テレビ的”には、「悩んだ」という表層的な情報が伝われば十
分、実は結論がない原さん自身の「複雑な思い」という言葉が結論に聞こえてしまえ
ばなおよし、でいいのかも知れない。だがテレビで見せられようがスクリーンだろう
が、現実から映像を切り取り、即時的な報道ではなくてドキュメンタリーとして時間
をかけ、その映像の構成によってなんらかの感情や心理や思想を伝えたり考えたりす
る行為はすべからく「映画」のはずだ。テレビで“テレビ的”なものが要求されるの
は、それがテレビそれ自体の特性なのではなく、単にテレビというメディアが、高度
資本主義が爛熟して保守化と表層的な社会観・人間観に走りがちな現代と言う社会性
のなかで企業的な立場を持ってしまっているが故に、番組/作品が企業的な時間割の
なかで一過性の消費物として用いられているからに過ぎない。それは24時間放送・多
チャンネル時代に入りつつある現代ではそれも問い直されつつあるはずで、こと日本
ではただ企業としてのテレビ局の態勢が必ずしも今の新しい現実に対応しきれていな
いだけのようにも思える。
本当なら、映画館や上映会場という特別な空間だけでなく、日常的に我々はもっと世
界や人間の複雑さを見せる映像に接するべきであり、ものごとを単純化してかりそめ
の結論に無自覚に納得させられるのでなく、最低限「結論がない」あるいは「結論を
出しようがない」とことの理解をもっと共有しなければならないはずであり、それが
映画や映像、とりわけノンフィクション映像の使命であるはずだ。CS放送で多チャン
ネル時代が始まったことは、テレビであっても無難で一般的に受け入れやすい内容で
はない、より複雑で、場合によっては過激なものを観客が選択できることを意味し、
テレビでもより突出した、個性的な表現や、考えさせる映画・映像への需要が高まる
はずだ。だが今はまだ、CS放送は内容的には過渡期・試行錯誤の時代でもある。
『ゆきゆきて、ゆきゆきて…原一男』では、原一男監督と、彼と不可分のパートナー、
小林佐智子プロデューサーがどんな人たちなのかは描けたとは思う。『ゆきゆきて、
神軍』のような作品からイメージされる原監督像からすれば、かなり意外かも知れな
い。最終的な、二つの主題的軸を往復する構成は、日本の戦後史という時代が作り出
した原一男という映画監督の個人とその思想をある程度は提示し、少なくとも我々の
世代(僕自身は昭和45年、『極私的エロス』に出ている原さんと武田美由紀の息子・
零さんと同い歳だ)から見れば、戦後の焼け跡の貧しさのなかで生まれ育ったことに
ついてある一定の理解を伝えるものにもなっていると思う。力量不足で「先進国と第
3世界」というテーマにどこか表層的にかすっているだけの感もある『土本典昭 ニ
ューヨークの旅』より成功した自負もある。
だがこれも時間の制約の結果とはいえ、たとえば原さんと小林さんに実は今でも奥崎
さんに尊敬や愛情があることなども抜け落ちてしまった。劇映画製作へとつながる
『全身小説家』における虚構と現実の問題や、小林さんが語る必ずしも映画には反映
できなかった井上光晴像もカットせざるを得なかったが、これは今後はもう「スー
パーヒーロー・シリーズは続けられない」という原一男の言葉により説得力を与える
はずだった。
撮影ぶんは合計で40時間ほど−−使わなかった膨大なラッシュもある。たとえば、も
し特別版のDVDの発売でもあれば、『ゆきゆきて、神軍』の意外な証言だらけのメイ
キング・ドキュメンタリーを作れる程度の素材は十分に残っている。『またの日の知
華』のメイキング班がポスト・プロダクションを撮っていないとしたら、そちらに提
供できる未使用素材もある。原さんの日本映画学校や『CINEMA塾』での指導風景は、
その要素自体を使わなかったのでまったく未使用のままだが、これは『原一男の映画
の授業』と題した教材ビデオ程度のものは作れる内容だ。ただ一応はテレビから出資
を得て製作し、作品の著作権がそこに帰属しているとき、たとえば未使用ラッシュに
ついての権利がどうなっているのかも気がかりだ。.
『ゆきゆきて、ゆきゆきて… 原一男』自体が、モンタージュ構成からして最初から
最後まで通して見ることを強要する構造を持っているし、一回見たらそれでおしまい
で済むようになっているとは思えない。例の「殺すところを撮るか撮らないか」の話
ひとつとっても、今もって結論がないという結論を最初に提示しておいて問題の細部
に入り込むことは、本来なら大きな疑問を映画として残したままになっているはずだ。
それは観客が、とくにドキュメンタリーというものに興味を持っている人々であれば、
どこかで考え続けなければならない疑問だと思う。そこを抱えて映画の前の方にさか
のぼれば、そういう社会的倫理の問題が必ずしも通用しない環境で原一男という映画
作家が生まれたことの意味、我々の市民社会的倫理が実は中産階級化した豊かな社会
にだけ通用する相対的なものに過ぎないことも浮かび上がってくるかもしれない。.
たとえば『ゆきゆきて、神軍』と併せてこれが見られるような機会を持つこともなく、
“テレビ的”なものとして企業的な文脈で消費されるものにしては、有り体に言えば
自分がいろいろ考え過ぎ、いろいろやり過ぎて、上映時間の問題も含めて結果として
極めて中途半端で曖昧なものを作ってしまった感がどうしても否めない。作品として
の『ゆきゆきて、ゆきゆきて… 原一男』の本来のあり方は、『またの日の知華』へ
の言及を追加撮影し、いくつかの抜け落ちた要素を復元した90分だと思う。暴力論と
「殺す場面を撮るか撮らないか」という話題の扱いについては、これは山口への旅と
原さんの生い立ちという第一の中心軸、映画監督としての原一男の旅路という第二の
中心軸に加えた第三の中心軸として、もっと映画全体で展開する構成をもう一度模索
すべきだとも思う。
だがこれはあくまでまずテレビ番組として放映される製作背景から言えば、かなり難
しい。作りそのものはまったくバラバラで、僕が監督した『土本典昭 ニューヨーク
の旅』と『ゆきゆきて、ゆきゆきて… 原一男』の二つだけとっても一緒に見せる必
然性が個々の作品的にはほとんどない、形式的にも内容的にも一貫性があるわけでも
ないにも関わらず、外部的・形式的には「ドキュメンタリスト」というシリーズの枠
内の番組であるというこの作品の与えられた位置づけもこれに拍車をかけている。.
撮影当初、「しょせんテレビの紹介番組だろ」と原さんにからかわれたことがあった。
当然「なにくそ」と思って、「紹介番組」にはならないものにしようと思う程度の自
我はあるし、そこを狙った原流の叱咤激励だったのだろう、と今は思う。一方で『土
本典昭 ニューヨークの旅』のときの経験もあって、どこかで「とりあえずは紹介番
組」的なものを考えてしまっている自分がいて、その葛藤が製作過程を通じてあった。
結果として「紹介番組」には終わっていないが、そこから抜けきれているわけでもな
い、中途半端によく出来た作品としてとりあえず完成したところで、その時間の制約
のなかで中途半端にまとまったものがテレビの紹介番組として一過性に消費されるだ
けで終わり、今後生かされることがまったくないかも知れない現実の前になす術がな
い。
『ゆきゆきて、ゆきゆきて… 原一男』の編集の最後のころ、並行して『インディペ
ンデンス』のテレビ放映が決まり、海外でしかやっていなかった90分の完全版に字幕
をつける作業があった。また小規模とはいえneoneo坐で初の国内上映にも立ち会って、
久々に、多分に客観的にこれを見直した。技術的には『ゆきゆきて、ゆきゆきて…原
一男』の方が進歩しているのにも関わらず、完全に自主製作で自分の企画で、自分が
語るべき個人的でもっとも重要なテーマがちりばめられ、素材と題材が要求する本来
のリズムと長さで作られているこれが、やはりいちばん出来がいい。かといってずっ
と完全に自主製作でやってしまえば経済的にまったく立ち居かなくなるし、見せる場
所を確保するのも難しい。映画を作ることだけを頭に相当な駆け足で4本作ってみて、
これから自分がどう作り手としての活動を続けて行くのか、迷わざるを得ない。
ただ今回は、10年来の友人である加藤孝信キャメラマンが、インタビュー撮影のすば
らしいキャメラワークでこと原さん、小林さんのデリケートな表情の推移を実に丁寧
に捉えてくれたことがとても大きかった。やはり10年来ぐらいになる知り合いの無声
映画ピアノ伴奏の柳下美恵さんの繊細で胸に染み入る音楽にも大いに助けられている。
初めて組んだ整音の石井勇人さんは、予算上限られた時間のなかで即座にこちらの意
図を、ディスカッションもなにもなく即座に理解して頂き、短時間のなかでは出来る
限りの音を構成していくセンスの鋭さと手際のよさには心から感服した。忘れてなら
ないのはドキュメンタリー・キャメラマン志望の演出助手兼現場でのマイク持ちの香
取勇進で、若干19歳とは思えない機転と、彼が原さんと小林さんを心から敬愛してい
たその誠意が、撮影の現場を様々な点で実にスムーズなものにしてくれた。そして無
論、原・小林夫妻も含め、ドキュメンタリー作りの環境の人間関係には、とても恵ま
れた作品だった。
『ゆきゆきて、ゆきゆきて… 原一男』:59分/DV-NTSC(撮影DV-PAL)、製作:小
西晴子、伏屋博雄、監督/編集:藤原敏史、撮影:加藤孝信、北中康雅、藤原敏史、
音楽: 柳下美恵、整音:石井勇人、音楽録音:臼井勝、演出助手:香取勇進
出演:原一男、小林佐智子、陳昌敬、鍋島淳、安岡卓治、景山理、森達也、構木久子、
西岡正巳、福岡行朗、設楽千代
製作:ソニーコミュニケーションネットワーク(株)、制作:ビジュアルトラックス、
ポスト・プロダクション:株式会社アットマーク、製作協力:疾走プロダクション
☆『ゆきゆきて、ゆきゆきて… 原一男』は、CSスカイパーフェクトTV So-netチャ
ンネル749にて、6月29日まで毎週火曜日8:00/16:00/深夜0:00 木曜日7:00/15:00/
23:00に放映。
☆『インディペンデンス アモス・ギタイの映画「ケドマ」をめぐって』放映
http://www.nihon-eiga.com/prog/104089_000.html
■水原 文人(みずはら・ふみと 藤原敏史)
次回作のアイディアには、エルサレムでなぜかペルシャ絨毯を売っているベドウィン
のお土産屋から広がるイラン系ユダヤ人やパレスティナ人の意外なネットワーク、元
自民党の野中広務氏、東京駅など、いろいろあるのだが、どれに本当にとりかかれる
かどうかはまだ分からない。強いて言えば、主な撮影は日本国外でしたい。
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┃05┃□ドキュメンタルな人々 続・幻のフィルムを求めて(6)
┃ ┃■幻のアニメーション
┃ ┃■安井 喜雄
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●日本アニメの研究が盛んになってきた
日本のアニメは大正6年(1917)に始まり、下川凹天、北山清太郎、幸内純一の3人が
活躍したとされるが、この3人の創始者のフィルムを見る機会がほとんどない。北山
清太郎の『猿蟹合戦』(1917) や幸内純一の『ちょん切れ蛇』(1930) など僅かの図版
が雑誌に載っていたり、幸内純一の『政治の倫理化』(1927) がワシントンの議会図
書館やフィルムセンターに残っている程度である。 私は昔、玩具フィルムとして販
売された北山清太郎の『太郎の兵隊・潜航艇の巻』(1918)や、幸内純一の『兵六武
者修業』(年度不詳)のコマ焼き写真を故・杉本五郎さんに頂戴したことがあったが、
これらは玩具フィルムから焼いた写真で、その元になった長尺フィルムを見る機会は
未だ訪れない。
『文福茶釜』『動物オリムピック大会』『太郎さんの汽車』など多くの教育用アニメ
を作った横浜シネマ商会の村田安司や、『孫悟空物語』『黒ニャゴ』『村祭』などの
千代紙映画で知られる大藤信郎の作品は、教育用や家庭用に流布されたので比較的残
存率が高く、見る機会が多いのは嬉しいが、『くもとちゅうりっぷ』で有名な政岡憲
三の作品は失われたものが多く、幻の作品が極めて多い。
松竹公開の本邦初トーキー・アニメ『力と女の世の中』を筆頭に『仇討ちからす』
『ギャングと踊子』『ターチャンの海底旅行』『森の妖精』など、未見の作品が多す
ぎる。その他の作家のものでは、思いつくままに挙げると、検挙された木村白山のポ
ルノ・アニメ『すゞみ船』、雑誌広告に図版があるのみで実際に存在したのか疑問が
残る同じ木村のSFアニメ『三角の世界』、プロキノ(日本プロレタリア映画同盟)に
よる『アジ太プロ吉消費組合の巻』『奴隷戦争』などなど。見たいけどどうにもなら
ない作品が多いのは困ったものだ。
なぜアニメにこだわるかと言うと、1977年に「日本アニメーション映画史」という本
を編集したからである。その当時のことを思い出すと、その経緯は次のようになる。
大阪の出版社、有文社の山下誠さんが訪ねてきて「映画関係の本を出したいので何か
ないか」と言ってきたのだった。その当時、森卓也著「アニメーション入門」があっ
たものの、日本のアニメを概観した書籍が皆無だったので、雑誌「映画評論」に山口
且訓(現・山口旦訓、宝くじ評論家)が卒論を元に(1967年12月から1969年2月ま
で)連載を続けていたものを単行本にしたら面白いのでは?と提言した。しかし、そ
れでは単行本としては量的に不足で、最近の作品について言及していないので書き足
す必要があった。アニメ・フィルムの会(略称・AFG)のメンバーで、アニメに詳し
い渡辺泰さんに相談し、戦前は山口さん、戦後は渡辺さんに作業を分担、原稿は全て
新たに書き直すことで話はトントン拍子に進んだ。文章だけではつまらないと思い、
それまでに作られたアニメの完全リストの作成を目指した。
この資料収集にほぼ1年間費やした。私と渡部さんの完璧主義のため時間がかかった。
幸いにして渡部さんは、劇場等で見たアニメ映画のほぼ全てを写真機でスナップ撮影
していたので、その写真から基本の情報を得た。そこに漏れていた作品は、実際のフ
ィルムを映画会社から取り寄せて試写し、フィルム上に記載されたスタッフ名などを
漏らさず記載することにした。フィルムコレクターにも呼びかけ、古いアニメは片っ
端から購入した。現在ならビデオやDVDに頼ることができるが、その当時はなかった
ので致し方ない。リストの監修は、日本最大のフィルム・コレクターでもあり自身で
も個人アニメを作っておられた杉本五郎さんにお願いした。杉本さんは、自分の所有
する作品や当時は復刻版のなかった検閲時報を丹念に調べて詳細な報告を送ってこら
れた。
現在は大変高額になった写真や図版の使用料も、当時は許諾を求めれば簡単にOK(無
料で)が貰えたので大量の写真を使用した。東映動画の今田智憲社長から許諾をいた
だいたり、さまざまな作家から多くの写真を送っていただいた。手塚治虫さんもたい
へん協力的で、序文を頂戴した。日陰の存在だったアニメに焦点を当てた本だったの
で、みんなから好意的な協力が得られたものと推測できる。この本は『宇宙戦艦ヤマ
ト』までの作品を網羅したが、日陰の存在だった日本のアニメにスポットをあてたの
と、その後アニメが興行的にも成功するなどアニメブームが起こったため、3刷り1万
部を印刷して喜んだ。しかしその後、出版社が倒産して再販されないままになってい
る。
あれからおよそ27年、最近どうした訳か、古い日本アニメの研究が盛んになってきた
ようだ。日本アニメーション協会・歴史部会の秋野嘉郎、小松沢甫、野中和隆らの地
道な研究はもとより、日本アニメーション学会のメンバーでNTT出版から「日本アニ
メーションの力」を出した津堅信之や、ノースイースタン大学助教授で漫画とアニメ
を研究する岡本玲(岡本さんは議会図書館やフィルムセンターなども廻り、古いアニ
メを見まくっているとか)など、私の知る範囲だけでも多くの方々が実に熱心に取り
組んでいる。
しかし、日本アニメの歴史には未解明の部分も多い。例えば『赤垣源蔵徳利の別れ』
『ノンキなトウサン竜宮参り』『三角の世界』『すずみ船』の木村白山はその名は有
名だが、出身地や生年も没年も不明で謎のままである。荒井和五郎の没年は、大阪ヨ
ーロッパ映画祭に訪れた木下蓮三が葬式に行ったというので判明したが、新聞にも載
らないので情報が行き渡らない。大阪で大阪映画という会社をやっていた木村角山に
『魔法のペン』のフィルムを求められ複製してお渡ししたことがあったが、いつの間
にか亡くなられ没年が定かでない。マキノ映画のカメラマンとしても有名なのに、こ
れも新聞に載らなかった。それほどアニメ作家の評価は一般的に低いようだ。不明部
分の解明のために、研究者のやるべきことは山積している。.
この夏、幸いにして国立近代美術館フィルムセンターで日本アニメの大特集が企画さ
れているようだ。また、アニドウ(アニメーション同好会)企画による展示会と上映
が東京都現代美術館で行われるそうだ。前者には私どものフィルムも含まれる予定だ
し、後者には他では見られない珍しい作品が出て来るかもしれないとの噂もある。こ
の夏は、日本アニメを大量に見ることのできる希少な機会である。悔いを残さないた
めに、お見逃し無きよう。また、映像文化製作者連盟設立50周年記念企画として紀伊
国屋書店から古いアニメを集めた「日本アートアニメーション映画選集」DVD全12巻
が発売され、売れ行き好調と聞く。日本のアニメを見る機会はますます増える傾向に
あり、大変喜ばしい。
日本のアニメが外国のアニメに比べて面白いのは、そのメタモルフォーゼにある。そ
の原作に、お伽話や狸や狐、化け物などが多いからであろう。狸が茶釜に化けたり、
お化けがいろんな物体に変化するなど、一定のキャラクターが人間のように活躍する
外国のアニメとは完全に異質なのである。『千と千尋の神隠し』が評価されたのも、
宮崎駿がこの日本アニメの伝統と長所をうまく活かしたからではないだろうかと勝手
に想像している。.
■安井 喜雄(やすい・よしお)
彭小蓮監督の『上海家族』を劇場に見に行った。感動させる内容であったが、客の入
り盛況でなく残念。画面終わりで音声も切れて最後の音楽の余韻がなかったので、劇
場に文句を言った。観客も映画館も熱意なし。一体どうなっとるんでしょう? その
彭監督が『満山紅柿』の中国語字幕入りビデオが欲しいというので、初めてノンリニ
ア編集機で字幕付け作業を行った。中国語フォントの問題で苦労したが、なんとか完
成。長時間編集宅の前に座っていると眼がチカチカしてきて、身体に悪い機械だと実
感。
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┃06┃□neoneo坐通信(2)
┃ ┃■忘れ得ぬ言葉
┃ ┃■金井 勝
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60年代にある新鋭監督が「全く新しい内容のものを、全く新しい方法論で作らなけれ
ば映画として認めない。自己模倣も許さない!」といいました。まだ20代であったぼ
くにとってその言葉は鮮烈で、脳裏に深い痕跡を残しています。
しばしば「あなたにとって映画とは何か!?」という質問を受けますが、「映画は子
どものようなもので、作者が母親だとすると、父親はその(時代)だ」とこたえてき
ました。これまでにない作品を作ろうとしても、間違いなく作者はその時代に生きて
いるのだから、無意識のうちに時代の欲求に身体を開いているのだと思います。
さて、今回neoneo坐で上映される我が子どもたちは、『時が乱吹く』(91)、『聖な
る劇場』(98)、『スーパードキュメンタリー 前衛仙術』(03)で、みなぼくの50
歳以降のものですが、あの監督の言葉は忘れてはおらず、その「新しい内容と方法
論」が、観客の魂と触れ得る力と信じて作りました。
●6月上映:「金井勝のスーパードキュメンタリー!」上映迫る
☆6/26(土)
(1)プロ15:00-
『歌・句・詩シネマ『時が乱吹く』(1991年、16ミリ、1時間4分)
短歌篇『夢走る』、俳句篇『一本勝負の螽斯』、詩篇『ジョーの詩が聴える』に幕間
2景を挟んで完成させた、映像詩人・城之内元晴への追悼作品。しかしただの追悼映
画ではござんせんよ !
(2)プロ16:30-
『聖なる劇場』(1998年、VTR、34分)
舞台づくりと、小鳥や魚、昆虫など、脇役たちのパフォーマンスの瞬間を撮るのに
6年の歳月を費やした作品―その脇役たちを従え、黄泉の国の住人たちが競演を繰り
広げる。
『スーパードキュメンタリー 前衛仙術』(2003年、VTR、33分)
オーバーハウゼン国際短篇映画祭・国際批評家連盟賞受賞(2004年)。映像作家・金
井勝が自分の中に棲む〈別人〉勝丸をドキュメント。前衛仙術なるものを編出した勝
丸は次々と奇跡を起こすが、それは決して絵空事ではないミラクル――他に類例のな
い怪作にして快作!
17:40- 金井勝監督のトーク(終了後、交流会)
☆6/27(日)
(1)プロ 15:00-
『歌・句・詩シネマ『時が乱吹く』(1991年、16ミリ、1時間4分)
16:10- 金井勝監督トーク
(2)プロ17:00-
『聖なる劇場』(1998年、VTR、34分)
『スーパードキュメンタリー 前衛仙術』(2003年、VTR、33分)
(終了後、交流会)
料金:1プログラム:当日1500円/会員1000円(入会金:2000円、1年間有効。
当日加入できます。)
交流会は誰でも参加できます。
☆neoneo 坐サイト:
http://www014.upp.so-net.ne.jp/kato_takanobu/neoneoza/index.html
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┃07┃□広場
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□投稿:『Cuba/Okinawa サルサとチャンプルー』(5)
■混合的環境を生きた人びと
■波多野 哲朗
●驚きの連続
納骨のためにキューバから一時帰国したはずの上間清(以下敬称略)が、3年を過ぎ
てもまだ沖縄にとどまっていると知ったのは昨2003年の夏のことである。もうとっく
に滞在ビザは切れているはずなのに…と驚いて、私たちはふたたび沖縄へと飛んだ。
行ってみると、上間清・照子夫妻は、瀬底島ならぬ沖縄市のちいさなアパートにひっ
そりと暮らしていた。そして間もなく私たちは、この夫妻が納骨のためにキューバを
発ったとき、すでに沖縄への定住を決意していたという事実を知るのである。そして
さらに驚いたことに、上間清そして3世である彼の息子や娘たちまでが、一人残らず
キューバに生まれたときから日本国籍を持っているという事実を知ったのである。こ
れはいわゆる「二重国籍」である。なぜこんなことが出来たのか。それは移民1世の
上間利清が、長男清が誕生したとき、出生届を沖縄の本部町瀬底島にも同時に出して
いたからであった。それどころか3人の孫が誕生したときも出生届を本部町役場に提
出し、すべて受理されていたのであった。
私たちが想像もしなかった出来事がもうひとつある。それはキューバにいた次男寛清
までが、両親を追うようにして1年半後に沖縄へとやってきて、とうとう住み着いて
しまったことである。しかも彼は、来日する前にキューバ人の妻と離婚し、まだ幼い
娘とも別れてきたというのだ。しかし当の寛清は、妻や娘を撮ったビデオをいまも大
事に持っていて、それを眺めながら「会いたい」とつぶやいている。それにしても、
なぜこのようにしてまで日本に住もうとするのか。寛清はいま31歳。「左官業の会社
で週6日働いて」稼いでいる、と目を輝かしながら言う。しかし、父親清が沖縄で仕
事に就くのは至難のことだろう。すでに67歳という年齢に加え、日本語の読み書きが
出来ないというハンディはあまりに大きい。
キューバから日本へと移住したばかりの上間一家の生活を物心両面で支えたのは、上
間一族の近縁・遠縁の人たちだった。寛清の就職もこうした人たちの支援によってこ
そ実現したのだという。それにしても、戸籍の承認をはじめとするこの柔軟な異邦人
の受け入れは、沖縄以外の土地、ヤマトンチューの世界では到底考えられないことだ
ったに違いない。
2003年11月、私たちはふたたび沖縄へと出向いた。こんどは長女あけみが両親に会う
ためにキューバからやってきたからである。私はあけみもまた兄弟と同じように、
キューバを捨てて日本に住み着くだろうと予測していた。あけみも日本国籍を持って
いる。しかしあけみは、1ヶ月半ほど沖縄に滞在したあとキューバへと帰っていった。
彼女は両親との別れを惜しみながらも、これからも一生キューバに住むときっぱりと
言った。
こうして、上間一家はキューバと沖縄とに分れて生きていくことになった。なぜ上間
一家のある者は沖縄を選び、またある者はキューバを選ぶのか、私たちは幾度もその
理由を訊き出そうとしたが、かれらの口はにわかに重くなり、ついに答えを得ること
は出来なかった。ただ、いずれの道を選択するにせよ、その選択が苦渋に満ちたもの
であることだけは確かだった。こうして再び離散していくフヴェントウ島の上間一家
の姿を目の当たりにするとき、その有様が、かつて80年前に離散していった瀬底島の
上間一家の姿を想起させる。
沖縄からキューバへ、そしてキューバから沖縄へと、いま移民は世代を隔てて還流し
はじめるのである。
私たちが、2004年3月に訪問するフヴェントウ島の上間家では、上間清に代わって、
こんどは上間あけみが新しい主人公となる。そして夫のイグナシオとまだ幼いダニエ
ルとアネット。この混合された血によってはじまる力強い生活ドラマの第2幕に、私
たちのカメラは密着していく。
一方、コザ=沖縄市で働くキューバ移民3世上間寛清は、ガソリンが乏しく日常では
馬車や人力車を利用するフヴェントウ島ではあまり見かけない乗用車を手に入れた。
清・照子夫妻も息子がついにその夢をかなえたことを喜んでいる。ここでの私たちの
カメラは、彼がその未だ乏しい日本語を通じて次第にひろげつつある新しい生活と仕
事に迫る。
ところで、キューバには「サルサ」という名の料理があり、沖縄には「チャンプ
ルー」という名の料理がある。これらは、ともにさまざまな素材を混合することによ
って作られる料理である。一方、「サルサ」は、キューバに生まれた混成的音楽の名
称でもある。そして沖縄の音楽もまた、外部のさまざまな音楽と結合してめざましい
発展を遂げてきた。はからずも両者は、いまその誕生の土地から溢れ出し、世界の人
々を魅了してやまない。
文化的な「混合」は、つねに時代の支配者が、被支配者に対して強制することによっ
て生み出されてきたが、これらの土地では、その「混合」が独自のエネルギーに転じ
るのである。そして面白いことに、そのエネルギーがいまや支配者たちの身体を魅了
して止まないのだ。.
この映画は、混合的環境を生きた人びとの歴史的悲哀を描くだろう。しかしその結末
は、ペシミスティックではなく、きっと楽天的なものになるだろう。なぜなら、そこ
にはきっと力強い混成音が聞こえてくるからである。(つづく)
■波多野 哲朗(はたの・てつろう)
neoneoの反響は意外に大きくて、「キューバの撮影終ったの?」などと、いきなり訊
かれたりする。じつは現在編集の準備に入ったところですが、連載の内容は撮影の直
前です。ご助言あれば、どうか hatano-tetsuro@nifty.com に。ただし、ネット上の
chattering は苦手としますの悪しからず。
◇────────────────────────◆◇◆
●投稿コーナー「クチコミ200字評!」 第14回
提案者:清水浩之(ゆふいん文化・記録映画祭/夏の湯布院映画祭もよろしく!)
「オススメの作品を200字以内の短評で紹介してください!」というコーナーです。
映画・ビデオ・テレビなど皆さんがノンフィクションだと思う作品だったらなんでも
OK!「知られざる傑作」を発掘したり、おなじみの名作の今までにない見方を指摘し
たり…もちろん「オススメしない映画とその理由!」も歓迎です。
200字以内の本文とは別に「あなたのお名前(ペンネーム可)/掲載確認のご連絡先
(メールアドレスor電話)/題名/制作年/監督/見た場所」を付記して清水まで
お送りください。(あなたのプロフィールや近況もご紹介いただけると有難いです)
清水浩之 → E-mail: shimizu@ad-ult.co.jp /ファクス:03-3703-0839
A-020 『ハメドリズム01』
2004年・ハマジム/監督:カンパニー松尾/出演:広瀬舞・海老原しのぶ
セルDVD(通信販売/サンプル映像公開中) http://www.hamajim.com/
141484○ったカンパニー松尾のハメ撮り2本立てAV。圧巻なのは子供の頃に「レイプ
を受け」「祖父にいたずらされた」という告白をセックスの最中にする元ひきこもり
の海老原しのぶ。手を握っていないと安心しないという彼女は世間的には「変わった
人」なんだろう。しかし松尾は彼女の幸も不幸も必然としてただ、ハメる。タクシー
の車内で絡む指と指に差し込む太陽と、最後の彼女のコメントが美しい。
DREAMS NEVER END!!
(松江哲明/東京/26歳/映画監督)
清水 注)松江さん久々のクチコミですが、ハマジムは今後のラインナップも凄い!
まずは松江監督『Identity』、その後も『白』の平野勝之さん、『パイナップル・
ツアーズ』の真喜屋力さんなどなど、要注意作家さんが続々待機中。見たい!!
B-046 『将軍様と見た夢〜金総書記の料理人が語る北の13年〜』
2004年・フジテレビ/演出・撮影・編集:佐竹正任
放映日:2004年5月14日「NONFIX」 http://www.fujitv.co.jp/
1982年より13年間「北」の将軍様の専属料理人として仕え、脱北後は追っ手の影に怯
えながら孤独に生きる羽目になった日本人F氏の悲劇…がテーマなんですけど、ナマ
ズ料理が大好物な将軍様の密命を受けたF氏に養殖技術の手ほどきをした新宿「なま
ず屋」のオヤジさんが『日本のナマズが海外に広まるのは嬉しいですね』と屈託なく
語る、身も蓋もない職人意識の方にやたらと感動しちゃいました!膠着する日朝関係
の打開に、この手は意外とアリかも?
(清水浩之/東京/36歳/ナマズ料理未体験)
B-047 『絵図に偲ぶ江戸のくらし―吉左衛門さんと町の人々―』
1977年・岩波映画製作所/監督:時枝俊江
見た場所:第七回ゆふいん文化・記録映画祭 http://www.d-b.ne.jp/yufuin-c/
時は安政…本郷の髪結職人・吉左衛門さんが描き遺した街並の絵図面を120年後に映
画化。「もう撮れない風景」を撮るには?という命題に、時枝監督は絵図そのものを
丹念に映し取って、観客の想像の中に風景を映写する作戦を取ります。名手・伊藤惣
一氏による物知りご隠居風ナレーションに誘われ、湯屋の二階が男達の社交場になっ
ていたり、新参者揃いのニュータウン・江戸で敢えて「田舎者」と渾名される奴がい
たりするのを確かに目撃しました!
(清水浩之/東京/皆さんも120年後の映画化のために地元の絵図を描こう!)
B-048 『藤原美智子 綺麗へのパスポート』
2004年・集英社
「BAILA」6月号特別付録DVD http://baila.shueisha.co.jp/
私の子供時代はソノシートが雑誌の付録に付いていたんですが、要するにビニール製
?のペラペラしたレコードで、ドリフのコントや皆川おさむくんの歌を楽しみました
(以上、お若い読者さんへの解説)。最近のDVDはそんなソノシートを凌ぐ手軽さで
どんどん世に出回っているなーと実感したのが、カリスマ・メイクアップアーティス
ト藤原先生のテクが学べるこの1枚。グラビアアイドル・吉井怜さんのDVD付きカップ
ラーメン!もありましたねー。
(清水浩之/東京/36歳/いらんもの買い症)
B-049 『オーメンプロジェクト2004』
2004年/首謀者(推定):酒徳ごうわく
陰謀の詳細→ http://www1.neweb.ne.jp/wb/gouwaku/omake/omen_pro.htm
陰謀を見た場所:高田馬場アートボックスホール
ぴあフィルムフェスティバルに同じ題名の作品を大量に送りつけて事務局を困惑させ
るのが目的!の嫌がらせオムニバス企画。昨年の『ベン・ハー』に続く第二弾『オー
メン』は、応募総数666本という有難くない偶然まで呼んでしまいました。
バカ映画界のエンターテイナーとして定評ある?作家陣の中で、異彩を放ったのが荒
木匡監督・8歳!「レゴスタジオ」なる映像ソフトを駆使した人形アニメはまさに童
心そのもの!(小学生なので当然ですが…)
(清水浩之/東京/36歳/酒徳氏のプロデューサーとしてのセンスにも注目!)
おかげさまでゆふいん文化・記録映画祭も無事終了しました。なんとか上映に間に合
った『プロジェクトY ゆふいん after X』、現在80分版をお知り合いの方々にご
覧いただきつつ、キビシイご意見を募集中です。「私も何か言ってやる!」と仰る方、
サンプルテープお送りしますのでご一報ください。ではまた次号で!
◇────────────────────────◆◇◆
■上映
●3分間8ミリフィルムフェスティバルVOL.19
《PERSONAL FOCUS(パーソナル・フォーカス)2003》
「パーソナルフォーカス」とは8ミリフィルムで作った3分間の作品を無審査ですべて
上映する、福岡FMF(フィルム・メーカーズ・フィールド)発の企画です。短いよ
うで果てしない長さを感じる3分間。3分あればノンカップ麺も食べられる。ゆでたま
ごだと固めの半熟。ほうれん草はゆですぎだ。こりゃあ一生もの、という作品との出
会いがあるかも、もしくはないかも。観て、そして、参加する。8ミリの不思議をじ
っくり味わって下さいな。
入場料:1000円
日時場所:6月20日(日)15:00〜キノ・キュッヘ(国立)
6月26日(土)15:00〜ラ・カメラ(下北沢)
主催:パーソナルフォーカス東京上映
問合せ:tel/fax:042-387-7035(片山/水由)
e-mail: yousou@bd5.so-net.ne.jp
上映作品(当日の上映順序は変わります)
《作品タイトル》 《作者名》年令 職業または所属 在住地
メルヘン 石垣友子(25) サービス業 北海道
鍵女(かぎおんな) 岩澤宏樹(23) 無所属 北海道
ある夏の日 吉雄孝紀(37) まるバ会館 北海道
Kura-Kura 加藤到(45) 映像作家 山形
アベラシオン 川口肇(36) savepoint.org 山形
to be 河村秀明(29) DREAMWEAVER使い 山形
AMOCS 田中裕介(23) 東北芸術工科大学 山形
pure the light 田中祥弘(27) 学生 山形
光 早坂あかり(22)モジャカンパニー代表取締役 山形
スタイリッシュ・ミートボール
森山拓郎(22) 東北芸術工科大学 山形
vedettes et rayures〜スタアズ アンド ストライプス〜
黄木優寿(26) 元 東北芸術工科大学 宮城
にちようカメラ 大木千恵子(23)イメージフォーラム付属映像研究所 茨城
もったいない! 村上賢司(33) 川口市民 埼玉
端らい はじらい 澤居将志(25) イメージフォーラム 東京
Rhythm 2003 末岡一郎(37) ホーム・ムービー愛好家 東京
From the Walk with My Baby #1 諏訪望(33) 東京
SOLOS(ソロズ) 万城目純 東京
写真展「PARIS」1992-1993
前田敏行(47) フォトグラファー 東京
瞬息 5 水由章(42) ブラッケージ・アイズ実行委員会 東京
8ミリシューターDQN(ドキュン)オヤヂ
山崎幹夫(43) DQN 東京
LITTLE LAND NOISE OF ART(52) サラリーマン 東京
天国にいくぶん近い島(仮)HOTARUIKA P.D.(夢を見るのに年令は関係ない)
南方七人 東京
鳥のアイランド 増田直行 会社員 神奈川
宮川(みやかわ)へ 宮川真一(33) 会社員 神奈川
おざんない 大橋勝(42) 教員 大阪
新近江八景−柳ヶ崎− 平田正孝(56) 製本業 京都
夢の中 北山勝寿(27) リハビリ中など 兵庫
ろくがつのし 國光裕之(28) 彼岸 岡山
いろいろなもの 黒岡洋一(59) トラック野郎 岡山
Print8 能登勝(46) 看護補助者 岡山
作陶日和 NAO グラフィック・デザイナー 岡山
ぴろうとーくand高知 夜の編集室(33)雑派 岡山
Red/Shadow 金子功(38) 博多自主電影博 福岡
小倉序章 佐竹和典(46) サービス業 福岡
色粒最中 戸屋幸子(22) 学生 福岡
3355 中原知代呼 福岡
針穴と知恵熱 福間良夫(49) 会社員 福岡
主婦の唄〜夕暮れ 宮田靖子(47) 主婦・FMF事務員 福岡
霞ヶ関への道 安武輝昭(28) 会社員 福岡
無題な作品です。 (仮)山本宰(38) さすけ工房 福岡
K.A.I 堀内孝寿(24) 福岡
(合計41本/上映時間約2時間30分)
●『ヨーロッパ・中東 巨匠たちの秘蔵ドキュメンタリー 』
ヨーロッパ・中東において、現在注目されている国々を代表する4組のベテラン監督
にちなんだドキュメンタリー作品を取り上げる。
ラインナップは「永遠と一日」で98年カンヌ映画祭最高賞を受賞したギリシャのテ
オ・アンゲロプロス、90年代の最高傑作「アブラハム渓谷」の監督であるポルトガル
のマノエル・デ・オリヴェイラ、「デカローグ」シリーズ、「トリコロール」3部作
で有名な亡きポーランドのクシシュトフ・キェシロフスキ、そして中東からは「キ
プールの記憶」などで世界的に評価の高いイスラエルのアモス・ギタイといった4人
の巨匠である。
国際的なイベント(アテネオリンピックやサッカー欧州選手権など)や、政治情勢(東
欧のEU加盟やパレスチナ問題など)で世界中から関心を集める国々の“原点”を各監
督が描く。彼らの視点で、それぞれの国の歴史や文化をあらためて理解し、それらに
ついてあらためて考える機会としたい。
【上映作品】 (1)、(2):16mm (3):ベータカム (4):ビデオ
(1)「アテネ」Athens (1982年,44分)監督 テオ・アンゲロプロス
(2)「リスボン」Cultural Lisbon(1983年,61分)監督 マノエル・デ・オリヴェイラ
(3)「オレンジ」Orange (1998年,58分)監督 アモス・ギタイ
(4)「キェシロフスキ:I'm so-so」Krzysztof Kieslowski: I'm So-So
(1995年,56分)出演 クシシュトフ・キェシロフスキ(監督 クシシュトフ・ヴィ
エジュビツキ)
【上映スケジュール】各作品2回上映
「アテネ」 11:00〜、16:00〜
「リスボン」 12:00〜、17:00〜
「オレンジ」 13:20〜、18:20〜
「キェシロフスキ:I'm so-so」 14:40〜、19:40〜
【入場料金】1作品800円、2作品同時購入1,400円、4作品同時購入2,000円(前売・当
日とも。各回入替制)10:30より全回分の整理券を配布(整理番号の付与)
【開催日時・会場】
6月27日(日)11時00分−20時40分(10時40分開場)
短編映画館トリウッド(下北沢駅南口徒歩5分)
http://homepage1.nifty.com/tollywood/
【主催】:P.0.P.ネットワークス: http://popnetworks.55street.net/
問合せ先:山(TEL:070-5454-1980 kaz112@tj8.so-net.ne.jp )
【後援】:イスラエル大使館、ギリシャ大使館、ポーランド大使館、ポルトガル大使
館
●EARTH VISION in 新宿御苑 vol.2「砂漠に立ち向かう人々」
『ガラパゴスのドラゴン』(1998年、56分/オーストラリア、監督:デビッド・パー
ラー&エリザベス・パーラー クック)
ガラパゴス諸島のドラゴン(イグアナ)たちの生存をかけた想像を絶する闘いの記録。
鮮やかで鮮烈なネーチャーフィルムの傑作。
『井背塘の砂漠退治の女性』(2000年、18分、中国、監督:チュ・チュアンフー)
黄砂吹く一面の砂漠を、緑の林に変えた1人の女性。「独りで怖くないように歌を歌
うのよ」と笑う殷玉珍さん。
△おはなし△高橋一馬さん(緑のサヘル代表)
16:00までに終了予定(プログラムは変更することがございます。)
日時:2004年6月27日(日)午後0時45分開場 午後1時開始
会場:新宿御苑インフォメーションセンター(新宿門の隣にある建物)
新宿駅南口から徒歩10分・新宿御苑前駅から徒歩5分)
(東京都新宿区内藤町11 tel 03-3350-4143)
http://www.shinjukugyoen.go.jp/access/img/map.gif
http://www.shinjukugyoen.go.jp/access/img/gyoenmap.gif
協力費:1000円 (事前予約不要)
主催・問い合わせ:アース・ビジョン事務局
TEL : 03-5362-0525 FAX: 03-5362-0575
http://www.earth-vision.jp
●毎週日曜深夜は、日本映画専門チャンネル“ドキュメンタリー傑作選”
CSスカパー!&スカパー!2と全国のケーブルTVでお楽しみいただける日本映画専門
チャンネルでは、岩波映画の映像作家からCCDビデオカメラ世代の新映像作家まで、
時代と人間の真実を描いた秀作を特集し、ドキュメンタリーの魅力を検証します。
<7月放送作品>(4月から放送日が毎週木曜から日曜に変更となりました)
7月4日(日) 深夜0時
『グループの指導−話し合い劇を通して−』(1956年・モノクロ) TV初
監督:羽仁進
7月11日(日) よる11時30分
『グーッド グーッド ヤッピとワイズとゾーラの物語』(1987年・カラー)
監督:溝口勝美 ナレーション:倍賞千恵子
7月18日(日) 深夜0時30分
『夜明けの国』(1967年・カラー) TV初
監督:時枝俊江
7月25日(日) よる11時00分
『日独裁判官物語』(1999年・カラー) TV初
監督:片桐直樹
詳細は公式サイトからどうぞ!
http://www.nihon-eiga.com/documentary
●「台湾国際ドキュメンタリー隔年際」
Webサイト: http://www.tidf.org.tw
・作品募集:2004年7月31日まで
・開催期間:2004年12月11日から17日まで
┳━┳━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
┃08┃■編集後記 伏屋 博雄(ふせや・ひろお)
┻━┻━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
●「日本のドキュメンタリー映画のかたち」はこれまで40代以上の方に執筆して頂い
たが、今回は飛び切り若い細見葉介さん(21歳)にお願いした。今の若者はどのよう
な関心をドキュメンタリー映画に抱いているだろうかと思ったのである。彼は目下、
絶滅危惧種の昆虫を扱ったドキュメンタリービデオを製作中だそうだが、本稿では写
真と映画との関係について論じてもらうこととなった。もとより細見さん自身の固有
の関心事ではあるとは言え、これまで取りあげてこられなかったテーマでもある。今
後の展開に期待したいと思う。
●先日、第6回「土本典昭 映画セミナー」に参加した。この日はゲスト作品として
『A』と『DISTANCE』に続いて、土本監督の国際交流基金製作の海外向け日本紹介作
品『日本の若者はいま』が上映され、土本さんから、この作品の短いコメントがあっ
た。その後、森達也・是枝裕和両監督のトークが行われた。森さんは「池袋シネマ青
春譜」や「下山事件(シモヤマケース)」で最近は作家として活躍中であり、一方の
是枝さんはテレビドキュメンタリーから出発し、先日のカンヌ映画祭で評価を得た
劇映画『誰も知らない』の監督である。さすがに注目の二人の登場に、アテネフラン
セ
文化センターは超満員だった。
お二人はドキュメンタリー映画に関わるスタンスの取り方を語り合った。以下、私が
特に興味を持った発言を、記憶を辿って再現したい。(記憶なので、正確な言葉では
なく、あくまでも発言の内容であることをお断りする。)
森:「『A』や『A2』は別に特別な感情で撮ったのではありません。普通ですよ、メ
ディアが誰も教団の人を撮ろうとしなかったからで、手紙を出したら“どうぞ”とい
うことになった。オウムの人も我々と同じ普通の人。メディアが自己規制して、勝手
に彼らと我々が違うと思っているからだけです。事実、『A』は最初、テレビドキュ
メンタリーの企画から出発したんだけど、テレビが“やばい”と言い出し、結局、自
主制作になったんです」
「ドキュメンタリー映画を撮る場合、監督によっては対象に対して濃密な関係を築い
てから撮影をすべきだとという人がいるが、それはその人の流儀であると思う。僕自
身は初めからドンドン撮っていきますよ。そのなかには回数を重ねていくうちに親し
くなる方もいるし、そうでない方もいる。僕はどちらかというと一定の距離を保って
いる場合が多いですね」
「マイケル・ムーアの『ボーリング・フォ―・コロンバイン』は2項対立の図式には
まった映画で、僕は面白くない。『華氏911』はまだ見てないけど、山形映画祭だっ
たら落ちてたんじゃないかな。」
「今撮りたいドキュメンタリーは、今上天皇と中森明菜です。天皇のなかで初めて百
済と関係があると言ったのは、彼だけですよ。」
是枝:「マイケル・ムーアの作品はドキュメンタリーではないと思う。というのは、
ドキュメンタリーとは、撮っていくなかで必ず発見を伴うものだ、というのが僕のド
キュメンタリーに対する考え方で、発見を繰り返すうちに変わっていくものだと思う。
彼の作品は初めに結論ありきで、ブッシュの再選を阻む目論見があり、その結論に向
かって撮影があり編集がある。ただ、単純なだけに力がある。岩波の『世界』を読む
人は、実際は『世界』を読む必要のない人だし、ムーアが、ドキュメンタリーを見な
い人をドキュメンタリーに関心を向けさせた点は評価すべきだと思う。実際、カンヌ
の舞台裏はすさまじいい戦略の応酬で、“いい映画だから見てください”というあり
方ではなく、我々はもっと戦略を立てて人に見てもらう方法を考えなくてはならな
い。」.
「次回作は時代劇で、娯楽映画です。あだ討ちの映画を撮ります。(編集部:憎しみ
の連鎖をテーマにするのか?)」
「今の若い人は、ドキュメンタリーの対象に私的のこととか、身近な問題や身近な対
象を選択する傾向があるが、ドキュメンタリーには“怒り”が大事な要素だと思う。
その“怒り”が表現に鋭さを与えると思う。昨今の君が代・日の丸の問題にドキュメ
ンタリーとして取り組みたい、いや、撮ります」
●さて、neoneo坐では、6月26日(土)27日(日)に「金井勝のスーパードキュメン
タリー!」を開催する。土本・小川とも違う領域に挑戦する金井さんの作品をぜひご
覧頂きたい。(本誌の「neoneo坐通信」を参照ください。)
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■発行:ビジュアルトラックス visualtrax@jcom.home.ne.jp
■責任編集 伏屋博雄
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