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ドキュメンタリー映画の最前線メールマガジン neoneo

映画関係者必読のメールマガジン。プロデューサー、監督、評論家、映画館支配人など、さまざまな立場からこれからのドキュメンタリー映画を熱く語ります。

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ドキュメンタリー映画の最前線メールマガジン neoneo Vol.11 2004.4.15

2004/04/15


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┃n┣━┫o┣━┫e┣━┓ ★ドキュメンタリー映画の最前線メールマガジン
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  ┗━┛ ☆━┛ ┗━☆    11号  2004.4.15


∽∽∽∽∽∽ HEADLINE ∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽

 †01 日本のドキュメンタリー映画のかたち
      観客のかたち(1)  村山 匡一郎
 †02 自作を解剖する
     『戦場の夏休み〜小学2年生の見たイラク魂〜』  吉岡 逸夫
  †03 ワールドワイドNOW ≪パリ発≫
     テレビ局が拒否する作品を一挙上映  高橋 晶子
 †04 ドキュメンタリー時評
     フィルムで撮るか、デジタルビデオで撮るか?
           〜日本映画専門チャンネル『ドキュメンタリー傑作選』によせて
                               水原 文人
  †05 ドキュメンタルな人々 続・幻のフィルムを求めて(4)
            エッジ・コードから知るフィルムの年代  安井 喜雄
  †06 随時連載『映画は生きものの仕事である』(4) 
     「宜蘭国際緑色影展(イーラン国際グリーン映画祭)」瞥見記
         土本 典昭
  †07 広場
     告知:「neoneo坐」を皆で育てよう!
                   ノンフィクション映像の「たまり場」創設 伏屋博雄(坐長)
          投稿:『Cuba/Okinawa サルサとチャンプルー』(1)
                   ハイブリッド的環境を生きる二つの島の民  波多野 哲朗
          投稿コーナー「クチコミ200字評!」(10) 提案者:清水 浩之
   †08 編集後記  伏屋 博雄

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   melma!配信    http://www.melma.com/mag/39/m00098339/



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┃01┃□日本のドキュメンタリー映画のかたち
┃ ┃■観客のかたち(1)
┃ ┃■村山 匡一郎
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●見る側に問われる感性

最近、「記録」や「文化」と形容される映画の審査にかかわる機会があった。審査対
象になった作品はそれぞれ力作で面白く見ることができたが、そこで幾つか気になる
ことが心に浮かんだ。その一つは、伝統的な工芸品や風物などの歴史や制作過程を丹
念に記録した作品と、ある人物を現在形で追いながら、そこに派生する出来事を記録
した作品とを、同じ視点から等しく評価対象にできるのだろうかという素朴な疑問だ
った。

たとえば『彩なす首里の織物 宮平初子』(2003)という作品がある。沖縄の伝統的
な織物の技法を継承する人間国宝の宮平初子さんに焦点を当てながら、織物工芸の制
作過程を実に丁寧に紹介したものだ。緻密で丹念な技法によって織り上げられる布地、
しだいに浮き上がってくる鮮やかで妙なる色彩や文様。その妙技を見るのは感動的と
さえいえる。その一方、たとえば『自転車でいこう』(2003)という作品がある。自
転車でアルバイトをする自閉症の若者に焦点が当てられ、カメラは彼の生活と行動を
追っていく。行く先々での好奇心やトラブルなど、次の展開がどうなるのか読めない
期待と不安。本人のキャラクターの魅力も絡んで、見る者は彼の一挙手一投足に引き
つけられる。.

この二つの作品は、ともに映画であり、「記録」といわれる映像世界を提示している。
まさに「ドキュメンタリー映画のかたち」の実例であろう。では、この両者に違いが
あるとすれば何なのだろうか。対象としての事物と人間の違いなのだろうか。たしか
に趣味の問題からいえば、同じ人間の営為に引きつけられるのが一般に人情とはいえ
よう。とはいえ、おそらくもっとも異なる点は、映画がもたらす情報と、それが見る
者の想像力をかき立てる度合いにあるように思われる。『彩なす首里の織物 宮平初
子』は、沖縄の織物を知らない筆者にとって、それがもたらす情報が好奇心を満たし
てくれた。しかも、その情報はきちんと構成されて伝達される。一方、『自転車でい
こう』の方は、情報は不安定であり、そのつながりも不確定である。だが、その予測
不可能な情報のあり方が見る側の想像力を刺激することになる。.

映画は情報を満載している。いや、そもそも情報を持たない映像というのはありえな
い、といった方が正しいだろう。癒しを目的とする環境映像もコンビニの監視映像も、
情報という点では饒舌である。とはいえ、情報というのは未知のものから既知のもの
に転じると、その魅力を閉じてしまうという限界がある。その限界を乗り越えるため
には、既知のものになった情報が見る者の想像力に働きかけることができるかどうか
にかかわっているように思われる。「文化」映画と呼ばれるものの多くは、「記録」
に忠実なあまり、その境界線を閉じてしまっている印象が強い。

では、この境界線を開いて、それを無効にするのは、どうしたらいいのだろうか。
たとえばフランスのジャン・パンルヴェが制作した科学映画に『ヴァンパイア』
(1939、トーキー版1945)という短編作品がある。ブラジル奥地に生息する吸血コウ
モリの生態を描いたものだ。これを見ると、たんなる科学映画とは異なる印象を受け
る。吸血コウモリの恐ろしい生態という情報だけにとどまらず、その映像にはそれ以
上のものを読み取らせる力を秘めているといった感じである。当時はナチスになぞら
れて見られた風潮もあったようだが、その構成やライティング効果、あるいは当時の
フィルムの感光力などを含めて、映像にいわば超現実的な効果を生み出す力が宿って
いるようである。.

情報を提示する映像が見る者の想像力を喚起するほどの力を持ちえるかどうか…。
一言でいえば、結局そこに行き着くことになるにちがいない。ただし、これはたんな
る制作側の撮影によるという単純なことではないはずだ。たしかに制作する側は緻密
な考えや計算された撮影など用意周到に仕事にかかるとしても、すべての偶然性を規
制することは不可能であるし、またそうした偶発的なものが想像力を喚起する好条件
になる可能性もある。だが、その点で何よりも依存度が高くなるのは、見る側の知性
と感性の度合いだろう。情報は知性で処理されていくにしても、想像力はやはり知性
以上に感性に大きく左右されるだろうからだ。.

制作側がどんなに頑張って作品を作っても、見る側がそれに見合った反応を起こさな
ければ、まさに猫に小判という滑稽な状況に陥ってしまう、そう思うと、はたしてわ
れわれは想像力を駆けめぐらせるほど豊かな感性を持っているのだろうか、という疑
問が湧いてこざるをえない。ドキュメンタリー映画について語るとき、ほとんどの場
合、制作側や作品のことに触れる傾向が強いが、本当は見る側の意識や状況をもっと
語らなければならないのかもしれない。「ドキュメンタリー映画のかたち」はまた
「われわれ観客のかたち」ということでもあるにちがいない。


■村山 匡一郎(むらやま・きょういちろう)
肩書きは映画評論家や映画研究者などいろいろ。劇映画・ドキュメンタリー映画・実
験映画など領域も、批評・歴史・理論・翻訳・教育など分野も問わず、ひたすら映画
だけにかかわってきた。いわば映画に関する何でも屋の感がある。スクリーン上に動
く映像が好きなためか、記録・文化・ドキュメンタリーなどの作品は40年近く見続け
てきた。



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┃02┃□自作を解剖する
┃ ┃■『戦場の夏休み〜小学2年生の見たイラク魂〜』
┃ ┃■吉岡 逸夫
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イラクへ行こうと思ったのは、戦前の2002年12月に撮った前作『笑うイラク魂』の登
場人物たちを、戦後、もう一度訪ねようと思ったからだった。イラク人の戦前・戦後
の声を聞くことで、どんな戦争であったかが分かると思った。ところが、妻が「夏休
みだから、みんなで行こう」と言い出した。それが、昨年7月26日から8月9日までの
2週間、7歳の娘と妻を連れた「家族でのイラク旅行」となったのだ。
それは、一見ノンキな旅に見えたが、日本のメディア状況に合わない重いテーマを宿
していた。

私は、バグダッドとバスラを取材し、パン屋、かばん屋、散髪屋、役人など庶民の人
たち10人を再訪した。全員に会うことができた。その一人、元OLは、戦前から猛烈な
フセイン崇拝者だったので、ショックがまだ癒えていなかった。
もう一人、食料品店の男は、逆に以前から「すべてのイラク人がサダムを支持してい
ると思うな」と勇気ある主張をしていたので、戦後は喜びでいっぱいだった。残り
8人は、戦前「サダム・フセインはワンダフル」と語っていたが「あいつはアリババ
(盗賊)だ」と手の平を返したように変わっていた。10人という小さな単位、それは
定点観測のようなものなのだが、図らずも普遍的な人間の心理の一端を表している気
がした。第2次世界大戦時、日本人の大半が、戦時中「鬼畜米英」と言っていた人た
ちが、一夜にして「デモクラシー」を標榜するようになったことと似ていると思った
からだ。

もう一つのテーマは、娘「風美(ふみ)」のイラクへの反応だ。風美は予想以上に適
応した。50度にも上がる真夏の暑さにも、10時間以上の長距離ドライブにも耐えた。
言葉が通じないにもかかわらず、折り紙を作って見せたり、デジタルカメラで撮影し
合ったりして、コミュニケーションを図っていた。嫌がっていた現地食にも、口をつ
け始めた。

異なる2つのテーマをいざ編集する段になって、困ってしまった。

子どもを出し過ぎると、親バカのホームビデオになってしまう。イラク人のインタビ
ューばかりだと、重くなる上に、単純なレポートになってしまう。

編集をしながら、今回の旅をTVや雑誌に売り込んでもいたが、そこで大きな壁にぶつ
かった。受け付けてくれないのだ。「イラクへ子どもを連れていくなんて」「こんな
映像を見せたら、視聴者から苦情がくる」という。「人権侵害じゃないの」という意
見まであった。図らずも、私は、メディアに「なぜ子どもをイラクへ連れていったか
」という問いを突きつけられる恰好になった。

「なぜ子どもを」その一番の理由は、イラク報道が正確に伝えられていないからだっ
た。マスメディアは、事件や事故のクライマックス部分しか伝えない。それは、全体
の10分の1、100分の1にすぎない。しかし、その10分の1、100分の1だけを知らされた
日本の視聴者は、必然的にそれをイラク全土のイメージとしてとらえる。残り10分の
9,100分の99の部分を伝えないと、全体像はつかめない。

センセーショナルな報道には、エキセントリックな世論がわき起こるだけ。むしろ、
正確な全体像から冷静な判断がなされるべきだ。だから私は、あえて家族という単位
で、そこに暮らす人々の日常と関わり合い、それを伝えたかった。家族旅行は、日常
としての10分の9,100分の99をとらえるのに恰好の手法だと思った。

それを、「流れが違う」「家族旅行なんて、悠長な」というだけで切り捨てられると
したら、それはそれで恐ろしい。日本のNGOら3人や外国人が次々と拘束される事件が
起こる昨今の状況の中では、分かりづらいかもしれないが、それでも、日常は歴然と
ある。今の状況と私のケースを一緒くたにして「無謀だ」と思う人もいるだろうが、
昨年の夏と今では、全く状況は違っている。昨年夏は、自衛隊はいなかったし、米兵
しか攻撃を受けていなかった。米兵が毎日1人ぐらい殺されていたが、それは東京23
区ほどもあるバグダッドで、交通事故ほどの確率。かつて、地下鉄サリン事件が起こ
った時、外国メディアは「日本の安全神話が崩れた」と伝えたので、怖がって日本へ
の旅行者は激減したという。それと似た状況だったのだと思う。メディアは多様であ
るべきだ。私は、一方向に流れているイラク情報に、家族から見た視点、イラクの日
常という一石を投じたかったのだ。

アフガン戦争から始まる2年半の間に、私は4本の映画を撮った。現場もテーマも違う
が、全作品に一貫していることがある。それは、マスメディアとは異なる視点を持つ
こと。現場からのメディアリテラシーを問いかけることだった。


☆『戦場の夏休み〜小学2年生の見たイラク魂〜』(2004年、ビデオ、75分)製作・
監督・撮影:吉岡逸夫、撮影:吉岡詠美子、絵日記:吉岡風美、編集:多田徳生、協
力:安岡卓治、 鎌田英嗣(UPLINK FACTORY)、配給:アップリンク

東京、大阪での上映は終了。今後、名古屋、那覇、苫小牧、福岡(福岡アジア映画
祭)などでも上映の予定あり。
東京での再上映が決定。スケジュールは、東京・渋谷 UPLINK FACTORY
 http://www.uplink.co.jp/factory/ 
5/1(土)・2(日)・8(土)・9(日)の13:30より


■吉岡 逸夫(よしおか・いつお)
米国コロンビア大学大学院ジャーナリズム科修了。元青年海外協力隊員。元カメラマ
ン。現在は新聞記者。湾岸戦争、カンボジア、ルワンダなど約60カ国を取材。93・94
年東京写真記者協会賞、96年開高健賞など受賞。著書に「なぜ記者は戦場に行くの
か」「イスラム銭湯記」など。映画は「アフガン戦場の旅」「祈りのニューヨーク」
「笑うイラク魂」など。
映画「戦場の夏休み」を記録した「イラクりょこう日記」(エクスナレッジ)を発売
中。
 http://yoshi.net 



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┃03┃□ワールドワイドNOW ≪パリ発≫
┃ ┃■テレビ局が拒否する作品を一挙上映
┃ ┃■高橋 晶子
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●ドキュメンタリー映画の危機

パリ市の運営するForum des Images(フォーラム・デ・イマージュ)で3月31日から
Le Salon des Refuses(ル・サロン・デ・ルフュゼ)が始まった。「ルフュゼ」とは
「拒否されたもの」の意。つまり一般のフランス国内地上波TV局から放映を断られた
ドキュメンタリー作品を一挙に紹介する初の試みである。34作品がスクリーンで上映
され、554作品が個人ブースで鑑賞できるようになっている。映画祭といっても賞は
なし。応募作品を「拒否」はしない。上映・討論・勉強会が一ヶ月間行われる。

事の発端は、昨年夏のリュサス・ドキュメンタリー映画祭で起こった。過去に土本監
督や佐藤真監督が招待されご存知の方もおられるかとは思うが、ここで様々なグルー
プからフランスのドキュメンタリーが現在抱える危機が発言された。もちろんこの背
景には、言うまでも無く「アーティストのための失業保険手当て改正案」(neoneo2
号2003.11.15参照)への反対運動の熱があったわけだが、リュサスではさらに、質の
高いドキュメンタリーが存続できなくなっている現状について問われた。

映画館での観客動員数で快挙を見せた二コラ・フィリベール監督「ぼくの先生」等の
異例を除いて、フリーの仏ドキュメンタリー作家の作品発表の場はテレビである。そ
のテレビに変化が起こっているのだ。フランスのテレビ局はここ数年、「ドキュメン
タリー」というカテゴリーで言えば、どの放送局もその枠を大幅に増やしている。し
かし問題は、この「ドキュメンタリー」という言葉の意味するもの。というのも、報
道番組・ルポルタージュ・情報番組・ワイドショーという、日本ではすでにごく当た
り前のテレビ番組の量が一気に増え、それらの多くが「ドキュメンタリー」というカ
テゴリーに振り分けられ、さらにはこうしたいわゆるテレビ番組が「ドキュメンタ
リー」という名のもとに、映画・オーディオヴィジュアル作品を対象に国が出資する
制作援助を受けているのである。.

「ドキュメンタリー」という言葉がここまで一般的に用いられるようになった一方で、
これまでドキュメンタリーを作り続けてきた作家達への国からの援助金が減少に向う
という矛盾が起こってしまったのだ。さらに、ドキュメンタリーは作品でなくテレビ
番組となるため、放送局側からの介入は時間や形式だけでなく内容にまで及ぶように
なり、ドラマ性やハッピーエンドが求められるようになった。スタンダード化は作品
全体に及んできている。幸いフランスではこういった現象が今まで顕著ではなかった
のだ。作家達が自分たちの作品を「ドキュメンタリー」と言わずに、あえて
「Documentaire de creation(創造的ドキュメンタリー)」と強調して呼ぶのは、こ
うした現象へのレジスタンスが裏にある。

リュサスでのL’ADDOC (Association des cineastes documentaristes/ドキュメンタ
リー作家協会)の呼びかけで、「各監督一本に限り、地上波テレビ局では放送されな
かった作品」を条件に2ヶ月間募集したところ554作品が集まった。発表の場のなかっ
た最近の私的な自主映画もあれば、60年代に労働者運動を追ったもの、クーデター後
のチリの首都サンチアゴを追った70年代の作品など、内容は様々だ。監督も、ベテラ
ンのジャン=ルイ・コモリやジャン=ミシェル・カレから、学生や無名の作家のもの
まで雑多に並んでいる。

この催しと並行して3月25日には同会場で、「『作品』という観念の行方」「創造的
ドキュメンタリーの経済」「国営テレビ局で創造的ドキュメンタリーは存在し得るか
?」と題して3つの討論会が行われた。フリーの作家、プロデューサー、技術スタッ
フ、シネマ・デュ・レエルやリュサスをはじめとするドキュメンタリー映画祭主催者
らで会場が埋め尽くされる中、文化庁映画部門の担当や国営テレビ局の担当者らを交
えて各自の率直な意見が交わされた。制作準備段階における援助資金の見直しや、
「ドキュメンタリー」という語の定義の仕方、テレビ以外での上映のための援助の要
求(映画館でのビデオ・プロジェクターの設置・キネスコープを行うラボへの援助・
DVD配給への援助システムの確立)が話し合われた。制作に携わる当事者らと文化庁、
テレビ局の間のギャップが目立ち、やじの飛び交う事もしばしあった。

地方にこだわり山と川とブドウ畑に囲まれたリュサスを活動拠点とする映画祭ディレ
クター、ジャン=マリ・バルブは、年々送られてくる作品がどれも似通ってきている
と指摘。これは最近のフランスのフィクション映画に関してもしばし聞く発言である。


L’ADDOC  http://www.addoc.net 
FORUM DES IMAGES  http://www.forumdesimages.net 


■高橋 晶子(たかはし・しょうこ)
パリにも春がやってきました。散歩日和の中、日本映画のフランス語字幕翻訳に追わ
れ家にこもる日々です。ちなみにヨーロッパの桜は花と葉が同時に芽生えるのが普通
ですが、その姿を在仏10年目にしてようやく綺麗だと思えるようになりました。



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┃04┃□ドキュメンタリー時評
┃ ┃■フィルムで撮るか、デジタルビデオで撮るか?
┃ ┃〜日本映画専門チャンネル『ドキュメンタリー傑作選』によせて
┃ ┃■水原 文人
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●フィルム撮影とビデオ撮影の相関性と差異

8ミリビデオやデジタルビデオの登場以前、ドキュメンタリー映画は当然フィルムで
作るものだった。CSの日本映画専門チャンネルに「ドキュメンタリー傑作選」という
シリーズがあり、毎月4〜5本の日本のドキュメンタリーが放映されている。5月放映
分の5本のセレクションの新旧、フィルム世代の劇映画的古典スタイルと、前衛、さ
らに若手のCCD世代とのコントラストに刺激され、ドキュメンタリーにおける撮影メ
ディアの違いについて考えさせられてしまった。

大映製作の『白い山脈』はミッチェルかなにかの35ミリの大きなキャメラで雪に覆わ
れた黒部の山に登り、松本俊夫の『母たち』は16ミリのキャメラでニューヨーク、パ
リ、アフリカ、ヴェトナムで撮影している。一方で今月はデジタルビデオ・キャメラ
を手にした若手のドキュメンタリーも3作品放映される。

フィルム撮影ではキャメラは大きくて重いし、露出もピントも全部手動。こと35ミリ
ともなると、三脚に載せることが前提だ。『白い山脈』はいかにも大映らしいカッチ
リした構図と鮮やかなカラー撮影で黒部の自然や動物たちを丹念に捉えている。一方
35ミリよりは小さい16ミリ撮影の『母たち』では、鬼才・鈴木達夫の大胆な手持ち撮
影が鮮烈に対象に迫り、とりわけニューヨーク、ハーレムの黒人の母親がアパートで
踊る場面では、キャメラが一緒に踊っている。

だがこの踊る母の映像の鮮烈さは、踊ることにおいて不可欠なある要素の欠落も我々
に気付かせる−−彼女の踊っている音楽が聞こえないのだ。フィルムのキャメラでは
録音はできない。録音には録音機材一式と技師がまた、しばしば狭い対象の生活空間
のなかで場所をとる。同時録音ではキャメラの作動音を消さなければならないし、
フィルムとシンクロさせるために劇映画ならカチンコを打つが、ドキュメンタリーで
はこういう現実の現場を壊すものはなかなか使えない。.

『母たち』は、このダンスのシーンもそうだが、しばしばサイレント撮影であること
を隠そうとせず、聞こえるべき音が聞こえない沈黙を、映画で撮ったものはたとえド
キュメンタリーと言えども決して現実そのものではなく、キャメラが切り取り編集に
よって構成された映像であること、音と映像の関係がなんなのかを突き付ける、前衛
的でメタレベルの表現手段として見せる。一部では現場で録られた音声も用いられて
いるにせよ、この映画の聴覚的体験を構成しているのは寺山修司の詩を読む岸田今日
子の声と、湯浅譲二の音楽だ。実は音声はまったく“ドキュメンタリー”ではないで
あろう『白い山脈』では、いかにも大映調の伊福部昭的音楽が荘重に響き、作家井伏
鱒二の書いたナレーションが読み上げられる。.

一方、ビデオキャメラはフィルムのキャメラより小さくて扱い易い上に、最初から録
音が映像とセットになっている。手持ちキャメラで現場の音をそのまま録り、本多孝
義の『科学者として』のように対象に密着してその行動を言葉と共に記録することも
一人でできるのだ。インタビュー相手の家に単身乗り込んで聞き手/撮影/録音も一
人でこなせる。金丸裕美子の『幸せ蝙蝠』のように自らの家族を撮るとき、対象の語
る言葉は自分の娘や孫娘、妹に向けるそれと変わらない。.

だが遥かに撮り易くなる技術的条件が整ったとは言え、『幸せ蝙蝠』ほど対象の本音
がポンポン飛び出すのには驚く。テーマは母と父方の祖父の、母の結婚以来続くいさ
かい−−その原因や、娘が映画作家になってついに永年のしがらみが爆発した結果ど
うなるのかは、とにかく映画を見ていただくしかない。そして「蝙蝠」という謎めい
た題名が何を指しているのは、この家族のなかで誰なのかも。

『白い山脈』の劇映画的伝統のカッチリした古典的スタイルや、『母たち』の映像と
音としての言葉の前衛的な使い方に対して、『幸せ蝙蝠』は “映画的”なスタイル
を奔放に無視している。キャメラについたマイクの、スタジオで録音したクリアな音
と対極にある雑音・環境音だらけの音声と、その家族の一員である映画作家がホーム
ムービーのように自分で持ったキャメラを家族である主人公たちに撮っていることが、
この錯綜する家族の葛藤の生々しさに我々を引き込み、その目撃者とする。.

『幸せ蝙蝠』のスピード感のある関西弁のしゃべりと、そのリズムのままにショット
を刻む編集に一気に見てしまいながら、5月に放映される若手作品の三本目、拙作
『インディペンデンス』のことを反省する。イスラエルにアモス・ギタイの劇映画
『ケドマ』の撮影現場に行ってメイキングを撮るつもりがまったくメイキングでない
独立した作品になってしまった代物で、撮り方の方法論は金丸と同じ- -自分がキャ
メラマンであると同時に演出家、インタビューも手持ちキャメラのまま対象に直面し
て、だ。デジタルビデオの機動性を金丸が家のなかで発揮しているならば、こちらは
撮影のスタッフと出演者でごったがえす狭い移民船のなかでやはり一人で撮影するし
かない状況だった。どちらも、フィルム撮影ではたぶん不可能だった映画作りだろう。

だが金丸の映画によくも悪くも既存の映画文法にのっとったスタイル意識がないとし
たら、自分の映画は既存の映画文法に乗っ取って美的なショットを意識してしまって
いる撮影や、ジャンプカットひとつも躊躇してしまう自分の編集(ちなみに『幸せ蝙
蝠』はジャンプカットを多用)が、中途半端にも見えてしまうのだ。イスラエル建国
の歴史を現代のイスラエル人たちが振り返るという、現在の国際情勢や紛争に関わる
作品なのだから、もっと生々しくてもよかったのではないか? ビデオなのにフィル
ムの映画のスタイルを意識するのはアナクロニズムではないのか?.

環境音・雑音をあえて取り込むことは意識していたのだが、しかし完成した映画の音
響トラックは、むしろマイクを持つスタッフがいなかった現場の制約が反映しただけ
にも聞こえてしまう。そういえば自分はこの映画で前衛ジャズ奏者のバール・フィリ
ップスに音楽を頼み、バールのベースの重厚な響きがもたらす歴史スペクタクル映画
的なサウンドは、この自作において不可欠な要素になっている。

日本のドキュメンタリーでデジタルビデオ撮影が最初に広く認知されたのは、おそら
く森達也の『A』だろう。森は土本典昭に「三脚の基本を」と言われ、原一男には
「自分がキャメラをぶん廻すのは確信犯だが、森君はもしかして確信犯じゃないんじ
ゃないの?」と問われて素直に「そうです」と答えた、と率直に語る。「それが自分
の作品の欠点なのは、誰よりも僕自身も含めて万人が認めるところですから。でも僕
は僕ですから変わりようもないですしね」と森は言う。「状況が熱して来ると、つい
興奮してぶん廻しが始まってしまうんですよ」。ドキュメンタリーは作家の主観でし
かないと考える森にしてみれば、自分の気持ちを反映して自在にぶん廻しもできない
のなら、デジタルビデオで自分でキャメラを廻す意味もないのかも知れない。

デジタルビデオがドキュメンタリー作りを変えたのは確かだ。しかしビデオをフィル
ムの簡易な代用品として重宝するのか、それともまったく新しいメディアなのだから
まったく新しいスタイルを開拓していくべきなのか? あるいは、フィルムであろう
とビデオであろうと、映画は映画だと考えればいいのか?

CCD世代の新しい前衛的表現を模索しようと思いながらも、前衛にはなりきれそうも
なく、スタッフには「オーソドックスだよね」と言われる自分がいる。そして、金丸
裕美子の大胆なスタイル破壊がもたらす生々しさにも、松本俊夫の考えてみればもう
40年近く前の“前衛”に魅了されている自分がいる。そういえばどちらも、主人公で
ありテーマであるのは“母”だ。

☆日本映画専門チャンネル「ドキュメンタリー傑作選」のページ
 http://www.nihon-eiga.com/documentary/index.html 


■水原文人(みずはら・ふみと、藤原敏史)
映画批評/ドキュメンタリー映画作家。製作中の『ゆきゆきて、ゆきゆきて… 原一
男』はまたまた放映延期、6月になりました。音楽は無声映画のピアノ伴奏で大活躍
の柳下美恵さんにお願いしています−−というわけで、やっぱり“映画的”から離れ
られない自分です。ちなみに柳下さんは5月初めに、新文芸座で小津のサイレント作
品を弾かれるそうです。



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┃05┃□ドキュメンタルな人々 続・幻のフィルムを求めて(4)
┃ ┃■エッジ・コードから知るフィルムの年代 
┃ ┃■安井 喜雄
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●英国人からヒントを受ける

2年程前、英国のエイドリアン・ウッドという人から会いたいという連絡が入り、神
戸で会った。彼は、カラーフィルムを全世界から収集して番組づくりを行う製作会社
の専門家らしい。今回はNHKと共同製作する番組のため、日本でのカラーフィルムを
探索しているとのことだった。以前にNHKで放送されたヒットラーを捉えたカラー映
像も彼の会社の収集フィルムだという。彼がわざわざ神戸まで足を伸ばして来たのは、
神戸市立博物館を訪ねるのが主たる目的だったようだ。

私が住んでいる神戸のことで恐縮だが、神戸市立博物館は、美術の個人コレクターと
して知られる池長孟(明治24年〜昭和30年)が収集した約4,500点の資料を展示する
目的で作られた南蛮美術館の収蔵品をそのまま継承した博物館で、池長氏が撮影した
16mmフィルムも保存されている。この中にカラーで撮影された海外や神戸の様子など
があり、昨年同博物館で公開され地元では話題となった。

私への依頼は、どこかに戦中の日本で撮影されたカラーフィルムがあれば教えてほし
いとのことだった。とは言っても、日米開戦後にアメリカ製のカラーフィルムが日本
で入手できるはずがなく、例え入手しても現像する手段がないはず。そんな無理難題
は叶うはずがないと思って「そんなん無理でっせ」と答えたものの、念のため手元に
あるフィルムを調べることにした。.

当方が所有する個人撮影フィルムの中にカラーがないかを調べた結果、その殆どがフ
ィルムに色が付いていないカラーフィルムだった。と言うのは、そのフィルムはコダ
カラーといって、撮影機のレンズ前に三原色のフィルターを装着して撮影し、映写時
にも撮影した時のフィルターを装着して映写すれば、フィルムは白黒だがスクリーン
上の映像はカラーになるという初期のカラーフィルムであった。フィルム自体に色が
付くコダクロームが発明され普及した後は姿を消したので、一般的にあまり知られて
いない。一見すると白黒フィルムに見えるので、外見上判別しにくい。フィルターを
装着せずに映写すると白黒に映り、フィルムに刻まれた縦縞がそのまま映写される。

詳しくは、昭和6年に日本教材映画株式会社から発行された「小型映画講座・トー
キーと天然色映画」を参照していただくとよく分かるのだが、フィルムベースが多数
の凸レンズ状になっており、光の屈折を応用してカラー発色にする原理のようだが、
文字で書いても現物を見ないと理解できない。

私は残念ながらコダカラーの映写装置を所有していないので、フィルターと映写機を
セットで保有する古林義一さん宅にフィルム持参で訪ね、映写実験を行った。こんな
ことでもなければコダカラーを映写する機会がなかったので貴重な体験となった。古
林さんも映写機を所有しているものの映写実験は初めての経験で、二人とも予想以上
にカラーがうまく再現したので驚いた。ただ、フィルター装着の際、右左を逆にする
とカラーが反転し正常な色彩が再現されないことも分かった。その上映作品の内容を
エイドリアン・ウッド氏に報告したが、フィルムが彼の期待する時代以前のもので、
残念ながら使用の要請はなかった。.

しかし、このフィルムをどうしてテレシネするのかが分からない。そのままテレシネ
すると縦縞入りの白黒画面になってしまう。三色フィルターを装着してもそう簡単に
カラー画面が再現できるとは思えない。このフィルムはテレビ放映には無理であると
思えた。しかし、後にNHKで放送された番組を見て驚いた。縦縞の入ったカラー画面
(中国の映像)が映し出されたのである。多分、外国のラボでテレシネされた映像と
推察した。どこのラボか知らぬが、コダカラーのテレシネができるなんて海外のラボ
の技術は凄い。

彼は盛んにフィルムのエッジ・コードについて聞くので、なぜかよく分からなかった
が、そのコードからフィルムの年代を調べるのだそうである。エッジ・ナンバーはネ
ガ切りに際しシンクロナイザーで画ネガとラッシュを合わせる時、不可欠な番号なの
でよくお世話になるが、私は迂闊にもフィルム・エッジに刻まれたエッジ・コードの
ことをそれほど詳しく知らなかった。コダックの場合、SAFTYの間のドットの位置で
生産国を、●■▲などのマークの組み合わせで製造された年代を特定することができ
、その映像が撮影された年度が推定できると聞いた。 例えば、S.AFETY ならアメリ
カ製、SA.FETY ならカナダ製、SAF.ETYならイギリス製、SAFE.TYならフランス製、そ
のそれぞれについての詳細な製造年代表記が以下のアドレスに記載されているので大
変参考になるとのこと。
 http://www.pathescope.freeserve.co.uk/Gallery/filmcodes.htm 

しかし残念なことにここには富士フイルムのデータが出ていない。フジの場合はどう
なるのかご存知の方、ご教示ください。それにしても、日本の文献にフィルム自体の
研究が乏しいのは残念だ。どこにもエッジ・コードなんて書いてないんじゃないかな
。作品の内容に関しては膨大な書籍が出版されているのに、フィルムそのものにみん
な関心がないのか、参考になる書籍が皆無に近いというのも不思議なことである。


■安井 喜雄(やすい・よしお)
映画館に行くと綺麗なチラシがいっぱい並んでいて1枚づつ取るようにしているが、
聞くところによると宣伝用チラシが存在するのは日本と韓国とタイだけらしい。特に
タイはシネコンができて以来、その宣伝に日本を見習ってチラシを導入したという。
すでにタイにもチラシのコレクトマニアが出現し、日本の好事家と交流しているよう
だ。先日、これまでにタイで発行されたチラシのほぼ全てを寄贈していただいた。文
字は読めないがなかなか立派なものである。



┳━┳━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
┃06┃□随時連載『映画は生きものの仕事である』(4) 
┃ ┃■「宜蘭国際緑色影展(イーラン国際グリーン映画祭)」瞥見記
┃ ┃■土本 典昭(シネ・アソシエ)
┻━┻━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

●さまざまな問いかけ                            

台湾の宜蘭県で開催された環境問題に関する劇、ドキュメンタリーの映画祭に招かれ、
四月一日から九日まで滞在した。その帰りの機中で十日ぶりに見た朝日新聞によって、
イラクでの抵抗勢力による日本の青年三人の人質と自衛隊の撤兵要求を知り、今日十
三日現在、まだおちおち寝付けない。これについてはまた機会を改めて語りたい。

さて、この“無名の映画祭”については、私とともに出席された山形国際ドキュメン
タリー映画祭(以下YIDFF )の矢野和之氏やアースビジョン(地球環境映像祭)の宇
津留理子さんなどから或いは報告の機会があろうと思う。私としてもこれが誕生した
ばかりの映画祭だけに宣伝しておかないといけない。だが残念ながら折角資料を沢山
いただいたものの、中国語、英語のため未だ読みこなせないので、一知半解とお断り
したうえで、“瞥見”のままを伝えさせて戴きたい。

この正式には「宜蘭国際緑色影展(イーラン国際グリーン映画祭)」はこれが第一回
目である。私は一回性のイベントと思っていたが、最後の九日の閉会式での劉守成
(リュウ・スウ・チェン)県知事の挨拶では、「この成功を励みに、これから毎年行
っていく」と強調された。初耳だった。もし毎年の映画祭となれば…、人口数十万人
規模の宜蘭県ではどうなるだろう。たしかに後で述べるように、宜蘭市は環境都市と
して他県にはない都市作りに成功している。しかし県の首都圏と思われる宜蘭市と隣
接の羅東鎮あわせて十万人に満たない都市圏である。それにしては水位の高い試みに
思える。常識ではそうだ。.

だが、現在進行形のこの「緑色影展」のパワー、特に様々な視覚的宣伝は凄まじい。
びっくりするほど魅力的なデザインのポスター、それも一畳大のポスターや会場周囲
に林立するのぼり旗、店頭のポスターなど、多分千点以上が街中の公共施設、大学、
学校、公園、ホテル、大きな商店、買い物センターなどに行き渡っている。まさに
「インターナショナル/国際」と「グリーン/緑色」の、二つのキーワードが一斉に
宜蘭を支配しているようだ。これは“ヤマガタ”の比ではない。これが関係者、特に
女性の映画人、コーディネーター、ボランティアの活気と相俟って、街の子供・生徒
までを熱くしている。私ですら会場などでどれだけ彼等からサインを求められたか。
ほかの外国映画人のなかには許婚との結婚式を急遽、宜蘭の道教寺院で中国式式服で
行うチェコの監督まで現れた。参加者も浮かれている。その父親役に最年長の私がい
きなり指名され“証婚人”をやらされた。これは全台湾のマスコミに報じられ、映画
祭の盛上げに結果として寄与する事になった。明るい話だ。.

本誌の伏屋博雄氏からこの映画祭の推進力は『陳才根と隣人たち』や『生命(いの
ち)』の作家で知られた呉乙峰(ウー・イ・フォン)氏だとは聞いていた。この宜蘭
県出身だ。
この企画に当って、範をYIDFF に取り、呉氏は劉宜蘭県知事夫妻らと映画祭経験者ら
と共にヤマガタを見学したという。だが同じからずだ。ユニークな「緑色」を立てた
のだろう。これが例年開催となれば、来年からは日本の映画作家の作品が宜蘭に招か
れるだろう。うがって言えば、台湾のYIDFF にしたいといった意欲が伺えるからだ。
呉乙峰氏が二日目のセミナー「土本典昭の夜」で語ったことで印象的だったのは
「1987年の戒厳令時代の終焉以後、自由な時代を迎え、本格的なドキュメンタリーが
作れるようになった。その範は日本のドキュメンタリーであり、小川紳介と土本典昭
だった。そして自分の作品のへの日本の友人の評価は台湾のドキュメンタリスト全体
を励ました…」。これを聞いて、1989年以来、小川紳介が創設に尽くしたYTDFF の十
年余の流れが、いかに戒厳令から解放された台湾の若い映画人を鼓舞してきたかを確
認できた。私はこれを率直に受け取った。同時に日本の作家は宜蘭を舞台に相互に作
品を競う新たな映画の場が生まれようとしているその時点に立ち会っている気がした。

だが、ここはいわゆる「テーマを掲げた映画」のいわば国際交流風のイベントであり、
商業的映画中心のそれでもなく、かと言ってコンペで受賞作を選ぶものでもない。町
おこし的な意味もあろう。ヤマガタと同じからずというのはそこだ。どうやら陳水扁
派らしく、民主的な知事として声望の高い劉守成県知事、その夫人も20年来の宜蘭県
の環境保護運動のリーダーといわれ、任期 8年の一年前の今年、仕上げとして“緑色
宜蘭”のシンボルとしてのこのグリーン映画祭を実現されたようだ。そこで今回は特
別招待作家としては日本の作家が相応しいと思われた節がある。そして気恥ずかしい
ことであったが、機会あるごとに知事の次にスピーチさせられた。道教の国だ、年長
ゆえに…と割り切ることにした。これらは全て事前には知らされなかった事だ。そも
そもすべては行ってから…ばかりのことの連続だった。

開会式の前夜、連れ合いの基子と宜蘭駅に到着そうそう、県政府の観光保護局長ツウ
・サン・ヤン氏らに迎えられ、はじめて県政府主催の映画祭であることを知った。ツ
ウ氏が会った最初の宜蘭県人になる。その彼から数冊のレポートをプレゼントされた。
掲載写真から珊瑚の白化などの海の異変などの調査記録と知れたが、いずれもツウ氏
の著作だった。いかにも青年学者然とした彼の印象から、「緑色」の意味が分かった
から妙だ。.

渡されたパンフによれば、主催は宜蘭県政府であるが、その映画祭委員会は前述の呉
乙峰さんはじめ、コーディネーターの游恵貞(ジャン・ユ)さん、日本映画研究で知
られる張昌彦さんらや若い映画青年のボランティア集団で組織されている。さらに運
営は宜蘭県の「社区(地域)大学」という名の学生・成人学級生徒(生涯教育をも含
む)の教育機構がこれを担っていた。私が日本語しか分からないという事で、社区大
学の日本語科の先生、生徒さん(といっても中高年)、延べ七名が選ばれ、毎日交替
で食事から昼寝、外出など移動に自家用車で連れ添って下さった。みな質僕で人柄の
よい点では生粋の“地方人気質”。白さんは先住民で日本大好きの方だ。「私たち高
砂族は山に強い、アメリカ兵は山は駄目、だから戦争に行った」。これが自慢話なの
で複雑だ。「宜蘭はみんな親日よ」とも。

わき道にそれるようで恐縮だが、私たちの世話がかりの中高年ボランティアのことに
触れておこう。最年長は70歳前後のいわゆる日本支配のときに義務教育で日本語を学
んでいた世代で日本びいきと思われる方がた、60歳すぎの定年後、社区大学の日本語
教室の成人生徒、それに日本留学経験のある30歳代の女性ラジオ・アナウンサーとい
った方々である。この人たちは元中小企業の社長や学校教師、二、三年前に新設され
た日本語教室の生徒になるまでの職業は色々である。日常会話は通じるが映画知識や
環境問題には疎い点では共通している。ただ競うように宜蘭県の郷土紹介には献身的
な方がたばかりである。私が「初めて台湾に来た人」ということでそれに拍車をかけ
たようだ。だから私の映画のスケジュール(Q&A)以外はびったり、宜蘭県の観光名
所案内で埋められていた。「フィルムを少しは見たいのですが…」というが、地元の
ライオンズ・クラブの名士でいま日本でもそう持てない一眼レフのデジタルカメラを
持つ最年長の朱さんは「映画はまたビデオでも見られる」とずばり、「今はほうぼう
を観て、いずれ宜蘭県を映画に撮っては…」と明るいのだ。

また私が「日本海洋守護者」という宣伝文句でパンフや対外PRに喧伝されていたため、
特別に海岸や漁港、魚市場などの視察がセットされていた。この「日本海洋守護者」
には顔赤らむ思いだが、海岸線をつぶさに見ることができたのは収穫だった。ここの
漁業がサバやアジなどの沖合漁業であり、海岸が港湾と河口以外はほぼ 100%が自然
海岸であること、また街の公園化が実現されていて、水田とホテルが大通りをはさん
で隣合わせ、朝などホテルの15階の部屋までカエルの大合唱で目を覚まされる。
散歩した連れ合いの話では数十ヘクタールの運動公園の幾つもの池で、白鷺や鴨など
が泥のタニシをつついたそうだ。

そして信じられないことだが、滞在中、吸い殻を一本も見なかった。「罰金がある
よ」というのだが、塵あくたはましてない。
宜蘭市・羅東鎮とも工場のない農業県の都、自然と市民空間が入り混ざって、市民意
識としての環境都市が定着している。これなら水俣型の公害とは無縁であり続けるだ
ろうと思う。また“グリーン映画祭の街”というに相応しい景観の町に発展して行く
だろうと思えた。この印象はスピーチに生かした。それが主催者の県と市民を大いに
よろこばせたが。

一方、映画祭そのものに触れ得たかというとまるで駄目だった。見た映画もインタビ
ューの字幕(中国語)が読めず、通訳する方も画面のテンポに追い付けなかった。
だから二本の映画を中途半端に見ただけという始末、スピーチでついに映画には言及
できなかった。.

弁解がましいが、今年二月、この映画祭事務局からシグロの山上小貴子さんを通じ、
水俣映画四本を求められ、自選の上『水俣−患者さんとその世界』『不知火海』『わ
が街わが青春−石川さゆり/水俣熱唱』『海とお月さまたち』を出品した。
そして「土本典昭の夜」という討論会もセットしたいたので、YIDFF に頼んで、台湾
のドキュメンタリーのビデオを数本送って戴き、若手の作品もメモしていた。が、そ
の用意を生かせなかった。前に述べたように、観光に時間を割かれ、映画祭での作家
の交流と相互批評といった機会は得られなかったからだ。これでは夫婦でよんでくれ
たのに相済まない気がした。

心配していた中国語字幕はタイミングなどは完璧のようだったが、字がブルーのせい
か白黒の場合はまだ良いが、カラー画面では不鮮明になり、観客にはさぞ辛かっただ
ろう。
帰国してからプログラムを見ると、出品作品は広い幅で世界各国から集められていた。
台湾の原発反対の記録映画はじめ各国の開発と自然保護の軋轢、矛盾をテーマにした
もの、グローバリズム批判のテーマ、自然保護の運動を描いたもの、生きものの世界
の尊厳を見つめたもの、アフガニスタンの子供の記録、地震災害と人びとといった台
湾の自然災害をテーマにしたものなどだった。米国、カナダ、仏、英、独、スエーデ
ン、オーストラリア、ポーランド、ノルウェイ、チェッコなどの作家が作品を携えて
参加していた。

連れ合いのメモによれば、全部で30本のうち、16ミリ作品は日本(私)の 3本だけ、
米国、ドイツ、元東欧からのそれは劇場上映用か、35ミリ作品が 7本。あとの20本は
台湾作品の10本を含め、デジタル作品ばかりだ。台湾のフィルムのドキュメンタリー
の時代は終っていた。呉氏はデジタル時代で劇映画よりドキュメンタリー作品が勢い
が良いという。

この傾向には驚かないが、液晶テレビ、デジタルカメラ・ビデオと携帯電話の普及密
度は日本と同じか、それ以上だ。例えば、先住民の白さんの息子は大きな歯科医を開
業していた。かれに私たちを紹介しようと案内された医院の六、七人の治療椅子の並
ぶ治療室には、各患者用に目の前に14インチの薄型液晶テレビがセットされ、お好み
の番組が見られるようになっていた。「なんとまあ」と絶句した。これがないと客が
付かないというから、殆どの歯科病院にあるらしい。これが台北の一流の歯科の話で
はない。ローカルの一都市の話だから全台湾ではどうなっているか。

また付き添いグループが歌好きの連れ合いの慰問にと、一夜、かれらの友人宅のカラ
オケ・ルームに招いてくれた。四百坪もある金持ちの家だ。そこには小劇場並のスク
リーンと天井に設置されたDVプロジェクター、合唱用にと二本のマイクがひっぱられ
ている。みな自家用族のためか酒抜きでもいい気分になるまで日本のナツメロなどを
歌いまくるという。「ここは特別の物好きの場合ですか」と聞くと「そう10軒に一軒
あるかなあ」という。連れ合いはカラオケにやや詳しいが、「こんなのはじめて」だ
そうだ。多分、映画会も出来るだろう。ついでに言えば小さな公共施設、学校にもビ
デオ・プロジェクターとスクリーンはあった。この中高年世代と付き合って、思わぬ
世界を会間見たものだ。.
台湾のドル準備高は日本についで世界第二位ときいてはいたが、これはその豊かさの
授かり物なのか、台湾人は生来の映像好きだったのか。映画市場には限界があっても、
市民社会全般では視聴覚産業はグングン伸びているという。戒厳令解除以後僅か16年
である。

映画祭の作品はろくに見られなかったが、一週間の最終日、ここの社区大学の映画科
の学生が「宜蘭国際緑色影展(イラン・グリーン国際映画祭)の記録」を 8分程度の
作品に纏めて、閉会式の序曲風に市民とわれわれに公開した。これがテンポの良い編
集で、この間の出来事と内外作家、そして作品のシーンも入れ込みながら超短篇に纏
めていた。ラスト・タイトルにはキャメラマンの名は十人程列記されていた。そして
前日までをフォローしている。編集は徹夜だったろう。私は導入部を見て、CMタッチ
かとやや斜に構えていたが、違った。

つまりこれは撮った人にも見せる映像であり、宜蘭の市民にも見せるとあればCMには
ならないのだろう。私たちを含め、外国人の人格的表現も伺える。例えば私の話の一
番サワリを的確に捉えていて、ドキュメンタリーの質を持った映画だった。こうした
映像レジメが会期内に出来、それが当たり前のように提出されるこうした映像文化
(大衆的な集会の慣行も)の在り方はヤマガタでも見た記憶があるが、出来栄えとス
ピーディーさではどうだろうか。私は自分が写っているからか、こっちがいいと思っ
た。

最後のまとめをしたい。当年44歳の中堅、あの呉乙峰氏は運動家の側面を持っていた。
対談「土本典昭の夜」は卓抜した通訳・張昌彦さん(日本映画研究第一人者)を得て、
若い作家たちに長時間、語れた機会だったが、そこで、呉氏が力点を置いて質問した
のは「被写体との関係の作り方は如何、その困難だったケースの場合いかに克服した
か?」、それと「あなたは学生運動や社会運動から映画を選んだのは、映画にどのよ
うな意義を発見したからなのか? 社会主義者と聞いているが、政治を映画で語るこ
とはあるか」と聞く。それなりにお答えはしたが、最後に一言と彼は聴衆に向って言
った「台湾には映画で描くに足る矛盾に満ちている、たとえば社会の不平等だ! 」と。
映画志望者、作家の多い会場はその時はさながら“呉乙峰教室”の雰囲気になった。
女性が七割、緑色映画に惹かれていた。

では、これからの日本のドキュメンタリー志望者・作家諸君は何を描けばよいのか。
何をこの宜蘭に運ぶのか。呉氏の言うような大きな矛盾は、日本にあるのか、ないの
か。或いはいわゆる“私映画”はこの緑色映画の範疇に入るのものであろうか。そう
した刺激的な問いを私も突き付けられた気がした。 04/4/17



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┃07┃□広場
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■告知

●告知:「neoneo坐」を皆で育てよう! 
ノンフィクション映像の「たまり場」創設  伏屋 博雄(坐長)

neoneo坐は、作り手には上映し易い場として、観客には「見る場」がほしいという要
求に応える場として創設されました。特に若い映画作家には発表の機会を与え、観客
と切磋琢磨する関係をつくりたいと思います。
つまりneoneo坐は、作り手と観客に開かれた上映運動体として、ノンフィクションの
上映を通して、お互いが育つことを目的とする非営利映像空間です。

プログラマーの主導のもと、上映会を始め、映画講座、イベント等を行います。
したがって、プログラマーを広く募集し、作品の選定、構成、当日の運営を担っても
らいます(監督がプログラマーになることも出来ます)。
また、賛助会員、一般会員を募集し、運営の円滑化をはかります。
告知は、チラシ、メルマガneoneo、ホームページ(準備中)、等で行います。

上記の目的に賛同する者は、神田小川町に出現した「たまり場」…「スペースneo」
(30席)で、誰でも上映ができ、ご覧になれます。

皆の力を結集して、「neoneo坐」を育てていこうではありませんか。

以上の趣旨に基づいて、neoneo坐のガイダンスを行います。

☆neoneo坐のガイダンス
(1)「neoneo坐」は何をめざすのか
(2)どのように運営するのか(討議)
(3)「上映プログラマーズ」大募集!
(4)賛助会員・一般会員の大募集!
(5)運営委員会の設置

期日:4月28日(水)午後7時から午後9時まで
会場:スペースneo(30席) Tel:186-090-3271-5280
〒101-0052東京都千代田区神田小川町2-10-13 御茶ノ水ビル1F
都営新宿線「小川町」駅、B5出口より徒歩1分、
JR「御茶ノ水」駅・聖橋口より徒歩5分
(地図)
 http://map.yahoo.co.jp/print?mode=1&key=4d94aadc772a7f0a1123026&pass=b313eb7c796aaf23 

お問合せの方は、住所・氏名・お仕事・電話番号、ファックス等を明記のうえ、
下記にご連絡ください。
 visualtrax@jcom.home.ne.jp  伏屋宛


☆neoneo坐・柿落とし
2004/5/15(土)16(日) オープニング企画『ドキュメンタリスト』

5/15(土) 13:00-
『土本典昭 ニューヨークの旅』 2003/DV/59分 監督:藤原敏史
■第49回ロバート・フラハティ映画セミナーに参加した土本典昭のニューヨーク旅行。
先進国と第3世界の関係、現代日本のこと。先進国であると同時に第3世界的状況を抱
え続ける移民の国アメリカが浮かび上がってくる。
◆トーク 藤原敏史(映画作家・映画評論家)

15:00-
『小川プロ訪問記』 1981/16mm(VIDEO)/61分 監督:大重潤一郎
■大島渚が『ニッポン国・古屋敷村』制作中の小川プロを訪問、小川紳介に映画作り
の考えや苦労を聞く。小川とそのクルーは、すでに新たな対象、新たな生活様式、新
たなドキュメンタリーを求めて山形に移住していた…。
◆トーク 伏屋博雄(映画プロデューサー・「neoneo坐」坐長)
※終了後、交流会(1ドリンク制)

5/16(日) 13:00-
『インディペンデンス アモス・ギタイの映画「ケドマ」をめぐって』
2002/DV/90分 監督:藤原敏史
■ホロコーストを逃れパレスティナに渡り、イスラエル独立戦争の悲惨を目撃する移
民たちを描くアモス・ギタイの『ケドマ』の撮影現場。自らが背負っている移民と迫
害の歴史、皮肉にも迫害する側になってしまった歴史の矛盾と向き合うイスラエルの
人々を描く。
◆トーク 藤原敏史(映画作家・映画評論家)
15:30-
『土本典昭 ニューヨークの旅』
◆トーク 藤原敏史(映画作家・映画評論家)
※終了後、交流会(1ドリンク制)

料金●1プログラム:1500円/会員1000円(入会金2000円で当日加入できます。
   1年間有効)/賛助会員(20000円)は1年間入場無料
   交流会:1ドリンク300円(飲み物、おつまみ全て均一)

     ◇────────────────────────◆◇◆     

□投稿
■撮影レポート『Cuba/Okinawa サルサとチャンプルー』(1)
■波多野 哲朗

●ハイブリッド的環境を生きる二つの島の民

私はいま1本の映画を作ろうとしている。キューバと沖縄をつなぐ物語によって構成
されるドキュメンタリー映画である。キューバと沖縄、それらは互いにほとんど地球
の反対側に位置するカリブ海と東シナ海に浮かぶ島々でありながら、かずかずのイ
メージを共有する。ともにサンゴ礁の点在する美しい海に囲まれた島。凍えるような
寒い冬の訪れもなく、サトウキビの畑が一面に広がっている。

そこには一際おおらかでのんびりした人びとが暮し、独特のリズムとメロディをもっ
た音楽が聞かれたりもする。そしてこうしたイメージが、ときにわれわれをそれぞれ
のロマンティックな夢へと誘っていく。「カリブ海の真珠」あるいは「琉球王国のロ
マン」へと。これはまるで旅行代理店が掲げる宣伝コピーのようだ。

しかしこうしたロマンティックな夢にさえ、どこか悲しげな色調が漂っていることに
気付くはずである。それはおそらくこれら二つの島に住む人びとが、ともに味わって
きた文明の悲哀のせいであろう。そしてこの悲哀は、ロマンティックな夢に較べて、
はるかに個別的な相貌を示している。.

二つの島と言っても、一方がそれ自体一国家であり、他方が日本国の一県であるとい
う事実を忘れてはならない。またこの二つの島は、歴史的にもまったく異なった道を
歩んできた。その決定的な違いは、キューバが先住民の絶滅した国、すなわちすべて
が外部からやってきた支配者と被支配者(スペイン人とアフリカ人)によって作られ
た国であるのに対して、琉球=沖縄が先住民を主体に形成され、しかしつねに外部の
大国(明、清、日本、アメリカなど)の圧倒的な力の支配下の置かれてきた国である
という事実である。

二つの島は、むしろいまそれぞれの孤立を深めている点でこそ共通する、と言うべき
かもしれない。キューバはアメリカ合衆国フロリダ半島のすぐ目と鼻の先にありなが
ら、現在アメリカの苛酷な経済封鎖の下にあって極度の孤立を強いられている。ガソ
リンも電力も乏しく、農産物をはじめとする物資の輸出入には大きな障害が立ちはだ
かっている。その困窮ぶりは目に余るものがある。.

一方沖縄は大戦後半世紀以上を経たいまもなお、戦争の傷痕をもっとも深くかつ鮮明
にとどめている。米軍基地は一向に減る様子もなく、失業率はつねに全国一。そして
何よりも、その傷痕の痛みと記憶が日本という国の内部でほとんど共有されていない
という事実において、沖縄もまた孤立を強いられていると言わねばならない。かくて、
人びとの苦悩が深まり、孤立を極めれば極めるほど、その記憶は歴史の深い闇へと消
えていく。

しかしながらいま私は、この二つ遠く隔てられた土地の、まったく異なる孤立的状況
の間に、一つの紐帯を見出そうとしている。はじめそれはあいまいな輪郭しか持って
はいなかった。しかしもっとはっきり見極めようと、と言うよりは心惹かれるままに、
二つの島を行き来するうちに、その紐帯の輪郭が次第に鮮明になりはじめたのである。
それをいまあえて一言で言うとすれば、強いられたハイブリッド(混合)的環境を生
き抜く者たちから立ちのぼるオーラであり、そうしたエネルギーが無意識に醸成する
人間同士の深いきづなである。

こうした発見のきっかけとなったのは、20世紀前半に沖縄から砂糖ブームに沸く
キューバへと出かけて行った多数の移民たちの動向だった。キューバと沖縄との間に
は、じつは昔から並々ならぬ深い関係があった。沖縄からキューバへと運ばれ、ほと
んど棄民に等しい状況に置かれた当時の移民については、上野英信の「眉屋私記」や
倉部きよたかの「峠の文化史 キューバの日本人」といった名著・労作から多くを学
んだ。しかし私はその続編とでもいうべき状況をキューバと沖縄で目の当たりにて、
こんどはそれを映画に撮ろうと考えはじめたのである。(つづく)


■波多野 哲朗(はたの・てつろう)
映画研究家。研究でも実生活でも「crossing borders」が目標ないしテーマ。研究で
はこのところ20世紀芸術と映画との関係性(または無関係性)がテーマとなってい
る。実生活ではもっぱら世界の辺境域を旅し、6年前にはオートバイでユーラシア大
陸を横断。

     ◇────────────────────────◆◇◆     

●投稿コーナー「クチコミ200字評!」 第10回
提案者:清水浩之(ゆふいん文化・記録映画祭/今年は5月28日〜30日開催!)

「オススメの作品を200字以内の短評で紹介してください!」というコーナーです。
映画・ビデオ・テレビなど皆さんがノンフィクションだと思う作品だったらなんでも
OK!「知られざる傑作」を発掘したり、おなじみの名作の今までにない見方を指摘し
たり…もちろん「オススメしない映画とその理由!」も歓迎です。

200字以内の本文とは別に、「あなたのお名前(ペンネーム可)/掲載確認のご連絡
先(メールアドレスor電話)/題名/制作年/監督/見た場所」を付記して清水まで
お送りください。(あなたのプロフィールや近況もご紹介いただけるとうれしいで
す)

清水浩之 → E-mail: shimizu@ad-ult.co.jp /ファクス:03-3703-0839

「neoneo」は毎月1日・15日の配信ですので、その2週間前を〆切として、基本的に
無審査・先着順で掲載させていただきます。皆さんのご参加、お待ちしております!

B-029 『備後表(びんごおもて)』
2003年・東京映像社/演出:遠藤伸幸
見た場所:富士フィルム本社ホール

世界広しといえども<畳の映画>が出来るのは日本だけ?広島県福山の高級畳「備後
表」を巡るフィルム・ルポ。『イグサは田んぼでも畠でも育つ、バカな草ですよ』と
笑うイグサ農家のおじさんにグッとつかまれ、足踏み織機で畳表を紡ぎ続けるおばあ
さんのつぶやきを聞いていると、後継者に恵まれず消えようとしているこの伝統的な
技術が愛しくなってきます。ナレーションを用いず、的確な画面設計で見る者を引き
込むワザありの佳作。
(清水浩之/東京/36歳/フィルムの文化映画も今や「伝統工芸」に…?)

B-030 『1:99 電影行動』
2003年・香港/監督:チャウ・シンチ−ほか
ビデオ・DVD発売元:ポニーキャニオン

SARSの脅威に落ち込む香港社会を元気づけようと映画人が結集した、ヴィデオ・アク
ティヴィズムならぬ「映画行動」。超現実主義に映る彼らだけど、だからこそ? 素
直に行動できちゃうのが素敵。日常生活で感じた恐怖を率直に吐露するピーター・チ
ャンから『少林サッカー』ことチャウ・シンチーの笑わせてナンボな不謹慎ギャグま
でが仲良く同居しているサマも含め、ショートフィルムバブルな日本には果たして真
似できるかどうか。
(清水浩之/東京/36歳/メイキングも面白いですよ)

B-031 『燃える男・長嶋茂雄 栄光の背番号3』
1974年・日本映画新社/監督:河辺和夫 構成:小笠原基生
ビデオのあった場所:ツタヤ新宿店・邦画フロア「スポーツ」コーナー

緊急入院で日本全国が心配したミスターの一日も早いご回復をお祈りしつつ、『我が
巨人軍は永久に不滅です!』の名台詞で有名な現役引退記念映画で昭和のプロ野球を
懐かしみます。3代目の彼を最後に永久欠番となる背番号3、『ホンネでは次の世代に
受け継いで、また別の時代を創ってほしいんですよ〜』と甲高く語る声が若いな。
それにしても、大学時代から50年間ずっと注目され続けている人生って…ちょっと気
が遠くなりました。
(清水浩之/東京/36歳/中日の4番はマーチンでした)

B-032 『集団自殺ネット』
2003年・パル企画/演出・構成:白石晃士
ビデオ・DVD発売元:ブロードウェイ

年間3万人といわれる自殺大国・ニッポン。「イラクで射殺されるか、日本で自分に
殺されるか」雨宮処凛さんの言葉が象徴する今どきの「死生観」に、リストカッタ−
への生々しいインタビューや、様々な自殺現場の再検証ドラマを用いて迫っていく…
ここを突き詰めるだけでもかなり面白いルポルタージュだと思うのに、メインのお話
が自殺の原因としてパル企画の御家芸「呪いのビデオ」に収斂していっちゃっうのは
もったいないっ!!
(清水浩之/東京/36歳/雨宮さんの新刊『戦場へ行こう!!』面白かったです)

B-033 『イノセンス』
2004年・プロダクションIG/監督:押井守
東宝系公開中/作品HP→ http://www.innocence-movie.jp 

「嘘八百」と申しますが、八百個の嘘を精密に組み立てれば完璧に近いリアリティが
生まれるのかも。『攻殻機動隊の続編アニメ』といった予備知識抜きでも立派に成立
する、現時点で可能な限り「今まで見たことのない世界」の映像化に挑んでいる点で
『WATARIDORI』などに匹敵する驚き映画。押井監督お得意の屁理屈大会も「ある種の
哲学」の域に迫り、催眠的なだまし絵も見事に決まったデジタル工芸品。これは超オ
ススメ!
(清水浩之/東京/36歳/人形やアニメへの根源的な「問い」も楽しかった!)

またアニメ…でも『イノセンス』は、2Dのキャラと3Dのメカと実写応用の背景がこれ
でもか!というくらい絡み合っていて、もう既成のジャンル区分は通用しない?とも
思えました(←弁解)。それではまた!

     ◇────────────────────────◆◇◆     

■上映

●第45回 科学技術映像祭 表彰式・入賞作品発表会
主催:日本科学技術振興財団/日本科学映像協会/映像文化製作者連盟/
   つくば科学万博記念財団
会場:科学技術館サイエンスホール
(東西線「竹橋」駅/半蔵門線・新宿線「九段下」駅下車)

2004年4月15日(木)
10:00-12:00
『よみがえれ三河湾!〜スナメリのいる海〜』
制作:テレビ愛知 撮影:谷口勝巳 55分
『プラナリアから学ぶ再生の秘密〜阿形清和〜』
制作:映像館 演出:増田信示 29分
『ザリガニのふえ方』
制作:三重大学教育学部生物学教室後藤研究室 12分
『インスリン開口放出の謎を追う』
制作:イオス 演出:杉山章 20分

13:00-17:17
『脳の生命誌』
制作:ソニーPCL 演出:永田雅一 35分
『先人たちとの対話〜文化財保存修復に懸ける〜』
制作:アートテレビ 演出:白井高瀬 43分
『潤滑油〜摩擦・熱との戦い〜』
制作:NHKテクニカルサービス 演出:神悟史 26分
『インフルエンザ・ウイルス』
制作:ネクサス 演出:木村吉孝 30分
『生命(いのち)への警鐘〜米国フラミンガム町からのメッセージ〜』
制作:TVQ九州放送 演出:吉川宣顕 46分
『東京女子医科大学病院〜医療の現場で何が起きているか〜』
制作:NHK 演出:落合淳 59分

2004年4月16日(金)
14:00-17:35
『地震波が巨大構造物を襲う』(内閣総理大臣賞)
制作:NHK 演出:戸倉冬樹 49分
『不思議の星・地球』
制作:イメージサイエンス 演出:碓井隆志 27分
『未来を創る科学者達 神秘の瞬間に立ち会う〜世界初 植物の受精映像〜』
制作:NTV映像センター 演出:川上隆 29分
『細胞膜の働きを解く〜1分子で見る情報システム〜』
制作:NHK情報ネットワーク 演出:丸田晴男 28分
『赤血球造血の謎〜アポトーシス研究からの考察〜』
制作:桜映画社 演出:森吉美 18分

※旭川・札幌・仙台・つくば・新宿・山梨・新潟・富山・名古屋・大阪・
広島・徳島・福岡・宮崎でも入選作品発表会を開催。詳しくは...
科学技術映像祭公式WEBサイト  http://ppd.jsf.or.jp/filmfest/ 


●『ニュータウン物語』大阪上映

1)千里ニュータウンでの緊急上映決定!
日時:4月24日(土)第1回:午前11時〜 第2回:午後2時〜 
             (両回とも上映後、本田孝義監督との質疑応答あり)
上映場所:
〒560-0083豊中市新千里西町1丁目1-10ジブラルタ生命千里ホール
(TEL:06-6834-6555)
問い合わせ先:
「みんなで“ニュータウン物語”を見よう」千里上映実行委員会
携帯電話 090-8169-6592  メールアドレス senridecinema@aol.com 
料金:1000円

2)映画館でのモーニングショー
日時:5月1日(土)〜21日(金) 連日10:30〜 (1回上映)
場所:シネ・ヌーヴォ  http://www.ap-osaka.com/nouveau/ 
(TEL 06-6582-1416)
※初日、本田孝義監督舞台挨拶あり!
料金:特別鑑賞券1000円絶賛発売中!
     当日:一般1300円/学生高中小・シニア1000円

『ニュータウン物語』公式ホームページ:
 http://www12.plala.or.jp/toyama-honda/ 


●メイシネマ映画祭(東京)5月2日(日)3日(祝)4日(休)
 思いは時をこえて―ドキュメンタリー15作品の展開

5月2日(日)
A:11:00am『ユンボギの日記』(65年、16ミリ、30分)監督:大島渚
  11:40am『ぼくのいる街』(89年、16ミリ、23分)監督:黒木和雄
B:12:50pm 追悼上映 大内田圭彌作品『地下広場』(69年、16ミリ、90分)
C:3:00pm『郷愁は夢のなかで』(98年初版、01改訂版、ビデオ、155分)監督:岡村

D:6:20pm『こんばんは』(03年、16ミリ、92分)監督:森康行

5月3日(祝)
E:11:00am『法隆寺』(58年、16ミリ、24分)監督:羽仁進、撮影:瀬川順一
  11:35am『都市 はじめて物語』(96年、16ミリ、34分)監督:原村政樹
F:1:00pm『わたしの多摩川 わたしのまち 79歳 三田鶴吉さん語る』(04年、
ビデオ、110分)制作:鳥山敏子、編集:四宮鉄男
G:3:35pm『リストラとたたかう男』(三年、ビデオ、70分)ビデオプレス(松原明、
佐々木有美)
H:5:30pm『土徳(どとく)』(03年、ビデオ、118分)監督:青原さとし

5月4日(休)
I:11:00am『神河内そして穂高』(01年、ビデオ、20分)構成編集:渡辺哲也
  11:30am『枇杷の実待ち』(03年、ビデオ、35分)監督:三浦淳子
J:12:50pm『掘るまいか』(03年、16ミリ、83分)監督:橋本信一、撮影:松根広

K:2:50pm『朋あり』(04年、ビデオ、85分)監督:伊勢真一、音楽:米山靖
L:5:00pm『元始、女性は太陽だった 平塚らいてうの生涯』(01年、16ミリ、140
分)演出:羽田澄子

会場:小岩コミュニティホール(JR小岩、南口サンロード徒歩8分、小岩図書館2F
料金(会費):1回(A〜Lのうち)当日のみ1000円、(11:00am回)800円
      2回(A〜Lのうち)1700円(前売り)、1900円(当日)
      3回(A〜Lのうち)2400円(前売り)、2700円(当日)
      4回又は1日フリー券 3000円(前売り)、3400円(当日)
      2日フリー券 5600円(前売り)、6400円(当日)
      3日フリー券 7800円(前売り)、9000円(当日)
3日間、各日ゲスト(監督、スタッフ)によるショートトークを予定しています。

主催:メイシネマ上映会:Tel&Fax:03-3659-0179



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┃08┃■編集後記 伏屋 博雄(ふせや・ひろお)
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●「制作側がどんなに頑張って作品を作っても、見る側がそれに見合った反応を起こ
さなければ、まさに猫に小判」。今回から連載が始まった村山匡一郎さんの言葉は、
観客を挑発する。日頃作り手が厳しく問われる様を見ているだけに、我が意を得たり、
という感じがした。また、作り手の気がつかない鋭い指摘を観客から受けることも、
間間あること。これが作り手の創造性を刺激する。

neo時代から大勢の執筆者が「ドキュメンタリー映画のかたち」を多面的に分析して
きたが、村山さんの「観客のかたち」は、灯台元暗しを地で行く新鮮な切り口だ。こ
の肉を切らせて骨を断つ的テーマへの切り込みの、これからの展開にワクワクドキド
キ。

●土本さんの「宜蘭国際緑色影展(イーラン国際グリーン映画祭)」報告は楽しい読
み物。ご本人は映画を見るどころではなく、さんざん方々に引っ張りまわされて大変
だったようだが、一方、普段見ることも出来ない台湾の人々の生活ぶりや風物を観察
することにもなった。それにしても、この映画祭の力の入れ方を見ると、第1回目と
いうことを割り引いても並ではない。つい山形映画祭と比較してしまうのだ。

それは、市民の熱の入れ方に、つまり、映画祭の受容の仕方に差を感じてしまう。私
など毎回山形を訪ねるが、目抜き通りの商店の方でも開催していることを知らない方
が多い。また観客に山形在住の方が少ないことも気になるところだ。「こんな素晴ら
しい映画を見なくてもったいない」と思ってしまうのだ。広報の違いなのか。

「宜蘭国際緑色影展」を支える方のなかには、映画というよりは町づくりに熱心で、
必ずしも映画に収斂する方向を示していないかもしれない。が、少なくとも国際社会
での「孤立」を深めるこの国の厳しさを踏まえて、積極的に異国と交わろうとする人
たちの「熱」を伝えている。これも文化交流の所産ではなかろうか。

この「瞥見記」は恐らく、世界初の「宜蘭国際緑色影展」レポートだと思う。

●「neoneo坐」は私の長年の夢だった。ふとしたことで知り合った佐々木ご夫妻と話
が弾んで、実現の兆しを帯びてきた。気軽に上映が出来て見たい映画や見逃した映画
を見られる「たまり場」。東京の神田小川町という交通の便がよく、30席の小さな空
間「スペースneo」ならば、使い勝手もよいし、見やすい空間だ。箱は出来ているも
のの、これからはスクリーンやプロジェクターの設置を急がねばならない。

ここで、作る側も見る側もお互いの声が直に届く環境で、お互いの真意を掘り下げる。
その要になるのは、作品選定から当日の運営を任せる「上映プログラマーズ」である。
また、彼らを含む「運営委員会」には、賛助会員と一般会員も参加して「neoneo坐」
を支える。

賽は投げられた!私は多くの賛同者を得て、皆に解放する「neoneo坐」にしていきた
いと思う。詳しくは、広場欄の「告知」をご覧いただきたいが、まずは、4月28日
(水)の「neoneo坐のガイダンス」では、「スペースneo」を見学して欲しい。友よ、
集まれ。そして、語ろう。



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■発行:ビジュアルトラックス visualtrax@jcom.home.ne.jp
■責任編集 伏屋博雄
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創刊日:2003-09-01  
最終発行日:  
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