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ドキュメンタリー映画の最前線メールマガジン neoneo

映画関係者必読のメールマガジン。プロデューサー、監督、評論家、映画館支配人など、さまざまな立場からこれからのドキュメンタリー映画を熱く語ります。

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ドキュメンタリー映画の最前線メールマガジン neoneo Vol.10 2004.4.1

2004/04/01


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┃n┣━┫o┣━┫e┣━┓ ★ドキュメンタリー映画の最前線メールマガジン
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  ┗━┛ ☆━┛ ┗━☆    10号  2004.4.1


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 †01 日本のドキュメンタリー映画のかたち
     セルフ・ドキュメンタリーの現在(5―最終回)  かわなか のぶひろ
 †02 自作を解剖する
     『人生 紙芝居』   丸谷 肇
  †03 ワールドワイドNOW ≪バンコク発≫
     2nd First Frame Festival開催  吉岡 憲彦
 †04 列島通信 ≪高知発≫
     市民映画館設立へのささやかな動き  藤田 直義 
  †05 広場
     投稿コーナー「クチコミ200字評!」(9)  提案者:清水 浩之
 †06 編集後記  伏屋 博雄

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┃01┃□日本のドキュメンタリー映画のかたち
┃ ┃■セルフ・ドキュメンタリーの現在 (5−最終回)
┃ ┃■かわなか のぶひろ
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●セルフ・ドキュメンタリーの将来

今回が連載の最終回である。
前回『幸せ蝙蝠』についてふれた際に気になっていた点について、急いで書き足そう。
家族にカメラを向けたこの作品に欠けていたもの、それは家族の一員であると同時に
作者でもある金丸裕美子自身であった。
この作品を撮影しているのはまごうかたなき金丸裕美子であるが、それは記録者とし
ての金丸裕美子であって、かんじんの「私」という金丸裕美子の視点は、ここでは描
かれていなかったのである。
そのことが気になっていた。

かつて新藤兼人はシナリオ作法について「誰でも1本だけは素晴らしいシナリオが書
ける。それは自分と自分の周囲について書かれたものだ」という意味のことを書いて
いた。
言い換えるならば、作者である「私」と「被写体」の関係性をいかに描くかというこ
とである。そこのところが従来のドキュメンタリーにはないセルフ・ドキュメンタ
リーの、最も重要かつユニークな点なのである。

たとえば昨年の「山形国際ドキュメンタリー映画祭」で、ぼくにとって最も衝撃的で
あったのは今田哲史の『熊笹の遺言』だった。
もちろんこの作品は、セルフ・ドキュメンタリーというスタンスで撮られたものでは
ない。ここには記録者としての作者はいても、なぜこの被写体を採り上げたのか、と
自問する作者の視点は希薄だった。いわば従来のドキュメンタリーのスタンスで手が
けられていたのである。
ないもの強請りになってしまうけれど、ここに「被写体」と「私」もしくは「私達」
という視点が加わっていたとしら、凄いことになったろう。.

従来のドキュメンタリー映画は、社会教育を目的とした国策映画や、学校教材のため
に手がけられた文化映画の戦前から、戦後の、高度経済成長とともに興隆したスポン
サード映画に至るまで、その制作形態はさして変らず、国や企業、あるいはテレビか
らの受注を基点として手がけられていた。
当初は35ミリで、やがて16ミリで制作されるようになっても、機材ならびにフィル
ム・コストは、個人で手がけるには容易ではなかったからにほかならない。

ドキュメンタリー映画の歴史は、したがってそうした受注映画の枠の中に、いかに作
家性を紛れ込ませるか、ということが大きなテーマであった。
つまり作家の作品として手がける以前に、商品としての体裁を持たなければならなか
ったのである。
やがてそうした折衷に飽き足らない少数の作家達によって、60年代後半あたりから自
主制作・自主上映の道が開かれる。
野田真吉、粕三平、東陽一、土本典昭、小川紳介、長野千秋、間宮則夫、岩佐寿弥、
西江孝之、羽田澄子、平野克巳、北村皆雄、星紀市、黒田輝彦、山谷哲夫、布川哲朗、
城之内元晴、原一男、原将人、鈴木志郎康、高嶺剛といった自主制作の作家によって、
ドキュメンタリー映画は新たな展開点を迎えるところとなる。

これらの作家の作品は、内容も方法もそれぞれまちまちであつたが、商業的な理由で
自己規制することなく、また、スポンサーの顔色を窺うこともないレベルで制作され
たという点で、ドキュメンタリー映画としては画期的な出来事であった。

なかでも原将人(正孝)の『初国知所之天皇』(73年)や、原一男の『極私的エロス、
恋歌1974』(74年)、鈴木志郎康の『日没の印象』(75年)、高嶺剛の『ウチナー 
イミ ムヌガタイ』(75年)などは、その内容において従来のドキュメンタリーとき
わだった対照を示すものだった。これらはいずれも、外在するテーマを題材に撮るの
ではなく、いわば私を基点として手がけられていたのである。つまりこれらの作品こ
そ、今日のセルフ・ドキュメンタリーの先見をなす試みといえよう。

たとえば鈴木志郎康は、1963年に手がけた『EKO Seres』あたりから、意識的に私を
基点とした8ミリ作品手がけていた。当時NHKの撮影部に所属していた彼は、日常的に
いわば商品としての映像を撮影していたのだが、「自分の内面には決して商品にした
くない部分があり、それを保ち続けることこそ真性の自分にほかならない」(「純粋
桃色大衆」)という考えから、NHKでは決してオン・エアされないであろう「真性の
自分」にかかわる映像をつぎつぎと発表する。

自分と自分の周辺を日記のように捉えた75年の『日没の印象』では、使用するカメラ
さえも、中古カメラ屋の店頭で見つけたコダックの旧式16ミリで撮影され、フィルム
にはところどころにパンチ穴を穿って、商品としての映像との違いをきわだたせてい
た。
この作品から、77年に手がけられた200分の大作『草の影を刈る』(これを機にNHKを
退職している)をはさんで、79年の『写さない夜』までの9作品の後、鈴木志郎康は
ついに、私を基点にした映画の極北というべき『15日間』へ到達する。

カメラに向かって、その日その日の出来事を独白する15日間を捉えた、16ミリ・90分
のこの作品を初めて見たときは驚かされた。アンディ・ウォーホルの『スリープ』を
見たときに、思わず「こんなのアリか!?」と、絶句してしまったが、あの時以来の
衝撃と言っても過言ではなかった。
映像表現という美学上の問題をもはや突き抜けて、そこでは、私を基点に映画を手が
けることの哲学的ともいうべき思索が行われていたのである。映画が商品からこれほ
どまでに遠ざかったケースも珍しい。

もちろん今日では、DVカメラさえあれば15日だろうと30日だろうとコストを気にする
ことなく撮れるだろう。ぼくは日記のように毎日、自分の周囲を撮影している。
しかし、コトはそういう問題ではない。
さきにふれたドキュメンタリーの歴史をふまえて、先行世代が血みどろになって切り
開いてきたさまざまな試みを、今日の簡便なDVカメラがいかに展開するか、というと
ころにこそドキュメンタリーの未来が託されているのである。

セルフ・ドキュメンタリーは、それを見ていない識者に、しばしば“じぶん語り”の
映画とあしざまに言われてきた。この連載開始するにあたってぼくは、「じぶん語り
のどこが悪い」というスタンスでこれらの映画を伝えてきた。
鈴木志郎康は、『15日間』の隘路を通過することによって、ふたたび肥沃な表現へと
向かう原動力を獲得するわけだが、ぼくらもまた、そこから学ばなければならない。
形式や歴史に囚われてはいけない。未来を育むのは作り手の、なかんずく受け手の自
由な精神なのだ。


■かわなか のぶひろ
72作品すべて同じ字数で書く<イメージフォーラム付属映像研究所27期卒業制作展・
全講評>を書き終え、39字7行の呪縛からようやく解放されたのも束の間、ゴールデ
ンウィークに公開する新作『酔中日記』の編集に七転八倒中。かつておなじ思いをし
て手がけたサイレント102分の『私小説』のプリントが、アメリカの映像研究者に買
われたという報せに勇気づけられた。



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┃02┃□自作を解剖する
┃ ┃■『人生 紙芝居』
┃ ┃■丸谷 肇
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●ふたしたことで手ごたえを感じた映像

一体どうしたらいいんだ。紙芝居上演の限られた撮影とインタビューも大方終わり、
そろそろ編集作業にも入ろうかという頃、このまま何の考えもなしにつないでいって
しまうと、ただの〈凡庸さ〉、〈明快さ〉に収束していってしまうであろうと思われ
る、この企画の当初考えていた構成案を前に私はうろたえていた。それというのも事
前にスタッフ間で必要以上に話し合い、上演時の考えうる画とインタビューの質問事
項に忠実に従って順調にここまで来たのだが、何か自分の中でもの足りない、しっく
りこないという思いが常に付きまとっていたからだった。

この映画の主人公でもある、紙芝居師である森下正雄さんの事についても、この時期
になると事前に知っていた情報以外のことも自然にわかってくる。森下さんは今年で
81歳になられ、半世紀以上も紙芝居一筋で、今でも現役の東京で最後の紙芝居師と言
われる。ところが今から10年以上前の1990年、喉頭癌により紙芝居師の命である声を
失ってしまい、現在はかつて録音された自身のカセットテープの声に口を合わせ演じ
ている。このことも手伝って、マスコミの格好のネタとなり、森下さんは実のところ、
出ていないテレビ局はないと自分から自慢されるほどの知る人ぞ知る有名人であった
のだ。

この紙芝居師、森下さんにたどり着いた経緯を少し述べておこう。
今回の企画を決めるにあたり、私は自分の育ったここ東京で、何か今撮っておかなけ
ればなくなってしまうものをまず撮ろうと思っていた。それと私は以前から、路上で
自分の技だけで生きているような大道芸人や露天商などの人物に対する興味があり、
この二つから行き着いたのが森下正雄さんだったのだ。

この森下さん、やっと居所を突き止め、恐る恐る取材の申し込みをすると、二つ返事
でOKしてくれ、にっこりと笑い、がっちりと握手してくれた。今思うに、何も特別私
だったからというわけではなくて、森下さんは紙芝居の広報のためだったらどんな取
材も断らないのだろう。それに森下さんはこのような取材する側からすると格好の対
象であるという前に、ちょっと今まで会ったことのないような人の良さなのである。
正直私はこの初対面の折、森下さんの笑顔を見た瞬間、これはイケるどころか楽勝だ
と思っていたような節があった。実際、テレビや新聞の取材にも嫌な顔ひとつ見せず
に何でも協力してくれる森下さんとちょっとでも接したなら、私だけでなく誰もがそ
う思うに違いない。

しかし、実はここが落とし穴だったのだ。森下さんのこの正にドラマチックな人生を
有り体に描こうとするならば、何も深く考える必要はなく、森下さんによって語られ
た紙芝居人生をただそのままつないでいけばできあがる。しかも壮絶な人生であるだ
けに、それなりのモノにならない方がおかしいぐらいであろう。
私はここで、動けなくなってしまったのだ。この普通につなげればできてしまうであ
ろうと思われる作品に一体どんな戦略で望めばいいのか、と。.

この(普通さ)について言うと、何回も会っていくことで判ってきたのだが、このよ
うに取材慣れした森下さんには、実は自身の人生を誰にでもわかりやすく語り聞かせ
るための自分史みたいなもの、つまり《森下正雄、紙芝居人生一代記》なる物語が自
身の手によってできあがっており、それを繰り返し取材をしに来た者達に伝えていく
ことによって、それこそ紙芝居の語りのようにすでに完成されたものになってしまっ
ており、誰が作ったとしても同じような展開に行き着くだろう普通さというより普遍
性すら帯びていたのだ。現に森下さんには自身の過去や思いを書き連ねた伝記ノート
のようなものがあり、それを写せばりっぱな記事になってしまう。
しかし、稀代の紙芝居師であることを差し引いても、声に不自由がある森下さんにと
って、そうなるのは当然のことであろう。.

さて、大方撮り終えたと誤信し、それでも何か納得いかなかったところのあった私た
ちは近況報告も兼ねもう一度、森下さんの家にふらりと遊びに寄ろうということにな
った。大概のことは質問し尽くしてしまい、その答えも撮ってあると思い込んでる私
はただお茶を飲みながらの世間話である。カメラもまかせっきりだ。しかし今では当
たり前にも思えるのだが、こういう時こそ話は弾むもので、その自然体が森下さんの
語りにさらに拍車をかける。そして、結局私はこの問いかけを自分から一度もしたこ
とはなかったが、どんな話から始まろうとも、森下さんの話の最後はいつも声を失っ
たことに収束していくのだ。.

この日もそうだった。しかしこの時は何回も聞いている話であるのにもかかわらず、
不覚にも私は涙を落としてしまった。今まで私は監督の立場として、場の空気が乱れ
ぬよう神経を張り詰め、カメラのトラブルに内心苛立ち、沈黙を恐れ、話に耳を傾け
るより先に次の質問を気にかけて実際は何も聴いていなかったのだろう。この瞬間か
らある変化が確実に起こった。突然のことではあったが、身を乗り出し森下さんはな
んと自身の食道発声の声で、思い出の紙芝居『手を振る子』を私たちの前で演じてく
れたのだった。

結局、この日撮った諸々が今回の作品の中核をなしている。しかし、これらの手ごた
えを感じた映像には森下さんの歴史も紙芝居史も映ってはいない。そういったものは
撮れてはいるがあえて捨ててしまっている。撮れたと勝手に思いこんでいたものは、
実は何も捕れていなかったのだ。最終的に私が重視し使ったのは、私たちと森下さん
との世間話のような、関係性が濃密に出てはいるが一見すると生ぬるく、別になくて
もいいようなシーンだ。.

しかしそこには森下さんが親しくなった者たちに同じように垣間見せるであろう、紙
芝居師としてというよりも(一人間としてのありのままの日常)の一端そのものがあ
る。そして、こういった素材の方が、見てもらった人たちの中に何か自分の家族だっ
たり、大切な人を想起させ、より作品と共振していく力を持っていくと私は信じてい
る。


○森下正雄定期上演
毎月第三日曜日、上野下町風俗資料館にて、13時、14時、15時の各3回上演

☆『人生 紙芝居』(2003年、ビデオ、27分)監督・編集:丸谷肇、撮影:山岡太郎、
録音:近藤夏樹、出演:森下正雄、梅田佳声、田中正巳


■丸谷 肇(まるたに・はじめ)
1971年生まれ。明治大学在学中より、趣味で8mmカメラを廻し始める。
卒業後、職を転々としながら各地を放浪。そこで出会った人々に触発され映画の道を
志す。
本作品は映画美学校ドキュメンタリー科の修了作品として制作され、ユーロスペース
にて1st Cut2003として上映された。



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┃03┃□ワールドワイドNOW《バンコク発》
┃ ┃■2nd First Frame Festival開催(2004年1月)
┃ ┃■吉岡 憲彦
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●First Frame Festival、晴れて2回目の開催

「NOSTROMO」というグループを覚えていらっしゃるだろうか。「NEO」第55号(2003
年6月16日発行)で紹介した映画愛好家集団で、当時、自主映画上映会「First Frame
Festival」のことをレポートさせていただいた。

自主制作映画の数が増えている。タイ映画基金がタイ短編映画・ビデオ祭を年1回開
催するだけではその全貌をとても紹介しきれない。この湧き上がる気運を盛り下げな
いためにも、さらにオールタナティブな上映機会を設けたい。そんな有志の思いが
「First Frame Festival」を実現させた。観客数こそ100名以下と少なかったものの、
観客の映画を見る眼は熱かった。

その「NOSTROMO」と「First Frame Festival」が帰ってきた。

会期は1日から2日間へと延長され、会場は、ゲーテ・インスティテュートから、より
アクセスのよい国際交流基金バンコク日本文化センターへと変更された。開催日は
1/24(土)・1/25(日)。くしくも、タイ政府観光庁が1億4千万バーツ(約4億2千万
円)の予算を投入して第二回バンコク国際映画祭(1/22〜2/2・ウェブサイト:
http://www.bangkokfilm.org/ )を開催している最中だった。

それでも、観客は来た。前回を確実に上回る約180名の映画ファンが駆けつけた。明
らかに一般の大学生やOLらしき人も混じっている。「NOSTROMO」の主要メンバーもそ
のことに驚いていた。この感じでは、第3回が開催される日も、そう遠くないかもし
れない。

●シンポジウム:「タイドキュメンタリー映画の現在」

今回の「First Frame Festival」では、映画上映だけでなく、シンポジウムも併せて
開催された。テーマは、タイドキュメンタリー映画の現在。以下の参加者によって議
論が交わされた。

モデレーター:
パーヌ・アーリー
→フリーランス映画評論家。『昔むかし』監督(山形国際ドキュメンタリー映画祭
2001アジア千波万波上映)。サハモンコンフィルム社職員でもある。
パネリスト:
1)チャリダー・ウアバムルンチット
→タイ映画基金スタッフ。タイ短編映画・ビデオ祭プロジェクト・ディレクター。
2002年〜2003年にかけて、日本財団のAPIフェローで日本に滞在。日本のドキュメン
タリー映画について調査した。
2)タノン・サッタジャールウォン
→タマサート大学映画学科の学生。『ショート・ジャーニー』監督(山形国際ドキュ
メンタリー映画祭2003アジア千波万波特別賞受賞、同国際批評家連盟賞特別賞受賞)。
3)タンスカ・パンシッティウォラクン
→チュラーロンコーン大学で美術教育を学ぶ。最新2作品は『Voodoo Girls』『Happy
Berry』。いずれも同級生の赤裸々な日常生活を記録したもの。

<シンポジウム概要>

まず、タイ映画基金のチャリダー氏が日本滞在成果を披露。英語字幕付のドキュメン
タリー映画がそう多くないことから内容の把握に苦労したが……との前置きのもと、
小川紳介監督の三里塚シリーズ、土本典昭監督の水俣シリーズ、原一男監督『ゆきゆ
きて、神軍』、土屋豊監督『新しい神様』、河瀬直美監督などに言及。最後に、近年、
「I(私)」ドキュメンタリーとも呼ぶべき私的な内容のもの、身の回りのことを扱
ったものが増えていることを指摘した。

モデレーターを含め他のパネリストからは、日本では60年代、70年代から多様なドキ
ュメンタリー映画が存在することに驚きの声が上がった。タイでは、例えば70年代に
政治的に大きな事件が何度も起きているが、ドキュメンタリー映画と呼べる映画はほ
とんど撮られていない。その理由として、イ)当時撮影機材が割高であったこと、
ロ)歴史的な事件を映画という形で記録する発想に乏しかったこと、などをパーヌ氏
は指摘した。

それを受ける形で、チャリダー氏は、テレビのドキュメンタリー番組がドキュメンタ
リー映画の発展を阻害している可能性を指摘。番組のスポンサーが撮るべきテーマ
(多くは環境や自然)を指定し、撮影クルーはその指示に従って撮影し、その上から
生真面目なナレーションをかぶせて番組とするパターン、これが一般的な「ドキュメ
ンタリー(タイ語でサーラカディ)」であるという認識がタイでは定着してしまった。
今でも多くの人が、「サーラカディ」と言えばそういったテレビ番組を連想するとい
う。.

さらにタノン氏は、そもそも「ドキュメンタリー」の訳語「サーラカディ」に問題が
あると指摘。「ドキュメント(記録)」するという意味で、「バントゥック(記
録)」するという言葉から派生すべきだったのが、「サーラ」(重要な・シリアス
な)「カディ」(出来事・事件)という訳語になってしまった。この言葉の意味もあ
って、何か重大な出来事をシリアスな口調で語るものが「サーラカディ」だというイ
メージが、一般には定着してしまった。

これらのせいで、タイでは一般に、ドキュメンタリー映画と言えばテレビ番組の延長
でとらえられ、また、妙に生真面目で一本調子なものであると思われがちである。
チャリダー氏によれば、タイ短編映画・ビデオ祭に応募される作品をジャンル別に見
ると、第1回からずっと、ドキュメンタリー映画の数が最も少ないという。こういっ
た既成イメージがジャンルとしての魅力を半減させ、ドキュメンタリー作品の提出を
敬遠させているのではないか、とチャリダー氏は指摘した。.

タイにおけるドキュメンタリー映画の既成イメージには、タンスカ氏も疑問を投げか
ける。タンスカ氏がドキュメンタリー映画を撮ろうとしたとき、最初に打ち破りたか
ったのは、「サーラカディ(ドキュメンタリー)」における「サーラ」(重要な・シ
リアスな)であった。何も、この「サーラ」は政治や社会、環境、自然などにとって
「サーラ」である必要はない。自分にとって「サーラ」であればそれもれっきとした
ドキュメンタリーなのだ。そう考えて自分の個人的なこと、友人のことなどを撮り始
めた。.

タノン氏も言う。ドキュメンタリー映画を大学で学ぶにあたっても、タイではその手
法においてワンパターン化された教育がなされている。タノン氏はタマサート大学映
画学科で、バンジョン・コーサンワット教授からドキュメンタリー映画を学んだ。当
時、バンジョン教授から教わったのは、まず、テーマを決め、それをどう語っていく
かを考え、それから現場に出て撮影するという順序だった。ドキュメンタリー映画を
学んだことのあるタイの映画監督、あるいはテレビディレクターは、だいたいこの手
法でドキュメンタリーの映画なりテレビ番組なりを撮っている。そう習ったからだ。
しかし、タノン氏はその順序に疑問を感じた。

最新作『ショート・ジャーニー(Short Journey)』(山形国際ドキュメンタリー映
画祭2003アジア千波万波特別賞)では、路上で生活する子どもについて何か撮ってみ
たい、という漠然とした思いがあり、その漠然とした思いだけで外に出て撮影を始め
た。テーマより、撮影が先にあった。撮影を先にして、それを後で見て考える。する
と、そこに自ずと語りたいものが映ってくる。それをどう語っていくかは、編集作業
次第である。つまり、以前の手法よりも、編集作業により重点が置かれたものになっ
ている。自分の場合、その手法が最もしっくりくるものだった。

残念ながら時間切れで、シンポジウムはここまで議論を進めたところで終了してしま
った。

タノン氏やタンスカ氏の試みは、タイのドキュメンタリー映画に多様性をもたらして
いる。彼らの作品を見る観客の数も増えてきた。さらに、2003年8月に実施した第7回
タイ短編映画・ビデオ祭では、ドキュメンタリー映画の数自体は相変わらず少ないも
のの、本誌創刊号(2003年11月1日号)でご紹介したとおり、受賞作にはかなりの数
のドキュメンタリー映画が入っていた。

タイ短編映画・ビデオ祭を補完する形で開催された第2回「First Frame Festival」。
スケールこそ小さいものの、ここから何かが生まれてくる可能性は十分にある。今後
とも「NOSTROMO」グループの活動を暖かく見守っていきたい。


■吉岡 憲彦(よしおか・のりひこ)
1974年生まれ。現在独立行政法人国際交流基金バンコク日本文化センター駐在員。主
に芸術交流分野を担当する。ペンエーク・ラッタナルアン監督『地球で最後のふた
り』がいよいよ今年の初夏、シネ・アミューズほか日本で公開。浅野忠信扮するケン
ジはバンコク日本文化センターのスタッフという役柄。乞ご期待。今春から東京へ転
勤。



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┃04┃□列島通信 ≪高知発≫
┃ ┃■市民映画館設立へのささやかな動き
┃ ┃■藤田 直義 
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●今夏の「映画上映ネットワーク会議」をバネに

最近の高知県での新たな動きは、ささやかではあるが市民映画館を作ろうという動き
が生まれたことだろう。これは、昨年1月高知県立美術館ホールを会場に、トヨタ・
アートマネジメント講座vol.48高知セッション「シネママネジメントの挑戦〜公共的
な映画事業を立ち上げよう!」を開催したことが契機となった。

トヨタ・アートマネジメント講座は、トヨタ自動車のメセナ活動の一環として1996年
から全国各地で開催されてきた講座で、先日東京でファイナルセッションが開催され、
次のステージに向けて惜しまれながら終了した。トヨタ・アートマネジメント講座で
取り上げるジャンルは、従来、美術、演劇、音楽の3つだったが、今回は2001年の浪
岡セッションに続いて演劇ジャンルの枠の中で映画を取り上げることになったのであ
る。

映画はアートマネジメントの研修会に取り上げられる機会が少ない。トヨタ・アート
マネジメント講座に独立した映画ジャンルは無いし、(財)地域創造が公立文化施設
の職員を対象に実施している研修会「ステージ・ラボ」でも映画の上映は取り上げら
れない。しかし、映画の上映とコンサートの開催や演劇公演の開催とどこが違うのだ
ろうか。そういう状況に一石を投じることができればと思い開催を引き受けた。.

この講座を開催しようとしたもう一つの理由は、高知にミニシアターを作るきっかけ
となればと思ったことである。当初よりこの講座を契機になんらかの具体的な動きが
生じれば、次年度もチャレンジ編として支援が受けられることも検討されていた。結
果的には、ミニシアターを作りたいという提案も無く、また、それ以外にも支援に足
るプランが見当たらずチャレンジ編は実現しなかったが、この講座を契機に、市民映
画館を作りたいという動きが始まったのである。本講座の内容を検討していた頃、
(財)国際文化交流推進協会(エース・ジャパン)などの主催する映画上映ネット
ワーク会議において、コミュニティ・シネマという概念が提起され、本講座でもそれ
を取り上げたことが要因だった。.

ミニシアター的映画館を持つことは我々自主上映を長年行ってきた者には見果てぬ夢
であった。私はたまたま高知県立美術館ホールの事業担当という職に就き映画も上映
できる立場にあるが、プログラムには制約と限度があり、名古屋シネマテークのよう
なミニシアターができれば高知でももっとたくさんの映画を見ることができる環境に
なるのになあと思いつづけていた。
 
さて、その実現にはまだまだ困難もあることと思うが、今まで願望の域を出なかった
ミニシアターがコミュニティ・シネマという形態で動き出した事は実に心強い。高知
市には早ければ6月にも初のシネコンがオープンすることになっている。上映される
作品の傾向は全く不明だが、他県の例からして、上映作品の多様性には余り貢献しな
いと思われる。また、郊外のショッピングセンターにシネコンが出来ることにより、
中心商店街の衰退に拍車がかかると言われている。中心市街地の活性化と空き店舗や
遊休スペースの活用策、さらには芸術文化の振興策としてコミュニティ・シネマが活
かせれば一石三鳥だ。

現時点では、まだ映画館として使える適当な場所が見つかっていないため具体的には
進展していないが、主宰者は、高崎市などの例を参考にしながらNPO法人化を進める
意向である。また、今年8月20日・21日には、一連の動きの出発点となった映画上映
ネットワーク会議を高知県立美術館で開催することになっている。この会議の開催が
高知県でのコミュニティ・シネマという形態の映画館設立の後押しになることを期待
したい。

※トヨタ・アートマネジメント講座vol.48高知セッション「シネママネジメントの挑
戦〜公共的な映画事業を立ち上げよう!」報告書の入手方法は、(財)高知県文化財
団企画課088-866-8006までお問い合わせください。


■藤田 直義(ふじた・なおよし)
[(財)高知県文化財団企画課長、高知県立美術館アート・コーディネーター]
(株)四国銀行勤務のかたわら映画の自主上映活動を約15年間行う。1994年高知県立
美術館にアート・コーディネーターとして着任。1996年より高知県文化財団企画課長
兼務。美術館ホールを中心に中庭、エントランスホールを使った映画や演劇、ダンス、
コンサートなどの公演事業、高知県文化財団主催のアートマネジメント講座の企画を
行う。映画『ちんなねえ』、CD「水辺の情景」、ビデオ『和紙の身体』制作。




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┃05┃□広場
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●投稿コーナー「クチコミ200字評!」 第9回
提案者:清水浩之(ゆふいん文化・記録映画祭/今年も5月末開催予定!)

「オススメ作品を200字以内の短評で紹介してください!」というコーナーです。映
画・ビデオ・テレビなどなど皆さんがノンフィクションだと思う作品だったらなんで
もOK!「知られざる傑作」を発掘したり、おなじみの名作の今までにない見方を指摘
したり…。「オススメしない映画とその理由!」でもむろんOKです。

200字以内の本文とは別に、「あなたのお名前(ペンネーム可)/掲載確認のご連絡
先(メールアドレスまたは電話)/題名/制作年/監督/見た場所」を付記して、清
水までお送りください。
(あなたのプロフィールや近況もご紹介いただけるとうれしいです)

清水浩之 → E-mail: shimizu@ad-ult.co.jp /ファクス:03-3703-0839

「neoneo」は毎月1日・15日の配信ですので、その2週間前を〆切日として(こっちも
1日と15日ですね)基本的に無審査・先着順で掲載させていただきます。皆さんのご
参加、お待ちしております!

A-017 『ナコイカッツィ』
2002年・アメリカ/監督:ゴッドフリー・レジオ
渋谷ユーロスペースほか各地で上映中
 http://www.conversation.co.jp/naqoyqatsi/ 

これをドキュメンタリーと呼ぶのには少し勇気が要る。現実を再構成して皮肉るのは
マイケル・ムーアと同じであろうが、しかし、考えうるあらゆる技術を駆使したこの
映画で否定されているのはより根本的なものである。絵画が、大企業が、宗教が、渦
巻いて飛び出しては消えていく。恐るべきモンタージュの数々に、理性は不要となり、
ジェットコースターに酔った気分で画面を見つめることしかできなかった。
(細見葉介/神奈川/20歳/大学生・映像研究者)


A-018 『拝啓 人間様』
2004年・日本映画学校・映像ジャーナルコースB班/演出:松林要樹
見た場所:日本映画学校映像科16期生卒業制作上映会(2004年3月)
 http://www.eiga.ac.jp/ 

パチンコがやめられず借金だらけのホームレスの男性は、スタッフの援助により定職
につくが、やはり隠れてパチンコに通っていた。徹底したシネマ・バリテは同校らし
さを感じさせる。ディレクターに怒って椅子を投げ付けようとする場面が一番の見ど
ころで、怒りよりも哀愁があふれ、矛盾した言動も、優れた構成により同情的な笑い
を起こさせる。現実は冷酷だが、この作品に見え隠れする人情に期待したい。
(細見葉介/神奈川/20歳/大学生・映像研究者)


B-026 『山中常盤(やまなかときわ)』
2004年・自由工房/監督:羽田澄子 
見た場所:映画美学校試写室

母・常盤御前を野盗に惨殺された義経の仇討を描いた全12巻の絵巻物を、浄瑠璃語り
にのせて見せていく「長編絵巻映画」。シネマスコープの御先祖みたいな絵巻(全長
150m!)をじわーっと眺めていくスローな時間に身を委ねると、中盤からはプリミテ
ィヴな無残絵の猛ラッシュ!おっぱいぽろーん。首ぽーん。
はらわたべろーん。胴体まっぷたつ…すごい迫力。江戸初期の筆者・岩佐又兵衛の亡
き母への追慕が伏線で、こちらも泣かせるお話です。
(清水浩之/東京/36歳/どうもすみません)


B-027 『やくざ残酷秘録 片腕切断』
1976年・安藤企画/構成:安藤昇
ビデオのあった場所:ツタヤ等々力店(さすがは東映ビデオ)

渋谷・安藤組組長から映画スターへ転進した安藤昇さん製作、『全て本物!』を売り
文句にした東映系全国公開作品(成人指定)。強烈な題名の裏側には、その道のエキ
スパートたちが業界心得を語る「教育映画」の要素や、経験者だからこそ語れるメリ
ットを活かした?「安藤昇版シネ・エッセイ」の味わいも隠されています。白黒映画
の中に、リアルすぎる指詰め実演(!)と刺青だけ総天然色で入ってくる妙なサービ
ス精神も印象的です。
(清水浩之/東京/36歳/ちなみに片腕…は再現ドラマでした)


B-028 『戦場の夏休み 小学2年生の見たイラク魂』
2004年/監督:吉岡逸夫
見た場所:渋谷アップリンク・ファクトリー(大阪シネ・ヌーヴォで上映中)

野次馬精神で駆け抜けた『笑うイラク魂』の続編は、妻と娘を連れてイラクに夏休み
旅行!と野次馬度全開。平成キッズの見本みたいなお姫さまぶりを発揮するフミちゃ
ん(7歳)が空爆の跡で遊ぶ場面は眩暈を覚えるほどシュール。
「親の都合」で旅するハメになった彼女が子供なりに状況に適応していくのは面白い
のですが、ご両親のスタンスがジャーナリズムなのか親バカなのか曖昧に思えて…親
バカ上等、どうせなら開き直りましょう!
(清水浩之/東京/36歳/負け犬)


投稿ナンバーが混乱してきましたので、Aが純粋な投稿、Bが清水の不純な? 穴埋め
投稿、という数え方にしました。ではまた次号!

     ◇────────────────────────◆◇◆     

■上映

●『鉄西区(てつにしく)』東京上映会
(中国/2003/中国語/カラー/ビデオ/545分)監督:王兵(ワン・ビン)、山形国際ド
キュメンタリー映画祭2003大賞受賞

アテネ・フランセ文化センター
(御茶ノ水):4月1日(木)〜4月9日(金)(日曜休館 8日間)
映画美学校(京橋):4月17日(土)18日(日)

第1部:工場(240分)第2部:街(175分)第3部:鉄路(130分)
全9時間5分一挙公開

日本占領中に設立され、後に人口の多い工業地域に変貌していった中国東北部瀋陽に
ある鉄西区。現在は廃れゆくこの地域を「工場」「街」「鉄路」という三部構成の中
にしなやかに描き出し、世界を震撼させた中国の若手監督王兵(ワン・ビン)による
9時間をこえる超長編ドキュメンタリー。

第1会場;アテネ・フランセ文化センター(御茶ノ水)
2004年4月1日(木)〜4月9日(金)(日曜休館8日間)
東京都千代田区神田駿河台2-11(JR/地下鉄御茶ノ水駅下車徒歩7分)
TEL.03(3291)4339(13:00〜20:00)

第1部上映 4月1日(木)4月2日(金)4月3日(土)
12::00〜第1部:工場(240分)/17:00〜第1部:工場
第2部上映4月5日(月)4月6日(火)4月7日(水)
14:00〜第2部:街(175分)/18:30〜第2部:街
第3部上映4月8日(木)4月9日(金)
13:00〜第3部:鉄路(130分)/16:00〜第3部:鉄路/19:00〜第3部:鉄路

第2会場:映画美学校(京橋)
2004年4月17日(土)18日(日)(2日間)
東京都中央区京橋3-1-2片倉ビル1階(地下鉄銀座線京橋駅3番出口前片倉ビル1階)
03(5205)3565

4月17日(土)18日(日)両日とも
11:00〜第1部:工場(240分)
16:00〜第2部:街 (175分)
19:30〜第3部:鉄路(130分)

各回入替制(アテネ・フランセ文化センター/映画美学校ともに)

料金:入場料(アテネ・フランセ文化センター/映画美学校共通)
1プログラム券   前売り 1,000円、当日1,300円
3プログラム通し券 前売り 2,500円  当日3,000円
前売り券はチケットぴあでお求め下さい。
アテネ・フランセ文化センター会員、映画美学校生1プログラム800円(当日のみ)

お問い合せ:シネマトリックス03(5362)0671
ホームページ:http://www.athenee.net/culturalcenter


●路上発、希望のドキュメンタリー映画『あしがらさん』 

4月3日(土)より連日朝11時よりポレポレ東中野にて上映
(初日監督・出演者舞台挨拶あり)

だれもが一度は見かけたことのある路上で生活するひとたち。この映画はそんな“あ
しがらさん”をひとりの若者が3年間見つめ続けて生まれた物語です。シリアスなの
にユーモラス、次第に人とのつながりを取り戻してゆく様はまるで奇跡!私たちを笑
いと優しさに包みます。

特別鑑賞券:一般1,300円、学生(高校生以下)700円(劇場、チケットぴあ、都内プ
レイガイドにて)
当日料金:一般:\1,500、18歳以下/シニア:\1,000、小学生以下:\700、親子(小
学生)ペア:\2,000

『あしがらさん』(2002年制作、ビデオ、73分)監督:飯田基晴、配給:「あしがら
さん」上映ネットワーク

<問合せ>
ポレポレ東中野(03-3371-0088)  http://www.mmjp.or.jp/pole2/ 
『あしがらさん』上映ネットワーク(045-743-9366) motoharu@mse.biglobe.ne.jp
『あしがらさん』公式ホームページ: http://www5f.biglobe.ne.jp/~ashigara/ 


●ポレポレ東中野『あしがらさん』オールナイト企画
Home or Homeless ?? 〜家のある孤独 家のない孤独〜

4月10日(土)23:15 開場 23:30 開演
上映作品:『home』『あしがらさん』『草とり草紙』
トーク:森達也(『A』『A2』監督)、小林貴裕(『home』監督)、飯田基晴(『あ
しがらさん』監督)(トークショーの出演者は変更の可能性あり。)

「引きこもり」という家の中での孤立と、一切のつながりを失ったホームレスという
状態、失われたつながりや失いそうな土地に留まり続ける老婆の生き様。個人で切り
開いた被写体との関係性は、時に現実をも揺るがしてゆく。その魅力をドキュメンタ
リーの作り手3人が探る。家の中と家の外、孤独の先へ…。

料金:前売2,000円、当日2,300円 あしがらさんの前売り券(1,300円)+差額700円で
も入場可。

問合せ:ポレポレ東中野03-3371-0088


●毎週日曜深夜は、日本映画専門チャンネル“ドキュメンタリー傑作選”

CSスカパー!&スカパー!2と全国のケーブルTVでお楽しみいただける日本映画専門
チャンネルでは、岩波映画の映像作家からCCDビデオカメラ世代の新映像作家まで、
時代と人間の真実を描いた秀作を特集し、ドキュメンタリーの魅力を検証します。
(4月から放送日が毎週木曜から日曜に変更となりました。)

4月4日(日)よる11時
『忘れられた子供たち(スカベンジャー)』(1995年・パートカラー)
監督:四ノ宮浩

4月11日(日)よる11時30分
『神の子たち』(2001年・カラー)監督:四ノ宮浩

4月18日(日)よる11時30分
『反射スル眼』(1997年・パートカラー)
監督:亀井武彦  出演者:宮川一夫/アンリ・アルカン

4月25日(日)よる11時30分
『ぶんきょうゆかりの文人たち―観潮楼をめぐって―』(1988年・カラー)
監督:時枝俊江  出演者:語り:伊藤惣一 

詳細は公式サイトからどうぞ!  http://www.nihon-eiga.com/documentary 


●ドキュメンタリー特集『原一男と壁を超えるシネマ』(東京)

モーニングショー・レイトショーにて上映:4月16日(金)〜24日(土)
場所:下高井戸シネマ(03-3328-1008)

☆前夜祭 4月16日(金) 開映PM 7:00(PM10:40終了予定)
 <第1部> 映画 『全身小説家』 の上映
 <第2部> 原一男 監督 トークショー
最新作『またの日の、知華』完成記念プレゼンビデオ特別上映
ミニコンサート 榎本秀一(尺八、テナー・サックス)/楠本卓司(ドラムス)
前夜祭料金:一般・学生 2,000円/会員・シニア・障害者 1,800円
※前売のみ。限定150名様 予約受付中!  
お問い合わせ:優れたドキュメンタリー映画を観る会(03-3426-7053)、下高井戸シ
ネマ (03-3328-1008)

☆モーニング(一般・学生1,300円/シニア・会員・障害者1,000円)

4月17日(土) AM 10:25/ 4月21日(水) AM 10:25/ 4月22日(木) AM 10:25
『障害者イズム このままじゃ終われない〜Part1 自立への2000日〜』
(2003年/日本/1h34)監督:山田和也、ナレーター:吉岡秀隆
脳性マヒを抱え車椅子での生活を送る3人が40歳を目前に、施設や親元を離れ「一人
暮らし」=「自立」を目指す。家族の反対や様々な社会の壁にぶち当たりながらも
「自立」という「当たり前」の夢に向かって走り続ける彼らの6年間の記録。

4月18日(日) AM 9:15
『レニ』(1993年/ドイツ・ベルギー/3h08)監督・脚本:レイ・ミュラー
レニ・リーフェンシュタールは、1936年ベルリン・オリンピックの記録映画『オリン
ピア』や、ナチ党大会の『意志の勝利』を監督した女性である。戦後に「ナチ協力
者」のレッテルを貼られ、数多くの裁判を闘い、70歳を越えて写真集『ヌバ』でカム
バック。『レニ』は彼女の波乱に富んだ人生をあますことなく描いた問題作である。

4月19日(月) AM 10:30
『あしがらさん』(2002年/日本/1h13)監督・撮影・ナレーション:飯田基晴
ホームレスの男性の3年間の記録。あしがらさんは20年以上も新宿の路上で生きてき
た。ある時あしがらさんの笑顔に触れた作者は「このひとをもっと知りたい」そんな
気持ちでカメラを回し始める。ポツポツと語られる言葉に耳を傾け、二転三転する状
況に寄り添う。

4月20日(火) AM 9:40
『全身小説家』(1994年/日本/2h37)監督・撮影:原一男/出演:井上光晴
戦後社会を根源的に問い、差別を告発し続けた作家・井上光晴。カメラは一人の作家
の軌跡をとらえるとともに、彼の虚構もあぶり出す。

4月23日(金) AM 10:05
『ゆきゆきて神軍』(1987年/日本/2h02)監督・撮影:原一男/企画:今村昌平
神戸市で妻とバッテリー商を営む奥崎謙三は、「神軍平等兵」として、“神軍”の旗
たなびくトヨタ・マークIIに乗り、今日も日本列島を疾駆する。かつての所属部隊・
独立工兵隊第36連隊のうち、ウェワク残留隊で隊長による部下射殺事件があったこと
を知り、奥崎は遺族と共に真相究明にのりだす。

☆レイトショー(一般・学生1,300円/シニア・会員・障害者1,000円 )
4月17日(土) PM 9:00
『ゆきゆきて神軍』★トーク・ゲスト:紅野謙介さん(日本大学教授)

4月23日(金) PM 9:00
『極私的エロス・恋歌1974』ニュー・バージョン(1974年/日本/1h38)
監督・撮影:原一男/音楽:加藤登紀子
★トーク・ゲスト:小林佐智子さん(プロデューサー)
原監督が3年間同棲していた武田美由紀は子どもと共に家を出た。原監督は、彼女と
の関わりをつなげるため映画を撮り始めた。美由紀は、その子という女と沖縄で暮ら
している。

4月24日(土) PM 8:15
『全身小説家』★トーク・ゲスト:小林佐智子さん(プロデューサー)

4月18日(日) PM 9:00
『あしがらさん』★トーク・ゲスト:飯田基晴監督

4月19日(月) PM 9:00
『障害者イズム このままじゃ終われない〜Part1 自立への2000日〜』
 ★トーク・ゲスト:山田和也監督

4月20日(火) PM 9:00
『ヘンニムの輝き』( 2002年/日本/1h16)監督::朴裕煥
★トーク・ゲスト:永野絵理世さん(プロデューサー)
神奈川県川崎市桜本。人種を越えた多文化共生保育で知られる桜本保育園。その中の
ヘンニム組(ハングル語で“お日様”の意味)には、5つの違う文化を持つ11人の子供
たちがいる。その1年を追いながら、違う民族が共に生きることの素晴らしさ、今も
根深く存在する他民族への差別、それを受ける人々の苦しみを映し出していく。

4月21日(水) PM 9:00
『空とコムローイ』(2003年/日本/1h40)監督・撮影:三浦淳子
★トーク・ゲスト:三浦淳子監督
タイの最北端の街メーサイで、約30年にわたり山岳民族アカ族の子供たちが家族のよ
うに暮らす寮を運営する、イタリア人神父ペンサさんとの出会いを描く。ひとり、山
深い小さな村に通い、麻薬や、売春、エイズの危険にさらされている村人の相談相手
になりながら、私たちが幸せに暮らすためには、何が必要なのか、がみえてくる。

4月22日(木) PM 9:00
『風のかたち』(2003年/日本/1h20)監督:伊勢真一
★トーク・ゲスト:伊勢真一監督
小児ガンと闘う子どもたちと医療関係者、ボランティアの活動を10年がかりで記録し
た最新作。医学の技術に溺れることないドクターたちの真摯な姿、それに答える子ど
もたちの、病に立ち向かい強く生きようとする懸命な忍耐力がみごとに映し出されて
いる。

 <同時上映>
 『DO YOU BOMB THEM?』(日本/0h17)
2002年11月、開戦直前のイラクを訪問した作家池澤夏樹と写真家本橋成一が、この国
の普通の人々と出会い、本橋成一が撮影した映像と池澤夏樹の朗読をまとめたビデオ。

4月23日(金) PM 9:00
『極私的エロス・恋歌1974』ニュー・バージョン
★トーク・ゲスト:小林佐智子さん(プロデューサー)

4月24日(土) PM 8:15
『全身小説家』★トーク・ゲスト:小林佐智子さん(プロデューサー)


●第5回「土本典昭 映画セミナー」:土本典昭と小川紳介

土本典昭と小川紳介を抜きにして、戦後の日本ドキュメンタリーは語れない。それほ
どまで二人の作家の存在は大きい。土本と小川は岩波映画で出会い、PR映画作家から
主体的作家への脱却を模索した集団「青の会」で現代における告発力をもった映画づ
くりを酩酊議論しあった仲間だった。今回上映する作品は、水俣シリーズで“海の作
家”と呼ばれた土本、三里塚シリーズで“土の作家”と呼ばれた小川の雄大な映画山
脈の最も初期のものを選んだ。ぜひ「映画とは何か」「撮るとは何か」を自問自答し
ながら対象と格闘する若き二人の映画作家に出会っていただきたい。

2004年4月10日(土)
12:30〜13:35
『青年の海ー四人の通信教育生たち』(1966年/白黒/16mm/56分)
小川紳介監督第一作。通信教育制度改定反対闘争の中で、働きながら学ぶことの意味
と可能性を改めて問い直さずにはいられない4人の通教生。その運動の顛末としゅん
巡する心の軌跡を追った「青春映画」。
監督:小川紳介、撮影:奥村祐治・大津幸四郎、録音:久保田幸雄、製作:「大学通
信教育生の記録映画」を作る会

13:50〜15:45
『圧殺の森・高崎経済大学闘争の記録』(1967年/白黒/16mm/105分)
高崎市立経済大学学園闘争の記録。不正入試問題に対して、抗議行動を起こしてバリ
ケードに立てこもる学生運動家たちの熱いきずな。露骨な弾圧に対し、団結した彼ら
は全学ストライキで権力と対峙する。60年代後半に巻き起こる熱狂的な学生運動の予
兆に満ちた「アンダーグラウンド・フィルム」。
監督:小川紳介、撮影:大津幸四郎、録音:久保田幸雄、製作:記録映画「圧殺の
森」製作実行委員会、自主上映組織の会

16:00〜18:10
『パルチザン前史』(1969年/白黒/16mm/120分)
京都大学全共闘運動における、大学助手にして理想家肌の活動家・滝田修と彼を囲む
仲間の闘いの記録。武装訓練、火炎瓶の赤い炎、アジテーション、家庭生活。土本監
督と滝田修の共犯意識を含有した信頼関係が運動の現実をグイグイとひっぱっていく
この作品は、今日なお、異彩を放つ。
監督:土本典昭、撮影:大津幸四郎・一之瀬正史、録音:久保田幸雄、製作:小川プ
ロダクション

18:30〜20:00
「土本典昭と小川紳介」:大津幸四郎×佐藤 真+土本典昭

料金: 前売券:セミナー通し券2,500円 1プログラム券1,000円
当日券:セミナー通し券3,500円 1プログラム券1,300円
特別シンポジウム:当日入場料500円 
※セミナー通し券・1プログラム券の半券提示の方は無料
★前売券は[チケットぴあ]にて2月中旬より発売予定
★電話予約あり 03-5343-3101 シグロ内事務局まで
会場: アテネ・フランセ文化センターTEL 03-3291-4339
千代田区神田駿河台2-11 アテネ・フランセ4F(JR・地下鉄 お茶の水・水道橋駅
下車徒歩7分)

主催・お問合せ:土本典昭フィルモグラフィー展実行委員会

事務局(株式会社シグロ内)担当:代島治彦・佐々木正明
TEL 03-5343-3101 FAX 03-5343-3102
 http://www.cine.co.jp/    siglo@cine.co.jp 
〒164-0001 東京都中野区中野5-24-16 中野第二コーポ210号

2004年夏「土本典昭フィルモグラフィー展」開催
土本典昭監督全作品を公開!
 



┳━┳━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
┃06┃■編集後記 伏屋 博雄(ふせや・ひろお)
┻━┻━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

●かわなかのぶひろさんの連載が終わった。明快な言葉で核心を突く筆法に、いつも
私は強い刺激を受けていたものだが、最終稿は殊のほかインパクトがあった。

私がドキュメンタリー映画を見る場合、作品そのものの評価以前の問題として、まず
作家が何ゆえにこの作品を撮ったのだろうか、という撮るに到った動機を知りたいと
いう強い欲望がある。なるほど、作品はそれなりに面白いのだが、一体この作品は作
者にとってどのような必然があって対象として選んだのだろうか、と疑問視してしま
うことがあるのだ。つまり、作り手の「私」が消滅している作品に出会い、はなはだ
不満に感じる映画が多いのである。

こうした疑問や消化不良に真っ向から応えてくれたのが、今回のかわなかさんの論考
だった。かってneo誌上で、佐藤真さんと安岡卓治さんが激しく論争したのは記憶に
新しい。かわなかさんの文章は、こうしたセルフ・ドキュメンタリーの論議をさらに
一歩進めた論ではないかと思う。ありがとうございました。
次回からは、村山匡一郎さんがバトンを引き受けてくださる予定である。

●≪バンコク発≫の吉岡憲彦さんは、春の転勤(バンコクから東京へ)によって、最
後のレポートということになる。タイには4年10ヶ月駐在されたそうだ。neoの掲載を
含めてこれまで4回執筆。いずれもタイの若い活動家に視点をあてて、タイにドキュ
メンタリーを根付かせようとする彼らの頑張りを活写していただいた。ありがとうご
ざいました。

5度目の今回は、「タイドキュメンタリー映画の現在」のシンポジウムについてであ
る。パネリストのひとりの、「テレビのドキュメンタリー番組がドキュメンタリー映
画の発展を阻害している」という発言には、日本との酷似を想像したり、そもそも
「ドキュメンタリー映画」という語をタイ語に翻訳する際、重要な・シリアスな出来
事・事件という訳語になってしまったことがドキュメンタリーの容量を狭め、「何か
重大な出来事をシリアスな」事象を描くというイメージのみが定着してしまったこと
が、タイのドキュメンタリーの発展を阻害している、という指摘は興味深かった。

●前号で「neoneo座」の構想をだしたところ、予想を上回る反響があった。そのひと
つを紹介したい。

先号(vol.9)の編集後記にありました“上映母体「neoneo座」の旗揚げ”の話に我
が意を得たりの感でした。
私は、現在映画学校に在籍しており、同じく学校在籍の友人と、例えば山形映画祭の
アジア千波万波で公開されたビデオ作品等を都内で定期的に上映する会を組織できな
いだろうか、ということを、まだまだ願望を言い合う程度でしたが、相談していまし
た。それというのも結局のモチーフとしては、ドキュメンタリー見る場が欲しい、映
画で「遊べる場」が欲しい、ということでした。
そういうわけで、上映母体「neoneo座」の旗揚げ談には、我々も面白いことをやって
いかなければいかんなと、随分と奮起させられました。
上映母体「neoneo座」断固支持しますので、頑張ってください。

「neoneo座」の運営方法等については、現在、検討を加えている段階で、次号で明ら
かにしたいと思う。私としては、作り手と観客、プログラマーによる積極参加型の小
屋にしたいと思っている。特に、作り手と観客の相互交通を計りたい。要は、皆が育
つ場の確保であり、解放である。



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