文学

SKIPJACK更新お知らせメール

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SKIPJACK更新お知らせメール 12/4号

2005/12/04

いつもご愛顧ありがとうございます。
SKIPJackの古川です。
またしても、久しぶりになってしまいましたが、更新しましたのでお知らせします。

◎更新
・TOP改装
シンプルなものに変えてみました。
しばらくは、季節感も出さずに、これで固定にしようかと思います。

・「閑上子悪党余話」更新
更新しました。大変お待たせしました。

・小説裏話
書いております。
「閑上小悪党余話」など次の更新のこととかです。


◎そのほか オフライン情報
冬コミに当選しました!!

12/30 コミックマーケット
【東フ−32b  SKIPJack】

新刊『罠』FT
  『PAYSAGE』 http://skipjack.oops.jp/paysage.html

東館のシャッター付近の寒々しい場所にいます。
新刊も合同誌、個人誌、2種ご用意しておりますので、
よろしければお立ち寄りくださいませ。







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         千の災厄の襲来

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 足がもつれる。ずっと駆け続けていたのでもう限界なのだ。
 レイラは立ち止まり、膝をついた。
 同時に黄色い小さな花を踏み潰した。
 牧草地の草が膝への衝撃を緩和する。思ったほど痛みは無い。
 荒い息を整える。震える手を握り締める。
 なりふり構わず走っていたせいか、編んでいた髪はほどけ、下を向くと金色のカーテンのようにレイラの目から光を遮った。
 強く目を閉じる。
 今見て来たものが信じられなかった。
 自棄になっていたから、ある意味で希望だったのだけれども、もう無意味だ。
 目を見開く。
 呼吸は落ち着いた。木靴はどこかに行ってしまったが、立ち上がれる。
 レイラは前方を見た。離れた場所には森の入り口が広がっている。そこへと歩き出す。レイラの中でざわめく疑問を沈めるにはそこへ向かうしかなかった。
 レイラには姉がいる。二つ違いで仲は良かった。姉自身がおっとりとした性格で、大きくなってからは喧嘩もせず、姉妹というよりは友達の感覚だった。
 どんなことでも話せた。同じ部屋の一つしかないベッドの中で、シーツの下の干草をかさかさと言わせながら、単調な仕事の愚痴から叶わない恋の話まで。
 親の決める見合いで結婚の決まる現実があるとはいえ、夢見ることは自由だった。話している間はまるで実現するかのように思えるのだ。
 だが、そう上手くはいかない。
 レイラの思い人と姉が結婚する。
 レイラには今日、事実を聞かされた。
 結婚自体は良い。いや、良いわけではないが、憧れ程度の相手だったのだから、自分のすべてを殺していけば耐えられる、とレイラは思っていた。
 この村に住み、親の庇護を受けている以上、結婚に自分の決断が下せないことは分かりきっている。だが、姉が思い人との結婚を数年前から承知していたことが、レイラには許せなかった。
 ずっと、黙って聞いていたなんて。
 私の心を、思いを。
 くるくると、混乱がレイラの中で回り出す。治まらず、大きくなり、体すら引き回すほど強くなる。レイラの身すら操り、視界が一変した。太陽を直視してしまったように白濁する。
 短い間のことで、すぐに治まったのだが、別の、突き刺すような感情がレイラに宿っていた。
 レイラは家を飛び出した。
 感情に足が追いつかないのか縺れるように走り出す。
「許さない。許さない。壊してやる、みんな、全部」
 知らず口走りながら、レイラは走っていた。
 行き着いた場所は、山間の洞窟。
 この奥に、災厄の扉がある。
 レイラはそう聞いていた。だが、それがただの御伽噺に過ぎないことを、その時だけレイラは思考から吹き飛ばしていた。
 この奥に。
 明かりすら持たずに中へ入り込む。
 暗い道だった。入り口から差し込む光など、すぐに届かなくなり、闇に包まれた。
 無意識に、獣のように感覚を研ぎ澄まし、レイラは進んだ。
 何時間経っただろうか、時間の感覚さえ消し去り、ただひたすら歩くのみ。空腹も、疲れも他人事のようで、レイラの足を止める理由にはならなかった。
 そして、たどりついた。
 扉はあった。
 だが、開いていた。
 災厄の扉。この世のあらゆる災いが、その向こうにあるという扉。その先はただの岩壁だった。先へは進めない。先には何も無い。
 だが、開いていた。
 レイラは急に空腹を覚え、足の疲れを感じ、恐怖を思い出した。
 災厄の扉が開いているのだ。
 誰が、いつ開けたのか――
 レイラは暗い森をひたすら進んでいた。木々は根を張り、道は平らではなかった。
 災厄の扉の話を聞いたのは、幼い頃だった。
 扉があると言われている洞窟に、子供たちだけで入り込まないようにという配慮で語られたのだろう。
 いまだにはっきりと記憶に残っている。
 語った人物の、息使いも、匂いも、語り口調も、切られたのか無いはずの人差し指で子供たちを差すしぐさも、間も、瞳のきつい輝きも、全て。そして、今、その者の元へレイラは向かっている。
 高い木々に太陽を遮られているせいか、背の低い草木も少なく、森は歩きやすかったが、それでも素足であれば、皮膚が傷つく。裸の痛んだ足に沁みる。
 目指す場所は、森の中でそこだけぽっかりと開いていた。木々は関わりを避けるように遠巻きに囲み、ささやかな日の光が差し込んでいた。
 魔女の家。
 最後に訪れたのはいつだったのか。遠い子供の時の記憶を弄っても正しい答えは分からない。だが、怖いもの見たさで幼馴染みたちと魔女の家に入ったのは数回程度だ。レイラの親たちはそこに来ることを禁じていたし、年を取って仕事を割り当てられるようになってからは、足を向けることはなくなった。
 レイラは怯むことなく、扉を乱暴に開けた。
「おや、久しぶりじゃないかい」
 レイラの顔を確かめ、魔女は椅子から立ち上がらずに声をかけた。薄れていた記憶と変わらず、部屋の中を見渡せる位置に魔女はいた。すべてを視界に納めるかのごとく。
「教えて、災厄の扉のことを」
「お前もあそこに行ったんだね」
 お前も。
 レイラの他に訪れたものがいたというのか。
 魔女は難儀そうに腰を上げ、レイラを家の中へ手招きした。すぐには話し出さない魔女に苛立ちながらもレイラは従った。
 魔女は鍋から何かを掬い、椀に入れて渡す。レイラは受け取ったが、口はつけなかった。
 魔女はまた腰を下ろす。
「災厄の扉」
 魔女は呟いた。口にすることで、言葉のもつ意味を揺り起こした。
「覚えているかい、扉の話を」
 忘れるはずが無い。この辺りの子は恐怖と共に記憶に刻み付けられているのだ。見てみようなどと冒険心を起こすこともできないほど、完膚なきまでに。
 災厄の扉は、千の災厄が詰め込まれているという。人間のあらゆる負の感情から人に降りかかるあらゆる病、嵐や日照りなどの神の気まぐれまで。名のつく全ての災いが扉が開けられる日を待っている。
 一人の愚かな男が興味本位で覗き見たことがあったが、その男は全身の皮膚が爛れ落ちたという。その際に、災厄の一部が漏れ出してしまい、世界は楽園ではなくなった。
 魔女の語る男の様は真実味を帯び、夢に見るほどだった。レイラだけでなく、話を聞いた、どの子も何ヶ月も恐怖に悩まされた。
 当時の悪寒を首を振って追い出し、レイラは魔女を問い詰めた。
「いつから開いているの」
「閉じてあると言った覚えはないよ」
 魔女は楽しそうに笑った。
「お前で九百九十九人目だ」
 何を言っているのだ。
 災厄の扉が閉じられていることを前提に語られていた。いや、レイラたちがそう思い込んでいただけなのかもしれない。九百九十九人目というのも訳が分からない。
 魔女は、言葉にならないレイラを無視し、さらに続けた。
「扉を開いたのは、あたしだよ。娘時代のことだったけど、全てが憎くてね。滅びてしまえと思った。それで、作ったんだよ、扉を。指を噛み千切って、残った指で握って、ひたすら呪詛を描いた。その血から肉から骨から、扉はできた。そして、開けた。これがあたしの呪いの始まり、最初の災厄だ」
 魔女は思い出し、くすくすと笑った。今起きていることを心の底から楽しんでいた。
「だが、何も起こらなかった。待っても、何もならなかった。幸せに生きる奴らの叫び声も、断末魔の響きも、何も――その時に声が聞こえたんだよ。そいつは神だと名乗った。到底信じられなかったんだが、あたしは話を聞いてやった」
 魔女は椅子を揺らした。軋み、耳障りな音がした。
「神と一つの賭けをしてね。あたしの生きているうちに扉を開く者が千人現れたら、あたしの呪いが成就する。千の災厄が世界を支配する」
 家の中の光度が下がっていくかのごとく、レイラの視界が狭まった。魔女に取り込まれる。
 レイラは、ぼんやりと呟いた。
「男の話は……」
「何だい?」
「扉を開いた男の話よ。皮膚が全て剥がれてしまって、それでも死ねない」
 魔女は高らかに笑った。
「あれは嘘だよ。災厄にもならない幼いお前たちが無闇に近づかないようにするための作り話さ。それと一緒に、扉の向こうには恐ろしいものが詰まっていると、開けば、全てのものに不幸しか訪れないことを植えつけるために――効果はあっただろう」
 レイラは立ち上がった。魔女が恐ろしかった。こんなにまでも恐ろしい存在だったとは、気付かなかった。いや、肌で感じていても、きちんとした認識を怠ってきたのだ。
 手にしていた椀を放り投げ、背を向け、その場から逃げ出す。背後から魔女の声が響いた。
「みんな滅びてしまえばいい!! 父を母を弟たちを殺し、あたしを犯し、家に火を放った奴らを、みんな滅ぼせ!!」
 魔女の家から遠ざかっても、どれだけ早く駆けても、魔女の狂気の数々が自分を追い越していく気配がした。
 ひたすら、森から出ることを願うが、衰えた足には力は入らない。
 本当に魔女は神の声を聞いたのだろうか。語る内容を思えば、教会で説かれる神とは全くの別物に思える。魔女と言葉を交わしたものが、本物の神とは到底思えない。だが、魔女の狂信は恐ろしく映り、現実味を帯びない話であろうが、引き込まれそうになった。
 草原まで出ると、幾筋かの煙が見えた。食事の支度にしては不自然な勢い。
 村から火の手が上がっている。
 魔女は何を言っていたのか。
 反芻すれば、答えはすぐさま出た。
 千人目だ。
 誰かが扉を求めたのだ。
 全ての災厄が出切ってしまったのだ。魔女の呪いは完成した。
 神は、魔女との賭けに負けたのだ。
 村が燃えているのは、その前兆に過ぎない。
 兎や栗鼠たち、小さな獣がレイラの脇を駆け抜け、森へと逃げ込んでいる。本能で恐怖を知り、安住の地を探しているのか。
 レイラは膝をついた。
 同時に黄色い小さな花を踏み潰した。
 姉のことも思い人のことも全てを忘れた。幼い頃、魔女に聞かされた災厄が幾つも甦る。
 レイラは、ただ、これから起こることについて思いを馳せ、恐怖するのみだった。

                                 〈終〉



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