おしゃべり

六津姐の「そして今夜も言ッ気のみ」

不景気ゆえのヒマに耐えかねて、本業棚上げ、放言、断言、無責任発言…つれづれ綴る気ままな&お気楽エッセイ。目指したいぞ、遅咲き!熟女咲き!

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今宵も六津と/真夏の迷想(その3)

2007/08/27

真夏の迷想(その3)

過ぎた余談はさておき。「おはぎ」は何ゆえ下関へ行くか?である。でもって長州であり、下関である。最低限、日本の歴史を学んで来たならば、その地理的状況はカンタンにわかるはず。
ならば、ここに何らかの謎の鍵は無いだろうか。関係あるならば、おはぎは明治維新の何かを語っているのだろうか?いや、待て待て。そこで終わらせてはいかん。

下関には港がある。ここからの船はどこへ向けて出港するのだろうか。しかも現代ではなく、この歌が出来た頃には…?ところが困ったことに、この歌自体の誕生日がわからない。仕方がないから時代考証を一部無視して推理は進む。

ここでにわかに思い出されるのが、誰かが本を書いていたが、“本当は恐い”わらべ歌…というヤツ。そう、「かごめかごめ」に代表されるように、わらべ歌には、それが生まれた頃の時代背景、それも非常に悲劇的な事柄が暗喩されていたりする。「かごめ」なんて、そのことがわかりにくいほうで、「花いちもんめ」なんぞ、それとハッキリわかる人買い歌である。

また、「しゃぼん玉」も、自由の身になれない遊女の歌であるという説がある。ならば、やはりおはぎにも…。そう。おはぎは何故に下関へ行くのか?あるいは、行かざる得ないのか?

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話を戻すが、ネット情報によるとおはぎの現代バージョンでは、「明日は行く行く応接間」、というがあるそうで(応接間まで行くのに、別に明日まで待たなくてもいいと思うが)。さらに、「明日はいよいよ口の中」というのあったりするらしい。化粧までさせて結局食うという、まことに今時な歌詞である。

しかし、こうしたものが生まれてきているという事実は、どうも何かを示唆している気もする。おはぎは何故に下関へ。ひょっとしたら船に乗るためではないのか?では船に乗って行く先は?
わざわざ歌に残す、いや、残るのである。行く先は、再び故郷へ帰ることが叶わぬ土地ではないのか?うむ、なかなか絞られてきたな。(つづく)

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創刊日:2003-03-01  
最終発行日:  
発行周期:不定期  
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