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片倉佳史の台湾便り

ちょっぴりマニアックで深みのある台湾情報。日本統治時代の遺構や秘湯探訪、グルメ、建築探訪など。

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片倉佳史の台湾便り 2004年05月05日

2004/05/05

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■片倉佳史の台湾便り■ 
2004/05月05日 日本統治時代の木造官舎
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片倉佳史です。

昨日、国立師範大学付近に残るかつての大学職員官
舎を見てきました。「青田街」という路地の周辺な
のですが、そこはまさに別世界でした。今も約40
軒あまりの木造宿舎が残り、現役のところも少なく
ありません。いずれも広い庭を擁し、落ち着いたた
たずまいを誇っています。私は運良く、その中の一
軒に入れていただき、撮影をしてきましたが、とに
かく保存状態が良く、圧倒されてしまいました。

この一帯は昭和期に設けられたエリアで、当時は
「昭和町」と呼ばれていました。台北帝国大学(現
台湾大学)と旧制台北高校(現師範大学)の教授た
ちの宿舎が多く、ほとんどの場合、戦後も留用教員
として1947年頃までは台湾に居残ることとなっ
た人々の宿舎でした。その後は主に外省人系の大学
教授が住むようになりました。

家屋はいずれも大きな庭があって、そこには巨木の
類が潤いのある緑を付けています。その様子はまる
で植物園のようで、台北市内でもここまで緑が豊か
な路地はないそうです。こういった緑に集まる小鳥
たちを観察するファンもいるそうです。青田街その
ものは小さな路地で、しかも目立たないので、あま
り知られていませんが、市内でも指折りの優れた環
境を誇っているのは確かでしょう。

私が撮影をさせていただいたのは、かつて台北帝大
で微生物学の権威として知られた足立仁教授の家で
した。戦後は地質学の権威である馬廷英教授の家と
なり、現在に至っていますが、その遺族の方はとて
も大切にこの老家屋を使っておられました。手入れ
も行き届いており、愛着が伝わってきます。プライ
バシーに関わるので、正式に掲載許可をいただいて
からの画像公開とさせていただきます。どうぞご期
待ください。

このエリアには蓬莱米の磯永吉教授や「台湾植物概
論」の著者である山本由松教授なども住んでいたそ
うです。なお、展示の場所は国立編訳館(和平東路
1段179号)の建物の前で、ここにパネル展示が
あります。当時の住宅配置図がもらえますので、こ
れを手にして回ってみてください。なお、展示は5
月9日(日曜)までです。


■お知らせ■
私が5年あまり続けてきた朝日新聞国際版の連載
「台湾に残る日本文化」は、6月掲載分で終了し
ます。残すところあと2回です。今までどうもあ
りがとうございました。

それでは、よろしくお願いいたします。


たいへん恐縮なのですが、実は今、原稿の執筆で多
忙を極めております。お便りをいただいてもすぐに
は御返事ができない状態であることをご了承くださ
い。どうもすみません。

片倉佳史
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◆発行者◆ 片倉佳史with LADY-M
台湾特捜百貨店http://www.katakura.net
片倉へのメールはnwotaiwan@hotmail.comへどうぞ。
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創刊日:2002-04-30  
最終発行日:  
発行周期:不定期  
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