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ぼーる通信 〜Voice From The Dreamfield〜

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ぼーる通信 〜Voice from the Dreamfield〜 大阪近鉄バファローズ特集号 その4

2008/12/31

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 ぼーる通信 〜Voice From The Dreamfield〜
     日本プロ野球史:大阪近鉄バファローズ(4)

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 ☆ お品書き

 ●Team Chronicles
 〜The History of Nippon Professional Baseball Teams〜
  Series 2:大阪近鉄バファローズ 第4回

            by アトムフライヤー

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【第4回】

 千葉監督の3年間ですっかりめちゃくちゃになってしまった
バファロー。
 永江社長をはじめ、フロント側もがんばってはいるのですが、
なかなか結果が出ずに、チームはついに103敗という記録的
な負け数を1961年に記録し、千葉茂監督はチームを去りま
した。
 そこでバファローのフロントは1962年、球団名をバファ
ローズに変え、元阪神タイガース−毎日オリオンズの別当薫を
監督に迎えますが、ファンももう多くは期待していませんでし
た。バファローズはファンにも見放されかけたのです。

 こういう背景もあって、別当監督は事実上、フリーハンドに
近い状態に置かれました。
 要するに、何をやっても許される、という状況で指揮を執る
ことができるようになったのです。
 したがって別当監督は、投手も打撃もだめならできるところ
から整備をやる、と得意の打撃の指導を強化します。このとき
は投手力を無視する姿に非難も出ましたが、前年はなにしろ
103敗。できるところからやるという姿勢は結局、正解でし
た。

 まずは若手の*18矢ノ浦国満、伊香輝男、島田光二等を指導
して打撃力のアップに成功。そして、1軍出場経験のない2年
目の*19土井正博を開幕から起用し、四番を打たせたことは当時、
「19才の四番打者の誕生」として、大きな話題になりました。
土井見たさに客が球場に来るようになり、観客数も大幅にアッ
プしています。
 当然土井は実質的に、四番らしい活躍こそできませんでした
が、土井の起用に刺激されたベテラン関根、小玉、助っ人の
*20ジャック・ブルームフィールドも成績を伸ばし、チームは
久しぶりに活気づきました。中日ドラゴンズから移籍した吉沢
岳男が捕手として安定した力を発揮したのもこの年です。結局
投手が崩れて最下位に終わりましたが、翌年に希望をつなぎま
した。初めて、バファローズの未来に希望ができたのです。
 なお、当初は客寄せのために四番を打ったと思われた土井は
、翌年から主軸を打って実力で四番の座を勝ち取り、やがてリ
ーグ・球界を代表する選手にまでなりました。別当監督の眼力
は確かなものだったのです。

*18 矢ノ浦国満
福岡県東筑高校から社会人野球を経て1960年、近鉄バファ
ローに入団。守備力を買われて新人で遊撃手をつとめ、110
試合に出場した。1962年に別当監督の指導で打撃力をアッ
プし、翌年の1963年にはファン投票でオールスターに選ば
れ、全国区のスターになった。俊足、強肩、好打、中でも守備
は、プロ野球について多数の著作を持つ作家、近藤唯之が、
「吉田義男、広岡達郎をしのぐ史上最高の天才内野手。ふたり
のあとを継ぐのは矢ノ浦しかいない」と絶賛するほどだった。
オールスター出場3回。守備ではバファローズ史上に残る遊撃
手だった。
しかし、入団発表の会場に暴力団が借金取りに来たという伝説
をはじめ、慢心からギャンブル、酒と私生活が乱れ、成績が落
ちた。 1966年にはサンケイアトムズに移籍したが、これは
借金の清算を考慮しての移籍と言われた。
アトムズでも私生活の乱れは止まらず、守備力を買われて
1968年には巨人に移籍したが、力を発揮できず、その年で
引退した。
その後は南米でのグローバルリーグに参加するなどしたが、帰
国後も仕事がうまくいかず、詐欺で逮捕されたりしている。前
述の近藤が、「素質におぼれた典型的な選手で、努力すれば日
本プロ野球史上最高の遊撃手になれたろう。なにしろ、全く練
習をせずにあれだけの守備をこなしたのだから。努力しなくて
もなんでもできると錯覚したのが悲劇だった。だから、詐欺を
働いたのだろう。反省して人生を考え直してもらいたいものだ」
と書いている。しかし、その後の消息は不明である。

*19 土井正博
大阪府大鉄高校を中退して、1961年に近鉄バファローに入
団。翌年別当監督に抜擢され、四番を打ち、「19才の四番打
者」として有名になった。
当初この別当監督の起用は営業目的に見られがちだったが、や
がて実力で四番に座り、主軸として活躍。当時、長池(阪急ブ
レーブス)、大杉(東映フライヤーズ)とともにパ・リーグ若
手の暴れん坊と呼ばれた。豪快に左方向に引っ張る打撃を持ち
味にしていたが、巧みに安打も製造するバットコントロールも
備えており、土井の硬軟織り交ぜたバッティングは、当時のバ
ファローズの売り物のひとつだった。
性格も豪快で、ギャンブル、酒、遊びもすごいサムライであり、
1975年に太平洋クラブライオンズ(現埼玉西武ライオンズ)
に移籍したが、それは、バファローズの若手が土井の真似をし
て遊びを覚えて困る、というのが原因だった。
オールスター出場15回。守備と走塁に難があったのでベスト
ナインは3回だけだが、通算2452安打、465本塁打、
1400打点を記録。バファローズだけではなく、日本プロ野
球史上に残る選手のひとりだった。
バファローズ時代にはタイトルに恵まれなかったが、太平洋ク
ラブライオンズ時代の1975年に、本塁打王を獲得している。
しかし優勝には縁がなく、藤田平(阪神タイガース)と同様、
2000本以上安打を打ったにもかかわらず、一度も日本シリ
ーズに出場できなかったという不運な点もある。1981年に
引退。 その後は西武ライオンズのコーチをつとめ、清原
(2008年、オリックス・ブレーブスにて引退)を育てた。

*20 ジャック・ブルームフィールド(ブルーム)
当時はサンディエゴ・パドレスやシアトル・パイロッツ(現ミ
ルウォーキー・ブリュワーズ)などが所属していた強豪マイナ
ーリーグ、パシフィックコースト・リーグのポートランド・ビ
ーヴァースから1960年、近鉄バファローに入団。左打ちの
内野手で、主に二塁手をつとめた。 
守備と脚力は並だったが、日本向けのバッティングで安打を量
産、1962年−1963年には首位打者のタイトルを獲得し、
ベストナインに選ばれた。オールスター出場5回。左右に打ち
分ける打撃はV字打法と呼ばれ、張本勲がこの打撃を参考にし
て「扇打法」を完成させた。このとき張本は打撃術を聞くため、
わざわざ英会話の学校に通ったというエピソードもある。
1965年チームの守備力重視の方針で、南海ホークスに移籍。
1965年−1966年の優勝に貢献した。1966年引退。
その後は、前述のサンディエゴ・パドレスがメジャーリーグ昇
格後にそのコーチとなり、さらにそのあとはシカゴ・カブスの
コーチをつとめた。またパドレスをはじめ、数々の球団のスカ
ウトをつとめている。

 翌年は、東映フライヤーズから移籍の*21山本八郎を加え、
打線の強化を果たし、*22久保征弘が28勝をあげ、1954年
以来の4位にあがりました。ブルーム(ブルームフィールド)
が二年連続で首位打者のタイトルを獲得し、小玉とともにベス
トナインに選出。また、このふたりと山本八郎がファン投票で
オールスターに選ばれています。
 永江球団社長があの手この手を尽くして本社からカネを引っ
張り出してきた結果、千葉監督時代は失敗したものの別当監督
時代にはその実が着々と結びつつあり、バファローズはかつて
のような組織票によるイカサマとは違って、実力で選手をオー
ルスターに送ることができるようになったのです。ファンはさ
らに、翌年に期待しました。

*21 山本八郎
大阪府浪華商業から1956年に東映フライヤーズに入団。捕
手、一塁手をつとめ、1962年のフライヤーズ優勝に貢献し
た。1963年近鉄バファローズに移籍し、五番をつとめて
22本塁打を打ち、オールスターに出場。ベストナインにも選
ばれた。
フライヤーズ時代の“駒沢の暴れん坊”のひとりで、その呼び
名のとおり、当時から血の気が多く、審判に暴力を振るって無
期限出場停止を受け、反省するため禅寺にこもるなどしたが、
普段はおとなしく、まじめな生活態度だったという話が残って
いる。
1967年にサンケイアトムズに移籍。その年に引退した。そ
の後の消息は不明。

*22 久保征弘
三重県出身大阪港高校から1960年、近鉄バファローに入団。
1962年に28勝をあげ最多勝、1963年は最優秀防御率
のタイトルを獲得した。オールスター出場2回。酷使により肩
を壊し、1967年、中日ドラゴンズに移籍。1968年に引
退した。その後は阪神タイガースのスカウトをつとめた。

 しかし、投手の戦力アップがうまくいかず、加えて別当監督
のえり好みの激しい起用法に選手が反発し、投壊から1964
年は再び最下位。シーズン中に広島県北川工業高校の高橋一三
投手を巡る巨人との二重契約事件に巻き込まれてしまったので
す。
 ふたたびトラブル発生、でしたが、この後に、球団の屋台骨
を揺るがすような事件が起こります。

 次回は、ある大物選手をめぐる退団騒動についてのお話です。

(アトムフライヤー)

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