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ぼーる通信 〜Voice From The Dreamfield〜

小学生の皆さんから社会人の皆さんまで、野球を中心に、一緒にスポーツを面白がろうという、チャンキースープのようなメールマガジンです。おもしろいメールマガジンにしていきますので、読者の皆さんの参加を、首をなが〜くしてお待ちしております。

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ぼーる通信 〜Voice From The Dreamfield〜 2006年度日本シリーズ特別記念第4号

2006/10/29

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  ぼーる通信 〜Voice From The Dreamfield〜 
          2006年度日本シリーズ特別記念第4号

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★ お品書きその1 Team Chronicles
    〜The History of Nippon Profesional Baseball Teams〜

 Series 1 北海道日本ハムファイターズ byアトムフライヤー

その4:新生ファイターズによる再出発、
  初の後楽園日本シリーズ、そして現在に至るまで(1975-2006)

 前回は日拓ホームのフライヤーズ買収、1年での売却と日本プ
ロ野球の1リーグ化の危機、そして日本ハムによる買収とチーム
名のファイターズへの変更の話をしましたが、今回はその後のフ
ァイターズの変貌、そして現在に至るまでの話です。

 1976シーズン、打撃陣は移籍により復調した富田が1番を
打ち、張本とゲーリーの代わりに補強した助っ人外人ワイラー・
ウィリアムスとボブ・ミッチェルがふたりで46本塁打を放った
上に移籍の永渕も健闘したので、得点力は上がりました。しかし
チームとしては、いまひとつ決定力を欠いたままでした。また投
手陣は、高橋直樹、野村に加え、移籍の高橋一三が二桁勝利を上
げましたが、それ以外の投手は成績があがらず、上位を狙うには
力不足で、結局チームは5位に終わりました。たまたま太平洋ク
ラブライオンズが運営資金の不足による待遇の悪化で最下位にな
ったため、最下位だった前年とチーム力はほとんど変わらなかっ
たといえます。高年俸選手の整理とフライヤーズカラーの一掃は
ほぼ終わりましたが、相変わらず補強費用が不足していることに
は変わりません。

 またこの年のドラフトでは、苦労を重ねます。まず、ファイタ
ーズになってからは初の全国的に知名度ある選手として、春の選
抜高校野球大会の優勝投手である崇徳高校の黒田真二投手を1位
で指名しましたが、黒田投手は地元・広島東洋カープの入団を熱
望していたこともあり、「肉は好きだけどハムはきらい」という
発言を残して入団を拒否。さらに、ファイターズが1位で黒田投
手を指名したことでプライドを傷つけられたのか、2位指名の藤
沢公也選手からも「高校生より自分の評価が低いのか」と入団を
拒否されてしまいます。そしてこのようなゴタゴタが続いた結果、
ファイターズは、アマチュア選手から指名して欲しくない不人気
球団のひとつになってしまいました。
 しかしこの年のドラフトでは上位指名こそ不発に終わりました
が、4位ではのちの名キャッチャー、大宮龍男を指名、さらにド
ラフト外では島田誠、岡部憲章などといった後の主力選手が入団
させています。このようにファイターズは少しずつ、戦う集団へ
と変貌する準備を整えていったのです。

 明けて1977シーズン、投手陣は高橋直樹が17勝をあげ、
復調した村上雅則が抑え投手に定着しましたが、他に二桁勝利を
あげた投手は不在でした。一方打撃陣は、日本の野球になれたミ
ッチェルが32本塁打と長打力を発揮し、加藤俊夫が捕手のベス
トナインに選ばれましたが、新戦力の台頭はなく、決定力不足も
相変わらずで、5位に終わりました。
 そしてこの年のシーズンオフには、のちのファイターズの命運
を変える事件が起こります。それは南海ホークスでの野村監督解
任騒動でした。ホークス後援会副会長の娘である夫人との別居な
らびに愛人(現・沙知代夫人)との事実婚、そしてその愛人によ
る現場への介入疑惑が発覚し、これを機に、野村監督就任後冷遇
されていた*4鶴岡一人元ホークス監督時代の選手や球団スタッフ
が逆襲したため、川勝傳ホークスオーナーもついにかばいきれな
くなり、野村監督は解任され、関西からは叩き出されるという形
になります。

*4 鶴岡一人

 近畿グレートリンクの時代から南海ホークスの監督を23シー
ズン務めた名将。親分と言われ、多くの選手から慕われていた。
野村を捕手として見いだした監督でもある。野村は、鶴岡の取っ
た人情野球を否定し、ドン・ブレイザーから吸収した合理的なデ
ータ野球を断行、鶴岡時代の選手・球団スタッフをチームから遠
ざけていたために彼らが反発しており、この解任は、鶴岡派の逆
襲と言われた。なお、鶴岡は解任に関する関与を否定したが、野
村は、解任は鶴岡の意向と信じており、鶴岡の葬儀にも出席しな
かった。この事件の真相は不明であり、さまざまな説があるが、
野村が関西から閉め出されたのは、鶴岡に遠慮した関西マスコミ
の報道姿勢の結果であり、鶴岡は直接関与していないと言われて
いる。

 するとその騒動の影響で、野村監督の解任に反発した柏原純一
選手がホークスからの放出を希望してフロントと大喧嘩になり、
紛糾。そこでファイターズはトレードを申し入れ、小田義人選手
と杉田久雄投手との交換で、柏原選手の獲得に成功します。これ
は移籍後の柏原選手が実力を発揮して4番に座っただけでなく、
後にオールスターでパ・リーグの4番も務めたことを考えると、
大成功のトレードでした。打撃陣に軸になる選手が不在だったフ
ァイターズにとって、何よりも欲しい選手が入団したのです。ま
たこの年は、ドラフトで、のちのファイターズのクリーンナップ
に名を連ねることになる古屋英夫、田村藤夫を獲得しています。
このように地味ながら選手の補強が着々と進行すると同時に大沢
監督の指導も徐々に浸透してきて、ファイターズのチームカラー
は次第に確立していったのでした。

 続く1978シーズン、打撃陣は、俊足の島田誠が1番を打ち、
2番富田がクリーンアップに繋ぎ、打撃好調の4番・柏原、5番・
ミッチェルが打点を挙げるというパターンが確立したので、前年
よりも得点力が上がりました。またこのシーズンは、柏原が24
本塁打84打点でベストナインに選ばれ、ミッチェルが36本塁
打で本塁打王を獲得しています。
 さらに、力をつけてきた管野光夫と新人の古屋がレギュラーに
定着し、下位を打つベテラン千藤、加藤も健在で、ファイターズ
はようやくファンにアピール出来るようになりました。
 投手陣は、エース高橋直樹と高橋一三が不調でしたが、移籍組
の佐伯和司、押さえ投手の村上がそろって二桁勝利をあげ、大洋
に放出した野村の替わりに移籍してきた杉山知隆、間柴茂有がふ
たりで16勝をあげる健闘ぶりで、ついにファイターズは3位と
なり、初のAクラス確保に成功。ちなみにこの年のオールスター
のファン投票では、高橋直樹、加藤、柏原、富田、千藤、管野、
古屋の7選手が選ばれていますが、実は、これはファイターズ友
の会や会社ぐるみの組織票によるものだったため、実力不足とい
うことで管野と古屋は出場を辞退するという状況になっています。
この節操なき組織票のあり方は世間から大きく非難を浴びました
が、これは、予算のない中でチームをなんとか全国にアピールし
たい、という球団の熱意の表れでもありました。同じ組織票のあ
り方でも、なんとも涙ぐましい努力のあり方といえます。

 1979シーズンは前年と戦力があまり変わりませんでしたが、
打撃陣でミッチェルに衰えが見えるようになってきました。元々
確実性に欠けるところがあり、彼の最大の武器であった長打力が
落ちてきたことから、球団はミッチェルに代わる助っ人外国人選
手探しを考えるようになりました。他は、新人の高代延博がレギ
ュラーに定着しています。
 投手陣は、復調したエース高橋直樹が初の20勝。杉山、佐伯
も二桁勝利で、宇田東植も9勝をあげ、次第に安定してきました。
 その結果このシーズンも3位を確保し、前年の成績がまぐれで
ないことを証明しています。
 またこの年のシーズンオフには、社会人野球界から木田勇をド
ラフトで獲得。ファイターズになってからは初めての、大物アマ
チュア選手の獲得でした。さらにミッチェルを解雇し、新しい助
っ人外国人選手として、トニー・ソレイタ、トミー・クルーズを
獲得しています。

 1980シーズン、投手陣では、新人木田の活躍が目立ちまし
た。シーズンを通して22勝8敗の成績を残し、池永正明(西鉄)
以来の新人20勝到達を始め、投手5冠を独占。ファイターズ史
上初のMVPを獲得しましたが、これはチーム通算としても、フ
ライヤーズ時代の張本以来のことでした。また木田は、尾崎行雄
以来のピッチャーのベストナインにも選ばれています。したがっ
てこの年は、シーズン中からオフまで木田の話題で持ちきりでし
た。
 しかし、木田の他は高橋直樹と間柴が二桁勝利、復調した高橋
一三が9勝をあげたものの、抑えの村上の不調で終盤での競った
戦いを落とすことが多かったために追い込みができず、3位に終
わりました。そこで球団は、村上に代わる抑え投手の補強を決断
しています。
 一方打撃陣は、島田と新外人のクルーズが三割を打ちましたが、
なんといっても「サモアの怪人」ソレイタの活躍が目立ちました。
確実性に欠けるきらいはありましたが、ミッチェルの長打力を上
回る45本塁打、95打点を記録し、明るい性格のこともあって、
一試合4打席連続本塁打を打った翌日のスポーツ新聞には「ソレ
イタ!おソレイっタ」と見出しが出るなほどの人気選手となりま
した。
 また、地味ながら高代が、ファイターズに入団した野手として
初めてベストナインに選ばれています。
 このように、木田とソレイタの活躍によって、ファイターズは
パ・リーグの上位球団の仲間入りを果たし、優勝も夢ではなくな
りました。

 そしてこの1980シーズンのオフ、ファイターズは、広島カ
ープの抑えの切り札である江夏豊を高橋直樹とのトレードで獲得
します。抑えの不在に泣かされたファイターズにとって、広島で
二年連続日本一の抑え投手の獲得は、大きな戦力アップになりま
した。
 そして翌1981シーズンは、木田が二年目のジンクスで調子
を落としたために10勝に留まったのは計算外だったものの、投
手陣のほかの面子では、調子をあげた間柴が15勝、高橋一三が
14勝をあげ、次いで急成長した岡部が13勝をあげています。
また、抑えの江夏の存在は大きく、3勝25セーブを記録しまし
た。
 打撃陣は、1番島田、2番高代がクリーンナップのクルーズ、
柏原、ソレイタに繋ぐ野球で得点力が上がりました。下位を打つ
古屋、中日に放出した富田の替わりに入団した井上弘昭、村井の
他、控えの管野、鍵谷、岡持、服部も活躍し、成長してレギュラ
ーになった捕手の大宮が投手陣を引っ張ります。
 この結果ファイターズは後期優勝し、プレーオフで山内一弘監
督率いるロッテオリオンズを破って、待望の日本シリーズの出場
を決めました。ファイターズになってから7年目の快挙であり、
私財を投げ打ってまでファイターズを運営することに邁進してき
た大社オーナーは大泣きして優勝を喜んでいます。フライヤーズ
時代の選手は、岡持と加藤のふたりだけ。移籍選手中心の寄り合
い所帯を巧みにまとめた大沢監督の手腕が光りました。そしてフ
ライヤーズ時代からは19年ぶりのシリーズ出場でしたが、この
年のセ・リーグの優勝は巨人。両チームとも後楽園を本拠地とし
ており、史上初の移動のないシリーズが実現。旧フライヤーズ時
代のファン待望の東京シリーズは、ついに現実のものとなったの
です。
 ファイターズは、初戦で巨人のエース江川卓と抑えの角三男を
崩して先勝し、第3戦までは2勝1敗と勝ちが先行しましたが、
第4戦の後半に守備の乱れから崩れて大敗すると、第5戦では第
2戦に続く西本聖の力投に敗れ、第6戦では西本の活躍に奮起し
た江川の投球の前に打線が沈黙、試合の前半の時点で巨人の新人
原辰徳の2点本塁打を含む5点を奪われ、その後は井上の本塁打
などで追いすがりましたが、結局6対3で敗れ、通算2勝4敗と
なり、日本一はなりませんでした。
 しかしこの年、リーグ最優秀選手には江夏豊が選ばれ、また、
島田と柏原がベストナインに選ばれています。

 以後、ファイターズは日本シリーズに出場することなく、20
04年に本拠地を北海道に移転しています。一度優勝はしました
が観客が入らず、後楽園に続いて本拠地にした東京ドームではド
リンクを販売するときに氷を抜いたり、年間シートを格安で販売
するなどの努力を重ねていましたが、いくらそういう企業努力を
したところで、外野席は埋まっても内野席で閑古鳥が鳴いていて
は、収支が合いません。たくさんの観客が入ってこそ球団の収支
は見合うわけですから、この移転は、東京を出てそのチャンスを
北海道に求めようというフロントの大きな決断でした。そして人
気者の新庄剛士を獲得、アメリカの3Aで将来のメジャーリーグ
の名監督候補と言われたトレイ・ヒルマンを監督に招聘、北海道
にフランチャイズを置く初のプロ球団としてのスタートを切りま
す。
 そして大社オーナーは晩年、日本ハムの補助金不正取得事件発
生の関係からオーナー職を辞し、失意のうちに亡くなりますが、
そんな事件の最中でも着々と力をつけてきたファイターズはヒル
マン監督の下、低迷を脱して上位に進出し、優勝をねらえるチー
ムへと再び変貌しました。ファイターズを運営する会社も、日本
ハム資本100%の会社から、北海道の地元企業の資本を入れた会社
へと代わり、オーナーも大社オーナーの息子さんへと交代。いま
まさに新たな強豪チームとしてパ・リーグに名乗り出た北海道日
本ハムファイターズの戦いは、これからも続くのです。

【参考文献】
 プロ野球人名辞典2003 森岡浩編集
 プロ野球データ辞典     坂本邦夫 
 別冊週刊ベースボール 
  ●プロ野球新・トレード史 
  ●日本シリーズの軌跡 
  ●戦後プロ野球五十年、背番号の人生、プロ野球比較選手論
 プロ野球トレード光と陰 近藤唯之著
 
(アトムフライヤー)

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