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建築所感

世界のあちこちで見てきた建築を勝手に書きつづります。第一回はビルバオグッゲンハイム。ネタのある限り続けます。

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建築所感53<旅館新和荘海心>

2004/03/21

建築所感53<旅館新和荘海心>

名称:旅館新和荘海心
場所:熊本県本渡市
設計:竹中アシュ
建設年代:1999年〜


熊本県の天草で、間もなく1軒の旅館が竣工する。
施主から仕事の依頼を受けたのは、もうかれこれ5年前。
仕事の規模にもよるのだろうが、客室が合計10室の
小規模の街中の旅館としてこれほど年月がかかるのは
珍しいことだろう。
独立して私が始めて受けた仕事がこれである。

設計事務所を始める前、私は天草のとある製材所に勤めていたのだが
そこをあっさりとクビになった。
財政難でリストラで、どこにでもありふれた言葉で。
私のそこでの所在はなくなった。
会社の方からスカウトしてきたくせに不要となれば簡単に切ってしまう、
それが当たり前のことなのかどうなのかわからなかったが。
別にいいや、と思った。
思えば会社をクビになるのはすでに3回目。
世間を斜から眺めるようになったのは
こういう経験があったからなのかもしれない。
自分の思いとはうらはらに世の中は進んでいく。
それも生きているうちの修行といえば修行。
それでもどうやって楽しんで生きていくかが、重要。
憎んでも仕方がない。
経験のうちと思って世間を眺めるしかないように思えた。

どういう偶然なのか、クビになった年に限って
1級建築士の試験が通った。
今まで落ちること7回。
クビもいいチャンスだと思って独立して設計事務所を始めた。

仕事のつてになるようなものはなーんにもなかったけれど
それまでいた天草の片田舎から始めることにした。
知ってる人からは無謀と言われ、
父母は心配して名古屋から私を見にきたりした。
看板は何も出さなかった。
広告チラシの類いも出さなかった。
スタートなんてどこからでも良いではないか。
始めたければ、今の目の前がすでにスタートラインだ。
独立は早ければ早い方が良いと何故だか信じきっていた。
その時はすでに30。少し遅すぎるくらいだろう。
気が急いていたのかもしれない。
何もないところから始めて丁度良い。
人生は長いのだろうけど
空白からスタートするなんて素敵ではないか。
まだ見知らぬ宇宙がそこにあるような気がしていた。

独立してすぐは見聞のために海外に行って建築を見まくってきた。
3ヶ月くらいと、あまり長いものではなかったけど。
天草に戻り、事務所登録事業所登録などなどを行う。
そうするうちに、もとの製材所の専務から電話があった。
会わせたい人物がいると言う。
設計できる人間を探していると。
自分をクビにした張本人からの連絡である。
どうせ頼りにならない話だろうと思ったが
約束の時間と場所をメモしておいた。
たとえ仕事の話としてもタイミングが良すぎるではないか。

その日その時。
そこに行くと専務が神妙な面持ちでそこにいた。
そして始めて会う男がもうひとり。
こちらが旅館の社長さん、あとはお互いに話し合ってくれ。
年の頃は35〜6だろうか。
よくわからないままに、はじめましてと挨拶をする。
相手も名乗って名刺を差し出した。
えっと、それでどういう御用件でしょうか・・・
これが仕事の始まりになっていた。

聞けば今ある旅館をどうにかしたいと言う。
建物の半分は老朽化しているので全面建て替え、
もう半分はまだ新しいので改修するような感じにしたいとの事。
費用も提示してきた。
まともに行ける話なんだろうか。
まずは今ある旅館を案内していただいた。
木造の2階建てで部屋数は10。
最初に建てたのは今から40年以上前になるといい、
それから増築に増築を重ねてできた建物だった。
ために、窓を開けても眼前は隣の建物の壁であったり
雨漏りが止まらないようなところがあったり
毎年シロアリが止まらないようなところがあったりした。
確かに今の状態は良くなさそうだが、なんとかなりそうな雰囲気はあった。
どうなるかわからないけど一度事務所に持ち帰ることにした。

事務所に戻り、ひとりああでもないこおでもないと
図面と模型を作り重ねる。
ある程度建物が密集している地帯で
周囲の風景に期待の持てないところであった。
割に建ぺい率も60パーセントとなっており
強制的に空地を設けなければならない。
建物の中央付近に庭を取る案を考えた。
ちょっと、住吉の長家のことを考えていた。
もちろん同じように出来るわけでないし、
そんなに大それたものでないのだけど
中央に自由な場所を作れば楽しい空間になるんじゃないかなあ、なんて思った。
旅館に来た人のための小さな広場。
その空間を囲んで建物を配置した。
自分で言うのも何だが模型も楽しげに見えた。
これでいっかな?
その後、現場に至る今日までプランは幾度となく
変更があったが、人の集まる中庭というコンセプトは最後まで残った。

最初に会ってから1週間程の後。
施主に考えた果ての図面と模型を見せる。
大受けした。
面白い、こんなの見たことないと言われた。
うれしかった。
やってけるんじゃないかなあ、と思った。
一度家族にも模型を見せたいと言われて
次の打ち合わせを約束してその場は終わった。
まずまずのスタートだった。

そして2回めの打ち合わせ。
面白かったのだけど・・・で会話は始まる。
聞けばいろんな御意見が出てきた。
うまく行くんじゃないかと思ったのはつかの間だった。
いくらか意見を取り入れた上で模型と図面を作り直してふたたび施主に見せる。
と、こんどは最初の方の案が良いと言われる。
こんな事がその後何度か続いた。
せっかく良い雰囲気で進みそうだったのにうまくはいかないものだ。
そのうちどうしようもなく計画が行き詰まってしまった。
困った。
建物よりも周囲の環境を変えた方が良いのではないかと考えはじめ、
勝手に周囲の計画を作ったりもした。
その図面や写真を県知事に送って都市計画を促すように申告までしてみたけど
何かが動いたわけではなかった。
次にコスト面を見直ししてみたのだが予算をオーバーしそうな感じであった。
半分を建て替えの予定であったがそこがネックとなり費用がかさんでしまうのだ。
全面改修で進めた方が金額的にもクリアーできるし、
内容的にも濃いものが出来そうだ。
お互いの納得のいく路線で計画を進めそうに思えた。
ふたたび模型と図面を提出し、
施主もその方針に賛成し、全面改修で計画を進めることになった。

改修するにあたっては、当然もとの建物を詳しく調査する必要がある。
建物の簡単な図面は残っていたが参考程度にしかならないものだった。
すると残る方法は実測である。メジャーを使って一つずつ寸法を測ってわけだ。
先にも述べたが増築を重ねた建物である。
構造は非常に複雑で、調べてみたら壁が2重に
なっているようなところもあった。
屋根裏や床下は、それこそ40年の埃や塵がたまっており、
移動するだけでそれらが高く舞い上がる。
屋根に断熱材が使われているわけでもなく
天井裏はサウナ同様であった。折しも季節は夏。
そして移動するのに十分なスペースがあるわけでなく
足下も少し油断すれば天井板を踏み抜きかねない。
そんなところでメジャーを取り出して柱や梁の太さやその間隔を
測って方眼紙に記録していく。
とても大変な作業ではあったが楽しい面もあった。
一目見るだけでは見過ごしてしまうような部材の配置も
丹念に採寸していく事で、それを設計した本人の意図が見えてきたりする。
感心することがある反面、早く直した方が良いところも見えてきた。
床を剥がしたり、屋根にのぼったり、忍び込めるありとあらゆるところを
計測してまわり、どうにか実測図が完成した。
改修の設計は、もとの建物を再利用するわけだから設計に制約が出てくる。
特に柱や梁の主要な構造部材は取り除くことができないから
それらの存在を認めて進めることになる。
しかしその一方でここでしかできない形というものに挑戦もしやすい。
改修の図面と模型のやりとりも数回で終わるものではなかったが、
しばらくの後には実施設計に至るまでの図面にまで至るようになった。
しかしその頃になってどうしようもないミスをしている事に気が着いた。

建物を建てる場合、通常なら確認申請が必要になる。
ただし同業種への改修工事の場合は確認申請が不要のケースがある。
このことを知っていて今まで作業を進めていた。
しかし、改修前の建物が申請が出されていないとなると話は別だ。
設計を進めていてどうしても法規的にクリアーできないところがあったので
どういう理由なのか探っているうちに、この建物が違法建築であることが
わかってしまった。詳しいことはここでは省くが、かなり致命的な違法度であった。

このまま設計図を完成して工事に至ったらどういう事になるだろう?
土木事務所にバレなければ最後まで事なきを得て完成するだろう。
しかし、万が一改修の工事をしている最中に違法を指摘されれば
旅館として営業停止の処分にもなりかねない、というより確実にそうなる。
今回の旅館のように公共性の高い建物の場合、法規的な取り締まりは
私的な住宅などと違って格段に厳しいものなのだ。
図面はあと一歩のところで完成だ。
どうしたら良いのだ?

結局、自分ではどうすることもできなかった。
もしかしたら、自分以外の誰かが設計するなり、あるいは役所の人間と精通していれば
こういう問題もクリアーできたのかもしれない。
あるいはそういう人物を探し出して共同で進めるなりすれば可能なラインは見えていたのかもしれない。
しかしそういう事に直前に至るまで気が付かなかった自分とは一体何なのだろうか。
施主とはすでに数々の合意を成し遂げてきている。
初歩的なミスに気が付かずにここまで来ていて、それでプロと言えるものだろうか?
やはり謝罪せねばなるまい。

多分、施主は驚いていたと思う。
呆れていてもおかしくはない。
聞けば銀行にお金を借りる算段をしていてその契約の直前だったと言う。
自分では設計を進められないこと、現在の建物が申請が下りていないこと、
営業停止にさせるわけにはいかないこと、それらの事を説明し、謝罪した。
謝るべきことではなかったのかもしれないが、
プロとしての不覚を詫びないわけにはいかなかった。
最初に施主に会ってから今日に至るまでどれだけの時間がかかっただろうか。
自分だけの時間であればまだいい、施主やその御家族、そして関係者の方々の
いままでの苦労で築き上げた時間というのはどうしたら良いものなのだろうか?
時は金なりというが、時は金でさえも買えないものなのだ。
自分に出来ることといえば、せめて今までいただいた設計料を返還することであった。
それしか出来なかったが、施主からはそれでご了承をいただいた。
自分はアホだと思った。

1週間くらい、何も出来なかったと思う。
模型や図面は自分のまわりにうずたかく積まれたままであった。
模型も1/30の大きなスケールのものまで作り上げていた。
端部に至るまで神経を滑り込ませ、検討に検討を重ねたものだ。
それらの図面や模型をすぐに捨てることはできなかった。
かといってどうして良いかもわからなかった。

ツキがなくなったんだろうか、
そうこうしているうちに仕事は何もなくなった。
金も貯金も底が見えて来た。
そんな状態でも設計をしたいというわがままで
あちこちのコンペに参加するも全部落選の有り様だった。
落ち込みに拍車がかかる。
そういう時は誰も来ないものだが、
誰にも会いたくもなかった。
会ったところで苦しい話題しかない。
死ねば楽になる、なんてうわ言まで言うようになった。
太陽の光さえも厭うようになっていた。
夜になれば飛び込めそうな海をさがしまわっていた。
精神科医は近くになかったが、見ていただいたら確実に
分裂病と診断されたのではないだろうか。
体重も落ちた。痩せた。やはり異常だったのだと思う。

そのような状態から抜けだせたのはどうしてだったんだろうか。

やはり眩しい朝だったと思う。
ウチにはカーテンさえ窓にかかっていなかった。
誰かに何かを言われたわけではない。
ただ「このままではいけない」と、他の自分が自分に言った。
このままだと本当に死んでしまうぞと。
ということは本当は死ぬ気ではなかったのか?
なんだかよくわからないのだが状況としては自殺未遂の一歩手前という
ところだったのだろうか。

この事を友達に話をしたことがあるのだが
本当の自殺願望ではないと言われた。
そうなのかもしれない。
実際にその友達は前夫を自殺で亡くしていたので
彼女の方がそういう人物の状況に詳しくて然りである。
何かの間違いで一回の自殺未遂で本当に死んでしまう人もいるのだろう。
その一方で何度も自殺未遂をくり返すような人も同時にこの世に存在している。

自分の中の誰かが言ったというのは
これはやはり気持ちの悪い話であろう。
しかしそういう事がなかったら今の自分はなかったに違い無い。
どうしていいかわからなかったが深呼吸を始める事にした。
始めることにした、ということはそれなりに意識があったということだ。
床の上で姿勢を正し静かに呼吸を続ける。
しばらくするといろいろな音が聞こえてきた。
鳥の声、隣の工場の音、犬の泣き声、
遠くの車のエンジン音、冷蔵庫のモーターの音など
かなり微細な音まで聞き分けられるようになった。
神経が落ち着いてきたところで目を開けて部屋を眺めまわした。
もともと狭い部屋ではあったがすごい散らかり様だ。
掃除しなきゃな、と思った。
自分の中で、少し何かが変わった気がした。
何でもいい、まず自分で出来る身の回りのことから始めようと。
それからでいい、すべてはそれからだと思った。

そんな事があっても仕事の話が来たりしたわけではないが、
場所を変えた方が自分に良いように思えてきた。
自分が選んで事務所を始めた場所だ。
決して栄転と言えるものではなかったけど
どこか他の場所に行ってやり直しを考えようと思った。
都市の方に行けばどうにか設計に関するアルバイトなりあるだろうと。
手元にはどうにか引っ越しできる位の金が残っていた。
いろいろな候補地が考えられたが最終的には親のいる名古屋を選んだ。

縁は切れたものと思ったが、一応伝えた方が良いと思い
名古屋行きのことを旅館の施主にも連絡した。
すると思いもよらぬ事に送別会をしようと言って下さった。
何ということなんだろうか。
私は一体、何なんだろうか。
多大な迷惑をかけたのは自分以外の何ものでもないのに。
ありがたく宴を催していただいた。
本当にありがたかった。

最後に作った1/30のスケールの模型はどうしようかと思案したが
区切りの意味で壊すことにした。
もうこれは出来ない計画なのだと思うと少しは悔しかったが
これで良かったのだと思った。
最後に施主に手紙を書いた。
先日の宴のお礼と、今までの多大な時間の浪費に対する詫びと
そして旅館の建物をどうすべきか自分なりに思った事を書いた。
今後は改修よりも規模は小さくても良いから新築で考えられた方が
良いのではないでしょうかと、あまりに勝手ではあるが御進言のつもりで書いた。
その手紙を投函して天草を去った。

名古屋での新生活が始まった。
お金もないので親のところに同居した。
おいらって今は何歳だ、って考えると
ちょこっとというかかなりこっ恥ずかしかったが仕方あるまい。
親の仕事を手伝ったり、
家の改修の計画を進めたりしてしばらくを過ごしていた。
そしてある日、なつかしくも天草の旅館の施主から連絡があった。

どうしても設計してほしいと言われた。
はあ?
よくわからないままに話を聞いていた。
改修の方針で計画を進めたいのだがどうだろうかと。
うれしいのと困ったのと両方だった。
しばらくしてから返事をしますので、と伝えて電話を切った。

先にも書いたのだが改修は、私では無理なのだ。
私に設計してほしいと言われても私では出来ないのだ。
もう一度法令集を開いて検討してみたが
法規の文字に変わりはない。
困った困った困った。
しかし出来ないことは出来ない。
というか改修はお勧めできないのだ、私以外の誰かが設計したとしても。
自分としてはお断りするしかないと考えて電話した。
すいません、やはり僕では出来ません。
そう伝えた。
すると施主からは
竹ちゃんしかいない、と言われた。

ちなみに竹ちゃんとは私のあだなである。
それはどうでもいい事なんだけど、
この施主の一言が自分の立場を決めたのだと思う。
どういう理由があろうと、どういう状況であろうと
自分しかいないとまで言われて断るようでは男が廃る。
何ができるかわかりませんがもう一度お会いしましょうとお伝えした。

ふたたび、もう来ることがないと思っていた天草に来た。
着いてすぐに施主と打ち合わせを開始する。
私はやはり新築路線を押した、というよりそれしかないと
伝えた。そしてそれで案を作って持ってくることを約束した。

改修のはずを新築にするのだ。
とうぜんお金は、ない。
空間は大切だが、コストを念頭において計画を進める。
旅館は、住宅に似てもいるのだが、やはり規模が大きくもなり
必要とされる空間や設備、そして収納など明らかに異なるところが出てくる。
お客さんの導線はもちろんのこと、働く人の導線も重要だ。
ふたたび独り沈考し、どうやったらたくさん人が集まる宿になるか、
それを考えた。
落ち着く場所、自由な空間と光、風。
最低限必要な要素を重ねることでそれを実現しようと考えた。
そして模型を作り図面を作り、施主と打ち合わせをした。
しばらく天草と名古屋の行き来が続く。
新築ともなり、施主側の要求も以前とは異なり、
そして何よりもコストが一番厳しかったがどうにか合意できる案が出来上がった。
確認申請を土木事務所に提出し受理された。
それをもとに工務店何社かに見積りを依頼する。
それぞれの金額が出てきたがどうにか予算をクリアーできそうな感じであった。
そして実施設計に移り図面を整え、ふたたび工務店に見積りを依頼した。
出て来た金額は予想したより高いものとなったが、施主、工務店、そして自分の3者で
打ち合わせを重ね、素材を検討し直ししてどうにか合意の取れる金額となった。
そして昨年9月より工事が始まった。

いろいろな事があったように思う。
5年という歳月は長かったような短いような。
いつどの段階でも話が途切れてても不思議はなかったと思う。
まだ工事が終わったわけでもなく回想するには早すぎるのだが
一度文章をまとめておきたかった。
現場はもちろん戦場である。日々戦いである。
しかし知恵を出し合い、完成に向けての着実な一歩が今こそ必要な時でもある。
まだまだ息は抜けない。



           
04.03.21
竹中アシュ



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