建築

建築所感

世界のあちこちで見てきた建築を勝手に書きつづります。第一回はビルバオグッゲンハイム。ネタのある限り続けます。

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建築所感 37<円通寺>

2003/01/06

建築所感 37<円通寺>

名称:円通寺
場所:京都市左京区岩倉幡枝町
設計:-
建設年代:庭園部分 江戸時代前期
用途:寺、庭園、茶室

宇治神社に行った日の夜、
東寺の近くの宿に泊まった。
1泊2000円朝メシ付。
ドミトリーではあったけど格安の部類に入ると思う。
イタリア、韓国、ドイツなどなど、世界中から人が来ていた。
雰囲気は海外のユースホステルに同じ。
ただ、トイレが汚かったのと
部屋によっては夜中まで騒いでいるので、
どうしてもと言われない限りは
おすすめできないところだった。
板のようなフトンを背にして一日を終える。

翌朝、まずは近くの東寺に向かった。
歩いて5分とかからない。
荷物は小さなデイパック1つ。
ドミトリーの集団から一人抜け出す。
引き締まる空気の中を進んで行くのは
気持ちが良かった。
東寺はでかい。
お堂も塔も見上げるような高さで
京都のスケール感からはかけ離れているように思える。
どちらかと言えば奈良の建物みたい。
人になじむというより
明らかに人を圧倒するスケールだ。

そのあとJRと京阪電鉄を乗り継いで石山寺に向かう。
国宝のお寺。
行って通り一遍を見て
なんとなく素通りしてしまう。
好みが違うということなのだろうか。
自分にとって何が良くて何がダメなのかわからなくなる。
昨日見た宇治神社には心引かれるものが
あったのに、今日はどういう移り変わりなのだろう。
違いとは何なんだろう。
単に古ければいいというものでもなさそうだ、
国宝などの御墨付きがあるかないかでもないようだ。
しかし、そんなことも実際にモノを見なければ
わからなかった事ではある。
いつか開眼するかなあオレ。
せっかくここまで来たのに、と思う自分がいながら
足は次を目指す。

円通寺は京都の中心部からはちょっと離れたところにある。
バスの路線図を見るとどうやら北大路の
バスターミナルからの出発になるようだ。
地下鉄に乗ってそこに着いたのだが
運行表を見るとなぜかバスは朝に2便しかない。
ちょっと信じられなかったのだがどう見ても
朝8時ころに2本だけ。
思考がストップしはじめた。
切り替えが必要だなあと思い、
昼も近く、目についたラーメン屋に入った。

席についてラーメンが来るまでにしばし考える。
円通寺をあきらめて他のものを見るのも手か。
しあしガイドブックを広げてみても自分がそれに反応しない。
つかれてんのかなあ。
帰りの名古屋行きのバスまでおよそ3時間。
やはり見たいものは見たいと思う単純な私。
ラーメンがやってきた、というか店員の人が持って来てくれた。
その瞬間、なぜか歩いて行くのも手かなあと思った。
どおしても遠くて時間がかかるようだったら途中でひきかえそう。
見れなければまた来ればいい、名古屋からは遠くないのだし。
気楽な感情が自分に湧いて
がんがんラーメンを喰う。
すごく優柔不断な考えや判断ではあるけれど
こういう時は1人というのは楽なものである。
説得するのは自分一人で十分だし、
酷使する肉体は自分一つで十分だし。

気が付けば空は晴れ渡っていた。
どれだけ時間がかかるか知れないその場所を目指して
ひとり北を目指す。

しばらく歩くと途中、円通寺行のバス停を発見する。
どうせさっきのように朝に2便しかないのだろうと
思ったのだけど、気になって見てみる。
するとけっこうな本数が出ているではないか円通寺行が。
どういう事なのか訳がわからなくなってきていたが
次のバスはすぐに来そうである。
ツキが来たのかどうなのか。
確実に寺が見れる事を信じてバスに乗り込んだ。

およそ15分くらいであろうか。
バスが目的の停留所に着いた。
おお、着いちゃったよ。
しかしそこは寺の前ではなく、少し離れたところ。
付近には道案内も地図もなかった。
近くのお店の人にお寺の場所を訪ねる。
今は近くを造成工事中で道がわかりにくくなっているとの事。
「右行って左行ってずっと左です」
左行って左って何?と思ったけど
ことばの通りに進んでみる。
しばらくして寺の方向を示す看板が出て来た。

寺に着く。
飾り気のない、質素なお寺だ。
近くはみやげ屋もない。いいねえ、こういうの。
玄関の脱いである靴の数からすると来ている人も少なそうで、
すでに来た甲斐があるように思えた。

入場料を払い中へ。
庭を望む広間には暖房付きのカーペットが敷かれていた。
寒さの中でありがたい事である。
そのカーペットに座って庭を眺める。
この寺のメインは借景庭園である。
手前にずーっと広く苔の庭が続いて
それらは生け垣で区切られる。
その向こうは雑木林が続いて
はるか向こうに比叡山。
生け垣の中の杉の木立が山に対して幾らか邪魔な気もしたけれど
人工的なものが目につかなくて気持ちがいい。
もちろん生け垣や苔の庭は人の手が入ったものだが
まわりの風景と調和していて違和感は感じなかった。

しばらくしてアナウンスが流れる、おそらく録音だ。
この庭園の成り立ちについて、低い声で話が続く。
この風景もこの先どうなるかわからないと
訴えるように話は続く。
庭園のまわりの造成に許可が出たらしい。
寺に来るまでに工事されていた場所を思い出した。
近くに高い建物ができれば今の風景は保たれない。
昔、京都にたくさんあった借景庭園は
そうして消えていったと、話は続いた。
酷なものだ。
どうしていいのかわからなかったが
今ある風景をしっかりと脳裏に焼きつけるべく
ただじっと庭を見た。

夕方京都駅に着く。
駅はもう何度も見てるけど、原さん(京都駅を設計した人)ってすごいなあと思う。
駅事体は人間をはるかに凌駕する大きさなんだけど
人がたまったり、なじめそうなスペースがあちこちにある。
大きいんだけど、人のサイズにつながってる。
駅の中のどこか遠くからオペラ歌手の歌声が聞こえてきた。
エスカレーターを何度か登ったところで小さなコンサートが開かれていた。
明日は大晦日。第九のコンサートだった。
階段広場は人でいっぱいだったけど、自分もどうにかスペースを確保した。
天にも登りそうな歌声を聞きながら
夕闇に沈む京都の街を想った。


                     03.01.06 竹中アシュ

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創刊日:2002-01-27  
最終発行日:  
発行周期:ときどき  
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