建築

建築所感

世界のあちこちで見てきた建築を勝手に書きつづります。第一回はビルバオグッゲンハイム。ネタのある限り続けます。

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建築所感28<チャンディガール>

2002/08/24

建築所感28<チャンディガール>

名称:CHANDIGARH
場所:CHANDIGARH INDIA
設計:Le Corbusier
建設年代:1950〜1969
用途:市庁舎?

最初の海外旅行に選んだのはインドだった。
今からおよそ12年くらい前の話である。
大学の卒業旅行だった。
それまでは国内しか知らなかったわけだけど、
どこでもいいから一回くらい海外に行っても良かろう、
ぐらいの気持ちだった。
以後、インドにはまだ行っていないのだが、
いろいろな国を訪ねるきっかけとなり、貴重な経験をした。
その頃の風潮なのかもしれないが、何でもいいからまずインドへ行け、
あとのヨーロッパとかアメリカとかの諸々の地域はあとでどうにかなる、
まず、インドへ行け、というのがあった。
気候が厳しく、経済的に貧しい人が多く、日本の価値判断とは
まるで異なるものがあると言われていたし、
カルチャーショックを受けたという報告まで聞いた。
激しいところの方が、その後のクスリになるかな、と思い
旅行会社に相談に行った。

その当時建築のケの字も知らなかった自分はもちろんコルビジェの
コの字も知らない。
ただ、その当時在籍していた研究室の教授から”インドのアジャンタとエローラは
最低見ておくべきだ。タージマハルも。 あと巨匠の作品と言われるものは
見ておけ、チャンディガールとか”と御指導を受けてもい、
カルカッタから入ってボンベイから出る予定であったので、
そのチャンディガールに行くことも考えには入れておいた。
その頃は、今考えると無謀なのだが、予定を組む、という概念が
ほとんど希薄であった。
インド一か月、なんとかなるだろう、ぐらいの気持ち。
荷物と言えば小さなデイパック1つきりであった。

少しだけ解説するけど、コルビジェというのはフランス人の建築家である。
すでにお亡くなりになっている。
有名人だ、というか、建築界の巨匠とまで言われた人で
日本だと東京の国立西洋美術館が彼の設計。
他にフランスを中心にヨーロッパには多くの作品が残っている。
コンクリートを主に使って大胆な造形を作り上げていて、
後の多くの建築家に影響をおよぼした人だ。

チャンディガールは都市の名前で、ここの都市計画も
コルビジェが深くかかわった。
当時のインドの大統領ネルーから直接声がかかったとかで
大変うらやましい話だ。
それでその市庁舎(なのかなあ、いまだによくわかってないんだが)の設計も
することになったんだろな。
場所はデリーのちょっと北のあたりなんだけど、もー言葉が通じない。
僕の英語はサバイバルだが、ほとんど通じなかった。
かいてある言葉は全てヒンディーで、数字すらもヒンディ。
たいした資料も持たずに行った自分が悪い。
有名な建物だし、有名な人が作ったんだし、
向こう行ったらわかるだろうと思ってた。
わかんなかった甘かった。
チャンデイガール、と言っても、そこではその土地の名前だから
現地の人は不審そうな顔をする。
コルビジェと言ってもなんも通じず。オーマイガーッ。
なんて言えばいいんだ、だいたい、あの建物、用途は何なんだあ?
ちっくしょ、もーちょっと調べるなりしておきゃあよかった。
などという後のお祭騒ぎはいつものことなんだが、その時は必死である。
バスターミナルまでは来れたが、こっから何処行けばいいんだ?
あれって、何だろ、政府なんかな?
政府って、英語だと何だろ?
シティホールだよなあ。
周りの人に”シティホールシティホール”とさけぶ。
だれも理解してくんない。あせる。
あーどうしよー、ここは日帰りのつもりだったし時間ないし。
うー。
冷静になれ冷静になれ、といいつつ不安タラタラ。
おーそーだ、ガバメントじゃねえか。
ほとんど英語が通じない状況だったがそれで通す。
ガバメントガバメント。
と、独りの青年が、わかったように気付いてくれた。
わかんないけどあるバスを指差す。
ナマステー。(インド語でありがとう)
不安もあったが、そのバスに乗ることにした。
今考えると、ちと恐ろしい行動でもあるが、
その当時は他に選択肢がなかったんだよね。

インドのバス。
もんのすごく人であふれかえる。
アナウンスもなかった。確かに日本のバスとは違う。
降りたい時は何かゼスチャーをする。
大丈夫なんかなあ。
これを書いている今でこそ、大丈夫なことはわかっているが、
その時は不安の累乗である。
でも旅はそれもあってこそ、旅は楽しいと後になってわかるもだが。
としているうちに、何か写真でみたことのあるものに
気が付いた。おお、このバスで正解。
コンクリートのへんな彫刻みたいなのが見えてきた。
これだけですでに来た甲斐があったと思っていた。

着いた。
どこまでコルビジエが設計したのか知らないけど、
写真で見たようなコルビジエ風の建物で周囲は埋まっている。
荒々しいコンクリートの壁。
すごいんだけど、インドっぽくない。
庁舎らしき建物に近付いていく。
近付くにつれ、その建物がいかに大きいかがわかってくる。
建築のスバラシサどうこう言う前に殺風景な異様な雰囲気。
これが巨匠と言われる人の作品なのか。
大きな広場があって、そのまわりに幾らかの建物がある。
外観を見てまわるだけでも大変である。
それだけで大変なのに雨が降ってきた。
スケッチもぐじゃぐじゃになる、が手は動かし続けた。
その方が記憶に残ると信じているので。
だんだん雨ひどくなる、でもそんなに見るチャンスなんてないだろうから
歩きまわる。ズブズブになる、歩きまわる。

あの時の心境は一体何だったんだろうと思う。
体力があったのだろうか。
自分は無心からは程遠いがそこには魅力があったのだろうか、
このインドの旅の後、コルビジェの作品を見る目的で
フランス行きを決めたりしていた。

建物は当然、内部も見たくなる。
しかし、実は先程から気になっていることがあった。
入口近くに1人のインド人らしき人物がいるのだが、
マシンガンを持っているのだ。
鉄砲だってあんまり見たことないのにマシンガンかよ。
建物を見ている人間なんて不審に見られるに決まっている。
おまけに土砂降りの中をスケッチなんてしてる。
人間扱いされてなかったかもしれない・・・
視線はとうに感じていた。
殺されはせんだろうが、恐くないというのも嘘である。
でも、入口とおぼしきところはそこしかわからず、
その番兵らしき人物の方におそるおそる近付く。
訪ねた。
"I want see."と言って内部を指さす。
答え"No."
あっけない、でもあえて一言。
"I came from Japan."
でも苦笑のみ。ちっくしょお。
仕方ないので、その入口からあちこちをじーーーーーっと見る。
その男はそれ以上は何もしなかったし、何も聞いてもこなかった。
それで良かったのか悪かったのか。
でももっと見たかった。ここまで来たんだしなあ。
つれない思いでその場を去る。

雨は一向にやまなかったが外を歩き回った。
来られただけでもマシというもんだろ、と自分に言い聞かせながら。
そうしているうちにふと、目についたものがあった。
カマドだ。
インドではカマドでパンをやいているところがたくさんあったが、
土をこねてつくった手製のカマドが
コンクリートの壁にひっついてできていた。
どんな巨匠が作った建物だろうと
使いやすいように人は手を加えていくものだ。
違和を唱えるような風景ではあったが、
はたして実際はどうであったのだろう。

チャンディガールを去っても雨は一向に止まなかった。
バスの中から雨にけぶるグレーの建物が見えた。
振り返り考えると、その雨でコルビジェの洗礼を受けたようなものだ。
感慨も興奮もなかった。
行った見た、ただそれだけかもしれない。
でも理解できるできないを考えるよりも
行って実際に自分の目で見ることがその後の自分の基本にもなった。
今は当然その頃から歳月もたってい、
おそらく状況も雰囲気も異なっているのではないかと思う。
インドの国自身ハイテク産業等、めまぐるしく躍進していると聞く。
近くのカシミール地方では紛争がやまないとも聞く。
あのコンクリートの世界は今はどうなっているのだろう。
誰か知りません?

 
                02.08.24  竹中アシュ

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創刊日:2002-01-27  
最終発行日:  
発行周期:ときどき  
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