建築

建築所感

世界のあちこちで見てきた建築を勝手に書きつづります。第一回はビルバオグッゲンハイム。ネタのある限り続けます。

全て表示する >

建築所感25<パルテノン神殿>

2002/07/07

建築所感25<パルテノン神殿>

名称:Parthenon
場所:Acropolis Athenai Greece
設計:Phidias,Iktinos,Kallikrates
建設年代:B.C.447-432
用途:もと神殿

見に行くまであまり興味が持てなかった建築のひとつだ。
自分で設計事務所を構える前に、なけなしのカネをはたいて
地中海の方に旅に出た。
エジプトから入りイスラエル、トルコと抜けて
ギリシャをはじめヨーロッパを放浪した。
ギリシャではいちおう、3つのものを見る予定をしていた。
ひとつはこのパルテノン神殿。
石でできた柱と壊れたような屋根飾りの写真は
よく目にしていたし、見なくてもわかったような気分ではあったが、
見てみないとわかんないこともあるかもしれないな、と思った。
あとメテオラの修道院。
これは登るのも困難そうな岩山の上に修道院の僧たちが
教会を作ったというものだ。
写真を見ただけでもおったまげる。
世界遺産にも登録されているはず。
もうひとつはエーゲ海の島々。
サントリーニやミコノスなど、ギリシャの
観光パンフには必ずといっていいほど出ているところ。
海も青くて建物はまっちろできれいそうだなーと思った。
でもギリシャまで行ってから行くのをやめた。
どうせカップルばっかしだろうし、
おいらなんてビンボーそのままのかっこだし、
行ったところでつまんない思いをするだけだろう、と。
しかし行かなかったことは今だに後悔していて
やっぱり行っておくべきだった。

話はそれたが今回はパルテノン神殿だ。
先に述べた理由のように、あんまり興味なかった。
ここもギリシャ観光のメッカだし、人はわんさかいるだろうし。
頭の中で建物を想像するのは簡単だった。
見る価値あるんかなとちょっと疑いを持っていた。

宿はお決まりのユースホステル。
アテネでは街中にあり移動に便利だった。
この街はいたるところに遺跡があり、
歩いているといろいろなものに出会う。
昔の市場のあと、何のためのものなのか風の塔、
イスラムのモスクにも似た教会、
オリンピックの競技場、ゼウス神殿の孤高の柱たちなどなど。
ほとんどが屋外にあり、もとのかたちを留めていないものが
ほとんどなので、見る者は想像力を試される。
今もそうかもしれないが、かつては文化や哲学の中心であったわけだ。
でも、おかたそうな所はあんまりわかんなくって、
ほんとにあんな彫刻にあるみたいな布を身体に巻き付けて
歩いていたんだろかとか、何喰ってたんだろかとか、
私の考えることは庶民レベルを超えない。

パルテノン神殿は遠くからは小さく見えた。
そんなに大きそうでない、山の上にちょこんと乗っかっている。
そちらの方へ歩みを進める。
アテネとて、いかに遺産が多かろうと都会であるので、
ビルが林立する中で神殿に近付けば近付く程、
その姿は見えにくくなる。
神殿直前の山の登り口付近ではその姿は全く見えなかった。
日は高かった気温も高かったかなり歩いた今から登りだもうへろへろ。
でも入場料払ってゲートをくぐる。だってここまで来たんだもん。

遠くからみた小さな姿が脳裏に焼き付いていたせいかもしれない、
見るまではかなり小さなものを想像していた。
大きさで誇る建物なんていくつもあるけど、
パルテノンはその対象にはあまりなってないと思う。
見終わったら、さっさと山を下りてビール飲もうと考えてた。
しかし予想も予定も簡単に裏切られた。
でかかったのだ。

初めて目の当たりにしたその姿は異様に大きかった。
巨大であった。
山の登り坂の角度のためと微妙な壁の配置により
神殿の姿は直前まで見えないものであった。
全体を見ようとすると少し上の方を仰いで見るようなかたちになる。
そのためだろうか、神殿全体に遠近感が働くようで
かたち全体にぐーっと動きができている。
柱全体は実際に少し内側に傾斜していて、
どっしりとした存在感が出ている。
動きと存在感の同居。
塊としての圧倒的存在にしばし呆然とする。
ミケランジェロが見たら一体何と言ったであろう。
彼程の人であればこれを見て何を発想するであろうか。
彼がいたらしていたであろうスケッチをあちこちから行った。

最初から述べているように単純なものである。
石の床と柱とその上の破風。
しかしそれらは太陽の下、見る角度によって
微妙に表情を変える。
柱の表面は溝が彫られていて陰影がはっきりし、
存在感を高めているようだった。
構造は極めて単純で、石と石の間はダボ孔があり、
それで上下の石同士がずれないようにしてある。
日本のような地震国では考えられないような仕組みだった。
柱の直径は一番太いもので1.8メートルあった。
山の上にわざわざ作り上げたというのは
平地で作るよりも重労働であったであろう。
神への帰依する気持ちからなのであろうか。
建築が宗教に結びつくと、
通常では考えられない特別なものが出来ることがよくあると思う。
何も古代に限らない、現代でもそうだと思う。

神殿ばかりに見とれていたのだが、ふと下を向くと
その神殿の一部であったであろう石の塊の脇に
小さな赤い花がちょこんと咲いていた。
とても愛らしく、かれんな花であった。
花は一時のものであり、石は古の人の手を経てここにある。
そうして一緒にあることは偶然で、
特に理由もないのだが、美しい組み合わせであった。
建築はもとの意味はとうに失われ、
今は世界中の人々が集まる観光地である。
戦争中は火薬倉庫として使われたこともあったらしい。
人は時代により考えも変わり行動も変わる。
建物の価値観も時代によりさまざまだ。
そんな中で花だけは、
”わたしはそんな事関係ないのよ
今咲きたいからここでこうして咲いているだけなのよ”
と言っているようだった。
神殿とはまるで違う存在感がそこにあった。


                     02.07.07 竹中アシュ





規約に同意してこのメルマガに登録/解除する

メルマガ情報

創刊日:2002-01-27  
最終発行日:  
発行周期:ときどき  
Score!: - 点   

コメント一覧コメントを書く

この記事にコメントを書く

上の画像で表示されている文字を半角英数で入力してください。

※コメントの内容はこのページに公開されます。発行者さんだけが閲覧できるものではありません。 コメントの投稿時は投稿者規約への同意が必要です。

  • コメントはありません。