建築

建築所感

世界のあちこちで見てきた建築を勝手に書きつづります。第一回はビルバオグッゲンハイム。ネタのある限り続けます。

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建築所感015<妙喜庵待庵>

2002/04/24

建築所感015<妙喜庵待庵>

あまりに有名な茶室。
千利休の作と言われ、その唯一のもので
なおかつ現存する茶室の中では最古のもの。
それを見る機会があった。

この茶室を見るためには通常、事前にはがきでの予約申し込みが必要となる。
私はすんなりと予約が可能であったが、込み合う時期などは
断られることもあるそうだ。
考えてみれば広さ2畳の茶室だ。沢山の人がおしかける訳にも行くまい。

場所は京都の大山崎。
この付近には他にも安藤忠雄さん設計の大山崎山荘や、
藤井厚二作の聴竹居といった有名な建築がすぐ近くにある。
あとサントリーのウィスキーの工場も近くにあったりする。
たぶん、水がいいんだろな。

私はありがたいことに、ひとりでこの茶室を見ることができた。
ただ、見るといっても外からのぞくだけであるが。
中にはいれさせてもらえなかった。
残念だが仕方がない。
ほのぐらい内部を目をこらしてじっと見る。

タタミ2畳。
単純に考えればすんごくせまい。
でもじーっと見てると大きさの感覚がわからなくなる。
目の前にあるからだろうか。
どんなに小さなものでも目のすぐ近くにあれば大きく見える。
その原理なのかなあ・・・
あ、そうだ、ファミレスのボックス席なんてどうだろう、
あれも2畳くらいで4人から6人くらいが
かけるられるくらいの大きさじゃん。
あの大きさがここにあるのかあ・・・
せっかく国宝の茶室を見ているのに
ファミレスの座席と比較している自分がいる。
私は俗物そのものである。

でもやっぱり狭くないか、2畳って。
かんたんに人と人の着物同士がふれあってしまうくらいの
広さになると思うのだが。
すぐに手が届いてしまう至近距離だ。

利休の頃の茶人はほとんど男ばかりだったようだけど、
わざわざそんな狭いところで男2人で茶を飲む必要もなかろうに、
と俗物思考の私は考える。
もしかして利休ってホモ?なんて乱暴な事まで考えてしまう。
ああ、もうちょっと素材とか光の具合とかよく見ろよ、オレ。
ほら、あの床をみてみろよ、ホラドコだぞー。
柱だって框だってそんじょそこらの部材とは違うんだぞー。
まじめな自分が自堕落な自分に何か言い聞かせているのだが、
自分は理解しようとしていない。

茶道の手前って合理的だし、カッコイイと思う。
私もちょっとばかりかじっているが、
ひとつひとつの何気なさそうな動作にも
”なるほど”と思わせる理由があったりする。
動作の流れはなかなか身につかないが、
何がきれいに見えるのか、何故きれいに見えるのかを考えたりする。
理屈ではなく、しなやかな流れの中にそれがあるのかもしれない。
今の動作は次の動作に続いている。

茶室の造りも茶道の延長線にあると思う。
大小さまざまいろいろなかたちの茶室があるが、
茶事に最低限必要な動作、物と人の配置、
採光、出入口、それらの要素を無駄なく組み合わせていこうとしている。
その造りが行き着くところまで行き着いて、1対1、
あるいは自分一人だけのための空間になり、
2畳や1畳半という極小の茶室が生まれたのだろう。
待庵は窓はあるにしろ、解放的な造りには見えなかった。
光さえ、極小にしようとしたのだろうか。
その姿は自分達の存在を隠そうとしているか、
あるいは隔絶した世界を作り上げようとしているかのようだった。
何か利休の性格が出ているような気がしてならない。
建物は思いの他、設計した人やそれを使っている人の性格が
にじみ出るように思う。

利休作の茶室は他には現存しない。
この極小の空間が最古であるというのは、ただ偶然なのだろうか。
最古とはいえ、この空間が茶道の基となる空間とは思えなかった。
それも茶道自体が時代と共に変わってきたからなのだろうか。
2畳の茶室はただ沈黙するのみである。

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創刊日:2002-01-27  
最終発行日:  
発行周期:ときどき  
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