建築

建築所感

世界のあちこちで見てきた建築を勝手に書きつづります。第一回はビルバオグッゲンハイム。ネタのある限り続けます。

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建築所感014<織陣>

2002/04/14

建築所感014<織陣>

言うまでもなく建築家高松伸さんの代表作だ。
僕は学生だった頃、その建築の研ぎすまされたスタイルや
難解極まる文章にほかならぬ興味を抱いた。
興味を持っただけでは飽き足りなくて
事務所におしかけてアルバイトにまで出かけたりした。
思えばかなりの御迷惑をおかけしたものだ。

高松さんは京都に多くの作品を持つ。
最初にそれらの作品郡を見たのも学生の時で
バイクで東京から京都まで走り、
碁盤の目の息詰まる街をくまなく走り回った。
中でも一番の興味は織陣であった。
この織陣は3期に分かれており、
うち1期と3期は道路に面しているので
その様子が伺える。

探すのは、やはり苦労した。
京都は確かに碁盤の目のように道路が通っている。
しかしそこからはさらに細分化されてぐねぐねした道でひしめいている。
住所も個性極まるものでなかなかわかりづらい。
今なら”建築マップ京都”がTOTO出版から出ているが
その頃はそんなもんなくって、
”この辺のはずだよなあ”とヤマハのSRX250に跨がり
あっちかこっちかと走りまわった。
暑い夏の最中であった。ヘルメットは汗で蒸れた。
へとへとになった。
でも見つかったから良かった。
遠く家の屋根ごしに、写真で見覚えのある赤い坊主頭が見えた。

建物の前まで来る。
ほおおー、これが織陣かあ、とまるで舌でなめまわすように建物の
周囲をぐるぐるまわった。中には入れなかったのだ。
石ばりの何かを挟み込むようにしてあるのが1期のファサード、
赤い丸坊主は3期のファサード。
何が良いか悪いかもわからず、
人からも”あんなん、どこがいいの”と言われて答に窮しても
来てしまった訳だが、見ることが一番の勉強になるのだとその時思った。
雑誌や写真や模型、展覧会も十分にインパクトがあり
勉強になるが、実物が何よりもその建築の意図を如実に語る。
そして建築はなかなか語ることが出来ないものだとも思った。
高松さんの文章が難解になるのもなんとなく理解が出来た。

思えばその頃から日本や世界のあちこちの建物を自分の目で
見なくては気がおさまらなくなってしまったのだ。
また、見てみないことにはわかったことにもならない。
情報は重要だ。
しかし実物は情報とは次元が違う。

そんな学生の頃に見た織陣をふたたび見るチャンスがつい最近あった。
たまたま織陣の近くに行く用事があったのでついでと思い、
見にいったのだ。

赤い坊主屋根は確かにあった、しかし何かが違った。

というよりはっきり違ったのだ。
建物がよごれていた、さびていた、
つまらない増築で彼の精神力のディテールが
消されていた。

何か、かなしい思いがした。
建物がかわいそうな気がした。
持ち主が変わってしまったのだろうか、
建築の意味を消すように、
無謀な扱いを受けているように見えた。

でも、そんなもんなんだろうか。
どんなにすばらしいものを作ったとしても
それが理解されなければ建築の意味は
低いものになるだろう。
持ち主が変われば考え方も変わる。
時代が変われば人も変わる。
いつまでも愛でられる建築の方が
まれであることも確かであろう。
ギリシャのパルテノンだって
一時は戦争の武器置場になってて荒廃してたようだし、
コルビジェのサボワ邸だって誰も住んでないあばら屋の時代があった。
残っているのはいい方で、
その時の流れや考えに沿うことが出来ず、
消えてしまった建物はごまんとあるだろう。
形あるものはいつかは壊れる運命にあるが、
ものの価値は常に考え問い続ける必要があると思う。

高松さん自身は今の織陣の姿を
どう思われているのだろう。
憤ることはないのかもしれない。

最近の彼の作品にはかたちを駆使したディテールはない。
むしろさっぱりとしてわかりやすい。
この織陣の今日の姿を見て
彼の現在の建築のありようが少しわかったような気がした。


                 02.04.14 竹中アシュ

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創刊日:2002-01-27  
最終発行日:  
発行周期:ときどき  
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