文学

ほうれん草の記

ほうれん草、ゆであがりましたよ!みんなで楽しく食べましょう。世界の平和を守って。これは、私の小説です。

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どちゃらか夫婦日記

2004/08/19

   ほうれん草の記
    どちゃらか夫婦日記   第15回
     高速道路上で事故!

 私は長い間、自分はただの躁鬱病だと思っていた。
 自分の病気が幼児期に始まったPTSD(心的外傷後ストレス障害)だと思い至ったのは、つい最近のことである。
 心に受けた外傷というのは、昭和20年の春、私が産まれて1歳半のときの、東京大空襲である。
 爆撃されて、母は赤ん坊の私をおぶって逃げた。
 死んでも不思議はなかったのに、母も私も九死に一生を得た。
 だが、それ以来、私は幼い頃から死の恐怖にさらされ、そこから逃げることができなかった。
 恐怖、不安に絡め取られて、60年、苦しんで生きてきた。
 最近の不安は、夫と共に避暑地の軽井沢へ行く、その高速道路上の事故である。
 事故は、ないと思っていた。夫を信じてはいた。
 私は、自分では車の運転はできない。教習所に通っても、ムダというもの。
 運転したら、すぐに事故を起こし、破滅するだろう。
 夢に見た。私がどうしても夫の車を運転しなければならず、運転して、事故を起こし、呆然自失し、どうしよう、どうしよう、とあせって、目が覚めた。
 私たち家族は、夏には避暑地、軽井沢に行く。
 その道は、高速道路ばかり。
 千葉市内から、東関東自動車道、首都高速、関越道、上信越道、そして碓井軽井沢インターチェンジで降りて、また一般道路で浅間山を越えて、北軽井沢に行く。
 ここは嬬恋村。
 去年は私は事故が怖くて、行けなかった。
 今年こそはと思ったが、やはり高速が心配。
 しかし、無理をして、夫に笑顔を見せていた。
 それが、行きは良い良いで、帰り道。
 突然、夫が車を路肩に止める。
「えっ? どうしたの?」
「煙が出ている」
 彼は、後方のタイヤを見に行く。
「パンクしそうだ。しまったなぁ」
 ここは、湾岸習志野の近くである。
「いずれ、ここで降りなければならないのだ」
 彼はゆっくり走って、インターチェンジから一般道路に降りる。
 千葉に帰り着いてからで良かった。
 車を止めた夫は、見えない所で用をたす。小水が溜まっていたのだ。
 外を見た私は、「タイヤ店」という看板を見つけた。
「ほら、ここ」
と差すと、
「タイヤ交換してくれるかなぁ」
と彼は店に入って行く。
 頼りになりそうな店員が、いろいろと取りしきってくれる。
 タイヤ交換、5万7千円。
 持ち金があるか?
「アノー、カードでも良いですか?」
「もちろん」
 これで、カード決済の日には、銀行通帳に残高があるようにしなければ。
 とにかく、メデタシ、メデタシで、家に帰る。

 考えてみれば、この毎年の旅は、いつも事故が付きものだったのだ。
 数年前、老母を連れて避暑に行き、突然の電話連絡を受け、入院中の父が危篤と聞く。 あわてて帰る途中、夜、浅間山の麓で、車が道路の脇に落ちてしまった。
 通りがかりの親切な人に助力してもらって、なんとかことなきをえた。
 父も母も亡くなり、翌年、夫婦二人で避暑に行き、大雨の中を家に帰ってきた。
 帰宅してから、上信越道の一部が大雨で陥没、不通になったと、テレビのニュースで聞く。
「あ、私たちが通った直後に陥没したのね!」
 恐ろしい事故ばかり。
 しかし、二度あることは三度ある、と言われるが、もう三度あったのだから、大丈夫。
 四度目はなし。
 私の心配性も、少し良くなってきた。

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創刊日:2002-01-27  
最終発行日:  
発行周期:不定期  
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