政治・経済

AC通信

国際ニュース解説と評論記事

全て表示する >

AC通信、アンディチャン評論集

2003/12/23

[AC通信:No.82(2003/12/17) [アンディ・チャン評論集]
◆第十章 独裁者について

 サダム・フセインが生け捕りにされた大ニュースが齎した影響は計り知れな
いものがあり、この次は金正日だとか、アメリカの民主党のブッシュ批判に明
け暮れていた大統領候補者は慌てて政策路線の変更を模索している状態である。
もう一つの論点はフセインの裁判をどう扱うか、死刑を肯定するかなど論争は
続くだろう。

 それよりもなぜ独裁者が生まれるか、なぜ独裁を許す国民がいるかなどの原
因、過程、結果などを考えてみたい。

●独裁者の最後

 フセイン逮捕のニュースの衝撃は、彼の屈辱的な映像を世界中に晒したから
であろう。強力なアラブの指導者、独裁者で何十万の人民を殺害した人間、ア
メリカに占領されてもしぶとく録音テープでゲリラ攻撃を指導した男、地下に
豪華な宮殿をもち、数年は生活できると言われた男が、スパイダー・ホール(土
蜘蛛の穴)と呼ばれる小さな穴に隠れていたことは意外でもあり、多くの人に
ショックを与えた。

 日本の宮崎正弘さんの早読み報道では早速フセインの映像を捕まったとき押
入れに隠れていたオウム真理教の麻原彰晃や、床の間の抜け穴から逃げ出した
吉良上野介になぞらえているが、さすがは早読みの宮崎正弘である。独裁者の
失脚には類似点がいろいろあるが、筆者は宮崎正弘さんとは違って、蒋介石の
西安事件を連想してしまった。

●フセインと蒋介石

 フセインと蒋介石の類似点は捕まった時の無様さ、哀れな状態にある。フセ
インが捕まった後の身体検査、ザンバラ髪で髭は伸び放題、髪の毛の虱や口中
の青酸カリの有無などを調べられた哀れな顔は従来の偉大なる指導者フセイン
のイメージを根底から覆してしまった。

西安事件で張学良の兵士に襲われた蒋介石は、寝室の窓から脱出しようとし
て飛び降りて足首を挫いた。二人の衛兵に助けられてビッコをひきながら裏手
の山に逃避したが、塀を乗り越えたところで歩けなくなり、塀からさほど遠く
ない崖の窪みに身を潜めていたところを生け捕りにされた。逃亡の際にはベッ
ドのサイドテーブルに総入れ歯を置き去りにしたので、捕まった時は頬が凹ん
で惨憺たる有様、捕虜になっても物を食べることが出来ず、午後になってよう
やく入れ歯を返してもらい、後ろを向いてモゴモゴと入れ歯を嵌めてから振り
返った時は元の独裁者の顔に戻ったといわれている。

 蒋介石はその後カムバックして、張学良や楊虎城を捕らえ、台湾に亡命す
る際に楊虎城を殺害し、張学良は台湾に連行して軟禁を続けた。サダム・フセ
インのカムバックはないだろうが、独裁者はカムバックしない方が望ましい。
捕らえられてカムバックした独裁者は蒋介石とナポレオンぐらいである。

●独裁者の最後

サダム・フセインの英雄イメージを根本から覆したのは、逮捕の際にピスト
ルを所持していたが自殺せず、自国の貨幣でなく米ドルを75万ドルも持ってい
たことだ。かろうじて一人しか寝転ぶ空間しかない穴に隠れて、蓋を開けられ
るとすぐに「撃つな、私は総統である」と名乗って穴から這い出した。そこで
アメリカ兵が彼を引きずり上げてすぐにヘリコプターで基地に移動したという。
これが嘗ての偉大なる指導者、米軍がイラクを占領しても録音テープで人民が
徹底抗戦を呼びかけた男、拳銃を所持していながら一発も撃たず、自殺もしな
かった男である。英雄の面影はどこにもない。世論は彼が抵抗もせず自殺もせ
ずに捕まったことが良かったという。自殺していたらアラブ人は彼を英雄また
は殉教者としたかもしれない。

ヒトラーは愛妻エバと共に自殺して二人の死体を徹底的に焼き潰したので、
ヒトラーの死体は見つからなかった。漢の劉邦と天下を争って敗れた楚の項羽
は、愛妾の虞美人を殺してから自刎を遂げた。織田信長は明智光秀の夜襲にあ
ったが最後まで戦ってから紅蓮のなかに身を隠したという。英雄の死はこのよ
うなものであるべきで、フセインや麻原のように虜囚の恥を晒しても裁判で死
刑になれば同じである。自殺すればよいというのではなく、フセインは死ねな
かった卑怯者というイメージを作り上げた、それが幻滅を招くのである。

●なぜ独裁者ができるのか

 人類の歴史を見ると独裁者はたくさんいるし、民主主義の発達した現代でも
独裁者がいる、つまり独裁が生じるのは防ぐことが出来ない。毛沢東、金正日、
チトーやチャウチェスキュー、ポルポトなどがそうである。台湾では今でも宋
楚瑜みたいな汚職人間を崇拝するグループがいる。

なぜ独裁者が生じるのだろうか。北朝鮮では金正日を「将軍様」と呼ばない
といけないし、蒋介石時代には「蒋総統」と言えば「気をつけ」の直立するこ
とを強要された。ヒトラーは「ハイルヒットラー」、毛沢東は「毛主席万歳」と
呼ばなければならなかった。なぜ反対できないのか?昔と違っていまでは情報
の伝達がはるかに早く民衆に行き渡るようになった。それでも独裁者はアジア、
アフリカなどで生まれている。

 独裁者が生まれるのは、は(1)リーダーが強運だったことの他に、(2)国
民が独裁を許したせいである。独裁者が悪いと非難するより、独裁を許した国
民に半分の責任があることを忘れてはならない。

●孫文の「不知不覚、後知後覚、先知先覚」

最近、日本の佐藤雅彦と言う人が「現在の台湾の選挙、正名運動、独立運動、
日台友好活動上の問題点」と題する寄稿で、台湾人の呼びかけ運動は士農工商
の「士」ばかりを強調するのではダメで、農、工、商の民衆を動かさないとい
けないと述べていた。国民は士、農、工、商と分けられるが、物事を考えるの
は「士」のグループだけ、後は考えないグループかもしれない。考えないグル
ープの人は「被統治階級」、「奴隷に甘んじる階級」かもしれない。

 佐藤さんの言うことは孫文の言葉、「人民には不知不覚、後知後覚、先知先覚
の三グループがある」、ということだろう。そして佐藤さんはさらに一歩進んで、
台湾の政治運動はまだ[啓蒙運動]が足りない、もっと民衆の中に入り込まない
と人民を啓蒙できないというのだ。

原因はいくつかある。第一はメディアが国民党に占拠されているため啓蒙運
動に適した工具がない、第二に民衆がメディアのウソに飽きて聞く耳を持たな
い。宣伝側と聴衆側の疎通がないわけだ。第三の原因は台湾の民衆が貪欲であ
ること、目先の利益を優先するため、有権者が平気で選挙票を金で売ることだ。
土民の考えとは政治は彼らの関知したことではないから、金で選挙票を売って
も恥じることはない、結果を考えないのである。これこそ不知不覚である。

 また、士農工商と言う分類よりも孫文の言った分け方のほうが正しい。先に
第八章で書いたように、台湾では白色恐怖の後遺症があって、学識のある人で
も不知不覚を自任している人が多い。知識のある人は後知後覚で勧進されて発
奮することもあるが、恐怖心から抜け出せないといつまでも発奮しない。

●羽生善治の分類

 将棋の羽生善治の本にあった、「三流の人は人の話を聞かない、二流は人の話
を聞くだけ、一流になると人の話を聞いて実行する。超一流の人はさらにそれ
を工夫する」というが、これはは孫文の分類と似ている。

最近の文芸春秋11月号にあった、最強剣士といわれる栄花直輝さんの話では、
剣道ではこれを「守破離」の教え、つまり最初に師匠の教えを守り、次にそれ
を破って(乗り越えて)自分なりの工夫をする、最後は教えを離れて独自の一
派を作る、と言うことであるという。

しかし、個々の人物評はこれでよいとして、独裁者が生まれるのは人民が独
裁を許すからである。ある独裁者がいる、運命は彼がリーダーになる機会を与
えた。しかし彼が独裁者となるのは民衆が独裁を許容したからである。つまり
独裁傾向のある人が存在したことより、独裁を許した多数の人民が存在したと
いうことが原因の半分を占めているのだ。

独裁を防ぐには如何にして民衆を啓蒙するかと言うことだ。指導者がいれば
指導者に従う、これは後知後覚、不知不覚の民衆には便利なことで、民衆は自
分の考えを持たなくてもよい。白色恐怖の後遺症の人は考えることを拒否する
のである。つまり無知でなくてもインテリ(士)だって政治に恐怖感を持てば
独裁を許してしまうのである。

●個人と社会的環境の違い

 インテリは覚醒が早いということもあるが、逆に若い学生のほうが洗脳を受
けやすいこともある。共産主義にかぶれたのは若い大学生だったし、個人崇拝
に陥りやすいのもまた若いものの弱点である。

 また社会や所属する環境が及ぼす影響も大きいと思われる。たとえば軍隊や
学校、宗教団体や政党に属している人たちは個人の判断をせず、団体の決定に
任せてしまう、しかも自分で判断することを拒絶して団体の支持を仰ぐことを
至上命令とする傾向もある。

 別の見方をすれば、政党や宗教などは「信じること」を強要して「判断する
こと」を禁じるのである。キリスト教は「信ぜよ、さらば救われん」と教えて
いるし、軍隊では上官の命令は絶対で反抗は許されない。政党政治では宣伝を
もって相手を攻撃する代わり、自分の政党を批判することは許されない。「村八
分」にされることが恐くて党指導部の批判はしない。第八章で書いた、「台湾人
の国民党員は恥を知れ」と呼びかけても反省しない原因がここにある。

●「バカの壁」

 つまり人間が聞く耳を持たないことが問題の根本なのだ。年齢にも関係がな
い。年をとってから頑固になることもある。これを明快に解き明かしたのが最
近のベストセラー、養老孟司の「バカの壁」(新潮新書)である。

「知りたくないことに耳をかさないと言うことは、そこにバカの壁が立ちは
だかっているからである。いつの間にか私たちは様々な「壁」に囲まれている。
それを知ると気が楽になる、世間の見方がわかってくる」、と養老先生は説く。
これを読んで筆者は目が覚めたような気がした。

 養老孟司の本はこれらを「共同体」、[無意識]、「身体」、[個性]、[脳]などか
ら解明してくれる。問題は我々が「判断しなくなった」ことから始まる。考え
ないのではなく、自分で判断しなくなった、つまり「他人に判断を任せる」よ
うになったのである。簡単に言えば羽生善治のいう、「聞く耳を持たない三流の
人」や「聞いても反応しない二流の人」が多くて、「聞いて実行する一流の人」、
「聞いた事をさらに発揚する超一流の人」が少ないのである。もっと簡単に言
えば人は煽動されやすくなったのである。

●共同体に甘んじる民衆

 個体がものを考えなくなったことは、個体が甘んじて共同体に加入すること
である。「共同体」とはなにか?軍隊、政党、宗教、ヤクザ、村、学校、会社、
国家、台湾人、外省人、なんでもよい。「赤い毛語録」、「聖書」、夏目漱石のい
う「大和魂」でもよい。「赤信号、みんなで渡れば怖くない」のである。「みん
な」と一緒なら安心できるのは個体が判断しないからである。

 共同体としての個人は思考しない。指導者が考えてくれるのである。大切な
のは「みんな」に参加していることだ。自分で判断すれば反逆になり、「みんな」
の安全を脅かすから村八分にされる。個体は命令どおりに動けばよい、個体は
善悪の判断をしない、判断すれば共同体を乱すことだから指導者の命令が間違
っていても反撥しない。これが昂じると指導者が独裁者になる。

 独裁者は権謀に長けているからメディア、教会、軍隊、親衛隊、オウム真理
教の薬物使用などで服従を強要する。これを許容するのが個人である。

●共同体の正体

 共同体とはどのようなものか。一番簡単な例が国家、軍隊、宗教などだろう。
台湾の外省人の眷村、特権なども共同体である。彼らは同胞意識が強く、国民
党の暴虐を暴いても聞き入れない。テログループが「アメリカ」攻撃に生命を
賭けるのはテログループに「集団」の意義を感じるからであろう。

 共同体の個人は意見をもたない。眷村に住む外省人の多くは中国大陸を訪問
したことがあり、大陸には人権がない、生活もひどいこと、台湾の方が民主的
でよいことなど知悉している。しかし彼らは相変わらず台湾政府に反対で中国
との統一を主張する。彼らに道理を説いても聞く耳を持たない。特攻隊やテロ
自爆攻撃に参加する人は死を畏れないのか?彼らはバカの壁を作って判断を拒
否する、死を畏れないと自分に言い聞かせてしまう。

 政治とは自己宣伝をして敵の信念を揺るがすことである。台湾人が国家意識
を持てないのは、中国人が「中国人と台湾人は同じ民族」、「台湾は中国の一部」
などと教育して本土意識をボカしたからだ。一方ではホーロー族、客家族、原
住民などの分裂を煽動して台湾人意識を曖昧にし、他方では中国人は一つの民
族と宣伝をしている。中国には五十八の民族が住んでいると知っている台湾人
は少ない。

●壁を破るにはイメージを潰すこと

 [バカの壁]を打破するには道理を説いてもダメである。道理で壁を突き破る
ことは難しい。サダム・フセインの哀れな映像を繰り返し見せたことでわかる
ように、独裁者のイメージを壊して幻滅させる方が簡単である。

宋楚瑜が危険な政治家であると説くよりも、汚職、資金横領など面の皮を剥
ぐ方がはるかに効果的だ。三年前の総統選挙で宋楚瑜は省長時代に隠匿したと
噂される五千億から八千億の潤沢な資金で「権謀に長けた指導者」イメージを
作り、当選は確実と思われた。台湾ではよく宋楚瑜を三国時代の曹操になぞら
え、連戦を劉備の子、阿斗(無能の代表)になぞらえる。これは宋楚瑜グループ
の謀略である。

ところが投票の四ヶ月前に宋楚瑜が国民党書記長時代に約十二億ドルの党資
金を横領してアメリカの息子の口座に違法送金して不動産を購買していた「興
票案」が発覚して曹操のイメージが崩れ、ついに落選した。


 その後の三年間、宋楚瑜は「興票案」について満足な説明をせず政治力で司
法部の調査を抑えていたが、今年の夏李登輝は「検察官が故意に宋楚瑜の調査
を阻んでいる」と公表したので宋楚瑜の名声は再び暴落した。宋楚瑜はこの一
年間で二度ばかり公的場面において「跪く」というショーをやったが、「跪く」
ショーで同情を買うつもりだった。しかし「跪く」宋楚瑜は民衆の嘲笑を買う
だけでイメージアップに繋がらなかった。同情でなく嘲笑を買うことになった
のである。サダム・フセインと同じく、領袖のイメージが崩れれば独裁者は終
わりである。

 結論を言えば、独裁者の醜悪を説くよりもイメージを壊すほうが早いのであ
る。宋楚瑜の追従者に「恥を知れ」と言っても「バカの壁」に遮られてしまう。
宋楚瑜の権謀、醜悪さよりも、金銭汚職を暴いたほうがはるかに効果的である。


◇◇◇◇◇◇◇◇ 広告 ◇◇ アンディ・チャンの本 ◇◇◇◇◇◇◇◇
「フライディ・ランチクラブ」ISBN 4-88306-955-9 新風舎       
「不孝のカルテ」ISBN4-434-00589-8 東京図書出版会         
「台湾号会沈没?」ISBN-957-801-356-6 前衛出版社

読者のご感想をお待ちしています。 bunsho@erols.com まで      
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

規約に同意してこのメルマガに登録/解除する

メルマガ情報

創刊日:2001-12-18  
最終発行日:  
発行周期:月刊、不定期  
Score!: 99 点   

コメント一覧コメントを書く

この記事にコメントを書く

上の画像で表示されている文字を半角英数で入力してください。

※コメントの内容はこのページに公開されます。発行者さんだけが閲覧できるものではありません。 コメントの投稿時は投稿者規約への同意が必要です。

  • コメントはありません。