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AC通信、ガンバレ台湾丸

2002/09/27

[AC通信:No.61(2002/9/24)] Andy Chang (カリフォルニア在住)
◆[ガンバレ台湾丸] 第十四章 国民党の違法取得資産

九月十日、世界中がアメリカの9・11自爆テロ一周年を迎えて緊張していた
頃、台湾の行政院は「政党法」及び「政党不当取得財産処理条例」という二つ
の草案を通過させ、立法院に提出して会期以内に立法を完成させると発表した。
両法案はこれまで長い間議論の的となっていたが、いよいよ違法所得が清算さ
れることになって国民党は大いに慌てている。

●「政党法」は国民党のアキレス腱

行政院の「政党法」草案によると、政党は不動産を購買または所有すること
ができなくなり、新聞雑誌、テレビ、ラジオなど、メディア関連会社の株の所
有も禁止され、各政党は二年以内に資産の売却または信託を要求される。

このほか学校、軍隊、役場や政府のオフイス、法院などにおいて党組織を作
ることは禁止される。草案の初期には勤務外の時間にかぎり軍人は政党活動を
許されるとしていたが、湯曜明・国防部長は「軍人は勤務中、勤務外を問わず
政党活動に携わってはならないのが本当だ」として、軍人の中立を厳守するた
めすべての政党活動が禁止されることになった。政党法の目的は、政党の合理
的な管理と公平な政党競争、政党活動の範囲を制限すること、および財政の公
開、政党の民主化などを規定することにある。

政党の収入來源については、党員の納める党費、規定された範囲内での政治
献金や選挙費用の献金、政党の補助金及び利息収入となっており、政党は毎年
五月に公定会計師による財務報告の提出を義務付けられ、財務が透明化される
ため人民は財政報告を審査したり検討したりできる。

さらに政党が資産投資や営利事業に携わることを禁止して、政経分離と公平
をはかり、特に政党がテレビ、新聞雑誌や図書などの出版機関を所有して、政
党の宣伝に利用することは禁止される。これまで政党が所有していた「メディ
ア関連」の資産または保有株は二年以内に売却または委託を強要される。

なぜ政党法が国民党にとって大きな痛手かと言えば、これまで国民党は独裁
政権だったから、戦後の日本政府や会社の資産を没収し、台湾政府の名義であ
るべきものがいつのまにか国民党名義の資産に化けてしまったのである。国民
党は豊富な資産をもち、政府と党が一体であったため、企業のライセンスとか
開発事業に殆ど無条件で政府の許可を得ることができ、そしてこれらの事業に
携わった官吏は商人と結託して私腹を肥やすことができた。権力者の親戚など
が事業の便利を計ることができた。蒋経国の三男が建設会社とか新聞、テレビ
など、いろいろな企業の総経理を兼務していたことからみてもわかる。

更に国民党は豊富な資金を使って買収選挙をすることができた。政府の事務
員、裁判官、教師などは国民党に入ることを強要され、入党しなければ昇進を妨
げたりした。地主や有力者は国民党員になることを強いられ、反対派を無実の
罪で逮捕するなど日常茶飯事だった。選挙になると国民党の村長と村の国民党
主任が連れ立って家々を廻り、一票につき約500元を渡すなど公然たる秘密だ
った。このような不合理がなくなれば公平な選挙ができるし、事業の入札も公
平な競争となって国民党は敗退する。

共産党との闘争に敗れて台湾に亡命した蒋介石は、常にメディアによる党の
宣伝や、歴史の書き換え、圧制と愚民教育などで人民を洗脳してきた。当初は
共産思想が台湾に入ってくるのを防ぐことだった。共産党スパイの嫌疑で逮捕
や諸兄された無辜の人民は数え切れない。これが白色恐怖と呼ばれる国民党の
黒い歴史である。

学校教育においても国民党は台湾語や台湾文化を禁止し、学校で台湾語を使
った生徒には罰金が課せられた。布袋劇と呼ばれる台湾の人形芝居は禁止され、
代わって京劇が推奨された。禁書も多数あったが、ことに一時期は日本の雑誌
を輸入、販売することも禁止された。日本語の書籍を扱っていた書店の主人は逮
捕され、有名な三省堂、鴻儒堂などが経営困難になった。

1958年の金門砲撃のあと、蒋介石は大陸反攻を諦めざるをえなくなり、やが
て蒋経国の時代になると大陸反攻よりも台湾人民の独立意識を抑えることに焦
点が移った。こうして彼らは台湾独立を「台毒」と呼んで人々の恐怖心を募ら
せた。台湾では今日でも「台湾独立」ときけば顔をこわばらせる人々がいる。
子供が大学に入って家を離れるとき、「政治だけは携わるな」と教訓を垂れる親
がまだたくさん居る。

台湾は中国の一部であると洗脳教育することがメディアの重要課題だった。
そのうち国民党の内部で利権闘争に敗れた外省人が国民党を離れて「新党」を
結成しても外省人はテレビや新聞雑誌の経営に力を潅いだのである。

これに対して民進党系の政治家はメディアを抑えることが出来ず、台湾の新
聞やテレビはいまでも統一派の手先となっている。「台湾は外省人のメディア帝
国」または「文化帝国主義(Cultural Imperialism)」と嘆く人もいる。

選挙になるメディアは国民党の宣伝の努め、民進党のデマを書き立てる。街
頭運動をすれば国民党の候補者のことを、「民衆は “当選”(台湾語でトンスヮ
ン)と叫んだ」と書く。しかし民進党候補者なら「民衆は“凍蒜”(凍ったニン
ニクのこと、中国語の発音は同じくトンスヮン)と叫んだ」と報道する。政党
法が実施されれば政党はテレビや新聞社を手放すことになり、洗脳や中傷が出
来なくなって宣伝の手段を失うことになる。

民主、自由、平等、すなわち独裁者の末路である。

●「政党不当取得財産の処理条例」

政党法によると政党は財産や株を所有してはならないが、財産の処分につい
てはあたらしく成立した条例によって審理委員会をつくり、党の財産が不当手
段によって取得されたものと判明すれば本来の所有者または人民に返すように
規定されている。

戦後から2000年までの半世紀以上、国民党は台湾で一党独裁を続けていたが、
国民党の財産は蒋介石政権が日本政府から「接収」したものであり、日本政府
や軍部のもの、または日本人の個人資産の多くが党に接収された。本来なら「日
本政府から台湾政府」に返還されるべきものだが、蒋介石は独裁者だったので、
政府と党は同じだった。むかし接収したものでも形式上はは贈与となっている
ものもあり、これらを調査して人民に返すのは至難の業である。

二十年前に民進党が成立していらい、国民党の不当取得資産の問題が顕在化
してきたので、国民党は所有権の書き換えを急いでいたのだが、なにしろ接収
した資産が多すぎたことや、書き換えしても不当所得がハッキリしたものなど
もあって、処分はなかなか進展しなかった。その上に国民党の内部では未だに
独裁妄想をもつ分子がいて、新政権が不当取得の財産に乗り出してもまだ甘く
見ていたようである。条例が本格化してから慌てて居るのである。

しかし国民党が何もしなかったのではない。国民党が発表した資料によると
党の資産総額は500億あまりとなっており、これはこれまで民間で評価されて
いた数千億から一万億の資産をはるかに下回っており、いかに国民党が資産の
分散に励んでいたかがわかる。

行政員の発表した資料によると、国民党の資産は家屋666件、土地953件で
あり、あきらかに問題があると見られる物件は家屋40件、土地101件であるこ
のほか「民衆服務社」などの名義で登記した家屋は12件、土地17件、その他
投資官吏委員会の委託したものが19件あまりとなっている。

資産隠しについては新条例もいろいろ考慮にいれており、たとえ「ある日」
を限って「基準日」として調査しても、隠し資産または他人名義に書き換えた
資産であることがわかれば古いケースでも追徴される。

●呆れた国民党の反応

違法資産の調査と処分については20年来の懸案であり、ことに陳水扁が総統
に当選して以来いろいろな検討がなされてきたが、半世紀以上にもなる台湾の
略奪の歴史をみれば、法案に抵触または該当するものは蒋介石や国民党である
ことは明白である。だが半世紀以来の略奪を調べることは困難で、今回の条例
の草案では「不当所得を追求しても、人物の責任は問わない」ことを明らかに
している。

ところが呆れたことに国民党はデマや批判によって草案を政治化または歪曲
して反対しようとした。この法令は「不公平な、国民党を清算(粛清)するた
めに作られた条例」、「国民党を目標とした法案」、「あきらかな違法、憲法違反で
ある(つまり国民党資産は合法だと言うこと)」、「二・二八事件の戒厳時期の補
償条例(過去のことについて加害者の罪を問わない)の精神に違反する」など
である。

台湾で独裁政治を行っていたから違法取得は国民党とその為政者であるのは
明らかで、国民党のために作った条例でなくても該当するものは国民党しかな
いのだ。政治人物の過去を追求しないだけでも感謝するべきであろう。盗っ人
猛々しいとはこのことである。

●李登輝に責任転嫁?

国民党が取ったもう一つの手段は、李登輝に焦点を移すことだった。李登輝
は十二年のあいだ総統と党主席の地位にあったし、この期間でも党員の違法行
為は続いていた。なんでも李登輝の責任にしたいのは、連戦が選挙に負けたせ
帰任を李登輝になすりつけたように、尊大で幼稚なトノサマ意識である。

国民党は李登輝の執政時代に国民党の営利事業の投資状況を調査して、どれ
ほどの損得があったのか明らかにすると息巻いて、李登輝時代には800億元の
損失があったなど(ウソの情報)で李登輝を粛清すると発表した。でも李登輝
はすでに国民党の党籍を剥奪されているから報復は無意味である。

蒋経国の突然の死に出会って李登輝は総統となったが、彼は常に外省人の古
参党員によって包囲されていた。李登輝が実権を握ったのは96年の民主選挙に
よって総統になった後である。李登輝が四面楚歌の状況で、正直かつ誠実に行
動していたことはよく知られている。彼は国民党の投資経営を部下の劉泰英に
任せた。劉泰英も同じく正直な経営を行ったので、古参党員の「不正な金の來
源を断つ」ことになり、やがて李登輝に不満を抱いて「新党」を結成したこと
は台湾ではよく知られている。

劉泰英を槍玉にあげて李登輝を攻撃する陰謀は、すぐに劉泰英の部下だった
方鳳山によって論破された。方鳳山は日本アジア政経学会から出版された松本
充豊の著書、「中華民国国民党の党営事業の研究」を引用して反論したのである。

松本の著書によると、劉泰英が92年に党営事業の主任に任ぜられる前まで、
七つの党営事業の営利額は納税後26.1億元であったが、劉泰英が経営県を握っ
た6年後の営利は納税後573.6億元と亜20倍も激増した。しかもこの功績によ
り劉泰英は連戦から勲章を贈与された。だから劉泰英の業績を認めないわけに
行かないと反論し、劉泰英の個人攻撃で違法資産の問題を曖昧にするのは間違
いであると批判した。

国民党内部でもこのような連戦派のやりかたに批判的な若手党員がいて、党
中央部が個人攻撃をするなら逆に古参党員はすべて調査の対象になりかねない
ことを指摘した。民間でも連戦派のやり方に対して、過去を調査するなら真っ
先にやるのは連戦が選挙の際に使った用途不明な200億元であると批判して連
戦派を黙らせた。

面白いことに蒋経国の庶子である章孝厳は、国民党が台湾にあった日本政府
の資産を私有化したことについて、「蒋介石と蒋経国が中国から持ち込んだ黄金
が現在の台湾の発展につながったのである」と新聞記者に述べたが、たちまち
一笑に付された。

蒋介石が上海から持ち込んだ黄金は40トンと推定されているが、台湾で略奪
した資産にくらべると九牛の一毛である。また日本政府の資産は台湾人民また
は台湾政府に返すべき性質のもので、国民党が私有するわけには行かない。

蒋介石が大陸を失った原因の一つは国の財産を蒋家の財産に私したためであ
り、蒋介石が上海から持ち出した黄金が台湾に建設に使われた証拠はどこにも
ないのだ。

●宋楚瑜の焦りと沈黙

国民党がこの世の終りと騒いでいるあいだ、宋楚瑜と親民党はこれまでの政
府批判や国民党との連携に反して沈黙を守っていたが、国民党が劉泰英の責任
を追求すると言いだして、逆に連戦が責任を問われるようになると、宋楚瑜は
「個人の責任を追求するのは止めろ」と国民党の策略を批判した。

これまで国民党と親民党は連合して新政権を批判していたが、個人の調査に
なると宋楚瑜の責任も問われる恐れがある。宋楚瑜は国民党を飛び出して総統
選挙にでたが、選挙の最中に彼が国民党の書記長時代にお金を無断でアメリカ
の息子に送金したことが発覚した。

これが興票案と呼ばれる事件で、宋楚瑜は書記長のハンコを偽造して11億元
あまりの国民党のお金を、32人の名義を使って息子の口座に送金したことが判
明している。ことが発覚すると宋楚瑜は「李登輝が党の資金を持ち出し、彼が
アメリカに送金したのである」と言い逃れをした。でも、アメリカに送った金
は宋楚瑜の息子の名義で不動産を購買して所有しているからウソは明白であり、
ハンコ偽造、違法な国外送金、党の資金横領などで告訴されていた。

2000年秋にこの事件を審査した司法官は、理不尽にも「証拠不十分」として
宋楚瑜を不起訴にした。これほど明白な証拠が揃っているのに不起訴にするの
はおかしいと非難された。更に驚いたことに、国民党主席の連戦はお金の返還
を問わず、宋楚瑜を上訴しないと発表したので非難の声がますます高くなった。

横領したお金は国民党のものだから、国民党が高等法院に上告しなければ不
起訴のままで宋楚瑜は無罪になると新聞は報道した。しかし、ハンコ偽造や違
法送金、資金隠し(マネーロードリング)などは刑事訴訟であるから事件は未
決のままで、2004年の総統選挙までに再び裁判が開かれると言われている。

だが違法取得資金の調査が新しい法令によって調査されれば、国民党の過去
だけでなく、宋楚瑜の違法行為も調査の対象となるのは必定で、これが宋楚瑜
の焦りと沈黙の原因である。

連戦はなぜ宋楚瑜を告訴して、お金を取り戻さないのか?彼は2004年の総統
選挙で陳水扁から政権を取り戻すことに執念を注いでいる。でも連戦一人では
勝ちみがない。そこで宋楚瑜を仲間に引き入れて「連・宋」の聯合で立ち向か
うつもりである。それゆえ宋楚瑜の興票事件は不問にして連合を優先するのだ。
だがよく知られているように連戦の夢には大きな欠陥があって、宋楚瑜が連戦
の下につくとは思われない。同床異夢とはこのことで、連戦は「連・宋配」を
夢見ているが、宋楚瑜は「宋・連配」を夢見ているわけだ。

もう一つの大きな欠陥は資金の問題である。連戦は宋楚瑜より金があるが、
それは国民党の資金である。宋楚瑜は金がないから不本意ながらも連戦の資金
で連戦と連合して選挙を戦うかもしれない。ところが新しく政党法が成立すれ
ば国民党は資金がなくなって、連戦ひとりでもたりない。すると宋楚瑜が連戦
について選挙に出る理由がなくなるし、不正選挙もできなくなる。

●台湾のものは台湾に返せ

 民進党が政権を握るまで、国民党は半世紀に渉って台湾で一党独裁を謳歌し
ていた。また、第二次大戦が終って日本政府が台湾を放棄したのち、国民党政
権は直ちに日本政府や日本人の財産を「接収」名義で占領したが、蒋介石にと
っては「政府と政党は同じ」と見なしていたので政府の資産が国民党の資産に
登記され、さらに数知れぬ財産は蒋介石やその他の高官に私有されてしまった
のである。

戦後の台湾を「接収」したのは初代長官だった陳儀だった。彼の執政中に強
奪、私有した財産は数え切れず、初代長官の陳儀はその後共産党に寝返ったた
め、上海で逮捕されて銃殺された。略奪を繰り返した結果が二・二八事件とな
ったのである。年配の台湾人は今でも覚えているが、台湾ではその頃から「泣
く子も黙る」、「鬼よりこわい」という中国官憲に対する恐れと恨みにはいささ
かも誇張がないのである。

二・二八事件のあと、蒋介石は陳儀を更迭して魏道明が二代目長官となった。
しかし当時の新聞報道によると魏道明は短い数年の任期中に約50億ドルを横
領して国外に逃亡したのである。

このように台湾の過去半世紀の歴史は国民党とその高官の略奪の歴史といっ
ても誇張ではない。

台湾のものは台湾人民に返すべきである。政党法が一日も早く成立し、台湾
が真の民主化に向けて大きな一歩を踏み出すことを願っている。■
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