文学

本格派小説家のエッセー

「第三章へ」「コザが燃えた夜」「桐の小箱」を上梓した小説家が  出版前に送る珠玉のエッセー。

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小説家のエッセー

2004/09/18

    
       鳥井信一郎さんを偲ぶ会に参列する

  この十六日、大阪リーガロイヤルホテルへ家内と行った。前サントリー
 株式会社社長・鳥井信一郎さんとのお別れ会に参列するためである。
  三十年前、同ホテルのダイアモンドルームで、わたしたち夫婦が結婚式
 披露宴を催した際、鳥井信一郎さんを主賓に迎えた。当時、わたしは同社
 の市場開発部員で、信一郎さん〈親しみをこめてそう呼ばせてもらいます)
 が統括責任者の取締役。温厚でありながら、芯の強いキャラクターの持ち主
 でおられるので、いずれは社長職に就任される方だと、ほぼ、全社員に目
 されていた「ナイスミドル」。学卒後、住友銀行を経て、昭和42年にサントリ
 ーに「戻って来られた」ので、わたしたち「華の42年入社組」は、相当の
 距離をおいてではあるが、同期入社組の一人だと、ある種の親密感を抱いて
 いた。
  その信一郎さんと、某夜、雀卓を囲んだことがある。上手な打ち手だった。
 先ツモなどしない、きれいなプレーぶりでもあった。部内コンペで一緒した。
 八年間の勤務の後、わたしは自己都合退職した。
  数年後、大阪JCに入会希望したわたしは、本社ビルに信一郎さんを訪ねて、
 紹介会員になってもらうようにと頼んだ。その際、信一郎さんが、快諾する
 とともに、「サントリー製品を、これからも、よろしく」と言われた。
  祭壇の前に立ち、カーネーションを1輪、献花。遺影を見上げながら黙礼し
 たとき、そのひとことを鮮明に思い出し、胸が熱くなった。
  信一郎さんは、祖父鳥井信治郎氏、その次男の佐治敬三氏に続くサントリー
 三代目社長として、同社を守り立てられた。その功績は、わたしが云々する
 までもなく、大である。
  物音ひとつしない夜明け前のひととき、信一郎さんのわたしへの数々のご厚
 情にあらためて感謝するとともに、若くして亡くなられてしまったのを、心
 から悼んでいる。

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創刊日:2001-09-20  
最終発行日:  
発行周期:随時。  
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