日記・blog

ガソリン炭酸!

日常の爆笑ネタ,くすっと笑ってしまう妄想ネタから,黙っていられない社会ネタ,興奮覚めやらぬスポーツネタまで,その時感じていることを24歳の視点で書き殴り!毎週木曜日を楽しみにするメルマ!

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第67話 あちめね

2004/06/17




少し前のこと。From Aの広告を見て、膝を叩いた。


『ヤッたら、デキた』


あの例の、魚が人生相談とか討論会とかしているあのポスターで、コピーがこれ。
街中の大看板で見かけた一言だ。

いやぁ、おもろい、おもろい。と思って、みんなにそれを伝えようと思ったわけ
だけど、ここに一抹の不安を覚える。



・・・。



・・・面白い、よね?



魚がね、TVCMに出てるわけよ。
魚同士で、バイトや仕事について熱く語ったりしてるわけ。

(何で魚なの?)

なんて聞いたり、考えたりしてはいけないの。
その時点で、このCMの面白さは半減してしまい、半減した時点でその価値は、
あるラインを下回ってしまうのだ。つまり、CMとして死んでしまうことになる。
ここでは、「何故か魚が」ということを単純に笑うことが正解だ。現に俺は、TV
でこれを見たときに、とりあえず笑った。


そんな背景で、『ヤッたら、デキた』のだ。



From Aとは、言わずと知れたアルバイト情報誌で、このコピーには

「魚の俺たちでも、頑張ってみたら仕事ができた。みんなも色んな可能性を胸に、
バイト探しをしていこうぜ!」

っていうメッセージが込められているのだ。

と同時に、『SEXしたら子供ができた』という言葉を絡め遊んでいる。

(何でアルバイト情報誌なのに、子供ができるの?)

というのは、さっきと同じでしてはいけない質問だ。その言葉を、そのタイミン
グ・その場面で言うこと自体が面白味なのだから。



と、ここまで書かないと、俺はどうも落ち着かない。



みんなに、この面白さが伝わるかどうかが不安で仕方ないのだ。
ちゃんとここまで理解して笑ってくれるかどうかを確認したくてムズ痒い。



俺が痛く感動した、任天堂ゲームソフト「Mother」のキャッチコピー

『エンディングまで、泣くんじゃない』

にも、俺は同様の落ち着かなさを感じる。

この、「〜じゃない」という言葉からは、ゲームの内容に沿い、手に手を取って冒
険を進める連帯感と、お互いを励ましながら先に進もうとする強い意志を感じる。
と同時に、内容は感動の連続であり、何度も思わず涙が溢れる場面が巡ってくる
ことを暗に示し、かつそれらはエンディングで見られる大きな感動的シーンの序
章に過ぎないのだという期待感を持たせている。


だから俺は、このコピーを耳にした途端に度肝を抜かれたのだ。


もちろん実は、俺なんかが読み取ることのできなかったような意味合いが、これ
らの言葉には込められているのかも知れない。けれど少なくとも、俺と同じだけ
の感動を得ようと思えば、俺と同じだけのことをこれらのコピーから読みとらね
ばならないのだ。

別にみんなを馬鹿にするとかではなく、ホントにこれらのコピーを見た人達が、
そこまでのことに気付いているのかということが、俺はどうしても心配になって
しまう。だから、俺の文章は冗長なのだ。

しかし、上の2つのコピーは


『ヤッたら、デキた』

であり

『エンディングまで、泣くんじゃない』

であるからこそ価値があるのだ。

延々説明が付いていて、

『〜そういう意味合いを込めて、「ヤッたら、デキた」』

では全く面白味がない。
その一言しかないからこその面白さであり、説明もなく、それだけだからこそ出
せるインパクトを持っているのだ。


俺はここに、これらのコピーの凄さを感じる。

例えば何かの弾みで、俺の頭の中に全く同じコピーがひらめいたとしよう。
けれど俺はきっと、そのコピーを世間に出すことはできない。世間に自分のコピ
ーを出すツテがないはもっともだが、それ以外にも理由がある。
なぜならば、俺はそのコピーの面白さが、一般の人達に分かってもらえるものな
のかどうかの判断が付かないからだ。そんなことを考えているうちに、誰でも分
かるように文章を付け加えたりしたくなる。誰が読んでも分かると思えるレベル
まで、自分の文章を落としたくなるのだ。


糸井重里を始めとするコピーライターは、2つの能力に長けていると思う。
1つは、体を突き抜ける衝撃波のようなコピーを考え出す発想力。
もう1つは、そのコピーの読者が何を感じるかを理解する、第三者的感覚だ。
人様に見せるためのものなのだから、その人様が見たときに何を感じるかを第一
優先して考えるべきであり、それが一番重要であることを忘れてはいけない。

『もしかしたらこんなことも理解してもらえないかもしれない』

と思うことが良い結果をもたらすか悪い結果をもたらすかという面では、コピー
ライターは教師と対極にある職業といえるかもしれないが、それは机の脇に置い
ておく。



そんなことを考えている最中、友人がまた一段と有名人になっていくのを目の当
たりにした。
本人も宣伝したそうなので、ここに勝手にリンクを貼っても怒らないだろう。
実名が出てるけど、元々あるサイトだし、俺がとやかく言われることも無いはず
だ。

そもそも、『ガソ炭!』読者が恐らくほとんど知り合いだけなので、そんなことも
全て杞憂だろうが。


これ↓
http://www.kirin.co.jp/brands/hojun/html/brand2.html


彼ね、俺がプロ野球選手の次に憧れている職業であるコピーライター。
俺の棄権した『単語勝負』のプロフェッショナル。

何人かの友達には話したけど、彼は俺が純粋に「すごい」と認めることのできる
数少ない友人の一人だ。確かに、「すごくやばい」とか「そこまで自分を捨てられ
るのはすごい」という友達は数多くいるけれど、そういう意味でなくてね。


例え、今後もっと大きな仕事をしたとしても、彼は俺にとってはコピーライター
である前に、いち友人。コピーライターが友人なのではなく、友人がコピーライ
ターになったのだ。
だから何となく、現実的な目標としても扱いやすい。

社会的評価は全く違えども、本職として文章を書いているわけでない俺にとって
は、自分の文章が社会に出て喝采を浴びたいという非現実的な欲望よりも、彼に
褒められたら嬉しいという庶民的な感覚を胸に持って、彼と同じ言葉の世界に籍
を置いている。あいつもきっと

『俺も「ガソ炭!」みたいなコラムが書けたらなぁ。』

って内心思ってるに違いない、という強い信念(願望)の元、こうして一部読者
に尻を叩かれながらコラムを書いているのだ。

そんな彼が、「豊潤」の発売を知らせるメールを送ってきたときのこと。
俺はその名前だけを聞いて、(自分だったらどんな名前をつけるかなぁ。)という
ことを考えた。

もちろん、商品を飲んだこともなければ、コンセプトを聞いたこともない。
そんな状態だからイマジネーションは無限であり、まとまりがないのだが、彼が
考えた「豊潤」という言葉から連想されるイメージと、それに対抗するネーミン
グを頭の中でグルグルとかき回してみたのだ。

恐らく、ビールとしての味が濃いんだろうなぁって思った俺は、『濃』よりも、ま
ったりと、べったりとした漢字を思い浮かべようとしていた。けれど、『粘』とか
『重』とかいう字はビールの爽やかさを損なう。

そんなことを考えるうち、単に味が濃いのではなく、きっとビールとしての味の
濃さがウリなんだろうと思い、「思いっきり、ビール」(←あれ?コピーとしては
結構良いんじゃない?)的なイメージを出そうと、『どビール』という言葉を考え
た。文字にするといまいちだろうなと思いつつも、その言葉の響きにウットリし
たのだ。
同じく、『真ビール(まビール)』も響きは面白い。

しかしまだまだ製品化には程遠い。(←だからされないって。)

そこで、多分日常的なビールのワンランク上を行くビールを目指しているのだろ
うという想定から、『あちめね』というネーミングにした。(俺の頭の中で。)
何か、響きが『ソナチネ』みたいで面白いし。一昔前の、ちょっと小洒落た何か
(何かは分からないんだけど、何か。)みたいで良いんじゃないかと思って。

日常のひとつ上ってことで、『いつもの』を五十音順でひとつずつ上げただけなん
だけど。


まぁ、ビールには合わない名前だなと落胆しながら、俺は会社の帰りの電車の中、
中刷りで堂々と揺れる「豊潤」を見上げていたのだ。

自分では良いネーミング、コピーが思い浮かびそうもないので、この「豊潤」の
コピーについて考えることにする。(←飽きっぽい)


俺は、「豊潤」という名前を見たとき、もっと濃い名前はないものかと考えた。
そして、Webでコンセプトを読んだとき、その考えは少し違うということに気が
付いた。
「さ、ごほうび、ごほうび」というコピーを見たときに、これは日常的ビールで
あり、かつ少し贅沢なものであるのではないかと思った。

コピーは正しかったが、名前に関しては、少なくとも俺はコンセプトと違うこと
を感じてしまった。「豊潤」以上に豊潤なビールを思い浮かべ、だけど名前を「豊
潤」にしてしまったビールを思い浮かべたのだ。濃さをウリにするなら、もっと
良い名前があるのではないかとも思った。

もちろん俺の勝手。
だけどもしも、俺が世間の大半の人と同じ様な感覚の持ち主だとしたら、それは
たかだか一人の意見として無視できるものではないはずだ。

Webでコンセプトを見た後は、「なるほど」と思った。確かに、思った。
けれど、コンセプトは文章で読むものではなく、その名前から感じ取るべきもの
だと思うのだ。それがすなわち、さっき長々と書いた『第三者的感覚』に通ずる
ものだと思う。

きっと、この名前に辿り着くまでに、たくさんの没ネームが存在したのだろう。
よくあることだが、色々な紆余曲折を経て辿り着いた「豊潤」と、いきなり目の
前に現れた「豊潤」では、感じるものが違う。

最近何度も連れて行かれている彼女の結婚式の衣装合わせで、最初良いなと思っ
ていたものよりも、色々見せられた後に見た小ざっぱりとした衣装が良く見える
のもそれと同じ。けれどやっぱり、当日のお客さんはその衣装しか見ないわけだ
から、ぱっと見で良いと思ったものが良かったりするんじゃないかなぁってこと
も感じるべきだと思うわけだよ。



コピーライターの彼には、俺のこの思いを感じ取って欲しい。感じ取って、ナル
ホドと思ってもらえたら、庶民的に嬉しい。


と、まぁ、店を探し回ってやっとこさ飲んだ「豊潤」がとても美味しく思えたの
だが、何でもかんでも彼を持ち上げるのは癪なのでこのくらいのことを言ってみ
る。

今後、彼はもっと有名になるだろう。そしたら、何かのインタビューで自分のタ
ーニングポイントを聞かれたときに、このコラムの指摘を話して欲しい。話して
欲しい。話して欲しい。話して下さい。お願いします。

あ、そうしたらすごい宣伝効果だよね。ホントに本が出せるかも。


そんな話しはさて置き、本題に戻る。以前、糸井重里はこんなことを言っている。


「ボキャブラリーというのは『どれだけむずかしい言葉を知っているか』ではな
く、『どれだけやさしい(人に伝わりやすい)言葉を知っているか』という意味な
んです」


俺の言いたいことはこれ。
俺はこんなに長々書いているのに、糸井重里はこんなに簡単に言えて良いなぁ。


とにかく、心の片隅で、そんなことを言っていた俺のことも忘れずに、これから
も良いコピーをたくさん考えて下さい。


今は友人と呼んでいる彼がこれからどんどん有名になるに連れ、きっといつの間
にか俺は彼を親友と呼んでいることだろう。


以上、文章も人間関係も、長い物には巻かれたい俺でした。


あぁ、いつもより更に長々書いた。あちめね、長めに書いた。(←流行らせようと
してる。)




第三者は、ウザイと思ってたりして。










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創刊日:2001-09-17  
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