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宮崎正弘の国際ニュース・早読み

 評論家の宮崎正弘が独自の情報網を駆使して世界のニュースの舞台裏を分析

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宮崎正弘の国際ニュース・早読み (読み物特集 その2) 増ページ特大号

2019/05/26

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「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」
令和元年(2019)5月26日(日曜日)弐
       通巻第6088号 
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(読み物特集 その2) 増ページ特大号
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  樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 
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樋泉克夫のコラム
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【知道中国 1898回】                 
――「民國の衰亡、蓋し謂あるなり」――渡邊(10)
  渡邊巳之次郎『老大國の山河 (余と朝鮮及支那)』(金尾文淵堂 大正10年)

           ▽
 「露國の革命を謳歌し無政府主義のためにレーニンを讃美するに至つては、是誤れるの甚だしきもの」「露國に何等の自由、平等、公正、幸福ありや」「(「レーニン革命など)畢竟少數を以て多數を犠牲にするの慘事を繰返して止まざるべし」と説いた後、渡邊は「文化主義運動にして目的手段を此處に置くとせば吾輩之に與する能わず」と断言した。
すると李大釗は前言を若干訂正し、反伝統の文化運動は過激手段を奨励するわけではなく、「北京大學を中心として大學自己の自由の發達を圖り又地方に普及するの運動を進め、自然?化的効果によつて新社會を開く來たらんのみといふ」に至った。

  李大釗の弁明を聞いた後、渡邊は「結局、無政府的個人主義に歸着するなり」「彼等の唱ふる所、亦學者の空想のみ、實際の啓發と經世とに極めて縁遠き一の遊戯的弄學に類せずんばあらず」。だから李大釗らの運動の「流弊寧ろ支那の國家的組織を敗壞を助成するの力あらんのみ。未だ余の服し得ざる所なり」と結論づけた。

  「卒直な論議に興味の盡くる」ところがなく「俄に親和の情を深く」した渡邊だったが、李大釗の「遊戯的弄學の類」にこれ以上付き合っても仕方がないと思ったのだろう。北京大学図書館を辞している。

  なぜ李大釗が「殊に巧みに日本語を操」るのか。それというのも彼は1913年に日本に留学し、早稲田大学政治学科に入学した後、初めて社会主義に接している。1916年に帰国し、新文化運動の中心人物となる。
 1919年の五・四運動を経て1920年にはコミンテルン極東支部の工作を受けて中国共産党結党準備工作を進め、同年10月には北京共産主義小組を結成。1921年の共産党結党後は中央委員として中心的活動を担う。その後、国共合作に参加しているが、1927年4月、張作霖軍によるソ連大使館捜索の結果、「ソ連に和し、外国に通謀している」罪で絞首刑に処せられた。

  かりに李大釗が「流弊寧ろ支那の國家的組織を敗壞を助成するの力あらんのみ」との渡邊の主張に耳を傾け、「實際の啓發と經世とに極めて縁遠き一の遊戯的弄學」を捨てていたなら、その後の人生は大きく変わっていただろう。

 あるいは知日派知識人としての人生を送ったかもしれない。だが、そうだったとしても1945年に日本が敗北したわけだから、当時の?介石政権から「漢奸」と断罪され、まともな最期を送れなかっただろう。いや共産党政権成立まで生き延びたとしても、毛沢東によって反革命の罪を着せられ死罪になっていた可能性は高い。
いや、きっとそうだ。そうであったに違いない。

  歴史に「もし」はないとはいう。だが、早稲田大学で社会主義に染まることがなかったらと考えると、李大釗もまた時代の潮流に押し流されてしまったということだろうか。

  北京の街を歩き、名勝旧跡を訪ね、政財学界の要人と面談を重ねた渡邊は、「支那の偉大なる骨董國、史跡國、敗殘國たる」に驚くと共に、「民國も亦一の新骨董」ではないのかとの印象を持った。
かくして「民國の紊るゝこと麻の如く、岌々乎として殆きこと清朝の末路に優るものあり」とした後、「アヽ民國を亡ぼすは列強に非ずして民國か。清朝を倒せるの漢人亦省みて畏るべきなり」と結論づけた。

  北京を発ち鉄道で南下し漢口で東に転じ、長江を下り南京を経て上海へ。
 いずこの名勝旧跡も惨憺たる姿を晒している。「支那人の前代の遺物を閑却し、寧ろ敵視するの弊、亦こゝにも現れたりといふべきか」。

 南京で見かけた「支那兵の行進喇叭に伴うて隊伍整々として過」ぎて行った。規律正しいと思える彼らも「一朝事あるの時、變じて所謂兵匪となり、掠奪を行ふを辭せ」ざるを「耻ぢざるを想ひ、外見の以て其眞相を斷じ難きを感ずる切なりき」と綴った。
《QED》 

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【知道中国 1899回】                     
 ――「民國の衰亡、蓋し謂あるなり」――渡邊(11)
  渡邊巳之次郎『老大國の山河 (余と朝鮮及支那)』(金尾文淵堂 大正10年)

         ▽
 上海では、「?々として支那談をな」した東亜同文書院教授兼『上海週報』社長の西本省三の話を纏めている。
やや長いが引用したい。それというのも、その後の日本の大陸政策を振り返ってみると、どうやら西本の考えが我が国要路の“支那観”の最大公約数のように思えるからだ。

  「支那の統一難、支那人の消極性、支那人の自主的性能缺乏、支那の學者の實行力を缺き、議論を樂しみ新説を弄し、シカも蠶の繭を作るが如く其論説の裡に閉死するのみ、事に臨んで保身以外何物のなき事、從來強大と稱せられたる同化力も文明の進める優越人種に對しては極めて微弱にして、從つて其同化力は減縮しつゝある事、共同管理は必至の運命なるべき事、シカも形勢萬變、現在の舞臺に立てる役者の一掃し去らるゝ時機來るべき事、支那に對しては常に威嚴を失ふの擧に出づるべからざる事、排日必ずしも恐るゝに足らざる事、支那人を治むるは道(覇道にあらず王道)を以てすべき事」――

  これを極論するなら、どうしようもない「支那に對しては常に威嚴」を以て臨み、「王道」によって治めるに如かず、ということになるのだろう。それはそれとして西本の考えを全面否定するつもりもない。
だが、いったい西本――というより西本のような考えの持ち主たちは、彼らの向こう側に大陸における熾烈な利権争いを繰り広げる“海千山千”の欧米列強がいることに思いを致さなかったのだろうか。

  「支那人を治むる」には「覇道にあらず王道」を以て臨めという。この考えを否定する心算はない。だが、いったい「王道」は何を指すのか。誰もが賛成するだろうが、やはり誰もが具体的内容を指し示すことはできないはずだ。いや、と孔孟の道などを持ち出されても困惑するしかない。加えるに「從來強大と稱せられたる同化力も文明の進める優越人種に對しては極めて微弱にして、從つて其同化力は減縮しつゝある事」という考えに至っては、誤りというべきだろう。

  こういった一知半解式の考えを得々と開陳する東亜同文書院教授、その主張を「興味を以て傾聽せる」言論人――中国問題を日中関係という側面でしか捉えられないことに、なぜ気づかなかったのか。大正末年の躓きを、100年後の我われは克服しえたのだろうか。

  杭州の日本領事館に清野領事を表敬する。
 同地に「日本專管居留地を有すと雖も、居留者僅々四十人許、領事々務の閑なる、以て知るべし。以て風流領事をして滿足せしむべく、以て勤勉領事をして研究創作に從事すべし」。どうせ暇だから現地を精一杯楽しむか、徹底的に研究せよ、ということなってしまう。だが清野領事は、そのどちらでもなかった。「遠謫者たるの感を懷くが如く、三年も斯くの如き地に置かるゝを喜ば」ないというのだから、やはり税金をドブに捨てているようなものであり、どう考えてもバチ当たりの任務放棄外交官と言うしかない。だが、はたして現在の我が在外公館でも“清野領事の後輩”が高禄を食んではいないだろうか。

  蘇州など江南の景勝地を歩いた後に北上し、山東省の済南に向かう。

 
 済南では「米英人共同經營の齊魯大學の付屬たる齊魯病院」の隣の広智院へ。ここは「英國宣?師の經營せる一種の博物館」であり、陳列品は「人智開發上貢獻するところ少なからず」。そこで渡邊は、「英米人等に支那に對する獻身的努力の大且巧なるに敬服せざるを得ざりき」と記す。

  もちろん「英米人等に支那に對する獻身的努力」が現地人を“手籠め”にし、本国の利権獲得のためであることは明らかだろう。
それにしても、「遠謫者たるの感を懷くが如く、三年も斯くの如き地に置かるゝを喜ば」ない清野領事の無為無策とは余りにも違う。
《QED》 
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  樋泉克夫のコラム  1900回を更新です! 
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樋泉克夫のコラム
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【知道中国 1900回】             
――「民國の衰亡、蓋し謂あるなり」――渡邊(12)
  渡邊巳之次郎『老大國の山河 (余と朝鮮及支那)』(金尾文淵堂 大正10年)

   ▽
 じつは済南は、19世紀末から20世紀初頭にかけて山東省から北京一帯を大混乱に陥れた過激な排外運動団体である義和団運動が起こった土地でもあった。
「曾て『扶清滅洋』の拳匪の起こりたる本源地たるだけであり、頑冥固陋の民多きが如く、辨髪を蓄ふる少なから」ず、「固陋の風を脱せ」ず、「往々にして排外熱、殊に排日熱の中心が、學生にあるが如き、蓋し怪しむべからざるなり」。加えて「苦力の林間地上に安臥し、乞食的兒童の上下全く裸して一物も纏はず、停車塲附近のアカシヤ樹林中に出没せるの少なからざる、亦以て蠻野的濟南の一端を暗示するものにあらざるか」と、済南の概観を綴る。

  渡邊の訪問から8年後の1928(昭和3)年5月、?介石麾下の国民革命軍によって日本人居留民が襲撃された済南事件が起こっている。渡邊は「蠻野的濟南」と形容したが、やはり済南は「蠻野的」なままであったということか。

  済南から泰山に上り、曲阜に足を延ばす。その曲阜の孔子廟でのことだ。警護の兵士から眼鏡を外せと命令された。それというのも「眼鏡越しに聖塋を拝するは不敬なり」だからだ。清末民初の最高権力者であった袁世凱ですら眼鏡を外した。「況んや異邦觀光の人をや」。命令を聞かないなら拝観させないと、「意氣頗る昂然たり」。

  かくて彼ら兵士は職務に忠実ではあるが「唯其理に暗くして形式に泥み禮の眞意を解せざるを惜しむべし」。確かに「其職に忠なるものといふべし」ではあるが「亦蓋し支那上下の通弊なり」と、渡邊は呆れ果てる。
 
 済南における日本人社会を観察し、その問題点を挙げる。そのうちの重要と思われる指摘をいくつか記しておきたい。

  「在濟南領事の在留日本人の意志を代表する、甚だ不十分なり」。
 「日本官邊のプロパガンダは拙劣にして無力なり」。
 「對外方針の文武二途に出でゝ相一致せざるは甚だ不可なり」。

  「日本人の支那に來らんとする、中學程度までは内地において?育を受くるを必要とす」。そうしないと「劣質、無精神の輕薄、不良、浮浪的日本國民をして支那に充滿せしむ事とな」るだけでなく、「終に支那人以下の國家思想なきものとなり了」ってしまう。

  済南を後にして山東鉄路で青島へ。この路線は「滿鐵同樣日本の經營にかゝる」だけに各駅では日本兵が警備に当たっている。その点が「支那人をして好感をなさしめざる所以」ではあるが、「支那人の之によりて安寧を保護せられ、日本人の發展と融和して戻るなきの助勢を得る、亦少なからざるべし」。

 「唯其獨逸營の後を受けたるより、其軍司令部、軍司令官々邸等の日本人の相應しからざる堂々たる嫌ひあるのみ」の青島では、「青島神社(若鶴山の中腹に在り明治天皇を奉祀し櫻を植う、神域七千餘坪)」に詣で、静岡町、舞鶴町などを歩いた。

  青島では済南日報社長から「大いに支那談を聽」き「其大綱を掲」げている。重要と思われるものを列記しておく。
  「支那が國際的管理の下に立つは止むを得ざる運命なるべし」。
 「日本が獨力にて支那の事を世話するは難事たるべし、日本の財政も、日本の人物も、國際的關係も共に之を許さゞるべし」。

  「然れども、日本の支那に對する、滿、蒙との特別關係を失はず、此根據的勢圏を確保すること忘るべからず」。

  「支那人の同化力は今尚舊によりて衰へず、歐米人に對しても亦然り、從つて假令英米諸國が楊子江一帶に根據を作るとするも憂ふるに足らず」。
《QED》
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  ★読者の声 ★READERS‘ OPINIONS ★どくしゃのこえ 
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(読者の声1)樋泉先生の、北京大学訪問記は興味深かったです。というのは小生、有料メルマガ「日本人の近代史」で中共を取り挙げて、毛沢東の事績を追っているからです。
以下ご参考まで。
     記
毛沢東は北京大学の図書館で働きながら共産党のシンパを増やそうとしていたが成果は上がらなかった。そこでこのままでは出世できないと思い1919年数ヶ月で故郷の湖南に帰った。故郷なら色々と伝手もあるからである。そして毛沢東は湖南の横暴な省長を追放する運動に参加した。この運動には師範学校の教員はじめ教育界の人材が参加していた。
 当時のロシアは革命の内戦中でロシア共産党のカラハンは支那政府に対して帝政ロシア時代の支那権益の放棄を宣言し東部国境の無害化を図った。しかし政権が固まるとキャンセルした。全くロシア人は臆面も無い。また北京ではベルサイユ条約による支那の植民地化に反対する五四運動が起きていた。日本の企業は大陸に進出し上海では紡績業などを始めていた。
 
北京では陳独秀文学部長と李タイショウ図書館長がソ連との接触を始めていた。ソ連は後に二人に資金を与え中国共産党の設立を進めることになるが当時はマルクス主義研究会と社会主義青年団を作りさらにロシア語の研究所を設けた。こうしてソ連の対支那工作が始まったのである。当時の北京の陳と李の頭には毛沢東はまだなかった。毛沢東は大学に席もなく図書館員としての雇用も二人は部下の者にやらせていたのでよく知らなかったのである。
しかし1921年、二人が北京の共産党地下組織の指導者となると、毛沢東は湖南の地方地下組織の指導者に任命されている。

李はその後1927年に張作霖の北京占領でソ連大使館に逃れたが逮捕され仲間と処刑されている。毛沢東も北京にいれば殺されていただろう。
強運である。

以下は毛沢東の運勢についてシャオの興味深い話である。
1917年の夏、毛沢東は師範学校の友人シャオと湖南を無銭旅行する。その時泊まった宿の若く美しい女主人に観相をしてもらう。
・・・女主人は毛沢東に言った。
「あなたはお名前に問題があるんです。人相を拝見すると毛さんは、偉い役人、たとえば総理大臣とか、さもなければ大盗賊になる相があるんです。お名前から察すると袁世凱(清末の北洋軍閥の指導者)のような人になるでしょう。あなたはとても勇気がおありで、大きな志を持っていらっしゃるけれど、情に欠けるところがあるようです。眉一つ動かさずに一万人でも十万人でも人を殺せる相です。(これは後年ぴったり当たった。死者は八千万人に上ったからである)
しかしまた大変辛抱強いお方です。もし35歳までに殺されることがなければ50歳まで
は安全ですし、どんどん運が向いてくるでしょう。55歳を超えるともっともっと恵まれます。(35歳で共産党中央委員に選出。56才で支那統一。中共主席に就任)

 奥さんは六人も持ちますが子供は少ないでしょう。それからご家族とは一緒に住めない運命です。故郷の町にも住めないし、自分の家というものを生涯お持ちにならないのじゃないかしら」(的中)私たちはあまり気にもせず彼女のいうことを面白半分に聞いていた。・・・
こう言い終わると、彼女は再び私たちに本当の乞食なのかと訊き返した。そこで正直に話すと、ひどく面白がり、母親がいなければ自分も無銭旅行をやってみたいとまで言った。
翌朝食事を済ませて出発しようとすると、彼女はもう一泊するようにしきりに勧めた。そして宿賃を払おうとすると受け取らなかった。
 分かれ際に名前を聞くと胡玉英という。そこでシャオは「玉英さん、将来毛沢東が大臣か大盗賊になったら貴女を顧問に招きますからね」と言うと、玉英は冗談に大笑いしながら、「でも毛さんは薄情ですからね。その頃には私のことなんかすっかり忘れていらっしゃるでしょうよ」とやり返した。
私は彼女の住所を長いこと書き留めていたが、手紙は書かなかった。しかしあの美しい顔立ち、親切な人柄、その魅力を何十年たった今もはっきり覚えている。・・・
     (落合道夫)



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(読者の声2)馬渕元大使が、リベラルの主張する多文化共生社会は、これまで成功した例がなく、むしろ現在のEUのように文化間の軋轢を招いて、その国の文化力を弱らせて国家の解体につながるものでしかない、真の多文化共生は、神武天皇の八紘一宇に基づく大東亜共栄圏のように国家間においてのみ実現可能となる、と主張されている動画を拝見しました。
まさにその通りだと思います。実際、日本の歴史は、それを何度も行っており、実践的に証明してきた歴史であったと思います。

 共産・金融グローバリズムの推進する、文化共生・移民の自由化は、国家の解体を画策するものですが、日本が推進した八紘一宇は、同じように見えて、中身が全然異なります。この問題を正しく理解するためには、その基礎として、ヘーゲルの全体と部分との学問的相関論の、生きた論理学としての弁証法が不可欠です。
ところが、マルクスがそれを壊してしまったために、せっかくの人類の宝物が、死後硬直した論理学へと堕してしまったというひどい現実があります。
 共産・金融グローバリズムは、その死後硬直した論理学ですから、国家を単なる人の集まり程度にしか思っておらず、国家を壊して人を集めれば世界は一つになると思っているのです。それが如何に誤っているかは、今のヨーロッパを見れば一目瞭然です。

 これに対して、日本の八紘一宇は、カタカムナの昔からの、ヘーゲル的な個別性と普遍性の統一、全体と部分との統一、国家と国民との統一の認識が育まれていたので、ゆるやかなそれぞれの文化を持つ小国家連合体が、共通の大敵の存在を媒介として、直ちに中央集権的な統一国家に変身しています。
この中で、部分的文化と全体的文化との統一も行われます。それが、7世紀の聖徳天皇による17条憲法をもっての統一であり、19世紀における明治天皇による明治憲法をもっての統一です。こういうことができたのも、日本には、早くからヘーゲル的な弁証法的な認識が、創られ、受け継がれてきたからに他なりません。
 これが馬渕元大使が云う本当の文化の共生に他なりません。
これは、決して日本国内においてだけでなく、日本が進出した朝鮮・台湾・満州他全ての国々で日本が実際に行っていたことです。だから、朝鮮においてはハングルの文字の発掘と共用化に努力したのであり、台湾においても失われた少数民族の文化の発掘・保存を行っていたのです。
 このような日本の姿勢・歩みは、まさしくヘーゲルの学問的弁証法・国家論に則ったものであり、ヘーゲルを学ばずとも、それを見事に実践していたということになります。ところが、マルクスは、そういう人類を救う(それが無かった西洋社会こそそれを必要としていたにもかかわらず)ヘーゲルの学問を葬って、自己流に捻じ曲げた、統一を否定して対立をいたずらに煽るものに変えてしまったのです。
そういうマルクス主義の云う文化共生が、如何なるものかは推して知るべしでしょう。実際、それによって人類が、今に至るもどれほど迷惑をこうむり続けていいるかは本当に計り知れないものがあります。
ところが、今のリベラルは、その反省が全くなく、皆、国家と国民を機械的に切り離して、国家はすべて悪と決めつけて、その国家そのものである天皇を否定し、君が代を否定しています。

 最近起きた事件で云えば、自国が他国に侵略されても、憲法九条があるために、自衛隊が思うように対応できない途方もない苦労をさせられるという、今まさに日本が抱えている喫緊の課題を問題提起する映画に、その悪条件の故に本来しなくとも済むようないらざる苦悩をさせられる首相という、まさに役者冥利に尽きる難しい役を、持ちかけられたリベラル派の役者が、体制側は嫌いだからと、わざわざみっともない首相という簡単な役柄に変えることを条件に引き受けて、せっかくの日本の今を映し出すという意義ある映画を台無しにしてしまった、ということがあったようです。
これなども、まさにマルクスに汚染されたリベラルが、如何に頭が死後硬直化して(死んだ論理学になって)、まともな思考ができないかを示す、格好の例と云えるでしょう。

 この、体制側の首相は皆悪いも、条件を一切無視して文化の共生は良いことだも、ともにリベラル特有の死後硬直の論理学に他なりません。そもそも、文化とは、個人レベルで把えるべきものではなく、民族・社会・国家レベルで形成され・蓄積され・受け継がれていく、その民族・社会・国家を、その民族・社会・国家たらしめる、いわば遺伝子に相当するものと云えます。
 したがって、ある国家において、多文化共生を野放図に許容したらどうなるか?
共生どころか、むしろ対立が激化し、もっと始末が悪いのは、密かに入り込んだ異文化によってゲノム編集され、遺伝子操作されて、知らない間に、全く別物の国家になっているということにもなりかねません。とりわけ、今の日本の国家の現状下での、この野放図な文化の共生は、悪貨は良貨を駆逐するの譬えの如く、民度の低くて生命力の強い癌細胞のような文化によって、日本の文化・社会が壊されていくことは必定だと思います。つまり、日本の国体の解体につながる由々しき問題だということです。

 最近私は、世界最古の憲法である17横憲法の条文の内容について解説してくれている小名木善行先生の動画を見ましたが、改めてその内容の素晴らしさに感嘆するとともに、この国家理念がしっかりと日本社会の中に浸透して、日本の文化として、遺伝子としての役割を果たしてきたということが分ります。
そして、このことの意味するものは、憲法とは、リベラルが云うような為政者を制限し、縛るものなどではなく、国民全体が自らの芯棒とすべき理念である、ということです。じつはこれは、ヘーゲルがその国家論・憲法論として説いている論理そのものです。つまり、日本の国家の歴史は、ヘーゲルの全体と部分との相関関係論や学問的国家論を見事に実践してきた過程に他ならないということです。
こういう過程を持った国は、日本以外に存在しない、世界で唯一無二の国である、ということです。

 この真理は、マルクス主義者には逆立ちしても理解できないことだと思います。彼らの死後硬直した思考は、確実に世間から浮いてきています。その危機感から、彼らは、理不尽な言論封殺の暴挙に出るのだと思います。これは、まさに韓国の末期症状とまったく同列の、リベラルの末期症状に他ならないと思います。 
  (稲村正治)



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(読者の声3)日本文化チャンネル桜から番組のお知らせです。
 番組名:「闘論!倒論!討論!2019 日本よ、今...」。テーマ:「危険水域に達した?!世界の政治経済」(仮)
放送予定:令和元年6月8日(土)夜公開 日本文化チャンネル桜
「YouTube」「ニコニコチャンネル」オフィシャルサイト、インターネット放送So-TV
<パネリスト:50音順敬称略> 川口マーン惠美(作家)、西岡力(「救う会」全国協議会会長・モラロジー研究所歴史研究室室長)、藤和彦(経済産業研究所 上席研究員)
宮崎正弘(作家・評論家)、用田和仁(元自衛隊西部方面総監)、渡邉哲也(経済評論家)ほか。司会は水島総(日本文化チャンネル桜 代表)。
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■宮崎正弘の新刊    ■宮崎正弘の新刊     ■宮崎正弘の新刊 
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宮崎正弘 v 福島香織『世界の中国化をくい止めろ』(ビジネス社、1404円)
宮崎正弘 v 河添恵子『中国、中国人の品性』(ワック、994円) 
宮崎正弘 v 高山正之『日本に外交はなかった』(自由社、1080円)
宮崎正弘 v 馬渕睦夫『世界戦争をしかける市場の正体』(ビジネス社、1188円)
宮崎正弘 v 小川榮太郎『保守の原点』(海竜社。1620円) 
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創刊日:2001-08-18  
最終発行日:  
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