国際情勢

宮崎正弘の国際ニュース・早読み

 評論家の宮崎正弘が独自の情報網を駆使して世界のニュースの舞台裏を分析

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宮崎正弘の国際ニュース・早読み <市場拡大を狙う実業家もいれば、映画俳優まで網羅する「政治協商会議」

2018/08/18

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「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」
平成30年(2018年)8月18日(土曜日)
        通巻第5795号   
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全体主義を支える人々にジャッキー・チェンも、バスケット選手も
   市場拡大を狙う実業家もいれば、映画俳優まで網羅する「政治協商会議」
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 プーさんはウォルト・ディズニーのキャラクターで、漫画本に、人形にと、子供達の人気は凄い。
ところが、中国ではミッキーマウスなどがよく知られていても、多くの中国人はプーさんは知らない。なぜならプーさんが習近平と体形が似ているところから、揶揄するときの記号として使われる。習近平の肖像に墨汁をかけられ、あちこちの肖像画を撤去したほど、庶民からの揶揄的批判はお気に召さないらしい。

 プーさんの原作者の意図はまったく異なり、作者の人生をまとめた映画も見たことがあるが、素晴らしい人生訓を示唆した上出来のもので、かえって習近平のイメージはあがる筈なのに、周囲の官僚主義は、機械的にプーさんを禁止したのだろう。
 全体主義の官僚機構は、フレキシブルな判断が出来ない。

中国仏教協会の学誠会長が辞任した(8月中旬)。原因はセクハラだった。
中国共産党のお墨付きを得た仏教指導者なんて、案の定、偽坊主から売僧(まいす)だったことが証明されたことになる。学誠和尚は、習近平が福建省時代に同省の仏教協会会長だった。習に近い関係だったから、全国政治協商会議の民族・宗教委員会の副主任に任命されていた。

全体主義を支える機構の一つが、ジャッキー・チェンも、バスケット選手も、市場拡大を狙う実業家もいれば、映画俳優まで網羅する「政治協商会議」である。仏教指導者が、このメンバーにはいること自体が面妖である。学誠和尚はSNSで尼僧を誘惑したうえ、「修行の一種」だといって性的行為を強要した容儀がもたれている。

 テンセントは、ゲームソフトの「モンスターハンター・ワールド」を業績アップのために新たに開発し、自信作として売り出したところ、突然、配信停止となった。同社は既に申請中の新作ゲームが多数あるが、全ての審査が凍結された。

 三月の全人代で、新聞やテレビ、映画、ゲームなど各種出版物を監督した「国家新聞出版広電総局」が解体され、三つに分割されることとなった。そしてゲーム審査は共産党の世論工作を担う「中央宣伝部」傘下の新組織が担うことになった。
 ここでも習近平の顔色だけを忖度して、ゲームソフトにまで容喙するという、退嬰的な官僚主義の弊害が出ている。
 
かくして他愛なき子供のゲームまで、国家管理体制から共産党の管轄となった。
 テンセント株は急落したが、ゲームを中国に輸出している日本の株コン、任天堂なども株安に見舞われた。

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 書評 しょひょう BOOKREVIEW 書評 BOOKREVIEW 
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 熱情と使命感で働き続ける安部首相の側近の実相を活写
  名演説の起草はこうしてなされた等の官邸秘話が満載

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谷口智彦『安倍晋三の真実』(悟空出版)
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 著者の谷口智彦氏は安部首相のスピーチライターである。
 谷口氏は日夜、骨身を削り、過去の名文を参考にしながら睡眠時間を極端に削って、安部首相の演説草稿を起草する。
東京五輪が決まる土壇場のIOCにおける安部首相の演説、国連総会での北朝鮮非難演説、なんといっても感動的だったのは米国議会の上下両院総会で安部首相が力説したとき、何回も米国議会議員が立ち上がって拍手がおきた。この議会演説の起草も谷口氏が綴った。といっても安部首相は棒読みするのではない。何回も自分で練習までして手を加えるのである。真剣さが違う。
正反対に悪文を棒読みした歴代総理は何人もいるが、官僚の作文ほど熱の籠もらない、人を感動させない、つまらない文章はない。
ところで著者の谷口氏は、元『日経ビジネス』の編集長だった。この時代に評者(宮崎)も一度あったことがあるが、物静かな人である。
いまの本職は慶応大学大学院の教授である。であるのに講義の合間を縫って、毎日、首相官邸につめている。よほど安部首相の熱意に取り憑かれたのだろうか。毎日つめている内閣参与はほかに飯島勳氏だけである。飯島氏と言えば、小泉政権の中枢をささえていたが、或る事件を切っ掛けに、じつは小泉元首相と絶縁状態であることを、本書ではじめて知った。

 さて歴史に残る名演説と言えばJ・F・ケネディ大統領の「国家が君たちに何をしてくれるのかを問いたもうな。諸君等が国家に何をなし得るかを説いたまえ」だ。
これはスピーチライターのソレンセンが起草した。ソレンセンはケネディ伝記も書いた名文家だった。ケネディの卒論はなんとピュアリツァー章に輝いたが、もちろんゴースト・ライターがいた。
 ニクソンのスピーチライターのひとりはパット・ブキャナンだった。「アメリカファースト」の発案者でもあるブキャナンの名調子は、その後、多くの著作で発揮された。
 さて、評者の興味は、名文はいかにして生まれるのか、その発想法のノウハウを知りたいと思ったのだが、この本は話し方教室やプレゼンのコツをのべたものではなく、実際の安部首相の同時進行評伝の趣きがある。
 かの内閣の実相は? 首相官邸ではいったい何が話されているのか。
 それもしても安部首相は使命感に燃えて、灼熱のごとくに、猛烈に働く内閣であり、首相官邸を支える警備の人までが、「こんなに働く内閣は見たことがない」というのが合い言葉だそうな。
それに輪をかけての猛烈さを発揮するのが管官房長官である。激務をこなしながら失言もない稀有の人、安倍政権はこういう働きづめの人々に支えられ、左翼メディアの悪罵に堪えている。
 思いがけず秘話にも巡り会えた、力のこもった本である。

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 ■読者の声 どくしゃのこえ READERS‘ OPINIONS 読者之声
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(読者の声1) 現在の多くの人が、人権主義と多様性を認める法治国家の下での自由な社会が、最も進んだ優れた社会・国家だと思っているようです。
ところが、私はその先に人類の未来はないと断言できます。実際、現在の日本は、そういう国家・社会に一応はなっているようですが、その日本に未来があると思えますか?おそらく誰もあると断言できる人はいないと思います。
 それはどうしてか?
国家がないからです。人権主義と多様性礼賛によって助長された即自的なエゴを、対自的な法の力で抑えている法治国家は、人類の国家としてはまだ下等の部類に属するものでしかないからです。
なぜならそもそもの原点である法という規制を持たない動物の本能の、バージョンアップされた対自的な国家の客観精神と即自的な感情とが融合一体化した、人間的な人倫によって国家が有機的に統一された人倫国家こそが、人類が創り上げるべき国家のあらまほしき姿なのです。じつは、それを、日本は、すでに江戸時代に世界の中で唯一実現していたという実績があります。
 だから、その当時の日本人の認識がどういうものであったかを、或るポーランドの政治家が「光は東方から」の著書の中で、次のように客観的に分析しています。
 「日本は偉大でなければならず、未来永劫生き永らえねばならない。それをその全ての息子が望み、そのためなら全てを投げうつ覚悟がある。この熱意、全てを捧げるという心構え、それこそがまさしく日本の財産であり、強さの源なのであり、勝利の秘訣なのだ!
二十世紀もの長きにわたり、国家として存続してきたというその連続性の力は、この民族を統合し団結させた。
その結果、日本人においては集団的本能が個人的本能をしのぐことになった。日本人は個人である以上に社会の成員なのであり、自らの行動においては個人的利益より全体の利益を優先する。」

 ここにこそ日本の未来、人類の未来があるのです。
人権主義と多様性ではなく、国家の普遍性・客観精神を基軸にした国創りをしなければ、日本の未来はないということです。
個人のエゴは放っておいても育つものですが、国民として持たなければならない対自的な国家の普遍性は、教育されなければ絶対に育たないものです。
だからこそ、教育の現場においては個性尊重ではなく、国家の普遍性・国民としての普遍性の教育に重点が置かれなければならないのです。
そして、それを通してはじめて本当の意味での個性・多様性が華開くものなのです。それなしの個性尊重ばかりでは、人類の、国家の歴史性の高みを踏まえない、自然権らしい低レベルでの同質性でしかない野生児的個性しか育つことはありません。
つまり多様性を追求した結果は、低レベルの同質性しかならず、国家の歴史性・普遍性を身につけたところに本物の多様性が生まれるのです。
そして、ここにこそ、国家発展の本物の原動力が生まれるのです。
 さらに言えば、ここに現在の人類の喫緊の課題として浮上している、グローバリズムとナショナリズムとの対立の解決の糸口が存在しているのです。
今あるグローバリズムには、金融資本主導の経済的グローバリズムと、マルクス主義的共産主義グローバリズムと、チャイナの自己中心的グローバリズムとがあります。
三番目の自己中心的グローバリズムは論外として、金融資本的グローバリズムも、共産主義グローバリズムも、共通するのは、国家を軽視・敵視した経済偏重のグローバリズムだということです。
そもそも経済は国家・社会(当然にもその一員としての国民)の生命活動・社会活動を支えるものとして生まれたものです。

 ですから経済は、初めは国家の経済として政治の権力を握っていた者が、同時に経済の権力も握って、政治と経済とは不可分の一体のものでした。
それがやがて、政治の権力を持たない平民の中に、たとえば、商人(とりわけユダヤの商人が資本家に金を貸し付けて金融資本家への道を歩んでいくような)や産業資本家などが、次第に経済的な力を蓄えて、政治家に金を貸したり献金したりして弱みを握って、政治から独立して自由に活動できる権利を獲得していくことになります。

 この場合の自由とは、資本独自の論理である資本の自己増殖を、政治の干渉を受けずに追求する自由という意味です。
しかしながら、この自由、すなわち政治からの独立は、あくまでも国家の生存を侵さない範囲での自由であり、独立なのですが、その資本が大きくなり、多くの国にまたがって展開するようになるとその相対性が希薄になって行って、国家と対立するようになる可能性が高くなります。
今でいうならば、アマゾンがその典型です。
 この問題の正しい解決の答を導き出そうとするならば、ヘーゲルの、人類史は国家の生成発展の歴史である、という観点を堅持することが必要であり、自由の問題も、ヘーゲルの自由論に依拠して答えを導き出すべきです。

 すなわち、政治と経済との対立矛盾に関して言うならば、もともと政治と経済とは一体のものであったという原点から、経済が政治から分離独立するという否定的媒介運動を始めて発展し(第一の否定)、そうして多国籍企業に発展した経済勢力が、再び本来の原点へと回帰して、己の増大した力をその国の発展のために尽くす(この場合、国籍を有するそれぞれの国家に対しても、人類史の発展に寄与する形での発展に貢献するように、ということも含む)−これが第二の否定です。
つまり基本は国家の国家としてのまともな発展を第一に考えて、元々その一部に過ぎなかった経済勢力も、自らの原点に立ち戻って協力するようにならなければならないということです。
それを自らの利益ばかりを追究して、国家を意のままに従わせようとするのは、本末転倒として生きていけないようになるべきです。

 本物のグローバリズムは、国家が、かつての日本が達成したような人倫国家として熟成することが必須の条件となるのです。
実際、そのモデルを日本は見事な形で提供しています。国家第一主義が隅々まで(渡世人ですらも)浸透した当時の人倫国家は、各藩すなわち小国家の連合体でした。それが、外圧を媒介にした明治維新によって中央集権的に統一された国家に見事に変身しました。
じつは、日本にとってこれは初めてのことではないのです。
日本の国創りの原点も、これだったのです。大陸に隋という強暴な軍事大国が出現したことを媒介として、それまで平和な小国の連合体であったのが、蘇我馬子(聖徳太子)の見事な指導力によって、国家の普遍的な客観精神たる国家理念を憲法として制定した画期的な中央集権国家を創り上げた経験を持っていたのです。
 こういうことが可能となったのは、古代および近代の日本が、人倫国家としての客観精神が隅々まで浸透していたからです。
これこそが人類の未来像のモデルケースなのです。だから、日本は「偉大でなければならず」「未来永劫生き続け」て人類の未来のために、その模範を示していかなければならないのです。
それができるのは日本しかないからです。世界の多くの心ある人たちも、それを望んでいるはずです。

 その人倫国家における自由とは、見かけだけの個人の勝手なエゴの発露などではなく、高貴な国家の普遍性である客観精神が、国民個人個人の対自的認識としてしっかり定着し、それが個人としての即自的認識との統一を成して一体化した認識の、主体性の発揮のことをいいます。
つまり自らの主体性の発揮がすなわち国家の発展であり、国家の発展がすなわち己の発展でもあるような自由をいいます。
たとえば、或る特攻隊員の自分の娘への手紙(遺書)は、とても穏やかで慈愛溢れるものになっていました。これから死に向かう者が、どうしてこのように穏やかでいられるのか?
それは自分の死が単なる個人の死ではなく、客観精神たる国家を活かすものであり、みずからもその客観精神として生きづづけるものであることが分かっていたからです。
 それが、「お父さまに会いたくなった時、九段にいらっしゃい」という言葉に現れています。
    (稲村生 渋谷)

 

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(読者の声2)貴誌前号の書評のなかで、「対談 吉田茂という反省」の紹介記事の中の小和田恒の「サンフランシスコ講和条約の際に日本は東京裁判を受け入れた」は、小和田の根本的誤り」とありますが、この誤りの内容について、具体的に確認して起きたいと思い
ます。
私は自分の著書でも説明しておりますが、サンフランシスコ講和条約の正文は英語、フランス語、スペイン語であり、其処には、日本は東京裁判の判決を受け入れると書いてあり、裁判を丸ごと受け入れた訳ではないと言うことです。
小和田氏が語学的に間違ったとは思えず、意図的に誤訳したものと思えます。非常に罪深い誤訳ですが、日本人は、外務省の訳文を簡単に信じてはいけない好例です。原文に当
る癖を付けないといけません。
  (関野通夫)



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(読者の声3) 8月17日付通巻5794号で、宮崎氏が吉田茂(歴史上の人物として敬称は略)などについて述べられている部分に目を留めざるを得ませんでした。
  宮崎氏は吉田茂について「幸運で首相の座に就いたものの」と述べられていますが、これはそのとおりでしょうね。「白洲次郎への過大評価」もその通りでしょう。そもそも、戦争直後は、戦争で多くの有為の人材が亡くなり、生き残った人物も、主要な地位にいた者は、戦争犯罪人とされたか追放されていたのですから、実業界において「三等重役」という言葉があったように、政界に限らず各界において、二流、三流の人物が「成り上がった」時代であったと言えるでしょう。
 白洲次郎について言えば、昨日(8月16日)の日経新聞一面「春秋」欄が、「終戦後、外相や首相を歴任した吉田茂の懐刀に白洲次郎がいる」という表題で取り上げています。白洲次郎が、日本が主権を回復した後の1954年、雑誌で、GHQの大部分の人々について「無経験で若気の至りとでも言う様な、幼稚な理想論を丸呑みにして実行に移していった」、はじめて化学の実験をした子どもが試験管に色々な薬品を入れて面白がっていたようなもの、などとかなり手厳しい評価していたこと、などが述べられています。
 まあ、日本側も必ずしも一流の人物が揃っていたわけではないとしても、連合国側の人材の程度はそれに輪をかけたようなひどいものだった。東京裁判の判事団などもそうであったのでしょう。それにもかかわらず、我が国民は、そうした連中が作り上げた憲法や東京裁判史観に呪縛されてきた。そして、それに乗った多くの「敗戦利得者」たちがいた。
 渡部昇一氏は「公職追放の隙間を埋めた人は、大きな利益を手に入れ、そして、こうした利益を得た人たちがその構造を維持しようとした」のが戦後の我が国の各界だったと語っておられます。(『日本を弑する人々』2008年、PHP)

 ところで、宮崎氏は「永井(陽之助)はバックボーンがなく、しょせん左翼人脈のマベリック(異端児)だった」と述べられていますが、これは永井ファンである小生としては、いささか手厳し過ぎるように感じました。永井氏は「行動者」「実務者」ではなく、学者あるいは評論家ですから、これは少し言い過ぎなのでは。また、当時はまさに丸山真男などの左翼系人脈が学界、論壇界を支配していた時代でしたから。
 私は、1965年に大学へ入り1969年に卒業した者で、宮崎氏と同世代人ですが、教養学部の京極純一教授「政治学」で、永井氏が編者の一人であった『現代政治学入門』(1965年3月初版、有斐閣双書)に接し、さらに、1967年1月初版の『平和の代償』(中央公論社)に目から鱗が落ちるような「感動」を味わった者です。粕谷一希氏は、「(永井氏の論文による)既成概念への創造的破壊力の衝撃は例のない圧倒的なものであった。三島由紀夫や福田恒存といった文士がその衝撃について語ったことは、その文章が論理の次元を越えて感受性のレベルを強烈に刺激したことを意味する」と評されています(『戦後思潮』1981年、日本経済新聞社)。
 私は、宮崎氏とは異なり、全くのノンポリだったのですが、読んだのは1967年の法学部3年生の夏休み、まさに「論理の次元を越えて感受性のレベルを強烈に刺激」された夏の日のことを鮮烈に記憶しています。これを読んだおかげで、法律学習から遠ざかってしまい、日本政治外交史の宿題(『大君の都』『一外交官の見た明治維新』『福翁自伝』の三冊を読んだ上でのレポート)などに相当の時間を費やしてしまった。今から考えると、私のようなバックボーンもないノンポリ人間は、「法律」をしっかりと学習しておくべきだった・・・・
   (CAM)


(宮崎正弘のコメント)ちょっと筆が走りましたか。永井陽之助氏の『平和の代償』は、学生時代に勉強会のテキストとして用いましたし、ご本人に何回か勉強会の講師をお願いしたのですが、すべて断られました(苦笑)。
 ともかく永井氏の著作が切っ掛けとなって、保守論壇の論客が充実し始めたのは、事実でしょう。



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(読者の声4)国連人種差別撤廃委員会96セッション「第10回・第11回日本政府報告に関するNGOレポート」(その7―6、反日の事例:日本政府の外交失策がもたらした被害)。人種差別に反対するNGO日本連合
 人種差別に反対するNGO日本連合のレポートの6番目は「6、反日の事例:日本政府の外交失策がもたらした被害」です。

6、反日の事例:日本政府の外交失策がもたらした被害(日本文):
    http://hassin.org/01/wp-content/uploads/CERD96-7.pdf
 (英文): 
   http://www.sdh-fact.com/CL/2018-08-CERD96_Japan_JNCRD-7.pdf

 本レポートは、カナダ在住の日系人、日本人のグループのNGO「トロント正論の会」が、NGO日本連合の一員として提出したものです。
 日本政府が、「南京虐殺」などの悪意を持った政治プロパガンダにたいして、日系人・日本人を守るために必要な情報提供を怠ってきたことを委員会に訴えるという、ある意味ユニークなNGOレポートです。
「南京虐殺」などが政治的なプロパガンダである、という現実を認めず、その対応を歴史家にゆだねてきたのは政府としての義務を怠っているということを強調している。
 歴史捏造キャンペーンがカナダの政府機関、メディア、学校などの社会のあらゆる階層に浸透していること、この結果日系人、日本人が社会的な不利益と不名誉を受けている現実を説明し、日本政府が日系人、日本人を守るための行動を起こすことを具体的に提起しています。
(「史実を世界に発信する会」 茂木弘道)

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(休刊予告)地方講演旅行のため8月25日―27日が休刊です
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