国際情勢

宮崎正弘の国際ニュース・早読み

 評論家の宮崎正弘が独自の情報網を駆使して世界のニュースの舞台裏を分析

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宮崎正弘の国際ニュース・早読み <<中国の「理財商品」の焦げ付きが次々と表面化

2018/02/01

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「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」
平成30年(2018)2月1日(木曜日)弐
        通巻第5603号 
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 中国の「理財商品」の焦げ付きが次々と表面化
  残高900兆円、四割が潜在的不良債権だとすると。。。。。。{?}
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 理財商品を起債した金融機関が、その配当が遅延するか、もしくは債務不履行に陥るという事例が、急膨張している。
金融危機前夜の様相と言って良いだろう。残額が900兆円という巨額、日本のGDPよい多いのだ。しかも四割が不良債権化する怖れがある。

 もともと銀行が、急激に蓄積してゆく潜在的不良債権のため融資枠が狭まり、それではと新金融商品を発売し、預金者や金持ちからホットなカネをかき集める手法を思いついた。定期預金利率より高利を示し、しかも元利保証という虚偽のイメージを作り出す必要があった。当局の「暗黙の保障」がなければ、リスクの高い金融商品に手を出す預金者は少ないはずである。

 この「暗黙の保障」という印象操作は不動産投資に象徴されるように、投資する側は「まさか、暴落となれば当局が保障するはずだ」という前提に立っている。だが、900兆円をいったい誰が保障するのか。不良債権化する怖れが高いとなると、一斉に契約解除に動く。
そうなると一瞬にして理財商品市場の大暴落が発生する。

 いわゆる「理財商品」は「投資信託」と「銀行理財商品」に区別され、前者は日本で言うところの「投資信託」で、ハイリスク、ハイリターンの類が多い。日本も欧米先進国も「投資信託」の元利は保証しない。
 日本では「投資信託」の販売に際して、五つのレベルを明示し、しかも「元利は保証されてはおりません」とちゃんと説明している。

 後者の「銀行理財」は、銀行が、同時に「影の銀行」をなして、簿外とするため銀行管理監査委員会の規制を受けない。
これが不正融資の温床でもあり、この機能を駆使して、地方政府やデベロッパーへの融資が行われた。
結果的に「GDP成長」という宣伝材料にも使われた。

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  樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 
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樋泉克夫のコラム
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【知道中国 1697回】           
 ――「支那人に代わって支那のために考えた・・・」――内藤(4)
内藤湖南『支那論』(文藝春秋 2013年)

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 「中体西用」で出発した清末の富強策が失敗して「洋務運動」に変じ、「変法自疆」を経て「滅満興漢」を掲げる種族革命(辛亥革命)となり、やがて「漢」そのものの根本理念の象徴である孔子への批判(五・四運動)に転じ、ついには共産党一党独裁政権に辿り着いた変遷を振り返るなら、現在の富強策である「共体市用」も、いずれは共産党統治それ自体の正統性に対する根本疑念を呼び起すようにも思える。
だが喜ぶのは早い。「支那國は滅びても支那人は滅びぬ」(佐藤善治郎『南清紀行』良明堂書店 明治44年)のだから。

  話を内藤に戻すと、彼は立憲主義を進める前提に「中等階級の健全ということ」を置く。そして、明治維新が大過なく進められた後、「木に竹を接いだように外国の制度を持って来て行ったけれども、それが少しも不都合なしに行われたというのは、すなわち中等階級が健全であったからだ」とする。
つまり日本において明治新政の成功を導いた「中等階級の健全ということ」が、はたして清国にみられるだろうか、ということだろう。

 「ところが支那では今始めて立憲政治をやるという場合、どんな階級が中心になるかということはよほど分らぬ」。
日本で立憲政治を支えた士族、その「士族と密接して最上級の農民があった」。だが士族もいなければ「支那の百姓はどこまでも百姓」に過ぎない。「それであるから支那で立憲政治を維持すべき階級が現在あるかどうかということが大なる問題である」。
この点が肝要であるにかかわらず、「そういうことはあまり近頃の評論家でやかましく云う人はありませぬ」と苦言を呈しているところをみると、当時も評論家は日々変化する事務情勢を論ずることに関心を払っても、中国社会を歴史的視点から根元的・構造的に論ずることはなかったということか。なんだか、昔も今も同じようだ。

  さらに内藤は立憲政治の前提である国会について、「日本では国会を造るについては、納税を以て選挙資格にしてある」。「ところが支那では人民の納税額の分っておるのはどこにもない」。つまり有権者を選ぼうにも選ぶ基本が見当たらないのだ。「そういう有様で選挙資格の標準にも何にもなるはずのものではない」のである。

こんな状況のままで強行するなら「世界じゅう類の無い支那流の立憲政治というものが出来上がるかも知れぬ」。つまり国会が誕生したとしても社会的基盤が皆無であり、「それだから支那では国会が開けたからというて大した効能の無い代りに大した騒動も起らぬだろうと想像もされる」。

  ここで一転し、内藤は「立憲政治の根柢となるべき思想があるか無いかという」ことを、「存外輿論の国である」ことと「思想の潮流」の2つの点から論じている。

  前者についてだが、「支那は国の制度の上からいうと、無限の君主独裁の国である」が、同時に「非常な輿論の国であ」り、「どこから出て来るか分らぬ多人数の評判ということに重きを措く国である」。「独裁政治の国ではあるけれども」、天子は「人の評判で官吏の進退を決する」。一方、日本では若者が集まって政治的言動を発したところで「青二才がそんなことをするなと叱りつけて置くくらいのものだが、支那ではその青二才のやることが大変に応える」。
極論するなら「青二才」の政治的言動に、「無限の君主独裁」も時に右往左往するということか。

  総じて昔から「(支那は)輿論に重きを措く国である」とするが、ここで内藤によって持ち出された「輿論」なるものは理路整然とした主張ではなく、時流やら一時の感情に任せての一種の烏合の衆の激発、いわば有象無象の不平不満の爆発と考えれば判らないわけではない。

つまり極めてアヤフヤで根拠不確かなものでしかない。かくして「それが支那の立憲政治の根柢となって、随分ぐらぐらした立憲政治が出来るだろうと思う」。
これが内藤の予測する「一種の支那の国情上から立憲政治」の姿ということになるろうか。
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 読者の声 どくしゃのこえ READERS‘OPINIONS 読者之声
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(読者の声1)注目のトランプ大統領「一般教書演説」の原文です。
https://www.whitehouse.gov/briefings-statements/president-donald-j-trumps-state-union-address/
 下記はホワイトハウスの特別サイト です。
https://www.whitehouse.gov/sotu/



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(読者の声2)「被害者意識の回復」について。
 今日本は、外敵の圧迫、人口減の恐怖、社会混乱など内憂外患こもごもきたるという
この最大の原因は憲法を初めとする占領政策であり、世代交代でついにその被害が表に出てきたのである。
しかし日本人の本格対応が遅れている。最大の理由は占領被害者意識がないことだ。
占領軍は良いこともしたという人までいる始末である。だから何をこわされたのかもわかっていないし、当然どう対応して良いかわからない。政府も小手先の対策しか出来ず成果も上がらない。
被害者意識がないという占領呆けの原因は以下があると思う。
1.青い山脈症候群/これは戦争中の極度の緊張が解けたために自由になったと錯覚した。じつは敵の破壊が始まっていた。
2.塗り壁症候群/これは米国の占領政策が破壊から再建へ変わったため、弾圧時代の記憶に復興政策が上塗りされた。人間はいやな記憶を忘れがちである。
3.洗脳後遺症/これは戦後日本悪者論のひどい洗脳と拷問をうけた心理的な傷である。歴史の知識もNHKの「真相はかうだ」で騙されたままである。
4.閉ざされた言語空間/独立したのに今も占領政策の批判的研究は公表されない。それは占領利得勢力が権力を離そうとしないからである。このため人脈を含めて日本民族主義が抑圧されている。
5.反日外国の宣伝/日本悪者論の東京裁判がいまだに反日宣伝に利用されている。それが中共の作るという上海の東京裁判博物館だ。しかし1951年マッカーサーは日本の戦争は自衛戦争であったと証言している。東京裁判の日本悪者論は誤りだったという意味だ。国際社会では日本政府の謝罪は解決どころか敵の攻撃の正当化に使われるから謝罪は厳禁だ。
日本は占領政策を引きずってきたが、もはや戦後体制では独立国家をやって行けない。

そこによい変化の兆しが現れた。それはインターネットの普及だ。この国民の情報開示で占領勢力の洗脳や検閲体制が緩み始めた。この動きに抵抗しているのが朝日新聞など占領利得旧勢力である。
国民が占領政策の被害から日本を取りもどすには愛国者が連帯し日本復活政策のベクトルをそろえる必要がある。大仕事はこれからだ。
(東海子)

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西村眞悟の時事通信 西村眞悟の時事通信
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天皇と士魂が明治維新を実現した
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 本年、平成三十年が、京都における「五箇条の御誓文」と「国威宣布の宸翰」の発布、そして同日の江戸における徳川幕府軍と新政府軍との江戸無血開城合意、の為された慶応四年戊辰(1868年)三月十四日、元号改まって明治元年から百五十年。それ故、世は盛んに、明治維新から百五十年、という。
 そこで、本年が、明治百五十年であることの意義とは何かを改めて指摘したい。それは、単なる、「歴史の回顧」としての明治百五十年ではなく、現在の歴史段階と我が国を取り巻く厳しい内外の情勢の中で、明治維新が、我が国が国難を克服する生きたモデルとして作用するからである。

 明治維新は、現在における国難克服の指針である。しかも、それは単なる「近代化」のモデルではなく、日本的変革の指針だ。即ち、明治維新は、日本が日本でなくなるための変革ではなく、日本が日本であり続けるための変革の指針である。
 ここに明治百五十年を意識する戦略目的がある。


 ▼我が国の「万世一系の天皇」と「士魂の系譜」

また、明治維新が、国家の存続のために、「徳川幕藩体制」から脱却して近代国民国家になる変革であるならば、現在の我が国も、国家の存続のために、国家のサバイバルのために、「戦後体制」=「日本国憲法体制」=「マッカーサー憲法体制」から脱却して、自立した近代国民国家になる変革を実施しなければならない。
 よって、この戦略目的の観点から明治維新を成り立たせた前提を自覚する必要がある。
それは、我が国の「万世一系の天皇」と「士魂の系譜」である。そして、我が国の「士魂」とは「万世一系の天皇」と不可分である。
 幕末の武士で明治二十一年まで生きた山岡鉄舟が言うように、我が国の「士魂」(武士道)は我が国の開闢とともにある。我が国の開闢とは、即ち、天照大神の天壌無窮の神勅、とともにあるということだ。

 近来、改革論議が盛んで、猫も杓子も、選挙が迫れば改革を訴え、カタカナを使えばうけると思えば「リセット」とも言っている。
ある総理は、構造改革とは郵政民営化です、郵政民営化とは構造改革です、というような訳の分からんことを言って民衆を煽って成功し、その成功例をもう一度と、大阪でも東京でも、都構想とか三都物語とか・・・、民衆を煽る材料には事欠かない。

 しかし、これは結局、人目をひくための芸能プロダクション的集客戦略に過ぎない。何時までも煽られ続けていれば危うい。我が日本の真の改革は、天皇と士魂から生まれる。このこと、現在の戦後時代では保守反動というレッテルを貼られるのだが、それこそ、明治維新百五十年であるが故に、自信を持って言っておく。
 従って、この観点からみて、明治維新とは何時なのか、と問われれば、慶応三年暮れの大政奉還と王政復古の大号令から五箇条の御誓文と国威宣布の宸翰の発布。そして、徴兵令から廃藩置県を経て明治十年九月二十四日の城山における西郷南洲の戦死まで、これが明治維新だとしたい。
西郷南洲は、我が国に「士魂」を残すために死んだからである。

 次に、戦後の史観は、マルクス史観に影響されて、明治維新をフランス革命やプロレタリア革命と同様の次元で把握しようとしている。しかし、明治維新は、フランス革命やロシア革命とは全く違う。フランスやロシアの革命は、過去と切断された無秩序と暴力のなかの殺戮である。ルイ十六世とニコライ二世の殺害がその象徴である。これに対して、我が国の明治維新は、王政復古の大号令によって始まった。またフランス革命やロシア革命は、二十一世紀のフランスやロシアの改革の指針にはなり得ないが、明治維新は二十一世紀の日本改革の指針であり日本的改革の原点である。

 さらに、フランス革命やロシア革命の構造と我が明治維新の構造を同一視して、フランス革命が王党派とジャコバン派の抗争で、ロシア革命がブルジョアとプロレタリアの両敵対勢力の抗争であったのと同じように、明治維新も佐幕派と討幕派の武力衝突が本質であるとして、討幕派の歴史観ではなく佐幕派の歴史観に立てば、吉田松陰はテロリストになるというような議論が為されたりするが、江戸無血開城が成ったことでも明らかなように
天皇の下での明治維新は、彼ら西洋世界の革命とは全く違う。


 ▼武士道の系譜

 ここで、天皇と日本の淵源である天照大神の天壌無窮の神勅と士魂(武士道)の系譜を指摘しておく。
 天壌無窮の神勅にある「宜しく爾皇孫就いてしらせ」即ち「爾、皇孫、就(ゆ)いて、しらせ」の「しらせ」とう文言に注目する。この言葉こそ、大日本帝国憲法を起草した井上毅が、古事記、日本書紀などの我が国の古典を調べ尽くした中で、最も注目した言葉であろうと思う。この「しらす」こそ、天皇の統治の本質である。
 しらす、とは・・・
「人が外物と接する場合、即ち、見るも、聞くも、嗅ぐも、飲むも、食うも、知るも、みな、自分以外にある他の物を、我が身に受け入れて、他の物と我とが一つになること、即ち、自他の区別がなくなって、一つにとけこんでしまうこと」(「宮中見聞録」元侍従次長 木下通雄著)である。
 つまり、天皇がしらす国、即ち、日本とは、天皇と国民が溶け合って一つの家族のように自他の区別がなくなる国のことである。

従って、明治維新の王政復古の大号令とは、日本を天皇を戴く一つの家族の国に戻す号令であった。三年間の税収途絶で、ボロボロの着物を着て雨が漏れる廃屋の皇居に住んでいる仁徳天皇が、民の竈から煙が上がるのを眺められて「我、すでに富めり」と言われたのは、まさに、民と自分が一つの家族だと実感されていたからである。

また明治元年の国威宣布の宸翰で明治天皇が、「天下億兆一人も其の所を得ざるときは、皆朕が罪なれば」と言われたのも民とご自分が家族だと思われているからである。
 もちろん、敗戦の我が国の津々浦々を巡幸された昭和天皇も、東日本大震災の被災地を度々見舞われた今上陛下も、皆、国民と家族だと思われている。
これが、日本という国の姿、即ち、國體である。我が国は、如何なる「近代化」のなかでも、如何なる「グローバリゼーション」のなかでも、この「天皇のしらす国」という國體を維持しなければならない。 これが、日本的改革の要である。


 ▼士魂の本質

次に、「士魂」であるが、我が国の士魂は、この「天皇のしらす国」に生まれた「士魂」である。従って、「士魂」は、天皇のもとでの「和」を回復する為の武力(兵法)であり誠心誠意の精鋭である。即ち、天皇のもとで正々堂々と死ぬことを恐れないことが士魂の根底にある。ここが、異民族の殲滅のための武力を前提として、武とは、敵を欺くこと、即ち、詭道(きどう)であると説く支那の「孫子」との決定的違いだ。敵を欺くことを基本姿勢とするとは、結局、死ぬことが怖いのである。

私の心に浮かんだ我が国の「士魂」の系譜を次に記しておく。
・弟橘姫命・・・日本武尊の為に入水する。即ち、最も清冽で尊い自己犠牲の姿
・文永の役(一二七四)・・・対馬の宗助国ら八十四騎は、対馬の小茂田浜に上陸した雲霞の如き蒙古勢に微笑みながら突撃して玉砕した。
・湊川の戦い(一三三六)・・・楠正成ら七百騎玉砕、七生報国を誓う、以後、挙族殉皇
・徳川光圀の湊川建碑(元禄五年、一六九二)・・・楠正成戦死の地に建ったこの碑
   「嗚呼忠臣楠子之墓」こそ、
    西国街道を行き来する庶民に楠正成の忠孝の志を廣く伝えた。
・赤穂浪士吉良邸討ち入り(元禄十五年、一七〇三)・・・不滅の士魂
   吉良の家は、足利の本家筋。従って、その吉良の首を取った大石内蔵助は楠正成の生まれ変わりだと人々は思い、次の歌を流行らせた。
     楠のいま大石となりにけり なほも朽ちせぬ忠孝をなす
・嘉永六年(一八五三)・・・黒船来航、幕末(今楠の時代)始まる
・安政六年(一八五九)十月二十七日・・・吉田松陰斬首、大和魂、士魂を残す
・慶応三年(一八六七)十月十四日、大政奉還、十二月九日、王政復古の大号令
・明治元年(一八六八)三月十四日、五箇条の御誓文、国威宣布の宸翰、江戸無血開城。四月二十一日・・・湊川神社創建を命じられる
・明治十年九月二十四日・・・西郷南洲、戦死、
  生死何疑天附與 願留魂魄護皇城
「生死なんぞ疑わん、天の付与するを、願はくば 魂魄を留めて皇城を守らん」
これは、沖永良部に幽閉されていた時の西郷南洲の漢詩であるが、皇居の武道館横の近衛歩兵第一連隊跡地には、「年々歳々花相似たり、歳々年々人同じからずとは雖も、選ばれて近衛兵となり、輦下に奉仕せる吾等、たとい魂魄となりても永久に皇居を守護し奉らん。」
と刻まれている。
 西郷南洲の士魂が、ここに受け継がれている。
                (にしむらしんご氏は前衆議院議員)
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