国際情勢

宮崎正弘の国際ニュース・早読み

 評論家の宮崎正弘が独自の情報網を駆使して世界のニュースの舞台裏を分析

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宮崎正弘の国際ニュース・早読み <bookreview平泉澄『首丘の人 大西郷』(錦正社)

2017/01/21

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「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」 
平成29年(2017)1月21日(土曜日)弐
       通算第5172号  
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<読書特集号>

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書評
平泉澄『首丘の人 大西郷』(錦正社)
 兼次映利加編『沖縄の危機』(青林堂) 
     ○○○▽み▽▽◇◇や△△△◎ざ○○▽▽き◇◇◇△ 
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 書評 しょひょう BOOKREVIEW 書評 しょひょう BOOKREVIEW 
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 敬天愛人をといた思想の巨人、崇高なる魂を追跡
  不世出の英雄は奢侈に流れず、身を清め、清貧を旨として生きた

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平泉澄『首丘の人 大西郷』(錦正社)
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 迂闊にも平泉澄博士に西郷論があることを知らなかった。この西郷論が遺作となったそうである。
「首丘の人」の出典は礼記と楚辞にある。
「鳥飛んで故郷に反り、孤死するや必ず首丘」(楚辞)
「古の人言えるあり、曰く孤死するときまさしく丘首す」(礼記)
 平泉博士は続けて言われる。「死に臨んで故郷を忘れず、元の丘の方へ首を向けて死ぬのが孤のならわしである」
 だから西郷は延岡に敗れて可愛岳を越え、峻険な厓や山川を超え、けものみちを歩き、とうとう城山へ帰り着いた。鹿児島はこころの故郷、死ぬ場所は決まった。
 「晋どん、このあたりでよか」と言って介錯される前に、西郷は皇居遙拝した。
 革命家には熱狂の実践者と、冷徹な打算を元に展開できる陰謀家がある。熱狂的愛国の精神で真心をこめて維新に邁進したのが西郷隆盛であったとするなら、西郷に対比される大久保利通は冷血な打算をひめた実行者である。
 もし明治維新を是とするなら、西郷は先駆者で力まかせの辣腕怪腕をふるったが、維新後の国づくりの先見力、構想力があったのはむしろ大久保であった。

 本書を三日ほどかけて通読したが、感銘深い歴史評論である。
幕末維新を語った歴史評論、歴史書のたぐいは数知れずあるが、とりわけ西郷論として、本書は間違いなく名作として残るだろう。熱血が、その愛国が本書を支配している。
西郷をモデルにした小説は林房雄、海音寺潮五郎らが佳品を残している。通俗小説でも池波正太郎の『西郷隆盛』や『人切り半次郎』がある。司馬遼太郎も『跳ぶがごとく』を書いたがもっとも重要な精神に関しては触れていない。
そもそも西郷論の古典は福沢諭吉、新渡戸稲造があり、同時に西郷を賛歌した人に勝海舟がいる。
近年も、評論としては桶谷秀昭『草花の臭ふ国家』、村松剛『醒めた炎』、江藤淳『南州残影』などが古典的名作で、もちろん、これらは評者(宮崎)の本棚にある。
左翼やリベラル派の西郷論はデタラメな史観で読むに耐えないが、辛うじて橋川文三の西郷紀行を挙げておきたい。

 ▼尊皇派、攘夷派、公武合体派。そして倒幕へ

 さて本書の特色をアトランダムに挙げておくとすれば、先ずは越前からでて攘夷派の世論を席巻した天才・橋本左内への評価が随分と高い。福井出身の氏ゆえ当然でもあろう。
おなじ越前でも天狗党を残酷に処分した愚挙を痛烈に批判するのは水戸学の流れが基本に脈々と流れており、その水戸学を維新回転の基礎的イデオロギーと見なし、藤田東胡などに思想的源流を求めている。西郷は藤田から学ぶこと多かった。
水戸学の尊皇思想の源流は山鹿素行、北畠親房、そして古事記と日本書紀にいたり、楠木正成、菅原道真が英雄として出てくる。
平泉氏は義経を加えている。
こうした視点に立つと、西郷にあっては諜報、陰謀、陽動などは不向きであり、軍略はすこしも語られず、武士道、道徳、尊皇攘夷が前面に立てられている。死後、庄内藩士がまとめた『大西郷遺訓』には、謀略優先の孫子と無縁の道義の世界が拡がっている。

 橋本左内を吉田松陰より上位に置いたかに見える平泉氏だが、ふたりは井伊直弼の登場による安政の大獄の犠牲になって、はやくに世を去った。しかし魂が残った。

この安政の大獄を逃れようと僧月照とともに海に飛びこんだ西郷はひとり蘇生する。島津藩あげて、西郷を匿うため菊池源吾という変名の下、奄美黄島で生き延びた西郷は、幸運と言えば幸運だが、爾来、かれの胸裏に去来していたのは虚無ではなく、「無」の精神である。

 橋本左内は開国維新をとき、幕府と鋭角的に対立した。
「ひろく豪傑俊才を集め、皇国日本本来の姿に復して、天皇の御旗の下に、三千万の国民一致団結し、港を開いて万国と交わり、採長補短、慎重に、同時に急速に、欧米の学問文化を採用し、世界に雄飛すべしとする橋本景岳(左内)の計画は、この瞬間(井伊大老の登場)に瓦解した」と平泉氏は橋本を評価する。

▼戊辰戦争

 戊辰戦争のおり、薩長軍の兵力は?川幕府側の十分の一でしかなかった。
ところが?川なにするものぞと騎虎の勢いがあり、薩長軍は相手を烏合の衆とみた。
一方の幕府軍は中枢の指揮系統が不在で、将軍慶喜は一目散に逃げ出した。会津は京都守護職として最悪の貧乏くじを引いた。
 幕府軍は寄せ集め、烏合の衆で、戦意も低く、そのうえ、兵の展開が稚拙だった。幕府軍の火力はと言えば、鎖国二百年の眠りから覚めず、大石を筒に籠めた前世紀の兵器。こなた薩長は薩英戦争、馬関戦争をくぐり抜け、自らが血路を切り拓いたという実戦の経験からも火力に富み、それを背景に士気が高い。

 わすれてはならないのが列強の介入である。
 幕府にはフランスがテコ入れを申し入れ、薩長軍には英国が絡んだ。
 ところが、「『なんぞ英国へご相談なされたき儀も御座候はば、承知いたし候』と、(アーネスト)サトウが持ちかけてきたので、西郷は之に答えて、『日本政体変革の処は、いずれ共、我々尽力致す可き筋にて、外国の人に対して面皮もなき訳と返答いたし置き候』」として、介入を決然と峻拒した。
 インドもシナも、いや朝鮮も、ジャワも、アジアのことごとくは外国が介入し、国内が分断され、あげくは西洋列強の植民地となった。日本は西郷らの英断によって列強の介入を潔しとせず、自立独立の道を尊んだのだった。
 
 ところが後年、西南戦争で熊本鎮台を囲んだ西郷軍は、戊辰戦争とりわけ鳥羽・伏見の戦役を思い出し、官軍の「十倍の兵力はものの数にあらず、吹き飛ばしてみせようぞ」と怪気炎をあげた桐野利秋の、戦術論ともいえない、ひたすらの決戦論に傾いた。ここには戦争の戦術、戦略が乏しく、また兵站の配慮がなされていない。おどろくほど稚拙である。
そこには科学的合理性がない。論理性よりパトスが先行している。
西郷にはもとより軍略なく、したがって薩軍には軍議らしい軍議もなく、熊本を無視して長崎か小倉を先に陥落させれば、西郷軍の勢いに押されて各地の武士が立ち上がるだろうと期待した、適切な判断の軍略は桐野、篠原国幹らによってあっさりと退けられた。
西郷は帷幄にあっても殆ど発言せず、側近に判断を委ねた。まさに「無」の心境なのだ。
 西南戦争とは、まことに不思議な、反乱側に戦略が稀薄という、士気と抜刀隊に依拠して勝てるとする錯覚が支配していた。愛国であれば、それで佳しとするは、官軍も兵士は愛国者ではないか。
 薩軍にあっては、強烈なイデオロギーというより戦争の大義さえ不明確である。拠り所は日本精神であり、武士道であり、思想の正義である。
 つまり「西郷という巨大な思想」に薩摩軍は殉じようというのだ。西郷を慕って九州各地から不平武士らが大挙して駆けつけた。
西郷隆盛は最後の決戦地となる延岡まで兵士の前に現れることなく、暗殺を恐れて親衛隊に徹底的に護衛され、身辺を守られ、戦闘現場に現れたのは延岡の和田越峠と、自決の城山だけだった。奇怪とも言える。
 
 ▼江戸無血開城へ

 ふりかえれば戊辰の役で、にわかに官軍となった薩長軍を統率する西郷は最高司令官でありながら戦闘の戦術は部下が裁定し、江戸無血開城のあと、鹿児島を行き来して、越後が苦戦と聞けば駆けつけ、函館が苦戦と聞いてまたも鹿児島から新兵を率いて駆けつけ、戊辰を最後まで見届けたとはいえ、具体的な戦闘の記録はない。あくまでも官軍の精神的支柱だった。
 軍神として慕われても、江戸の上野寛永寺に籠もった旗本の残党や幕臣らとの戦闘は大村益次郎に任せた。
 薩長は時の勢いを加えて江戸へ攻め込む算段をととのえて、すでに甲府は落としている。この段階で幕府は密使を立てて山岡鉄舟を駿河に陣取る西郷隆盛の元へ派遣した。
 西郷は山岡の提案をこの時点で呑んだのである。
この段取りのあとに、ようやく幕府の正式代表として勝海舟が登場するのだが、西郷は相手の話を聞き入り、条件をその場で呑み、約束したことを違えなかった。

 勝海舟とて、なんの手も打っていないわけではなく談判決裂のおり、江戸を焦土として、決戦に臨む覚悟と兵力の構えがあった。新門辰五郎ら火消し仲間は、その段取りさえ済ませ、西郷・勝会談の結果を待った。
 危機に直面したときにすこしも慌てず、事態の収拾に悠然として対峙できる人徳は特筆すべきことだが、我が師・林房雄は、「西郷は詩人だったから(あの偉業が)できたのだ」と恒に言っていた。
 まさに平泉博士も、この立場である。
 「大西郷が、天成の詩人であって、その趣向、その修辞の美しいばかりでなく、本人の人柄と経歴とが詩であり、そこにいわゆる風雅の墨客には決して見られない天来の風韻に接する感じ」があったのである。

 明治維新の三傑とは西郷、大久保、木戸を言うが、西郷を育てたのは英邁な藩主・島津齋彬であり、大久保が活躍の場をえたのは西郷が三年の島流しの間に島津久光の信任を得たからである。
木戸孝允の突出は毛利藩内の内ゲバ激しく人材が払底し、久坂玄瑞も、高杉晋作の斃れ、のこるは山県有朋、伊藤博文ら若輩たち、したがって藩の外交を一手に引き受けた。
 大久保を背後で支えたのは岩倉という陰謀たくましき公家であり、また小松帯刀の支援が強靭なバネとなった。
 西郷の周りから詩が生まれたが、大久保と木戸の合理主義の周囲に詩はなかった。後者ふたりが残したのは名文の漢詩である。
 
 ▼明治六年政変

西郷は「道義国家の建設」という漠然として茫洋たる目標の下に行動したが、大久保と木戸は新政府のヴィジョン、新国家はいかなる構想で運営するべきかという構想があった。
西郷は維新の達成に貢献したが、新国家建設に対しては大久保と木戸が熟慮しており、西郷にはこれという具体的政策はない。しかし廃藩置県という荒治療をやりとげるには、西郷が必要だった。西郷の同意が必要だったのだ。
これが伏線となって明治六年の政変を引き起こすことになる。
 従来、謎とされた。
なぜ西郷と大久保は決裂に及び、あの親密な風月はすさまじい風とともに去り、ふたりは対立するようになったのか。
しかも西郷は政治的野心なく、主唱した「征韓論」が破れるとさっと故郷へ帰った。木戸は病気を理由に、征韓論騒ぎから日和った。
 大久保から見れば遣欧使節団の帰国までの間に、あたらしい政策決定をしないという取り決めがあったにも拘わらず西郷はさっさと、しかも次々と新政策を打ちだして実行に移していた。
 約束が反故とされたことに大久保は立腹したという解釈がまかり通った。文明開化を急ぎ、伝統を台無しにすることに耐えられないとして西郷は鹿児島へ憤怒とともに帰ったとされた。
 ところが、平泉博士は次の分析をされる。
明治六年十月十五日の閣議において、一度は征韓論の西郷の主張が通った。散会後、舞台裏で、岩倉を中心に陰謀が進んだが、西郷はまったく動こうとしなかった。ふたりの対決の原因の一つは西郷の天皇への直訴を恐れたからだ、と。

「宮中に対する態度の相違である。西郷が明治天皇の厚き御信任を戴いていた事は、西郷の病気を御憂慮遊ばされ、侍医およびドイツ人医師を御差遣になり、診察せしめ給うた一事によっても明らかである。而るに西郷は、朝鮮遣使問題について、太政大臣を差し置いて、直接天皇の上奏し、親しく天裁を仰ぐことは畏れ多い事、非礼の義なりとして、希望もしなければ考慮もしなかった。つまり雲上人によって天日を遮られた以上、これは天命如何とする能わざるものと観念したのであった」。

その西郷の無私純忠の精神を理解せず、西郷は直接上奏、すなわち直訴するかも知れないとして恐れたのは岩倉だった」。
この物証は、十月二十に日に岩倉が大久保に充てた書状で明らかとなっている。

▼詩人は陰謀を優先しなかった。政治は裏があるものだが。。。。
 
 再び連想する。
西郷は詩人だったことを。詩は天地(あまつち)を揺らし、人々を全力で走らせ、基幹から国を動かす。

平泉博士は最後にもう一度このことを強調して曰く。

「西郷は詩を作った。詩を作った人は、明治の功臣に数多くいるが、西郷のは文字を弄び平仄を合わせた程度のものではなく、生命が躍動していて、人間そのものが詩であるように感じられる。詩もよいが書簡も面白い。英傑の磊々落々たる気風が書簡に流露しているのは、前には豊臣秀吉、後には西郷、双璧と言って良い」

しかし、秀吉は詩人だったかも知れないが、ときに冷血な謀略をしかけ、戦闘には冷酷に対応し、同時に空前の陰謀家だった。
秀吉は同時に人垂らしであった。秀吉の残した和歌には秀作が多く、気風はのびのびとしている。西郷とは気風が異なるが、いまそのことは措く。本書を読み終えてまだ感動の余韻が胸裡に去来しているのである。

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 書評 しょひょう BOOKREVIEW 書評 しょひょう BOOKREVIEW 
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 沖縄を支配するのは専業の左翼暴力団体だ
学問の独立も言論の自由は封鎖され、基地反対は外人部隊

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兼次映利加編『沖縄の危機』(青林堂)
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 沖縄とは、何なのか。
それは「平和」が引き起こしている「暴力の現場」である。
かれら左翼活動家が平和を口にしながら、じつは平和を望んでおらず、暴力をふりまわして、沖縄反基地なるシゴトをやっているのである。
 日本人かと思うと、外国系の人がデモ隊に多数紛れ込んでいるようで、中国の操り人形のごとき行動を取っている。沖縄のメディアは完全に左翼が支配しており、それが社会も牛耳っているから始末に負えない。
 学門的業績のない人が沖縄では大学教授となるケースがあるという。背後に左翼応援団と、そういうシステムがあるからだ。文科省の大学教授天下りコースに似ている。

 「基地反対」とか「オスプレイの配備反対」とかをやっているのはプロの左翼専業集団で、お得意の暴力をふるい、先に手を出したのは機動隊だと罵っている。
 いまも昔も左翼の悪質な手口は変わりがないが、昭和四十年頃の恵庭でもそうだったっけ。
現場に恵庭の住民はおらず、反対運動を展開していたのは外人部隊だった。
 沖縄の米軍基地がなくなれば、「では、いただきます」と侵略の牙を研ぐ国がある。尖閣の周りを毎日うろついている国がある。
この国は沖縄に工作員を送り込んで、反対運動を背後で操り、いずれの日か尖閣はおろか、沖縄もいただく腹づもりである。
反対運動をやっている連中はそんな謀略に気がつかないか、気がつかないふりをしている。平和の念仏が、かれらの「信仰」の武器である。
 こいう危機的な状況に陥っているのが沖縄の現実である。
もっと本土の人間は知って貰いたいとして書かれたのが本書だが、実情をリアルに報告している。編者のほかにロボート・エルドリッチ、宮崎政久、仲村覚、仲新城誠氏等が執筆している。
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 読者の声 どくしゃのこえ READERS‘ OPINIONS 読者之声
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(読者の声1)昨夜の午後七時のNHKニュースですが、トランプ就任前の祝賀会の映像に引き続き、日本でも書店のトランプコーナーが特集されていました。トランプ本が、ずらり並んでいるなか、NHKの映像が宮崎正弘先生の『トランプノミクス』(海竜社)を大写しにしていましたよ。
 おもわず快哉を挙げました。
   (UH生、茨城)



  ♪
(読者の声2)次のニュースが配信されています。
 (引用開始)
「デヴィ夫人が、19日に生配信されたAbemaTVのニュース番組『AbemaPrime』(毎週月〜金曜21:00〜)に出演。「南京大虐殺」を否定する書籍が客室に置かれていることで批判されているアパホテルに対し、「大変立派」と評価した。
 この書籍の著者は、アパグループ代表の元谷外志雄氏で、デヴィ夫人は元谷氏と親交が深いというが、問題化してからも撤去しないとしているアパホテル側の主張を「大変立派で、撤回しないことも高く評価している」と理解。
「ホテルにはいろんな本が置かれ、飛行機にもいろんな新聞が置かれている。言論の自由があるので、アパホテルの代表が自分の書籍をホテルに置いたことは何の問題もない」「日本は黙ってばかりで外国に言われっぱなしで不甲斐ない。もっと主張するべきところを主張するべき」と、持論を展開した」
(引用止め)
これは極めて重要な問題だと思いますが、先生の考えは如何に?
(JJセブン)


(宮崎正弘のコメント)言うまでもなく、南京大虐殺はなかったのですから、その真実を啓蒙するということは有益であり、国益に叶っており、この事を政府が支援するべきでしょう。
 これは一アパホテル支援という問題ではなく、日本政府国民一丸となって北京の嘘放送に立ち向かい、世界に発信するというレベルにまでもっていくべきでしょう。事件化したということを寧ろ評価すべきではありませんか。この衝撃を契機に、中国人の多くが南京大虐殺が中国共産党の宣伝であるという事実を知れば良いのです。
 実際に小生の経験でも、南京に行ったとき最初に乗ったタクシーの運転手が、日本人とわかると「あんたたち、ここで三十万人殺しただろ」と攻撃的でした。
 そこで小生は、「あれは共産党の宣伝です」と言ったら、「あ、そうか。やつらが一番悪い」。それだけでフルに納得です。
傑作なのは、そのあとで、かれが言ったセリフとは、「ところで、日本へ行ってタクシーの運転数をやると幾らになるか?」というレアリスティックな質問でした。



  ♪
(読者の声3) 通常国会が始まりました。例年女性議員は着物姿が多いのですが、今年はなんと民進党の蓮舫代表まで着物です。
ところがネットでは非常に評判が悪い。
まず第一に「似合わない、着こなしがなっていない」、さらには「日本人アピールか」、「旧正月に合わせたのか(春節はは来週28日)」、「白の着物は喪服か」と散々。中国の喪服は白ですし日本も明治時代は白でした。

 なにより彼女が日本人ではないことを示すのが「総絞り」を着ていることを指摘する声も。着物は値段に関係なく「紬」や「総絞り」は普段着扱いされますから、国会の開会には相応しくないという指摘はもっともです。
 実際の着物姿の写真を見るとネットの批判は的外れではない。
http://www.asahi.com/articles/ASK1N4RGNK1NUTFK00B.html

 なで肩の中国人体型もさることながら、首が異様に長い(長く見える)。これではまるでタイ・ミャンマー国境の首長族のようです。
 蓮舫氏がいつも肩パッドの入った服を着て襟を立てているのが疑問でしたが、相手を威嚇するために虚勢を張っていただけなのだと納得。
日本人アピールをすればすれほど墓穴を掘る。安倍総理としては民進党代表が蓮舫である限り、いつでも解散総選挙で勝てます。
時々、解散風を煽れば民進党は選挙資金が枯渇することでしょう。年内解散総選挙で民進党の解体も見えてきました。
   (PB生、千葉)

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