国際情勢

宮崎正弘の国際ニュース・早読み

 評論家の宮崎正弘が独自の情報網を駆使して世界のニュースの舞台裏を分析

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宮崎正弘の国際ニュース・早読み <短期金利が100%を超え、いよいよ人民元崩落の危機

2017/01/06

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「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」 
平成29年(2017)1月6日(金曜日)
      通算第5154号   
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 短期金利が100%を超え、いよいよ人民元崩落の危機
  外貨資本流出阻止に断末魔のような手口、香港オフショアで「元高」の椿事
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 矢継ぎ早やに資本流出阻止のためにとんでもない規制をかける中国。銀聯カードの新規発行停止ばかりではなかった。海外で買い物をしても、カードが使えなくなってきた。日本ばかりか世界中の免税店で悲鳴が上がった。

 爆買いの突然死はすでに2015年に顕在化しており、観光地の土産屋はウィンドーショッピングばかり。中国人の買い物用にインテリアまで作りかえたデパートは顔面蒼白となった。

海外旅行のドル持ち出しも個人一人あたり年間5万ドルといわれてきたが、抜け道だった外貨預金は申請書類が増えて、事実上不能状態に陥り、さらに銀行の窓口へいっても、ドル両替が出来なくなった。
中国人の海外旅行も、近日中に「突然死」を迎えるかも知れない(ことしは1月28日が農業歴の正月元旦)。所謂『春節』のあとに、もっと強力な措置がとられそうだ。

 椿事が起きた。
 1月5日、香港のオフショア市場で、「翌日物」の短期金利が一時、突如100%を超えたのだ。

 これは香港の短期金融市場でおこなわれる銀行間金利で、翌日物が16・9%から、38・3%へと急騰し、午後100%を超える場面があった。『サウスチャイナ・モーニングポスト』が大きく伝えた。出来高は20億ドル。したがって急落傾向にあった人民元が対ドルレートで2%あがるという異常な市場となった。椿事である。

 企業の外貨購入が規制され、海外送金は審査が厳格化されたばかりか、企業の外貨借入の前倒し返済を禁止し、そのうえ香港などで取引される海外運用の保険商品などの購入も規制された。

 外貨流出を防ぐために、ありとあらゆる手だてを講じていることは明瞭だが、地下銀行の存在があり、「上に政策あれば下に対策有り」の中国人だから、抜け道を探る動きは、さらに新手を発明するだろう。
 しかし人民元下落傾向は長期的にとまらず、外貨準備はやがて底をつくだろう。

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 書評 しょひょう BOOKREVIEW 書評 しょひょう BOOKREVIEW 
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 「川の流れが変転つねなくめぐりめぐるように」、人の運もうつろいやすい
大町桂月は「運は運なり、運転する也」と喝破していた

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大島信三『宮尾登美子 遅咲きの人生』(扶桑書房出版)
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 最初に表題と著者名を見るのは自然なことだが、これほど抱いてきたイメージがかけ離れていて、「えっ、大島さんが何故? 宮尾登美子に?」と声を挙げたほどだった。
 宮尾登美子と言えば骨太の女性像をえがく剛直な印象があった作家だが、評者(宮崎)は、彼女の作品を一作も読んだことはない。映画も見たことはない。それゆえに本書を論ずる資格がないことは百も承知であり、じつは三ヶ月ほどツンドク状態だった。
 ただ芥川・直木賞のパーティで何年か前に宮尾さんを遠くから見かけたことはあるくらいで、高価な和服をめされていた記憶がある。
とはいえ、小説家の知り合いも多いので、宮尾登美子の人生、人柄、趣味などゴシップは耳に入ってはいた。
いずれにせよ、別世界の作家であり、興味を抱いたことはなかった。
 ただ評者の周囲には土佐出身の田村秀男氏、門田隆将氏、そして土佐に毎月仕事ででかけるという渡邊哲也氏らがいて、よく土佐料理に行く。独特な大根煮込み、土佐天(薩摩揚げ)、鰹のタタキ等々。
 その宮尾登美子の初の伝記評伝に、なぜ『正論』編集長だった大島さんが挑んだのか、そのことが不思議だったのだ。
なぜなら日頃、大島さんと会っても、一度も彼女の名前がでてきたことがなかった。
 意外感という文脈では齋藤禎(『諸君』元編集長)が、やはり意外なことに『江藤淳の言い分』という本をかかれたときも、イメージしてきたことと距離感があった。しかし今回ほどの想定外の出来事ではなかった。

 さて本書である。
 宮尾登美子の文学は、強い情念で貫徹されているようである。
 作品を読まずして、こういう評価をなすことは避けるべきだろうが、この大島氏のなした評伝そのものの持つ魅力が、行間も溢れている。淡々として記述がかえって、強烈な人生の衝撃を読者に与えてくれる。
 宮尾登美子は『鬼龍院花子の生涯』『陽暉楼』『櫂』『寒椿』などが有名だが大河ドラマ『義経』の原作者でもあり、女流作家では山崎豊子と並ぶベストセラーを量産した。
 高知県で産まれ、育ち、最初の夫が満州開拓団へ応募したため、新京(いまの長春)へ渡った。ところが日本が大東亜戦争に敗れ、ソ連が侵攻し、引き上げまでの辛苦が、その流浪の人生が待ち受けていた。
 昭和二十一年、佐世保に引き上げ後、宮尾は高知県で保母を束ねる公務員生活。文学趣味が昂じて新人賞に応募してはいたが、生活は赤貧を洗うが如くであった。なにかの作品が入選する幸運に恵まれたときから、むしろ不幸が襲い、人生の暗転、七転び八起きの波乱が始まった。夫の暴力、地元の人々の嫉視、妬み、羨望。
高知新聞の編集者だった男性と再婚し、束の間の幸せを掴んだとおもいきや病魔に冒されていた。
やがて無一文で上京し、借財と戦いながら、何を書くべきか判らない。新人賞から苦節十年、ようやくにして彼女は書きたいものを見つけた。
 この間には社会党に入党し安保闘争の活動家として動き回った日々もあった。
 逆に言えば、運命の逆転があって苦節十年の忍耐の日々が、作家の肥やしとなり、タネとなり、そういう意味では林芙美子の人生に似ているかも知れない。宮尾は『放浪記』の舞台を見ることが好きで、また三島が情熱を傾けた戯曲『薔薇とか海賊』も見に行ったという。
彼女が三島文学ファンだったとは、知らなかった。
 「幼い頃は『おトミちゃん』と呼ばれていた登美子のDNAには、鉄火場をくぐり抜けてきた父親の気質がきっちりと組み込まれていた。大胆な行動に走ったり、年下の土佐出身の作家等を舎弟のように可愛がった」と大島氏は淡々とした文章で波乱の生き様を綴っていく。
 まだ無名の宮尾登美子を認めていた新人作家がいた。
 「吉村は『すでに自己の揺るぎない小説世界を持っていて、対象を鋭く見つめる小説家の目を感じた。新人と言うには程遠い、骨格の逞しい作家が突然現れたような驚きを覚え』る」と書いていた。のちに人気作家になる吉村昭である。
 その後、宮尾登美子の小説は売れはじめ、ブームとなり、映画化もされた。そのときの逸話がある。
 「鬼龍院花子の生涯」は夏目雅子が主演した。
 「なめたら、なめたらいかんぜよ」とタンかを切ったところは(宮尾が)お気に召さなかった。不満は「いかんぜよ」の「ぜよ」だった。土佐の下町言葉を愛していた登美子にすれば、土佐の女がいうセリフなら「なめたら、いかんぞね」でなければならなかった」(この点を土佐出身の友人に尋ねると「ぜよ」でも良いというのだが)。
 もうひとつのゴシップは「陽暉楼」の改名の由来である。
「得月楼」と店名を改めたのは明治十一年、西郷隆盛の熊本籠城戦を戦った谷干城が陽暉楼で宴会を開いたとき、求められて、宋の蘇麟の詩から着想し、得月楼としたという(本書34p)。
 最後に大島氏は、次のように宮尾の人生をまとめる。
 「川の流れが変転つねなくめぐりめぐるように、人の運もうつろいやすい、土佐が生んだ文人、大町桂月は『運は運なり、運転する也』と喝破した。運は人を見て、くっついたり離れたりしているというのだ。宮尾登美子の起伏の激しい人生がまさしくそうであった」
 そして付け加えている。
 「宮尾登美子の胸の奥に秘めた野望と負けじ魂はなかなかのものだった。大いなる欲をバネに彼女は不運を乗り越え、つぎつぎと幸運を手にしていった」
本書を三ヶ月もツンドクにしていたことを恥じた。
    
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 書評  その2  BOOKREVIEW その2 
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 この詩人との交遊のなかに三島は何を求めたのか?
 日本への伝統回帰、正気の回復が咀嚼できていないと思われる詩人に
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高橋陸郎『在りし、在らまほしかりし 三島由紀夫』(平凡社)
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 いかにも詩人らしい表題である。
 高橋氏の詩を読んだことがない評者(宮崎)にとって、芸術の領域からこの本を批評することには躊躇いがある。しかし、世の中には三島由紀夫像を多角的に求めながらも、その営為は評価できるにせよ、こういう勘違いをする人がいるのかという文脈で、この本は意外に参考になった。
 なにしろ高橋氏は三島論の最高傑作をジョン・ネイサンのものと考えており、その上、大江健三郎の三島論に賛同するというのだ。
 日本への愛着、日本の伝統回帰、愛国の熱情という三島の行動原理、その裂帛の精神を解析する視点は最初からない。
 だからといって途中で本書を放擲したくなるのは読者それぞれの判断であり、評者は意外に面白く読んだ。
 高橋氏のこの三島論は、ある意味で美輪明宏的世界、あるいは福島次郎的解釈がちりばめられてはいるが、なによりも石原慎太郎の三島論の暴走的視点と、ミラー現象が見られる。
 ところが日本賛歌を熱烈に唱える竹本忠雄氏とあった折の「神道には何もない」という不思議な言葉を、高橋氏は織田信長を祀る神社で一緒になったときの会話として印象深く語るのである。
 高橋氏は上京して数年後に詩集をだした。
 それを読んだ三島がいきなり電話をかけてきて会うことになったのだと不思議な運命の出会いをかたる。それから三島の自決にいたる六年間、まるで別世界のようにつかず離れず、濃淡のある付き合いを続けたという。
 さて、この本のなかで、実は重大な事実がさらりと語られているのだ。
 以下の文章は、これまでの三島由紀夫論でお目にかかったことがなかった(すくなくとも評者にとっては)。
 したがって多少長い引用になるが、下記に掲げる。

  (引用開始)
「森田必勝君を紹介されたのは、翌七〇年のたぶん一月二日、三島邸に年始に伺った折だろう。楯の会会員が何人か訪れている中に、目立って童顔の、快活そうな若者があり、それが森田君だった。昔の書生っぽのような大柄の飛白(かすり)の着物に小倉の袴を着けていた、と記憶する。屠蘇機嫌の三島さんはぼくに森田君を、楯の会の行動隊長、と紹介した。
 二度目に会ったのは、三島さんに帯の推薦文をもらった僕の最初の小説『十二の遠景』の刷り上がりを届けに行った時だろうか。市ヶ谷会館で楯の会の会合があった後とかで、先に降りてきた三島さんと話していると、楯の会の制服を着た隊員たちと一緒に森田君が降りて来た。三島さんに促されて目礼を交わしたが、新年の初対面の印象と異なり、鬱然たる陰のようなものを感じた。
 そして三度目である。ぼくの記憶に間違いがなければ九月二十九日。この日はとくに三人だけで会いたいとの三島さんの希望で、銀座の割烹、第二浜作が指定された。勤め先の仕事を片付け、指定の時間に少し遅れて二階の部屋に通されると、河豚の刺身の皿を前に、二人の酒はすでに進んでいるふうだった。
 三島さんは僕の到着を待ちかねたように、いずまいを正して口を切った。
――それでは一言。今日ここにいる森田必勝という男は、近いうちに死ぬかもしれないし、生きのびてつまらない老人になるかもしれない。しかし、とにかくいまここにいる二十五歳の森田必勝はある価値を持つ存在だと思う。そういういまの森田を誰かに記憶してもらいたいと思ってきたが、高橋いがいにはいないようだ。そこで今日は森田に、これまで俺も聞いたことのない生まれてこの方の話をしてもらう。

 後で考えれば、これはあきらかに二か月後の決行の予告であり遺言だったわけだが、ぼくはうかつにもまた例のおふざけが始まったとしか思わなかった。刺身にも、ちり鍋にもほとんど手をつけずぼそぼそとしゃべる森田君の話の内容にも上の空で、ひれ酒を重ねた。その後は三島さんが楯の会の幹部と時時行っているらしい六本木のサウナに行き、三人でゆっくり入った。ぼくの存在には安心しきったふうに、三島さんと森田君の会話には楯の会の誰彼らしい名前が出た。

サウナを出ると、仲秋のまことに美しい星空だった。「君たち、方向が同じならいっしょに帰ったらどうか」と三島さんがいったが、二人ともなんとなく遠慮した。別れの握手をする時、森田君は僕が何かをいうより早く「?橋さんのような人に会ったのははじめてです」といった。「?橋さんのような人」とは文芸の人という意味か。三島さんは森田君にとって文芸の人という以上に敬愛する同志であり、先輩だったのだろう。
三島さんにとって森田君は何だったか。亡くなる数カ月前、三島さんが携帯していた古い雑誌の切り抜きがあった。西郷隆盛について勝海舟が書いたという薩摩琵琶歌で、中でも「若殿原に報ひなん」というところがお気に入りだった。若い同志のために死のう、ということだったのだろう。
三島さんの生の根本原理がエロティシズムであり、自死がその昇華であるためには、二十五歳の森田君の若さ匂い立つ死が必須だったのだろう。
二人の死から十年間、僕の机上には、三島さんの写真と並んで楯の会の制服姿の森田君の写真が微笑っていた。(一九八九年九月十五日/九〇年十一月一日)」
 (引用止め)
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  樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 
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樋泉克夫のコラム
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【知道中国 1511回】    
――「其民は頑冥不靈を以て世界到る處に拒絶せられんとす」(教学4)
   教學參議部『清國巡遊誌』(佛?圖書出版 明治三十三年)

  △
 さすがに浄土真宗の門主というべきだろう。香港では宿舎とした「クヰースロードのウヰンゾルホテル」には、「暫くあり上野領事、三井物産會社支店長長谷川某、?濱正金銀行支店長某等の來訪するあり」。

 当時の香港の人口は「二十七萬餘其二十萬は支那人なり、日本人の在留するもの三百餘名あり」。元来は「磽?不毛瘴烟癘霧の蠻地」でしかなかった香港を「今や東西兩洋貿易の中心點」であり「東洋一の寶庫と爲した」るのは、「要するに英人獨特の堅忍不抜の精神」であった。「剛毅なる英人は一難を經る毎に愈々其特質を發揮し、遂に現今の好果を収むるに至れり」と、イギリス人の植民地経営への努力(執念?)を高く評価する。

 2月2日、香港から珠江を遡って広州へ。3日には「廣州市城を巡覧」し古刹などを訪ねるが、清国政府が経営する外国語学校である「廣東同文館日本語教授」の長谷川雄太郎などを引見している。

 じつは内地旅行を予定していたが、当時は旧暦の12月末に当り「海賊の出没多く、舟行危儉にして現に數日前、彼地に向へる汽船」が海賊に襲われたこともあり、「直に香港に歸航するに決」した。

 当時の広州は「商運大に進歩し、貿易日に盛」ん。「人口二百五十萬と號す」が「日本人は僅に三十名」。「一般の風俗剽悍にして亂を好み。無頼の惡徒群を爲して往々良民を害するに至る」というから、経済は?栄している一方で、ゴロツキが徒党を組んで一般民衆をクイモノにしていたということだろう。ここで「無頼の惡徒」を「きょうさんとうかんぶ」と読み替えたら、21世紀初頭の現在と大差ないともいえそうだ。やはり“民族の伝統”は不滅のようだ。

 11日、上海着。早速、「小田切總領事來訪、次で本邦人十數名の來訪あり、(在上海の)大谷派別院輪番佐野即悟次で亦來る」。次いで「杭州學生監督香川?識學生數名を率て來り諸事を斡旋せり」。ということは、すでに大谷派は上海に、西本願寺は杭州にと浄土真宗両派は布教のために関係者を派遣していたということか。

 14日に郊外の「加特利克教會の寺院竝に孤兒院を訪ふ」。10数名のフランス人宣教師が常駐しているとのことだが、彼らは「服装辮髪全く支那風に粧ふて、自在に支那語を操れり」。礼拝堂、教室、図書館、孤児院などの諸施設があるが、「圖書館の設備は就中最完全せるが如し、洋書は勿論大抵の漢書は之を貯蔵せり」。「孤兒院には未就業の孤兒百餘名あり、支那人の牧師を以て保護監督と爲せり、人誰か一見して其忍耐の堅固なるに驚かざらん」。かくして「一行參觀の際無限の感慨を發せり」。

 ところで日本は日清戦争後、李鴻章など清国側要人の要請を受け軍事顧問(正式名称は「清国応聘将校」)を送り込んでいるが、これが陸軍における中国情報専門の支那通を養成するコースの1つとなっていく。1902年に陸軍大臣は?日本の対清国政策における重要な柱である清国軍政改革に努めよ。?日本の実力を扶植することに努めよ。?任地での情報収集に努めよと訓示しているが、加えて清国在住の外国人を刺激しないよう極力留意し、自らの身分を公言せず、軍服を避け支那服を着用するよう勧告している。

 一行が上海郊外の教会で出会った時、フランス人宣教師は「服装辮髪全く支那風に粧ふて、自在に支那語を操れり」というから、すでに相当の期間を上海で過ごしていたと思われる。いわば我が陸軍大臣訓示より早い時期から、フランス人宣教師は現地社会に溶け込んでいた。フランスがそうならイギリスもロシアもドイツも、ましてやアメリカだって日本に先行していた・・・やはりインテリジェンス面でも日本は大いに出遅れていた。
《QED》
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 宮崎正弘の新刊案内 http://miyazaki.xii.jp/saisinkan/index.html
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新刊予告。
宮崎正弘『トランプノミクス  日本再生、米国・ロシア復活、中国・EU沈没』
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  1月14日発売予定。海竜社 240ページ、予価1000円(+税)
  http://www.kairyusha.co.jp/ISBN/ISBN978-4-7593-1518-9.html

  アマゾンの予約募集、まもなく開始されます。(都内主要書店は1月12日発売)
 ――アベノミクスとトランプノミクスの両輪で世界経済を牽引できるか
 ――トランプラリーはいつまで続くか?
 ――トランプ外交の対中敵視政策は本物か、すると、どうなる日中関係?
 ――中国とEUは、これで沈没してしまうのか?
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 読者の声 どくしゃのこえ READERS‘ OPINIONS 読者之声
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 (読者の声1) 貴誌5153号(読者の声:松戸の老人様)。小生の拙文をご検討いただきありがとうございます。
 AIの急速な進歩を目の当たりにするにつけ、AIとの競争、勝ち・負けばかりに目が行きがちですが、成程、おっしゃる通り八百万の神々が坐すわが国ジパングでは共存の道が可能なようですね。
ひとまず安心しました。外国映画に多く見られるような殺伐・荒廃した未来になるのは御免です。
確かに、自然に対し崇拝と畏敬の念を持つわが国の技術者でなければ共存の途は探れないかもしれません。この問題は、技術者だけとかOB/現役の区別なく智慧を絞らねばならない課題ですね。
    (GV2)



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(読者の声2)中国の高速鉄道、昨年末には昆明〜貴州省貴陽間が開通、上海まで2252kmを11時間で結ぶ予定だとか。
どこまで赤字路線をつくり続けるつもりなのか呆れるしかありません。高速鉄道の新年のニュースは上海から北京南駅に到着した列車がPM2.5のせいで車体が埃まみれ。駅では清掃のおばちゃんがモップで拭いていますが焼け石に水。
http://japanese.china.org.cn/life/2017-01/04/content_40038440.htm

 次に高速鉄道の車庫での洗浄の様子が笑えます。
大きなモップで手洗いする写真が8枚。
http://japanese.china.org.cn/life/2017-01/05/content_40045686.htm

 台湾の高速鉄道も日本製の洗車機は高いからと導入せず埃っぽいと思いましたが、その後日本の技術が導入されずいぶんきれいになったようです。
http://www.ns-jcw.co.jp/taiwan_highspeed_rail.html
中国がこのレベルに達する日が来るとは思えませんね。
  (PB生、千葉)
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