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 評論家の宮崎正弘が独自の情報網を駆使して世界のニュースの舞台裏を分析

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宮崎正弘の国際ニュース・早読み(「失望」発言はいったい誰が?)

発行日:12/28

★小誌愛読者20830名! 
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「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」 
平成25(2013)年12月28日(土曜日)貳
       通巻第4103号 
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 安倍首相の靖国参拝に「失望」した米大使館声明に「失望」した
  本国のエンドースはあったのか、国務省は正式な追認をしていない
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 どうやらケネディ大使の「暴走」ではなかったか?
 首相の靖国参拝に「失望」(disappointted)という語彙を用いること自体、外交儀礼を書いている。友好国に用いるべきではなく、外交の素人としか言いようがないのが、今回の米国大使館の声明だった。

 ワシントンの本省ではサキ報道官が「在日大使館の声明を読んでください」と言っただけで、公式的に声明を追認していない。ホワイトハウスは沈黙したままである。
 
 こうみてくると先の参拝批判はケネディ大使の暴走ではないのか。もとより外交にずぶの素人を送り込んできたオバマ政権、同盟国への配慮が足りないようである。
       ★★
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 ◆書評 ◇しょひょう ▼ブックレビュー ◎BOOKREVIEW◆ 
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 靖国神社参拝は日本人の宗教的感情と行為であり、これを批判するのは
  ウェストファリア条約に違反した野蛮国がなすこと、軽蔑するほかはない!

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渡部昇一『自立国家への道』(到知出版社)
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 どうも、この本が安倍首相をして靖国神社参拝を決断させたのではないか。渡部氏は、しきりに安倍首相に「ガッツをもて」と説いておられるうえ「日本を間違った方向へ導いてはならない」と警告している。
「他国の宗教に介入するのは野蛮国である」とする基調で貫かれている本書は、ウェストフェリア条約の基本精神を演繹されている。
すなわちヨオロッパは十七世紀の宗教戦争の結果、1648年にウェウストファリア条約の成立をみたが、これは「他国の宗教に介入してはならない」と規定している。
「以後、先進国はこの規定を守り、内政に干渉することはあっても宗教には一切干渉することはなくなった」
しかるに最初に条約をヒトラーがやぶり、ついでマッカーサーが規定を無視して日本に神道指令を押しつけ、「戦勝の勢いに乗って靖国神社を焼き払おうとした」
こともあった。
「三つ目のウェウストファリア条約違反は、いまの中国と韓国による靖国参拝批判だが、これは野蛮国のすること」だとされる渡部氏は、韓国をさらに批判して「歴史認識にすり替えている」と分析される。
「靖国神社問題は純粋に宗教の問題です。先祖、先人の霊を慰め供養するというのは、長い歴史と伝統によって培われた日本人の宗教的感情であり行為です。国のため命を捧げた人々を慰霊する靖国神社参拝は、この日本人の伝統的宗教感情の発露に他なりません。中国と韓国の剥きだしの対日批判は、日本人のこの宗教行為に手を突っ込み、伝統を破壊しようとしている、ということです。こういうのを野蛮というのです」
 したがって、「こういう国は軽蔑する他はありません」と論旨明快にして日本の対場をあざやかに代弁した快著である。

       ◇◆◇
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(年末年始休刊のお知らせ)小誌は明日から年末年始休刊となります。再開は四日から。
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(編集部から)本年のご愛読、有り難う御座いました。よいお年をお迎え下さい。
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 読者の声 どくしゃのこえ ERADERS‘ OPINIONS 読者之声
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(読者の声1)12月26日に奇しくも日中両国の首脳がそれぞれの「記念碑」に参拝した。片や中国では集近平らが毛主席記念堂を訪問し、自国民を大量殺害し、大量餓死させた毛沢東の「遺体」を参拝。
一方、日本では安倍首相が靖国神社を訪問し、自国民を殺害などしていない皇軍の「英霊」に参拝。
宗教を否定する即物的共産主義イデオロギーの国では英霊が存在せず「遺体」を参拝するほかないが、わが国は八百万の神々を尊崇する伝統的に神の国である。日本では人が死ねばその霊は神か仏となり子孫を護ってくれるのである。子孫がその霊に参拝し尊崇の念を表すことは日本人として伝統に則った当然の行為であり、他国からとやかく言われる筋合いは全くない。
ユダヤ教、キリスト教、イスラム教といった独善的一神教が誕生する以前の人類は全てアニミズム信者だったのである。キリスト教が先進のものという欧米の視点から、アニミズムを原始的な未開社会のものであるとする観念は欧米のキリスト教優越主義という傲慢さの根源である。
日本人は無宗教という誤った観念が日本人自身の中にさえ存在するがそれは間違った思い込みである。日本人は独善的一神教信者ではなく、古来の普遍的で博愛的なアニミズムという宗教の信者なのである。
アニミズムは決して卑下すべき宗教ではなく、むしろ誇るべき博愛主義の宗教として宣揚すべきと考える。
戦場で武運つたなく斃れた兵士の霊が神として靖国神社に祀られ国民から尊崇される、こんな素晴らしい国が日本のほかにあるだろうか。
シナ人や朝鮮人は霊を祀ることが出来ない哀れな人間たちとして憐憫を禁じえない。
首相の靖国参拝をとやかく非難したがる人間は、今やシナ人や朝鮮人、一部のアメリカ人だけである。安倍首相はこれからも何度でも靖国神社を参拝すればよい。非難する連中もそのうちバカらしくなって何も言わなくなるだろう。
(ちゅん) 


(宮崎正弘のコメント)なぜか脈絡もなく、徳富蘇峰が「水戸学」を「イスラム」と酷似していると比喩したことを思い出しました。
ところで天安門広場にある毛沢東記念館に眠る毛沢東のミイラですが、どうやら蝋人形という説が浮上しています。



  ♪
(読者の声2)安倍首相の靖国神社参拝に際し、在日米大使館の「日本の指導者が近隣諸国との緊張を悪化させるような行動を取ったことに失望している」という声明は、アメリカは中韓に対して、対日緊張を激化せよとの信号だと受け止めます。
尖閣を巡っての軍事衝突を誘発させれば、来年度の日本の膨大な予算からアメリカ製兵器を大量に買わせることになります。巨大な赤字を抱えるアメリカが輸出できるのは映画と兵器しかありません。
元来、中国は戦争大好きの悪の国家です。内モンゴル・ウイグル・チベットを侵略占領して民族をおぞましい方法で拷問し大量虐殺し、旧ソ連・インド・ベトナムとも何度か戦争をしてきました。私の記憶では、中国国防大学副学長が尖閣を巡っての学内講演で、「国際条約も歴史事実も関係ない、力で奪うだけだ!」などと発言しています。
死刑囚を数人小船で尖閣に接岸させ、中国民救出の名目で中国軍が続けて上陸し居座るという作戦も考えられるとか。尖閣も日米安保の対象だとしても、アメリカは議会の承認が無ければ軍事出動できません。ずるずると時間稼ぎです。
中国の最大の弱点は13億5千万という目もくらむ人口であり、戦争で例え半分に減っても中国共産党にとってはもっけの幸いかも知れない。
逆に人海戦術で他国に平和裏に侵入させ内部から侵略させる手段も講じています。現にアフリカにはすでに200万人(名古屋市の人口に匹敵)も中国人が送り込まれて、日本にもかなり浸透が進んでいるようです。
中国は尖閣を「核心的利益」と公言し、沖縄も中国領だと言って憚りません。
以前から核ミサイル百基の照準を日本の各市に合わせています。評論家の石平氏(北京大学哲学部卒、日本に帰化)は、日本は一日も早く核武装すべきだと力説しています。事実上、中国は日本に宣戦布告をしている状態です。
日本としては、中国軍を対日に向かわせる前に中国国内に内乱動乱反乱を誘発させ、中国を大混乱に陥れるという謀略を試みるべきかと。
(寺本生)
 

(宮崎正弘のコメント)日本が何もしなくとも、中国共産党王朝はもう断末魔です。石平さんと小生の対話『2014年の中国を予測する』(ワック)をご参照下さい。
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(年末年始休刊のお知らせ)小誌はカレンダー通りに年末年始は休刊となります。12月29日から1月3日まで休刊とし、1月4日から再開の予定です。
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宮崎正弘のホームページ http://miyazaki.xii.jp/
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(C)有限会社宮崎正弘事務所 2013 ◎転送自由。転載の場合、出典を明示
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  1. コリアン(朝鮮民族、韓国人・北朝鮮人)が認めたがらない歴史的事実一覧(コリアンは歴史を直視せよ)




    ・稲作が九州から朝鮮半島に伝わったこと
    ・唐辛子が日本から朝鮮に伝わったこと(足袋(たび)に入れて足を温めるものとして朝鮮半島に持ち込まれたのが唐辛子)
    ・半島南部の先住民が日本人(倭人)であったこと
    ・新羅の建国時の宰相が日本人(倭人)であり、王家の二つが倭人系統であること、また始祖の朴赫居世についても日本人説(倭人説)があること
    ・百済、新羅が大和朝廷に対し従属的地位にあったこと
    ・大和朝廷による任那(伽耶)地域の支配があったこと(半島南部における多数の前方後円墳の存在)
    ・朝鮮半島における文化的独自性が欠落していること(あらゆる分野での古典の不在)
    ・属国として歩んできた歴史であること(漢民族・モンゴル民族・満洲民族のどの民族からも朝鮮民族は格下扱いされてきた)
    ・中国の属国になってから、みずから改名して、中国語の姓名であること
     ・秀吉の朝鮮出兵が日本と明の戦争であったこと(李氏朝鮮の軍は明の軍の指揮下に入り、和平交渉も日本と明の間で行われた)
     ・李氏朝鮮が、中国の地方長官の地位でしかなかったこと
    ・清から、李氏朝鮮が琉球とベトナムよりも格下に扱われていたこと
    ・李氏朝鮮の前の高麗では、元の命令で、王妃が代々モンゴル人であり、モンゴル人の母親から生まれた息子しか国王になれなかったこと
    ・朝鮮半島の国が、歴史上一度も、単独では戦争に勝ったことがないこと(朝鮮民族と組んだ国も戦争に勝てない。高麗と組んだ元の元寇、大韓帝国を併合した大日本帝国の大東亜戦争)
    ・朝鮮民族が雑多な民族の集まりであること
    ・ハングルで表記できない発音がいくつもあること
    ・チマチョゴリが、子を産んだ女性は胸を露出して着る服であったこと
    ・朝鮮半島に唐辛子が広まったのは、塩が手に入らないから、塩の代わりの調味料だったこと
    ・李氏朝鮮の時代に、木を丸くする技術がなくて、二輪車がなかったこと
    ・秀吉が朝鮮に出兵した時に、秀吉側について明と戦った朝鮮人がたくさんいたこと
    ・馬に乗って戦っている倭寇がいて、日本人じゃない倭寇がいたこと
    ・日本に文明を教えてあげたと主張する王仁博士の出身地に、王仁博士の一族の末裔も王という姓の人もいないこと
    ・竹島が古代から一貫して日本の領土であったこと
    ・テーブルで肉を焼く料理法は戦後、日本から韓国に伝わったこと
    ・文盲だった朝鮮人にハングルを教えることにしてハングルを広めたのは日本人であること
    ・高麗の時代には、済州島は元の直轄地で、元の領土だったこと
    ・朝鮮戦争前はむろん、朝鮮戦争後もずっと、韓国人は白米を常食にできなかったこと
    ・朝鮮半島の国は中国の国に朝貢するにも朝貢する文物がないので女性を献上していたこと
    ・大韓帝国(李氏朝鮮)の外国からの莫大な借金を、日本が代わりに支払ってやったこと
    ・大韓帝国(李氏朝鮮)の李王家の帰国を大韓民国(韓国)が拒否しているし、大韓帝国と大韓民国は異なる国であるので、現在の韓国人に大韓帝国併合のことは言及できないこと(現在の韓国人は大韓民国人)
    ・2000年近い朝鮮半島の歴史の中で、朝鮮半島を統一した独立国家としての歴史は、936年から963年までの高麗の27年間と、1895年から1910年までの李氏朝鮮(1897年から大韓帝国と改称)の15年間しかないこと
    ・朝鮮という国名にしたのは明だが、他国に自国の国号を決めてもらった世界にただ一つの国であること
    ・百済と新羅の時代に朝鮮半島に住んでいた日本人が文明人として他の民族から尊敬されていたこと
    ・百済と新羅から帰化した人からの朝鮮語の伝搬が見られないことから、帰化人とは朝鮮半島に住んでいた日本人であったこと(帰化人を渡来人というのは誤り。文字通り帰ってきた人達。朝鮮半島からの帰化人は引き揚げ者)
    ・昔から今まで常に日本列島が朝鮮半島よりも文明文化が進んでいたこと
    ・済州島には朝鮮民族とは別の言語・風習を持っていた、朝鮮とは別の民族が住んでいたにもかかわらず、済州島を併合してしまったこと
    ・1948年に、済州島の民族を大虐殺したこと
    ・済州島の民族の言語とアイヌ語に共通な語があって、済州島には日本列島と同じ民族が住んでいたこと
    ・元寇の兵の大半は高麗人(朝鮮民族)だったこと(韓国では元寇を元の「日本征伐」としていて、高麗人が元寇の主力兵だったことを教えていない)
    ・民族が到達しやすくても脱出しにくいのが半島だが、そもそも朝鮮半島には日本人が住んでいて、後から別の民族がやってきて、それが朝鮮民族になったと考えられること
    ・民族は敵性民族がいなければ暖かい所に移動するので、朝鮮半島の朝鮮民族は北のほうから南下してきたと考えられること
    ・朝鮮民族が南下してきたといっても単一の民族としてではなくて、満洲民族、モンゴル民族、漢民族、北方のツングース民族等が南下して朝鮮民族になったと考えられること
    ・韓国では中国を親の国、韓国を兄の国、日本を弟の国だと教えているが、それ自体が韓国の属国思想であること(日本は独立国だったので、そういう発想がない)
    ・宦官制度が新羅の時代から1894年の甲午改革で廃止されるまであって、去勢された男子の宦官がいたこと
    ・朝鮮民族は漢民族・満洲民族・モンゴル民族に従属していて格下の民族とされていたこと
    ・清朝の冊封体制の中で李氏朝鮮の地位は低く、朝鮮使臣のみが丸首の衣で歩いて裏門から入ったこと(朝鮮使臣のみが礼服と籠に乗ることと正門から入ることを禁じられていた)
    ・昔の李氏朝鮮の大極旗には清国属国旗と記されていること
    ・遣隋使、遣唐使、日明貿易の時代にも朝鮮を通さずに日本は交易していること
    ・李氏朝鮮の時代も、水田の灌漑施設がなかったこと
    ・1000年にわたる売春立国であること
    ・遣隋使、遣唐使、日明貿易はあったが、遣高麗使、遣朝使のような朝鮮半島との貿易はなかったこと
    ・朝鮮の漬け物の発祥地は中国の重慶であること
    ・高麗の青磁は中国の殷が起源、李氏朝鮮の白磁は中国の北斉が起源であり、どちらも朝鮮半島の発祥の文物ではないこと
    ・日本の歴史は事実・真実のままで世界に誇れる立派な歴史であること(歴史を偽造する韓国に配慮して日本の教科書を記述することなどとんでもないことである)
    ・韓国の教科書には「〇〇を日本に教えてあげた」という記述が山のようにあるが、そのすべてが偽造・ねつ造であること(韓国は、日本発祥のものでさえ教えてあげたと記述する傲岸不遜な国。教えたも問題だが、教えてあげたという表記は無礼千万)
    ・朝鮮半島発祥の文物で日本に影響を与えたものは一つもないこと(朝鮮民族がいなくても日本の文明文化は発展していた)
    ・朝鮮半島に存在しないDNAの稲が日本だけにあること(稲作は中国雲南省あたりから海路で九州に伝わったから)
    ・新羅も百済も日本(倭国)のことを文化大国として敬仰していたこと(朝鮮半島初の統一国家である新羅の基礎づくりを指導したのは日本列島から渡ってきた日本人(倭種)だった。「第四代新羅王の解脱(タレ)は、倭の東北一千里にある多婆那国の生れ」(三国史記新羅本記)、多婆那(タバナ)国は、丹波、あるいは但馬と考えられている)
    ・日本国は九州北部と朝鮮半島にまたがっていたこと(鉄資源を採取するための拠点が朝鮮半島南部にあり、そこから南が倭国(日本)と認識されていた。「韓は帯方郡(魏の直轄地・現ソウル付近)の南にあり、東西は海、南は倭と接す」「倭に至るには(海岸に沿って水行し韓国を経て、あるいは南し、あるいは東し)その北岸、狗邪韓国に至る。(そこから)はじめて海を渡ること千余里、対馬国に至る・・」(魏志「韓伝」および「倭人伝」)
    ・日本は朝鮮半島南部の拠点を通じて、1世紀ごろには中国大陸と直接交流していたこと
    ・戦前の朝鮮史研究では、新羅4代王が日本列島の出身者であることなど常識であったこと
    ・新羅16代の王のうち半数が日本人であったこと(半島古史研究で基本資料とされる『三国史記4』(東洋文庫)に全文間違いの訳注がある。日本人(倭種)は4代目のみとする訳注を書いたのは韓国人の鄭早苗)
    ・新羅と百済の同時代の『唐書』に、「新羅も百済も倭国(日本)を大国として敬仰している。それは倭国には優れた品々が多いためで、常に使節が倭国に赴いている」との記述があること
    ・日本の皇室が世界で一番古い家系であること
    ・青森県の大平山元遺跡が「世界最古」の遺跡であること
    ・日本の神道のような信仰は世界中にあったが、今は日本にしか残っていないこと
    ・日本の前方後円墳は3世紀に出現したが、朝鮮南部の栄山江から発見された前方後円墳は5〜6世紀のものであること(日本人が朝鮮半島に住んでいた証拠であると知った韓国人は朝鮮半島の前方後円墳を爆破した)
    ・百済では1世紀になって初めて稲を作るべしとの王令が出たこと
    ・日本の農業用語に朝鮮由来の言葉がないこと(朝鮮から伝来していないから)
    ・日本書紀が書かれたのは8世紀だが、朝鮮の三国遺事が書かれたのは13世紀であり、日本の神話が朝鮮の神話よりも古いこと(日本の神話が朝鮮の神話を真似たというのは嘘。朝鮮神話が5000年前の熊太郎(檀君)神話を実話として教科書で教えているのは荒唐無稽)
    ・朝鮮が属国だったから、朝鮮からの使節が外交使節でなく朝鮮通信使とされたこと
    ・現在ソウルの城門のあった場所には「独立門」というものが建てられたが、昔その場所には『迎恩門』という門があり、それは「朝鮮王が9回頭を地面に叩きつけて擦りつけ、ひれ伏して清の使者を迎える」という・屈辱的な隷属の象徴の門だったこと
    ・朝鮮国王は 中国の王朝の皇帝によって任命されたこと 
    ・朝鮮国内の事件は全て皇帝に報告しなければならなかったこと 
    ・朝鮮国王の地位は、中国の王朝の廷臣よりも下だったこと 
    ・朝鮮政府には、貨幣の鋳造権すら与えられてなかったこと
    ・朝鮮政府には清国への食糧、兵士提供の要求権もなかったこと 朝鮮は清国に細かく定められた貢品を出す以外に、毎年、牛3000頭、馬3000頭、各地の美女3000人を選り抜いて貢がなければならなかったこと
    ・新羅が日本の属国であって、新羅の王子が日本に人質にとられていたこと
    ・白村江の戦いとは、日本の属国から唐の属国になって寝返った新羅をめぐっての、日本と唐の宗主国同士の争いであったこと
    ・ハングルが日本の阿比留文字の真似であること
    ・朝鮮通信使が、朝鮮の王から、日本から技術を学んでくるように言われていたこと
    ・併合前の大韓帝国がアジア最貧国だったこと(1910年のインドよりも、1910年の朝鮮半島は貧しかった)
     ・李氏朝鮮の王の即位の年には、「朝鮮国、権署国事、臣李某」から始まり、「国事をかりに処理する臣下の李」と、李氏朝鮮の王から清への書状に書かれていたこと
    ・「朝鮮」とは朝貢物の少ない国という意味であること(鮮は少ないという意味)
    ・現在の朝鮮民族と古朝鮮とは民族の連続性がないこと(現在確認されている朝鮮古語は180語しかない)
    ・満州国国歌を韓国国歌にしていること
    ・李氏朝鮮が男尊女卑の社会であって女は子を産む存在でしかなかったこと
    ・韓国は東北から北海道の緯度にある寒冷地帯であって、南方の食べ物である稲が育つはずがなくて、1980年代まで韓国人は雑穀を食べていたこと
    ・朝鮮半島には価値ある文化、富や食、豊かな土地などまったくなかったという理由で、中国の王朝が朝鮮半島を自国領にしなかったこと
    ・トンスル(人糞酒)があること(犬、猫、鳩の糞の酒もある)
    ・百済時代には、百済を含めた朝鮮半島の南部から中部まで日本の文化圏だったこと
    ・遺伝子(DNA)鑑定によれば、現在のコリアンの多くが北方系民族で、日本人の系統とはまったく異なること
    ・朝鮮半島の歴史上、最も繁栄したのが日韓併合時代であったこと(インフラが整備され、人口は倍増、学校が作られて教育水準も上がった)
    ・病人のまねをする病身舞があったこと
    ・戦後、障害児を海外に養子に出して捨てていたこと
    ・朝鮮半島ではオルドス式銅剣もそれを製造する鋳型も見つかっていないこと(中国大陸と日本列島では発掘されている)
    ・朝鮮半島では大陸性の青銅ナイフが見つかっていないこと(日本では見つかっている)
    ・朝鮮は外部世界と隔絶した秘境で、文化がなかったこと
    ・朝鮮半島には布を染色する技術がなくて、住民は色落ちした白い服しか着れなかったこと
    ・高句麗が、日本を格上の国として、日本に朝貢していたこと
    ・高句麗も渤海も朝鮮民族の国とは言えないこと
    ・李氏朝鮮の李氏が満洲民族だったこと(韓国が李氏朝鮮の初代の李成桂の歴史ドラマを作らないのは李成桂が満洲人だから)
    ・父親の大便を息子がなめて健康を見るのが孝行息子とされていたこと
    ・明の皇帝の衣装が龍9匹、皇族が8,7匹、大臣級が6,5匹、地方の役所の長が4,3匹なのだが、朝鮮王は龍3匹の衣装だったこと(龍3匹の衣装にも赤と青があるが、格下の青い衣装だった)
    ・李氏朝鮮には1882年まで国旗がなかったこと(属国だったから)
    ・李氏朝鮮の首都の漢城(現在のソウル)に、道路すらろくになかったこと
    ・鼻が曲がりそうな糞尿の悪臭が朝鮮半島全土をおおっていたこと
    ・家が竪穴式住居に近いものであったこと
    ・朝鮮では中国の貨幣を使用していたが、庶民には流通せず、庶民は5日おきに開かれる市場で物々交換していたこと
    ・李氏朝鮮時代に、性的奉仕を行う「妓生キーセン」がいて、身分は奴婢であって、妓生こそが性奴隷だったこと
    ・大韓帝国併合時、朝鮮に公立学校は約100校しかなかったが大日本帝国が1943年までに4271校まで増やしたこと(それらは当時日本列島にもなかったコンクリートやレンガ造りの三階建て校舎などだった)
    ・韓国は高句麗と渤海を朝鮮民族の国としているが、高句麗は日本を兄の国として外交使節を送ってきて、高句麗の後の渤海は日本を「父の兄、伯父(おじ)」の国として外交使節を送ってきていたこと
    ・キムチが人糞を混ぜて発酵させる食品だったこと(人糞の臭みを消すために唐辛子をどっさり入れた)
    ・キムチに使われる白菜も日本から伝わったこと(大正時代に名古屋の野崎徳四郎が栽培に成功した)
    ・役人が薪にするため柱を切ってしまうので、持っていかれないように、柱に人糞を塗ることがあったこと
    ・李氏朝鮮の李氏は明・清の後ろ盾で朝鮮王を名のっていただけであり、朝鮮半島は実質は無主地だったこと
    ・大日本帝国の民間銀行「第一銀行韓国総支店」が1902年に第一銀行券を発行したが、それが韓国で初めての紙幣であったこと
    ・男尊女卑で、女性は男性の食べ残しを食べていたこと
    ・ハングルは表音文字なので、「放火」と「防火」が同じ、「素数」と「少数」が同じ、「祈願」と「起源」が同じになってしまうこと
    ・李氏朝鮮・大韓帝国に鉄道がなかったこと
    ・李氏朝鮮・大韓帝国が禿山ばかりだったこと
    ・キムチがもともと中国の酸菜(冬季用の漬物)が三国時代に韓国に伝わったものである(白いキムチ)と中国最古の詩篇「詩経」に記載されていること(それに唐辛子を加えたのが今の赤いキムチ)
    ・李氏朝鮮・大韓帝国には2階建ての建築物がなかったこと(外国人の建築物を除く)
    ・英語その他のヨーロッパ語の辞書が作られたのは日韓併合後であったこと
    ・朝鮮人小学校の年間平均学費が1人7円30銭であったのに対し、日本人小学校の年間平均学費が平均40円であったこと(日韓併合時代、日本は朝鮮人を優遇していた)
    ・大日本帝国軍の将校であった多くの韓国人が創氏改名をしなかったこと(もし創氏改名が強制されたものであったとしたら、朝鮮半島出身の将校こそ、手本を示すために創氏改名させられたはず)
    ・李氏朝鮮518年、日韓併合時代、1945年以後の南北分裂時代の3つの時代を比較して、もっとも人命が尊重されて人口が増えたのは日韓併合時代だったこと
    ・朝鮮の残虐な刑罰を廃止したのは日本政府であったこと
    ・大韓帝国併合を要請したのは大韓帝国側であったこと
    ・車輪を作れなかったので、李氏朝鮮・大韓帝国には馬車・牛車・人力車、農業用の水車がなかったこと
    ・朝鮮民族には入浴する習慣がなかったこと
    ・朝鮮半島の諸国が日本の管轄下にあったことを南宋の順帝が公式に認めていたこと(宋書は、倭王・武の順帝宛上表文の「海を渡って平らげること95ヶ国)を認め、順帝から「武を使特節都督倭・新羅・任那・加羅・秦韓・慕韓六国諸軍事、安東大将軍、倭王に叙した」とする)
    ・広開土王碑文には「391年、倭が百済と新羅を破り臣民とした」とあること
    ・鉄の産地は主に新羅地域だが、隋書に「日本人(倭人)が鉄を採掘している、という『韓伝』の転載」があること
    ・752年の奈良大仏開眼供養には、アジア各国からの参列者があって、日本の勢力は隆盛だったこと(導師はインド出身の僧菩提僊那で、従者には胡人(イラン人)も混じり、日本、唐、高麗の楽舞が大仏に奉納された。1万数千人もの参列者の名簿が正倉院文書にある)
    ・百済の時代に、日本に70近くの国分寺、国分尼寺が建立されていたこと(仏教が百済から伝わったというのは嘘)
    ・野糞が普通だったこと(どの道も糞尿だらけだった)
    ・少女キーセン(性奴隷)がいたこと
    ・私有財産が保障されていなかったこと
    ・大韓帝国併合後は、洪中将、金少将など、朝鮮人を分け隔てなくして、日本人兵士に対して命令できる軍の高位に抜擢したこと
    ・朝鮮の女性には名前がなかったこと
    ・平均寿命が24歳だったこと(大韓帝国併合後には平均寿命が56歳に上がった)
    ・朝鮮人女性の性奴隷を禁止したのは大日本帝国政府であったこと
    ・現代の朝鮮民族の風習がロシアのエヴェンキ族に酷似していること(古代の朝鮮とは別の民族)
    ・朝鮮には木を丸くする技術がなかったので桶(おけ)も樽(たる)もなかったこと
    ・朝鮮民族は犬を食べるが、時間をかけて犬を苦しめて殺していたこと
    ・元寇の兵士の大半が朝鮮民族だったが、占領した対馬の住民に対して、男は皆殺し、女は掌に穴をあけて縄を通して船につるしたこと(日本兵が矢を射られないようにした)
    ・在日韓国籍コリアンの多くが、戦後、済州島から日本に密入国してきた人であること(戦時中の強制連行どころか、戦争が終わって大韓民国ができてから自分の意志で日本に来た)
    ・韓国語に「おもいやり」の単語がないこと(韓国人は「人をおもいやる」ことがないから)
    ・朝鮮半島は、ソウルでさえ浮浪者が集落を作っているに過ぎず、何の文明もなかったこと
    ・朝鮮半島は「羅生門」の時代よりも悲惨な状態だったこと
    ・朝貢が少ないと文句を言う清王朝の機嫌をとるため、収穫物・生産物のほぼすべてを両版(リャンバン)が収奪していたこと
    ・1910年の時点で朝鮮の住民の94%が文盲だったこと(ハングルも読めなかった)
    ・対馬の領土化を狙った李氏朝鮮の対馬侵略が1419年の「応永の外寇」だが、対馬の守護や主力兵が不在の時期を狙って17285人の軍勢を対馬に侵攻させたにもかかわらず、対馬の留守を預かる600人程度の日本の武士に李氏朝鮮が10日ほどで完敗したこと(戦死者が日本20人、朝鮮2500人以上)
    ・「応永の外寇」の結果、対馬が日本であることを李氏朝鮮が再確認させられたこと
    ・李氏朝鮮が対馬に朝貢していたこと(李氏朝鮮は明治になるまで、毎年大量の米、麦、野菜などを対馬に献上していた)
    ・大日本帝国は1895年に台湾を、1910年に朝鮮半島を併合したが、1910年の朝鮮半島が1895年の台湾よりも非文明地域だったこと
    ・創氏改名を要請したのは朝鮮人の側だったこと(朝鮮民族は漢民族・満洲民族から格下扱いされていたので、日本名を名乗って日本民族を詐称することを朝鮮民族が望んだ)
    ・伊藤博文を暗殺したのは安重根ではなかったこと
    ・秀吉が朝鮮から連れてきた陶器職人を、江戸時代に家康が朝鮮に帰してあげようと言ったところ、全員が断ったこと(日本の暮らしのほうがずっと良かったから)
    ・李氏朝鮮は清の属国だったが、清に日清戦争で勝って李氏朝鮮を独立させたのが大日本帝国であること(李氏朝鮮の宗主国・清に勝った国を弟の国と呼ぶのは支離滅裂)
    ・李氏王朝を廃止したのは李承晩(韓国初代大統領)だったこと(李氏王朝は大韓帝国併合後も存続していた)
    ・鑑真も空海も最澄も東シナ海を渡ったこと(朝鮮半島を経由しなかったのは、朝鮮半島に立ち寄ると物資が略奪されるから)
    ・朝鮮人は、日本と中国大陸の文化伝来の邪魔をしていたこと(朝鮮半島を経由できていれば、東シナ海でたくさんの日本の船が沈没することはなかった)
    ・朝鮮の王朝が、1400年代まで対馬や九州北部に数十回も侵略しようと兵を送っては撃退されていたこと
    ・江戸時代の朝鮮通信使が市中で鶏を盗んだりして町人に嫌われていたこと
    ・対馬が日本神話に出てくる古代からの日本の領土であること
    ・朝鮮半島には武士階級がいなかったこと(武道で心身を鍛えることがなかったのが朝鮮民族)
    ・中国の王朝に朝貢していた越南(ベトナム)、琉球(沖縄)、朝鮮の中で、朝鮮だけが属国扱いされていたこと
    ・大日本帝国が1924年に京城帝国大学(ソウル大学の前身)を設立したこと(植民地ではなかった証拠。欧米は植民地には小学校すら作らなかった)
    ・朝鮮名のままだと商売がやりにくいという(名目での)朝鮮人の訴えが多かったので、内務省が創氏改名に踏み切ったこと(判子をついた元内務官僚の元自民党衆議院議員の発言がある)
    ・李氏朝鮮は清に美女3000人を毎年献上していたので美女が減っていったこと(美女から生まれる男子も減っていった)
    ・竹島どころか、竹島と朝鮮半島の間の鬱陵島(ウルルン島)も江戸時代の1618年から1696年まで日本の領土であったこと
    ・朝鮮王が清国皇帝に奉呈した貢文に清国皇帝が気に入らない言葉が1つあっただけで、朝鮮王は銀一万両を罰金として払った上に、年貢への見返りを3年間停止するという厳しい処罰を受けたこと
    ・李氏朝鮮のソウルには、芸術品がまったくなく、公園もなければ催し物も旧跡も寺院もなかったこと
    ・樽(たる)を作れなかったので、味噌も醤油も作れなかったこと
    ・朝鮮半島の民族が昔から今まで南と北で相当違っていること
    ・韓国で使われている漢字語の8割以上が日本製であること(ハングルの読み方で読まれたのが漢字語)
    ・李氏朝鮮では漢字を読めたのは男性貴族だけだったこと
    ・李氏朝鮮では両班、中人、常民、奴婢、白丁という順に厳しい身分支配構造が形成されていたこと(日本と違って、階級の移動がなかった)
    ・李氏朝鮮の商店には屋根も棚もなかったこと(李氏朝鮮では土の上に魚を置いて売っていた)
    ・李氏朝鮮で1400年代に王が命じた水車づくりが1700年代の朝鮮でも実現されていなかったこと
    ・下層民である奴婢は両班の一家の食べ残しを食べていたこと
    ・先の大戦では、日本の一部だったのだから敗戦国だし、独立戦争を戦ったわけでもないのに、戦後、朝鮮進駐軍と称して日本国民に乱暴狼藉の限りを尽くしたこと
    ・1965年の日韓基本条約締結時、日本側代表が「互いの財産を相殺すれば(韓国に残した日本の財産の方がはるかに多いので)そちら側が莫大なカネを払うのだぞ」と反論したこと
    ・日本固有の領土である竹島を不法占拠している韓国は、日本に対する侵略国であること
    ・対馬藩が朝鮮に租界地を有していたこと
    ・朝鮮が告げ口社会であり、それが今でも続いていること
    ・日本の歴史を歪曲することは「日本民族の魂」を歪曲することであること(韓国の外相が「歴史は民族の魂だ」と発言している)
    ・江戸時代の朝鮮通信使が日本に来て大きな川に橋が架かっているのに驚いたこと
    ・「歴史を忘れた民族に未来はない」という言葉は、自分の歴史書を売るために韓国人に向けて発言した韓国人の申采浩の言葉であること
    ・日本に、韓国に謝罪と賠償を要求する権利があること(高麗の皇太子が元の皇帝フビライに「日本は、いまだ陛下の聖なる感化を受けておらず。」と述べたことが、元寇への決定的な要因となった)
    ・元寇の主力先兵は高麗兵であり、指揮官の中でも好戦的だったのが高麗人だったこと(中国の正史『元史』にも、朝鮮の正史『高麗史』にも記述がある)
    ・壱岐・対馬に上陸した高麗兵の残虐行為からまだ1000年を経ていないのだから、韓国に謝罪と賠償を要求する権利があること
    ・「従軍慰安婦」はなかったこと(呉善花氏は韓国で生まれて26歳まで韓国で生活していたが、その間、村の女を軍や総督府の官憲が強制的に連行したといった話は一切耳にしたことがなく、呉氏がインタビューした植民地世代韓国人も「一人としてそのような様子を見たことも聞いたこともない」と言っている)
    ・大韓帝国が成立したのは大日本帝国が日清戦争に勝ったからで、大韓民国が成立したのは大日本帝国が敗戦したからであること(韓国人は日本人に足を向けて寝られない)
    ・戦後、一般の日本人を一番殺したのは韓国であること(島根県の漁民が犠牲になった)
    ・日本人の韓国嫌いは一時的なものではないこと(朝鮮人と知り合った日本人が朝鮮人嫌いになったのは昔からである)
    ・コリアン(朝鮮民族)を嫌っていたのは日本人だけではないこと(コリアンを知ったロシア人もコリアンを嫌った)
    ・朝鮮半島起源の文化が一つもないこと
    ・朝鮮には誇れる歴史がないので、歴史を創出しようとしていること(2010年の民主党政権時、宮内庁が保管していた「朝鮮王室儀軌」を50点だけ持っていく約束が他のも2000点も持っていった)
    ・昔から、困った時だけ日本に頼ってきたこと(秀吉の時代も、飢饉に苦しんだ李氏朝鮮に米を送っている)
    ・いくら日本人に嫌われても意に介せず厚顔無恥なこと(最近になって、日本の嫌韓に気が付いてきて驚いている)
    ・戦後、日本は、朝鮮人に帰国するように呼びかけて、朝鮮半島に帰国する朝鮮人のために何度も無料で船を出したこと(現在の在日韓国籍コリアンは自分の意志で日本にいる)
    ・大日本帝国が大韓帝国を併合した時に、ほとんどの朝鮮人が喜んだこと
    ・1945年から1990年にかけて、韓国軍の強制的な拉致・監禁で慰安婦にされた女性がいたこと(特殊慰安隊、ヤンコンジュ・洋公主と言われる韓国軍の従軍慰安婦)
    ・パク・クネ大統領の父親の朴大統領が韓国軍慰安婦問題の張本人であること(娘のパク・クネは、これを隠してごまかすために日本軍慰安婦だと嘘を触れ回っている)
    ・1910年の日韓併合時、総督府がそれまで朝鮮にはなかった戸籍の整備を始めたところ、非常に多くの朝鮮人が「日本名」で戸籍に登録する騒動が勃発したこと(1911年、総督府は朝鮮人を区別するため「改名禁止」の法令を出した)
    ・1939年、総督府が、朝鮮人の強い要望により「創氏改名」を発令したが、1940年に施行された時、朝鮮人の人口の80%の322万戸が自分の意志で日本風の氏を名乗ったこと
    ・日本名への改名は、朝鮮人の「姓」に、日本風の「氏」を追加しただけであったこと(従来の朝鮮人の「姓」は廃止も改名もされていない)
    ・中国への朝鮮人の入植が始まると、朝鮮人と中国人のトラブルが続発したこと
    ・中国各地での日本国籍を与えられた朝鮮人の道徳の無い行動が中国や世界でニュースに取り上げられてヨーロッパで反日宣伝の材料になったこと
    ・朝鮮半島で、朝鮮人に横暴な振る舞いをしたのは朝鮮人の下級補助員(補助憲兵、朝鮮人巡査、朝鮮人通訳)だったこと
    ・イングランドがスコットランドを併合したように大日本帝国が大韓帝国を併合したこと(植民地化ではなくて、併合であった)
    ・清に朝貢していたという事実からは、ベトナムと沖縄が韓国の兄の国になること(沖縄は日本の一部(県)だが、韓国からは兄の「国」になる)
    ・663年の白村江の戦い後、日本人が命からがら朝鮮半島から日本列島に帰ってきたこと(終戦直後の朝鮮進駐軍と同じ。朝鮮民族の民族性は変わらない)
    ・朝鮮人に温情を掛けると朝鮮人は自分が上だと勘違いすること(どの民族からも格下扱いされていた朝鮮民族を大日本帝国が対等に扱った結果、韓国は、韓国が兄の国、日本が弟の国なんてとんでもないことを言い出した)
    ・大日本帝国時代、朝鮮総統府の日本人全職員がハングルの辞書を持たされてハングルを勉強したこと(植民地ではなかった証拠。植民地なら現地語を学ばない)
    ・大韓帝国併合時代も朝鮮半島では盗み、こそ泥がひんぱんだったこと
    ・第二次世界大戦で、韓国は戦勝国ではないこと(それを戦勝国と偽って朝鮮進駐軍と名乗った)
    ・朝鮮半島南部は日本人(倭人)の拠点の1つとして開拓されたこと
    ・朝鮮民族の誕生は13世紀頃であること(明の属国になって半島外から異民族の血が混じることが無くなった時)
    ・小便で顔を洗っていたこと(清潔という概念が無かった)
    ・キムチに対応する漢字が存在しないこと(キムチの歴史はせいぜい70年以内である疑い)
    ・小便や糞が混ざっている水でも平気で飲んでいたこと(味噌も糞も朝鮮人にとっては一緒だった)
    ・小便壺が家の中にあって、客がいても平気でそこで小便をしていたこと
    ・朝鮮半島の土壌からは寄生虫の卵が大量に見つかること
    ・世界で唯一人糞を口に入れる民族だったこと
    ・李氏朝鮮の厳格な身分制度を廃止したのは大日本帝国であったこと
    ・韓国ドラマに出てくる見事な鎧(よろい)・甲冑はまったくのねつ造であること(昔のものが1つも見つかっていない)
    ・韓国は朝鮮戦争により中国から被害を受けたので、その謝罪と賠償を中国に要求したが、中国大使から一喝されたあげく経済制裁されたこと(それ以降、韓国は中国に一切謝罪と賠償を要求しなくなった)
    ・謝罪謝罪と言うなら、韓国人が大日本帝国軍の兵として戦争したことを連合国軍に謝罪すべきであること(謝罪が好きなら自ら率先して謝罪して手本を見せるべき)
    ・韓国には謝罪を「受け入れる」文化が無いこと(韓国人にとって謝罪は上下関係を決定づける行為でしかなく、謝罪は隷属の意志を示す行為になる)
    ・512年12月、百済が使者を日本に送ってきて「任那の一部(百済寄りの4県)は日本から遠く、百済に近いので、譲って欲しい」と言ってきて、百済が任那の4県をぶんどってしまったこと(日本に対して一方的なのは昔から)
    ・米軍が韓国に駐留した1945年9月以後も、韓国では100万人を超える女性が基地の村で米軍らを対象に売春していたこと(韓国政府は基地村の女性に「慰安婦」の名称を使っていた)
    ・史実に基づいた歴史を韓国人に教えるのが日韓のためであること(韓国人の留学生が京都に「日韓友好のため」と称して従軍慰安婦の像を作ろうと運動している)
    ・江戸時代の朝鮮通信使が朝鮮の風習で大便を街道の路上で行ったこと
    ・朝鮮通信使が、旅館の器物を軒並み持っていってしまったこと
    ・朝鮮通信使に対する苦情が多かったので、1811年に幕府は朝鮮通信使を対馬止めにすることに変更したこと(易地聘礼、えきちへいれい)
    ・朝鮮通信使が日本の貨幣経済の発達に驚いたこと(江戸時代でも、朝鮮では物々交換だった)
    ・朝鮮半島で、庶民が食事の際に箸やスプーンを使うようになったのは1910年以降のことであること(それまではインド式(手づかみ)であった)
    ・大日本帝国の朝鮮総督府が何度も出した布令に「路上脱糞禁止令」があったこと
    ・1937年からの大日本帝国の志願兵の募集に朝鮮人が殺到したこと(1942年には倍率が62.4倍にもなった)
    ・朝鮮半島は空気が乾燥しているので、発酵食品が生まれなかったこと(醤油、味噌だけでなく、納豆も朝鮮人は知らなかった)
    ・1945年、脱走した朝鮮人兵が沖縄の伊是名島(いぜな島)の住民を虐殺したこと
    ・在日韓国籍コリアンには、仕事をしに日本へ渡ってきた人とその子孫か、朝鮮戦争を逃れてきた人とその子孫しかいないこと(李青若『在日韓国人三世の胸のうち』より)
    ・「アメリカ軍が1944年に調査したところ、慰安婦は金で雇われたただの売春婦だった!」という報告書が発見されたこと(第3者で当時の敵国から出た証拠)
    ・韓国人が起源を言うなら、トンスル(人糞酒)の起源が朝鮮半島であると言うべきであること(日本には無いので、トンスルの起源が朝鮮半島だと言われても日本人は反論しない。遠慮はいらない、韓国人はトンスルの起源を世界中に主張すべき)
    ・戦後、韓国と取引した日本企業は韓国から送られてきた試作品を見て契約したが、実際の取引が始まると粗悪品ばかり送られてきたこと
    ・スサノオノミコトが韓地に行ったという「日本書紀」の記述からも朝鮮半島南部が日本であったことがわかること
    ・朝鮮民族の歴史が、強いものには巻かれ、弱いものには悪辣非道な歴史であること
    ・「韓国は嘘の国、日本は本当の国」であること(韓国が韓国民に教えている「韓国は兄の国、日本は弟の国」はまったくのデタラメ)
    ・大韓帝国併合は併合であって植民地ではなかったが、それを植民地であったと歴史を偽造して、朝鮮人なら当然のごとくするであろう非道な行為を日本人がしたように嘘をついていること(朝鮮民族は下の者には悪辣非道だから朝鮮民族の発想で植民地を想像している。下の者だからといってそれだけで悪辣非道なことを日本人はしない)
    ・強制連行されたという、いわゆる「従軍慰安婦」が1人も見つかっていないこと(自発的にやっていた高給取りの「追軍売春婦」ばかり)
    ・大日本帝国の軍隊には朝鮮人の将校までいたのであるから、強制連行された朝鮮人の「従軍慰安婦」がいれば、まっ先に朝鮮人兵が解放していたはずであること(朝鮮人兵が何もしなかったのは、いわゆる「従軍慰安婦」が軍とは無関係な高給取りの売春婦だったから)
    ・大日本帝国の軍が「従軍慰安婦」を強制連行した証拠資料が1つも存在しないこと(にもかかわらず、韓国の与党議員らが慰安婦の記録物を世界記録遺産に登録しようなんて発言している)
    ・朝鮮半島の歴史はほとんど属国の歴史であり、独立していた日本の歴史に嫉妬して、日本の歴史を悪く書き換えようとしていること(いくら日本に嫉妬しても、日本の歴史が素晴らしいことに変わりはない)
    ・日本人が明治時代にある種の郷愁を覚えるのは、明治時代がほとんど日本人の国であったからであろうこと(明治時代は1912年7月30日まで。韓国人が移住してきた大韓帝国併合は1910年8月29日)
    ・大日本帝国が大韓帝国を併合していた時代に、朝鮮人の部下になった日本人がたくさんいたこと(植民地ではなかった証拠)
    ・属国の歴史が独立の歴史よりも多い地域は世界で朝鮮半島だけであること
    ・大日本帝国の朝鮮総督府が朝鮮半島の鉄道を広軌1435mmにしたこと(広軌は新幹線と同じレール間隔。日本列島では狭軌1067mmだから、日本列島よりも立派な鉄道を朝鮮半島に敷設した)
    ・いわゆる「従軍慰安婦」の河野談話が、原案も最終案も韓国側に提示されていて、韓国の悪意ある修正を受けていたこと
    ・漢文の「世宗実録」28年の項に、倭寇の多くは朝鮮半島住民であり日本人の倭寇は全体の1〜2割に過ぎないと記されていること(この部分が、現在のハングルの「翻訳本」には欠損している)
    ・朝鮮民族と距離を置くほど、日本の国運が良くなっていること(日清戦争、日露戦争と明治時代は国運隆昌。大韓帝国を併合した後に関東大震災、敗戦。朝鮮半島を切り離した戦後は高度経済成長。1991年11月1日から朝鮮民族に特別永住資格)
    ・朝鮮半島の住民は、日本の歴史に当てはめると「大化の改新」以前の生活をしていたこと
    ・朝鮮民族とは日本民族に「恩をあだで返してきた」民族であること
    ・上記は歴史を直視しているので韓国に遠慮はいらないこと(韓国の外相が「日本は歴史を直視せよ」と発言している)
     

     2014/1/4

  2. 主権国家としてあたりまえのことをしているだけで、すぐに右傾化と騒ぐバカがいますね。特に在日マスゴミ。だいたい靖国は韓国の議員だって以前は参拝していたのですよ。韓国人も祀られているのですから。それに、無知なバカに言いたいのは、靖国に現在、祀られている人達は既に戦犯ではありません。関係各国了解の元、世界も公認した上で、日本の国会でも審議された結果、全員名誉は回復されています。それに、A級戦犯という犯罪は戦争法規にはありません。アメリカの勝手な解釈で犯罪にさせられた人達を日本人なら中韓と一緒になって卑下するべきではありません。それに、A級戦犯と言われた人の中には総理大臣になった人もいます。この時は中韓は全く文句一つ言いませんでした。何故ですか?全て朝日新聞が大嘘書いて騒ぐから、こうなったのです。インチキ慰安婦と同じです。韓国は他国をどうこう言う前に、ベトナムで民間人を化学兵器を使って大虐殺し、強姦して出来た混血児が3万人以上もいる事実を反省しなければなりません。日本と慰安婦の間に混血児など一人もいません。国際条約を無視して、多くの日本人を拉致し虐殺して侵略した竹島でのテロ行為も断罪されなければなりません。日本人なら、日本があたりまえのことを総理がしたからと言って、単純に右傾化だと騒ぐのではなく、今の東アジア情勢を考えたうえで、物事を論じるべきです。今も海保は命がけで日本を守ってくれているのですから!

     2014/1/4

  3. 産経の一面トップ、出ましたね。
     河野談話が日韓合作のイカサマ談話だったとね・・・
    証人喚問をすべき。

    あと、一部報道で安倍総理の靖国訪問の海外反応についての記事で、インドの反応でこう書かれていた。
     「インド外務省報道官 靖国参拝評価せず 」
    この見出しだと、「インドが日本を非難した」と言うマイナスイメージがつきますよね。
     実際は「ノーコメント」「言及せず」と言う意味なのですが、明らかにマイナス方向にミスリードしようとしてる気がします。
    アメリカの「失望」発言にも色々あるようですし・・・
    今年も日本国内の反日メディアに苦労しそうです。

    ただ、アメリカは日本の危機に助けてくれるという保障が絶対的ではない事が明白になりつつあるのだから、日本はもう強くなるしかないですね。

     新年早々の愚痴でした(笑)

     2014/1/4

  4. IMFのストレステスト結果発表がまた延期だとすると、やはりその理由は日本にその尻拭いをさせようという魂胆があるのは間違いないだろう。 
     日本をなめてるとしか言いようがないな。 
     世界とはこんなもん。 
    それにしても欧州、米国というのは本当にカネにはケチぞろいだな。 
     人のいい日本人だけに都合のいい屁理屈を付けてカネを負担させようという魂胆なのだろう。 



     国籍は領土と同じ国家の大事な主権。今の帰化制度は居住年数が短すぎ。帰化制度を厳格化してほしい。 


     ASEAN、中東、アフリカ、台湾、モンゴル、北欧みんな賛成、歓迎、日本に対する内政干渉といってるよ。
    ついでに米国は参拝に文句いってるんじゃなくて、日中韓が不安定になるのが困るっていってるの。報道官が再度会見して言い直してるじゃないか。EUは中国から資金を貰ってるから、中国に頼まれて口先だけで遺憾の意を表明しただけ。
    もっと言えば今月韓国のINFの監査がでるとデフォルト確定するので、日本へ韓国から議員団が来る直前に参拝して、向こうから断わらせた。
    もう少しでたかられるとこだった。韓国の大手銀行は米国が資本ほとんど出してるから破綻されると自分たちが被らなきゃならない。だからオバマはムカついてる。
    リーマンの時日本は10兆円IMF(世界一の金額)に出した、前回韓国が破綻した時も出した、でも韓国は支援が遅いと文句たれやがった。卑しい民族。感謝の言葉を吐いたことがない。貸した金が返ってきたためしがない。
    てかなんで世界中で反日やってる韓国に何度も金出さなきゃなんねえの?
    ふざけるな、安倍総理の判断で日本の血税が護られた。ストレステストいくら延期しても絶対に総理は払わないよ。払ったら支持率崩壊する。逆に今靖国参拝で支持率急上昇したし、民意を背景に外圧を跳ね除けてほしい。総理、期待しております。 

     2014/1/4

  5. 韓国の金融が崩壊しかかってIMFストレステストが、行われているそうですが、IMFは日本の支援で韓国の金融を立て直す予定だったのが、今回の靖国参拝で不可能になったという情報が、ネットに出ているのですが、本当なんですかね。



     

     2014/1/3

  6. 総理や大臣の靖国参拝を世界が批判するからやめろというバカがまだいますね。中韓と同じことを言っていて、日本人として恥ずかしくなります。まー、本当に日本人かどうか分かりませんが。。。
     世界はそんなに暇ではありませんよ。しかも、他国の内政干渉に意見をいうのは礼儀としてタブー。それを批判するような奴は、中国マネーに汚染されているバカばかり。アメリカでの報道で昨年、『disappointed』を使っているのは今回で5回目。結構、頻繁に使っています。現地の人に聞くと『ちょっと残念』というニュアンスだそうです。スノーデンの問題では、ロシアに対してもっと厳しく批判していましたよ。それに、バカが騒いでいるように、靖国参拝が問題の本質ではない。
    日本がデフォルト寸前の韓国を見捨てたことを世界が心配しているのです。韓国の議員団が日本にお金を借りにくる直前でしたからね。キャンセルになって何よりです。靖国で陰に隠れていましたが、韓国は大規模な反政府デモが開かれています。韓国の国民は靖国など本当はどうでもいいのです。韓国の主要銀行はアメリカが出資、IMFはEUが出資しているので、日本が韓国を見捨てたことにより、自分達に火の粉が降り注ぐのではないかと懸念しているだけです。中国も来年は5年分の償還年ですが、既に破綻している都市ばかりなので、大規模な反政府デモが開かれるのを共産党政府はピリピリしています。中韓の靖国騒ぎはそれを隠すためです。日本国民はバカなメディアに騙されるのではなく、きちんとした情勢を見極め、中韓が騒ぐからと言って、日本人の魂まで売ってはいけません!






     2014/1/3

  7. コリアン(朝鮮民族、韓国人・北朝鮮人)が認めたがらない歴史的事実一覧(コリアンは歴史を直視せよ)




    ・稲作が九州から朝鮮半島に伝わったこと
    ・唐辛子が日本から朝鮮に伝わったこと(足袋(たび)に入れて足を温めるものとして朝鮮半島に持ち込まれたのが唐辛子)
    ・半島南部の先住民が日本人(倭人)であったこと
    ・新羅の建国時の宰相が日本人(倭人)であり、王家の二つが倭人系統であること、また始祖の朴赫居世についても日本人説(倭人説)があること
    ・百済、新羅が大和朝廷に対し従属的地位にあったこと
    ・大和朝廷による任那(伽耶)地域の支配があったこと(半島南部における多数の前方後円墳の存在)
    ・朝鮮半島における文化的独自性が欠落していること(あらゆる分野での古典の不在)
    ・属国として歩んできた歴史であること(漢民族・モンゴル民族・満洲民族のどの民族からも朝鮮民族は格下扱いされてきた)
    ・中国の属国になってから、みずから改名して、中国語の姓名であること
     ・秀吉の朝鮮出兵が日本と明の戦争であったこと(李氏朝鮮の軍は明の軍の指揮下に入り、和平交渉も日本と明の間で行われた)
     ・李氏朝鮮が、中国の地方長官の地位でしかなかったこと
    ・清から、李氏朝鮮が琉球とベトナムよりも格下に扱われていたこと
    ・李氏朝鮮の前の高麗では、元の命令で、王妃が代々モンゴル人であり、モンゴル人の母親から生まれた息子しか国王になれなかったこと
    ・朝鮮半島の国が、歴史上一度も、単独では戦争に勝ったことがないこと(朝鮮民族と組んだ国も戦争に勝てない。高麗と組んだ元の元寇、大韓帝国を併合した大日本帝国の大東亜戦争)
    ・朝鮮民族が雑多な民族の集まりであること
    ・ハングルで表記できない発音がいくつもあること
    ・チマチョゴリが、子を産んだ女性は胸を露出して着る服であったこと
    ・朝鮮半島に唐辛子が広まったのは、塩が手に入らないから、塩の代わりの調味料だったこと
    ・李氏朝鮮の時代に、木を丸くする技術がなくて、二輪車がなかったこと
    ・秀吉が朝鮮に出兵した時に、秀吉側について明と戦った朝鮮人がたくさんいたこと
    ・馬に乗って戦っている倭寇がいて、日本人じゃない倭寇がいたこと
    ・日本に文明を教えてあげたと主張する王仁博士の出身地に、王仁博士の一族の末裔も王という姓の人もいないこと
    ・竹島が古代から一貫して日本の領土であったこと
    ・テーブルで肉を焼く料理法は戦後、日本から韓国に伝わったこと
    ・文盲だった朝鮮人にハングルを教えることにしてハングルを広めたのは日本人であること
    ・高麗の時代には、済州島は元の直轄地で、元の領土だったこと
    ・朝鮮戦争前はむろん、朝鮮戦争後もずっと、韓国人は白米を常食にできなかったこと
    ・朝鮮半島の国は中国の国に朝貢するにも朝貢する文物がないので女性を献上していたこと
    ・大韓帝国(李氏朝鮮)の外国からの莫大な借金を、日本が代わりに支払ってやったこと
    ・大韓帝国(李氏朝鮮)の李王家の帰国を大韓民国(韓国)が拒否しているし、大韓帝国と大韓民国は異なる国であるので、現在の韓国人に大韓帝国併合のことは言及できないこと(現在の韓国人は大韓民国人)
    ・2000年近い朝鮮半島の歴史の中で、朝鮮半島を統一した独立国家としての歴史は、936年から963年までの高麗の27年間と、1895年から1910年までの李氏朝鮮(1897年から大韓帝国と改称)の15年間しかないこと
    ・朝鮮という国名にしたのは明だが、他国に自国の国号を決めてもらった世界にただ一つの国であること
    ・百済と新羅の時代に朝鮮半島に住んでいた日本人が文明人として他の民族から尊敬されていたこと
    ・百済と新羅から帰化した人からの朝鮮語の伝搬が見られないことから、帰化人とは朝鮮半島に住んでいた日本人であったこと(帰化人を渡来人というのは誤り。文字通り帰ってきた人達。朝鮮半島からの帰化人は引き揚げ者)
    ・昔から今まで常に日本列島が朝鮮半島よりも文明文化が進んでいたこと
    ・済州島には朝鮮民族とは別の言語・風習を持っていた、朝鮮とは別の民族が住んでいたにもかかわらず、済州島を併合してしまったこと
    ・1948年に、済州島の民族を大虐殺したこと
    ・済州島の民族の言語とアイヌ語に共通な語があって、済州島には日本列島と同じ民族が住んでいたこと
    ・元寇の兵の大半は高麗人(朝鮮民族)だったこと(韓国では元寇を元の「日本征伐」としていて、高麗人が元寇の主力兵だったことを教えていない)
    ・民族が到達しやすくても脱出しにくいのが半島だが、そもそも朝鮮半島には日本人が住んでいて、後から別の民族がやってきて、それが朝鮮民族になったと考えられること
    ・民族は敵性民族がいなければ暖かい所に移動するので、朝鮮半島の朝鮮民族は北のほうから南下してきたと考えられること
    ・朝鮮民族が南下してきたといっても単一の民族としてではなくて、満洲民族、モンゴル民族、漢民族、北方のツングース民族等が南下して朝鮮民族になったと考えられること
    ・韓国では中国を親の国、韓国を兄の国、日本を弟の国だと教えているが、それ自体が韓国の属国思想であること(日本は独立国だったので、そういう発想がない)
    ・宦官制度が新羅の時代から1894年の甲午改革で廃止されるまであって、去勢された男子の宦官がいたこと
    ・朝鮮民族は漢民族・満洲民族・モンゴル民族に従属していて格下の民族とされていたこと
    ・清朝の冊封体制の中で李氏朝鮮の地位は低く、朝鮮使臣のみが丸首の衣で歩いて裏門から入ったこと(朝鮮使臣のみが礼服と籠に乗ることと正門から入ることを禁じられていた)
    ・昔の李氏朝鮮の大極旗には清国属国旗と記されていること
    ・遣隋使、遣唐使、日明貿易の時代にも朝鮮を通さずに日本は交易していること
    ・李氏朝鮮の時代も、水田の灌漑施設がなかったこと
    ・1000年にわたる売春立国であること
    ・遣隋使、遣唐使、日明貿易はあったが、遣高麗使、遣朝使のような朝鮮半島との貿易はなかったこと
    ・朝鮮の漬け物の発祥地は中国の重慶であること
    ・高麗の青磁は中国の殷が起源、李氏朝鮮の白磁は中国の北斉が起源であり、どちらも朝鮮半島の発祥の文物ではないこと
    ・日本の歴史は事実・真実のままで世界に誇れる立派な歴史であること(歴史を偽造する韓国に配慮して日本の教科書を記述することなどとんでもないことである)
    ・韓国の教科書には「〇〇を日本に教えてあげた」という記述が山のようにあるが、そのすべてが偽造・ねつ造であること(韓国は、日本発祥のものでさえ教えてあげたと記述する傲岸不遜な国。教えたも問題だが、教えてあげたという表記は無礼千万)
    ・朝鮮半島発祥の文物で日本に影響を与えたものは一つもないこと(朝鮮民族がいなくても日本の文明文化は発展していた)
    ・朝鮮半島に存在しないDNAの稲が日本だけにあること(稲作は中国雲南省あたりから海路で九州に伝わったから)
    ・新羅も百済も日本(倭国)のことを文化大国として敬仰していたこと(朝鮮半島初の統一国家である新羅の基礎づくりを指導したのは日本列島から渡ってきた日本人(倭種)だった。「第四代新羅王の解脱(タレ)は、倭の東北一千里にある多婆那国の生れ」(三国史記新羅本記)、多婆那(タバナ)国は、丹波、あるいは但馬と考えられている)
    ・日本国は九州北部と朝鮮半島にまたがっていたこと(鉄資源を採取するための拠点が朝鮮半島南部にあり、そこから南が倭国(日本)と認識されていた。「韓は帯方郡(魏の直轄地・現ソウル付近)の南にあり、東西は海、南は倭と接す」「倭に至るには(海岸に沿って水行し韓国を経て、あるいは南し、あるいは東し)その北岸、狗邪韓国に至る。(そこから)はじめて海を渡ること千余里、対馬国に至る・・」(魏志「韓伝」および「倭人伝」)
    ・日本は朝鮮半島南部の拠点を通じて、1世紀ごろには中国大陸と直接交流していたこと
    ・戦前の朝鮮史研究では、新羅4代王が日本列島の出身者であることなど常識であったこと
    ・新羅16代の王のうち半数が日本人であったこと(半島古史研究で基本資料とされる『三国史記4』(東洋文庫)に全文間違いの訳注がある。日本人(倭種)は4代目のみとする訳注を書いたのは韓国人の鄭早苗)
    ・新羅と百済の同時代の『唐書』に、「新羅も百済も倭国(日本)を大国として敬仰している。それは倭国には優れた品々が多いためで、常に使節が倭国に赴いている」との記述があること
    ・日本の皇室が世界で一番古い家系であること
    ・青森県の大平山元遺跡が「世界最古」の遺跡であること
    ・日本の神道のような信仰は世界中にあったが、今は日本にしか残っていないこと
    ・日本の前方後円墳は3世紀に出現したが、朝鮮南部の栄山江から発見された前方後円墳は5〜6世紀のものであること(日本人が朝鮮半島に住んでいた証拠であると知った韓国人は朝鮮半島の前方後円墳を爆破した)
    ・百済では1世紀になって初めて稲を作るべしとの王令が出たこと
    ・日本の農業用語に朝鮮由来の言葉がないこと(朝鮮から伝来していないから)
    ・日本書紀が書かれたのは8世紀だが、朝鮮の三国遺事が書かれたのは13世紀であり、日本の神話が朝鮮の神話よりも古いこと(日本の神話が朝鮮の神話を真似たというのは嘘。朝鮮神話が5000年前の熊太郎(檀君)神話を実話として教科書で教えているのは荒唐無稽)
    ・朝鮮が属国だったから、朝鮮からの使節が外交使節でなく朝鮮通信使とされたこと
    ・現在ソウルの城門のあった場所には「独立門」というものが建てられたが、昔その場所には『迎恩門』という門があり、それは「朝鮮王が9回頭を地面に叩きつけて擦りつけ、ひれ伏して清の使者を迎える」という・屈辱的な隷属の象徴の門だったこと
    ・朝鮮国王は 中国の王朝の皇帝によって任命されたこと 
    ・朝鮮国内の事件は全て皇帝に報告しなければならなかったこと 
    ・朝鮮国王の地位は、中国の王朝の廷臣よりも下だったこと 
    ・朝鮮政府には、貨幣の鋳造権すら与えられてなかったこと
    ・朝鮮政府には清国への食糧、兵士提供の要求権もなかったこと 朝鮮は清国に細かく定められた貢品を出す以外に、毎年、牛3000頭、馬3000頭、各地の美女3000人を選り抜いて貢がなければならなかったこと
    ・新羅が日本の属国であって、新羅の王子が日本に人質にとられていたこと
    ・白村江の戦いとは、日本の属国から唐の属国になって寝返った新羅をめぐっての、日本と唐の宗主国同士の争いであったこと
    ・ハングルが日本の阿比留文字の真似であること
    ・朝鮮通信使が、朝鮮の王から、日本から技術を学んでくるように言われていたこと
    ・併合前の大韓帝国がアジア最貧国だったこと(1910年のインドよりも、1910年の朝鮮半島は貧しかった)
     ・李氏朝鮮の王の即位の年には、「朝鮮国、権署国事、臣李某」から始まり、「国事をかりに処理する臣下の李」と、李氏朝鮮の王から清への書状に書かれていたこと
    ・「朝鮮」とは朝貢物の少ない国という意味であること(鮮は少ないという意味)
    ・現在の朝鮮民族と古朝鮮とは民族の連続性がないこと(現在確認されている朝鮮古語は180語しかない)
    ・満州国国歌を韓国国歌にしていること
    ・李氏朝鮮が男尊女卑の社会であって女は子を産む存在でしかなかったこと
    ・韓国は東北から北海道の緯度にある寒冷地帯であって、南方の食べ物である稲が育つはずがなくて、1980年代まで韓国人は雑穀を食べていたこと
    ・朝鮮半島には価値ある文化、富や食、豊かな土地などまったくなかったという理由で、中国の王朝が朝鮮半島を自国領にしなかったこと
    ・トンスル(人糞酒)があること(犬、猫、鳩の糞の酒もある)
    ・百済時代には、百済を含めた朝鮮半島の南部から中部まで日本の文化圏だったこと
    ・遺伝子(DNA)鑑定によれば、現在のコリアンの多くが北方系民族で、日本人の系統とはまったく異なること
    ・朝鮮半島の歴史上、最も繁栄したのが日韓併合時代であったこと(インフラが整備され、人口は倍増、学校が作られて教育水準も上がった)
    ・病人のまねをする病身舞があったこと
    ・戦後、障害児を海外に養子に出して捨てていたこと
    ・朝鮮半島ではオルドス式銅剣もそれを製造する鋳型も見つかっていないこと(中国大陸と日本列島では発掘されている)
    ・朝鮮半島では大陸性の青銅ナイフが見つかっていないこと(日本では見つかっている)
    ・朝鮮は外部世界と隔絶した秘境で、文化がなかったこと
    ・朝鮮半島には布を染色する技術がなくて、住民は色落ちした白い服しか着れなかったこと
    ・高句麗が、日本を格上の国として、日本に朝貢していたこと
    ・高句麗も渤海も朝鮮民族の国とは言えないこと
    ・李氏朝鮮の李氏が満洲民族だったこと(韓国が李氏朝鮮の初代の李成桂の歴史ドラマを作らないのは李成桂が満洲人だから)
    ・父親の大便を息子がなめて健康を見るのが孝行息子とされていたこと
    ・明の皇帝の衣装が龍9匹、皇族が8,7匹、大臣級が6,5匹、地方の役所の長が4,3匹なのだが、朝鮮王は龍3匹の衣装だったこと(龍3匹の衣装にも赤と青があるが、格下の青い衣装だった)
    ・李氏朝鮮には1882年まで国旗がなかったこと(属国だったから)
    ・李氏朝鮮の首都の漢城(現在のソウル)に、道路すらろくになかったこと
    ・鼻が曲がりそうな糞尿の悪臭が朝鮮半島全土をおおっていたこと
    ・家が竪穴式住居に近いものであったこと
    ・朝鮮では中国の貨幣を使用していたが、庶民には流通せず、庶民は5日おきに開かれる市場で物々交換していたこと
    ・李氏朝鮮時代に、性的奉仕を行う「妓生キーセン」がいて、身分は奴婢であって、妓生こそが性奴隷だったこと
    ・大韓帝国併合時、朝鮮に公立学校は約100校しかなかったが大日本帝国が1943年までに4271校まで増やしたこと(それらは当時日本列島にもなかったコンクリートやレンガ造りの三階建て校舎などだった)
    ・韓国は高句麗と渤海を朝鮮民族の国としているが、高句麗は日本を兄の国として外交使節を送ってきて、高句麗の後の渤海は日本を「父の兄、伯父(おじ)」の国として外交使節を送ってきていたこと
    ・キムチが人糞を混ぜて発酵させる食品だったこと(人糞の臭みを消すために唐辛子をどっさり入れた)
    ・キムチに使われる白菜も日本から伝わったこと(大正時代に名古屋の野崎徳四郎が栽培に成功した)
    ・役人が薪にするため柱を切ってしまうので、持っていかれないように、柱に人糞を塗ることがあったこと
    ・李氏朝鮮の李氏は明・清の後ろ盾で朝鮮王を名のっていただけであり、朝鮮半島は実質は無主地だったこと
    ・大日本帝国の民間銀行「第一銀行韓国総支店」が1902年に第一銀行券を発行したが、それが韓国で初めての紙幣であったこと
    ・男尊女卑で、女性は男性の食べ残しを食べていたこと
    ・ハングルは表音文字なので、「放火」と「防火」が同じ、「素数」と「少数」が同じ、「祈願」と「起源」が同じになってしまうこと
    ・李氏朝鮮・大韓帝国に鉄道がなかったこと
    ・李氏朝鮮・大韓帝国が禿山ばかりだったこと
    ・キムチがもともと中国の酸菜(冬季用の漬物)が三国時代に韓国に伝わったものである(白いキムチ)と中国最古の詩篇「詩経」に記載されていること(それに唐辛子を加えたのが今の赤いキムチ)
    ・李氏朝鮮・大韓帝国には2階建ての建築物がなかったこと(外国人の建築物を除く)
    ・英語その他のヨーロッパ語の辞書が作られたのは日韓併合後であったこと
    ・朝鮮人小学校の年間平均学費が1人7円30銭であったのに対し、日本人小学校の年間平均学費が平均40円であったこと(日韓併合時代、日本は朝鮮人を優遇していた)
    ・大日本帝国軍の将校であった多くの韓国人が創氏改名をしなかったこと(もし創氏改名が強制されたものであったとしたら、朝鮮半島出身の将校こそ、手本を示すために創氏改名させられたはず)
    ・李氏朝鮮518年、日韓併合時代、1945年以後の南北分裂時代の3つの時代を比較して、もっとも人命が尊重されて人口が増えたのは日韓併合時代だったこと
    ・朝鮮の残虐な刑罰を廃止したのは日本政府であったこと
    ・大韓帝国併合を要請したのは大韓帝国側であったこと
    ・車輪を作れなかったので、李氏朝鮮・大韓帝国には馬車・牛車・人力車、農業用の水車がなかったこと
    ・朝鮮民族には入浴する習慣がなかったこと
    ・朝鮮半島の諸国が日本の管轄下にあったことを南宋の順帝が公式に認めていたこと(宋書は、倭王・武の順帝宛上表文の「海を渡って平らげること95ヶ国)を認め、順帝から「武を使特節都督倭・新羅・任那・加羅・秦韓・慕韓六国諸軍事、安東大将軍、倭王に叙した」とする)
    ・広開土王碑文には「391年、倭が百済と新羅を破り臣民とした」とあること
    ・鉄の産地は主に新羅地域だが、隋書に「日本人(倭人)が鉄を採掘している、という『韓伝』の転載」があること
    ・752年の奈良大仏開眼供養には、アジア各国からの参列者があって、日本の勢力は隆盛だったこと(導師はインド出身の僧菩提僊那で、従者には胡人(イラン人)も混じり、日本、唐、高麗の楽舞が大仏に奉納された。1万数千人もの参列者の名簿が正倉院文書にある)
    ・百済の時代に、日本に70近くの国分寺、国分尼寺が建立されていたこと(仏教が百済から伝わったというのは嘘)
    ・野糞が普通だったこと(どの道も糞尿だらけだった)
    ・少女キーセン(性奴隷)がいたこと
    ・私有財産が保障されていなかったこと
    ・大韓帝国併合後は、洪中将、金少将など、朝鮮人を分け隔てなくして、日本人兵士に対して命令できる軍の高位に抜擢したこと
    ・朝鮮の女性には名前がなかったこと
    ・平均寿命が24歳だったこと(大韓帝国併合後には平均寿命が56歳に上がった)
    ・朝鮮人女性の性奴隷を禁止したのは大日本帝国政府であったこと
    ・現代の朝鮮民族の風習がロシアのエヴェンキ族に酷似していること(古代の朝鮮とは別の民族)
    ・朝鮮には木を丸くする技術がなかったので桶(おけ)も樽(たる)もなかったこと
    ・朝鮮民族は犬を食べるが、時間をかけて犬を苦しめて殺していたこと
    ・元寇の兵士の大半が朝鮮民族だったが、占領した対馬の住民に対して、男は皆殺し、女は掌に穴をあけて縄を通して船につるしたこと(日本兵が矢を射られないようにした)
    ・在日韓国籍コリアンの多くが、戦後、済州島から日本に密入国してきた人であること(戦時中の強制連行どころか、戦争が終わって大韓民国ができてから自分の意志で日本に来た)
    ・韓国語に「おもいやり」の単語がないこと(韓国人は「人をおもいやる」ことがないから)
    ・朝鮮半島は、ソウルでさえ浮浪者が集落を作っているに過ぎず、何の文明もなかったこと
    ・朝鮮半島は「羅生門」の時代よりも悲惨な状態だったこと
    ・朝貢が少ないと文句を言う清王朝の機嫌をとるため、収穫物・生産物のほぼすべてを両版(リャンバン)が収奪していたこと
    ・1910年の時点で朝鮮の住民の94%が文盲だったこと(ハングルも読めなかった)
    ・対馬の領土化を狙った李氏朝鮮の対馬侵略が1419年の「応永の外寇」だが、対馬の守護や主力兵が不在の時期を狙って17285人の軍勢を対馬に侵攻させたにもかかわらず、対馬の留守を預かる600人程度の日本の武士に李氏朝鮮が10日ほどで完敗したこと(戦死者が日本20人、朝鮮2500人以上)
    ・「応永の外寇」の結果、対馬が日本であることを李氏朝鮮が再確認させられたこと
    ・李氏朝鮮が対馬に朝貢していたこと(李氏朝鮮は明治になるまで、毎年大量の米、麦、野菜などを対馬に献上していた)
    ・大日本帝国は1895年に台湾を、1910年に朝鮮半島を併合したが、1910年の朝鮮半島が1895年の台湾よりも非文明地域だったこと
    ・創氏改名を要請したのは朝鮮人の側だったこと(朝鮮民族は漢民族・満洲民族から格下扱いされていたので、日本名を名乗って日本民族を詐称することを朝鮮民族が望んだ)
    ・伊藤博文を暗殺したのは安重根ではなかったこと
    ・秀吉が朝鮮から連れてきた陶器職人を、江戸時代に家康が朝鮮に帰してあげようと言ったところ、全員が断ったこと(日本の暮らしのほうがずっと良かったから)
    ・李氏朝鮮は清の属国だったが、清に日清戦争で勝って李氏朝鮮を独立させたのが大日本帝国であること(李氏朝鮮の宗主国・清に勝った国を弟の国と呼ぶのは支離滅裂)
    ・李氏王朝を廃止したのは李承晩(韓国初代大統領)だったこと(李氏王朝は大韓帝国併合後も存続していた)
    ・鑑真も空海も最澄も東シナ海を渡ったこと(朝鮮半島を経由しなかったのは、朝鮮半島に立ち寄ると物資が略奪されるから)
    ・朝鮮人は、日本と中国大陸の文化伝来の邪魔をしていたこと(朝鮮半島を経由できていれば、東シナ海でたくさんの日本の船が沈没することはなかった)
    ・朝鮮の王朝が、1400年代まで対馬や九州北部に数十回も侵略しようと兵を送っては撃退されていたこと
    ・江戸時代の朝鮮通信使が市中で鶏を盗んだりして町人に嫌われていたこと
    ・対馬が日本神話に出てくる古代からの日本の領土であること
    ・朝鮮半島には武士階級がいなかったこと(武道で心身を鍛えることがなかったのが朝鮮民族)
    ・中国の王朝に朝貢していた越南(ベトナム)、琉球(沖縄)、朝鮮の中で、朝鮮だけが属国扱いされていたこと
    ・大日本帝国が1924年に京城帝国大学(ソウル大学の前身)を設立したこと(植民地ではなかった証拠。欧米は植民地には小学校すら作らなかった)
    ・朝鮮名のままだと商売がやりにくいという(名目での)朝鮮人の訴えが多かったので、内務省が創氏改名に踏み切ったこと(判子をついた元内務官僚の元自民党衆議院議員の発言がある)
    ・李氏朝鮮は清に美女3000人を毎年献上していたので美女が減っていったこと(美女から生まれる男子も減っていった)
    ・竹島どころか、竹島と朝鮮半島の間の鬱陵島(ウルルン島)も江戸時代の1618年から1696年まで日本の領土であったこと
    ・朝鮮王が清国皇帝に奉呈した貢文に清国皇帝が気に入らない言葉が1つあっただけで、朝鮮王は銀一万両を罰金として払った上に、年貢への見返りを3年間停止するという厳しい処罰を受けたこと
    ・李氏朝鮮のソウルには、芸術品がまったくなく、公園もなければ催し物も旧跡も寺院もなかったこと
    ・樽(たる)を作れなかったので、味噌も醤油も作れなかったこと
    ・朝鮮半島の民族が昔から今まで南と北で相当違っていること
    ・韓国で使われている漢字語の8割以上が日本製であること(ハングルの読み方で読まれたのが漢字語)
    ・李氏朝鮮では漢字を読めたのは男性貴族だけだったこと
    ・李氏朝鮮では両班、中人、常民、奴婢、白丁という順に厳しい身分支配構造が形成されていたこと(日本と違って、階級の移動がなかった)
    ・李氏朝鮮の商店には屋根も棚もなかったこと(李氏朝鮮では土の上に魚を置いて売っていた)
    ・李氏朝鮮で1400年代に王が命じた水車づくりが1700年代の朝鮮でも実現されていなかったこと
    ・下層民である奴婢は両班の一家の食べ残しを食べていたこと
    ・先の大戦では、日本の一部だったのだから敗戦国だし、独立戦争を戦ったわけでもないのに、戦後、朝鮮進駐軍と称して日本国民に乱暴狼藉の限りを尽くしたこと
    ・1965年の日韓基本条約締結時、日本側代表が「互いの財産を相殺すれば(韓国に残した日本の財産の方がはるかに多いので)そちら側が莫大なカネを払うのだぞ」と反論したこと
    ・日本固有の領土である竹島を不法占拠している韓国は、日本に対する侵略国であること
    ・対馬藩が朝鮮に租界地を有していたこと
    ・朝鮮が告げ口社会であり、それが今でも続いていること
    ・日本の歴史を歪曲することは「日本民族の魂」を歪曲することであること(韓国の外相が「歴史は民族の魂だ」と発言している)
    ・江戸時代の朝鮮通信使が日本に来て大きな川に橋が架かっているのに驚いたこと
    ・「歴史を忘れた民族に未来はない」という言葉は、自分の歴史書を売るために韓国人に向けて発言した韓国人の申采浩の言葉であること
    ・日本に、韓国に謝罪と賠償を要求する権利があること(高麗の皇太子が元の皇帝フビライに「日本は、いまだ陛下の聖なる感化を受けておらず。」と述べたことが、元寇への決定的な要因となった)
    ・元寇の主力先兵は高麗兵であり、指揮官の中でも好戦的だったのが高麗人だったこと(中国の正史『元史』にも、朝鮮の正史『高麗史』にも記述がある)
    ・壱岐・対馬に上陸した高麗兵の残虐行為からまだ1000年を経ていないのだから、韓国に謝罪と賠償を要求する権利があること
    ・「従軍慰安婦」はなかったこと(呉善花氏は韓国で生まれて26歳まで韓国で生活していたが、その間、村の女を軍や総督府の官憲が強制的に連行したといった話は一切耳にしたことがなく、呉氏がインタビューした植民地世代韓国人も「一人としてそのような様子を見たことも聞いたこともない」と言っている)
    ・大韓帝国が成立したのは大日本帝国が日清戦争に勝ったからで、大韓民国が成立したのは大日本帝国が敗戦したからであること(韓国人は日本人に足を向けて寝られない)
    ・戦後、一般の日本人を一番殺したのは韓国であること(島根県の漁民が犠牲になった)
    ・日本人の韓国嫌いは一時的なものではないこと(朝鮮人と知り合った日本人が朝鮮人嫌いになったのは昔からである)
    ・コリアン(朝鮮民族)を嫌っていたのは日本人だけではないこと(コリアンを知ったロシア人もコリアンを嫌った)
    ・朝鮮半島起源の文化が一つもないこと
    ・朝鮮には誇れる歴史がないので、歴史を創出しようとしていること(2010年の民主党政権時、宮内庁が保管していた「朝鮮王室儀軌」を50点だけ持っていく約束が他のも2000点も持っていった)
    ・昔から、困った時だけ日本に頼ってきたこと(秀吉の時代も、飢饉に苦しんだ李氏朝鮮に米を送っている)
    ・いくら日本人に嫌われても意に介せず厚顔無恥なこと(最近になって、日本の嫌韓に気が付いてきて驚いている)
    ・戦後、日本は、朝鮮人に帰国するように呼びかけて、朝鮮半島に帰国する朝鮮人のために何度も無料で船を出したこと(現在の在日韓国籍コリアンは自分の意志で日本にいる)
    ・大日本帝国が大韓帝国を併合した時に、ほとんどの朝鮮人が喜んだこと
    ・1945年から1990年にかけて、韓国軍の強制的な拉致・監禁で慰安婦にされた女性がいたこと(特殊慰安隊、ヤンコンジュ・洋公主と言われる韓国軍の従軍慰安婦)
    ・パク・クネ大統領の父親の朴大統領が韓国軍慰安婦問題の張本人であること(娘のパク・クネは、これを隠してごまかすために日本軍慰安婦だと嘘を触れ回っている)
    ・1910年の日韓併合時、総督府がそれまで朝鮮にはなかった戸籍の整備を始めたところ、非常に多くの朝鮮人が「日本名」で戸籍に登録する騒動が勃発したこと(1911年、総督府は朝鮮人を区別するため「改名禁止」の法令を出した)
    ・1939年、総督府が、朝鮮人の強い要望により「創氏改名」を発令したが、1940年に施行された時、朝鮮人の人口の80%の322万戸が自分の意志で日本風の氏を名乗ったこと
    ・日本名への改名は、朝鮮人の「姓」に、日本風の「氏」を追加しただけであったこと(従来の朝鮮人の「姓」は廃止も改名もされていない)
    ・中国への朝鮮人の入植が始まると、朝鮮人と中国人のトラブルが続発したこと
    ・中国各地での日本国籍を与えられた朝鮮人の道徳の無い行動が中国や世界でニュースに取り上げられてヨーロッパで反日宣伝の材料になったこと
    ・朝鮮半島で、朝鮮人に横暴な振る舞いをしたのは朝鮮人の下級補助員(補助憲兵、朝鮮人巡査、朝鮮人通訳)だったこと
    ・イングランドがスコットランドを併合したように大日本帝国が大韓帝国を併合したこと(植民地化ではなくて、併合であった)
    ・清に朝貢していたという事実からは、ベトナムと沖縄が韓国の兄の国になること(沖縄は日本の一部(県)だが、韓国からは兄の「国」になる)
    ・663年の白村江の戦い後、日本人が命からがら朝鮮半島から日本列島に帰ってきたこと(終戦直後の朝鮮進駐軍と同じ。朝鮮民族の民族性は変わらない)
    ・朝鮮人に温情を掛けると朝鮮人は自分が上だと勘違いすること(どの民族からも格下扱いされていた朝鮮民族を大日本帝国が対等に扱った結果、韓国は、韓国が兄の国、日本が弟の国なんてとんでもないことを言い出した)
    ・大日本帝国時代、朝鮮総統府の日本人全職員がハングルの辞書を持たされてハングルを勉強したこと(植民地ではなかった証拠。植民地なら現地語を学ばない)
    ・大韓帝国併合時代も朝鮮半島では盗み、こそ泥がひんぱんだったこと
    ・第二次世界大戦で、韓国は戦勝国ではないこと(それを戦勝国と偽って朝鮮進駐軍と名乗った)
    ・朝鮮半島南部は日本人(倭人)の拠点の1つとして開拓されたこと
    ・朝鮮民族の誕生は13世紀頃であること(明の属国になって半島外から異民族の血が混じることが無くなった時)
    ・小便で顔を洗っていたこと(清潔という概念が無かった)
    ・キムチに対応する漢字が存在しないこと(キムチの歴史はせいぜい70年以内である疑い)
    ・小便や糞が混ざっている水でも平気で飲んでいたこと(味噌も糞も朝鮮人にとっては一緒だった)
    ・小便壺が家の中にあって、客がいても平気でそこで小便をしていたこと
    ・朝鮮半島の土壌からは寄生虫の卵が大量に見つかること
    ・世界で唯一人糞を口に入れる民族だったこと
    ・李氏朝鮮の厳格な身分制度を廃止したのは大日本帝国であったこと
    ・韓国ドラマに出てくる見事な鎧(よろい)・甲冑はまったくのねつ造であること(昔のものが1つも見つかっていない)
    ・韓国は朝鮮戦争により中国から被害を受けたので、その謝罪と賠償を中国に要求したが、中国大使から一喝されたあげく経済制裁されたこと(それ以降、韓国は中国に一切謝罪と賠償を要求しなくなった)
    ・謝罪謝罪と言うなら、韓国人が大日本帝国軍の兵として戦争したことを連合国軍に謝罪すべきであること(謝罪が好きなら自ら率先して謝罪して手本を見せるべき)
    ・韓国には謝罪を「受け入れる」文化が無いこと(韓国人にとって謝罪は上下関係を決定づける行為でしかなく、謝罪は隷属の意志を示す行為になる)
    ・512年12月、百済が使者を日本に送ってきて「任那の一部(百済寄りの4県)は日本から遠く、百済に近いので、譲って欲しい」と言ってきて、百済が任那の4県をぶんどってしまったこと(日本に対して一方的なのは昔から)
    ・米軍が韓国に駐留した1945年9月以後も、韓国では100万人を超える女性が基地の村で米軍らを対象に売春していたこと(韓国政府は基地村の女性に「慰安婦」の名称を使っていた)
    ・史実に基づいた歴史を韓国人に教えるのが日韓のためであること(韓国人の留学生が京都に「日韓友好のため」と称して従軍慰安婦の像を作ろうと運動している)
    ・江戸時代の朝鮮通信使が朝鮮の風習で大便を街道の路上で行ったこと
    ・朝鮮通信使が、旅館の器物を軒並み持っていってしまったこと
    ・朝鮮通信使に対する苦情が多かったので、1811年に幕府は朝鮮通信使を対馬止めにすることに変更したこと(易地聘礼、えきちへいれい)
    ・朝鮮通信使が日本の貨幣経済の発達に驚いたこと(江戸時代でも、朝鮮では物々交換だった)
    ・朝鮮半島で、庶民が食事の際に箸やスプーンを使うようになったのは1910年以降のことであること(それまではインド式(手づかみ)であった)
    ・大日本帝国の朝鮮総督府が何度も出した布令に「路上脱糞禁止令」があったこと
    ・1937年からの大日本帝国の志願兵の募集に朝鮮人が殺到したこと(1942年には倍率が62.4倍にもなった)
    ・朝鮮半島は空気が乾燥しているので、発酵食品が生まれなかったこと(醤油、味噌だけでなく、納豆も朝鮮人は知らなかった)
    ・1945年、脱走した朝鮮人兵が沖縄の伊是名島(いぜな島)の住民を虐殺したこと
    ・在日韓国籍コリアンには、仕事をしに日本へ渡ってきた人とその子孫か、朝鮮戦争を逃れてきた人とその子孫しかいないこと(李青若『在日韓国人三世の胸のうち』より)
    ・「アメリカ軍が1944年に調査したところ、慰安婦は金で雇われたただの売春婦だった!」という報告書が発見されたこと(第3者で当時の敵国から出た証拠)
    ・韓国人が起源を言うなら、トンスル(人糞酒)の起源が朝鮮半島であると言うべきであること(日本には無いので、トンスルの起源が朝鮮半島だと言われても日本人は反論しない。遠慮はいらない、韓国人はトンスルの起源を世界中に主張すべき)
    ・戦後、韓国と取引した日本企業は韓国から送られてきた試作品を見て契約したが、実際の取引が始まると粗悪品ばかり送られてきたこと
    ・スサノオノミコトが韓地に行ったという「日本書紀」の記述からも朝鮮半島南部が日本であったことがわかること
    ・朝鮮民族の歴史が、強いものには巻かれ、弱いものには悪辣非道な歴史であること
    ・「韓国は嘘の国、日本は本当の国」であること(韓国が韓国民に教えている「韓国は兄の国、日本は弟の国」はまったくのデタラメ)
    ・大韓帝国併合は併合であって植民地ではなかったが、それを植民地であったと歴史を偽造して、朝鮮人なら当然のごとくするであろう非道な行為を日本人がしたように嘘をついていること(朝鮮民族は下の者には悪辣非道だから朝鮮民族の発想で植民地を想像している。下の者だからといってそれだけで悪辣非道なことを日本人はしない)
    ・強制連行されたという、いわゆる「従軍慰安婦」が1人も見つかっていないこと(自発的にやっていた高給取りの「追軍売春婦」ばかり)
    ・大日本帝国の軍隊には朝鮮人の将校までいたのであるから、強制連行された朝鮮人の「従軍慰安婦」がいれば、まっ先に朝鮮人兵が解放していたはずであること(朝鮮人兵が何もしなかったのは、いわゆる「従軍慰安婦」が軍とは無関係な高給取りの売春婦だったから)
    ・大日本帝国の軍が「従軍慰安婦」を強制連行した証拠資料が1つも存在しないこと(にもかかわらず、韓国の与党議員らが慰安婦の記録物を世界記録遺産に登録しようなんて発言している)
    ・朝鮮半島の歴史はほとんど属国の歴史であり、独立していた日本の歴史に嫉妬して、日本の歴史を悪く書き換えようとしていること(いくら日本に嫉妬しても、日本の歴史が素晴らしいことに変わりはない)
    ・日本人が明治時代にある種の郷愁を覚えるのは、明治時代がほとんど日本人の国であったからであろうこと(明治時代は1912年7月30日まで。韓国人が移住してきた大韓帝国併合は1910年8月29日)
    ・大日本帝国が大韓帝国を併合していた時代に、朝鮮人の部下になった日本人がたくさんいたこと(植民地ではなかった証拠)
    ・属国の歴史が独立の歴史よりも多い地域は世界で朝鮮半島だけであること
    ・大日本帝国の朝鮮総督府が朝鮮半島の鉄道を広軌1435mmにしたこと(広軌は新幹線と同じレール間隔。日本列島では狭軌1067mmだから、日本列島よりも立派な鉄道を朝鮮半島に敷設した)
    ・いわゆる「従軍慰安婦」の河野談話が、原案も最終案も韓国側に提示されていて、韓国の悪意ある修正を受けていたこと
    ・漢文の「世宗実録」28年の項に、倭寇の多くは朝鮮半島住民であり日本人の倭寇は全体の1〜2割に過ぎないと記されていること(この部分が、現在のハングルの「翻訳本」には欠損している)
    ・朝鮮半島の住民は、日本の歴史に当てはめると「大化の改新」以前の生活をしていたこと
    ・朝鮮民族とは日本民族に「恩をあだで返してきた」民族であること
    ・上記は歴史を直視しているので韓国に遠慮はいらないこと(韓国の外相が「日本は歴史を直視せよ」と発言している)
     

     2014/1/3

  8. ●「靖国」で毎度の中国&韓国による「猛烈抗議」に加え、同盟国米国の「失望」、ロシアの「遺憾」、EUの「懸念」を招き、対中国包囲網を一夜にして対日包囲網へと転じさせた安部信三日本国内閣総理大臣。元旦になされた安部内閣主要閣僚による靖国参拝強行で、ダメを押された形となった。日本と日本国民が「A級戦犯国家」「A級戦犯国民」へと貶められ、散々なスタートとなった2014年。

     すっかり元気を取り戻した中国の外交攻勢が勢いを増す中、北朝鮮の元カノ殺し・叔父さん殺しの殺人鬼が、新たなる血を求めて動き出す。尖閣軍事占領と南侵がセットで計画されているかもしれない。二正面の戦いに日本は対処できるのか?「靖国」でひびが入った日米同盟は、十全の機能を果たせるのか?日本孤立化、存亡の危機を招いた安部総理は直ちに辞任(靖国辞任・総辞職)し、日本にかけられた嫌疑と不信を払拭すべきだ。危機が顕現する前に、日本のために辞めてくれ。

     今、ソチ冬季オリンピックを前に、ロシアで頻発するテロ事件も気にかかる。あの「ミュンヘン事件」とアルジェリア人質虐殺事件、北オセチア小学校占拠事件の悪夢がよぎる。日本人もテロの標的である。昨年の東京都知事によるイスラム侮辱発言もあり、またアルジェリア人質虐殺事件を見ても、テロリストはむしろ積極的に日本人を狙ってくるだろう。万一、日本人が人質になるテロ事件が発生した場合、靖国参拝に対する世界の反応を見誤った日本版NSCが、正確な情報収集、適切な状況判断ができるとは到底思えない。外務省との間で醜い責任のなすりあいを演じるだけだろう。しかも、現ロシア大統領は、あのKGB出身のプーチン氏であり、テロリストと交渉(妥協)することはありえない。モスクワ劇場占拠事件のときと同様、有毒ガスを投入の上、アルファ部隊を突入させるだろう。人質もろともテロリストを殺害、結果、再び日本人が犠牲になる。悪夢である。

     かつて、「金日生」を押し立てて北朝鮮を建国したヨシフ・スターリンは、沿海州在住の朝鮮人を大量に中央アジアに強制移住させた。ひょっとすると、今、ロシアで爆発事件を起こしているのは、中央アジア出身の朝鮮系○○人を装った北朝鮮工作員かもしれない。世界の耳目をロシアの黒海周辺に釘付けにし、南侵を容易にする国際環境醸成を狙っているのでは?同様に、今、日本国内で頻発する凶悪事件(経済人射殺事件等)や不可解な事象(含靖国参拝)も、北朝鮮工作機関の暗躍があるのでは?日韓離反と韓国の後方支援地たる日本の撹乱を狙っているのではないか?そんな疑念が湧く。

     とにかく、万一の動乱(対日・対韓軍事攻撃)やテロ事件(日本人人質事件)、M9+L7の原発震災が起きれば、日本一国では対応できない。靖国で「神」とされるA級戦犯も、なんの役にも立たない。諸外国の協力を仰がざるを得ないのだ。それでも「靖国」にこだわり、世界から孤立、再び日本人を殺すのか?何が何でも日本を復古させようとする勢力は、結局、日本をして原始時代まで引き戻すつもりなのだろうか?馬鹿馬鹿しいにもほどがある。

     護持された国体ある限り、日本に真のリーダーも、本物の民主主義も期待できないだろう。が、せめて確認しよう。A級戦犯は「神」ではない。諸国民に対してのみならず、日本人にとっても憎むべき戦争犯罪人なのだ。今、安部内閣総辞職(or靖国辞任)とともに、世界へ向けて「脱・靖国」を宣言、国家神道とは断絶した国立戦争犠牲者追悼施設(具体的には千鳥が淵の戦没者霊苑を拡充整備する)の建設にすぐに着手してほしい。世界から完全に見捨てられる前に、手遅れにならないうちに・・・。

     絶望の中に光明を探すドナドナの道である。

     2014/1/2

  9. コリアン(朝鮮民族、韓国人・北朝鮮人)が認めたがらない歴史的事実一覧(コリアンは歴史を直視せよ)




    ・稲作が九州から朝鮮半島に伝わったこと
    ・唐辛子が日本から朝鮮に伝わったこと(足袋(たび)に入れて足を温めるものとして朝鮮半島に持ち込まれたのが唐辛子)
    ・半島南部の先住民が日本人(倭人)であったこと
    ・新羅の建国時の宰相が日本人(倭人)であり、王家の二つが倭人系統であること、また始祖の朴赫居世についても日本人説(倭人説)があること
    ・百済、新羅が大和朝廷に対し従属的地位にあったこと
    ・大和朝廷による任那(伽耶)地域の支配があったこと(半島南部における多数の前方後円墳の存在)
    ・朝鮮半島における文化的独自性が欠落していること(あらゆる分野での古典の不在)
    ・属国として歩んできた歴史であること(漢民族・モンゴル民族・満洲民族のどの民族からも朝鮮民族は格下扱いされてきた)
    ・中国の属国になってから、みずから改名して、中国語の姓名であること
     ・秀吉の朝鮮出兵が日本と明の戦争であったこと(李氏朝鮮の軍は明の軍の指揮下に入り、和平交渉も日本と明の間で行われた)
     ・李氏朝鮮が、中国の地方長官の地位でしかなかったこと
    ・清から、李氏朝鮮が琉球とベトナムよりも格下に扱われていたこと
    ・李氏朝鮮の前の高麗では、元の命令で、王妃が代々モンゴル人であり、モンゴル人の母親から生まれた息子しか国王になれなかったこと
    ・朝鮮半島の国が、歴史上一度も、単独では戦争に勝ったことがないこと(朝鮮民族と組んだ国も戦争に勝てない。高麗と組んだ元の元寇、大韓帝国を併合した大日本帝国の大東亜戦争)
    ・朝鮮民族が雑多な民族の集まりであること
    ・ハングルで表記できない発音がいくつもあること
    ・チマチョゴリが、子を産んだ女性は胸を露出して着る服であったこと
    ・朝鮮半島に唐辛子が広まったのは、塩が手に入らないから、塩の代わりの調味料だったこと
    ・李氏朝鮮の時代に、木を丸くする技術がなくて、二輪車がなかったこと
    ・秀吉が朝鮮に出兵した時に、秀吉側について明と戦った朝鮮人がたくさんいたこと
    ・馬に乗って戦っている倭寇がいて、日本人じゃない倭寇がいたこと
    ・日本に文明を教えてあげたと主張する王仁博士の出身地に、王仁博士の一族の末裔も王という姓の人もいないこと
    ・竹島が古代から一貫して日本の領土であったこと
    ・テーブルで肉を焼く料理法は戦後、日本から韓国に伝わったこと
    ・文盲だった朝鮮人にハングルを教えることにしてハングルを広めたのは日本人であること
    ・高麗の時代には、済州島は元の直轄地で、元の領土だったこと
    ・朝鮮戦争前はむろん、朝鮮戦争後もずっと、韓国人は白米を常食にできなかったこと
    ・朝鮮半島の国は中国の国に朝貢するにも朝貢する文物がないので女性を献上していたこと
    ・大韓帝国(李氏朝鮮)の外国からの莫大な借金を、日本が代わりに支払ってやったこと
    ・大韓帝国(李氏朝鮮)の李王家の帰国を大韓民国(韓国)が拒否しているし、大韓帝国と大韓民国は異なる国であるので、現在の韓国人に大韓帝国併合のことは言及できないこと(現在の韓国人は大韓民国人)
    ・2000年近い朝鮮半島の歴史の中で、朝鮮半島を統一した独立国家としての歴史は、936年から963年までの高麗の27年間と、1895年から1910年までの李氏朝鮮(1897年から大韓帝国と改称)の15年間しかないこと
    ・朝鮮という国名にしたのは明だが、他国に自国の国号を決めてもらった世界にただ一つの国であること
    ・百済と新羅の時代に朝鮮半島に住んでいた日本人が文明人として他の民族から尊敬されていたこと
    ・百済と新羅から帰化した人からの朝鮮語の伝搬が見られないことから、帰化人とは朝鮮半島に住んでいた日本人であったこと(帰化人を渡来人というのは誤り。文字通り帰ってきた人達。朝鮮半島からの帰化人は引き揚げ者)
    ・昔から今まで常に日本列島が朝鮮半島よりも文明文化が進んでいたこと
    ・済州島には朝鮮民族とは別の言語・風習を持っていた、朝鮮とは別の民族が住んでいたにもかかわらず、済州島を併合してしまったこと
    ・1948年に、済州島の民族を大虐殺したこと
    ・済州島の民族の言語とアイヌ語に共通な語があって、済州島には日本列島と同じ民族が住んでいたこと
    ・元寇の兵の大半は高麗人(朝鮮民族)だったこと(韓国では元寇を元の「日本征伐」としていて、高麗人が元寇の主力兵だったことを教えていない)
    ・民族が到達しやすくても脱出しにくいのが半島だが、そもそも朝鮮半島には日本人が住んでいて、後から別の民族がやってきて、それが朝鮮民族になったと考えられること
    ・民族は敵性民族がいなければ暖かい所に移動するので、朝鮮半島の朝鮮民族は北のほうから南下してきたと考えられること
    ・朝鮮民族が南下してきたといっても単一の民族としてではなくて、満洲民族、モンゴル民族、漢民族、北方のツングース民族等が南下して朝鮮民族になったと考えられること
    ・韓国では中国を親の国、韓国を兄の国、日本を弟の国だと教えているが、それ自体が韓国の属国思想であること(日本は独立国だったので、そういう発想がない)
    ・宦官制度が新羅の時代から1894年の甲午改革で廃止されるまであって、去勢された男子の宦官がいたこと
    ・朝鮮民族は漢民族・満洲民族・モンゴル民族に従属していて格下の民族とされていたこと
    ・清朝の冊封体制の中で李氏朝鮮の地位は低く、朝鮮使臣のみが丸首の衣で歩いて裏門から入ったこと(朝鮮使臣のみが礼服と籠に乗ることと正門から入ることを禁じられていた)
    ・昔の李氏朝鮮の大極旗には清国属国旗と記されていること
    ・遣隋使、遣唐使、日明貿易の時代にも朝鮮を通さずに日本は交易していること
    ・李氏朝鮮の時代も、水田の灌漑施設がなかったこと
    ・1000年にわたる売春立国であること
    ・遣隋使、遣唐使、日明貿易はあったが、遣高麗使、遣朝使のような朝鮮半島との貿易はなかったこと
    ・朝鮮の漬け物の発祥地は中国の重慶であること
    ・高麗の青磁は中国の殷が起源、李氏朝鮮の白磁は中国の北斉が起源であり、どちらも朝鮮半島の発祥の文物ではないこと
    ・日本の歴史は事実・真実のままで世界に誇れる立派な歴史であること(歴史を偽造する韓国に配慮して日本の教科書を記述することなどとんでもないことである)
    ・韓国の教科書には「〇〇を日本に教えてあげた」という記述が山のようにあるが、そのすべてが偽造・ねつ造であること(韓国は、日本発祥のものでさえ教えてあげたと記述する傲岸不遜な国。教えたも問題だが、教えてあげたという表記は無礼千万)
    ・朝鮮半島発祥の文物で日本に影響を与えたものは一つもないこと(朝鮮民族がいなくても日本の文明文化は発展していた)
    ・朝鮮半島に存在しないDNAの稲が日本だけにあること(稲作は中国雲南省あたりから海路で九州に伝わったから)
    ・新羅も百済も日本(倭国)のことを文化大国として敬仰していたこと(朝鮮半島初の統一国家である新羅の基礎づくりを指導したのは日本列島から渡ってきた日本人(倭種)だった。「第四代新羅王の解脱(タレ)は、倭の東北一千里にある多婆那国の生れ」(三国史記新羅本記)、多婆那(タバナ)国は、丹波、あるいは但馬と考えられている)
    ・日本国は九州北部と朝鮮半島にまたがっていたこと(鉄資源を採取するための拠点が朝鮮半島南部にあり、そこから南が倭国(日本)と認識されていた。「韓は帯方郡(魏の直轄地・現ソウル付近)の南にあり、東西は海、南は倭と接す」「倭に至るには(海岸に沿って水行し韓国を経て、あるいは南し、あるいは東し)その北岸、狗邪韓国に至る。(そこから)はじめて海を渡ること千余里、対馬国に至る・・」(魏志「韓伝」および「倭人伝」)
    ・日本は朝鮮半島南部の拠点を通じて、1世紀ごろには中国大陸と直接交流していたこと
    ・戦前の朝鮮史研究では、新羅4代王が日本列島の出身者であることなど常識であったこと
    ・新羅16代の王のうち半数が日本人であったこと(半島古史研究で基本資料とされる『三国史記4』(東洋文庫)に全文間違いの訳注がある。日本人(倭種)は4代目のみとする訳注を書いたのは韓国人の鄭早苗)
    ・新羅と百済の同時代の『唐書』に、「新羅も百済も倭国(日本)を大国として敬仰している。それは倭国には優れた品々が多いためで、常に使節が倭国に赴いている」との記述があること
    ・日本の皇室が世界で一番古い家系であること
    ・青森県の大平山元遺跡が「世界最古」の遺跡であること
    ・日本の神道のような信仰は世界中にあったが、今は日本にしか残っていないこと
    ・日本の前方後円墳は3世紀に出現したが、朝鮮南部の栄山江から発見された前方後円墳は5〜6世紀のものであること(日本人が朝鮮半島に住んでいた証拠であると知った韓国人は朝鮮半島の前方後円墳を爆破した)
    ・百済では1世紀になって初めて稲を作るべしとの王令が出たこと
    ・日本の農業用語に朝鮮由来の言葉がないこと(朝鮮から伝来していないから)
    ・日本書紀が書かれたのは8世紀だが、朝鮮の三国遺事が書かれたのは13世紀であり、日本の神話が朝鮮の神話よりも古いこと(日本の神話が朝鮮の神話を真似たというのは嘘。朝鮮神話が5000年前の熊太郎(檀君)神話を実話として教科書で教えているのは荒唐無稽)
    ・朝鮮が属国だったから、朝鮮からの使節が外交使節でなく朝鮮通信使とされたこと
    ・現在ソウルの城門のあった場所には「独立門」というものが建てられたが、昔その場所には『迎恩門』という門があり、それは「朝鮮王が9回頭を地面に叩きつけて擦りつけ、ひれ伏して清の使者を迎える」という・屈辱的な隷属の象徴の門だったこと
    ・朝鮮国王は 中国の王朝の皇帝によって任命されたこと 
    ・朝鮮国内の事件は全て皇帝に報告しなければならなかったこと 
    ・朝鮮国王の地位は、中国の王朝の廷臣よりも下だったこと 
    ・朝鮮政府には、貨幣の鋳造権すら与えられてなかったこと
    ・朝鮮政府には清国への食糧、兵士提供の要求権もなかったこと 朝鮮は清国に細かく定められた貢品を出す以外に、毎年、牛3000頭、馬3000頭、各地の美女3000人を選り抜いて貢がなければならなかったこと
    ・新羅が日本の属国であって、新羅の王子が日本に人質にとられていたこと
    ・白村江の戦いとは、日本の属国から唐の属国になって寝返った新羅をめぐっての、日本と唐の宗主国同士の争いであったこと
    ・ハングルが日本の阿比留文字の真似であること
    ・朝鮮通信使が、朝鮮の王から、日本から技術を学んでくるように言われていたこと
    ・併合前の大韓帝国がアジア最貧国だったこと(1910年のインドよりも、1910年の朝鮮半島は貧しかった)
     ・李氏朝鮮の王の即位の年には、「朝鮮国、権署国事、臣李某」から始まり、「国事をかりに処理する臣下の李」と、李氏朝鮮の王から清への書状に書かれていたこと
    ・「朝鮮」とは朝貢物の少ない国という意味であること(鮮は少ないという意味)
    ・現在の朝鮮民族と古朝鮮とは民族の連続性がないこと(現在確認されている朝鮮古語は180語しかない)
    ・満州国国歌を韓国国歌にしていること
    ・李氏朝鮮が男尊女卑の社会であって女は子を産む存在でしかなかったこと
    ・韓国は東北から北海道の緯度にある寒冷地帯であって、南方の食べ物である稲が育つはずがなくて、1980年代まで韓国人は雑穀を食べていたこと
    ・朝鮮半島には価値ある文化、富や食、豊かな土地などまったくなかったという理由で、中国の王朝が朝鮮半島を自国領にしなかったこと
    ・トンスル(人糞酒)があること(犬、猫、鳩の糞の酒もある)
    ・百済時代には、百済を含めた朝鮮半島の南部から中部まで日本の文化圏だったこと
    ・遺伝子(DNA)鑑定によれば、現在のコリアンの多くが北方系民族で、日本人の系統とはまったく異なること
    ・朝鮮半島の歴史上、最も繁栄したのが日韓併合時代であったこと(インフラが整備され、人口は倍増、学校が作られて教育水準も上がった)
    ・病人のまねをする病身舞があったこと
    ・戦後、障害児を海外に養子に出して捨てていたこと
    ・朝鮮半島ではオルドス式銅剣もそれを製造する鋳型も見つかっていないこと(中国大陸と日本列島では発掘されている)
    ・朝鮮半島では大陸性の青銅ナイフが見つかっていないこと(日本では見つかっている)
    ・朝鮮は外部世界と隔絶した秘境で、文化がなかったこと
    ・朝鮮半島には布を染色する技術がなくて、住民は色落ちした白い服しか着れなかったこと
    ・高句麗が、日本を格上の国として、日本に朝貢していたこと
    ・高句麗も渤海も朝鮮民族の国とは言えないこと
    ・李氏朝鮮の李氏が満洲民族だったこと(韓国が李氏朝鮮の初代の李成桂の歴史ドラマを作らないのは李成桂が満洲人だから)
    ・父親の大便を息子がなめて健康を見るのが孝行息子とされていたこと
    ・明の皇帝の衣装が龍9匹、皇族が8,7匹、大臣級が6,5匹、地方の役所の長が4,3匹なのだが、朝鮮王は龍3匹の衣装だったこと(龍3匹の衣装にも赤と青があるが、格下の青い衣装だった)
    ・李氏朝鮮には1882年まで国旗がなかったこと(属国だったから)
    ・李氏朝鮮の首都の漢城(現在のソウル)に、道路すらろくになかったこと
    ・鼻が曲がりそうな糞尿の悪臭が朝鮮半島全土をおおっていたこと
    ・家が竪穴式住居に近いものであったこと
    ・朝鮮では中国の貨幣を使用していたが、庶民には流通せず、庶民は5日おきに開かれる市場で物々交換していたこと
    ・李氏朝鮮時代に、性的奉仕を行う「妓生キーセン」がいて、身分は奴婢であって、妓生こそが性奴隷だったこと
    ・大韓帝国併合時、朝鮮に公立学校は約100校しかなかったが大日本帝国が1943年までに4271校まで増やしたこと(それらは当時日本列島にもなかったコンクリートやレンガ造りの三階建て校舎などだった)
    ・韓国は高句麗と渤海を朝鮮民族の国としているが、高句麗は日本を兄の国として外交使節を送ってきて、高句麗の後の渤海は日本を「父の兄、伯父(おじ)」の国として外交使節を送ってきていたこと
    ・キムチが人糞を混ぜて発酵させる食品だったこと(人糞の臭みを消すために唐辛子をどっさり入れた)
    ・キムチに使われる白菜も日本から伝わったこと(大正時代に名古屋の野崎徳四郎が栽培に成功した)
    ・役人が薪にするため柱を切ってしまうので、持っていかれないように、柱に人糞を塗ることがあったこと
    ・李氏朝鮮の李氏は明・清の後ろ盾で朝鮮王を名のっていただけであり、朝鮮半島は実質は無主地だったこと
    ・大日本帝国の民間銀行「第一銀行韓国総支店」が1902年に第一銀行券を発行したが、それが韓国で初めての紙幣であったこと
    ・男尊女卑で、女性は男性の食べ残しを食べていたこと
    ・ハングルは表音文字なので、「放火」と「防火」が同じ、「素数」と「少数」が同じ、「祈願」と「起源」が同じになってしまうこと
    ・李氏朝鮮・大韓帝国に鉄道がなかったこと
    ・李氏朝鮮・大韓帝国が禿山ばかりだったこと
    ・キムチがもともと中国の酸菜(冬季用の漬物)が三国時代に韓国に伝わったものである(白いキムチ)と中国最古の詩篇「詩経」に記載されていること(それに唐辛子を加えたのが今の赤いキムチ)
    ・李氏朝鮮・大韓帝国には2階建ての建築物がなかったこと(外国人の建築物を除く)
    ・英語その他のヨーロッパ語の辞書が作られたのは日韓併合後であったこと
    ・朝鮮人小学校の年間平均学費が1人7円30銭であったのに対し、日本人小学校の年間平均学費が平均40円であったこと(日韓併合時代、日本は朝鮮人を優遇していた)
    ・大日本帝国軍の将校であった多くの韓国人が創氏改名をしなかったこと(もし創氏改名が強制されたものであったとしたら、朝鮮半島出身の将校こそ、手本を示すために創氏改名させられたはず)
    ・李氏朝鮮518年、日韓併合時代、1945年以後の南北分裂時代の3つの時代を比較して、もっとも人命が尊重されて人口が増えたのは日韓併合時代だったこと
    ・朝鮮の残虐な刑罰を廃止したのは日本政府であったこと
    ・大韓帝国併合を要請したのは大韓帝国側であったこと
    ・車輪を作れなかったので、李氏朝鮮・大韓帝国には馬車・牛車・人力車、農業用の水車がなかったこと
    ・朝鮮民族には入浴する習慣がなかったこと
    ・朝鮮半島の諸国が日本の管轄下にあったことを南宋の順帝が公式に認めていたこと(宋書は、倭王・武の順帝宛上表文の「海を渡って平らげること95ヶ国)を認め、順帝から「武を使特節都督倭・新羅・任那・加羅・秦韓・慕韓六国諸軍事、安東大将軍、倭王に叙した」とする)
    ・広開土王碑文には「391年、倭が百済と新羅を破り臣民とした」とあること
    ・鉄の産地は主に新羅地域だが、隋書に「日本人(倭人)が鉄を採掘している、という『韓伝』の転載」があること
    ・752年の奈良大仏開眼供養には、アジア各国からの参列者があって、日本の勢力は隆盛だったこと(導師はインド出身の僧菩提僊那で、従者には胡人(イラン人)も混じり、日本、唐、高麗の楽舞が大仏に奉納された。1万数千人もの参列者の名簿が正倉院文書にある)
    ・百済の時代に、日本に70近くの国分寺、国分尼寺が建立されていたこと(仏教が百済から伝わったというのは嘘)
    ・野糞が普通だったこと(どの道も糞尿だらけだった)
    ・少女キーセン(性奴隷)がいたこと
    ・私有財産が保障されていなかったこと
    ・大韓帝国併合後は、洪中将、金少将など、朝鮮人を分け隔てなくして、日本人兵士に対して命令できる軍の高位に抜擢したこと
    ・朝鮮の女性には名前がなかったこと
    ・平均寿命が24歳だったこと(大韓帝国併合後には平均寿命が56歳に上がった)
    ・朝鮮人女性の性奴隷を禁止したのは大日本帝国政府であったこと
    ・現代の朝鮮民族の風習がロシアのエヴェンキ族に酷似していること(古代の朝鮮とは別の民族)
    ・朝鮮には木を丸くする技術がなかったので桶(おけ)も樽(たる)もなかったこと
    ・朝鮮民族は犬を食べるが、時間をかけて犬を苦しめて殺していたこと
    ・元寇の兵士の大半が朝鮮民族だったが、占領した対馬の住民に対して、男は皆殺し、女は掌に穴をあけて縄を通して船につるしたこと(日本兵が矢を射られないようにした)
    ・在日韓国籍コリアンの多くが、戦後、済州島から日本に密入国してきた人であること(戦時中の強制連行どころか、戦争が終わって大韓民国ができてから自分の意志で日本に来た)
    ・韓国語に「おもいやり」の単語がないこと(韓国人は「人をおもいやる」ことがないから)
    ・朝鮮半島は、ソウルでさえ浮浪者が集落を作っているに過ぎず、何の文明もなかったこと
    ・朝鮮半島は「羅生門」の時代よりも悲惨な状態だったこと
    ・朝貢が少ないと文句を言う清王朝の機嫌をとるため、収穫物・生産物のほぼすべてを両版(リャンバン)が収奪していたこと
    ・1910年の時点で朝鮮の住民の94%が文盲だったこと(ハングルも読めなかった)
    ・対馬の領土化を狙った李氏朝鮮の対馬侵略が1419年の「応永の外寇」だが、対馬の守護や主力兵が不在の時期を狙って17285人の軍勢を対馬に侵攻させたにもかかわらず、対馬の留守を預かる600人程度の日本の武士に李氏朝鮮が10日ほどで完敗したこと(戦死者が日本20人、朝鮮2500人以上)
    ・「応永の外寇」の結果、対馬が日本であることを李氏朝鮮が再確認させられたこと
    ・李氏朝鮮が対馬に朝貢していたこと(李氏朝鮮は明治になるまで、毎年大量の米、麦、野菜などを対馬に献上していた)
    ・大日本帝国は1895年に台湾を、1910年に朝鮮半島を併合したが、1910年の朝鮮半島が1895年の台湾よりも非文明地域だったこと
    ・創氏改名を要請したのは朝鮮人の側だったこと(朝鮮民族は漢民族・満洲民族から格下扱いされていたので、日本名を名乗って日本民族を詐称することを朝鮮民族が望んだ)
    ・伊藤博文を暗殺したのは安重根ではなかったこと
    ・秀吉が朝鮮から連れてきた陶器職人を、江戸時代に家康が朝鮮に帰してあげようと言ったところ、全員が断ったこと(日本の暮らしのほうがずっと良かったから)
    ・李氏朝鮮は清の属国だったが、清に日清戦争で勝って李氏朝鮮を独立させたのが大日本帝国であること(李氏朝鮮の宗主国・清に勝った国を弟の国と呼ぶのは支離滅裂)
    ・李氏王朝を廃止したのは李承晩(韓国初代大統領)だったこと(李氏王朝は大韓帝国併合後も存続していた)
    ・鑑真も空海も最澄も東シナ海を渡ったこと(朝鮮半島を経由しなかったのは、朝鮮半島に立ち寄ると物資が略奪されるから)
    ・朝鮮人は、日本と中国大陸の文化伝来の邪魔をしていたこと(朝鮮半島を経由できていれば、東シナ海でたくさんの日本の船が沈没することはなかった)
    ・朝鮮の王朝が、1400年代まで対馬や九州北部に数十回も侵略しようと兵を送っては撃退されていたこと
    ・江戸時代の朝鮮通信使が市中で鶏を盗んだりして町人に嫌われていたこと
    ・対馬が日本神話に出てくる古代からの日本の領土であること
    ・朝鮮半島には武士階級がいなかったこと(武道で心身を鍛えることがなかったのが朝鮮民族)
    ・中国の王朝に朝貢していた越南(ベトナム)、琉球(沖縄)、朝鮮の中で、朝鮮だけが属国扱いされていたこと
    ・大日本帝国が1924年に京城帝国大学(ソウル大学の前身)を設立したこと(植民地ではなかった証拠。欧米は植民地には小学校すら作らなかった)
    ・朝鮮名のままだと商売がやりにくいという(名目での)朝鮮人の訴えが多かったので、内務省が創氏改名に踏み切ったこと(判子をついた元内務官僚の元自民党衆議院議員の発言がある)
    ・李氏朝鮮は清に美女3000人を毎年献上していたので美女が減っていったこと(美女から生まれる男子も減っていった)
    ・竹島どころか、竹島と朝鮮半島の間の鬱陵島(ウルルン島)も江戸時代の1618年から1696年まで日本の領土であったこと
    ・朝鮮王が清国皇帝に奉呈した貢文に清国皇帝が気に入らない言葉が1つあっただけで、朝鮮王は銀一万両を罰金として払った上に、年貢への見返りを3年間停止するという厳しい処罰を受けたこと
    ・李氏朝鮮のソウルには、芸術品がまったくなく、公園もなければ催し物も旧跡も寺院もなかったこと
    ・樽(たる)を作れなかったので、味噌も醤油も作れなかったこと
    ・朝鮮半島の民族が昔から今まで南と北で相当違っていること
    ・韓国で使われている漢字語の8割以上が日本製であること(ハングルの読み方で読まれたのが漢字語)
    ・李氏朝鮮では漢字を読めたのは男性貴族だけだったこと
    ・李氏朝鮮では両班、中人、常民、奴婢、白丁という順に厳しい身分支配構造が形成されていたこと(日本と違って、階級の移動がなかった)
    ・李氏朝鮮の商店には屋根も棚もなかったこと(李氏朝鮮では土の上に魚を置いて売っていた)
    ・李氏朝鮮で1400年代に王が命じた水車づくりが1700年代の朝鮮でも実現されていなかったこと
    ・下層民である奴婢は両班の一家の食べ残しを食べていたこと
    ・先の大戦では、日本の一部だったのだから敗戦国だし、独立戦争を戦ったわけでもないのに、戦後、朝鮮進駐軍と称して日本国民に乱暴狼藉の限りを尽くしたこと
    ・1965年の日韓基本条約締結時、日本側代表が「互いの財産を相殺すれば(韓国に残した日本の財産の方がはるかに多いので)そちら側が莫大なカネを払うのだぞ」と反論したこと
    ・日本固有の領土である竹島を不法占拠している韓国は、日本に対する侵略国であること
    ・対馬藩が朝鮮に租界地を有していたこと
    ・朝鮮が告げ口社会であり、それが今でも続いていること
    ・日本の歴史を歪曲することは「日本民族の魂」を歪曲することであること(韓国の外相が「歴史は民族の魂だ」と発言している)
    ・江戸時代の朝鮮通信使が日本に来て大きな川に橋が架かっているのに驚いたこと
    ・「歴史を忘れた民族に未来はない」という言葉は、自分の歴史書を売るために韓国人に向けて発言した韓国人の申采浩の言葉であること
    ・日本に、韓国に謝罪と賠償を要求する権利があること(高麗の皇太子が元の皇帝フビライに「日本は、いまだ陛下の聖なる感化を受けておらず。」と述べたことが、元寇への決定的な要因となった)
    ・元寇の主力先兵は高麗兵であり、指揮官の中でも好戦的だったのが高麗人だったこと(中国の正史『元史』にも、朝鮮の正史『高麗史』にも記述がある)
    ・壱岐・対馬に上陸した高麗兵の残虐行為からまだ1000年を経ていないのだから、韓国に謝罪と賠償を要求する権利があること
    ・「従軍慰安婦」はなかったこと(呉善花氏は韓国で生まれて26歳まで韓国で生活していたが、その間、村の女を軍や総督府の官憲が強制的に連行したといった話は一切耳にしたことがなく、呉氏がインタビューした植民地世代韓国人も「一人としてそのような様子を見たことも聞いたこともない」と言っている)
    ・大韓帝国が成立したのは大日本帝国が日清戦争に勝ったからで、大韓民国が成立したのは大日本帝国が敗戦したからであること(韓国人は日本人に足を向けて寝られない)
    ・戦後、一般の日本人を一番殺したのは韓国であること(島根県の漁民が犠牲になった)
    ・日本人の韓国嫌いは一時的なものではないこと(朝鮮人と知り合った日本人が朝鮮人嫌いになったのは昔からである)
    ・コリアン(朝鮮民族)を嫌っていたのは日本人だけではないこと(コリアンを知ったロシア人もコリアンを嫌った)
    ・朝鮮半島起源の文化が一つもないこと
    ・朝鮮には誇れる歴史がないので、歴史を創出しようとしていること(2010年の民主党政権時、宮内庁が保管していた「朝鮮王室儀軌」を50点だけ持っていく約束が他のも2000点も持っていった)
    ・昔から、困った時だけ日本に頼ってきたこと(秀吉の時代も、飢饉に苦しんだ李氏朝鮮に米を送っている)
    ・いくら日本人に嫌われても意に介せず厚顔無恥なこと(最近になって、日本の嫌韓に気が付いてきて驚いている)
    ・戦後、日本は、朝鮮人に帰国するように呼びかけて、朝鮮半島に帰国する朝鮮人のために何度も無料で船を出したこと(現在の在日韓国籍コリアンは自分の意志で日本にいる)
    ・大日本帝国が大韓帝国を併合した時に、ほとんどの朝鮮人が喜んだこと
    ・1945年から1990年にかけて、韓国軍の強制的な拉致・監禁で慰安婦にされた女性がいたこと(特殊慰安隊、ヤンコンジュ・洋公主と言われる韓国軍の従軍慰安婦)
    ・パク・クネ大統領の父親の朴大統領が韓国軍慰安婦問題の張本人であること(娘のパク・クネは、これを隠してごまかすために日本軍慰安婦だと嘘を触れ回っている)
    ・1910年の日韓併合時、総督府がそれまで朝鮮にはなかった戸籍の整備を始めたところ、非常に多くの朝鮮人が「日本名」で戸籍に登録する騒動が勃発したこと(1911年、総督府は朝鮮人を区別するため「改名禁止」の法令を出した)
    ・1939年、総督府が、朝鮮人の強い要望により「創氏改名」を発令したが、1940年に施行された時、朝鮮人の人口の80%の322万戸が自分の意志で日本風の氏を名乗ったこと
    ・日本名への改名は、朝鮮人の「姓」に、日本風の「氏」を追加しただけであったこと(従来の朝鮮人の「姓」は廃止も改名もされていない)
    ・中国への朝鮮人の入植が始まると、朝鮮人と中国人のトラブルが続発したこと
    ・中国各地での日本国籍を与えられた朝鮮人の道徳の無い行動が中国や世界でニュースに取り上げられてヨーロッパで反日宣伝の材料になったこと
    ・朝鮮半島で、朝鮮人に横暴な振る舞いをしたのは朝鮮人の下級補助員(補助憲兵、朝鮮人巡査、朝鮮人通訳)だったこと
    ・イングランドがスコットランドを併合したように大日本帝国が大韓帝国を併合したこと(植民地化ではなくて、併合であった)
    ・清に朝貢していたという事実からは、ベトナムと沖縄が韓国の兄の国になること(沖縄は日本の一部(県)だが、韓国からは兄の「国」になる)
    ・663年の白村江の戦い後、日本人が命からがら朝鮮半島から日本列島に帰ってきたこと(終戦直後の朝鮮進駐軍と同じ。朝鮮民族の民族性は変わらない)
    ・朝鮮人に温情を掛けると朝鮮人は自分が上だと勘違いすること(どの民族からも格下扱いされていた朝鮮民族を大日本帝国が対等に扱った結果、韓国は、韓国が兄の国、日本が弟の国なんてとんでもないことを言い出した)
    ・大日本帝国時代、朝鮮総統府の日本人全職員がハングルの辞書を持たされてハングルを勉強したこと(植民地ではなかった証拠。植民地なら現地語を学ばない)
    ・大韓帝国併合時代も朝鮮半島では盗み、こそ泥がひんぱんだったこと
    ・第二次世界大戦で、韓国は戦勝国ではないこと(それを戦勝国と偽って朝鮮進駐軍と名乗った)
    ・朝鮮半島南部は日本人(倭人)の拠点の1つとして開拓されたこと
    ・朝鮮民族の誕生は13世紀頃であること(明の属国になって半島外から異民族の血が混じることが無くなった時)
    ・小便で顔を洗っていたこと(清潔という概念が無かった)
    ・キムチに対応する漢字が存在しないこと(キムチの歴史はせいぜい70年以内である疑い)
    ・小便や糞が混ざっている水でも平気で飲んでいたこと(味噌も糞も朝鮮人にとっては一緒だった)
    ・小便壺が家の中にあって、客がいても平気でそこで小便をしていたこと
    ・朝鮮半島の土壌からは寄生虫の卵が大量に見つかること
    ・世界で唯一人糞を口に入れる民族だったこと
    ・李氏朝鮮の厳格な身分制度を廃止したのは大日本帝国であったこと
    ・韓国ドラマに出てくる見事な鎧(よろい)・甲冑はまったくのねつ造であること(昔のものが1つも見つかっていない)
    ・韓国は朝鮮戦争により中国から被害を受けたので、その謝罪と賠償を中国に要求したが、中国大使から一喝されたあげく経済制裁されたこと(それ以降、韓国は中国に一切謝罪と賠償を要求しなくなった)
    ・謝罪謝罪と言うなら、韓国人が大日本帝国軍の兵として戦争したことを連合国軍に謝罪すべきであること(謝罪が好きなら自ら率先して謝罪して手本を見せるべき)
    ・韓国には謝罪を「受け入れる」文化が無いこと(韓国人にとって謝罪は上下関係を決定づける行為でしかなく、謝罪は隷属の意志を示す行為になる)
    ・512年12月、百済が使者を日本に送ってきて「任那の一部(百済寄りの4県)は日本から遠く、百済に近いので、譲って欲しい」と言ってきて、百済が任那の4県をぶんどってしまったこと(日本に対して一方的なのは昔から)
    ・米軍が韓国に駐留した1945年9月以後も、韓国では100万人を超える女性が基地の村で米軍らを対象に売春していたこと(韓国政府は基地村の女性に「慰安婦」の名称を使っていた)
    ・史実に基づいた歴史を韓国人に教えるのが日韓のためであること(韓国人の留学生が京都に「日韓友好のため」と称して従軍慰安婦の像を作ろうと運動している)
    ・江戸時代の朝鮮通信使が朝鮮の風習で大便を街道の路上で行ったこと
    ・朝鮮通信使が、旅館の器物を軒並み持っていってしまったこと
    ・朝鮮通信使に対する苦情が多かったので、1811年に幕府は朝鮮通信使を対馬止めにすることに変更したこと(易地聘礼、えきちへいれい)
    ・朝鮮通信使が日本の貨幣経済の発達に驚いたこと(江戸時代でも、朝鮮では物々交換だった)
    ・朝鮮半島で、庶民が食事の際に箸やスプーンを使うようになったのは1910年以降のことであること(それまではインド式(手づかみ)であった)
    ・大日本帝国の朝鮮総督府が何度も出した布令に「路上脱糞禁止令」があったこと
    ・1937年からの大日本帝国の志願兵の募集に朝鮮人が殺到したこと(1942年には倍率が62.4倍にもなった)
    ・朝鮮半島は空気が乾燥しているので、発酵食品が生まれなかったこと(醤油、味噌だけでなく、納豆も朝鮮人は知らなかった)
    ・1945年、脱走した朝鮮人兵が沖縄の伊是名島(いぜな島)の住民を虐殺したこと
    ・在日韓国籍コリアンには、仕事をしに日本へ渡ってきた人とその子孫か、朝鮮戦争を逃れてきた人とその子孫しかいないこと(李青若『在日韓国人三世の胸のうち』より)
    ・「アメリカ軍が1944年に調査したところ、慰安婦は金で雇われたただの売春婦だった!」という報告書が発見されたこと(第3者で当時の敵国から出た証拠)
    ・韓国人が起源を言うなら、トンスル(人糞酒)の起源が朝鮮半島であると言うべきであること(日本には無いので、トンスルの起源が朝鮮半島だと言われても日本人は反論しない。遠慮はいらない、韓国人はトンスルの起源を世界中に主張すべき)
    ・戦後、韓国と取引した日本企業は韓国から送られてきた試作品を見て契約したが、実際の取引が始まると粗悪品ばかり送られてきたこと
    ・スサノオノミコトが韓地に行ったという「日本書紀」の記述からも朝鮮半島南部が日本であったことがわかること
    ・朝鮮民族の歴史が、強いものには巻かれ、弱いものには悪辣非道な歴史であること
    ・「韓国は嘘の国、日本は本当の国」であること(韓国が韓国民に教えている「韓国は兄の国、日本は弟の国」はまったくのデタラメ)
    ・大韓帝国併合は併合であって植民地ではなかったが、それを植民地であったと歴史を偽造して、朝鮮人なら当然のごとくするであろう非道な行為を日本人がしたように嘘をついていること(朝鮮民族は下の者には悪辣非道だから朝鮮民族の発想で植民地を想像している。下の者だからといってそれだけで悪辣非道なことを日本人はしない)
    ・強制連行されたという、いわゆる「従軍慰安婦」が1人も見つかっていないこと(自発的にやっていた高給取りの「追軍売春婦」ばかり)
    ・大日本帝国の軍隊には朝鮮人の将校までいたのであるから、強制連行された朝鮮人の「従軍慰安婦」がいれば、まっ先に朝鮮人兵が解放していたはずであること(朝鮮人兵が何もしなかったのは、いわゆる「従軍慰安婦」が軍とは無関係な高給取りの売春婦だったから)
    ・大日本帝国の軍が「従軍慰安婦」を強制連行した証拠資料が1つも存在しないこと(にもかかわらず、韓国の与党議員らが慰安婦の記録物を世界記録遺産に登録しようなんて発言している)
    ・朝鮮半島の歴史はほとんど属国の歴史であり、独立していた日本の歴史に嫉妬して、日本の歴史を悪く書き換えようとしていること(いくら日本に嫉妬しても、日本の歴史が素晴らしいことに変わりはない)
    ・日本人が明治時代にある種の郷愁を覚えるのは、明治時代がほとんど日本人の国であったからであろうこと(明治時代は1912年7月30日まで。韓国人が移住してきた大韓帝国併合は1910年8月29日)
    ・大日本帝国が大韓帝国を併合していた時代に、朝鮮人の部下になった日本人がたくさんいたこと(植民地ではなかった証拠)
    ・属国の歴史が独立の歴史よりも多い地域は世界で朝鮮半島だけであること
    ・大日本帝国の朝鮮総督府が朝鮮半島の鉄道を広軌1435mmにしたこと(広軌は新幹線と同じレール間隔。日本列島では狭軌1067mmだから、日本列島よりも立派な鉄道を朝鮮半島に敷設した)
    ・いわゆる「従軍慰安婦」の河野談話が、原案も最終案も韓国側に提示されていて、韓国の悪意ある修正を受けていたこと
    ・漢文の「世宗実録」28年の項に、倭寇の多くは朝鮮半島住民であり日本人の倭寇は全体の1〜2割に過ぎないと記されていること(この部分が、現在のハングルの「翻訳本」には欠損している)
    ・朝鮮半島の住民は、日本の歴史に当てはめると「大化の改新」以前の生活をしていたこと
    ・朝鮮民族とは日本民族に「恩をあだで返してきた」民族であること
    ・上記は歴史を直視しているので韓国に遠慮はいらないこと(韓国の外相が「日本は歴史を直視せよ」と発言している)
     

     2014/1/2

  10. 平和ボケからの脱却ー日本を希望の持てる国にするために
    http://ameblo.jp/kororin5556/entry-11741173721.html

     2014/1/2

  11. 【靖国参拝】安倍首相を攻撃して日本国民と分断する戦略だった中国政府、「参拝支持」の世論調査結果に衝撃
    http://uyosoku.com/archives/35356097.html

     2014/1/2

  12. ●安部総理による靖国参拝強行で、息を吹き返した感のある中国共産党。
     気球による尖閣上陸のデモンストレーション(威力偵察)を実施し、今後の本格的な上陸作戦へ向け日米防衛体制を検証しているようだ。数百人規模の空挺部隊による空の人海戦術か、数千隻の武装漁船による海の人海戦術か?即行(数時間以内)でヘリポート、対空・対艦ミサイル基地を構築し、日本政府が遅疑逡巡している間に尖閣完全占領を宣言し、韓国に不法占拠されている竹島のような状態(軍事要塞化)を作り出すのかも。「靖国」で隙間が生じた日米同盟は、中国の侵略に対して完全に機能するのか?「靖国」にこだわり、大局的な状況判断を見誤った安部総理の責任である。

     あるいは、中国共産党による尖閣上陸演習事件は、北朝鮮の南侵(対韓国軍事攻撃)を支援するための陽動作戦かもしれない。叔父さん殺しで中国と関係が悪化したと偽装し、韓国を油断させ、日米の注意を尖閣に引き寄せたところで、意表をつく奇襲・飽和・集中攻撃で一気に韓国を制圧する意図か?最近盛んな毎度の対韓国甘言外交も、裏では軍事作戦が準備されている証左ではないか?「反日」が信仰レベルの韓国大統領は、日本との対話を拒否しつつ、「北朝鮮の軍事行動に最高度の警戒をする」と宣言する。ならば、なぜ国家中枢を長距離砲の射程内に置いたままにするのか?数万発飛んでくる大砲の砲弾は、パトリオットミサイルでは迎撃できないのに・・・。

     元カノ殺し、叔父さん殺しの殺人鬼は、同じ民族であっても容赦なくその生血を求めるだろう。あとは、いつやるか?時期の問題だ。備蓄食料・燃料の状況、イランとの連携、中国人民解放軍内部の親北朝鮮派やロシアの動向等見据えつつ、総攻撃命令を下すのか?

     今、間近に迫るソチ・オリンピック。そういえば、北京オリンピック開会式の際、ロシア軍はグルジアに侵攻した。世界の耳目が他に注がれるときを見計らって、戦争を仕掛けるのだろうか?油断は禁物だ。

     「失望」で始まった2014年。「靖国」を脱して、「希望」溢れる年末を迎えたいものである。

     2014/1/2

  13. コリアン(朝鮮民族、韓国人・北朝鮮人)が認めたがらない歴史的事実一覧(コリアンは歴史を直視せよ)




    ・稲作が九州から朝鮮半島に伝わったこと
    ・唐辛子が日本から朝鮮に伝わったこと(足袋(たび)に入れて足を温めるものとして朝鮮半島に持ち込まれたのが唐辛子)
    ・半島南部の先住民が日本人(倭人)であったこと
    ・新羅の建国時の宰相が日本人(倭人)であり、王家の二つが倭人系統であること、また始祖の朴赫居世についても日本人説(倭人説)があること
    ・百済、新羅が大和朝廷に対し従属的地位にあったこと
    ・大和朝廷による任那(伽耶)地域の支配があったこと(半島南部における多数の前方後円墳の存在)
    ・朝鮮半島における文化的独自性が欠落していること(あらゆる分野での古典の不在)
    ・属国として歩んできた歴史であること(漢民族・モンゴル民族・満洲民族のどの民族からも朝鮮民族は格下扱いされてきた)
    ・中国の属国になってから、みずから改名して、中国語の姓名であること
     ・秀吉の朝鮮出兵が日本と明の戦争であったこと(李氏朝鮮の軍は明の軍の指揮下に入り、和平交渉も日本と明の間で行われた)
     ・李氏朝鮮が、中国の地方長官の地位でしかなかったこと
    ・清から、李氏朝鮮が琉球とベトナムよりも格下に扱われていたこと
    ・李氏朝鮮の前の高麗では、元の命令で、王妃が代々モンゴル人であり、モンゴル人の母親から生まれた息子しか国王になれなかったこと
    ・朝鮮半島の国が、歴史上一度も、単独では戦争に勝ったことがないこと(朝鮮民族と組んだ国も戦争に勝てない。高麗と組んだ元の元寇、大韓帝国を併合した大日本帝国の大東亜戦争)
    ・朝鮮民族が雑多な民族の集まりであること
    ・ハングルで表記できない発音がいくつもあること
    ・チマチョゴリが、子を産んだ女性は胸を露出して着る服であったこと
    ・朝鮮半島に唐辛子が広まったのは、塩が手に入らないから、塩の代わりの調味料だったこと
    ・李氏朝鮮の時代に、木を丸くする技術がなくて、二輪車がなかったこと
    ・秀吉が朝鮮に出兵した時に、秀吉側について明と戦った朝鮮人がたくさんいたこと
    ・馬に乗って戦っている倭寇がいて、日本人じゃない倭寇がいたこと
    ・日本に文明を教えてあげたと主張する王仁博士の出身地に、王仁博士の一族の末裔も王という姓の人もいないこと
    ・竹島が古代から一貫して日本の領土であったこと
    ・テーブルで肉を焼く料理法は戦後、日本から韓国に伝わったこと
    ・文盲だった朝鮮人にハングルを教えることにしてハングルを広めたのは日本人であること
    ・高麗の時代には、済州島は元の直轄地で、元の領土だったこと
    ・朝鮮戦争前はむろん、朝鮮戦争後もずっと、韓国人は白米を常食にできなかったこと
    ・朝鮮半島の国は中国の国に朝貢するにも朝貢する文物がないので女性を献上していたこと
    ・大韓帝国(李氏朝鮮)の外国からの莫大な借金を、日本が代わりに支払ってやったこと
    ・大韓帝国(李氏朝鮮)の李王家の帰国を大韓民国(韓国)が拒否しているし、大韓帝国と大韓民国は異なる国であるので、現在の韓国人に大韓帝国併合のことは言及できないこと(現在の韓国人は大韓民国人)
    ・2000年近い朝鮮半島の歴史の中で、朝鮮半島を統一した独立国家としての歴史は、936年から963年までの高麗の27年間と、1895年から1910年までの李氏朝鮮(1897年から大韓帝国と改称)の15年間しかないこと
    ・朝鮮という国名にしたのは明だが、他国に自国の国号を決めてもらった世界にただ一つの国であること
    ・百済と新羅の時代に朝鮮半島に住んでいた日本人が文明人として他の民族から尊敬されていたこと
    ・百済と新羅から帰化した人からの朝鮮語の伝搬が見られないことから、帰化人とは朝鮮半島に住んでいた日本人であったこと(帰化人を渡来人というのは誤り。文字通り帰ってきた人達。朝鮮半島からの帰化人は引き揚げ者)
    ・昔から今まで常に日本列島が朝鮮半島よりも文明文化が進んでいたこと
    ・済州島には朝鮮民族とは別の言語・風習を持っていた、朝鮮とは別の民族が住んでいたにもかかわらず、済州島を併合してしまったこと
    ・1948年に、済州島の民族を大虐殺したこと
    ・済州島の民族の言語とアイヌ語に共通な語があって、済州島には日本列島と同じ民族が住んでいたこと
    ・元寇の兵の大半は高麗人(朝鮮民族)だったこと(韓国では元寇を元の「日本征伐」としていて、高麗人が元寇の主力兵だったことを教えていない)
    ・民族が到達しやすくても脱出しにくいのが半島だが、そもそも朝鮮半島には日本人が住んでいて、後から別の民族がやってきて、それが朝鮮民族になったと考えられること
    ・民族は敵性民族がいなければ暖かい所に移動するので、朝鮮半島の朝鮮民族は北のほうから南下してきたと考えられること
    ・朝鮮民族が南下してきたといっても単一の民族としてではなくて、満洲民族、モンゴル民族、漢民族、北方のツングース民族等が南下して朝鮮民族になったと考えられること
    ・韓国では中国を親の国、韓国を兄の国、日本を弟の国だと教えているが、それ自体が韓国の属国思想であること(日本は独立国だったので、そういう発想がない)
    ・宦官制度が新羅の時代から1894年の甲午改革で廃止されるまであって、去勢された男子の宦官がいたこと
    ・朝鮮民族は漢民族・満洲民族・モンゴル民族に従属していて格下の民族とされていたこと
    ・清朝の冊封体制の中で李氏朝鮮の地位は低く、朝鮮使臣のみが丸首の衣で歩いて裏門から入ったこと(朝鮮使臣のみが礼服と籠に乗ることと正門から入ることを禁じられていた)
    ・昔の李氏朝鮮の大極旗には清国属国旗と記されていること
    ・遣隋使、遣唐使、日明貿易の時代にも朝鮮を通さずに日本は交易していること
    ・李氏朝鮮の時代も、水田の灌漑施設がなかったこと
    ・1000年にわたる売春立国であること
    ・遣隋使、遣唐使、日明貿易はあったが、遣高麗使、遣朝使のような朝鮮半島との貿易はなかったこと
    ・朝鮮の漬け物の発祥地は中国の重慶であること
    ・高麗の青磁は中国の殷が起源、李氏朝鮮の白磁は中国の北斉が起源であり、どちらも朝鮮半島の発祥の文物ではないこと
    ・日本の歴史は事実・真実のままで世界に誇れる立派な歴史であること(歴史を偽造する韓国に配慮して日本の教科書を記述することなどとんでもないことである)
    ・韓国の教科書には「〇〇を日本に教えてあげた」という記述が山のようにあるが、そのすべてが偽造・ねつ造であること(韓国は、日本発祥のものでさえ教えてあげたと記述する傲岸不遜な国。教えたも問題だが、教えてあげたという表記は無礼千万)
    ・朝鮮半島発祥の文物で日本に影響を与えたものは一つもないこと(朝鮮民族がいなくても日本の文明文化は発展していた)
    ・朝鮮半島に存在しないDNAの稲が日本だけにあること(稲作は中国雲南省あたりから海路で九州に伝わったから)
    ・新羅も百済も日本(倭国)のことを文化大国として敬仰していたこと(朝鮮半島初の統一国家である新羅の基礎づくりを指導したのは日本列島から渡ってきた日本人(倭種)だった。「第四代新羅王の解脱(タレ)は、倭の東北一千里にある多婆那国の生れ」(三国史記新羅本記)、多婆那(タバナ)国は、丹波、あるいは但馬と考えられている)
    ・日本国は九州北部と朝鮮半島にまたがっていたこと(鉄資源を採取するための拠点が朝鮮半島南部にあり、そこから南が倭国(日本)と認識されていた。「韓は帯方郡(魏の直轄地・現ソウル付近)の南にあり、東西は海、南は倭と接す」「倭に至るには(海岸に沿って水行し韓国を経て、あるいは南し、あるいは東し)その北岸、狗邪韓国に至る。(そこから)はじめて海を渡ること千余里、対馬国に至る・・」(魏志「韓伝」および「倭人伝」)
    ・日本は朝鮮半島南部の拠点を通じて、1世紀ごろには中国大陸と直接交流していたこと
    ・戦前の朝鮮史研究では、新羅4代王が日本列島の出身者であることなど常識であったこと
    ・新羅16代の王のうち半数が日本人であったこと(半島古史研究で基本資料とされる『三国史記4』(東洋文庫)に全文間違いの訳注がある。日本人(倭種)は4代目のみとする訳注を書いたのは韓国人の鄭早苗)
    ・新羅と百済の同時代の『唐書』に、「新羅も百済も倭国(日本)を大国として敬仰している。それは倭国には優れた品々が多いためで、常に使節が倭国に赴いている」との記述があること
    ・日本の皇室が世界で一番古い家系であること
    ・青森県の大平山元遺跡が「世界最古」の遺跡であること
    ・日本の神道のような信仰は世界中にあったが、今は日本にしか残っていないこと
    ・日本の前方後円墳は3世紀に出現したが、朝鮮南部の栄山江から発見された前方後円墳は5〜6世紀のものであること(日本人が朝鮮半島に住んでいた証拠であると知った韓国人は朝鮮半島の前方後円墳を爆破した)
    ・百済では1世紀になって初めて稲を作るべしとの王令が出たこと
    ・日本の農業用語に朝鮮由来の言葉がないこと(朝鮮から伝来していないから)
    ・日本書紀が書かれたのは8世紀だが、朝鮮の三国遺事が書かれたのは13世紀であり、日本の神話が朝鮮の神話よりも古いこと(日本の神話が朝鮮の神話を真似たというのは嘘。朝鮮神話が5000年前の熊太郎(檀君)神話を実話として教科書で教えているのは荒唐無稽)
    ・朝鮮が属国だったから、朝鮮からの使節が外交使節でなく朝鮮通信使とされたこと
    ・現在ソウルの城門のあった場所には「独立門」というものが建てられたが、昔その場所には『迎恩門』という門があり、それは「朝鮮王が9回頭を地面に叩きつけて擦りつけ、ひれ伏して清の使者を迎える」という・屈辱的な隷属の象徴の門だったこと
    ・朝鮮国王は 中国の王朝の皇帝によって任命されたこと 
    ・朝鮮国内の事件は全て皇帝に報告しなければならなかったこと 
    ・朝鮮国王の地位は、中国の王朝の廷臣よりも下だったこと 
    ・朝鮮政府には、貨幣の鋳造権すら与えられてなかったこと
    ・朝鮮政府には清国への食糧、兵士提供の要求権もなかったこと 朝鮮は清国に細かく定められた貢品を出す以外に、毎年、牛3000頭、馬3000頭、各地の美女3000人を選り抜いて貢がなければならなかったこと
    ・新羅が日本の属国であって、新羅の王子が日本に人質にとられていたこと
    ・白村江の戦いとは、日本の属国から唐の属国になって寝返った新羅をめぐっての、日本と唐の宗主国同士の争いであったこと
    ・ハングルが日本の阿比留文字の真似であること
    ・朝鮮通信使が、朝鮮の王から、日本から技術を学んでくるように言われていたこと
    ・併合前の大韓帝国がアジア最貧国だったこと(1910年のインドよりも、1910年の朝鮮半島は貧しかった)
     ・李氏朝鮮の王の即位の年には、「朝鮮国、権署国事、臣李某」から始まり、「国事をかりに処理する臣下の李」と、李氏朝鮮の王から清への書状に書かれていたこと
    ・「朝鮮」とは朝貢物の少ない国という意味であること(鮮は少ないという意味)
    ・現在の朝鮮民族と古朝鮮とは民族の連続性がないこと(現在確認されている朝鮮古語は180語しかない)
    ・満州国国歌を韓国国歌にしていること
    ・李氏朝鮮が男尊女卑の社会であって女は子を産む存在でしかなかったこと
    ・韓国は東北から北海道の緯度にある寒冷地帯であって、南方の食べ物である稲が育つはずがなくて、1980年代まで韓国人は雑穀を食べていたこと
    ・朝鮮半島には価値ある文化、富や食、豊かな土地などまったくなかったという理由で、中国の王朝が朝鮮半島を自国領にしなかったこと
    ・トンスル(人糞酒)があること(犬、猫、鳩の糞の酒もある)
    ・百済時代には、百済を含めた朝鮮半島の南部から中部まで日本の文化圏だったこと
    ・遺伝子(DNA)鑑定によれば、現在のコリアンの多くが北方系民族で、日本人の系統とはまったく異なること
    ・朝鮮半島の歴史上、最も繁栄したのが日韓併合時代であったこと(インフラが整備され、人口は倍増、学校が作られて教育水準も上がった)
    ・病人のまねをする病身舞があったこと
    ・戦後、障害児を海外に養子に出して捨てていたこと
    ・朝鮮半島ではオルドス式銅剣もそれを製造する鋳型も見つかっていないこと(中国大陸と日本列島では発掘されている)
    ・朝鮮半島では大陸性の青銅ナイフが見つかっていないこと(日本では見つかっている)
    ・朝鮮は外部世界と隔絶した秘境で、文化がなかったこと
    ・朝鮮半島には布を染色する技術がなくて、住民は色落ちした白い服しか着れなかったこと
    ・高句麗が、日本を格上の国として、日本に朝貢していたこと
    ・高句麗も渤海も朝鮮民族の国とは言えないこと
    ・李氏朝鮮の李氏が満洲民族だったこと(韓国が李氏朝鮮の初代の李成桂の歴史ドラマを作らないのは李成桂が満洲人だから)
    ・父親の大便を息子がなめて健康を見るのが孝行息子とされていたこと
    ・明の皇帝の衣装が龍9匹、皇族が8,7匹、大臣級が6,5匹、地方の役所の長が4,3匹なのだが、朝鮮王は龍3匹の衣装だったこと(龍3匹の衣装にも赤と青があるが、格下の青い衣装だった)
    ・李氏朝鮮には1882年まで国旗がなかったこと(属国だったから)
    ・李氏朝鮮の首都の漢城(現在のソウル)に、道路すらろくになかったこと
    ・鼻が曲がりそうな糞尿の悪臭が朝鮮半島全土をおおっていたこと
    ・家が竪穴式住居に近いものであったこと
    ・朝鮮では中国の貨幣を使用していたが、庶民には流通せず、庶民は5日おきに開かれる市場で物々交換していたこと
    ・李氏朝鮮時代に、性的奉仕を行う「妓生キーセン」がいて、身分は奴婢であって、妓生こそが性奴隷だったこと
    ・大韓帝国併合時、朝鮮に公立学校は約100校しかなかったが大日本帝国が1943年までに4271校まで増やしたこと(それらは当時日本列島にもなかったコンクリートやレンガ造りの三階建て校舎などだった)
    ・韓国は高句麗と渤海を朝鮮民族の国としているが、高句麗は日本を兄の国として外交使節を送ってきて、高句麗の後の渤海は日本を「父の兄、伯父(おじ)」の国として外交使節を送ってきていたこと
    ・キムチが人糞を混ぜて発酵させる食品だったこと(人糞の臭みを消すために唐辛子をどっさり入れた)
    ・キムチに使われる白菜も日本から伝わったこと(大正時代に名古屋の野崎徳四郎が栽培に成功した)
    ・役人が薪にするため柱を切ってしまうので、持っていかれないように、柱に人糞を塗ることがあったこと
    ・李氏朝鮮の李氏は明・清の後ろ盾で朝鮮王を名のっていただけであり、朝鮮半島は実質は無主地だったこと
    ・大日本帝国の民間銀行「第一銀行韓国総支店」が1902年に第一銀行券を発行したが、それが韓国で初めての紙幣であったこと
    ・男尊女卑で、女性は男性の食べ残しを食べていたこと
    ・ハングルは表音文字なので、「放火」と「防火」が同じ、「素数」と「少数」が同じ、「祈願」と「起源」が同じになってしまうこと
    ・李氏朝鮮・大韓帝国に鉄道がなかったこと
    ・李氏朝鮮・大韓帝国が禿山ばかりだったこと
    ・キムチがもともと中国の酸菜(冬季用の漬物)が三国時代に韓国に伝わったものである(白いキムチ)と中国最古の詩篇「詩経」に記載されていること(それに唐辛子を加えたのが今の赤いキムチ)
    ・李氏朝鮮・大韓帝国には2階建ての建築物がなかったこと(外国人の建築物を除く)
    ・英語その他のヨーロッパ語の辞書が作られたのは日韓併合後であったこと
    ・朝鮮人小学校の年間平均学費が1人7円30銭であったのに対し、日本人小学校の年間平均学費が平均40円であったこと(日韓併合時代、日本は朝鮮人を優遇していた)
    ・大日本帝国軍の将校であった多くの韓国人が創氏改名をしなかったこと(もし創氏改名が強制されたものであったとしたら、朝鮮半島出身の将校こそ、手本を示すために創氏改名させられたはず)
    ・李氏朝鮮518年、日韓併合時代、1945年以後の南北分裂時代の3つの時代を比較して、もっとも人命が尊重されて人口が増えたのは日韓併合時代だったこと
    ・朝鮮の残虐な刑罰を廃止したのは日本政府であったこと
    ・大韓帝国併合を要請したのは大韓帝国側であったこと
    ・車輪を作れなかったので、李氏朝鮮・大韓帝国には馬車・牛車・人力車、農業用の水車がなかったこと
    ・朝鮮民族には入浴する習慣がなかったこと
    ・朝鮮半島の諸国が日本の管轄下にあったことを南宋の順帝が公式に認めていたこと(宋書は、倭王・武の順帝宛上表文の「海を渡って平らげること95ヶ国)を認め、順帝から「武を使特節都督倭・新羅・任那・加羅・秦韓・慕韓六国諸軍事、安東大将軍、倭王に叙した」とする)
    ・広開土王碑文には「391年、倭が百済と新羅を破り臣民とした」とあること
    ・鉄の産地は主に新羅地域だが、隋書に「日本人(倭人)が鉄を採掘している、という『韓伝』の転載」があること
    ・752年の奈良大仏開眼供養には、アジア各国からの参列者があって、日本の勢力は隆盛だったこと(導師はインド出身の僧菩提僊那で、従者には胡人(イラン人)も混じり、日本、唐、高麗の楽舞が大仏に奉納された。1万数千人もの参列者の名簿が正倉院文書にある)
    ・百済の時代に、日本に70近くの国分寺、国分尼寺が建立されていたこと(仏教が百済から伝わったというのは嘘)
    ・野糞が普通だったこと(どの道も糞尿だらけだった)
    ・少女キーセン(性奴隷)がいたこと
    ・私有財産が保障されていなかったこと
    ・大韓帝国併合後は、洪中将、金少将など、朝鮮人を分け隔てなくして、日本人兵士に対して命令できる軍の高位に抜擢したこと
    ・朝鮮の女性には名前がなかったこと
    ・平均寿命が24歳だったこと(大韓帝国併合後には平均寿命が56歳に上がった)
    ・朝鮮人女性の性奴隷を禁止したのは大日本帝国政府であったこと
    ・現代の朝鮮民族の風習がロシアのエヴェンキ族に酷似していること(古代の朝鮮とは別の民族)
    ・朝鮮には木を丸くする技術がなかったので桶(おけ)も樽(たる)もなかったこと
    ・朝鮮民族は犬を食べるが、時間をかけて犬を苦しめて殺していたこと
    ・元寇の兵士の大半が朝鮮民族だったが、占領した対馬の住民に対して、男は皆殺し、女は掌に穴をあけて縄を通して船につるしたこと(日本兵が矢を射られないようにした)
    ・在日韓国籍コリアンの多くが、戦後、済州島から日本に密入国してきた人であること(戦時中の強制連行どころか、戦争が終わって大韓民国ができてから自分の意志で日本に来た)
    ・韓国語に「おもいやり」の単語がないこと(韓国人は「人をおもいやる」ことがないから)
    ・朝鮮半島は、ソウルでさえ浮浪者が集落を作っているに過ぎず、何の文明もなかったこと
    ・朝鮮半島は「羅生門」の時代よりも悲惨な状態だったこと
    ・朝貢が少ないと文句を言う清王朝の機嫌をとるため、収穫物・生産物のほぼすべてを両版(リャンバン)が収奪していたこと
    ・1910年の時点で朝鮮の住民の94%が文盲だったこと(ハングルも読めなかった)
    ・対馬の領土化を狙った李氏朝鮮の対馬侵略が1419年の「応永の外寇」だが、対馬の守護や主力兵が不在の時期を狙って17285人の軍勢を対馬に侵攻させたにもかかわらず、対馬の留守を預かる600人程度の日本の武士に李氏朝鮮が10日ほどで完敗したこと(戦死者が日本20人、朝鮮2500人以上)
    ・「応永の外寇」の結果、対馬が日本であることを李氏朝鮮が再確認させられたこと
    ・李氏朝鮮が対馬に朝貢していたこと(李氏朝鮮は明治になるまで、毎年大量の米、麦、野菜などを対馬に献上していた)
    ・大日本帝国は1895年に台湾を、1910年に朝鮮半島を併合したが、1910年の朝鮮半島が1895年の台湾よりも非文明地域だったこと
    ・創氏改名を要請したのは朝鮮人の側だったこと(朝鮮民族は漢民族・満洲民族から格下扱いされていたので、日本名を名乗って日本民族を詐称することを朝鮮民族が望んだ)
    ・伊藤博文を暗殺したのは安重根ではなかったこと
    ・秀吉が朝鮮から連れてきた陶器職人を、江戸時代に家康が朝鮮に帰してあげようと言ったところ、全員が断ったこと(日本の暮らしのほうがずっと良かったから)
    ・李氏朝鮮は清の属国だったが、清に日清戦争で勝って李氏朝鮮を独立させたのが大日本帝国であること(李氏朝鮮の宗主国・清に勝った国を弟の国と呼ぶのは支離滅裂)
    ・李氏王朝を廃止したのは李承晩(韓国初代大統領)だったこと(李氏王朝は大韓帝国併合後も存続していた)
    ・鑑真も空海も最澄も東シナ海を渡ったこと(朝鮮半島を経由しなかったのは、朝鮮半島に立ち寄ると物資が略奪されるから)
    ・朝鮮人は、日本と中国大陸の文化伝来の邪魔をしていたこと(朝鮮半島を経由できていれば、東シナ海でたくさんの日本の船が沈没することはなかった)
    ・朝鮮の王朝が、1400年代まで対馬や九州北部に数十回も侵略しようと兵を送っては撃退されていたこと
    ・江戸時代の朝鮮通信使が市中で鶏を盗んだりして町人に嫌われていたこと
    ・対馬が日本神話に出てくる古代からの日本の領土であること
    ・朝鮮半島には武士階級がいなかったこと(武道で心身を鍛えることがなかったのが朝鮮民族)
    ・中国の王朝に朝貢していた越南(ベトナム)、琉球(沖縄)、朝鮮の中で、朝鮮だけが属国扱いされていたこと
    ・大日本帝国が1924年に京城帝国大学(ソウル大学の前身)を設立したこと(植民地ではなかった証拠。欧米は植民地には小学校すら作らなかった)
    ・朝鮮名のままだと商売がやりにくいという(名目での)朝鮮人の訴えが多かったので、内務省が創氏改名に踏み切ったこと(判子をついた元内務官僚の元自民党衆議院議員の発言がある)
    ・李氏朝鮮は清に美女3000人を毎年献上していたので美女が減っていったこと(美女から生まれる男子も減っていった)
    ・竹島どころか、竹島と朝鮮半島の間の鬱陵島(ウルルン島)も江戸時代の1618年から1696年まで日本の領土であったこと
    ・朝鮮王が清国皇帝に奉呈した貢文に清国皇帝が気に入らない言葉が1つあっただけで、朝鮮王は銀一万両を罰金として払った上に、年貢への見返りを3年間停止するという厳しい処罰を受けたこと
    ・李氏朝鮮のソウルには、芸術品がまったくなく、公園もなければ催し物も旧跡も寺院もなかったこと
    ・樽(たる)を作れなかったので、味噌も醤油も作れなかったこと
    ・朝鮮半島の民族が昔から今まで南と北で相当違っていること
    ・韓国で使われている漢字語の8割以上が日本製であること(ハングルの読み方で読まれたのが漢字語)
    ・李氏朝鮮では漢字を読めたのは男性貴族だけだったこと
    ・李氏朝鮮では両班、中人、常民、奴婢、白丁という順に厳しい身分支配構造が形成されていたこと(日本と違って、階級の移動がなかった)
    ・李氏朝鮮の商店には屋根も棚もなかったこと(李氏朝鮮では土の上に魚を置いて売っていた)
    ・李氏朝鮮で1400年代に王が命じた水車づくりが1700年代の朝鮮でも実現されていなかったこと
    ・下層民である奴婢は両班の一家の食べ残しを食べていたこと
    ・先の大戦では、日本の一部だったのだから敗戦国だし、独立戦争を戦ったわけでもないのに、戦後、朝鮮進駐軍と称して日本国民に乱暴狼藉の限りを尽くしたこと
    ・1965年の日韓基本条約締結時、日本側代表が「互いの財産を相殺すれば(韓国に残した日本の財産の方がはるかに多いので)そちら側が莫大なカネを払うのだぞ」と反論したこと
    ・日本固有の領土である竹島を不法占拠している韓国は、日本に対する侵略国であること
    ・対馬藩が朝鮮に租界地を有していたこと
    ・朝鮮が告げ口社会であり、それが今でも続いていること
    ・日本の歴史を歪曲することは「日本民族の魂」を歪曲することであること(韓国の外相が「歴史は民族の魂だ」と発言している)
    ・江戸時代の朝鮮通信使が日本に来て大きな川に橋が架かっているのに驚いたこと
    ・「歴史を忘れた民族に未来はない」という言葉は、自分の歴史書を売るために韓国人に向けて発言した韓国人の申采浩の言葉であること
    ・日本に、韓国に謝罪と賠償を要求する権利があること(高麗の皇太子が元の皇帝フビライに「日本は、いまだ陛下の聖なる感化を受けておらず。」と述べたことが、元寇への決定的な要因となった)
    ・元寇の主力先兵は高麗兵であり、指揮官の中でも好戦的だったのが高麗人だったこと(中国の正史『元史』にも、朝鮮の正史『高麗史』にも記述がある)
    ・壱岐・対馬に上陸した高麗兵の残虐行為からまだ1000年を経ていないのだから、韓国に謝罪と賠償を要求する権利があること
    ・「従軍慰安婦」はなかったこと(呉善花氏は韓国で生まれて26歳まで韓国で生活していたが、その間、村の女を軍や総督府の官憲が強制的に連行したといった話は一切耳にしたことがなく、呉氏がインタビューした植民地世代韓国人も「一人としてそのような様子を見たことも聞いたこともない」と言っている)
    ・大韓帝国が成立したのは大日本帝国が日清戦争に勝ったからで、大韓民国が成立したのは大日本帝国が敗戦したからであること(韓国人は日本人に足を向けて寝られない)
    ・戦後、一般の日本人を一番殺したのは韓国であること(島根県の漁民が犠牲になった)
    ・日本人の韓国嫌いは一時的なものではないこと(朝鮮人と知り合った日本人が朝鮮人嫌いになったのは昔からである)
    ・コリアン(朝鮮民族)を嫌っていたのは日本人だけではないこと(コリアンを知ったロシア人もコリアンを嫌った)
    ・朝鮮半島起源の文化が一つもないこと
    ・朝鮮には誇れる歴史がないので、歴史を創出しようとしていること(2010年の民主党政権時、宮内庁が保管していた「朝鮮王室儀軌」を50点だけ持っていく約束が他のも2000点も持っていった)
    ・昔から、困った時だけ日本に頼ってきたこと(秀吉の時代も、飢饉に苦しんだ李氏朝鮮に米を送っている)
    ・いくら日本人に嫌われても意に介せず厚顔無恥なこと(最近になって、日本の嫌韓に気が付いてきて驚いている)
    ・戦後、日本は、朝鮮人に帰国するように呼びかけて、朝鮮半島に帰国する朝鮮人のために何度も無料で船を出したこと(現在の在日韓国籍コリアンは自分の意志で日本にいる)
    ・大日本帝国が大韓帝国を併合した時に、ほとんどの朝鮮人が喜んだこと
    ・1945年から1990年にかけて、韓国軍の強制的な拉致・監禁で慰安婦にされた女性がいたこと(特殊慰安隊、ヤンコンジュ・洋公主と言われる韓国軍の従軍慰安婦)
    ・パク・クネ大統領の父親の朴大統領が韓国軍慰安婦問題の張本人であること(娘のパク・クネは、これを隠してごまかすために日本軍慰安婦だと嘘を触れ回っている)
    ・1910年の日韓併合時、総督府がそれまで朝鮮にはなかった戸籍の整備を始めたところ、非常に多くの朝鮮人が「日本名」で戸籍に登録する騒動が勃発したこと(1911年、総督府は朝鮮人を区別するため「改名禁止」の法令を出した)
    ・1939年、総督府が、朝鮮人の強い要望により「創氏改名」を発令したが、1940年に施行された時、朝鮮人の人口の80%の322万戸が自分の意志で日本風の氏を名乗ったこと
    ・日本名への改名は、朝鮮人の「姓」に、日本風の「氏」を追加しただけであったこと(従来の朝鮮人の「姓」は廃止も改名もされていない)
    ・中国への朝鮮人の入植が始まると、朝鮮人と中国人のトラブルが続発したこと
    ・中国各地での日本国籍を与えられた朝鮮人の道徳の無い行動が中国や世界でニュースに取り上げられてヨーロッパで反日宣伝の材料になったこと
    ・朝鮮半島で、朝鮮人に横暴な振る舞いをしたのは朝鮮人の下級補助員(補助憲兵、朝鮮人巡査、朝鮮人通訳)だったこと
    ・イングランドがスコットランドを併合したように大日本帝国が大韓帝国を併合したこと(植民地化ではなくて、併合であった)
    ・清に朝貢していたという事実からは、ベトナムと沖縄が韓国の兄の国になること(沖縄は日本の一部(県)だが、韓国からは兄の「国」になる)
    ・663年の白村江の戦い後、日本人が命からがら朝鮮半島から日本列島に帰ってきたこと(終戦直後の朝鮮進駐軍と同じ。朝鮮民族の民族性は変わらない)
    ・朝鮮人に温情を掛けると朝鮮人は自分が上だと勘違いすること(どの民族からも格下扱いされていた朝鮮民族を大日本帝国が対等に扱った結果、韓国は、韓国が兄の国、日本が弟の国なんてとんでもないことを言い出した)
    ・大日本帝国時代、朝鮮総統府の日本人全職員がハングルの辞書を持たされてハングルを勉強したこと(植民地ではなかった証拠。植民地なら現地語を学ばない)
    ・大韓帝国併合時代も朝鮮半島では盗み、こそ泥がひんぱんだったこと
    ・第二次世界大戦で、韓国は戦勝国ではないこと(それを戦勝国と偽って朝鮮進駐軍と名乗った)
    ・朝鮮半島南部は日本人(倭人)の拠点の1つとして開拓されたこと
    ・朝鮮民族の誕生は13世紀頃であること(明の属国になって半島外から異民族の血が混じることが無くなった時)
    ・小便で顔を洗っていたこと(清潔という概念が無かった)
    ・キムチに対応する漢字が存在しないこと(キムチの歴史はせいぜい70年以内である疑い)
    ・小便や糞が混ざっている水でも平気で飲んでいたこと(味噌も糞も朝鮮人にとっては一緒だった)
    ・小便壺が家の中にあって、客がいても平気でそこで小便をしていたこと
    ・朝鮮半島の土壌からは寄生虫の卵が大量に見つかること
    ・世界で唯一人糞を口に入れる民族だったこと
    ・李氏朝鮮の厳格な身分制度を廃止したのは大日本帝国であったこと
    ・韓国ドラマに出てくる見事な鎧(よろい)・甲冑はまったくのねつ造であること(昔のものが1つも見つかっていない)
    ・韓国は朝鮮戦争により中国から被害を受けたので、その謝罪と賠償を中国に要求したが、中国大使から一喝されたあげく経済制裁されたこと(それ以降、韓国は中国に一切謝罪と賠償を要求しなくなった)
    ・謝罪謝罪と言うなら、韓国人が大日本帝国軍の兵として戦争したことを連合国軍に謝罪すべきであること(謝罪が好きなら自ら率先して謝罪して手本を見せるべき)
    ・韓国には謝罪を「受け入れる」文化が無いこと(韓国人にとって謝罪は上下関係を決定づける行為でしかなく、謝罪は隷属の意志を示す行為になる)
    ・512年12月、百済が使者を日本に送ってきて「任那の一部(百済寄りの4県)は日本から遠く、百済に近いので、譲って欲しい」と言ってきて、百済が任那の4県をぶんどってしまったこと(日本に対して一方的なのは昔から)
    ・米軍が韓国に駐留した1945年9月以後も、韓国では100万人を超える女性が基地の村で米軍らを対象に売春していたこと(韓国政府は基地村の女性に「慰安婦」の名称を使っていた)
    ・史実に基づいた歴史を韓国人に教えるのが日韓のためであること(韓国人の留学生が京都に「日韓友好のため」と称して従軍慰安婦の像を作ろうと運動している)
    ・江戸時代の朝鮮通信使が朝鮮の風習で大便を街道の路上で行ったこと
    ・朝鮮通信使が、旅館の器物を軒並み持っていってしまったこと
    ・朝鮮通信使に対する苦情が多かったので、1811年に幕府は朝鮮通信使を対馬止めにすることに変更したこと(易地聘礼、えきちへいれい)
    ・朝鮮通信使が日本の貨幣経済の発達に驚いたこと(江戸時代でも、朝鮮では物々交換だった)
    ・朝鮮半島で、庶民が食事の際に箸やスプーンを使うようになったのは1910年以降のことであること(それまではインド式(手づかみ)であった)
    ・大日本帝国の朝鮮総督府が何度も出した布令に「路上脱糞禁止令」があったこと
    ・1937年からの大日本帝国の志願兵の募集に朝鮮人が殺到したこと(1942年には倍率が62.4倍にもなった)
    ・朝鮮半島は空気が乾燥しているので、発酵食品が生まれなかったこと(醤油、味噌だけでなく、納豆も朝鮮人は知らなかった)
    ・1945年、脱走した朝鮮人兵が沖縄の伊是名島(いぜな島)の住民を虐殺したこと
    ・在日韓国籍コリアンには、仕事をしに日本へ渡ってきた人とその子孫か、朝鮮戦争を逃れてきた人とその子孫しかいないこと(李青若『在日韓国人三世の胸のうち』より)
    ・「アメリカ軍が1944年に調査したところ、慰安婦は金で雇われたただの売春婦だった!」という報告書が発見されたこと(第3者で当時の敵国から出た証拠)
    ・韓国人が起源を言うなら、トンスル(人糞酒)の起源が朝鮮半島であると言うべきであること(日本には無いので、トンスルの起源が朝鮮半島だと言われても日本人は反論しない。遠慮はいらない、韓国人はトンスルの起源を世界中に主張すべき)
    ・戦後、韓国と取引した日本企業は韓国から送られてきた試作品を見て契約したが、実際の取引が始まると粗悪品ばかり送られてきたこと
    ・スサノオノミコトが韓地に行ったという「日本書紀」の記述からも朝鮮半島南部が日本であったことがわかること
    ・朝鮮民族の歴史が、強いものには巻かれ、弱いものには悪辣非道な歴史であること
    ・「韓国は嘘の国、日本は本当の国」であること(韓国が韓国民に教えている「韓国は兄の国、日本は弟の国」はまったくのデタラメ)
    ・大韓帝国併合は併合であって植民地ではなかったが、それを植民地であったと歴史を偽造して、朝鮮人なら当然のごとくするであろう非道な行為を日本人がしたように嘘をついていること(朝鮮民族は下の者には悪辣非道だから朝鮮民族の発想で植民地を想像している。下の者だからといってそれだけで悪辣非道なことを日本人はしない)
    ・強制連行されたという、いわゆる「従軍慰安婦」が1人も見つかっていないこと(自発的にやっていた高給取りの「追軍売春婦」ばかり)
    ・大日本帝国の軍隊には朝鮮人の将校までいたのであるから、強制連行された朝鮮人の「従軍慰安婦」がいれば、まっ先に朝鮮人兵が解放していたはずであること(朝鮮人兵が何もしなかったのは、いわゆる「従軍慰安婦」が軍とは無関係な高給取りの売春婦だったから)
    ・大日本帝国の軍が「従軍慰安婦」を強制連行した証拠資料が1つも存在しないこと(にもかかわらず、韓国の与党議員らが慰安婦の記録物を世界記録遺産に登録しようなんて発言している)
    ・朝鮮半島の歴史はほとんど属国の歴史であり、独立していた日本の歴史に嫉妬して、日本の歴史を悪く書き換えようとしていること(いくら日本に嫉妬しても、日本の歴史が素晴らしいことに変わりはない)
    ・日本人が明治時代にある種の郷愁を覚えるのは、明治時代がほとんど日本人の国であったからであろうこと(明治時代は1912年7月30日まで。韓国人が移住してきた大韓帝国併合は1910年8月29日)
    ・大日本帝国が大韓帝国を併合していた時代に、朝鮮人の部下になった日本人がたくさんいたこと(植民地ではなかった証拠)
    ・属国の歴史が独立の歴史よりも多い地域は世界で朝鮮半島だけであること
    ・大日本帝国の朝鮮総督府が朝鮮半島の鉄道を広軌1435mmにしたこと(広軌は新幹線と同じレール間隔。日本列島では狭軌1067mmだから、日本列島よりも立派な鉄道を朝鮮半島に敷設した)
    ・いわゆる「従軍慰安婦」の河野談話が、原案も最終案も韓国側に提示されていて、韓国の悪意ある修正を受けていたこと
    ・朝鮮半島の住民は、日本の歴史に当てはめると「大化の改新」以前の生活をしていたこと
    ・朝鮮民族とは日本民族に「恩をあだで返してきた」民族であること
    ・上記は歴史を直視しているので韓国に遠慮はいらないこと(韓国の外相が「日本は歴史を直視せよ」と発言している)
     

     2014/1/2

  14. 【韓国の反応】醜い韓国人 ─アグリーコリアン─ http://blog.livedoor.jp/oboega/archives/35680152.html

     2014/1/2

  15. ●一見平和的な世界も、一皮向けば戦国時代と何ら変わらない。裏切りあり、復讐あり、野望あり、詐術もあれば脅迫もある、何でもありの、この人間世界。その中でアメリカ合衆国は、軍事や政治のみならず、経済や文化、科学技術、芸術、宗教等あらゆる分野であらゆるチャンネルを有している。スノーデン氏の証言を待つまでもなく、個人情報から核兵器・大量破壊兵器等の軍事情報、宇宙天文情報に至るまで、最大最強の情報収集能力を有し、厳重な機密情報管理の下、最高水準の精緻な分析と具体的な行動予測、正確な未来予測を行い、最善の方針と有効な対策を決定し、速やかに行動できる唯一といってよい超国家である。時に反対勢力をも抱き込み、時に同盟国をも撹乱させる懐の深さと計略の広さを持つ。

     今、安部総理が靖国神社で「神」として祀られているA級戦犯を伏し拝み、「失望」させたのは、そのアメリカ合衆国である。靖国参拝強行で結締間近だった対中国包囲網はわやにされ、逆に日本の戦前回帰を警戒する諸国による対日本包囲網を招来してしまった。この状況に、日本国民の一人として深く失望する。

     アメリカ合衆国の中国自由化へ向けての長期戦略も、遅れが生じてしまうだろう。「非戦の誓いをしただけ」とする安部総理の弁明を、真珠湾の騙まし討ちを受けたアメリカが本心から受け入れると本気で思っているのか?もう騙しは通じない、無理だ。ただ受け入れたふりをして、表面上の友好関係を続けるのか?それとも、再占領の機会を本格的に探るのか?アメリカ指導層の深慮遠謀は、計り知れない。が、あのアーリントン国立墓地に眠る、自由と正義のために大日本帝国陸海軍と太平洋で死闘を戦い抜き命を捧げた英霊は、日本が戦前回帰することを絶対に許さないだろう。また、アメリカ市民も同様だろう。

     日本側に篭絡されたGHQの戦後改革が中途半端だったのだ。ナチス・ドイツに対するがごとく、「国体」を護持することなく、国家神道・大政翼賛に関与した者をより広汎に「戦犯」指定し、処罰・排除すべきだったのだ。例えば、あの731部隊へも免責を与えることなく国際法廷で裁けば、日本国民も日本軍の暴虐と残酷、非人道性を正しく認識し、侵略戦争を深く反省、戦争責任を自覚して戦後のドイツ人のように「(戦前回帰を目指す勢力と)戦う民主主義」の政治判断が可能になっただろうに・・・。ドイツでは、ナチ関連グッズの製造・販売はもとより、ユダヤ人ホロコースト否定の言論も「犯罪」として処罰されるという。日本でもそのような歩みをしていたのなら、戦争加害を否定したり、戦争賛美(大東亜戦争肯定等)も犯罪として処罰され、教育を通じて靖国参拝の発想すら消去されていただろうに。GHQによる戦後改革の不徹底が、今日の日本の戦前回帰現象を惹起させている遠因である。

     また、本日、安部内閣の主要閣僚が靖国参拝を強行したことで、アメリカの「失望」は速やかに「絶望」に変じることだろう。反米の鎧を明示する安部政権の運命は?日本危機がいきなり顕現する2014年元旦である。

     本日靖国参拝を強行した大臣の祖父は、あの硫黄島で全滅した日本軍守備隊隊長だったそうだ。動員されて坑道を掘らされていた「少年兵」(といってもまだ子ども)らが、野原で歌う「ふるさと」はじめ童謡を、物陰からそっと聴いていたという栗林忠道陸軍大将。その御霊が、今を生きる日本の子どもたちにも同じ運命を辿らせることを望んでいると本気で考えているのか?日本兵とともに機関銃の弾幕の中に突撃していった、その残酷な運命を・・・。

     もう、靖国を卒しなければならない。
     戦争でなくなられた多くの方々を政治利用するのはもうやめてほしい。遺書や遺影を掲げて、神社の人集めに利用するのもやめてほしい。天皇が「神」でないのと同様に、A級戦犯は「神」ではない。戦争犯罪人である。戦争で理不尽に命を奪われ、人生を不条理に折られた人々の魂を慰める国営の慰霊施設を整備すべきだ。国家神道とは断絶した、無宗教の施設(といっても、霊的な祈りを捧げる場であるので宗教性は否定できない。が、特定の宗教団体に偏在・限定しない施設)を作り、日本国民全てが慰霊の誠と非戦の誓いを捧げることができるように。すでにアメリカの高官らは、千鳥が淵を慰霊の地に選び、模範を示してくれた。アメリカの温情と親切を謙虚に、感謝して受け取るべきだ。

     「靖国」にこだわり続け、再び日本が「反米ならず者国家」として、焦土となることがないように願い祈りつつ。

     2014/1/1

  16. ●「失望」したとの同盟国米国の諫言・忠告も一切無視し、「遺憾」とするロシア、「懸念」を表明するEUはもとより、最大の被害国である中国・韓国の「抗議」の声も一切無視し、安部総理に続き靖国参拝を強行する内閣メンバー。年末年始のどさくさ紛れの参拝強行で、益々日本の国際的孤立を深める。日本はあの戦争を何も反省しておらず、むしろ敗戦前と同じ価値観(皇国史観・八紘一宇・ナチス優生学&地政学的思想・選民思想・反ユダヤ思想・鬼畜英米思想・・・)を固持し、何が何でも「対米百年戦争完遂」「対米復讐戦争(Revenge War)必勝祈願」を「神」とされるA級戦犯に誓っている・・・。世界の疑心は確信へと変わるだろう。

     対中国包囲網は、対日包囲網に変じ、日本は「靖国の価値観」で世界から再び孤立し、追い詰められる。日本の戦前回帰を謀る勢力は、「反米」の一点で北朝鮮やイランと裏で繋がっているのでは。逆にそう考えれば、様々な謎への解が見えてくる。拉致問題がなぜいつまでも解決しないのか?かつて大日本帝国の一部とされていた北朝鮮や友好関係にあるとするイランへ、裏では核開発・弾道ミサイルの開発協力をしているのではないか?なぜ、アラブの湾岸地域に事故を起こす欠陥原発技術をしゃかりきに売り込むのか?北朝鮮やイランを対米百年戦争継続のための尖兵として用具化、再び米国を騙まし討ちするのでは?欠陥原発の輸出でレベル7を惹起せしめ、欧州やイスラエルを深刻な放射能汚染に晒すつもりではないか?そのように受け取られても、仕方がないだろう。その結果は、「日本人陰謀論」であり、「旧敵国条項の発動」であり、新たな敗戦である。

     死してなお日本を孤立させ亡国させんとするA級戦犯と、戦前の亡霊に憑依された権力者ら。ましてや新年靖国参拝を強行したのは、あの特高警察を管轄した内務省を継承する総務省の大臣である。秘密法の執行機関として新装される特高警察も、総務省の管轄になるのだろう。靖国参拝は、再び皇国史観で国民をマインドコントロールし、国民から主権を奪い臣民と化し、再び思想統制・弾圧し、「臣民道」の徹底を強要するとの宣言、国民へのメッセージだろう。

     中国クライシス、北朝鮮暴発危機どころか、急転直下の日本危機。2014年、失望どころか絶望のスタートとなった、ドナドナの道である。

     2014/1/1

  17. コリアン(朝鮮民族、韓国人・北朝鮮人)が認めたがらない歴史的事実一覧(コリアンは歴史を直視せよ)




    ・稲作が九州から朝鮮半島に伝わったこと
    ・唐辛子が日本から朝鮮に伝わったこと(足袋(たび)に入れて足を温めるものとして朝鮮半島に持ち込まれたのが唐辛子)
    ・半島南部の先住民が日本人(倭人)であったこと
    ・新羅の建国時の宰相が日本人(倭人)であり、王家の二つが倭人系統であること、また始祖の朴赫居世についても日本人説(倭人説)があること
    ・百済、新羅が大和朝廷に対し従属的地位にあったこと
    ・大和朝廷による任那(伽耶)地域の支配があったこと(半島南部における多数の前方後円墳の存在)
    ・朝鮮半島における文化的独自性が欠落していること(あらゆる分野での古典の不在)
    ・属国として歩んできた歴史であること(漢民族・モンゴル民族・満洲民族のどの民族からも朝鮮民族は格下扱いされてきた)
    ・中国の属国になってから、みずから改名して、中国語の姓名であること
     ・秀吉の朝鮮出兵が日本と明の戦争であったこと(李氏朝鮮の軍は明の軍の指揮下に入り、和平交渉も日本と明の間で行われた)
     ・李氏朝鮮が、中国の地方長官の地位でしかなかったこと
    ・清から、李氏朝鮮が琉球とベトナムよりも格下に扱われていたこと
    ・李氏朝鮮の前の高麗では、元の命令で、王妃が代々モンゴル人であり、モンゴル人の母親から生まれた息子しか国王になれなかったこと
    ・朝鮮半島の国が、歴史上一度も、単独では戦争に勝ったことがないこと(朝鮮民族と組んだ国も戦争に勝てない。高麗と組んだ元の元寇、大韓帝国を併合した大日本帝国の大東亜戦争)
    ・朝鮮民族が雑多な民族の集まりであること
    ・ハングルで表記できない発音がいくつもあること
    ・チマチョゴリが、子を産んだ女性は胸を露出して着る服であったこと
    ・朝鮮半島に唐辛子が広まったのは、塩が手に入らないから、塩の代わりの調味料だったこと
    ・李氏朝鮮の時代に、木を丸くする技術がなくて、二輪車がなかったこと
    ・秀吉が朝鮮に出兵した時に、秀吉側について明と戦った朝鮮人がたくさんいたこと
    ・馬に乗って戦っている倭寇がいて、日本人じゃない倭寇がいたこと
    ・日本に文明を教えてあげたと主張する王仁博士の出身地に、王仁博士の一族の末裔も王という姓の人もいないこと
    ・竹島が古代から一貫して日本の領土であったこと
    ・テーブルで肉を焼く料理法は戦後、日本から韓国に伝わったこと
    ・文盲だった朝鮮人にハングルを教えることにしてハングルを広めたのは日本人であること
    ・高麗の時代には、済州島は元の直轄地で、元の領土だったこと
    ・朝鮮戦争前はむろん、朝鮮戦争後もずっと、韓国人は白米を常食にできなかったこと
    ・朝鮮半島の国は中国の国に朝貢するにも朝貢する文物がないので女性を献上していたこと
    ・大韓帝国(李氏朝鮮)の外国からの莫大な借金を、日本が代わりに支払ってやったこと
    ・大韓帝国(李氏朝鮮)の李王家の帰国を大韓民国(韓国)が拒否しているし、大韓帝国と大韓民国は異なる国であるので、現在の韓国人に大韓帝国併合のことは言及できないこと(現在の韓国人は大韓民国人)
    ・2000年近い朝鮮半島の歴史の中で、朝鮮半島を統一した独立国家としての歴史は、936年から963年までの高麗の27年間と、1895年から1910年までの李氏朝鮮(1897年から大韓帝国と改称)の15年間しかないこと
    ・朝鮮という国名にしたのは明だが、他国に自国の国号を決めてもらった世界にただ一つの国であること
    ・百済と新羅の時代に朝鮮半島に住んでいた日本人が文明人として他の民族から尊敬されていたこと
    ・百済と新羅から帰化した人からの朝鮮語の伝搬が見られないことから、帰化人とは朝鮮半島に住んでいた日本人であったこと(帰化人を渡来人というのは誤り。文字通り帰ってきた人達。朝鮮半島からの帰化人は引き揚げ者)
    ・昔から今まで常に日本列島が朝鮮半島よりも文明文化が進んでいたこと
    ・済州島には朝鮮民族とは別の言語・風習を持っていた、朝鮮とは別の民族が住んでいたにもかかわらず、済州島を併合してしまったこと
    ・1948年に、済州島の民族を大虐殺したこと
    ・済州島の民族の言語とアイヌ語に共通な語があって、済州島には日本列島と同じ民族が住んでいたこと
    ・元寇の兵の大半は高麗人(朝鮮民族)だったこと
    ・民族が到達しやすくても脱出しにくいのが半島だが、そもそも朝鮮半島には日本人が住んでいて、後から別の民族がやってきて、それが朝鮮民族になったと考えられること
    ・民族は敵性民族がいなければ暖かい所に移動するので、朝鮮半島の朝鮮民族は北のほうから南下してきたと考えられること
    ・朝鮮民族が南下してきたといっても単一の民族としてではなくて、満洲民族、モンゴル民族、漢民族、北方のツングース民族等が南下して朝鮮民族になったと考えられること
    ・韓国では中国を親の国、韓国を兄の国、日本を弟の国だと教えているが、それ自体が韓国の属国思想であること(日本は独立国だったので、そういう発想がない)
    ・宦官制度が新羅の時代から1894年の甲午改革で廃止されるまであって、去勢された男子の宦官がいたこと
    ・朝鮮民族は漢民族・満洲民族・モンゴル民族に従属していて格下の民族とされていたこと
    ・清朝の冊封体制の中で李氏朝鮮の地位は低く、朝鮮使臣のみが丸首の衣で歩いて裏門から入ったこと(朝鮮使臣のみが礼服と籠に乗ることと正門から入ることを禁じられていた)
    ・昔の李氏朝鮮の大極旗には清国属国旗と記されていること
    ・遣隋使、遣唐使、日明貿易の時代にも朝鮮を通さずに日本は交易していること
    ・李氏朝鮮の時代も、水田の灌漑施設がなかったこと
    ・1000年にわたる売春立国であること
    ・遣隋使、遣唐使、日明貿易はあったが、遣高麗使、遣朝使のような朝鮮半島との貿易はなかったこと
    ・朝鮮の漬け物の発祥地は中国の重慶であること
    ・高麗の青磁は中国の殷が起源、李氏朝鮮の白磁は中国の北斉が起源であり、どちらも朝鮮半島の発祥の文物ではないこと
    ・日本の歴史は事実・真実のままで世界に誇れる立派な歴史であること(歴史を偽造する韓国に配慮して日本の教科書を記述することなどとんでもないことである)
    ・韓国の教科書には「〇〇を日本に教えてあげた」という記述が山のようにあるが、そのすべてが偽造・ねつ造であること(韓国は、日本発祥のものでさえ教えてあげたと記述する傲岸不遜な国。教えたも問題だが、教えてあげたという表記は無礼千万)
    ・朝鮮半島発祥の文物で日本に影響を与えたものは一つもないこと(朝鮮民族がいなくても日本の文明文化は発展していた)
    ・朝鮮半島に存在しないDNAの稲が日本だけにあること(稲作は中国雲南省あたりから海路で九州に伝わったから)
    ・新羅も百済も日本(倭国)のことを文化大国として敬仰していたこと(朝鮮半島初の統一国家である新羅の基礎づくりを指導したのは日本列島から渡ってきた日本人(倭種)だった。「第四代新羅王の解脱(タレ)は、倭の東北一千里にある多婆那国の生れ」(三国史記新羅本記)、多婆那(タバナ)国は、丹波、あるいは但馬と考えられている)
    ・日本国は九州北部と朝鮮半島にまたがっていたこと(鉄資源を採取するための拠点が朝鮮半島南部にあり、そこから南が倭国(日本)と認識されていた。「韓は帯方郡(魏の直轄地・現ソウル付近)の南にあり、東西は海、南は倭と接す」「倭に至るには(海岸に沿って水行し韓国を経て、あるいは南し、あるいは東し)その北岸、狗邪韓国に至る。(そこから)はじめて海を渡ること千余里、対馬国に至る・・」(魏志「韓伝」および「倭人伝」)
    ・日本は朝鮮半島南部の拠点を通じて、1世紀ごろには中国大陸と直接交流していたこと
    ・戦前の朝鮮史研究では、新羅4代王が日本列島の出身者であることなど常識であったこと
    ・新羅16代の王のうち半数が日本人であったこと(半島古史研究で基本資料とされる『三国史記4』(東洋文庫)に全文間違いの訳注がある。日本人(倭種)は4代目のみとする訳注を書いたのは韓国人の鄭早苗)
    ・新羅と百済の同時代の『唐書』に、「新羅も百済も倭国(日本)を大国として敬仰している。それは倭国には優れた品々が多いためで、常に使節が倭国に赴いている」との記述があること
    ・日本の皇室が世界で一番古い家系であること
    ・青森県の大平山元遺跡が「世界最古」の遺跡であること
    ・日本の神道のような信仰は世界中にあったが、今は日本にしか残っていないこと
    ・日本の前方後円墳は3世紀に出現したが、朝鮮南部の栄山江から発見された前方後円墳は5〜6世紀のものであること(日本人が朝鮮半島に住んでいた証拠であると知った韓国人は朝鮮半島の前方後円墳を爆破した)
    ・百済では1世紀になって初めて稲を作るべしとの王令が出たこと
    ・日本の農業用語に朝鮮由来の言葉がないこと(朝鮮から伝来していないから)
    ・日本書紀が書かれたのは8世紀だが、朝鮮の三国遺事が書かれたのは13世紀であり、日本の神話が朝鮮の神話よりも古いこと(日本の神話が朝鮮の神話を真似たというのは嘘)
    ・朝鮮が属国だったから、朝鮮からの使節が外交使節でなく朝鮮通信使とされたこと
    ・現在ソウルの城門のあった場所には「独立門」というものが建てられたが、昔その場所には『迎恩門』という門があり、それは「朝鮮王が9回頭を地面に叩きつけて擦りつけ、ひれ伏して清の使者を迎える」という・屈辱的な隷属の象徴の門だったこと
    ・朝鮮国王は 中国の王朝の皇帝によって任命されたこと 
    ・朝鮮国内の事件は全て皇帝に報告しなければならなかったこと 
    ・朝鮮国王の地位は、中国の王朝の廷臣よりも下だったこと 
    ・朝鮮政府には、貨幣の鋳造権すら与えられてなかったこと
    ・朝鮮政府には清国への食糧、兵士提供の要求権もなかったこと 朝鮮は清国に細かく定められた貢品を出す以外に、毎年、牛3000頭、馬3000頭、各地の美女3000人を選り抜いて貢がなければならなかったこと
    ・新羅が日本の属国であって、新羅の王子が日本に人質にとられていたこと
    ・白村江の戦いとは、日本の属国から唐の属国になって寝返った新羅をめぐっての、日本と唐の宗主国同士の争いであったこと
    ・ハングルが日本の阿比留文字の真似であること
    ・朝鮮通信使が、朝鮮の王から、日本から技術を学んでくるように言われていたこと
    ・併合前の大韓帝国がアジア最貧国だったこと(1910年のインドよりも、1910年の朝鮮半島は貧しかった)
     ・李氏朝鮮の王の即位の年には、「朝鮮国、権署国事、臣李某」から始まり、「国事をかりに処理する臣下の李」と、李氏朝鮮の王から清への書状に書かれていたこと
    ・「朝鮮」とは朝貢物の少ない国という意味であること(鮮は少ないという意味)
    ・現在の朝鮮民族と古朝鮮とは民族の連続性がないこと(現在確認されている朝鮮古語は180語しかない)
    ・満州国国歌を韓国国歌にしていること
    ・李氏朝鮮が男尊女卑の社会であって女は子を産む存在でしかなかったこと
    ・韓国は東北から北海道の緯度にある寒冷地帯であって、南方の食べ物である稲が育つはずがなくて、1980年代まで韓国人は雑穀を食べていたこと
    ・朝鮮半島には価値ある文化、富や食、豊かな土地などまったくなかったという理由で、中国の王朝が朝鮮半島を自国領にしなかったこと
    ・トンスル(人糞酒)があること(犬、猫、鳩の糞の酒もある)
    ・百済時代には、百済を含めた朝鮮半島の南部から中部まで日本の文化圏だったこと
    ・遺伝子(DNA)鑑定によれば、現在のコリアンの多くが北方系民族で、日本人の系統とはまったく異なること
    ・朝鮮半島の歴史上、最も繁栄したのが日韓併合時代であったこと(インフラが整備され、人口は倍増、学校が作られて教育水準も上がった)
    ・病人のまねをする病身舞があったこと
    ・戦後、障害児を海外に養子に出して捨てていたこと
    ・朝鮮半島ではオルドス式銅剣もそれを製造する鋳型も見つかっていないこと(中国大陸と日本列島では発掘されている)
    ・朝鮮半島では大陸性の青銅ナイフが見つかっていないこと(日本では見つかっている)
    ・朝鮮は外部世界と隔絶した秘境で、文化がなかったこと
    ・朝鮮半島には布を染色する技術がなくて、住民は色落ちした白い服しか着れなかったこと
    ・高句麗が、日本を格上の国として、日本に朝貢していたこと
    ・高句麗も渤海も朝鮮民族の国とは言えないこと
    ・李氏朝鮮の李氏が満洲民族だったこと(韓国が李氏朝鮮の初代の李成桂の歴史ドラマを作らないのは李成桂が満洲人だから)
    ・父親の大便を息子がなめて健康を見るのが孝行息子とされていたこと
    ・明の皇帝の衣装が龍9匹、皇族が8,7匹、大臣級が6,5匹、地方の役所の長が4,3匹なのだが、朝鮮王は龍3匹の衣装だったこと(龍3匹の衣装にも赤と青があるが、格下の青い衣装だった)
    ・李氏朝鮮には1882年まで国旗がなかったこと(属国だったから)
    ・李氏朝鮮の首都の漢城(現在のソウル)に、道路すらろくになかったこと
    ・鼻が曲がりそうな糞尿の悪臭が朝鮮半島全土をおおっていたこと
    ・家が竪穴式住居に近いものであったこと
    ・朝鮮では中国の貨幣を使用していたが、庶民には流通せず、庶民は5日おきに開かれる市場で物々交換していたこと
    ・李氏朝鮮時代に、性的奉仕を行う「妓生キーセン」がいて、身分は奴婢であって、妓生こそが性奴隷だったこと
    ・大韓帝国併合時、朝鮮に公立学校は約100校しかなかったが大日本帝国が1943年までに4271校まで増やしたこと(それらは当時日本列島にもなかったコンクリートやレンガ造りの三階建て校舎などだった)
    ・韓国は高句麗と渤海を朝鮮民族の国としているが、高句麗は日本を兄の国として外交使節を送ってきて、高句麗の後の渤海は日本を「父の兄、伯父(おじ)」の国として外交使節を送ってきていたこと
    ・キムチが人糞を混ぜて発酵させる食品だったこと(人糞の臭みを消すために唐辛子をどっさり入れた)
    ・キムチに使われる白菜も日本から伝わったこと(大正時代に名古屋の野崎徳四郎が栽培に成功した)
    ・役人が薪にするため柱を切ってしまうので、持っていかれないように、柱に人糞を塗ることがあったこと
    ・李氏朝鮮の李氏は明・清の後ろ盾で朝鮮王を名のっていただけであり、朝鮮半島は実質は無主地だったこと
    ・大日本帝国の民間銀行「第一銀行韓国総支店」が1902年に第一銀行券を発行したが、それが韓国で初めての紙幣であったこと
    ・男尊女卑で、女性は男性の食べ残しを食べていたこと
    ・ハングルは表音文字なので、「放火」と「防火」が同じ、「素数」と「少数」が同じ、「祈願」と「起源」が同じになってしまうこと
    ・李氏朝鮮・大韓帝国に鉄道がなかったこと
    ・李氏朝鮮・大韓帝国が禿山ばかりだったこと
    ・キムチがもともと中国の酸菜(冬季用の漬物)が三国時代に韓国に伝わったものである(白いキムチ)と中国最古の詩篇「詩経」に記載されていること(それに唐辛子を加えたのが今の赤いキムチ)
    ・李氏朝鮮・大韓帝国には2階建ての建築物がなかったこと(外国人の建築物を除く)
    ・英語その他のヨーロッパ語の辞書が作られたのは日韓併合後であったこと
    ・朝鮮人小学校の年間平均学費が1人7円30銭であったのに対し、日本人小学校の年間平均学費が平均40円であったこと(日韓併合時代、日本は朝鮮人を優遇していた)
    ・大日本帝国軍の将校であった多くの韓国人が創氏改名をしなかったこと(もし創氏改名が強制されたものであったとしたら、朝鮮半島出身の将校こそ、手本を示すために創氏改名させられたはず)
    ・李氏朝鮮518年、日韓併合時代、1945年以後の南北分裂時代の3つの時代を比較して、もっとも人命が尊重されて人口が増えたのは日韓併合時代だったこと
    ・朝鮮の残虐な刑罰を廃止したのは日本政府であったこと
    ・大韓帝国併合を要請したのは大韓帝国側であったこと
    ・車輪を作れなかったので、李氏朝鮮・大韓帝国には馬車・牛車・人力車、農業用の水車がなかったこと
    ・朝鮮民族には入浴する習慣がなかったこと
    ・朝鮮半島の諸国が日本の管轄下にあったことを南宋の順帝が公式に認めていたこと(宋書は、倭王・武の順帝宛上表文の「海を渡って平らげること95ヶ国)を認め、順帝から「武を使特節都督倭・新羅・任那・加羅・秦韓・慕韓六国諸軍事、安東大将軍、倭王に叙した」とする)
    ・広開土王碑文には「391年、倭が百済と新羅を破り臣民とした」とあること
    ・鉄の産地は主に新羅地域だが、隋書に「日本人(倭人)が鉄を採掘している、という『韓伝』の転載」があること
    ・752年の奈良大仏開眼供養には、アジア各国からの参列者があって、日本の勢力は隆盛だったこと(導師はインド出身の僧菩提僊那で、従者には胡人(イラン人)も混じり、日本、唐、高麗の楽舞が大仏に奉納された。1万数千人もの参列者の名簿が正倉院文書にある)
    ・百済の時代に、日本に70近くの国分寺、国分尼寺が建立されていたこと(仏教が百済から伝わったというのは嘘)
    ・野糞が普通だったこと(どの道も糞尿だらけだった)
    ・少女キーセン(性奴隷)がいたこと
    ・私有財産が保障されていなかったこと
    ・大韓帝国併合後は、洪中将、金少将など、朝鮮人を分け隔てなくして、日本人兵士に対して命令できる軍の高位に抜擢したこと
    ・朝鮮の女性には名前がなかったこと
    ・平均寿命が24歳だったこと(大韓帝国併合後には平均寿命が56歳に上がった)
    ・朝鮮人女性の性奴隷を禁止したのは大日本帝国政府であったこと
    ・現代の朝鮮民族の風習がロシアのエヴェンキ族に酷似していること(古代の朝鮮とは別の民族)
    ・朝鮮には木を丸くする技術がなかったので桶(おけ)も樽(たる)もなかったこと
    ・朝鮮民族は犬を食べるが、時間をかけて犬を苦しめて殺していたこと
    ・元寇の兵士の大半が朝鮮民族だったが、占領した対馬の住民に対して、男は皆殺し、女は掌に穴をあけて縄を通して船につるしたこと(日本兵が矢を射られないようにした)
    ・在日韓国籍コリアンの多くが、戦後、済州島から日本に密入国してきた人であること(戦時中の強制連行どころか、戦争が終わって大韓民国ができてから自分の意志で日本に来た)
    ・韓国語に「おもいやり」の単語がないこと(韓国人は「人をおもいやる」ことがないから)
    ・朝鮮半島は、ソウルでさえ浮浪者が集落を作っているに過ぎず、何の文明もなかったこと
    ・朝鮮半島は「羅生門」の時代よりも悲惨な状態だったこと
    ・朝貢が少ないと文句を言う清王朝の機嫌をとるため、収穫物・生産物のほぼすべてを両版(リャンバン)が収奪していたこと
    ・1910年の時点で朝鮮の住民の94%が文盲だったこと(ハングルも読めなかった)
    ・対馬の領土化を狙った李氏朝鮮の対馬侵略が1419年の「応永の外寇」だが、対馬の守護や主力兵が不在の時期を狙って17285人の軍勢を対馬に侵攻させたにもかかわらず、対馬の留守を預かる600人程度の日本の武士に李氏朝鮮が10日ほどで完敗したこと(戦死者が日本20人、朝鮮2500人以上)
    ・「応永の外寇」の結果、対馬が日本であることを李氏朝鮮が再確認させられたこと
    ・李氏朝鮮が対馬に朝貢していたこと(李氏朝鮮は明治になるまで、毎年大量の米、麦、野菜などを対馬に献上していた)
    ・大日本帝国は1895年に台湾を、1910年に朝鮮半島を併合したが、1910年の朝鮮半島が1895年の台湾よりも非文明地域だったこと
    ・創氏改名を要請したのは朝鮮人の側だったこと(朝鮮民族は漢民族・満洲民族から格下扱いされていたので、日本名を名乗って日本民族を詐称することを朝鮮民族が望んだ)
    ・伊藤博文を暗殺したのは安重根ではなかったこと
    ・秀吉が朝鮮から連れてきた陶器職人を、江戸時代に家康が朝鮮に帰してあげようと言ったところ、全員が断ったこと(日本の暮らしのほうがずっと良かったから)
    ・李氏朝鮮は清の属国だったが、清に日清戦争で勝って李氏朝鮮を独立させたのが大日本帝国であること(李氏朝鮮の宗主国・清に勝った国を弟の国と呼ぶのは支離滅裂)
    ・李氏王朝を廃止したのは李承晩(韓国初代大統領)だったこと(李氏王朝は大韓帝国併合後も存続していた)
    ・鑑真も空海も最澄も東シナ海を渡ったこと(朝鮮半島を経由しなかったのは、朝鮮半島に立ち寄ると物資が略奪されるから)
    ・朝鮮人は、日本と中国大陸の文化伝来の邪魔をしていたこと(朝鮮半島を経由できていれば、東シナ海でたくさんの日本の船が沈没することはなかった)
    ・朝鮮の王朝が、1400年代まで対馬や九州北部に数十回も侵略しようと兵を送っては撃退されていたこと
    ・江戸時代の朝鮮通信使が市中で鶏を盗んだりして町人に嫌われていたこと
    ・対馬が日本神話に出てくる古代からの日本の領土であること
    ・朝鮮半島には武士階級がいなかったこと(武道で心身を鍛えることがなかったのが朝鮮民族)
    ・中国の王朝に朝貢していた越南(ベトナム)、琉球(沖縄)、朝鮮の中で、朝鮮だけが属国扱いされていたこと
    ・大日本帝国が1924年に京城帝国大学(ソウル大学の前身)を設立したこと(植民地ではなかった証拠。欧米は植民地には小学校すら作らなかった)
    ・朝鮮名のままだと商売がやりにくいという(名目での)朝鮮人の訴えが多かったので、内務省が創氏改名に踏み切ったこと(判子をついた元内務官僚の元自民党衆議院議員の発言がある)
    ・李氏朝鮮は清に美女3000人を毎年献上していたので美女が減っていったこと(美女から生まれる男子も減っていった)
    ・竹島どころか、竹島と朝鮮半島の間の鬱陵島(ウルルン島)も江戸時代の1618年から1696年まで日本の領土であったこと
    ・朝鮮王が清国皇帝に奉呈した貢文に清国皇帝が気に入らない言葉が1つあっただけで、朝鮮王は銀一万両を罰金として払った上に、年貢への見返りを3年間停止するという厳しい処罰を受けたこと
    ・李氏朝鮮のソウルには、芸術品がまったくなく、公園もなければ催し物も旧跡も寺院もなかったこと
    ・樽(たる)を作れなかったので、味噌も醤油も作れなかったこと
    ・朝鮮半島の民族が昔から今まで南と北で相当違っていること
    ・韓国で使われている漢字語の8割以上が日本製であること(ハングルの読み方で読まれたのが漢字語)
    ・李氏朝鮮では漢字を読めたのは男性貴族だけだったこと
    ・李氏朝鮮では両班、中人、常民、奴婢、白丁という順に厳しい身分支配構造が形成されていたこと(日本と違って、階級の移動がなかった)
    ・李氏朝鮮の商店には屋根も棚もなかったこと(李氏朝鮮では土の上に魚を置いて売っていた)
    ・李氏朝鮮で1400年代に王が命じた水車づくりが1700年代の朝鮮でも実現されていなかったこと
    ・下層民である奴婢は両班の一家の食べ残しを食べていたこと
    ・先の大戦では、日本の一部だったのだから敗戦国だし、独立戦争を戦ったわけでもないのに、戦後、朝鮮進駐軍と称して日本国民に乱暴狼藉の限りを尽くしたこと
    ・1965年の日韓基本条約締結時、日本側代表が「互いの財産を相殺すれば(韓国に残した日本の財産の方がはるかに多いので)そちら側が莫大なカネを払うのだぞ」と反論したこと
    ・日本固有の領土である竹島を不法占拠している韓国は、日本に対する侵略国であること
    ・対馬藩が朝鮮に租界地を有していたこと
    ・朝鮮が告げ口社会であり、それが今でも続いていること
    ・日本の歴史を歪曲することは「日本民族の魂」を歪曲することであること(韓国の外相が「歴史は民族の魂だ」と発言している)
    ・江戸時代の朝鮮通信使が日本に来て大きな川に橋が架かっているのに驚いたこと
    ・「歴史を忘れた民族に未来はない」という言葉は、自分の歴史書を売るために韓国人に向けて発言した韓国人の申采浩の言葉であること
    ・日本に、韓国に謝罪と賠償を要求する権利があること(高麗の皇太子が元の皇帝フビライに「日本は、いまだ陛下の聖なる感化を受けておらず。」と述べたことが、元寇への決定的な要因となった)
    ・元寇の主力先兵は高麗兵であり、指揮官の中でも好戦的だったのが高麗人だったこと(中国の正史『元史』にも、朝鮮の正史『高麗史』にも記述がある)
    ・壱岐・対馬に上陸した高麗兵の残虐行為からまだ1000年を経ていないのだから、韓国に謝罪と賠償を要求する権利があること
    ・「従軍慰安婦」はなかったこと(呉善花氏は韓国で生まれて26歳まで韓国で生活していたが、その間、村の女を軍や総督府の官憲が強制的に連行したといった話は一切耳にしたことがなく、呉氏がインタビューした植民地世代韓国人も「一人としてそのような様子を見たことも聞いたこともない」と言っている)
    ・大韓帝国が成立したのは大日本帝国が日清戦争に勝ったからで、大韓民国が成立したのは大日本帝国が敗戦したからであること(韓国人は日本人に足を向けて寝られない)
    ・戦後、一般の日本人を一番殺したのは韓国であること(島根県の漁民が犠牲になった)
    ・日本人の韓国嫌いは一時的なものではないこと(朝鮮人と知り合った日本人が朝鮮人嫌いになったのは昔からである)
    ・コリアン(朝鮮民族)を嫌っていたのは日本人だけではないこと(コリアンを知ったロシア人もコリアンを嫌った)
    ・朝鮮半島起源の文化が一つもないこと
    ・朝鮮には誇れる歴史がないので、歴史を創出しようとしていること(2010年の民主党政権時、宮内庁が保管していた「朝鮮王室儀軌」を50点だけ持っていく約束が他のも2000点も持っていった)
    ・昔から、困った時だけ日本に頼ってきたこと(秀吉の時代も、飢饉に苦しんだ李氏朝鮮に米を送っている)
    ・いくら日本人に嫌われても意に介せず厚顔無恥なこと(最近になって、日本の嫌韓に気が付いてきて驚いている)
    ・戦後、日本は、朝鮮人に帰国するように呼びかけて、朝鮮半島に帰国する朝鮮人のために何度も無料で船を出したこと(現在の在日韓国籍コリアンは自分の意志で日本にいる)
    ・大日本帝国が大韓帝国を併合した時に、ほとんどの朝鮮人が喜んだこと
    ・1945年から1990年にかけて、韓国軍の強制的な拉致・監禁で慰安婦にされた女性がいたこと(特殊慰安隊、ヤンコンジュ・洋公主と言われる韓国軍の従軍慰安婦)
    ・パク・クネ大統領の父親の朴大統領が韓国軍慰安婦問題の張本人であること(娘のパク・クネは、これを隠してごまかすために日本軍慰安婦だと嘘を触れ回っている)
    ・1910年の日韓併合時、総督府がそれまで朝鮮にはなかった戸籍の整備を始めたところ、非常に多くの朝鮮人が「日本名」で戸籍に登録する騒動が勃発したこと(1911年、総督府は朝鮮人を区別するため「改名禁止」の法令を出した)
    ・1939年、総督府が、朝鮮人の強い要望により「創氏改名」を発令したが、1940年に施行された時、朝鮮人の人口の80%の322万戸が自分の意志で日本風の氏を名乗ったこと
    ・日本名への改名は、朝鮮人の「姓」に、日本風の「氏」を追加しただけであったこと(従来の朝鮮人の「姓」は廃止も改名もされていない)
    ・中国への朝鮮人の入植が始まると、朝鮮人と中国人のトラブルが続発したこと
    ・中国各地での日本国籍を与えられた朝鮮人の道徳の無い行動が中国や世界でニュースに取り上げられてヨーロッパで反日宣伝の材料になったこと
    ・朝鮮半島で、朝鮮人に横暴な振る舞いをしたのは朝鮮人の下級補助員(補助憲兵、朝鮮人巡査、朝鮮人通訳)だったこと
    ・イングランドがスコットランドを併合したように大日本帝国が大韓帝国を併合したこと(植民地化ではなくて、併合であった)
    ・清に朝貢していたという事実からは、ベトナムと沖縄が韓国の兄の国になること(沖縄は日本の一部(県)だが、韓国からは兄の「国」になる)
    ・663年の白村江の戦い後、日本人が命からがら朝鮮半島から日本列島に帰ってきたこと(終戦直後の朝鮮進駐軍と同じ。朝鮮民族の民族性は変わらない)
    ・朝鮮人に温情を掛けると朝鮮人は自分が上だと勘違いすること(どの民族からも格下扱いされていた朝鮮民族を大日本帝国が対等に扱った結果、韓国は、韓国が兄の国、日本が弟の国なんてとんでもないことを言い出した)
    ・大日本帝国時代、朝鮮総統府の日本人全職員がハングルの辞書を持たされてハングルを勉強したこと(植民地ではなかった証拠。植民地なら現地語を学ばない)
    ・大韓帝国併合時代も朝鮮半島では盗み、こそ泥がひんぱんだったこと
    ・第二次世界大戦で、韓国は戦勝国ではないこと(それを戦勝国と偽って朝鮮進駐軍と名乗った)
    ・朝鮮半島南部は日本人(倭人)の拠点の1つとして開拓されたこと
    ・朝鮮民族の誕生は13世紀頃であること(明の属国になって半島外から異民族の血が混じることが無くなった時)
    ・小便で顔を洗っていたこと(清潔という概念が無かった)
    ・キムチに対応する漢字が存在しないこと(キムチの歴史はせいぜい70年以内である疑い)
    ・小便や糞が混ざっている水でも平気で飲んでいたこと(味噌も糞も朝鮮人にとっては一緒だった)
    ・小便壺が家の中にあって、客がいても平気でそこで小便をしていたこと
    ・朝鮮半島の土壌からは寄生虫の卵が大量に見つかること
    ・世界で唯一人糞を口に入れる民族だったこと
    ・李氏朝鮮の厳格な身分制度を廃止したのは大日本帝国であったこと
    ・韓国ドラマに出てくる見事な鎧(よろい)・甲冑はまったくのねつ造であること(昔のものが1つも見つかっていない)
    ・韓国は朝鮮戦争により中国から被害を受けたので、その謝罪と賠償を中国に要求したが、中国大使から一喝されたあげく経済制裁されたこと(それ以降、韓国は中国に一切謝罪と賠償を要求しなくなった)
    ・謝罪謝罪と言うなら、韓国人が大日本帝国軍の兵として戦争したことを連合国軍に謝罪すべきであること(謝罪が好きなら自ら率先して謝罪して手本を見せるべき)
    ・韓国には謝罪を「受け入れる」文化が無いこと(韓国人にとって謝罪は上下関係を決定づける行為でしかなく、謝罪は隷属の意志を示す行為になる)
    ・512年12月、百済が使者を日本に送ってきて「任那の一部(百済寄りの4県)は日本から遠く、百済に近いので、譲って欲しい」と言ってきて、百済が任那の4県をぶんどってしまったこと(日本に対して一方的なのは昔から)
    ・米軍が韓国に駐留した1945年9月以後も、韓国では100万人を超える女性が基地の村で米軍らを対象に売春していたこと(韓国政府は基地村の女性に「慰安婦」の名称を使っていた)
    ・史実に基づいた歴史を韓国人に教えるのが日韓のためであること(韓国人の留学生が京都に「日韓友好のため」と称して従軍慰安婦の像を作ろうと運動している)
    ・江戸時代の朝鮮通信使が朝鮮の風習で大便を街道の路上で行ったこと
    ・朝鮮通信使が、旅館の器物を軒並み持っていってしまったこと
    ・朝鮮通信使に対する苦情が多かったので、1811年に幕府は朝鮮通信使を対馬止めにすることに変更したこと(易地聘礼、えきちへいれい)
    ・朝鮮通信使が日本の貨幣経済の発達に驚いたこと(江戸時代でも、朝鮮では物々交換だった)
    ・朝鮮半島で、庶民が食事の際に箸やスプーンを使うようになったのは1910年以降のことであること(それまではインド式(手づかみ)であった)
    ・大日本帝国の朝鮮総督府が何度も出した布令に「路上脱糞禁止令」があったこと
    ・1937年からの大日本帝国の志願兵の募集に朝鮮人が殺到したこと(1942年には倍率が62.4倍にもなった)
    ・朝鮮半島は空気が乾燥しているので、発酵食品が生まれなかったこと(醤油、味噌だけでなく、納豆も朝鮮人は知らなかった)
    ・1945年、脱走した朝鮮人兵が沖縄の伊是名島(いぜな島)の住民を虐殺したこと
    ・在日韓国籍コリアンには、仕事をしに日本へ渡ってきた人とその子孫か、朝鮮戦争を逃れてきた人とその子孫しかいないこと(李青若『在日韓国人三世の胸のうち』より)
    ・「アメリカ軍が1944年に調査したところ、慰安婦は金で雇われたただの売春婦だった!」という報告書が発見されたこと(第3者で当時の敵国から出た証拠)
    ・韓国人が起源を言うなら、トンスル(人糞酒)の起源が朝鮮半島であると言うべきであること(日本には無いので、トンスルの起源が朝鮮半島だと言われても日本人は反論しない。遠慮はいらない、韓国人はトンスルの起源を世界中に主張すべき)
    ・戦後、韓国と取引した日本企業は韓国から送られてきた試作品を見て契約したが、実際の取引が始まると粗悪品ばかり送られてきたこと
    ・スサノオノミコトが韓地に行ったという「日本書紀」の記述からも朝鮮半島南部が日本であったことがわかること
    ・朝鮮民族の歴史が、強いものには巻かれ、弱いものには悪辣非道な歴史であること
    ・「韓国は嘘の国、日本は本当の国」であること(韓国が韓国民に教えている「韓国は兄の国、日本は弟の国」はまったくのデタラメ)
    ・大韓帝国併合は併合であって植民地ではなかったが、それを植民地であったと歴史を偽造して、朝鮮人なら当然のごとくするであろう非道な行為を日本人がしたように嘘をついていること(朝鮮民族は下の者には悪辣非道だから朝鮮民族の発想で植民地を想像している。下の者だからといってそれだけで悪辣非道なことを日本人はしない)
    ・強制連行されたという、いわゆる「従軍慰安婦」が1人も見つかっていないこと(自発的にやっていた高給取りの「追軍売春婦」ばかり)
    ・大日本帝国の軍隊には朝鮮人の将校までいたのであるから、強制連行された朝鮮人の「従軍慰安婦」がいれば、まっ先に朝鮮人兵が解放していたはずであること(朝鮮人兵が何もしなかったのは、いわゆる「従軍慰安婦」が軍とは無関係な高給取りの売春婦だったから)
    ・大日本帝国の軍が「従軍慰安婦」を強制連行した証拠資料が1つも存在しないこと(にもかかわらず、韓国の与党議員らが慰安婦の記録物を世界記録遺産に登録しようなんて発言している)
    ・朝鮮半島の歴史はほとんど属国の歴史であり、独立していた日本の歴史に嫉妬して、日本の歴史を悪く書き換えようとしていること(いくら日本に嫉妬しても、日本の歴史が素晴らしいことに変わりはない)
    ・日本人が明治時代にある種の郷愁を覚えるのは、明治時代がほとんど日本人の国であったからであろうこと(明治時代は1912年7月30日まで。韓国人が移住してきた大韓帝国併合は1910年8月29日)
    ・大日本帝国が大韓帝国を併合していた時代に、朝鮮人の部下になった日本人がたくさんいたこと(植民地ではなかった証拠)
    ・属国の歴史が独立の歴史よりも多い地域は世界で朝鮮半島だけであること
    ・大日本帝国の朝鮮総督府が朝鮮半島の鉄道を広軌1435mmにしたこと(広軌は新幹線と同じレール間隔。日本列島では狭軌1067mmだから、日本列島よりも立派な鉄道を朝鮮半島に敷設した)
    ・朝鮮半島の住民は、日本の歴史に当てはめると「大化の改新」以前の生活をしていたこと
    ・朝鮮民族とは日本民族に「恩をあだで返してきた」民族であること
    ・上記は歴史を直視しているので韓国に遠慮はいらないこと(韓国の外相が「日本は歴史を直視せよ」と発言している)
     

     2014/1/1

  18. ●「まぁ、よかろう」との勝手な思い込みで南部仏印進駐、結果、ABCD包囲網を構築され石油禁輸、どーすることもできず石油備蓄6箇月を切った段階で真珠湾を騙まし討ち、無謀な亡国戦争へと日本を突き落としたA級戦犯。今、安部総理は、靖国で「神」として祀られるA級戦犯に伏し拝み、日本の国際的孤立を招く。死してなお日本を孤立化させ、亡国させんとするA級戦犯。

     もう中国包囲網どころか、今、「靖国」で世界を結束させ対日包囲網が作られてしまった。判断を誤り、外交的大失態を演じ、国益を損ねた安部総理は潔く辞任(靖国辞任)を。国際政治の状況判断を誤る政治能力では、再び日本を孤立させ亡国させ、自らがA級戦犯に指定されることになるだろう(血は争えぬ?)。また、日本国をA級戦犯国家と化し、日本国民全体をA級戦犯国民としてしまうだろう。安部総理は一刻も早く辞任し、一身を持って世界の誤解を解き、また「朕が志ならむや」とする戦争に駆り出され無残な死を遂げた兵士や原子爆弾・絨毯爆撃で焼き殺された庶民の御霊に詫びるべきだ。辞任後は、あの戦争で被害を受けた国々の、諸国民に許しを請う旅(戦争責任贖罪遍路)に出るべきだ。
     例えば、中国ハルピン郊外にある731部隊跡や韓国の提岩里教会を訪ね、日本軍の暴虐を詫び、犠牲者に鎮魂の祈りを捧げる。フィリピンのバターン半島で殺された捕虜と同じ道を歩き、犠牲者に詫びる・・・。靖国に行く前に行かねばならぬ場所が無数にあるはずだ。「非戦の誓い」をするのなら、米国ハワイの真珠湾に行くべきだ。あの騙まし討ちの現場に・・・。

     また、安部総理に靖国参拝をそそのかした勢力(人物)をよくよく調べる必要がある。靖国で日本を孤立化させ、日中・日韓関係を断絶に追い込み、米国を「失望」させ日米同盟の破壊を試みる。南侵(対韓国軍事攻撃)や東侵(対日本軍事攻撃)を目論む、北朝鮮工作機関の関与はなかったのか?元カノ殺し、叔父さん殺しの殺人鬼が、秘密指令を発しているかもしれない。もしそうなら、安部信三氏は総理辞任に際し、北朝鮮の影響下にある自身の周辺グループもろとも政権中枢から去るべきだ。日本のために・・・。

     今年、2014年。懸念される巨大地震や数級的に拡大する天変地異を含め、激動の一年になるだろう。果たして「戦前回帰」を阻止できるか?主権を奪われ、国民から臣民へと降下し、「臣民道」を極めることが強制されるのか?最期は、戦場で無残に死ぬのか、安楽死させられるのか?どの道死ぬから、どーでもよいのか?日本国民も、政治に覚醒せざるを得ない年になるだろう。失望が絶望で終わらぬように、覚悟の希望を計する元旦である。

     2014/1/1

  19. 新藤大臣の素晴らしい記者会見が話題になってますね!
     確かに文句を言ってるのは2カ国のみ。
     実際に海外の反応を見て下さい。
       ↓
     http://kaigainohannoublog.blog55.fc2.com/blog-entry-1041.html

    (一部抜粋)
    ●タイ人の反応
    ・中国は自分達の国民に、暴君を崇拝するよう強制するくせにね。
     日本は戦時中、確かに酷いことをしたかもしれない。
    だけどそれが戦争なんだ。残酷だから、戦争なんだ。
    だからこそ再び戦争を起こさないように、教訓にしないといけない。

    ●フィリピン人の反応
    ・中国も、何百万人っていうチベット人の命を奪った毛沢東を尊敬してるじゃん。 
    その手が汚れていない国なんてどこにもないんだよ。
    だから前に進んで、偽善者ぶるのはやめようぜ。

    ・中国政府は日本の行動すべてに文句を言おうとしてんだな。
     多くのアジアの国が中国と問題を抱えている最中だっていうのに、
     他のアジア諸国の同情を買おうと頑張ってんだよ。
     加えて、これは中国には全く関係ない、日本の国内問題だ。
     日本に征服された過去を思い出すのが恥ずかしいのかねぇ?

    ●インド人の反応
    ・日本の首相へ。
     勇敢な兵士たちを祀る神社に参拝したことは、
     誰も口出しなど出来ない、あなたの権利です。
     国のために戦った人たちなんだから、名誉が与えられるのは当然のこと。
     外国はこの件に関して、口を挟むべきじゃない。

    ・日本の首相が日本のどこに行こうが外国には関係ないっつーの……

    ●ベトナム人の反応
    ・一連の報道を読んでると、まるで第二次世界大戦前夜みたいだな。
    アメリカが漁夫の利を狙ってんの……。
    だいたい、アメリカは同盟国である日本をサポートしないのかよ。

    ・とにかくも、母国の為に命を賭して戦った人たちが祀られてるんだろ。
    それなら俺はこの参拝を支持するよ。

     2014/1/1

  20. ●やはり大使館レベルではなく、米国国務省の正式声明でも「失望」なのだ。キリスト教ファンダメンタリストが中枢を占める米国のエスタブリッシュメントは、皇国史観で騙まし討ちの対米戦争をしでかした日本への警戒を決して解いてはいないだろう。

     あの関が原の恨みを300年後に果たし、忠臣蔵を賞賛する「復讐文化」が根底にある日本で、靖国に「神」として祀られるA級戦犯を伏し拝む日本国内閣総理大臣が、いくら「非戦の誓い」をしただけとする弁明を繰り返しても、誰も信じないだろう。

     何が何でも憲法変更(破棄)で戦前回帰、原発再稼動で核武装を目指す。皇国史観に基づく全体主義的核武装軍事国家(ネオ大日本帝国)として復古し、再び「大東亜共栄圏建設」「八紘一宇」を標榜、対米百年戦争の完遂・対米復讐戦争(Revenge War)勝利を目論む。そのために靖国のA級戦犯に対米復讐と開戦の詔勅実現を誓っているのだろう。

     中国包囲網は御破算で、既に中国とロシアは日本の戦前回帰を絶対に赦さない姿勢を鮮明にしている。いかに同盟国といえども、米国政府も日本をかばいきれないだろう。アーリントン国立墓地に眠る英霊の名誉にかけて、日本の戦前回帰を赦さぬ米国世論があるからだ。また、今回は、あのナチス戦犯を地の果てまでも追い続けるサイモン・ヴィーゼンタール・センターも安部総理の靖国参拝を非難している。大日本帝国が中国大陸やアジア諸国で犯した残虐非道な行為は、当時同盟を締結していたナチス・ドイツの非道と何ら変わらない。むしろ、例えばアウシュビッツのヨーゼフ・メンゲレによる人体実験よりも、石井機関(731部隊)による人体実験のほうが、組織的・計画的であり、悪質性はより高いといえる。「万歳!ヒットラー・ユーゲント」を合唱し、嬉々としてナチスと同盟していた頃の日本へ回帰することを、あのホロコーストの惨害を刻まれたユダヤ人も決して許さないとする決意表明だろう。

     とにかく、安部総理は、この際一刻も早く辞任(靖国辞任)し、日本が戦前回帰しないことをその身を持って示すべきだ。辞任し潔白を明かすしかない。今後、朝鮮動乱が勃発したり、次の311が起きたとき、A級戦犯国家日本を世界はもう助けてはくれないだろう。

     今、報道によれば北朝鮮が来年の3月を目処に軍事挑発する可能性がささやかれている。年明け早々の、毎度の弾道ミサイル発射や核実験は想定済みだろうが、加えての軍事冒険をいよいよ決心しているのかも。中国の援助が途絶え、備蓄食料・燃料が底をつく前に、機先を制する形で(3月より前に)絶滅覚悟の南侵(バンザイ突撃的韓国軍事攻撃)をしでかすかもしれない。
     
     最近の日本国内の不穏な動きも、日本国内の北朝鮮工作機関の関与があるのではないか。戦前の「一人一殺」を彷彿させる経営者らの射殺事件、グリコ・森永事件の記憶が蘇る食品への毒物(農薬?)混入事件等、世情を不安化する凶悪事件(後起きるとすれば、あの地下鉄サリン事件の再現か?紛失89式小銃を使った国際テロ事件か?)、政治への不信を増幅させる都知事汚職事件、国際的孤立(特に日韓離反・日米離反)を惹起させる安部総理の靖国参拝強行・・・。点と点を結ぶとき、邪悪な絵が浮かび上がる。わが国日本の政権中枢にも、北朝鮮工作機関の魔手が既に伸びているのだろう。熱烈な愛国者や翼賛コメンテーター、日本民族独立論者の姿で熱く近づいてくるのだ(が、その実態は、日本を滅亡に導く亡国の徒・某国の間者)。

     今、「失望した」との米国の親切な諫言・忠告をしっかりと受け止め、戦前の価値観(皇国史観・反ユダヤ思想・選民思想・鬼畜英米思想・・・)に戻ることがないように、主権を担う国民の不断の努力がいよいよ試される新年になるだろう。中国共産党の共産鬼子も北朝鮮の殺人鬼子も、日本の復古鬼子もろとも一日も早く消え去ってほしいと願う。

     2013/12/31

  21. コリアン(朝鮮民族、韓国人・北朝鮮人)が認めたがらない歴史的事実一覧(コリアンは歴史を直視せよ)




    ・稲作が九州から朝鮮半島に伝わったこと
    ・唐辛子が日本から朝鮮に伝わったこと(足袋(たび)に入れて足を温めるものとして朝鮮半島に持ち込まれたのが唐辛子)
    ・半島南部の先住民が日本人(倭人)であったこと
    ・新羅の建国時の宰相が日本人(倭人)であり、王家の二つが倭人系統であること、また始祖の朴赫居世についても日本人説(倭人説)があること
    ・百済、新羅が大和朝廷に対し従属的地位にあったこと
    ・大和朝廷による任那(伽耶)地域の支配があったこと(半島南部における多数の前方後円墳の存在)
    ・朝鮮半島における文化的独自性が欠落していること(あらゆる分野での古典の不在)
    ・属国として歩んできた歴史であること(漢民族・モンゴル民族・満洲民族のどの民族からも朝鮮民族は格下扱いされてきた)
    ・中国の属国になってから、みずから改名して、中国語の姓名であること
     ・秀吉の朝鮮出兵が日本と明の戦争であったこと(李氏朝鮮の軍は明の軍の指揮下に入り、和平交渉も日本と明の間で行われた)
     ・李氏朝鮮が、中国の地方長官の地位でしかなかったこと
    ・清から、李氏朝鮮が琉球とベトナムよりも格下に扱われていたこと
    ・李氏朝鮮の前の高麗では、元の命令で、王妃が代々モンゴル人であり、モンゴル人の母親から生まれた息子しか国王になれなかったこと
    ・朝鮮半島の国が、歴史上一度も、単独では戦争に勝ったことがないこと(朝鮮民族と組んだ国も戦争に勝てない。高麗と組んだ元の元寇、大韓帝国を併合した大日本帝国の大東亜戦争)
    ・朝鮮民族が雑多な民族の集まりであること
    ・ハングルで表記できない発音がいくつもあること
    ・チマチョゴリが、子を産んだ女性は胸を露出して着る服であったこと
    ・朝鮮半島に唐辛子が広まったのは、塩が手に入らないから、塩の代わりの調味料だったこと
    ・李氏朝鮮の時代に、木を丸くする技術がなくて、二輪車がなかったこと
    ・秀吉が朝鮮に出兵した時に、秀吉側について明と戦った朝鮮人がたくさんいたこと
    ・馬に乗って戦っている倭寇がいて、日本人じゃない倭寇がいたこと
    ・日本に文明を教えてあげたと主張する王仁博士の出身地に、王仁博士の一族の末裔も王という姓の人もいないこと
    ・竹島が古代から一貫して日本の領土であったこと
    ・テーブルで肉を焼く料理法は戦後、日本から韓国に伝わったこと
    ・文盲だった朝鮮人にハングルを教えることにしてハングルを広めたのは日本人であること
    ・高麗の時代には、済州島は元の直轄地で、元の領土だったこと
    ・朝鮮戦争前はむろん、朝鮮戦争後もずっと、韓国人は白米を常食にできなかったこと
    ・朝鮮半島の国は中国の国に朝貢するにも朝貢する文物がないので女性を献上していたこと
    ・大韓帝国(李氏朝鮮)の外国からの莫大な借金を、日本が代わりに支払ってやったこと
    ・大韓帝国(李氏朝鮮)の李王家の帰国を大韓民国(韓国)が拒否しているし、大韓帝国と大韓民国は異なる国であるので、現在の韓国人に大韓帝国併合のことは言及できないこと(現在の韓国人は大韓民国人)
    ・2000年近い朝鮮半島の歴史の中で、朝鮮半島を統一した独立国家としての歴史は、936年から963年までの高麗の27年間と、1895年から1910年までの李氏朝鮮(1897年から大韓帝国と改称)の15年間しかないこと
    ・朝鮮という国名にしたのは明だが、他国に自国の国号を決めてもらった世界にただ一つの国であること
    ・百済と新羅の時代に朝鮮半島に住んでいた日本人が文明人として他の民族から尊敬されていたこと
    ・百済と新羅から帰化した人からの朝鮮語の伝搬が見られないことから、帰化人とは朝鮮半島に住んでいた日本人であったこと(帰化人を渡来人というのは誤り。文字通り帰ってきた人達。朝鮮半島からの帰化人は引き揚げ者)
    ・昔から今まで常に日本列島が朝鮮半島よりも文明文化が進んでいたこと
    ・済州島には朝鮮民族とは別の言語・風習を持っていた、朝鮮とは別の民族が住んでいたにもかかわらず、済州島を併合してしまったこと
    ・1948年に、済州島の民族を大虐殺したこと
    ・済州島の民族の言語とアイヌ語に共通な語があって、済州島には日本列島と同じ民族が住んでいたこと
    ・元寇の兵の大半は高麗人(朝鮮民族)だったこと
    ・民族が到達しやすくても脱出しにくいのが半島だが、そもそも朝鮮半島には日本人が住んでいて、後から別の民族がやってきて、それが朝鮮民族になったと考えられること
    ・民族は敵性民族がいなければ暖かい所に移動するので、朝鮮半島の朝鮮民族は北のほうから南下してきたと考えられること
    ・朝鮮民族が南下してきたといっても単一の民族としてではなくて、満洲民族、モンゴル民族、漢民族、北方のツングース民族等が南下して朝鮮民族になったと考えられること
    ・韓国では中国を親の国、韓国を兄の国、日本を弟の国だと教えているが、それ自体が韓国の属国思想であること(日本は独立国だったので、そういう発想がない)
    ・宦官制度が新羅の時代から1894年の甲午改革で廃止されるまであって、去勢された男子の宦官がいたこと
    ・朝鮮民族は漢民族・満洲民族・モンゴル民族に従属していて格下の民族とされていたこと
    ・清朝の冊封体制の中で李氏朝鮮の地位は低く、朝鮮使臣のみが丸首の衣で歩いて裏門から入ったこと(朝鮮使臣のみが礼服と籠に乗ることと正門から入ることを禁じられていた)
    ・昔の李氏朝鮮の大極旗には清国属国旗と記されていること
    ・遣隋使、遣唐使、日明貿易の時代にも朝鮮を通さずに日本は交易していること
    ・李氏朝鮮の時代も、水田の灌漑施設がなかったこと
    ・1000年にわたる売春立国であること
    ・遣隋使、遣唐使、日明貿易はあったが、遣高麗使、遣朝使のような朝鮮半島との貿易はなかったこと
    ・朝鮮の漬け物の発祥地は中国の重慶であること
    ・高麗の青磁は中国の殷が起源、李氏朝鮮の白磁は中国の北斉が起源であり、どちらも朝鮮半島の発祥の文物ではないこと
    ・日本の歴史は事実・真実のままで世界に誇れる立派な歴史であること(歴史を偽造する韓国に配慮して日本の教科書を記述することなどとんでもないことである)
    ・韓国の教科書には「〇〇を日本に教えてあげた」という記述が山のようにあるが、そのすべてが偽造・ねつ造であること(韓国は、日本発祥のものでさえ教えてあげたと記述する傲岸不遜な国。教えたも問題だが、教えてあげたという表記は無礼千万)
    ・朝鮮半島発祥の文物で日本に影響を与えたものは一つもないこと(朝鮮民族がいなくても日本の文明文化は発展していた)
    ・朝鮮半島に存在しないDNAの稲が日本だけにあること(稲作は中国雲南省あたりから海路で九州に伝わったから)
    ・新羅も百済も日本(倭国)のことを文化大国として敬仰していたこと(朝鮮半島初の統一国家である新羅の基礎づくりを指導したのは日本列島から渡ってきた日本人(倭種)だった。「第四代新羅王の解脱(タレ)は、倭の東北一千里にある多婆那国の生れ」(三国史記新羅本記)、多婆那(タバナ)国は、丹波、あるいは但馬と考えられている)
    ・日本国は九州北部と朝鮮半島にまたがっていたこと(鉄資源を採取するための拠点が朝鮮半島南部にあり、そこから南が倭国(日本)と認識されていた。「韓は帯方郡(魏の直轄地・現ソウル付近)の南にあり、東西は海、南は倭と接す」「倭に至るには(海岸に沿って水行し韓国を経て、あるいは南し、あるいは東し)その北岸、狗邪韓国に至る。(そこから)はじめて海を渡ること千余里、対馬国に至る・・」(魏志「韓伝」および「倭人伝」)
    ・日本は朝鮮半島南部の拠点を通じて、1世紀ごろには中国大陸と直接交流していたこと
    ・戦前の朝鮮史研究では、新羅4代王が日本列島の出身者であることなど常識であったこと
    ・新羅16代の王のうち半数が日本人であったこと(半島古史研究で基本資料とされる『三国史記4』(東洋文庫)に全文間違いの訳注がある。日本人(倭種)は4代目のみとする訳注を書いたのは韓国人の鄭早苗)
    ・新羅と百済の同時代の『唐書』に、「新羅も百済も倭国(日本)を大国として敬仰している。それは倭国には優れた品々が多いためで、常に使節が倭国に赴いている」との記述があること
    ・日本の皇室が世界で一番古い家系であること
    ・青森県の大平山元遺跡が「世界最古」の遺跡であること
    ・日本の神道のような信仰は世界中にあったが、今は日本にしか残っていないこと
    ・日本の前方後円墳は3世紀に出現したが、朝鮮南部の栄山江から発見された前方後円墳は5〜6世紀のものであること(日本人が朝鮮半島に住んでいた証拠であると知った韓国人は朝鮮半島の前方後円墳を爆破した)
    ・百済では1世紀になって初めて稲を作るべしとの王令が出たこと
    ・日本の農業用語に朝鮮由来の言葉がないこと(朝鮮から伝来していないから)
    ・日本書紀が書かれたのは8世紀だが、朝鮮の三国遺事が書かれたのは13世紀であり、日本の神話が朝鮮の神話よりも古いこと(日本の神話が朝鮮の神話を真似たというのは嘘)
    ・朝鮮が属国だったから、朝鮮からの使節が外交使節でなく朝鮮通信使とされたこと
    ・現在ソウルの城門のあった場所には「独立門」というものが建てられたが、昔その場所には『迎恩門』という門があり、それは「朝鮮王が9回頭を地面に叩きつけて擦りつけ、ひれ伏して清の使者を迎える」という・屈辱的な隷属の象徴の門だったこと
    ・朝鮮国王は 中国の王朝の皇帝によって任命されたこと 
    ・朝鮮国内の事件は全て皇帝に報告しなければならなかったこと 
    ・朝鮮国王の地位は、中国の王朝の廷臣よりも下だったこと 
    ・朝鮮政府には、貨幣の鋳造権すら与えられてなかったこと
    ・朝鮮政府には清国への食糧、兵士提供の要求権もなかったこと 朝鮮は清国に細かく定められた貢品を出す以外に、毎年、牛3000頭、馬3000頭、各地の美女3000人を選り抜いて貢がなければならなかったこと
    ・新羅が日本の属国であって、新羅の王子が日本に人質にとられていたこと
    ・白村江の戦いとは、日本の属国から唐の属国になって寝返った新羅をめぐっての、日本と唐の宗主国同士の争いであったこと
    ・ハングルが日本の阿比留文字の真似であること
    ・朝鮮通信使が、朝鮮の王から、日本から技術を学んでくるように言われていたこと
    ・併合前の大韓帝国がアジア最貧国だったこと(1910年のインドよりも、1910年の朝鮮半島は貧しかった)
     ・李氏朝鮮の王の即位の年には、「朝鮮国、権署国事、臣李某」から始まり、「国事をかりに処理する臣下の李」と、李氏朝鮮の王から清への書状に書かれていたこと
    ・「朝鮮」とは朝貢物の少ない国という意味であること(鮮は少ないという意味)
    ・現在の朝鮮民族と古朝鮮とは民族の連続性がないこと(現在確認されている朝鮮古語は180語しかない)
    ・満州国国歌を韓国国歌にしていること
    ・李氏朝鮮が男尊女卑の社会であって女は子を産む存在でしかなかったこと
    ・韓国は東北から北海道の緯度にある寒冷地帯であって、南方の食べ物である稲が育つはずがなくて、1980年代まで韓国人は雑穀を食べていたこと
    ・朝鮮半島には価値ある文化、富や食、豊かな土地などまったくなかったという理由で、中国の王朝が朝鮮半島を自国領にしなかったこと
    ・トンスル(人糞酒)があること(犬、猫、鳩の糞の酒もある)
    ・百済時代には、百済を含めた朝鮮半島の南部から中部まで日本の文化圏だったこと
    ・遺伝子(DNA)鑑定によれば、現在のコリアンの多くが北方系民族で、日本人の系統とはまったく異なること
    ・朝鮮半島の歴史上、最も繁栄したのが日韓併合時代であったこと(インフラが整備され、人口は倍増、学校が作られて教育水準も上がった)
    ・病人のまねをする病身舞があったこと
    ・戦後、障害児を海外に養子に出して捨てていたこと
    ・朝鮮半島ではオルドス式銅剣もそれを製造する鋳型も見つかっていないこと(中国大陸と日本列島では発掘されている)
    ・朝鮮半島では大陸性の青銅ナイフが見つかっていないこと(日本では見つかっている)
    ・朝鮮は外部世界と隔絶した秘境で、文化がなかったこと
    ・朝鮮半島には布を染色する技術がなくて、住民は色落ちした白い服しか着れなかったこと
    ・高句麗が、日本を格上の国として、日本に朝貢していたこと
    ・高句麗も渤海も朝鮮民族の国とは言えないこと
    ・李氏朝鮮の李氏が満洲民族だったこと(韓国が李氏朝鮮の初代の李成桂の歴史ドラマを作らないのは李成桂が満洲人だから)
    ・父親の大便を息子がなめて健康を見るのが孝行息子とされていたこと
    ・明の皇帝の衣装が龍9匹、皇族が8,7匹、大臣級が6,5匹、地方の役所の長が4,3匹なのだが、朝鮮王は龍3匹の衣装だったこと(龍3匹の衣装にも赤と青があるが、格下の青い衣装だった)
    ・李氏朝鮮には1882年まで国旗がなかったこと(属国だったから)
    ・李氏朝鮮の首都の漢城(現在のソウル)に、道路すらろくになかったこと
    ・鼻が曲がりそうな糞尿の悪臭が朝鮮半島全土をおおっていたこと
    ・家が竪穴式住居に近いものであったこと
    ・朝鮮では中国の貨幣を使用していたが、庶民には流通せず、庶民は5日おきに開かれる市場で物々交換していたこと
    ・李氏朝鮮時代に、性的奉仕を行う「妓生キーセン」がいて、身分は奴婢であって、妓生こそが性奴隷だったこと
    ・大韓帝国併合時、朝鮮に公立学校は約100校しかなかったが大日本帝国が1943年までに4271校まで増やしたこと(それらは当時日本列島にもなかったコンクリートやレンガ造りの三階建て校舎などだった)
    ・韓国は高句麗と渤海を朝鮮民族の国としているが、高句麗は日本を兄の国として外交使節を送ってきて、高句麗の後の渤海は日本を「父の兄、伯父(おじ)」の国として外交使節を送ってきていたこと
    ・キムチが人糞を混ぜて発酵させる食品だったこと(人糞の臭みを消すために唐辛子をどっさり入れた)
    ・キムチに使われる白菜も日本から伝わったこと(大正時代に名古屋の野崎徳四郎が栽培に成功した)
    ・役人が薪にするため柱を切ってしまうので、持っていかれないように、柱に人糞を塗ることがあったこと
    ・李氏朝鮮の李氏は明・清の後ろ盾で朝鮮王を名のっていただけであり、朝鮮半島は実質は無主地だったこと
    ・大日本帝国の民間銀行「第一銀行韓国総支店」が1902年に第一銀行券を発行したが、それが韓国で初めての紙幣であったこと
    ・男尊女卑で、女性は男性の食べ残しを食べていたこと
    ・ハングルは表音文字なので、「放火」と「防火」が同じ、「素数」と「少数」が同じ、「祈願」と「起源」が同じになってしまうこと
    ・李氏朝鮮・大韓帝国に鉄道がなかったこと
    ・李氏朝鮮・大韓帝国が禿山ばかりだったこと
    ・キムチがもともと中国の酸菜(冬季用の漬物)が三国時代に韓国に伝わったものである(白いキムチ)と中国最古の詩篇「詩経」に記載されていること(それに唐辛子を加えたのが今の赤いキムチ)
    ・李氏朝鮮・大韓帝国には2階建ての建築物がなかったこと(外国人の建築物を除く)
    ・英語その他のヨーロッパ語の辞書が作られたのは日韓併合後であったこと
    ・朝鮮人小学校の年間平均学費が1人7円30銭であったのに対し、日本人小学校の年間平均学費が平均40円であったこと(日韓併合時代、日本は朝鮮人を優遇していた)
    ・大日本帝国軍の将校であった多くの韓国人が創氏改名をしなかったこと(もし創氏改名が強制されたものであったとしたら、朝鮮半島出身の将校こそ、手本を示すために創氏改名させられたはず)
    ・李氏朝鮮518年、日韓併合時代、1945年以後の南北分裂時代の3つの時代を比較して、もっとも人命が尊重されて人口が増えたのは日韓併合時代だったこと
    ・朝鮮の残虐な刑罰を廃止したのは日本政府であったこと
    ・大韓帝国併合を要請したのは大韓帝国側であったこと
    ・車輪を作れなかったので、李氏朝鮮・大韓帝国には馬車・牛車・人力車、農業用の水車がなかったこと
    ・朝鮮民族には入浴する習慣がなかったこと
    ・朝鮮半島の諸国が日本の管轄下にあったことを南宋の順帝が公式に認めていたこと(宋書は、倭王・武の順帝宛上表文の「海を渡って平らげること95ヶ国)を認め、順帝から「武を使特節都督倭・新羅・任那・加羅・秦韓・慕韓六国諸軍事、安東大将軍、倭王に叙した」とする)
    ・広開土王碑文には「391年、倭が百済と新羅を破り臣民とした」とあること
    ・鉄の産地は主に新羅地域だが、隋書に「日本人(倭人)が鉄を採掘している、という『韓伝』の転載」があること
    ・752年の奈良大仏開眼供養には、アジア各国からの参列者があって、日本の勢力は隆盛だったこと(導師はインド出身の僧菩提僊那で、従者には胡人(イラン人)も混じり、日本、唐、高麗の楽舞が大仏に奉納された。1万数千人もの参列者の名簿が正倉院文書にある)
    ・百済の時代に、日本に70近くの国分寺、国分尼寺が建立されていたこと(仏教が百済から伝わったというのは嘘)
    ・野糞が普通だったこと(どの道も糞尿だらけだった)
    ・少女キーセン(性奴隷)がいたこと
    ・私有財産が保障されていなかったこと
    ・大韓帝国併合後は、洪中将、金少将など、朝鮮人を分け隔てなくして、日本人兵士に対して命令できる軍の高位に抜擢したこと
    ・朝鮮の女性には名前がなかったこと
    ・平均寿命が24歳だったこと(大韓帝国併合後には平均寿命が56歳に上がった)
    ・朝鮮人女性の性奴隷を禁止したのは大日本帝国政府であったこと
    ・現代の朝鮮民族の風習がロシアのエヴェンキ族に酷似していること(古代の朝鮮とは別の民族)
    ・朝鮮には木を丸くする技術がなかったので桶(おけ)も樽(たる)もなかったこと
    ・朝鮮民族は犬を食べるが、時間をかけて犬を苦しめて殺していたこと
    ・元寇の兵士の大半が朝鮮民族だったが、占領した対馬の住民に対して、男は皆殺し、女は掌に穴をあけて縄を通して船につるしたこと(日本兵が矢を射られないようにした)
    ・在日韓国籍コリアンの多くが、戦後、済州島から日本に密入国してきた人であること(戦時中の強制連行どころか、戦争が終わって大韓民国ができてから自分の意志で日本に来た)
    ・韓国語に「おもいやり」の単語がないこと(韓国人は「人をおもいやる」ことがないから)
    ・朝鮮半島は、ソウルでさえ浮浪者が集落を作っているに過ぎず、何の文明もなかったこと
    ・朝鮮半島は「羅生門」の時代よりも悲惨な状態だったこと
    ・朝貢が少ないと文句を言う清王朝の機嫌をとるため、収穫物・生産物のほぼすべてを両版(リャンバン)が収奪していたこと
    ・1910年の時点で朝鮮の住民の94%が文盲だったこと(ハングルも読めなかった)
    ・対馬の領土化を狙った李氏朝鮮の対馬侵略が1419年の「応永の外寇」だが、対馬の守護や主力兵が不在の時期を狙って17285人の軍勢を対馬に侵攻させたにもかかわらず、対馬の留守を預かる600人程度の日本の武士に李氏朝鮮が10日ほどで完敗したこと(戦死者が日本20人、朝鮮2500人以上)
    ・「応永の外寇」の結果、対馬が日本であることを李氏朝鮮が再確認させられたこと
    ・李氏朝鮮が対馬に朝貢していたこと(李氏朝鮮は明治になるまで、毎年大量の米、麦、野菜などを対馬に献上していた)
    ・大日本帝国は1895年に台湾を、1910年に朝鮮半島を併合したが、1910年の朝鮮半島が1895年の台湾よりも非文明地域だったこと
    ・創氏改名を要請したのは朝鮮人の側だったこと(朝鮮民族は漢民族・満洲民族から格下扱いされていたので、日本名を名乗って日本民族を詐称することを朝鮮民族が望んだ)
    ・伊藤博文を暗殺したのは安重根ではなかったこと
    ・秀吉が朝鮮から連れてきた陶器職人を、江戸時代に家康が朝鮮に帰してあげようと言ったところ、全員が断ったこと(日本の暮らしのほうがずっと良かったから)
    ・李氏朝鮮は清の属国だったが、清に日清戦争で勝って李氏朝鮮を独立させたのが大日本帝国であること(李氏朝鮮の宗主国・清に勝った国を弟の国と呼ぶのは支離滅裂)
    ・李氏王朝を廃止したのは李承晩(韓国初代大統領)だったこと(李氏王朝は大韓帝国併合後も存続していた)
    ・鑑真も空海も最澄も東シナ海を渡ったこと(朝鮮半島を経由しなかったのは、朝鮮半島に立ち寄ると物資が略奪されるから)
    ・朝鮮人は、日本と中国大陸の文化伝来の邪魔をしていたこと(朝鮮半島を経由できていれば、東シナ海でたくさんの日本の船が沈没することはなかった)
    ・朝鮮の王朝が、1400年代まで対馬や九州北部に数十回も侵略しようと兵を送っては撃退されていたこと
    ・江戸時代の朝鮮通信使が市中で鶏を盗んだりして町人に嫌われていたこと
    ・対馬が日本神話に出てくる古代からの日本の領土であること
    ・朝鮮半島には武士階級がいなかったこと(武道で心身を鍛えることがなかったのが朝鮮民族)
    ・中国の王朝に朝貢していた越南(ベトナム)、琉球(沖縄)、朝鮮の中で、朝鮮だけが属国扱いされていたこと
    ・大日本帝国が1924年に京城帝国大学(ソウル大学の前身)を設立したこと(植民地ではなかった証拠。欧米は植民地には小学校すら作らなかった)
    ・朝鮮名のままだと商売がやりにくいという(名目での)朝鮮人の訴えが多かったので、内務省が創氏改名に踏み切ったこと(判子をついた元内務官僚の元自民党衆議院議員の発言がある)
    ・李氏朝鮮は清に美女3000人を毎年献上していたので美女が減っていったこと(美女から生まれる男子も減っていった)
    ・竹島どころか、竹島と朝鮮半島の間の鬱陵島(ウルルン島)も江戸時代の1618年から1696年まで日本の領土であったこと
    ・朝鮮王が清国皇帝に奉呈した貢文に清国皇帝が気に入らない言葉が1つあっただけで、朝鮮王は銀一万両を罰金として払った上に、年貢への見返りを3年間停止するという厳しい処罰を受けたこと
    ・李氏朝鮮のソウルには、芸術品がまったくなく、公園もなければ催し物も旧跡も寺院もなかったこと
    ・樽(たる)を作れなかったので、味噌も醤油も作れなかったこと
    ・朝鮮半島の民族が昔から今まで南と北で相当違っていること
    ・韓国で使われている漢字語の8割以上が日本製であること(ハングルの読み方で読まれたのが漢字語)
    ・李氏朝鮮では漢字を読めたのは男性貴族だけだったこと
    ・李氏朝鮮では両班、中人、常民、奴婢、白丁という順に厳しい身分支配構造が形成されていたこと(日本と違って、階級の移動がなかった)
    ・李氏朝鮮の商店には屋根も棚もなかったこと(李氏朝鮮では土の上に魚を置いて売っていた)
    ・李氏朝鮮で1400年代に王が命じた水車づくりが1700年代の朝鮮でも実現されていなかったこと
    ・下層民である奴婢は両班の一家の食べ残しを食べていたこと
    ・先の大戦では、日本の一部だったのだから敗戦国だし、独立戦争を戦ったわけでもないのに、戦後、朝鮮進駐軍と称して日本国民に乱暴狼藉の限りを尽くしたこと
    ・1965年の日韓基本条約締結時、日本側代表が「互いの財産を相殺すれば(韓国に残した日本の財産の方がはるかに多いので)そちら側が莫大なカネを払うのだぞ」と反論したこと
    ・日本固有の領土である竹島を不法占拠している韓国は、日本に対する侵略国であること
    ・対馬藩が朝鮮に租界地を有していたこと
    ・朝鮮が告げ口社会であり、それが今でも続いていること
    ・日本の歴史を歪曲することは「日本民族の魂」を歪曲することであること(韓国の外相が「歴史は民族の魂だ」と発言している)
    ・江戸時代の朝鮮通信使が日本に来て大きな川に橋が架かっているのに驚いたこと
    ・「歴史を忘れた民族に未来はない」という言葉は、自分の歴史書を売るために韓国人に向けて発言した韓国人の申采浩の言葉であること
    ・日本に、韓国に謝罪と賠償を要求する権利があること(高麗の皇太子が元の皇帝フビライに「日本は、いまだ陛下の聖なる感化を受けておらず。」と述べたことが、元寇への決定的な要因となった)
    ・元寇の主力先兵は高麗兵であり、指揮官の中でも好戦的だったのが高麗人だったこと(中国の正史『元史』にも、朝鮮の正史『高麗史』にも記述がある)
    ・壱岐・対馬に上陸した高麗兵の残虐行為からまだ1000年を経ていないのだから、韓国に謝罪と賠償を要求する権利があること
    ・「従軍慰安婦」はなかったこと(呉善花氏は韓国で生まれて26歳まで韓国で生活していたが、その間、村の女を軍や総督府の官憲が強制的に連行したといった話は一切耳にしたことがなく、呉氏がインタビューした植民地世代韓国人も「一人としてそのような様子を見たことも聞いたこともない」と言っている)
    ・大韓帝国が成立したのは大日本帝国が日清戦争に勝ったからで、大韓民国が成立したのは大日本帝国が敗戦したからであること(韓国人は日本人に足を向けて寝られない)
    ・戦後、一般の日本人を一番殺したのは韓国であること(島根県の漁民が犠牲になった)
    ・日本人の韓国嫌いは一時的なものではないこと(朝鮮人と知り合った日本人が朝鮮人嫌いになったのは昔からである)
    ・コリアン(朝鮮民族)を嫌っていたのは日本人だけではないこと(コリアンを知ったロシア人もコリアンを嫌った)
    ・朝鮮半島起源の文化が一つもないこと
    ・朝鮮には誇れる歴史がないので、歴史を創出しようとしていること(2010年の民主党政権時、宮内庁が保管していた「朝鮮王室儀軌」を50点だけ持っていく約束が他のも2000点も持っていった)
    ・昔から、困った時だけ日本に頼ってきたこと(秀吉の時代も、飢饉に苦しんだ李氏朝鮮に米を送っている)
    ・いくら日本人に嫌われても意に介せず厚顔無恥なこと(最近になって、日本の嫌韓に気が付いてきて驚いている)
    ・戦後、日本は、朝鮮人に帰国するように呼びかけて、朝鮮半島に帰国する朝鮮人のために何度も無料で船を出したこと(現在の在日韓国籍コリアンは自分の意志で日本にいる)
    ・大日本帝国が大韓帝国を併合した時に、ほとんどの朝鮮人が喜んだこと
    ・1945年から1990年にかけて、韓国軍の強制的な拉致・監禁で慰安婦にされた女性がいたこと(特殊慰安隊、ヤンコンジュ・洋公主と言われる韓国軍の従軍慰安婦)
    ・パク・クネ大統領の父親の朴大統領が韓国軍慰安婦問題の張本人であること(娘のパク・クネは、これを隠してごまかすために日本軍慰安婦だと嘘を触れ回っている)
    ・1910年の日韓併合時、総督府がそれまで朝鮮にはなかった戸籍の整備を始めたところ、非常に多くの朝鮮人が「日本名」で戸籍に登録する騒動が勃発したこと(1911年、総督府は朝鮮人を区別するため「改名禁止」の法令を出した)
    ・1939年、総督府が、朝鮮人の強い要望により「創氏改名」を発令したが、1940年に施行された時、朝鮮人の人口の80%の322万戸が自分の意志で日本風の氏を名乗ったこと
    ・日本名への改名は、朝鮮人の「姓」に、日本風の「氏」を追加しただけであったこと(従来の朝鮮人の「姓」は廃止も改名もされていない)
    ・中国への朝鮮人の入植が始まると、朝鮮人と中国人のトラブルが続発したこと
    ・中国各地での日本国籍を与えられた朝鮮人の道徳の無い行動が中国や世界でニュースに取り上げられてヨーロッパで反日宣伝の材料になったこと
    ・朝鮮半島で、朝鮮人に横暴な振る舞いをしたのは朝鮮人の下級補助員(補助憲兵、朝鮮人巡査、朝鮮人通訳)だったこと
    ・イングランドがスコットランドを併合したように大日本帝国が大韓帝国を併合したこと(植民地化ではなくて、併合であった)
    ・清に朝貢していたという事実からは、ベトナムと沖縄が韓国の兄の国になること(沖縄は日本の一部(県)だが、韓国からは兄の「国」になる)
    ・663年の白村江の戦い後、日本人が命からがら朝鮮半島から日本列島に帰ってきたこと(終戦直後の朝鮮進駐軍と同じ。朝鮮民族の民族性は変わらない)
    ・朝鮮人に温情を掛けると朝鮮人は自分が上だと勘違いすること(どの民族からも格下扱いされていた朝鮮民族を大日本帝国が対等に扱った結果、韓国は、韓国が兄の国、日本が弟の国なんてとんでもないことを言い出した)
    ・大日本帝国時代、朝鮮総統府の日本人全職員がハングルの辞書を持たされてハングルを勉強したこと(植民地ではなかった証拠。植民地なら現地語を学ばない)
    ・大韓帝国併合時代も朝鮮半島では盗み、こそ泥がひんぱんだったこと
    ・第二次世界大戦で、韓国は戦勝国ではないこと(それを戦勝国と偽って朝鮮進駐軍と名乗った)
    ・朝鮮半島南部は日本人(倭人)の拠点の1つとして開拓されたこと
    ・朝鮮民族の誕生は13世紀頃であること(明の属国になって半島外から異民族の血が混じることが無くなった時)
    ・小便で顔を洗っていたこと(清潔という概念が無かった)
    ・キムチに対応する漢字が存在しないこと(キムチの歴史はせいぜい70年以内である疑い)
    ・小便や糞が混ざっている水でも平気で飲んでいたこと(味噌も糞も朝鮮人にとっては一緒だった)
    ・小便壺が家の中にあって、客がいても平気でそこで小便をしていたこと
    ・朝鮮半島の土壌からは寄生虫の卵が大量に見つかること
    ・世界で唯一人糞を口に入れる民族だったこと
    ・李氏朝鮮の厳格な身分制度を廃止したのは大日本帝国であったこと
    ・韓国ドラマに出てくる見事な鎧(よろい)・甲冑はまったくのねつ造であること(昔のものが1つも見つかっていない)
    ・韓国は朝鮮戦争により中国から被害を受けたので、その謝罪と賠償を中国に要求したが、中国大使から一喝されたあげく経済制裁されたこと(それ以降、韓国は中国に一切謝罪と賠償を要求しなくなった)
    ・謝罪謝罪と言うなら、韓国人が大日本帝国軍の兵として戦争したことを連合国軍に謝罪すべきであること(謝罪が好きなら自ら率先して謝罪して手本を見せるべき)
    ・韓国には謝罪を「受け入れる」文化が無いこと(韓国人にとって謝罪は上下関係を決定づける行為でしかなく、謝罪は隷属の意志を示す行為になる)
    ・512年12月、百済が使者を日本に送ってきて「任那の一部(百済寄りの4県)は日本から遠く、百済に近いので、譲って欲しい」と言ってきて、百済が任那の4県をぶんどってしまったこと(日本に対して一方的なのは昔から)
    ・米軍が韓国に駐留した1945年9月以後も、韓国では100万人を超える女性が基地の村で米軍らを対象に売春していたこと(韓国政府は基地村の女性に「慰安婦」の名称を使っていた)
    ・史実に基づいた歴史を韓国人に教えるのが日韓のためであること(韓国人の留学生が京都に「日韓友好のため」と称して従軍慰安婦の像を作ろうと運動している)
    ・江戸時代の朝鮮通信使が朝鮮の風習で大便を街道の路上で行ったこと
    ・朝鮮通信使が、旅館の器物を軒並み持っていってしまったこと
    ・朝鮮通信使に対する苦情が多かったので、1811年に幕府は朝鮮通信使を対馬止めにすることに変更したこと(易地聘礼、えきちへいれい)
    ・朝鮮通信使が日本の貨幣経済の発達に驚いたこと(江戸時代でも、朝鮮では物々交換だった)
    ・朝鮮半島で、庶民が食事の際に箸やスプーンを使うようになったのは1910年以降のことであること(それまではインド式(手づかみ)であった)
    ・大日本帝国の朝鮮総督府が何度も出した布令に「路上脱糞禁止令」があったこと
    ・1937年からの大日本帝国の志願兵の募集に朝鮮人が殺到したこと(1942年には倍率が62.4倍にもなった)
    ・朝鮮半島は空気が乾燥しているので、発酵食品が生まれなかったこと(醤油、味噌だけでなく、納豆も朝鮮人は知らなかった)
    ・1945年、脱走した朝鮮人兵が沖縄の伊是名島(いぜな島)の住民を虐殺したこと
    ・在日韓国籍コリアンには、仕事をしに日本へ渡ってきた人とその子孫か、朝鮮戦争を逃れてきた人とその子孫しかいないこと(李青若『在日韓国人三世の胸のうち』より)
    ・「アメリカ軍が1944年に調査したところ、慰安婦は金で雇われたただの売春婦だった!」という報告書が発見されたこと(第3者で当時の敵国から出た証拠)
    ・韓国人が起源を言うなら、トンスル(人糞酒)の起源が朝鮮半島であると言うべきであること(日本には無いので、トンスルの起源が朝鮮半島だと言われても日本人は反論しない。遠慮はいらない、韓国人はトンスルの起源を世界中に主張すべき)
    ・戦後、韓国と取引した日本企業は韓国から送られてきた試作品を見て契約したが、実際の取引が始まると粗悪品ばかり送られてきたこと
    ・スサノオノミコトが韓地に行ったという「日本書紀」の記述からも朝鮮半島南部が日本であったことがわかること
    ・朝鮮民族の歴史が、強いものには巻かれ、弱いものには悪辣非道な歴史であること
    ・「韓国は嘘の国、日本は本当の国」であること(韓国が韓国民に教えている「韓国は兄の国、日本は弟の国」はまったくのデタラメ)
    ・大韓帝国併合は併合であって植民地ではなかったが、それを植民地であったと歴史を偽造して、朝鮮人なら当然のごとくするであろう非道な行為を日本人がしたように嘘をついていること(朝鮮民族は下の者には悪辣非道だから朝鮮民族の発想で植民地を想像している。下の者だからといってそれだけで悪辣非道なことを日本人はしない)
    ・強制連行されたという、いわゆる「従軍慰安婦」が1人も見つかっていないこと(自発的にやっていた高給取りの「追軍売春婦」ばかり)
    ・大日本帝国の軍隊には朝鮮人の将校までいたのであるから、強制連行された朝鮮人の「従軍慰安婦」がいれば、まっ先に朝鮮人兵が解放していたはずであること(朝鮮人兵が何もしなかったのは、いわゆる「従軍慰安婦」が軍とは無関係な高給取りの売春婦だったから)
    ・大日本帝国の軍が「従軍慰安婦」を強制連行した証拠資料が1つも存在しないこと(にもかかわらず、韓国の与党議員らが慰安婦の記録物を世界記録遺産に登録しようなんて発言している)
    ・朝鮮半島の歴史はほとんど属国の歴史であり、独立していた日本の歴史に嫉妬して、日本の歴史を悪く書き換えようとしていること(いくら日本に嫉妬しても、日本の歴史が素晴らしいことに変わりはない)
    ・日本人が明治時代にある種の郷愁を覚えるのは、明治時代がほとんど日本人の国であったからであろうこと(明治時代は1912年7月30日まで。韓国人が移住してきた大韓帝国併合は1910年8月29日)
    ・大日本帝国が大韓帝国を併合していた時代に、朝鮮人の部下になった日本人がたくさんいたこと(植民地ではなかった証拠)
    ・属国の歴史が独立の歴史よりも多い地域は世界で朝鮮半島だけであること
    ・大日本帝国の朝鮮総督府が朝鮮半島の鉄道を広軌1435mmにしたこと(広軌は新幹線と同じレール間隔。日本列島では狭軌1067mmだから、日本列島よりも立派な鉄道を朝鮮半島に敷設した)
    ・朝鮮半島の住民は、日本の歴史に当てはめると「大化の改新」以前の生活をしていたこと
    ・朝鮮民族とは日本民族に「恩をあだで返してきた」民族であること
    ・上記は歴史を直視しているので韓国に遠慮はいらないこと(韓国の外相が「日本は歴史を直視せよ」と発言している)
     

     2013/12/31

  22. ●国立国会図書館で「十五戦戦争極秘資料集」にある「日本陸軍軍医学校防疫研究報告」を閲覧すれば、ペストやスピロヘータ等細菌に蝕まれて行く生命体の症状の変化が数字や表、グラフで冷たく記されている。被験対象として「マウス」と表記されているのが、実は「マルタ」と呼ばれた生身の人間であることを思うと、その冷酷さに改めて震撼する。

     医師としての良心は欠片(かけら)もなかったのか?それとも、国家神道によるマインドコントロールが骨身にしみこんでいたのか?犠牲になった方々(中国人やロシア人ら)は、どれほどの苦しみ、悲しみ、憎しみを持って死んでいったのだろうか?

     当然、当時の大日本帝国の最高指導者ら(含むA級戦犯・大元帥)は、「石井機関」(731部隊)の存在を知っていたはずである(膨大な予算付け・証拠隠滅指令)。人間の正義の源泉である「同情」が、彼らにはなかったのだろうか?

     今、靖国でA級戦犯を伏し拝む人物が、内閣総理大臣に座に就いている。彼らと同じ価値観で、人間を認識し、国家を運営し、国民を扱おうとしている。あの時、「直ちに影響はない」とされた放射能。が、放射能の本当の怖さが、いよいよ本格的に顕現してくるだろう。人間の姿に表れた放射能の惨害に、ネオ・A級戦犯らはどう対処するのか。特定秘密に指定、隠蔽し、被害者は安楽死法で抹殺か?

     今、威勢よく「愛国」を叫ぶ人々も、「危険人物」(アカ、反日、非国民、○ョンコ等)の認定を一旦受ければ、同じ運命が待っているだろうに・・・。2014年、坂道を転がり落ちるドナドナの道、失望どころか絶望である。

     2013/12/31

  23. ●あの枢軸国家群(ナチス・ドイツ+ファシスト・イタリヤ+国家神道・大日本帝国)との熾烈な戦いに勝利し、世界革命を野望したソビエト社会主義共和国連邦との冷戦に勝利し、今もテロとの血みどろの戦いを勇敢に戦う、アメリカ合衆国。その力の本質的源泉は、膨大なマネー(金融・経済)や世界最大のパワー(陸海空軍・海兵隊・沿岸警備隊・宇宙軍・・・)ではなく、自由と人権を尊重し、民主主義を生み出した価値観(独立宣言)にこそある。
     星条旗の下、自らの命を捧げた自由の戦士。アーリントン墓地に眠る英霊は、米国のみならず自由と正義を求める諸国民の英雄でもある。もし彼らが、“Sneak Attack”で太平洋の戦いを始めた「A級戦犯」らを伏し拝む日本の首相とにこやかに握手する米国リーダーらの姿を見たら、きっと「失望」するだろう。

     靖国神社参拝を強行し、同盟国米国を「失望」させ、EUやロシアからも「懸念」や「遺憾」をもたらした安部信三日本国内閣総理大臣。満身創痍だった中国共産党へも復活のカンフル剤を与えてしまった。世界は、日本の価値観に疑心を抱いている。民主主義も日米安保も、単なる偽装・擬態ではないか。本心は、敗戦前の日本と全く変わらぬ価値観(皇国史観・国家神道・選民思想・反ユダヤ思想・ナチス優生学&地政学的思想・鬼畜米英・八紘一宇・大東亜共栄圏建設・・・)なのではないかと・・・。

     が、「ナチスの手口に学ぶ」副総理と、靖国の「A級戦犯」を伏し拝む総理がその座に居続ける日本は、国民を含めて戦争から何も反省していないと受け止められても仕方がないだろう。東日本大震災の折には、世界中から救いの手が差し伸べられた。未だに放射能の惨害は収束できず、むしろ拡大深化している。それでも、靖国にこだわり、戦前回帰を希求する政治。

     秘密法施行とその法律の執行機関(新装特高警察)設置で国民の耳目を奪い、修身と教育勅語で皇国史観を子どもたちに刷り込み(マインドコントール)、憲法変更で何が何でも戦前回帰を果たす。A級戦犯の名誉回復と核武装で、再び米国に復讐戦争“Revenge War”を仕掛けるのではないか?今度は時間を守るのか、それとも再びの“Sneak Attack”か?が、第二次太平洋戦争の結果は、新しい敗戦である。祖父と同じ「A級戦犯」の運命か、血は争えぬ。

     「対米百年戦争完遂祈願」「対米復讐戦争必勝祈願」「憲法破棄戦前回帰成就祈願」「国家神道核武装軍事国家達成祈願」・・・、A級戦犯の無念を晴らすそんな願掛けをし、いつまでも靖国にこだわれば無残に命をたたれた怨霊や亡霊に憑依され、彼らと同じ運命を辿るだけだ。

     おりしも「安楽死法」が政治日程に上ってきた。年金や医療費等社会負担の軽減を謀り高齢者や障害を持つ人々らを抹殺しにかかってきている。また、東電原発事故による放射線障害で今後予想される先天性異常の子どもたち(例.チェルノブイリ・ハート)・放射線障害に苦しむ人々らを抹殺する意図があるのではないか。あのナチス・ドイツによるユダヤ人ホロコースト(民族絶滅・大量虐殺)の起点は、心身障害者らを「安楽死」させたT4作戦だったのだ。未だに「石井機関」(731部隊)との過去を清算できぬ日本医学界と共同で、本悪的な日本人ホロコーストを実行するのだろうか?

     靖国のA級戦犯を伏し拝む総理を支持すれば、やがて日本国民自らが「死の門」をくぐらされることになるだろう。

     今、日本国民の一人として、米国だけではなく自由と平和を愛する日本国民もその多くが「失望」していると思いたい。生きるか死ぬか、正念場の2014年になる。

     2013/12/31

  24. 緊急拡散 署名依頼  「従軍慰安婦」像の撤去についてホワイトハウスへの請願 
    http://megu777.blogspot.jp/2013/12/blog-post.html?utm_source=BP_recent

     2013/12/31

  25. ●報道によれば、ウィグルでまたしても暴動事件(抵抗運動では?)発生とのこと。
     今度は、刃物(ククリ刀?)に加えて爆発物も使用されたという。中国人民解放軍や武装警察によるウィグル弾圧が強まれば強まるほど、抵抗運動もより活発化し、先鋭化するだろうに・・・。

     あのウィグルの坊やを助ける為に、周辺地域から義憤に駆られたお兄さんたちが駆けつけたのかも知れない。あるいは、元カノ殺し・オジサン殺しの北の独裁者が、自分の命を狙った中国共産党への復讐として、密命(対中国破壊活動)を帯びた北朝鮮工作員を派遣、ウィグル人になりすましての暴動を扇動しているのかもしれない。ひょっとして、ロシアの事件も、北朝鮮工作員が関与しているのかぁ?

     果たして中国は、ウィグルの抵抗運動(やむにやまれぬ決起)、北朝鮮のリベンジ超限戦に対応できるのか?日本もA級戦犯の亡霊を断ち切り、これからの大動乱に備えなければ、自らが動乱の渦中の当事者(戦争無反省国家として世界から孤立→滅亡)となってしまうだろうに・・・。

     返す返す安倍総理による靖国参拝強行は残念であり、失望させられた。日本人の一人として、痛切にそう思う。

     2013/12/30

  26. こういう意見に日本人は失望している。↓コリアンかあ?

     2013/12/30

  27. ・あの日からまもなく1年を迎える。
     まともな情報収集すらできず、救出活動もできず、結局見殺しにされたアルジェリア邦人人質虐殺事件。直後、即行で大使館を閉鎖し、欧州の安全地帯へ一目散に逃げ出した外務官僚ら。今、ロシアで自爆テロが頻発し、南スーダンの情勢も不透明な中、再び日本人の狙った同様の事件が起きるかもしれない。

     いくらNSCを作った所ですぐに運用できるわけもなく、結局外務官僚らの失態用アリバイ工作機関、天下り先として利用されるだけだろう。万一のときは、世界の協力を得て、日本人を救出・保護しなければならないのに。安倍総理は、靖国のA級戦犯を伏し拝み、世界の疑心と反発を招いてしまった。

     新年早々、「靖国辞任」であの戦争を心から反省し、とことん平和を希求する平和国家日本の姿を、身を持って世界に示すべきだ。靖国参拝には、日本人も失望している。

     2013/12/30

  28. コリアン(朝鮮民族、韓国人・北朝鮮人)が認めたがらない歴史的事実一覧(コリアンは歴史を直視せよ)




    ・稲作が九州から朝鮮半島に伝わったこと
    ・唐辛子が日本から朝鮮に伝わったこと(足袋(たび)に入れて足を温めるものとして朝鮮半島に持ち込まれたのが唐辛子)
    ・半島南部の先住民が日本人(倭人)であったこと
    ・新羅の建国時の宰相が日本人(倭人)であり、王家の二つが倭人系統であること、また始祖の朴赫居世についても日本人説(倭人説)があること
    ・百済、新羅が大和朝廷に対し従属的地位にあったこと
    ・大和朝廷による任那(伽耶)地域の支配があったこと(半島南部における多数の前方後円墳の存在)
    ・朝鮮半島における文化的独自性が欠落していること(あらゆる分野での古典の不在)
    ・属国として歩んできた歴史であること(漢民族・モンゴル民族・満洲民族のどの民族からも朝鮮民族は格下扱いされてきた)
    ・中国の属国になってから、みずから改名して、中国語の姓名であること
     ・秀吉の朝鮮出兵が日本と明の戦争であったこと(李氏朝鮮の軍は明の軍の指揮下に入り、和平交渉も日本と明の間で行われた)
     ・李氏朝鮮が、中国の地方長官の地位でしかなかったこと
    ・清から、李氏朝鮮が琉球とベトナムよりも格下に扱われていたこと
    ・李氏朝鮮の前の高麗では、元の命令で、王妃が代々モンゴル人であり、モンゴル人の母親から生まれた息子しか国王になれなかったこと
    ・朝鮮半島の国が、歴史上一度も、単独では戦争に勝ったことがないこと
    ・朝鮮民族が雑多な民族の集まりであること
    ・ハングルで表記できない発音がいくつもあること
    ・チマチョゴリが、子を産んだ女性は胸を露出して着る服であったこと
    ・朝鮮半島に唐辛子が広まったのは、塩が手に入らないから、塩の代わりの調味料だったこと
    ・李氏朝鮮の時代に、木を丸くする技術がなくて、二輪車がなかったこと
    ・秀吉が朝鮮に出兵した時に、秀吉側について明と戦った朝鮮人がたくさんいたこと
    ・馬に乗って戦っている倭寇がいて、日本人じゃない倭寇がいたこと
    ・日本に文明を教えてあげたと主張する王仁博士の出身地に、王仁博士の一族の末裔も王という姓の人もいないこと
    ・竹島が古代から一貫して日本の領土であったこと
    ・テーブルで肉を焼く料理法は戦後、日本から韓国に伝わったこと
    ・文盲だった朝鮮人にハングルを教えさせてハングルを広めたのは日本人であること
    ・高麗の時代には、済州島は元の直轄地であって、済州島は元の領土だったこと
    ・朝鮮戦争前はむろん、朝鮮戦争後もずっと、韓国人は白米を常食にできなかったこと
    ・朝鮮半島の国は中国の国に朝貢するにも朝貢する文物がないので女性を献上していたこと
    ・大韓帝国(李氏朝鮮)の外国からの莫大な借金を、日本が代わりに支払ってやったこと
    ・大韓帝国(李氏朝鮮)の李王家の帰国を韓国は拒否して大韓帝国と韓国(大韓民国)は別の国であるので、今の韓国人に韓国併合のことを言及できないこと
    ・2000年近い朝鮮半島の歴史の中で、朝鮮半島を統一した独立国家としての歴史は、936年から963年までの高麗の27年間と、1895年から1910年までの李氏朝鮮(1897年から大韓帝国と改称)の15年間しかないこと
    ・朝鮮という国名にしたのは明だが、他国に自国の国号を決めてもらった世界にただ一つの国であること
    ・百済と新羅の時代に朝鮮半島に住んでいた日本人が文明人として他の民族から尊敬されていたこと
    ・百済と新羅から帰化した人からの朝鮮語の伝搬が見られないことから、帰化人とは朝鮮半島に住んでいた日本人であったこと(帰化人を渡来人というのは誤り。文字通り帰ってきた人達。朝鮮半島からの帰化人は引き揚げ者)
    ・昔から今まで常に日本列島が朝鮮半島よりも文明文化が進んでいたこと
    ・済州島には朝鮮民族とは別の言語・風習を持っていた、朝鮮とは別の民族が住んでいたにもかかわらず、済州島を併合してしまったこと
    ・1948年に、済州島の民族を大虐殺したこと
    ・済州島の民族の言語とアイヌ語に共通な語があって、済州島には日本列島と同じ民族が住んでいたこと
    ・元寇の兵の大半は高麗人(朝鮮民族)だったこと
    ・民族が到達しやすくても脱出しにくいのが半島だが、そもそも朝鮮半島には日本人が住んでいて、後から別の民族がやってきて、それが朝鮮民族になったと考えられること
    ・民族は敵性民族がいなければ暖かい所に移動するので、朝鮮半島の朝鮮民族は北のほうから南下してきたと考えられること
    ・朝鮮民族が南下してきたといっても単一の民族としてではなくて、満洲民族、モンゴル民族、漢民族、北方のツングース民族等が南下して朝鮮民族になったと考えられること
    ・韓国では中国を親の国、韓国を兄の国、日本を弟の国だと教えているが、それ自体が韓国の属国思想であること(日本は独立国だったので、そういう発想がない)
    ・宦官制度が新羅の時代から1894年の甲午改革で廃止されるまであって、去勢された男子の宦官がいたこと
    ・朝鮮民族は漢民族・満洲民族・モンゴル民族に従属していて格下の民族とされていたこと
    ・清朝の冊封体制の中で李氏朝鮮の地位は低く、朝鮮使臣のみが丸首の衣で歩いて裏門から入ったこと(朝鮮使臣のみが礼服と籠に乗ることと正門から入ることを禁じられていた)
    ・昔の李氏朝鮮の大極旗には清国属国旗と記されていること
    ・遣隋使、遣唐使、日明貿易の時代にも朝鮮を通さずに日本は交易していること
    ・李氏朝鮮の時代も、水田の灌漑施設がなかったこと
    ・1000年にわたる売春立国であること
    ・遣隋使、遣唐使、日明貿易はあったが、遣高麗使、遣朝使のような朝鮮半島との貿易はなかったこと
    ・朝鮮の漬け物の発祥地は中国の重慶であること
    ・高麗の青磁は中国の殷が起源、李氏朝鮮の白磁は中国の北斉が起源であり、どちらも朝鮮半島の発祥の文物ではないこと
    ・日本の歴史は事実・真実のままで世界に誇れる立派な歴史であること(歴史を偽造する韓国に配慮して日本の教科書を記述することなどとんでもないことである)
    ・韓国の教科書には「〇〇を日本に教えてあげた」という記述が山のようにあるが、そのすべてが偽造・ねつ造であること(韓国は、日本発祥のものでさえ教えてあげたと記述する傲岸不遜な国。教えたも問題だが、教えてあげたという表記は無礼千万)
    ・朝鮮半島発祥の文物で日本に影響を与えたものは一つもないこと(朝鮮民族がいなくても日本の文明文化は発展していた)
    ・朝鮮半島に存在しないDNAの稲が日本だけにあること(稲作は中国雲南省あたりから海路で九州に伝わったから)
    ・新羅も百済も日本(倭国)のことを文化大国として敬仰していたこと(朝鮮半島初の統一国家である新羅の基礎づくりを指導したのは日本列島から渡ってきた日本人(倭種)だった。「第四代新羅王の解脱(タレ)は、倭の東北一千里にある多婆那国の生れ」(三国史記新羅本記)、多婆那(タバナ)国は、丹波、あるいは但馬と考えられている)
    ・日本国は九州北部と朝鮮半島にまたがっていたこと(鉄資源を採取するための拠点が朝鮮半島南部にあり、そこから南が倭国(日本)と認識されていた。「韓は帯方郡(魏の直轄地・現ソウル付近)の南にあり、東西は海、南は倭と接す」「倭に至るには(海岸に沿って水行し韓国を経て、あるいは南し、あるいは東し)その北岸、狗邪韓国に至る。(そこから)はじめて海を渡ること千余里、対馬国に至る・・」(魏志「韓伝」および「倭人伝」)
    ・日本は朝鮮半島南部の拠点を通じて、1世紀ごろには中国大陸と直接交流していたこと
    ・戦前の朝鮮史研究では、新羅4代王が日本列島の出身者であることなど常識であったこと
    ・新羅16代の王のうち半数が日本人であったこと(半島古史研究で基本資料とされる『三国史記4』(東洋文庫)に全文間違いの訳注がある。日本人(倭種)は4代目のみとする訳注を書いたのは韓国人の鄭早苗)
    ・新羅と百済の同時代の『唐書』に、「新羅も百済も倭国(日本)を大国として敬仰している。それは倭国には優れた品々が多いためで、常に使節が倭国に赴いている」との記述があること
    ・日本の皇室が世界で一番古い家系であること
    ・青森県の大平山元遺跡が「世界最古」の遺跡であること
    ・日本の神道のような信仰は世界中にあったが、今は日本にしか残っていないこと
    ・日本の前方後円墳は3世紀に出現したが、朝鮮南部の栄山江から発見された前方後円墳は5〜6世紀のものであること(日本人が朝鮮半島に住んでいた証拠であると知った韓国人は朝鮮半島の前方後円墳を爆破した)
    ・百済では1世紀になって初めて稲を作るべしとの王令が出たこと
    ・日本の農業用語に朝鮮由来の言葉がないこと(朝鮮から伝来していないから)
    ・日本書紀が書かれたのは8世紀だが、朝鮮の三国遺事が書かれたのは13世紀であり、日本の神話が朝鮮の神話よりも古いこと(日本の神話が朝鮮の神話を真似たというのは嘘)
    ・朝鮮が属国だったから、朝鮮からの使節が外交使節でなく朝鮮通信使とされたこと
    ・現在ソウルの城門のあった場所には「独立門」というものが建てられたが、昔その場所には『迎恩門』という門があり、それは「朝鮮王が9回頭を地面に叩きつけて擦りつけ、ひれ伏して清の使者を迎える」という・屈辱的な隷属の象徴の門だったこと
    ・朝鮮国王は 中国の王朝の皇帝によって任命されたこと 
    ・朝鮮国内の事件は全て皇帝に報告しなければならなかったこと 
    ・朝鮮国王の地位は、中国の王朝の廷臣よりも下だったこと 
    ・朝鮮政府には、貨幣の鋳造権すら与えられてなかったこと
    ・朝鮮政府には清国への食糧、兵士提供の要求権もなかったこと 朝鮮は清国に細かく定められた貢品を出す以外に、毎年、牛3000頭、馬3000頭、各地の美女3000人を選り抜いて貢がなければならなかったこと
    ・新羅が日本の属国であって、新羅の王子が日本に人質にとられていたこと
    ・白村江の戦いとは、日本の属国から唐の属国になって寝返った新羅をめぐっての、日本と唐の宗主国同士の争いであったこと
    ・ハングルが日本の阿比留文字の真似であること
    ・朝鮮通信使が、朝鮮の王から、日本から技術を学んでくるように言われていたこと
    ・併合前の大韓帝国がアジア最貧国だったこと(1910年のインドよりも、1910年の朝鮮半島は貧しかった)
     ・李氏朝鮮の王の即位の年には、「朝鮮国、権署国事、臣李某」から始まり、「国事をかりに処理する臣下の李」と、李氏朝鮮の王から清への書状に書かれていたこと
    ・「朝鮮」とは朝貢物の少ない国という意味であること(鮮は少ないという意味)
    ・現在の朝鮮民族と古朝鮮とは民族の連続性がないこと(現在確認されている朝鮮古語は180語しかない)
    ・満州国国歌を韓国国歌にしていること
    ・李氏朝鮮が男尊女卑の社会であって女は子を産む存在でしかなかったこと
    ・韓国は東北から北海道の緯度にある寒冷地帯であって、南方の食べ物である稲が育つはずがなくて、1980年代まで韓国人は雑穀を食べていたこと
    ・朝鮮半島には価値ある文化、富や食、豊かな土地などまったくなかったという理由で、中国の王朝が朝鮮半島を自国領にしなかったこと
    ・トンスル(人糞酒)があること(犬、猫、鳩の糞の酒もある)
    ・百済時代には、百済を含めた朝鮮半島の南部から中部まで日本の文化圏だったこと
    ・遺伝子(DNA)鑑定によれば、現在のコリアンの多くが北方系民族で、日本人の系統とはまったく異なること
    ・朝鮮半島の歴史上、最も繁栄したのが日韓併合時代であったこと(インフラが整備され、人口は倍増、学校が作られて教育水準も上がった)
    ・病人のまねをする病身舞があったこと
    ・戦後、障害児を海外に養子に出して捨てていたこと
    ・朝鮮半島ではオルドス式銅剣もそれを製造する鋳型も見つかっていないこと(中国大陸と日本列島では発掘されている)
    ・朝鮮半島では大陸性の青銅ナイフが見つかっていないこと(日本では見つかっている)
    ・朝鮮は外部世界と隔絶した秘境で、文化がなかったこと
    ・朝鮮半島には布を染色する技術がなくて、住民は色落ちした白い服しか着れなかったこと
    ・高句麗が、日本を格上の国として、日本に朝貢していたこと
    ・高句麗も渤海も朝鮮民族の国とは言えないこと
    ・李氏朝鮮の李氏が満洲民族だったこと(韓国が李氏朝鮮の初代の李成桂の歴史ドラマを作らないのは李成桂が満洲人だから)
    ・父親の大便を息子がなめて健康を見るのが孝行息子とされていたこと
    ・明の皇帝の衣装が龍9匹、皇族が8,7匹、大臣級が6,5匹、地方の役所の長が4,3匹なのだが、朝鮮王は龍3匹の衣装だったこと(龍3匹の衣装にも赤と青があるが、格下の青い衣装だった)
    ・李氏朝鮮には1882年まで国旗がなかったこと(属国だったから)
    ・李氏朝鮮の首都の漢城(現在のソウル)に、道路すらろくになかったこと
    ・鼻が曲がりそうな糞尿の悪臭が朝鮮半島全土をおおっていたこと
    ・家が竪穴式住居に近いものであったこと
    ・朝鮮では中国の貨幣を使用していたが、庶民には流通せず、庶民は5日おきに開かれる市場で物々交換していたこと
    ・李氏朝鮮時代に、性的奉仕を行う「妓生キーセン」がいて、身分は奴婢であって、妓生こそが性奴隷だったこと
    ・大韓帝国併合時、朝鮮に公立学校は約100校しかなかったが大日本帝国が1943年までに4271校まで増やしたこと(それらは当時日本列島にもなかったコンクリートやレンガ造りの三階建て校舎などだった)
    ・韓国は高句麗と渤海を朝鮮民族の国としているが、高句麗は日本を兄の国として外交使節を送ってきて、高句麗の後の渤海は日本を「父の兄、伯父(おじ)」の国として外交使節を送ってきていたこと
    ・キムチが人糞を混ぜて発酵させる食品だったこと(人糞の臭みを消すために唐辛子をどっさり入れた)
    ・キムチに使われる白菜も日本から伝わったこと(大正時代に名古屋の野崎徳四郎が栽培に成功した)
    ・役人が薪にするため柱を切ってしまうので、持っていかれないように、柱に人糞を塗ることがあったこと
    ・李氏朝鮮の李氏は明・清の後ろ盾で朝鮮王を名のっていただけであり、朝鮮半島は実質は無主地だったこと
    ・大日本帝国の民間銀行「第一銀行韓国総支店」が1902年に第一銀行券を発行したが、それが韓国で初めての紙幣であったこと
    ・男尊女卑で、女性は男性の食べ残しを食べていたこと
    ・ハングルは表音文字なので、「放火」と「防火」が同じ、「素数」と「少数」が同じ、「祈願」と「起源」が同じになってしまうこと
    ・李氏朝鮮・大韓帝国に鉄道がなかったこと
    ・李氏朝鮮・大韓帝国が禿山ばかりだったこと
    ・キムチがもともと中国の酸菜(冬季用の漬物)が三国時代に韓国に伝わったものである(白いキムチ)と中国最古の詩篇「詩経」に記載されていること(それに唐辛子を加えたのが今の赤いキムチ)
    ・李氏朝鮮・大韓帝国には2階建ての建築物がなかったこと(外国人の建築物を除く)
    ・英語その他のヨーロッパ語の辞書が作られたのは日韓併合後であったこと
    ・朝鮮人小学校の年間平均学費が1人7円30銭であったのに対し、日本人小学校の年間平均学費が平均40円であったこと(日韓併合時代、日本は朝鮮人を優遇していた)
    ・大日本帝国軍の将校であった多くの韓国人が創氏改名をしなかったこと(もし創氏改名が強制されたものであったとしたら、朝鮮半島出身の将校こそ、手本を示すために創氏改名させられたはず)
    ・李氏朝鮮518年、日韓併合時代、1945年以後の南北分裂時代の3つの時代を比較して、もっとも人命が尊重されて人口が増えたのは日韓併合時代だったこと
    ・朝鮮の残虐な刑罰を廃止したのは日本政府であったこと
    ・大韓帝国併合を要請したのは大韓帝国側であったこと
    ・車輪を作れなかったので、李氏朝鮮・大韓帝国には馬車・牛車・人力車、農業用の水車がなかったこと
    ・朝鮮民族には入浴する習慣がなかったこと
    ・朝鮮半島の諸国が日本の管轄下にあったことを南宋の順帝が公式に認めていたこと(宋書は、倭王・武の順帝宛上表文の「海を渡って平らげること95ヶ国)を認め、順帝から「武を使特節都督倭・新羅・任那・加羅・秦韓・慕韓六国諸軍事、安東大将軍、倭王に叙した」とする)
    ・広開土王碑文には「391年、倭が百済と新羅を破り臣民とした」とあること
    ・鉄の産地は主に新羅地域だが、隋書に「日本人(倭人)が鉄を採掘している、という『韓伝』の転載」があること
    ・752年の奈良大仏開眼供養には、アジア各国からの参列者があって、日本の勢力は隆盛だったこと(導師はインド出身の僧菩提僊那で、従者には胡人(イラン人)も混じり、日本、唐、高麗の楽舞が大仏に奉納された。1万数千人もの参列者の名簿が正倉院文書にある)
    ・百済の時代に、日本に70近くの国分寺、国分尼寺が建立されていたこと(仏教が百済から伝わったというのは嘘)
    ・野糞が普通だったこと(どの道も糞尿だらけだった)
    ・少女キーセン(性奴隷)がいたこと
    ・私有財産が保障されていなかったこと
    ・大韓帝国併合後は、洪中将、金少将など、朝鮮人を分け隔てなくして、日本人兵士に対して命令できる軍の高位に抜擢したこと
    ・朝鮮の女性には名前がなかったこと
    ・平均寿命が24歳だったこと(大韓帝国併合後には平均寿命が56歳に上がった)
    ・朝鮮人女性の性奴隷を禁止したのは大日本帝国政府であったこと
    ・現代の朝鮮民族の風習がロシアのエヴェンキ族に酷似していること(古代の朝鮮とは別の民族)
    ・朝鮮には木を丸くする技術がなかったので桶(おけ)も樽(たる)もなかったこと
    ・朝鮮民族は犬を食べるが、時間をかけて犬を苦しめて殺していたこと
    ・元寇の兵士の大半が朝鮮民族だったが、占領した対馬の住民に対して、男は皆殺し、女は掌に穴をあけて縄を通して船につるしたこと(日本兵が矢を射られないようにした)
    ・在日韓国籍コリアンの多くが、戦後、済州島から日本に密入国してきた人であること(戦時中の強制連行どころか、戦争が終わって大韓民国ができてから自分の意志で日本に来た)
    ・韓国語に「おもいやり」の単語がないこと(韓国人は「人をおもいやる」ことがないから)
    ・朝鮮半島は、ソウルでさえ浮浪者が集落を作っているに過ぎず、何の文明もなかったこと
    ・朝鮮半島は「羅生門」の時代よりも悲惨な状態だったこと
    ・朝貢が少ないと文句を言う清王朝の機嫌をとるため、収穫物・生産物のほぼすべてを両版(リャンバン)が収奪していたこと
    ・1910年の時点で朝鮮の住民の94%が文盲だったこと(ハングルも読めなかった)
    ・対馬の領土化を狙った李氏朝鮮の対馬侵略が1419年の「応永の外寇」だが、対馬の守護や主力兵が不在の時期を狙って17285人の軍勢を対馬に侵攻させたにもかかわらず、対馬の留守を預かる600人程度の日本の武士に李氏朝鮮が10日ほどで完敗したこと(戦死者が日本20人、朝鮮2500人以上)
    ・「応永の外寇」の結果、対馬が日本であることを李氏朝鮮が再確認させられたこと
    ・李氏朝鮮が対馬に朝貢していたこと(李氏朝鮮は明治になるまで、毎年大量の米、麦、野菜などを対馬に献上していた)
    ・大日本帝国は1895年に台湾を、1910年に朝鮮半島を併合したが、1910年の朝鮮半島が1895年の台湾よりも非文明地域だったこと
    ・創氏改名を要請したのは朝鮮人の側だったこと(朝鮮民族は漢民族・満洲民族から格下扱いされていたので、日本名を名乗って日本民族を詐称することを朝鮮民族が望んだ)
    ・伊藤博文を暗殺したのは安重根ではなかったこと
    ・秀吉が朝鮮から連れてきた陶器職人を、江戸時代に家康が朝鮮に帰してあげようと言ったところ、全員が断ったこと(日本の暮らしのほうがずっと良かったから)
    ・李氏朝鮮は清の属国だったが、清に日清戦争で勝って李氏朝鮮を独立させたのが大日本帝国であること(李氏朝鮮の宗主国・清に勝った国を弟の国と呼ぶのは支離滅裂)
    ・李氏王朝を廃止したのは李承晩(韓国初代大統領)だったこと(李氏王朝は大韓帝国併合後も存続していた)
    ・鑑真も空海も最澄も東シナ海を渡ったこと(朝鮮半島を経由しなかったのは、朝鮮半島に立ち寄ると物資が略奪されるから)
    ・朝鮮人は、日本と中国大陸の文化伝来の邪魔をしていたこと(朝鮮半島を経由できていれば、東シナ海でたくさんの日本の船が沈没することはなかった)
    ・朝鮮の王朝が、1400年代まで対馬や九州北部に数十回も侵略しようと兵を送っては撃退されていたこと
    ・江戸時代の朝鮮通信使が市中で鶏を盗んだりして町人に嫌われていたこと
    ・対馬が日本神話に出てくる古代からの日本の領土であること
    ・朝鮮半島には武士階級がいなかったこと(武道で心身を鍛えることがなかったのが朝鮮民族)
    ・中国の王朝に朝貢していた越南(ベトナム)、琉球(沖縄)、朝鮮の中で、朝鮮だけが属国扱いされていたこと
    ・大日本帝国が1924年に京城帝国大学(ソウル大学の前身)を設立したこと(植民地ではなかった証拠。欧米は植民地には小学校すら作らなかった)
    ・朝鮮名のままだと商売がやりにくいという(名目での)朝鮮人の訴えが多かったので、内務省が創氏改名に踏み切ったこと(判子をついた元内務官僚の元自民党衆議院議員の発言がある)
    ・李氏朝鮮は清に美女3000人を毎年献上していたので美女が減っていったこと(美女から生まれる男子も減っていった)
    ・竹島どころか、竹島と朝鮮半島の間の鬱陵島(ウルルン島)も江戸時代の1618年から1696年まで日本の領土であったこと
    ・朝鮮王が清国皇帝に奉呈した貢文に清国皇帝が気に入らない言葉が1つあっただけで、朝鮮王は銀一万両を罰金として払った上に、年貢への見返りを3年間停止するという厳しい処罰を受けたこと
    ・李氏朝鮮のソウルには、芸術品がまったくなく、公園もなければ催し物も旧跡も寺院もなかったこと
    ・樽(たる)を作れなかったので、味噌も醤油も作れなかったこと
    ・朝鮮半島の民族が昔から今まで南と北で相当違っていること
    ・韓国で使われている漢字語の8割以上が日本製であること(ハングルの読み方で読まれたのが漢字語)
    ・李氏朝鮮では漢字を読めたのは男性貴族だけだったこと
    ・李氏朝鮮では両班、中人、常民、奴婢、白丁という順に厳しい身分支配構造が形成されていたこと(日本と違って、階級の移動がなかった)
    ・李氏朝鮮の商店には屋根も棚もなかったこと(李氏朝鮮では土の上に魚を置いて売っていた)
    ・李氏朝鮮で1400年代に王が命じた水車づくりが1700年代の朝鮮でも実現されていなかったこと
    ・下層民である奴婢は両班の一家の食べ残しを食べていたこと
    ・先の大戦では、日本の一部だったのだから敗戦国だし、独立戦争を戦ったわけでもないのに、戦後、朝鮮進駐軍と称して日本国民に乱暴狼藉の限りを尽くしたこと
    ・1965年の日韓基本条約締結時、日本側代表が「互いの財産を相殺すれば(韓国に残した日本の財産の方がはるかに多いので)そちら側が莫大なカネを払うのだぞ」と反論したこと
    ・日本固有の領土である竹島を不法占拠している韓国は、日本に対する侵略国であること
    ・対馬藩が朝鮮に租界地を有していたこと
    ・朝鮮が告げ口社会であり、それが今でも続いていること
    ・日本の歴史を歪曲することは「日本民族の魂」を歪曲することであること(韓国の外相が「歴史は民族の魂だ」と発言している)
    ・江戸時代の朝鮮通信使が日本に来て大きな川に橋が架かっているのに驚いたこと
    ・「歴史を忘れた民族に未来はない」という言葉は、自分の歴史書を売るために韓国人に向けて発言した韓国人の申采浩の言葉であること
    ・日本に、韓国に謝罪と賠償を要求する権利があること(高麗の皇太子が元の皇帝フビライに「日本は、いまだ陛下の聖なる感化を受けておらず。」と述べたことが、元寇への決定的な要因となった)
    ・元寇の主力先兵は高麗兵であり、指揮官の中でも好戦的だったのが高麗人だったこと(中国の正史『元史』にも、朝鮮の正史『高麗史』にも記述がある)
    ・壱岐・対馬に上陸した高麗兵の残虐行為からまだ1000年を経ていないのだから、韓国に謝罪と賠償を要求する権利があること
    ・「従軍慰安婦」はなかったこと(呉善花氏は韓国で生まれて26歳まで韓国で生活していたが、その間、村の女を軍や総督府の官憲が強制的に連行したといった話は一切耳にしたことがなく、呉氏がインタビューした植民地世代韓国人も「一人としてそのような様子を見たことも聞いたこともない」と言っている)
    ・大韓帝国が成立したのは大日本帝国が日清戦争に勝ったからで、大韓民国が成立したのは大日本帝国が敗戦したからであること(韓国人は日本人に足を向けて寝られない)
    ・戦後、一般の日本人を一番殺したのは韓国であること(島根県の漁民が犠牲になった)
    ・日本人の韓国嫌いは一時的なものではないこと(朝鮮人と知り合った日本人が朝鮮人嫌いになったのは昔からである)
    ・コリアン(朝鮮民族)を嫌っていたのは日本人だけではないこと(コリアンを知ったロシア人もコリアンを嫌った)
    ・朝鮮半島起源の文化が一つもないこと
    ・朝鮮には誇れる歴史がないので、歴史を創出しようとしていること(2010年の民主党政権時、宮内庁が保管していた「朝鮮王室儀軌」を50点だけ持っていく約束が他のも2000点も持っていった)
    ・昔から、困った時だけ日本に頼ってきたこと(秀吉の時代も、飢饉に苦しんだ李氏朝鮮に米を送っている)
    ・いくら日本人に嫌われても意に介せず厚顔無恥なこと(最近になって、日本の嫌韓に気が付いてきて驚いている)
    ・戦後、日本は、朝鮮人に帰国するように呼びかけて、朝鮮半島に帰国する朝鮮人のために何度も無料で船を出したこと(現在の在日韓国籍コリアンは自分の意志で日本にいる)
    ・大日本帝国が大韓帝国を併合した時に、ほとんどの朝鮮人が喜んだこと
    ・1945年から1990年にかけて、韓国軍の強制的な拉致・監禁で慰安婦にされた女性がいたこと(特殊慰安隊、ヤンコンジュ・洋公主と言われる韓国軍の従軍慰安婦)
    ・パク・クネ大統領の父親の朴大統領が韓国軍慰安婦問題の張本人であること(娘のパク・クネは、これを隠してごまかすために日本軍慰安婦だと嘘を触れ回っている)
    ・1910年の日韓併合時、総督府がそれまで朝鮮にはなかった戸籍の整備を始めたところ、非常に多くの朝鮮人が「日本名」で戸籍に登録する騒動が勃発したこと(1911年、総督府は朝鮮人を区別するため「改名禁止」の法令を出した)
    ・1939年、総督府が、朝鮮人の強い要望により「創氏改名」を発令したが、1940年に施行された時、朝鮮人の人口の80%の322万戸が自分の意志で日本風の氏を名乗ったこと
    ・日本名への改名は、朝鮮人の「姓」に、日本風の「氏」を追加しただけであったこと(従来の朝鮮人の「姓」は廃止も改名もされていない)
    ・中国への朝鮮人の入植が始まると、朝鮮人と中国人のトラブルが続発したこと
    ・中国各地での日本国籍を与えられた朝鮮人の道徳の無い行動が中国や世界でニュースに取り上げられてヨーロッパで反日宣伝の材料になったこと
    ・朝鮮半島で、朝鮮人に横暴な振る舞いをしたのは朝鮮人の下級補助員(補助憲兵、朝鮮人巡査、朝鮮人通訳)だったこと
    ・イングランドがスコットランドを併合したように大日本帝国が大韓帝国を併合したこと(植民地化ではなくて、併合であった)
    ・清に朝貢していたという事実からは、ベトナムと沖縄が韓国の兄の国になること(沖縄は日本の一部(県)だが、韓国からは兄の「国」になる)
    ・663年の白村江の戦い後、日本人が命からがら朝鮮半島から日本列島に帰ってきたこと(終戦直後の朝鮮進駐軍と同じ。朝鮮民族の民族性は変わらない)
    ・朝鮮人に温情を掛けると朝鮮人は自分が上だと勘違いすること(どの民族からも格下扱いされていた朝鮮民族を大日本帝国が対等に扱った結果、韓国は、韓国が兄の国、日本が弟の国なんてとんでもないことを言い出した)
    ・大日本帝国時代、朝鮮総統府の日本人全職員がハングルの辞書を持たされてハングルを勉強したこと(植民地ではなかった証拠。植民地なら現地語を学ばない)
    ・大韓帝国併合時代も朝鮮半島では盗み、こそ泥がひんぱんだったこと
    ・第二次世界大戦で、韓国は戦勝国ではないこと(それを戦勝国と偽って朝鮮進駐軍と名乗った)
    ・朝鮮半島南部は日本人(倭人)の拠点の1つとして開拓されたこと
    ・朝鮮民族の誕生は13世紀頃であること(明の属国になって半島外から異民族の血が混じることが無くなった時)
    ・小便で顔を洗っていたこと(清潔という概念が無かった)
    ・キムチに対応する漢字が存在しないこと(キムチの歴史はせいぜい70年以内である疑い)
    ・小便や糞が混ざっている水でも平気で飲んでいたこと(味噌も糞も朝鮮人にとっては一緒だった)
    ・小便壺が家の中にあって、客がいても平気でそこで小便をしていたこと
    ・朝鮮半島の土壌からは寄生虫の卵が大量に見つかること
    ・世界で唯一人糞を口に入れる民族だったこと
    ・李氏朝鮮の厳格な身分制度を廃止したのは大日本帝国であったこと
    ・韓国ドラマに出てくる見事な鎧(よろい)・甲冑はまったくのねつ造であること(昔のものが1つも見つかっていない)
    ・韓国は朝鮮戦争により中国から被害を受けたので、その謝罪と賠償を中国に要求したが、中国大使から一喝されたあげく経済制裁されたこと(それ以降、韓国は中国に一切謝罪と賠償を要求しなくなった)
    ・謝罪謝罪と言うなら、韓国人が大日本帝国軍の兵として戦争したことを連合国軍に謝罪すべきであること(謝罪が好きなら自ら率先して謝罪して手本を見せるべき)
    ・韓国には謝罪を「受け入れる」文化が無いこと(韓国人にとって謝罪は上下関係を決定づける行為でしかなく、謝罪は隷属の意志を示す行為になる)
    ・512年12月、百済が使者を日本に送ってきて「任那の一部(百済寄りの4県)は日本から遠く、百済に近いので、譲って欲しい」と言ってきて、百済が任那の4県をぶんどってしまったこと(日本に対して一方的なのは昔から)
    ・米軍が韓国に駐留した1945年9月以後も、韓国では100万人を超える女性が基地の村で米軍らを対象に売春していたこと(韓国政府は基地村の女性に「慰安婦」の名称を使っていた)
    ・史実に基づいた歴史を韓国人に教えるのが日韓のためであること(韓国人の留学生が京都に「日韓友好のため」と称して従軍慰安婦の像を作ろうと運動している)
    ・江戸時代の朝鮮通信使が朝鮮の風習で大便を街道の路上で行ったこと
    ・朝鮮通信使が、旅館の器物を軒並み持っていってしまったこと
    ・朝鮮通信使に対する苦情が多かったので、1811年に幕府は朝鮮通信使を対馬止めにすることに変更したこと(易地聘礼、えきちへいれい)
    ・朝鮮通信使が日本の貨幣経済の発達に驚いたこと(江戸時代でも、朝鮮では物々交換だった)
    ・朝鮮半島で、庶民が食事の際に箸やスプーンを使うようになったのは1910年以降のことであること(それまではインド式(手づかみ)であった)
    ・大日本帝国の朝鮮総督府が何度も出した布令に「路上脱糞禁止令」があったこと
    ・1937年からの大日本帝国の志願兵の募集に朝鮮人が殺到したこと(1942年には倍率が62.4倍にもなった)
    ・朝鮮半島は空気が乾燥しているので、発酵食品が生まれなかったこと(醤油、味噌だけでなく、納豆も朝鮮人は知らなかった)
    ・1945年、脱走した朝鮮人兵が沖縄の伊是名島(いぜな島)の住民を虐殺したこと
    ・在日韓国籍コリアンには、仕事をしに日本へ渡ってきた人とその子孫か、朝鮮戦争を逃れてきた人とその子孫しかいないこと(李青若『在日韓国人三世の胸のうち』より)
    ・「アメリカ軍が1944年に調査したところ、慰安婦は金で雇われたただの売春婦だった!」という報告書が発見されたこと(第3者で当時の敵国から出た証拠)
    ・韓国人が起源を言うなら、トンスル(人糞酒)の起源が朝鮮半島であると言うべきであること(日本には無いので、トンスルの起源が朝鮮半島だと言われても日本人は反論しない。遠慮はいらない、韓国人はトンスルの起源を世界中に主張すべき)
    ・戦後、韓国と取引した日本企業は韓国から送られてきた試作品を見て契約したが、実際の取引が始まると粗悪品ばかり送られてきたこと
    ・スサノオノミコトが韓地に行ったという「日本書紀」の記述からも朝鮮半島南部が日本であったことがわかること
    ・朝鮮民族の歴史が、強いものには巻かれ、弱いものには悪辣非道な歴史であること
    ・「韓国は嘘の国、日本は本当の国」であること(韓国が韓国民に教えている「韓国は兄の国、日本は弟の国」はまったくのデタラメ)
    ・大韓帝国併合は併合であって植民地ではなかったが、それを植民地であったと歴史を偽造して、朝鮮人なら当然のごとくするであろう非道な行為を日本人がしたように嘘をついていること(朝鮮民族は下の者には悪辣非道だから朝鮮民族の発想で植民地を想像している。下の者だからといってそれだけで悪辣非道なことを日本人はしない)
    ・強制連行されたという、いわゆる「従軍慰安婦」が1人も見つかっていないこと(自発的にやっていた高給取りの「追軍売春婦」ばかり)
    ・大日本帝国の軍隊には朝鮮人の将校までいたのであるから、強制連行された朝鮮人の「従軍慰安婦」がいれば、まっ先に朝鮮人兵が解放していたはずであること(朝鮮人兵が何もしなかったのは、いわゆる「従軍慰安婦」が軍とは無関係な高給取りの売春婦だったから)
    ・大日本帝国の軍が「従軍慰安婦」を強制連行した証拠資料が1つも存在しないこと(にもかかわらず、韓国の与党議員らが慰安婦の記録物を世界記録遺産に登録しようなんて発言している)
    ・朝鮮半島の歴史はほとんど属国の歴史であり、独立していた日本の歴史に嫉妬して、日本の歴史を悪く書き換えようとしていること(いくら日本に嫉妬しても、日本の歴史が素晴らしいことに変わりはない)
    ・日本人が明治時代にある種の郷愁を覚えるのは、明治時代がほとんど日本人の国であったからであろうこと(明治時代は1912年7月30日まで。韓国人が移住してきた大韓帝国併合は1910年8月29日)
    ・大日本帝国が大韓帝国を併合していた時代に、朝鮮人の部下になった日本人がたくさんいたこと(植民地ではなかった証拠)
    ・属国の歴史が独立の歴史よりも多い地域は世界で朝鮮半島だけであること
    ・朝鮮半島の住民は、日本の歴史に当てはめると「大化の改新」以前の生活をしていたこと
    ・朝鮮民族とは日本民族に「恩をあだで返してきた」民族であること
    ・上記は歴史を直視しているので韓国に遠慮はいらないこと(韓国の外相が「日本は歴史を直視せよ」と発言している)
     

     2013/12/30

  29. ●靖国参拝を強行、A級戦犯を伏し拝み、猛烈抗議の中国や韓国はもとより、同盟国米国までも失望させ、ロシアやEUからも批判を浴び、歴史認識(靖国史観)で国際的孤立を招いた安部総理。その出身は長州である。そういえば、原発事故時の首相も、長州出身の菅直人氏(奇兵隊内閣)だった。吉田松陰も長州、明治日本の礎を築いたのも長州5(ファイブ)だった。やはり、幕末から明治にかけて、「長州」をキーワードに日本の歴史をもう一度洗いなおしたほうが良いだろう。

     幕末のドサクサに紛れて一体何をしたのか?
     大河ドラマでもおなじみ、戊辰戦争における会津の人々への酷い仕打ち。殺しまくり、強姦しまくり、略奪しつくし、強制移住させ故郷を奪い去ったあの歴史。ほかにも、薩摩と組んで様々なことをしたのでは?例えば、日本国民の求心を謀る為の「万世一系」。歴代天皇稜に埋葬されている遺髪等のDNAと明治天皇以降のそれとを鑑定して見れば興味深い結果が出るかもしれない。東京大学を頂点とする人材登用システムについて、「長州」出身者との関係で様々に分析したり、日本全国に散った「元長州」の人々の配置(知事等)も丹念に調べれば、面白いかもしれない。さらに「長州」の視点であの戦争(太平洋戦争)と戦後日本の歩みを調べてみたり、原発事業と「長州」の関係を手繰れば、おのずと一つの線が見えてくるはずだ。

     「長州」を克服することで、真の日本の歴史が始まるのかもしれない。その意味で、長州出身の安部総理による靖国参拝強行は、日本人の覚醒を促すことになるかもしれない。アベノミクス等微温的政策はもう手仕舞い。いよいよ来年から、「ナチスの手口」に学ぶ国民攻撃法案の数々(成立した消費増税、秘密法に続き、報道によればナチスのT4作戦を彷彿させる「安楽死法」も)が陸続と提出され、成立することだろう。その先にある情景は、戦前回帰であり、再びの「長州」による日本完全支配である。

     中国共産党を笑えぬ日本。峻烈な激突を覚悟して歩むドナドナの新年になりそうである。

     2013/12/29

  30. 朝鮮人
    試し腹 奴隷制度

     父親が自分の娘が妊娠できるかを確認する為に、性行為をして孕ませる行為。

     昔の朝鮮では 父親の権利が絶対だそうです。女は女房でも 娘でも奴隷扱いだったそうです。
    嫁に出す娘が、確かに妊娠できる事を証明するために親兄弟で強姦して妊娠した状態で嫁に出す。
     生まれる子供は奴隷身分。
     大人まで生き延びる確率も少ない

    生まれてこなければ良かったとの苦しみの一生を過ごすことになる。

     「女は子を産む道具でしかない」朝鮮では、「道具(女)が不良品(不妊症等)であってはならない。故に、『これこの通り、妊娠できる体でございます』ということを証明するために、「種男」という男に娘を犯させ、妊娠した状態で輿入れさせる」。
    これを「試し腹」と言います。 
     産まれてくる子供は、当然夫の血を引いていないため、妻と同じ奴隷的な身分しかなく、結婚はおろか大人になるまで成長する者も稀だったと言われています。 
     自分の娘を血縁の近い男(兄や叔父)に妊娠させて、妊娠できる女と証明させて嫁がせる儒教思想が暴走した悪しき習慣だそうです。

     2013/12/29

  31. 素晴らしい。真の敵が米国だとやっと認識されました。それでこそ右翼。これからはアメリカの傘の下で、中国、韓国などの弱小国を侮蔑するようなみっともない真似は止めて、本来の宿敵とがっぷり組みあって下さい。

     2013/12/29

  32. ●何の根拠もなしに「まあよかろう」と南部仏印に進駐した結果、ABCD包囲網を構築され、石油禁輸、ハル・ノートを突きつけられ、真珠湾騙まし討ちに突っ走り、発せられたポツダム宣言は「黙殺」し、二発の原子爆弾を投下された大日本帝国。その精神構造は今も変わらない。

     「失望させられた」とする米国の意思を無視(黙殺)し、政権にとどまり続ける安部総理。もう内閣改造で凌ぐのは無理だ。全国民が損害と被害を被ることになる。一刻も早く辞任(靖国辞任)し、「旧敵国条項発動」(第二次太平洋戦争)への流れを防ぐ必要がある。それとも、開き直ってあの松岡洋右のように猛々しく吠え立てて、世界から再び孤立し、北朝鮮と同盟でもして対米百年戦争完遂を狙うのか?下らぬ「滅びの美学(?)」に国民を巻き込むな。やるのなら、静かに、自分ひとりで自己完結型滅びの美学をひっそりと完遂して欲しい。

     靖国鬼子、復古鬼子、原発鬼子らは、中国共産党の共産鬼子、北朝鮮の殺人鬼子らとともに、滅びの彼方へ過ぎ去ってほしい。

     2013/12/29

  33. コリアン(朝鮮民族、韓国人・北朝鮮人)が認めたがらない歴史的事実一覧(コリアンは歴史を直視せよ)




    ・稲作が九州から朝鮮半島に伝わったこと
    ・唐辛子が日本から朝鮮に伝わったこと(足袋(たび)に入れて足を温めるものとして朝鮮半島に持ち込まれたのが唐辛子)
    ・半島南部の先住民が日本人(倭人)であったこと
    ・新羅の建国時の宰相が日本人(倭人)であり、王家の二つが倭人系統であること、また始祖の朴赫居世についても日本人説(倭人説)があること
    ・百済、新羅が大和朝廷に対し従属的地位にあったこと
    ・大和朝廷による任那(伽耶)地域の支配があったこと(半島南部における多数の前方後円墳の存在)
    ・朝鮮半島における文化的独自性が欠落していること(あらゆる分野での古典の不在)
    ・属国として歩んできた歴史であること(漢民族・モンゴル民族・満洲民族のどの民族からも朝鮮民族は格下扱いされてきた)
    ・中国の属国になってから、みずから改名して、中国語の姓名であること
     ・秀吉の朝鮮出兵が日本と明の戦争であったこと(李氏朝鮮の軍は明の軍の指揮下に入り、和平交渉も日本と明の間で行われた)
     ・李氏朝鮮が、中国の地方長官の地位でしかなかったこと
    ・清から、李氏朝鮮が琉球とベトナムよりも格下に扱われていたこと
    ・李氏朝鮮の前の高麗では、元の命令で、王妃が代々モンゴル人であり、モンゴル人の母親から生まれた息子しか国王になれなかったこと
    ・朝鮮半島の国が、歴史上一度も、単独では戦争に勝ったことがないこと
    ・朝鮮民族が雑多な民族の集まりであること
    ・ハングルで表記できない発音がいくつもあること
    ・チマチョゴリが、子を産んだ女性は胸を露出して着る服であったこと
    ・朝鮮半島に唐辛子が広まったのは、塩が手に入らないから、塩の代わりの調味料だったこと
    ・李氏朝鮮の時代に、木を丸くする技術がなくて、二輪車がなかったこと
    ・秀吉が朝鮮に出兵した時に、秀吉側について明と戦った朝鮮人がたくさんいたこと
    ・馬に乗って戦っている倭寇がいて、日本人じゃない倭寇がいたこと
    ・日本に文明を教えてあげたと主張する王仁博士の出身地に、王仁博士の一族の末裔も王という姓の人もいないこと
    ・竹島が古代から一貫して日本の領土であったこと
    ・テーブルで肉を焼く料理法は戦後、日本から韓国に伝わったこと
    ・文盲だった朝鮮人にハングルを教えさせてハングルを広めたのは日本人であること
    ・高麗の時代には、済州島は元の直轄地であって、済州島は元の領土だったこと
    ・朝鮮戦争前はむろん、朝鮮戦争後もずっと、韓国人は白米を常食にできなかったこと
    ・朝鮮半島の国は中国の国に朝貢するにも朝貢する文物がないので女性を献上していたこと
    ・大韓帝国(李氏朝鮮)の外国からの莫大な借金を、日本が代わりに支払ってやったこと
    ・大韓帝国(李氏朝鮮)の李王家の帰国を韓国は拒否して大韓帝国と韓国(大韓民国)は別の国であるので、今の韓国人に韓国併合のことを言及できないこと
    ・2000年近い朝鮮半島の歴史の中で、朝鮮半島を統一した独立国家としての歴史は、936年から963年までの高麗の27年間と、1895年から1910年までの李氏朝鮮(1897年から大韓帝国と改称)の15年間しかないこと
    ・朝鮮という国名にしたのは明だが、他国に自国の国号を決めてもらった世界にただ一つの国であること
    ・百済と新羅の時代に朝鮮半島に住んでいた日本人が文明人として他の民族から尊敬されていたこと
    ・百済と新羅から帰化した人からの朝鮮語の伝搬が見られないことから、帰化人とは朝鮮半島に住んでいた日本人であったこと(帰化人を渡来人というのは誤り。文字通り帰ってきた人達。朝鮮半島からの帰化人は引き揚げ者)
    ・昔から今まで常に日本列島が朝鮮半島よりも文明文化が進んでいたこと
    ・済州島には朝鮮民族とは別の言語・風習を持っていた、朝鮮とは別の民族が住んでいたにもかかわらず、済州島を併合してしまったこと
    ・1948年に、済州島の民族を大虐殺したこと
    ・済州島の民族の言語とアイヌ語に共通な語があって、済州島には日本列島と同じ民族が住んでいたこと
    ・元寇の兵の大半は高麗人(朝鮮民族)だったこと
    ・民族が到達しやすくても脱出しにくいのが半島だが、そもそも朝鮮半島には日本人が住んでいて、後から別の民族がやってきて、それが朝鮮民族になったと考えられること
    ・民族は敵性民族がいなければ暖かい所に移動するので、朝鮮半島の朝鮮民族は北のほうから南下してきたと考えられること
    ・朝鮮民族が南下してきたといっても単一の民族としてではなくて、満洲民族、モンゴル民族、漢民族、北方のツングース民族等が南下して朝鮮民族になったと考えられること
    ・韓国では中国を親の国、韓国を兄の国、日本を弟の国だと教えているが、それ自体が韓国の属国思想であること(日本は独立国だったので、そういう発想がない)
    ・宦官制度が新羅の時代から1894年の甲午改革で廃止されるまであって、去勢された男子の宦官がいたこと
    ・朝鮮民族は漢民族・満洲民族・モンゴル民族に従属していて格下の民族とされていたこと
    ・清朝の冊封体制の中で李氏朝鮮の地位は低く、朝鮮使臣のみが丸首の衣で歩いて裏門から入ったこと(朝鮮使臣のみが礼服と籠に乗ることと正門から入ることを禁じられていた)
    ・昔の李氏朝鮮の大極旗には清国属国旗と記されていること
    ・遣隋使、遣唐使、日明貿易の時代にも朝鮮を通さずに日本は交易していること
    ・李氏朝鮮の時代も、水田の灌漑施設がなかったこと
    ・1000年にわたる売春立国であること
    ・遣隋使、遣唐使、日明貿易はあったが、遣高麗使、遣朝使のような朝鮮半島との貿易はなかったこと
    ・朝鮮の漬け物の発祥地は中国の重慶であること
    ・高麗の青磁は中国の殷が起源、李氏朝鮮の白磁は中国の北斉が起源であり、どちらも朝鮮半島の発祥の文物ではないこと
    ・日本の歴史は事実・真実のままで世界に誇れる立派な歴史であること(歴史を偽造する韓国に配慮して日本の教科書を記述することなどとんでもないことである)
    ・韓国の教科書には「〇〇を日本に教えてあげた」という記述が山のようにあるが、そのすべてが偽造・ねつ造であること(韓国は、日本発祥のものでさえ教えてあげたと記述する傲岸不遜な国。教えたも問題だが、教えてあげたという表記は無礼千万)
    ・朝鮮半島発祥の文物で日本に影響を与えたものは一つもないこと(朝鮮民族がいなくても日本の文明文化は発展していた)
    ・朝鮮半島に存在しないDNAの稲が日本だけにあること(稲作は中国雲南省あたりから海路で九州に伝わったから)
    ・新羅も百済も日本(倭国)のことを文化大国として敬仰していたこと(朝鮮半島初の統一国家である新羅の基礎づくりを指導したのは日本列島から渡ってきた日本人(倭種)だった。「第四代新羅王の解脱(タレ)は、倭の東北一千里にある多婆那国の生れ」(三国史記新羅本記)、多婆那(タバナ)国は、丹波、あるいは但馬と考えられている)
    ・日本国は九州北部と朝鮮半島にまたがっていたこと(鉄資源を採取するための拠点が朝鮮半島南部にあり、そこから南が倭国(日本)と認識されていた。「韓は帯方郡(魏の直轄地・現ソウル付近)の南にあり、東西は海、南は倭と接す」「倭に至るには(海岸に沿って水行し韓国を経て、あるいは南し、あるいは東し)その北岸、狗邪韓国に至る。(そこから)はじめて海を渡ること千余里、対馬国に至る・・」(魏志「韓伝」および「倭人伝」)
    ・日本は朝鮮半島南部の拠点を通じて、1世紀ごろには中国大陸と直接交流していたこと
    ・戦前の朝鮮史研究では、新羅4代王が日本列島の出身者であることなど常識であったこと
    ・新羅16代の王のうち半数が日本人であったこと(半島古史研究で基本資料とされる『三国史記4』(東洋文庫)に全文間違いの訳注がある。日本人(倭種)は4代目のみとする訳注を書いたのは韓国人の鄭早苗)
    ・新羅と百済の同時代の『唐書』に、「新羅も百済も倭国(日本)を大国として敬仰している。それは倭国には優れた品々が多いためで、常に使節が倭国に赴いている」との記述があること
    ・日本の皇室が世界で一番古い家系であること
    ・青森県の大平山元遺跡が「世界最古」の遺跡であること
    ・日本の神道のような信仰は世界中にあったが、今は日本にしか残っていないこと
    ・日本の前方後円墳は3世紀に出現したが、朝鮮南部の栄山江から発見された前方後円墳は5〜6世紀のものであること(日本人が朝鮮半島に住んでいた証拠であると知った韓国人は朝鮮半島の前方後円墳を爆破した)
    ・百済では1世紀になって初めて稲を作るべしとの王令が出たこと
    ・日本の農業用語に朝鮮由来の言葉がないこと(朝鮮から伝来していないから)
    ・日本書紀が書かれたのは8世紀だが、朝鮮の三国遺事が書かれたのは13世紀であり、日本の神話が朝鮮の神話よりも古いこと(日本の神話が朝鮮の神話を真似たというのは嘘)
    ・朝鮮が属国だったから、朝鮮からの使節が外交使節でなく朝鮮通信使とされたこと
    ・現在ソウルの城門のあった場所には「独立門」というものが建てられたが、昔その場所には『迎恩門』という門があり、それは「朝鮮王が9回頭を地面に叩きつけて擦りつけ、ひれ伏して清の使者を迎える」という・屈辱的な隷属の象徴の門だったこと
    ・朝鮮国王は 中国の王朝の皇帝によって任命されたこと 
    ・朝鮮国内の事件は全て皇帝に報告しなければならなかったこと 
    ・朝鮮国王の地位は、中国の王朝の廷臣よりも下だったこと 
    ・朝鮮政府には、貨幣の鋳造権すら与えられてなかったこと
    ・朝鮮政府には清国への食糧、兵士提供の要求権もなかったこと 朝鮮は清国に細かく定められた貢品を出す以外に、毎年、牛3000頭、馬3000頭、各地の美女3000人を選り抜いて貢がなければならなかったこと
    ・新羅が日本の属国であって、新羅の王子が日本に人質にとられていたこと
    ・白村江の戦いとは、日本の属国から唐の属国になって寝返った新羅をめぐっての、日本と唐の宗主国同士の争いであったこと
    ・ハングルが日本の阿比留文字の真似であること
    ・朝鮮通信使が、朝鮮の王から、日本から技術を学んでくるように言われていたこと
    ・併合前の大韓帝国がアジア最貧国だったこと(1910年のインドよりも、1910年の朝鮮半島は貧しかった)
     ・李氏朝鮮の王の即位の年には、「朝鮮国、権署国事、臣李某」から始まり、「国事をかりに処理する臣下の李」と、李氏朝鮮の王から清への書状に書かれていたこと
    ・「朝鮮」とは朝貢物の少ない国という意味であること(鮮は少ないという意味)
    ・現在の朝鮮民族と古朝鮮とは民族の連続性がないこと(現在確認されている朝鮮古語は180語しかない)
    ・満州国国歌を韓国国歌にしていること
    ・李氏朝鮮が男尊女卑の社会であって女は子を産む存在でしかなかったこと
    ・韓国は東北から北海道の緯度にある寒冷地帯であって、南方の食べ物である稲が育つはずがなくて、1980年代まで韓国人は雑穀を食べていたこと
    ・朝鮮半島には価値ある文化、富や食、豊かな土地などまったくなかったという理由で、中国の王朝が朝鮮半島を自国領にしなかったこと
    ・トンスル(人糞酒)があること(犬、猫、鳩の糞の酒もある)
    ・百済時代には、百済を含めた朝鮮半島の南部から中部まで日本の文化圏だったこと
    ・遺伝子(DNA)鑑定によれば、現在のコリアンの多くが北方系民族で、日本人の系統とはまったく異なること
    ・朝鮮半島の歴史上、最も繁栄したのが日韓併合時代であったこと(インフラが整備され、人口は倍増、学校が作られて教育水準も上がった)
    ・病人のまねをする病身舞があったこと
    ・戦後、障害児を海外に養子に出して捨てていたこと
    ・朝鮮半島ではオルドス式銅剣もそれを製造する鋳型も見つかっていないこと(中国大陸と日本列島では発掘されている)
    ・朝鮮半島では大陸性の青銅ナイフが見つかっていないこと(日本では見つかっている)
    ・朝鮮は外部世界と隔絶した秘境で、文化がなかったこと
    ・朝鮮半島には布を染色する技術がなくて、住民は色落ちした白い服しか着れなかったこと
    ・高句麗が、日本を格上の国として、日本に朝貢していたこと
    ・高句麗も渤海も朝鮮民族の国とは言えないこと
    ・李氏朝鮮の李氏が満洲民族だったこと(韓国が李氏朝鮮の初代の李成桂の歴史ドラマを作らないのは李成桂が満洲人だから)
    ・父親の大便を息子がなめて健康を見るのが孝行息子とされていたこと
    ・明の皇帝の衣装が龍9匹、皇族が8,7匹、大臣級が6,5匹、地方の役所の長が4,3匹なのだが、朝鮮王は龍3匹の衣装だったこと(龍3匹の衣装にも赤と青があるが、格下の青い衣装だった)
    ・李氏朝鮮には1882年まで国旗がなかったこと(属国だったから)
    ・李氏朝鮮の首都の漢城(現在のソウル)に、道路すらろくになかったこと
    ・鼻が曲がりそうな糞尿の悪臭が朝鮮半島全土をおおっていたこと
    ・家が竪穴式住居に近いものであったこと
    ・朝鮮では中国の貨幣を使用していたが、庶民には流通せず、庶民は5日おきに開かれる市場で物々交換していたこと
    ・李氏朝鮮時代に、性的奉仕を行う「妓生キーセン」がいて、身分は奴婢であって、妓生こそが性奴隷だったこと
    ・大韓帝国併合時、朝鮮に公立学校は約100校しかなかったが大日本帝国が1943年までに4271校まで増やしたこと(それらは当時日本列島にもなかったコンクリートやレンガ造りの三階建て校舎などだった)
    ・韓国は高句麗と渤海を朝鮮民族の国としているが、高句麗は日本を兄の国として外交使節を送ってきて、高句麗の後の渤海は日本を「父の兄、伯父(おじ)」の国として外交使節を送ってきていたこと
    ・キムチが人糞を混ぜて発酵させる食品だったこと(人糞の臭みを消すために唐辛子をどっさり入れた)
    ・キムチに使われる白菜も日本から伝わったこと(大正時代に名古屋の野崎徳四郎が栽培に成功した)
    ・役人が薪にするため柱を切ってしまうので、持っていかれないように、柱に人糞を塗ることがあったこと
    ・李氏朝鮮の李氏は明・清の後ろ盾で朝鮮王を名のっていただけであり、朝鮮半島は実質は無主地だったこと
    ・大日本帝国の民間銀行「第一銀行韓国総支店」が1902年に第一銀行券を発行したが、それが韓国で初めての紙幣であったこと
    ・男尊女卑で、女性は男性の食べ残しを食べていたこと
    ・ハングルは表音文字なので、「放火」と「防火」が同じ、「素数」と「少数」が同じ、「祈願」と「起源」が同じになってしまうこと
    ・李氏朝鮮・大韓帝国に鉄道がなかったこと
    ・李氏朝鮮・大韓帝国が禿山ばかりだったこと
    ・キムチがもともと中国の酸菜(冬季用の漬物)が三国時代に韓国に伝わったものである(白いキムチ)と中国最古の詩篇「詩経」に記載されていること(それに唐辛子を加えたのが今の赤いキムチ)
    ・李氏朝鮮・大韓帝国には2階建ての建築物がなかったこと(外国人の建築物を除く)
    ・英語その他のヨーロッパ語の辞書が作られたのは日韓併合後であったこと
    ・朝鮮人小学校の年間平均学費が1人7円30銭であったのに対し、日本人小学校の年間平均学費が平均40円であったこと(日韓併合時代、日本は朝鮮人を優遇していた)
    ・大日本帝国軍の将校であった多くの韓国人が創氏改名をしなかったこと(もし創氏改名が強制されたものであったとしたら、朝鮮半島出身の将校こそ、手本を示すために創氏改名させられたはず)
    ・李氏朝鮮518年、日韓併合時代、1945年以後の南北分裂時代の3つの時代を比較して、もっとも人命が尊重されて人口が増えたのは日韓併合時代だったこと
    ・朝鮮の残虐な刑罰を廃止したのは日本政府であったこと
    ・大韓帝国併合を要請したのは大韓帝国側であったこと
    ・車輪を作れなかったので、李氏朝鮮・大韓帝国には馬車・牛車・人力車、農業用の水車がなかったこと
    ・朝鮮民族には入浴する習慣がなかったこと
    ・朝鮮半島の諸国が日本の管轄下にあったことを南宋の順帝が公式に認めていたこと(宋書は、倭王・武の順帝宛上表文の「海を渡って平らげること95ヶ国)を認め、順帝から「武を使特節都督倭・新羅・任那・加羅・秦韓・慕韓六国諸軍事、安東大将軍、倭王に叙した」とする)
    ・広開土王碑文には「391年、倭が百済と新羅を破り臣民とした」とあること
    ・鉄の産地は主に新羅地域だが、隋書に「日本人(倭人)が鉄を採掘している、という『韓伝』の転載」があること
    ・752年の奈良大仏開眼供養には、アジア各国からの参列者があって、日本の勢力は隆盛だったこと(導師はインド出身の僧菩提僊那で、従者には胡人(イラン人)も混じり、日本、唐、高麗の楽舞が大仏に奉納された。1万数千人もの参列者の名簿が正倉院文書にある)
    ・百済の時代に、日本に70近くの国分寺、国分尼寺が建立されていたこと(仏教が百済から伝わったというのは嘘)
    ・野糞が普通だったこと(どの道も糞尿だらけだった)
    ・少女キーセン(性奴隷)がいたこと
    ・私有財産が保障されていなかったこと
    ・大韓帝国併合後は、洪中将、金少将など、朝鮮人を分け隔てなくして、日本人兵士に対して命令できる軍の高位に抜擢したこと
    ・朝鮮の女性には名前がなかったこと
    ・平均寿命が24歳だったこと(大韓帝国併合後には平均寿命が56歳に上がった)
    ・朝鮮人女性の性奴隷を禁止したのは大日本帝国政府であったこと
    ・現代の朝鮮民族の風習がロシアのエヴェンキ族に酷似していること(古代の朝鮮とは別の民族)
    ・朝鮮には木を丸くする技術がなかったので桶(おけ)も樽(たる)もなかったこと
    ・朝鮮民族は犬を食べるが、時間をかけて犬を苦しめて殺していたこと
    ・元寇の兵士の大半が朝鮮民族だったが、占領した対馬の住民に対して、男は皆殺し、女は掌に穴をあけて縄を通して船につるしたこと(日本兵が矢を射られないようにした)
    ・在日韓国籍コリアンの多くが、戦後、済州島から日本に密入国してきた人であること(戦時中の強制連行どころか、戦争が終わって大韓民国ができてから自分の意志で日本に来た)
    ・韓国語に「おもいやり」の単語がないこと(韓国人は「人をおもいやる」ことがないから)
    ・朝鮮半島は、ソウルでさえ浮浪者が集落を作っているに過ぎず、何の文明もなかったこと
    ・朝鮮半島は「羅生門」の時代よりも悲惨な状態だったこと
    ・朝貢が少ないと文句を言う清王朝の機嫌をとるため、収穫物・生産物のほぼすべてを両版(リャンバン)が収奪していたこと
    ・1910年の時点で朝鮮の住民の94%が文盲だったこと(ハングルも読めなかった)
    ・対馬の領土化を狙った李氏朝鮮の対馬侵略が1419年の「応永の外寇」だが、対馬の守護や主力兵が不在の時期を狙って17285人の軍勢を対馬に侵攻させたにもかかわらず、対馬の留守を預かる600人程度の日本の武士に李氏朝鮮が10日ほどで完敗したこと(戦死者が日本20人、朝鮮2500人以上)
    ・「応永の外寇」の結果、対馬が日本であることを李氏朝鮮が再確認させられたこと
    ・李氏朝鮮が対馬に朝貢していたこと(李氏朝鮮は明治になるまで、毎年大量の米、麦、野菜などを対馬に献上していた)
    ・大日本帝国は1895年に台湾を、1910年に朝鮮半島を併合したが、1910年の朝鮮半島が1895年の台湾よりも非文明地域だったこと
    ・創氏改名を要請したのは朝鮮人の側だったこと(朝鮮民族は漢民族・満洲民族から格下扱いされていたので、日本名を名乗って日本民族を詐称することを朝鮮民族が望んだ)
    ・伊藤博文を暗殺したのは安重根ではなかったこと
    ・秀吉が朝鮮から連れてきた陶器職人を、江戸時代に家康が朝鮮に帰してあげようと言ったところ、全員が断ったこと(日本の暮らしのほうがずっと良かったから)
    ・李氏朝鮮は清の属国だったが、清に日清戦争で勝って李氏朝鮮を独立させたのが大日本帝国であること(李氏朝鮮の宗主国・清に勝った国を弟の国と呼ぶのは支離滅裂)
    ・李氏王朝を廃止したのは李承晩(韓国初代大統領)だったこと(李氏王朝は大韓帝国併合後も存続していた)
    ・鑑真も空海も最澄も東シナ海を渡ったこと(朝鮮半島を経由しなかったのは、朝鮮半島に立ち寄ると物資が略奪されるから)
    ・朝鮮人は、日本と中国大陸の文化伝来の邪魔をしていたこと(朝鮮半島を経由できていれば、東シナ海でたくさんの日本の船が沈没することはなかった)
    ・朝鮮の王朝が、1400年代まで対馬や九州北部に数十回も侵略しようと兵を送っては撃退されていたこと
    ・江戸時代の朝鮮通信使が市中で鶏を盗んだりして町人に嫌われていたこと
    ・対馬が日本神話に出てくる古代からの日本の領土であること
    ・朝鮮半島には武士階級がいなかったこと(武道で心身を鍛えることがなかったのが朝鮮民族)
    ・中国の王朝に朝貢していた越南(ベトナム)、琉球(沖縄)、朝鮮の中で、朝鮮だけが属国扱いされていたこと
    ・大日本帝国が1924年に京城帝国大学(ソウル大学の前身)を設立したこと(植民地ではなかった証拠。欧米は植民地には小学校すら作らなかった)
    ・朝鮮名のままだと商売がやりにくいという(名目での)朝鮮人の訴えが多かったので、内務省が創氏改名に踏み切ったこと(判子をついた元内務官僚の元自民党衆議院議員の発言がある)
    ・李氏朝鮮は清に美女3000人を毎年献上していたので美女が減っていったこと(美女から生まれる男子も減っていった)
    ・竹島どころか、竹島と朝鮮半島の間の鬱陵島(ウルルン島)も江戸時代の1618年から1696年まで日本の領土であったこと
    ・朝鮮王が清国皇帝に奉呈した貢文に清国皇帝が気に入らない言葉が1つあっただけで、朝鮮王は銀一万両を罰金として払った上に、年貢への見返りを3年間停止するという厳しい処罰を受けたこと
    ・李氏朝鮮のソウルには、芸術品がまったくなく、公園もなければ催し物も旧跡も寺院もなかったこと
    ・樽(たる)を作れなかったので、味噌も醤油も作れなかったこと
    ・朝鮮半島の民族が昔から今まで南と北で相当違っていること
    ・韓国で使われている漢字語の8割以上が日本製であること(ハングルの読み方で読まれたのが漢字語)
    ・李氏朝鮮では漢字を読めたのは男性貴族だけだったこと
    ・李氏朝鮮では両班、中人、常民、奴婢、白丁という順に厳しい身分支配構造が形成されていたこと(日本と違って、階級の移動がなかった)
    ・李氏朝鮮の商店には屋根も棚もなかったこと(李氏朝鮮では土の上に魚を置いて売っていた)
    ・李氏朝鮮で1400年代に王が命じた水車づくりが1700年代の朝鮮でも実現されていなかったこと
    ・下層民である奴婢は両班の一家の食べ残しを食べていたこと
    ・先の大戦では、日本の一部だったのだから敗戦国だし、独立戦争を戦ったわけでもないのに、戦後、朝鮮進駐軍と称して日本国民に乱暴狼藉の限りを尽くしたこと
    ・1965年の日韓基本条約締結時、日本側代表が「互いの財産を相殺すれば(韓国に残した日本の財産の方がはるかに多いので)そちら側が莫大なカネを払うのだぞ」と反論したこと
    ・日本固有の領土である竹島を不法占拠している韓国は、日本に対する侵略国であること
    ・対馬藩が朝鮮に租界地を有していたこと
    ・朝鮮が告げ口社会であり、それが今でも続いていること
    ・日本の歴史を歪曲することは「日本民族の魂」を歪曲することであること(韓国の外相が「歴史は民族の魂だ」と発言している)
    ・江戸時代の朝鮮通信使が日本に来て大きな川に橋が架かっているのに驚いたこと
    ・「歴史を忘れた民族に未来はない」という言葉は、自分の歴史書を売るために韓国人に向けて発言した韓国人の申采浩の言葉であること
    ・日本に、韓国に謝罪と賠償を要求する権利があること(高麗の皇太子が元の皇帝フビライに「日本は、いまだ陛下の聖なる感化を受けておらず。」と述べたことが、元寇への決定的な要因となった)
    ・元寇の主力先兵は高麗兵であり、指揮官の中でも好戦的だったのが高麗人だったこと(中国の正史『元史』にも、朝鮮の正史『高麗史』にも記述がある)
    ・壱岐・対馬に上陸した高麗兵の残虐行為からまだ1000年を経ていないのだから、韓国に謝罪と賠償を要求する権利があること
    ・「従軍慰安婦」はなかったこと(呉善花氏は韓国で生まれて26歳まで韓国で生活していたが、その間、村の女を軍や総督府の官憲が強制的に連行したといった話は一切耳にしたことがなく、呉氏がインタビューした植民地世代韓国人も「一人としてそのような様子を見たことも聞いたこともない」と言っている)
    ・大韓帝国が成立したのは大日本帝国が日清戦争に勝ったからで、大韓民国が成立したのは大日本帝国が敗戦したからであること(韓国人は日本人に足を向けて寝られない)
    ・戦後、一般の日本人を一番殺したのは韓国であること(島根県の漁民が犠牲になった)
    ・日本人の韓国嫌いは一時的なものではないこと(朝鮮人と知り合った日本人が朝鮮人嫌いになったのは昔からである)
    ・コリアン(朝鮮民族)を嫌っていたのは日本人だけではないこと(コリアンを知ったロシア人もコリアンを嫌った)
    ・朝鮮半島起源の文化が一つもないこと
    ・朝鮮には誇れる歴史がないので、歴史を創出しようとしていること(2010年の民主党政権時、宮内庁が保管していた「朝鮮王室儀軌」を50点だけ持っていく約束が他のも2000点も持っていった)
    ・昔から、困った時だけ日本に頼ってきたこと(秀吉の時代も、飢饉に苦しんだ李氏朝鮮に米を送っている)
    ・いくら日本人に嫌われても意に介せず厚顔無恥なこと(最近になって、日本の嫌韓に気が付いてきて驚いている)
    ・戦後、日本は、朝鮮人に帰国するように呼びかけて、朝鮮半島に帰国する朝鮮人のために何度も無料で船を出したこと(現在の在日韓国籍コリアンは自分の意志で日本にいる)
    ・大日本帝国が大韓帝国を併合した時に、ほとんどの朝鮮人が喜んだこと
    ・1945年から1990年にかけて、韓国軍の強制的な拉致・監禁で慰安婦にされた女性がいたこと(特殊慰安隊、ヤンコンジュ・洋公主と言われる韓国軍の従軍慰安婦)
    ・パク・クネ大統領の父親の朴大統領が韓国軍慰安婦問題の張本人であること(娘のパク・クネは、これを隠してごまかすために日本軍慰安婦だと嘘を触れ回っている)
    ・1910年の日韓併合時、総督府がそれまで朝鮮にはなかった戸籍の整備を始めたところ、非常に多くの朝鮮人が「日本名」で戸籍に登録する騒動が勃発したこと(1911年、総督府は朝鮮人を区別するため「改名禁止」の法令を出した)
    ・1939年、総督府が、朝鮮人の強い要望により「創氏改名」を発令したが、1940年に施行された時、朝鮮人の人口の80%の322万戸が自分の意志で日本風の氏を名乗ったこと
    ・日本名への改名は、朝鮮人の「姓」に、日本風の「氏」を追加しただけであったこと(従来の朝鮮人の「姓」は廃止も改名もされていない)
    ・中国への朝鮮人の入植が始まると、朝鮮人と中国人のトラブルが続発したこと
    ・中国各地での日本国籍を与えられた朝鮮人の道徳の無い行動が中国や世界でニュースに取り上げられてヨーロッパで反日宣伝の材料になったこと
    ・朝鮮半島で、朝鮮人に横暴な振る舞いをしたのは朝鮮人の下級補助員(補助憲兵、朝鮮人巡査、朝鮮人通訳)だったこと
    ・イングランドがスコットランドを併合したように大日本帝国が大韓帝国を併合したこと(植民地化ではなくて、併合であった)
    ・清に朝貢していたという事実からは、ベトナムと沖縄が韓国の兄の国になること(沖縄は日本の一部(県)だが、韓国からは兄の「国」になる)
    ・663年の白村江の戦い後、日本人が命からがら朝鮮半島から日本列島に帰ってきたこと(終戦直後の朝鮮進駐軍と同じ。朝鮮民族の民族性は変わらない)
    ・朝鮮人に温情を掛けると朝鮮人は自分が上だと勘違いすること(どの民族からも格下扱いされていた朝鮮民族を大日本帝国が対等に扱った結果、韓国は、韓国が兄の国、日本が弟の国なんてとんでもないことを言い出した)
    ・大日本帝国時代、朝鮮総統府の日本人全職員がハングルの辞書を持たされてハングルを勉強したこと(植民地ではなかった証拠。植民地なら現地語を学ばない)
    ・大韓帝国併合時代も朝鮮半島では盗み、こそ泥がひんぱんだったこと
    ・第二次世界大戦で、韓国は戦勝国ではないこと(それを戦勝国と偽って朝鮮進駐軍と名乗った)
    ・朝鮮半島南部は日本人(倭人)の拠点の1つとして開拓されたこと
    ・朝鮮民族の誕生は13世紀頃であること(明の属国になって半島外から異民族の血が混じることが無くなった時)
    ・小便で顔を洗っていたこと(清潔という概念が無かった)
    ・キムチに対応する漢字が存在しないこと(キムチの歴史はせいぜい70年以内である疑い)
    ・小便や糞が混ざっている水でも平気で飲んでいたこと(味噌も糞も朝鮮人にとっては一緒だった)
    ・小便壺が家の中にあって、客がいても平気でそこで小便をしていたこと
    ・朝鮮半島の土壌からは寄生虫の卵が大量に見つかること
    ・世界で唯一人糞を口に入れる民族だったこと
    ・李氏朝鮮の厳格な身分制度を廃止したのは大日本帝国であったこと
    ・韓国ドラマに出てくる見事な鎧(よろい)・甲冑はまったくのねつ造であること(昔のものが1つも見つかっていない)
    ・韓国は朝鮮戦争により中国から被害を受けたので、その謝罪と賠償を中国に要求したが、中国大使から一喝されたあげく経済制裁されたこと(それ以降、韓国は中国に一切謝罪と賠償を要求しなくなった)
    ・謝罪謝罪と言うなら、韓国人が大日本帝国軍の兵として戦争したことを連合国軍に謝罪すべきであること(謝罪が好きなら自ら率先して謝罪して手本を見せるべき)
    ・韓国には謝罪を「受け入れる」文化が無いこと(韓国人にとって謝罪は上下関係を決定づける行為でしかなく、謝罪は隷属の意志を示す行為になる)
    ・512年12月、百済が使者を日本に送ってきて「任那の一部(百済寄りの4県)は日本から遠く、百済に近いので、譲って欲しい」と言ってきて、百済が任那の4県をぶんどってしまったこと(日本に対して一方的なのは昔から)
    ・米軍が韓国に駐留した1945年9月以後も、韓国では100万人を超える女性が基地の村で米軍らを対象に売春していたこと(韓国政府は基地村の女性に「慰安婦」の名称を使っていた)
    ・史実に基づいた歴史を韓国人に教えるのが日韓のためであること(韓国人の留学生が京都に「日韓友好のため」と称して従軍慰安婦の像を作ろうと運動している)
    ・江戸時代の朝鮮通信使が朝鮮の風習で大便を街道の路上で行ったこと
    ・朝鮮通信使が、旅館の器物を軒並み持っていってしまったこと
    ・朝鮮通信使に対する苦情が多かったので、1811年に幕府は朝鮮通信使を対馬止めにすることに変更したこと(易地聘礼、えきちへいれい)
    ・朝鮮通信使が日本の貨幣経済の発達に驚いたこと(江戸時代でも、朝鮮では物々交換だった)
    ・朝鮮半島で、庶民が食事の際に箸やスプーンを使うようになったのは1910年以降のことであること(それまではインド式(手づかみ)であった)
    ・大日本帝国の朝鮮総督府が何度も出した布令に「路上脱糞禁止令」があったこと
    ・1937年からの大日本帝国の志願兵の募集に朝鮮人が殺到したこと(1942年には倍率が62.4倍にもなった)
    ・朝鮮半島は空気が乾燥しているので、発酵食品が生まれなかったこと(醤油、味噌だけでなく、納豆も朝鮮人は知らなかった)
    ・1945年、脱走した朝鮮人兵が沖縄の伊是名島(いぜな島)の住民を虐殺したこと
    ・在日韓国籍コリアンには、仕事をしに日本へ渡ってきた人とその子孫か、朝鮮戦争を逃れてきた人とその子孫しかいないこと(李青若『在日韓国人三世の胸のうち』より)
    ・「アメリカ軍が1944年に調査したところ、慰安婦は金で雇われたただの売春婦だった!」という報告書が発見されたこと(第3者で当時の敵国から出た証拠)
    ・韓国人が起源を言うなら、トンスル(人糞酒)の起源が朝鮮半島であると言うべきであること(日本には無いので、トンスルの起源が朝鮮半島だと言われても日本人は反論しない。遠慮はいらない、韓国人はトンスルの起源を世界中に主張すべき)
    ・戦後、韓国と取引した日本企業は韓国から送られてきた試作品を見て契約したが、実際の取引が始まると粗悪品ばかり送られてきたこと
    ・スサノオノミコトが韓地に行ったという「日本書紀」の記述からも朝鮮半島南部が日本であったことがわかること
    ・朝鮮民族の歴史が、強いものには巻かれ、弱いものには悪辣非道な歴史であること
    ・「韓国は嘘の国、日本は本当の国」であること(韓国が韓国民に教えている「韓国は兄の国、日本は弟の国」はまったくのデタラメ)
    ・大韓帝国併合は併合であって植民地ではなかったが、それを植民地であったと歴史を偽造して、朝鮮人なら当然のごとくするであろう非道な行為を日本人がしたように嘘をついていること(朝鮮民族は下の者には悪辣非道だから朝鮮民族の発想で植民地を想像している。下の者だからといってそれだけで悪辣非道なことを日本人はしない)
    ・強制連行されたという、いわゆる「従軍慰安婦」が1人も見つかっていないこと(自発的にやっていた高給取りの「追軍売春婦」ばかり)
    ・大日本帝国の軍隊には朝鮮人の将校までいたのであるから、強制連行された朝鮮人の「従軍慰安婦」がいれば、まっ先に朝鮮人兵が解放していたはずであること(朝鮮人兵が何もしなかったのは、いわゆる「従軍慰安婦」が軍とは無関係な高給取りの売春婦だったから)
    ・大日本帝国の軍が「従軍慰安婦」を強制連行した証拠資料が1つも存在しないこと(にもかかわらず、韓国の与党議員らが慰安婦の記録物を世界記録遺産に登録しようなんて発言している)
    ・朝鮮半島の歴史はほとんど属国の歴史であり、独立していた日本の歴史に嫉妬して、日本の歴史を悪く書き換えようとしていること(いくら日本に嫉妬しても、日本の歴史が素晴らしいことに変わりはない)
    ・日本人が明治時代にある種の郷愁を覚えるのは、明治時代がほとんど日本人の国であったからであろうこと(明治時代は1912年7月30日まで。韓国人が移住してきた大韓帝国併合は1910年8月29日)
    ・大日本帝国が大韓帝国を併合していた時代に、朝鮮人の部下になった日本人がたくさんいたこと(植民地ではなかった証拠)
    ・属国の歴史が独立の歴史よりも多い地域は世界で朝鮮半島だけであること
    ・朝鮮半島の住民は、日本の歴史に当てはめると「大化の改新」以前の生活をしていたこと
    ・朝鮮民族とは日本民族に「恩をあだで返してきた」民族であること
    ・上記は歴史を直視しているので韓国に遠慮はいらないこと(韓国の外相が「日本は歴史を直視せよ」と発言している)
     

     2013/12/29

  34. 河野談話の撤回要求と河野氏を国会に参考人招致・・・維新、年明け署名も

    http://www.m9l-o-l.com/archives/35246756.html

     2013/12/29

  35. ●安部総理による靖国強行参拝に、あの黒澤明監督の映画「夢」に出てきたトンネルの場面を思い出した。一人生き延びた中隊長の前に、トンネルの暗闇から現れた兵士らの亡霊。自分が死んだことに気づかず、世を彷徨い続けている・・・。

     安部総理による靖国参拝は、そんな彼らに「なおも世を徘徊し戦い続けよ」と、背中を押しているようなものである。が、不条理な死や人生の無残な断絶を強いられた魂を癒すのは、遺されたものたちの平和のうちにある微笑(えみ)であり、同じ世代の若者や子どもたちの溌剌とした幸せな姿である。国家神道のマインドコントロールを受け死んでいった彼らは、今の日本人の子どもらに「神州不滅・七生報国・八紘一宇」のスローガンの下、再び「愛国」で死ぬことを望むのだろうか?それが「軍神」なのか?

     あのA級戦犯も靖国では「神」なのだ。アジアの数千万人に無残な死を強い、戦争の惨害を刻み付け、300万同胞を死地へと追いやり、原子爆弾や絨毯爆撃で焼き殺し、美しい山河を焦土と化し、日本に永遠の不名誉と今に至る基地問題を残した彼らが・・・。

     今、改めて、筆者にも問いたい。「A級戦犯は、『神』なのですか?」と。本当に国を愛し、国民を愛おしむ心があったのなら、必敗の対米戦争に踏み切るわけがない。結局、自分の保身が第一だったのだ。若者に「死ね!」と命じておきながら、自らは「生きて虜囚の辱め」を受ける。とんだ「愛国者」である。

     安部総理は、その価値観において米国はじめ国際社会とは相容れない姿勢を靖国参拝で鮮明にした。これは小手先の内閣改造では払拭できない深刻な事態である。日本の国益と対外的信用を守り、日本国民への世界の疑心を解く為に、新年早々、潔く辞任すべきだ。日本が敗戦前の価値観を継承していないこと、自由と人権を尊重し、民主主義政体を維持して行く決意を、自らの辞任をもって世界に宣明するべきである。安部総理による「靖国辞任」によって、漸く世界の日本への信頼を取り戻すことができ、あの人たちを戦いの呪縛から解放することができるだろう。

     日本の靖国鬼子・復古鬼子・原発鬼子らも、中国共産党の共産鬼子、北朝鮮の殺人鬼子ともども一刻も早く消え去ってほしい。

     2013/12/29

  36. コリアンが日本で犯罪者になったら犯罪者のコリアンとその家族の特別永住資格、通名とかの在日特権を取り消すべき。

     2013/12/29

  37. 「靖國参拝に失望」は誤訳だ
    http://archive.mag2.com/0000063858/index.html

     2013/12/29

  38. コリアン(朝鮮民族、韓国人・北朝鮮人)が認めたがらない歴史的事実一覧(コリアンは歴史を直視せよ)




    ・稲作が九州から朝鮮半島に伝わったこと
    ・唐辛子が日本から朝鮮に伝わったこと(足袋(たび)に入れて足を温めるものとして朝鮮半島に持ち込まれたのが唐辛子)
    ・半島南部の先住民が日本人(倭人)であったこと
    ・新羅の建国時の宰相が日本人(倭人)であり、王家の二つが倭人系統であること、また始祖の朴赫居世についても日本人説(倭人説)があること
    ・百済、新羅が大和朝廷に対し従属的地位にあったこと
    ・大和朝廷による任那(伽耶)地域の支配があったこと(半島南部における多数の前方後円墳の存在)
    ・朝鮮半島における文化的独自性が欠落していること(あらゆる分野での古典の不在)
    ・属国として歩んできた歴史であること(漢民族・モンゴル民族・満洲民族のどの民族からも朝鮮民族は格下扱いされてきた)
    ・中国の属国になってから、みずから改名して、中国語の姓名であること
     ・秀吉の朝鮮出兵が日本と明の戦争であったこと(李氏朝鮮の軍は明の軍の指揮下に入り、和平交渉も日本と明の間で行われた)
     ・李氏朝鮮が、中国の地方長官の地位でしかなかったこと
    ・清から、李氏朝鮮が琉球とベトナムよりも格下に扱われていたこと
    ・李氏朝鮮の前の高麗では、元の命令で、王妃が代々モンゴル人であり、モンゴル人の母親から生まれた息子しか国王になれなかったこと
    ・朝鮮半島の国が、歴史上一度も、単独では戦争に勝ったことがないこと
    ・朝鮮民族が雑多な民族の集まりであること
    ・ハングルで表記できない発音がいくつもあること
    ・チマチョゴリが、子を産んだ女性は胸を露出して着る服であったこと
    ・朝鮮半島に唐辛子が広まったのは、塩が手に入らないから、塩の代わりの調味料だったこと
    ・李氏朝鮮の時代に、木を丸くする技術がなくて、二輪車がなかったこと
    ・秀吉が朝鮮に出兵した時に、秀吉側について明と戦った朝鮮人がたくさんいたこと
    ・馬に乗って戦っている倭寇がいて、日本人じゃない倭寇がいたこと
    ・日本に文明を教えてあげたと主張する王仁博士の出身地に、王仁博士の一族の末裔も王という姓の人もいないこと
    ・竹島が古代から一貫して日本の領土であったこと
    ・テーブルで肉を焼く料理法は戦後、日本から韓国に伝わったこと
    ・文盲だった朝鮮人にハングルを教えさせてハングルを広めたのは日本人であること
    ・高麗の時代には、済州島は元の直轄地であって、済州島は元の領土だったこと
    ・朝鮮戦争前はむろん、朝鮮戦争後もずっと、韓国人は白米を常食にできなかったこと
    ・朝鮮半島の国は中国の国に朝貢するにも朝貢する文物がないので女性を献上していたこと
    ・大韓帝国(李氏朝鮮)の外国からの莫大な借金を、日本が代わりに支払ってやったこと
    ・大韓帝国(李氏朝鮮)の李王家の帰国を韓国は拒否して大韓帝国と韓国(大韓民国)は別の国であるので、今の韓国人に韓国併合のことを言及できないこと
    ・2000年近い朝鮮半島の歴史の中で、朝鮮半島を統一した独立国家としての歴史は、936年から963年までの高麗の27年間と、1895年から1910年までの李氏朝鮮(1897年から大韓帝国と改称)の15年間しかないこと
    ・朝鮮という国名にしたのは明だが、他国に自国の国号を決めてもらった世界にただ一つの国であること
    ・百済と新羅の時代に朝鮮半島に住んでいた日本人が文明人として他の民族から尊敬されていたこと
    ・百済と新羅から帰化した人からの朝鮮語の伝搬が見られないことから、帰化人とは朝鮮半島に住んでいた日本人であったこと(帰化人を渡来人というのは誤り。文字通り帰ってきた人達。朝鮮半島からの帰化人は引き揚げ者)
    ・昔から今まで常に日本列島が朝鮮半島よりも文明文化が進んでいたこと
    ・済州島には朝鮮民族とは別の言語・風習を持っていた、朝鮮とは別の民族が住んでいたにもかかわらず、済州島を併合してしまったこと
    ・1948年に、済州島の民族を大虐殺したこと
    ・済州島の民族の言語とアイヌ語に共通な語があって、済州島には日本列島と同じ民族が住んでいたこと
    ・元寇の兵の大半は高麗人(朝鮮民族)だったこと
    ・民族が到達しやすくても脱出しにくいのが半島だが、そもそも朝鮮半島には日本人が住んでいて、後から別の民族がやってきて、それが朝鮮民族になったと考えられること
    ・民族は敵性民族がいなければ暖かい所に移動するので、朝鮮半島の朝鮮民族は北のほうから南下してきたと考えられること
    ・朝鮮民族が南下してきたといっても単一の民族としてではなくて、満洲民族、モンゴル民族、漢民族、北方のツングース民族等が南下して朝鮮民族になったと考えられること
    ・韓国では中国を親の国、韓国を兄の国、日本を弟の国だと教えているが、それ自体が韓国の属国思想であること(日本は独立国だったので、そういう発想がない)
    ・宦官制度が新羅の時代から1894年の甲午改革で廃止されるまであって、去勢された男子の宦官がいたこと
    ・朝鮮民族は漢民族・満洲民族・モンゴル民族に従属していて格下の民族とされていたこと
    ・清朝の冊封体制の中で李氏朝鮮の地位は低く、朝鮮使臣のみが丸首の衣で歩いて裏門から入ったこと(朝鮮使臣のみが礼服と籠に乗ることと正門から入ることを禁じられていた)
    ・昔の李氏朝鮮の大極旗には清国属国旗と記されていること
    ・遣隋使、遣唐使、日明貿易の時代にも朝鮮を通さずに日本は交易していること
    ・李氏朝鮮の時代も、水田の灌漑施設がなかったこと
    ・1000年にわたる売春立国であること
    ・遣隋使、遣唐使、日明貿易はあったが、遣高麗使、遣朝使のような朝鮮半島との貿易はなかったこと
    ・朝鮮の漬け物の発祥地は中国の重慶であること
    ・高麗の青磁は中国の殷が起源、李氏朝鮮の白磁は中国の北斉が起源であり、どちらも朝鮮半島の発祥の文物ではないこと
    ・日本の歴史は事実・真実のままで世界に誇れる立派な歴史であること(歴史を偽造する韓国に配慮して日本の教科書を記述することなどとんでもないことである)
    ・韓国の教科書には「〇〇を日本に教えてあげた」という記述が山のようにあるが、そのすべてが偽造・ねつ造であること(韓国は、日本発祥のものでさえ教えてあげたと記述する傲岸不遜な国。教えたも問題だが、教えてあげたという表記は無礼千万)
    ・朝鮮半島発祥の文物で日本に影響を与えたものは一つもないこと(朝鮮民族がいなくても日本の文明文化は発展していた)
    ・朝鮮半島に存在しないDNAの稲が日本だけにあること(稲作は中国雲南省あたりから海路で九州に伝わったから)
    ・新羅も百済も日本(倭国)のことを文化大国として敬仰していたこと(朝鮮半島初の統一国家である新羅の基礎づくりを指導したのは日本列島から渡ってきた日本人(倭種)だった。「第四代新羅王の解脱(タレ)は、倭の東北一千里にある多婆那国の生れ」(三国史記新羅本記)、多婆那(タバナ)国は、丹波、あるいは但馬と考えられている)
    ・日本国は九州北部と朝鮮半島にまたがっていたこと(鉄資源を採取するための拠点が朝鮮半島南部にあり、そこから南が倭国(日本)と認識されていた。「韓は帯方郡(魏の直轄地・現ソウル付近)の南にあり、東西は海、南は倭と接す」「倭に至るには(海岸に沿って水行し韓国を経て、あるいは南し、あるいは東し)その北岸、狗邪韓国に至る。(そこから)はじめて海を渡ること千余里、対馬国に至る・・」(魏志「韓伝」および「倭人伝」)
    ・日本は朝鮮半島南部の拠点を通じて、1世紀ごろには中国大陸と直接交流していたこと
    ・戦前の朝鮮史研究では、新羅4代王が日本列島の出身者であることなど常識であったこと
    ・新羅16代の王のうち半数が日本人であったこと(半島古史研究で基本資料とされる『三国史記4』(東洋文庫)に全文間違いの訳注がある。日本人(倭種)は4代目のみとする訳注を書いたのは韓国人の鄭早苗)
    ・新羅と百済の同時代の『唐書』に、「新羅も百済も倭国(日本)を大国として敬仰している。それは倭国には優れた品々が多いためで、常に使節が倭国に赴いている」との記述があること
    ・日本の皇室が世界で一番古い家系であること
    ・青森県の大平山元遺跡が「世界最古」の遺跡であること
    ・日本の神道のような信仰は世界中にあったが、今は日本にしか残っていないこと
    ・日本の前方後円墳は3世紀に出現したが、朝鮮南部の栄山江から発見された前方後円墳は5〜6世紀のものであること(日本人が朝鮮半島に住んでいた証拠であると知った韓国人は朝鮮半島の前方後円墳を爆破した)
    ・百済では1世紀になって初めて稲を作るべしとの王令が出たこと
    ・日本の農業用語に朝鮮由来の言葉がないこと(朝鮮から伝来していないから)
    ・日本書紀が書かれたのは8世紀だが、朝鮮の三国遺事が書かれたのは13世紀であり、日本の神話が朝鮮の神話よりも古いこと(日本の神話が朝鮮の神話を真似たというのは嘘)
    ・朝鮮が属国だったから、朝鮮からの使節が外交使節でなく朝鮮通信使とされたこと
    ・現在ソウルの城門のあった場所には「独立門」というものが建てられたが、昔その場所には『迎恩門』という門があり、それは「朝鮮王が9回頭を地面に叩きつけて擦りつけ、ひれ伏して清の使者を迎える」という・屈辱的な隷属の象徴の門だったこと
    ・朝鮮国王は 中国の王朝の皇帝によって任命されたこと 
    ・朝鮮国内の事件は全て皇帝に報告しなければならなかったこと 
    ・朝鮮国王の地位は、中国の王朝の廷臣よりも下だったこと 
    ・朝鮮政府には、貨幣の鋳造権すら与えられてなかったこと
    ・朝鮮政府には清国への食糧、兵士提供の要求権もなかったこと 朝鮮は清国に細かく定められた貢品を出す以外に、毎年、牛3000頭、馬3000頭、各地の美女3000人を選り抜いて貢がなければならなかったこと
    ・新羅が日本の属国であって、新羅の王子が日本に人質にとられていたこと
    ・白村江の戦いとは、日本の属国から唐の属国になって寝返った新羅をめぐっての、日本と唐の宗主国同士の争いであったこと
    ・ハングルが日本の阿比留文字の真似であること
    ・朝鮮通信使が、朝鮮の王から、日本から技術を学んでくるように言われていたこと
    ・併合前の大韓帝国がアジア最貧国だったこと(1910年のインドよりも、1910年の朝鮮半島は貧しかった)
     ・李氏朝鮮の王の即位の年には、「朝鮮国、権署国事、臣李某」から始まり、「国事をかりに処理する臣下の李」と、李氏朝鮮の王から清への書状に書かれていたこと
    ・「朝鮮」とは朝貢物の少ない国という意味であること(鮮は少ないという意味)
    ・現在の朝鮮民族と古朝鮮とは民族の連続性がないこと(現在確認されている朝鮮古語は180語しかない)
    ・満州国国歌を韓国国歌にしていること
    ・李氏朝鮮が男尊女卑の社会であって女は子を産む存在でしかなかったこと
    ・韓国は東北から北海道の緯度にある寒冷地帯であって、南方の食べ物である稲が育つはずがなくて、1980年代まで韓国人は雑穀を食べていたこと
    ・朝鮮半島には価値ある文化、富や食、豊かな土地などまったくなかったという理由で、中国の王朝が朝鮮半島を自国領にしなかったこと
    ・トンスル(人糞酒)があること(犬、猫、鳩の糞の酒もある)
    ・百済時代には、百済を含めた朝鮮半島の南部から中部まで日本の文化圏だったこと
    ・遺伝子(DNA)鑑定によれば、現在のコリアンの多くが北方系民族で、日本人の系統とはまったく異なること
    ・朝鮮半島の歴史上、最も繁栄したのが日韓併合時代であったこと(インフラが整備され、人口は倍増、学校が作られて教育水準も上がった)
    ・病人のまねをする病身舞があったこと
    ・戦後、障害児を海外に養子に出して捨てていたこと
    ・朝鮮半島ではオルドス式銅剣もそれを製造する鋳型も見つかっていないこと(中国大陸と日本列島では発掘されている)
    ・朝鮮半島では大陸性の青銅ナイフが見つかっていないこと(日本では見つかっている)
    ・朝鮮は外部世界と隔絶した秘境で、文化がなかったこと
    ・朝鮮半島には布を染色する技術がなくて、住民は色落ちした白い服しか着れなかったこと
    ・高句麗が、日本を格上の国として、日本に朝貢していたこと
    ・高句麗も渤海も朝鮮民族の国とは言えないこと
    ・李氏朝鮮の李氏が満洲民族だったこと(韓国が李氏朝鮮の初代の李成桂の歴史ドラマを作らないのは李成桂が満洲人だから)
    ・父親の大便を息子がなめて健康を見るのが孝行息子とされていたこと
    ・明の皇帝の衣装が龍9匹、皇族が8,7匹、大臣級が6,5匹、地方の役所の長が4,3匹なのだが、朝鮮王は龍3匹の衣装だったこと(龍3匹の衣装にも赤と青があるが、格下の青い衣装だった)
    ・李氏朝鮮には1882年まで国旗がなかったこと(属国だったから)
    ・李氏朝鮮の首都の漢城(現在のソウル)に、道路すらろくになかったこと
    ・鼻が曲がりそうな糞尿の悪臭が朝鮮半島全土をおおっていたこと
    ・家が竪穴式住居に近いものであったこと
    ・朝鮮では中国の貨幣を使用していたが、庶民には流通せず、庶民は5日おきに開かれる市場で物々交換していたこと
    ・李氏朝鮮時代に、性的奉仕を行う「妓生キーセン」がいて、身分は奴婢であって、妓生こそが性奴隷だったこと
    ・大韓帝国併合時、朝鮮に公立学校は約100校しかなかったが大日本帝国が1943年までに4271校まで増やしたこと(それらは当時日本列島にもなかったコンクリートやレンガ造りの三階建て校舎などだった)
    ・韓国は高句麗と渤海を朝鮮民族の国としているが、高句麗は日本を兄の国として外交使節を送ってきて、高句麗の後の渤海は日本を「父の兄、伯父(おじ)」の国として外交使節を送ってきていたこと
    ・キムチが人糞を混ぜて発酵させる食品だったこと(人糞の臭みを消すために唐辛子をどっさり入れた)
    ・キムチに使われる白菜も日本から伝わったこと(大正時代に名古屋の野崎徳四郎が栽培に成功した)
    ・役人が薪にするため柱を切ってしまうので、持っていかれないように、柱に人糞を塗ることがあったこと
    ・李氏朝鮮の李氏は明・清の後ろ盾で朝鮮王を名のっていただけであり、朝鮮半島は実質は無主地だったこと
    ・大日本帝国の民間銀行「第一銀行韓国総支店」が1902年に第一銀行券を発行したが、それが韓国で初めての紙幣であったこと
    ・男尊女卑で、女性は男性の食べ残しを食べていたこと
    ・ハングルは表音文字なので、「放火」と「防火」が同じ、「素数」と「少数」が同じ、「祈願」と「起源」が同じになってしまうこと
    ・李氏朝鮮・大韓帝国に鉄道がなかったこと
    ・李氏朝鮮・大韓帝国が禿山ばかりだったこと
    ・キムチがもともと中国の酸菜(冬季用の漬物)が三国時代に韓国に伝わったものである(白いキムチ)と中国最古の詩篇「詩経」に記載されていること(それに唐辛子を加えたのが今の赤いキムチ)
    ・李氏朝鮮・大韓帝国には2階建ての建築物がなかったこと(外国人の建築物を除く)
    ・英語その他のヨーロッパ語の辞書が作られたのは日韓併合後であったこと
    ・朝鮮人小学校の年間平均学費が1人7円30銭であったのに対し、日本人小学校の年間平均学費が平均40円であったこと(日韓併合時代、日本は朝鮮人を優遇していた)
    ・大日本帝国軍の将校であった多くの韓国人が創氏改名をしなかったこと(もし創氏改名が強制されたものであったとしたら、朝鮮半島出身の将校こそ、手本を示すために創氏改名させられたはず)
    ・李氏朝鮮518年、日韓併合時代、1945年以後の南北分裂時代の3つの時代を比較して、もっとも人命が尊重されて人口が増えたのは日韓併合時代だったこと
    ・朝鮮の残虐な刑罰を廃止したのは日本政府であったこと
    ・大韓帝国併合を要請したのは大韓帝国側であったこと
    ・車輪を作れなかったので、李氏朝鮮・大韓帝国には馬車・牛車・人力車、農業用の水車がなかったこと
    ・朝鮮民族には入浴する習慣がなかったこと
    ・朝鮮半島の諸国が日本の管轄下にあったことを南宋の順帝が公式に認めていたこと(宋書は、倭王・武の順帝宛上表文の「海を渡って平らげること95ヶ国)を認め、順帝から「武を使特節都督倭・新羅・任那・加羅・秦韓・慕韓六国諸軍事、安東大将軍、倭王に叙した」とする)
    ・広開土王碑文には「391年、倭が百済と新羅を破り臣民とした」とあること
    ・鉄の産地は主に新羅地域だが、隋書に「日本人(倭人)が鉄を採掘している、という『韓伝』の転載」があること
    ・752年の奈良大仏開眼供養には、アジア各国からの参列者があって、日本の勢力は隆盛だったこと(導師はインド出身の僧菩提僊那で、従者には胡人(イラン人)も混じり、日本、唐、高麗の楽舞が大仏に奉納された。1万数千人もの参列者の名簿が正倉院文書にある)
    ・百済の時代に、日本に70近くの国分寺、国分尼寺が建立されていたこと(仏教が百済から伝わったというのは嘘)
    ・野糞が普通だったこと(どの道も糞尿だらけだった)
    ・少女キーセン(性奴隷)がいたこと
    ・私有財産が保障されていなかったこと
    ・大韓帝国併合後は、洪中将、金少将など、朝鮮人を分け隔てなくして、日本人兵士に対して命令できる軍の高位に抜擢したこと
    ・朝鮮の女性には名前がなかったこと
    ・平均寿命が24歳だったこと(大韓帝国併合後には平均寿命が56歳に上がった)
    ・朝鮮人女性の性奴隷を禁止したのは大日本帝国政府であったこと
    ・現代の朝鮮民族の風習がロシアのエヴェンキ族に酷似していること(古代の朝鮮とは別の民族)
    ・朝鮮には木を丸くする技術がなかったので桶(おけ)も樽(たる)もなかったこと
    ・朝鮮民族は犬を食べるが、時間をかけて犬を苦しめて殺していたこと
    ・元寇の兵士の大半が朝鮮民族だったが、占領した対馬の住民に対して、男は皆殺し、女は掌に穴をあけて縄を通して船につるしたこと(日本兵が矢を射られないようにした)
    ・在日韓国籍コリアンの多くが、戦後、済州島から日本に密入国してきた人であること(戦時中の強制連行どころか、戦争が終わって大韓民国ができてから自分の意志で日本に来た)
    ・韓国語に「おもいやり」の単語がないこと(韓国人は「人をおもいやる」ことがないから)
    ・朝鮮半島は、ソウルでさえ浮浪者が集落を作っているに過ぎず、何の文明もなかったこと
    ・朝鮮半島は「羅生門」の時代よりも悲惨な状態だったこと
    ・朝貢が少ないと文句を言う清王朝の機嫌をとるため、収穫物・生産物のほぼすべてを両版(リャンバン)が収奪していたこと
    ・1910年の時点で朝鮮の住民の94%が文盲だったこと(ハングルも読めなかった)
    ・対馬の領土化を狙った李氏朝鮮の対馬侵略が1419年の「応永の外寇」だが、対馬の守護や主力兵が不在の時期を狙って17285人の軍勢を対馬に侵攻させたにもかかわらず、対馬の留守を預かる600人程度の日本の武士に李氏朝鮮が10日ほどで完敗したこと(戦死者が日本20人、朝鮮2500人以上)
    ・「応永の外寇」の結果、対馬が日本であることを李氏朝鮮が再確認させられたこと
    ・李氏朝鮮が対馬に朝貢していたこと(李氏朝鮮は明治になるまで、毎年大量の米、麦、野菜などを対馬に献上していた)
    ・大日本帝国は1895年に台湾を、1910年に朝鮮半島を併合したが、1910年の朝鮮半島が1895年の台湾よりも非文明地域だったこと
    ・創氏改名を要請したのは朝鮮人の側だったこと(朝鮮民族は漢民族・満洲民族から格下扱いされていたので、日本名を名乗って日本民族を詐称することを朝鮮民族が望んだ)
    ・伊藤博文を暗殺したのは安重根ではなかったこと
    ・秀吉が朝鮮から連れてきた陶器職人を、江戸時代に家康が朝鮮に帰してあげようと言ったところ、全員が断ったこと(日本の暮らしのほうがずっと良かったから)
    ・李氏朝鮮は清の属国だったが、清に日清戦争で勝って李氏朝鮮を独立させたのが大日本帝国であること(李氏朝鮮の宗主国・清に勝った国を弟の国と呼ぶのは支離滅裂)
    ・李氏王朝を廃止したのは李承晩(韓国初代大統領)だったこと(李氏王朝は大韓帝国併合後も存続していた)
    ・鑑真も空海も最澄も東シナ海を渡ったこと(朝鮮半島を経由しなかったのは、朝鮮半島に立ち寄ると物資が略奪されるから)
    ・朝鮮人は、日本と中国大陸の文化伝来の邪魔をしていたこと(朝鮮半島を経由できていれば、東シナ海でたくさんの日本の船が沈没することはなかった)
    ・朝鮮の王朝が、1400年代まで対馬や九州北部に数十回も侵略しようと兵を送っては撃退されていたこと
    ・江戸時代の朝鮮通信使が市中で鶏を盗んだりして町人に嫌われていたこと
    ・対馬が日本神話に出てくる古代からの日本の領土であること
    ・朝鮮半島には武士階級がいなかったこと(武道で心身を鍛えることがなかったのが朝鮮民族)
    ・中国の王朝に朝貢していた越南(ベトナム)、琉球(沖縄)、朝鮮の中で、朝鮮だけが属国扱いされていたこと
    ・大日本帝国が1924年に京城帝国大学(ソウル大学の前身)を設立したこと(植民地ではなかった証拠。欧米は植民地には小学校すら作らなかった)
    ・朝鮮名のままだと商売がやりにくいという(名目での)朝鮮人の訴えが多かったので、内務省が創氏改名に踏み切ったこと(判子をついた元内務官僚の元自民党衆議院議員の発言がある)
    ・李氏朝鮮は清に美女3000人を毎年献上していたので美女が減っていったこと(美女から生まれる男子も減っていった)
    ・竹島どころか、竹島と朝鮮半島の間の鬱陵島(ウルルン島)も江戸時代の1618年から1696年まで日本の領土であったこと
    ・朝鮮王が清国皇帝に奉呈した貢文に清国皇帝が気に入らない言葉が1つあっただけで、朝鮮王は銀一万両を罰金として払った上に、年貢への見返りを3年間停止するという厳しい処罰を受けたこと
    ・李氏朝鮮のソウルには、芸術品がまったくなく、公園もなければ催し物も旧跡も寺院もなかったこと
    ・樽(たる)を作れなかったので、味噌も醤油も作れなかったこと
    ・朝鮮半島の民族が昔から今まで南と北で相当違っていること
    ・韓国で使われている漢字語の8割以上が日本製であること(ハングルの読み方で読まれたのが漢字語)
    ・李氏朝鮮では漢字を読めたのは男性貴族だけだったこと
    ・李氏朝鮮では両班、中人、常民、奴婢、白丁という順に厳しい身分支配構造が形成されていたこと(日本と違って、階級の移動がなかった)
    ・李氏朝鮮の商店には屋根も棚もなかったこと(李氏朝鮮では土の上に魚を置いて売っていた)
    ・李氏朝鮮で1400年代に王が命じた水車づくりが1700年代の朝鮮でも実現されていなかったこと
    ・下層民である奴婢は両班の一家の食べ残しを食べていたこと
    ・先の大戦では、日本の一部だったのだから敗戦国だし、独立戦争を戦ったわけでもないのに、戦後、朝鮮進駐軍と称して日本国民に乱暴狼藉の限りを尽くしたこと
    ・1965年の日韓基本条約締結時、日本側代表が「互いの財産を相殺すれば(韓国に残した日本の財産の方がはるかに多いので)そちら側が莫大なカネを払うのだぞ」と反論したこと
    ・日本固有の領土である竹島を不法占拠している韓国は、日本に対する侵略国であること
    ・対馬藩が朝鮮に租界地を有していたこと
    ・朝鮮が告げ口社会であり、それが今でも続いていること
    ・日本の歴史を歪曲することは「日本民族の魂」を歪曲することであること(韓国の外相が「歴史は民族の魂だ」と発言している)
    ・江戸時代の朝鮮通信使が日本に来て大きな川に橋が架かっているのに驚いたこと
    ・「歴史を忘れた民族に未来はない」という言葉は、自分の歴史書を売るために韓国人に向けて発言した韓国人の申采浩の言葉であること
    ・日本に、韓国に謝罪と賠償を要求する権利があること(高麗の皇太子が元の皇帝フビライに「日本は、いまだ陛下の聖なる感化を受けておらず。」と述べたことが、元寇への決定的な要因となった)
    ・元寇の主力先兵は高麗兵であり、指揮官の中でも好戦的だったのが高麗人だったこと(中国の正史『元史』にも、朝鮮の正史『高麗史』にも記述がある)
    ・壱岐・対馬に上陸した高麗兵の残虐行為からまだ1000年を経ていないのだから、韓国に謝罪と賠償を要求する権利があること
    ・「従軍慰安婦」はなかったこと(呉善花氏は韓国で生まれて26歳まで韓国で生活していたが、その間、村の女を軍や総督府の官憲が強制的に連行したといった話は一切耳にしたことがなく、呉氏がインタビューした植民地世代韓国人も「一人としてそのような様子を見たことも聞いたこともない」と言っている)
    ・大韓帝国が成立したのは大日本帝国が日清戦争に勝ったからで、大韓民国が成立したのは大日本帝国が敗戦したからであること(韓国人は日本人に足を向けて寝られない)
    ・戦後、一般の日本人を一番殺したのは韓国であること(島根県の漁民が犠牲になった)
    ・日本人の韓国嫌いは一時的なものではないこと(朝鮮人と知り合った日本人が朝鮮人嫌いになったのは昔からである)
    ・コリアン(朝鮮民族)を嫌っていたのは日本人だけではないこと(コリアンを知ったロシア人もコリアンを嫌った)
    ・朝鮮半島起源の文化が一つもないこと
    ・朝鮮には誇れる歴史がないので、歴史を創出しようとしていること(2010年の民主党政権時、宮内庁が保管していた「朝鮮王室儀軌」を50点だけ持っていく約束が他のも2000点も持っていった)
    ・昔から、困った時だけ日本に頼ってきたこと(秀吉の時代も、飢饉に苦しんだ李氏朝鮮に米を送っている)
    ・いくら日本人に嫌われても意に介せず厚顔無恥なこと(最近になって、日本の嫌韓に気が付いてきて驚いている)
    ・戦後、日本は、朝鮮人に帰国するように呼びかけて、朝鮮半島に帰国する朝鮮人のために何度も無料で船を出したこと(現在の在日韓国籍コリアンは自分の意志で日本にいる)
    ・大日本帝国が大韓帝国を併合した時に、ほとんどの朝鮮人が喜んだこと
    ・1945年から1990年にかけて、韓国軍の強制的な拉致・監禁で慰安婦にされた女性がいたこと(特殊慰安隊、ヤンコンジュ・洋公主と言われる韓国軍の従軍慰安婦)
    ・パク・クネ大統領の父親の朴大統領が韓国軍慰安婦問題の張本人であること(娘のパク・クネは、これを隠してごまかすために日本軍慰安婦だと嘘を触れ回っている)
    ・1910年の日韓併合時、総督府がそれまで朝鮮にはなかった戸籍の整備を始めたところ、非常に多くの朝鮮人が「日本名」で戸籍に登録する騒動が勃発したこと(1911年、総督府は朝鮮人を区別するため「改名禁止」の法令を出した)
    ・1939年、総督府が、朝鮮人の強い要望により「創氏改名」を発令したが、1940年に施行された時、朝鮮人の人口の80%の322万戸が自分の意志で日本風の氏を名乗ったこと
    ・日本名への改名は、朝鮮人の「姓」に、日本風の「氏」を追加しただけであったこと(従来の朝鮮人の「姓」は廃止も改名もされていない)
    ・中国への朝鮮人の入植が始まると、朝鮮人と中国人のトラブルが続発したこと
    ・中国各地での日本国籍を与えられた朝鮮人の道徳の無い行動が中国や世界でニュースに取り上げられてヨーロッパで反日宣伝の材料になったこと
    ・朝鮮半島で、朝鮮人に横暴な振る舞いをしたのは朝鮮人の下級補助員(補助憲兵、朝鮮人巡査、朝鮮人通訳)だったこと
    ・イングランドがスコットランドを併合したように大日本帝国が大韓帝国を併合したこと(植民地化ではなくて、併合であった)
    ・清に朝貢していたという事実からは、ベトナムと沖縄が韓国の兄の国になること(沖縄は日本の一部(県)だが、韓国からは兄の「国」になる)
    ・663年の白村江の戦い後、日本人が命からがら朝鮮半島から日本列島に帰ってきたこと(終戦直後の朝鮮進駐軍と同じ。朝鮮民族の民族性は変わらない)
    ・朝鮮人に温情を掛けると朝鮮人は自分が上だと勘違いすること(どの民族からも格下扱いされていた朝鮮民族を大日本帝国が対等に扱った結果、韓国は、韓国が兄の国、日本が弟の国なんてとんでもないことを言い出した)
    ・大日本帝国時代、朝鮮総統府の日本人全職員がハングルの辞書を持たされてハングルを勉強したこと(植民地ではなかった証拠。植民地なら現地語を学ばない)
    ・大韓帝国併合時代も朝鮮半島では盗み、こそ泥がひんぱんだったこと
    ・第二次世界大戦で、韓国は戦勝国ではないこと(それを戦勝国と偽って朝鮮進駐軍と名乗った)
    ・朝鮮半島南部は日本人(倭人)の拠点の1つとして開拓されたこと
    ・朝鮮民族の誕生は13世紀頃であること(明の属国になって半島外から異民族の血が混じることが無くなった時)
    ・小便で顔を洗っていたこと(清潔という概念が無かった)
    ・キムチに対応する漢字が存在しないこと(キムチの歴史はせいぜい70年以内である疑い)
    ・小便や糞が混ざっている水でも平気で飲んでいたこと(味噌も糞も朝鮮人にとっては一緒だった)
    ・小便壺が家の中にあって、客がいても平気でそこで小便をしていたこと
    ・朝鮮半島の土壌からは寄生虫の卵が大量に見つかること
    ・世界で唯一人糞を口に入れる民族だったこと
    ・李氏朝鮮の厳格な身分制度を廃止したのは大日本帝国であったこと
    ・韓国ドラマに出てくる見事な鎧(よろい)・甲冑はまったくのねつ造であること(昔のものが1つも見つかっていない)
    ・韓国は朝鮮戦争により中国から被害を受けたので、その謝罪と賠償を中国に要求したが、中国大使から一喝されたあげく経済制裁されたこと(それ以降、韓国は中国に一切謝罪と賠償を要求しなくなった)
    ・謝罪謝罪と言うなら、韓国人が大日本帝国軍の兵として戦争したことを連合国軍に謝罪すべきであること(謝罪が好きなら自ら率先して謝罪して手本を見せるべき)
    ・韓国には謝罪を「受け入れる」文化が無いこと(韓国人にとって謝罪は上下関係を決定づける行為でしかなく、謝罪は隷属の意志を示す行為になる)
    ・512年12月、百済が使者を日本に送ってきて「任那の一部(百済寄りの4県)は日本から遠く、百済に近いので、譲って欲しい」と言ってきて、百済が任那の4県をぶんどってしまったこと(日本に対して一方的なのは昔から)
    ・米軍が韓国に駐留した1945年9月以後も、韓国では100万人を超える女性が基地の村で米軍らを対象に売春していたこと(韓国政府は基地村の女性に「慰安婦」の名称を使っていた)
    ・史実に基づいた歴史を韓国人に教えるのが日韓のためであること(韓国人の留学生が京都に「日韓友好のため」と称して従軍慰安婦の像を作ろうと運動している)
    ・江戸時代の朝鮮通信使が朝鮮の風習で大便を街道の路上で行ったこと
    ・朝鮮通信使が、旅館の器物を軒並み持っていってしまったこと
    ・朝鮮通信使に対する苦情が多かったので、1811年に幕府は朝鮮通信使を対馬止めにすることに変更したこと(易地聘礼、えきちへいれい)
    ・朝鮮通信使が日本の貨幣経済の発達に驚いたこと(江戸時代でも、朝鮮では物々交換だった)
    ・朝鮮半島で、庶民が食事の際に箸やスプーンを使うようになったのは1910年以降のことであること(それまではインド式(手づかみ)であった)
    ・大日本帝国の朝鮮総督府が何度も出した布令に「路上脱糞禁止令」があったこと
    ・1937年からの大日本帝国の志願兵の募集に朝鮮人が殺到したこと(1942年には倍率が62.4倍にもなった)
    ・朝鮮半島は空気が乾燥しているので、発酵食品が生まれなかったこと(醤油、味噌だけでなく、納豆も朝鮮人は知らなかった)
    ・1945年、脱走した朝鮮人兵が沖縄の伊是名島(いぜな島)の住民を虐殺したこと
    ・在日韓国籍コリアンには、仕事をしに日本へ渡ってきた人とその子孫か、朝鮮戦争を逃れてきた人とその子孫しかいないこと(李青若『在日韓国人三世の胸のうち』より)
    ・「アメリカ軍が1944年に調査したところ、慰安婦は金で雇われたただの売春婦だった!」という報告書が発見されたこと(第3者で当時の敵国から出た証拠)
    ・韓国人が起源を言うなら、トンスル(人糞酒)の起源が朝鮮半島であると言うべきであること(日本には無いので、トンスルの起源が朝鮮半島だと言われても日本人は反論しない。遠慮はいらない、韓国人はトンスルの起源を世界中に主張すべき)
    ・戦後、韓国と取引した日本企業は韓国から送られてきた試作品を見て契約したが、実際の取引が始まると粗悪品ばかり送られてきたこと
    ・スサノオノミコトが韓地に行ったという「日本書紀」の記述からも朝鮮半島南部が日本であったことがわかること
    ・朝鮮民族が強いものには巻かれ、弱いものには悪辣非道であったこと
    ・「韓国は嘘の国、日本は本当の国」であること(韓国が韓国民に教えている「韓国は兄の国、日本は弟の国」はまったくのデタラメ)
    ・大韓帝国併合は併合であって植民地ではなかったが、それを植民地であったと歴史を偽造して、朝鮮人なら当然のごとくするであろう非道な行為を日本人がしたように嘘をついていること(朝鮮民族は下の者には悪辣非道だから朝鮮民族の発想で植民地を想像している。下の者だからといってそれだけで悪辣非道なことを日本人はしない)
    ・強制連行されたという、いわゆる「従軍慰安婦」が1人も見つかっていないこと(自発的にやっていた高給取りの「追軍売春婦」ばかり)
    ・大日本帝国の軍隊には朝鮮人の将校までいたのであるから、いわゆる「従軍慰安婦」で強制連行された朝鮮人がいれば、真っ先に朝鮮人兵が解放していたはずであること(朝鮮人兵が何もしなかったのは、「従軍慰安婦」が軍とは無関係な売春婦だったから)
    ・大日本帝国の軍が「従軍慰安婦」を強制連行した証拠資料が1つも存在しないこと(にもかかわらず、韓国の与党議員らが慰安婦の記録物を世界記録遺産に登録しようなんて発言している)
    ・朝鮮半島の歴史はほとんど属国の歴史であり、それが悔しくて、独立していた日本の歴史を悪く書き換えようとしていること(いくら日本に嫉妬しても、日本の歴史が素晴らしいことに変わりはない)
    ・日本人が明治時代にある種の郷愁を覚えるのは、明治時代がほとんど日本人の国であったからであろうこと(明治時代は1912年7月30日まで。韓国人が移住してきた大韓帝国併合は1910年8月29日)
    ・属国の歴史が独立の歴史よりも多い地域は世界で朝鮮半島だけであること
    ・朝鮮半島の住民は、日本の歴史に当てはめると「大化の改新」以前の生活をしていたこと
    ・朝鮮民族とは日本民族に「恩をあだで返してきた」民族であること
    ・上記は歴史を直視しているので韓国に遠慮はいらないこと(韓国の外相が「日本は歴史を直視せよ」と発言している)
     

     2013/12/29

  39. ●貴メルマガご指摘のように、今、安部総理の靖国参拝強行に「失望」の意を表した米国。
     ふと、鈴木善幸氏を思い出した。訪米し「日米同盟の強化」をレーガン大統領と共同宣言したにもかかわらず、帰国後「日米同盟は軍事的側面を含まない」との自説を突如展開、外交大混乱を招いた挙句に辞任した、あの内閣総理大臣である。

     今、靖国に詣でた安部首相は、今後どうするのか、どうなるのか?中国や朝鮮半島のみならずアジア諸国で数千万人に戦争の惨害を刻み付け、無慈悲に命を奪い、日本人同胞300万人以上を無残な死に引き渡し、美しい日本の山河を焦土と化し、日本に永遠の不名誉をもたらしたA級戦犯を「神」として伏し拝み、敗戦前の日本の価値観(皇国史観・八紘一宇・大東亜共栄圏・反ユダヤ思想・親ナチス・鬼畜米英・・・)を絶対まげぬ姿勢を示した安部信三内閣総理大臣は・・・。「非戦の誓いをした」との弁明で米国は納得するのか?真珠湾の騙まし討ちのときも、「ハルノート」を巡り外交交渉すると見せかけて、裏では空母機動艦隊をハワイに差し向けていた歴史的前科のあるこの日本を?ヤルタ会談時、日本に講和の動きがあるとの情報に、「(真珠湾の騙まし討ちをした)日本が信用できるのか?」とのスターリンの問いに、チャーチルもルーズベルトも納得、ソ連参戦を含めた戦争継続が決定されていったという。安部総理の詭弁も通用しないだろう。

     ズバリ本音は、「対米百年戦争完遂祈願」「対米復讐(リベンジ)戦争必勝祈願」「9条破棄戦前回帰達成祈願」だろう。日米安保を隠れ蓑に軍事増強&核武装を果たせば、日米安保を破棄し第二次太平洋戦争へと突っ走る。また、突然の靖国参拝は、日本国民への威嚇でもある。皇国史観で「臣民道」(宮城遥拝・教育勅語暗誦・七生報国・散華・玉砕・・・)を極めることが強要される。来年から始まる本格的戦前回帰への布石である。

     とにかく、A級戦犯を「神」と拝んでいる精神状態で、オリンピックなぞ開けるのか?中国や韓国のみならず、アメリカ、EU、ロシアでさえ(つまり全世界から)抗議や懸念、失望や非難が浴びせられている中で・・・。しかも「0.3平方キロメートル内に完全ブロック」したはずの放射性物質は、超高濃度で地下水や外洋に、大気に漏れまくっているのに・・・。

     この年末年始の長い休み中、よくよく考え直し、この際自ら身を引くこと(辞任)で、自由と人権を尊重し、平和を愛する日本の姿勢を世界に示すべきだ。安部総理自身の人格的見識が厳しく問われているのであり、内閣改造(大臣のすげ替え・順送り)では糊塗できぬ深刻な問題なのだ。米国はじめ国際社会と価値観を共有できぬ日本は、世界から孤立し「北朝鮮化」するだろう(それが狙いか?)。

     それにしても、本当に愚かという他はない。完成しつつあった対中国包囲網も、これで御破算、水泡に帰した。むしろ対日包囲網ができ、「旧敵国条項」発動も視野に入ってきてしまった。○○は死ななきゃ治らない(死んでも治らない?)。が、これが悲しい日本人の民度(民族的能力)の限界なのだ。

     復古鬼子、原発鬼子は、中国共産党の共産鬼子・公害鬼子や北朝鮮の殺人鬼子らとともに、消え去ってもらいたいものだ。

     2013/12/29

  40. 「血債主義者」?、そんな日本語ないぞ。コリアンかあ。↓

     2013/12/28

  41. なんだか「血債主義者」が沸いてるようだが、日本人として日本人の血が忌まわしいなら早く自殺しなよ。それで一人忌まわしい日本人が消えるんだから血債主義者としては本望だろう。
    今時「血債主義」とか、どんだけジジイなんだよ。

     2013/12/28

  42. 在日コリアンの犯罪者には通名と在日特権を禁止すればいい。

     2013/12/28

  43. 犯罪率に応じて関税掛ければいい
    犯罪率関税
    中華圏が一番多くなるでしょう

     2013/12/28

  44. 日本が何もしなくとも、中国共産党王朝はもう断末魔です←2014年にシナ滅亡の大ニュースを早く聞きたいものです。日本人、全員で祝杯をあげましょう!

     2013/12/28

  45. あんた、破産してるって、本当!!!
    負け犬、ワンワン。宮崎犬。

     2013/12/28

  46. 日本に来る外国人が日本人と韓国人を見分けられるようにするためにも通名廃止が必要。

     2013/12/28

  47. コリアン(朝鮮民族、韓国人・北朝鮮人)が認めたがらない歴史的事実一覧(コリアンは歴史を直視せよ)




    ・稲作が九州から朝鮮半島に伝わったこと
    ・唐辛子が日本から朝鮮に伝わったこと(足袋(たび)に入れて足を温めるものとして朝鮮半島に持ち込まれたのが唐辛子)
    ・半島南部の先住民が日本人(倭人)であったこと
    ・新羅の建国時の宰相が日本人(倭人)であり、王家の二つが倭人系統であること、また始祖の朴赫居世についても日本人説(倭人説)があること
    ・百済、新羅が大和朝廷に対し従属的地位にあったこと
    ・大和朝廷による任那(伽耶)地域の支配があったこと(半島南部における多数の前方後円墳の存在)
    ・朝鮮半島における文化的独自性が欠落していること(あらゆる分野での古典の不在)
    ・属国として歩んできた歴史であること(漢民族・モンゴル民族・満洲民族のどの民族からも朝鮮民族は格下扱いされてきた)
    ・中国の属国になってから、みずから改名して、中国語の姓名であること
     ・秀吉の朝鮮出兵が日本と明の戦争であったこと(李氏朝鮮の軍は明の軍の指揮下に入り、和平交渉も日本と明の間で行われた)
     ・李氏朝鮮が、中国の地方長官の地位でしかなかったこと
    ・清から、李氏朝鮮が琉球とベトナムよりも格下に扱われていたこと
    ・李氏朝鮮の前の高麗では、元の命令で、王妃が代々モンゴル人であり、モンゴル人の母親から生まれた息子しか国王になれなかったこと
    ・朝鮮半島の国が、歴史上一度も、単独では戦争に勝ったことがないこと
    ・朝鮮民族が雑多な民族の集まりであること
    ・ハングルで表記できない発音がいくつもあること
    ・チマチョゴリが、子を産んだ女性は胸を露出して着る服であったこと
    ・朝鮮半島に唐辛子が広まったのは、塩が手に入らないから、塩の代わりの調味料だったこと
    ・李氏朝鮮の時代に、木を丸くする技術がなくて、二輪車がなかったこと
    ・秀吉が朝鮮に出兵した時に、秀吉側について明と戦った朝鮮人がたくさんいたこと
    ・馬に乗って戦っている倭寇がいて、日本人じゃない倭寇がいたこと
    ・日本に文明を教えてあげたと主張する王仁博士の出身地に、王仁博士の一族の末裔も王という姓の人もいないこと
    ・竹島が古代から一貫して日本の領土であったこと
    ・テーブルで肉を焼く料理法は戦後、日本から韓国に伝わったこと
    ・文盲だった朝鮮人にハングルを教えさせてハングルを広めたのは日本人であること
    ・高麗の時代には、済州島は元の直轄地であって、済州島は元の領土だったこと
    ・朝鮮戦争前はむろん、朝鮮戦争後もずっと、韓国人は白米を常食にできなかったこと
    ・朝鮮半島の国は中国の国に朝貢するにも朝貢する文物がないので女性を献上していたこと
    ・大韓帝国(李氏朝鮮)の外国からの莫大な借金を、日本が代わりに支払ってやったこと
    ・大韓帝国(李氏朝鮮)の李王家の帰国を韓国は拒否して大韓帝国と韓国(大韓民国)は別の国であるので、今の韓国人に韓国併合のことを言及できないこと
    ・2000年近い朝鮮半島の歴史の中で、朝鮮半島を統一した独立国家としての歴史は、936年から963年までの高麗の27年間と、1895年から1910年までの李氏朝鮮(1897年から大韓帝国と改称)の15年間しかないこと
    ・朝鮮という国名にしたのは明だが、他国に自国の国号を決めてもらった世界にただ一つの国であること
    ・百済と新羅の時代に朝鮮半島に住んでいた日本人が文明人として他の民族から尊敬されていたこと
    ・百済と新羅から帰化した人からの朝鮮語の伝搬が見られないことから、帰化人とは朝鮮半島に住んでいた日本人であったこと(帰化人を渡来人というのは誤り。文字通り帰ってきた人達。朝鮮半島からの帰化人は引き揚げ者)
    ・昔から今まで常に日本列島が朝鮮半島よりも文明文化が進んでいたこと
    ・済州島には朝鮮民族とは別の言語・風習を持っていた、朝鮮とは別の民族が住んでいたにもかかわらず、済州島を併合してしまったこと
    ・1948年に、済州島の民族を大虐殺したこと
    ・済州島の民族の言語とアイヌ語に共通な語があって、済州島には日本列島と同じ民族が住んでいたこと
    ・元寇の兵の大半は高麗人(朝鮮民族)だったこと
    ・民族が到達しやすくても脱出しにくいのが半島だが、そもそも朝鮮半島には日本人が住んでいて、後から別の民族がやってきて、それが朝鮮民族になったと考えられること
    ・民族は敵性民族がいなければ暖かい所に移動するので、朝鮮半島の朝鮮民族は北のほうから南下してきたと考えられること
    ・朝鮮民族が南下してきたといっても単一の民族としてではなくて、満洲民族、モンゴル民族、漢民族、北方のツングース民族等が南下して朝鮮民族になったと考えられること
    ・韓国では中国を親の国、韓国を兄の国、日本を弟の国だと教えているが、それ自体が韓国の属国思想であること(日本は独立国だったので、そういう発想がない)
    ・宦官制度が新羅の時代から1894年の甲午改革で廃止されるまであって、去勢された男子の宦官がいたこと
    ・朝鮮民族は漢民族・満洲民族・モンゴル民族に従属していて格下の民族とされていたこと
    ・清朝の冊封体制の中で李氏朝鮮の地位は低く、朝鮮使臣のみが丸首の衣で歩いて裏門から入ったこと(朝鮮使臣のみが礼服と籠に乗ることと正門から入ることを禁じられていた)
    ・昔の李氏朝鮮の大極旗には清国属国旗と記されていること
    ・遣隋使、遣唐使、日明貿易の時代にも朝鮮を通さずに日本は交易していること
    ・李氏朝鮮の時代も、水田の灌漑施設がなかったこと
    ・1000年にわたる売春立国であること
    ・遣隋使、遣唐使、日明貿易はあったが、遣高麗使、遣朝使のような朝鮮半島との貿易はなかったこと
    ・朝鮮の漬け物の発祥地は中国の重慶であること
    ・高麗の青磁は中国の殷が起源、李氏朝鮮の白磁は中国の北斉が起源であり、どちらも朝鮮半島の発祥の文物ではないこと
    ・日本の歴史は事実・真実のままで世界に誇れる立派な歴史であること(歴史を偽造する韓国に配慮して日本の教科書を記述することなどとんでもないことである)
    ・韓国の教科書には「〇〇を日本に教えてあげた」という記述が山のようにあるが、そのすべてが偽造・ねつ造であること(韓国は、日本発祥のものでさえ教えてあげたと記述する傲岸不遜な国。教えたも問題だが、教えてあげたという表記は無礼千万)
    ・朝鮮半島発祥の文物で日本に影響を与えたものは一つもないこと(朝鮮民族がいなくても日本の文明文化は発展していた)
    ・朝鮮半島に存在しないDNAの稲が日本だけにあること(稲作は中国雲南省あたりから海路で九州に伝わったから)
    ・新羅も百済も日本(倭国)のことを文化大国として敬仰していたこと(朝鮮半島初の統一国家である新羅の基礎づくりを指導したのは日本列島から渡ってきた日本人(倭種)だった。「第四代新羅王の解脱(タレ)は、倭の東北一千里にある多婆那国の生れ」(三国史記新羅本記)、多婆那(タバナ)国は、丹波、あるいは但馬と考えられている)
    ・日本国は九州北部と朝鮮半島にまたがっていたこと(鉄資源を採取するための拠点が朝鮮半島南部にあり、そこから南が倭国(日本)と認識されていた。「韓は帯方郡(魏の直轄地・現ソウル付近)の南にあり、東西は海、南は倭と接す」「倭に至るには(海岸に沿って水行し韓国を経て、あるいは南し、あるいは東し)その北岸、狗邪韓国に至る。(そこから)はじめて海を渡ること千余里、対馬国に至る・・」(魏志「韓伝」および「倭人伝」)
    ・日本は朝鮮半島南部の拠点を通じて、1世紀ごろには中国大陸と直接交流していたこと
    ・戦前の朝鮮史研究では、新羅4代王が日本列島の出身者であることなど常識であったこと
    ・新羅16代の王のうち半数が日本人であったこと(半島古史研究で基本資料とされる『三国史記4』(東洋文庫)に全文間違いの訳注がある。日本人(倭種)は4代目のみとする訳注を書いたのは韓国人の鄭早苗)
    ・新羅と百済の同時代の『唐書』に、「新羅も百済も倭国(日本)を大国として敬仰している。それは倭国には優れた品々が多いためで、常に使節が倭国に赴いている」との記述があること
    ・日本の皇室が世界で一番古い家系であること
    ・青森県の大平山元遺跡が「世界最古」の遺跡であること
    ・日本の神道のような信仰は世界中にあったが、今は日本にしか残っていないこと
    ・日本の前方後円墳は3世紀に出現したが、朝鮮南部の栄山江から発見された前方後円墳は5〜6世紀のものであること(日本人が朝鮮半島に住んでいた証拠であると知った韓国人は朝鮮半島の前方後円墳を爆破した)
    ・百済では1世紀になって初めて稲を作るべしとの王令が出たこと
    ・日本の農業用語に朝鮮由来の言葉がないこと(朝鮮から伝来していないから)
    ・日本書紀が書かれたのは8世紀だが、朝鮮の三国遺事が書かれたのは13世紀であり、日本の神話が朝鮮の神話よりも古いこと(日本の神話が朝鮮の神話を真似たというのは嘘)
    ・朝鮮が属国だったから、朝鮮からの使節が外交使節でなく朝鮮通信使とされたこと
    ・現在ソウルの城門のあった場所には「独立門」というものが建てられたが、昔その場所には『迎恩門』という門があり、それは「朝鮮王が9回頭を地面に叩きつけて擦りつけ、ひれ伏して清の使者を迎える」という・屈辱的な隷属の象徴の門だったこと
    ・朝鮮国王は 中国の王朝の皇帝によって任命されたこと 
    ・朝鮮国内の事件は全て皇帝に報告しなければならなかったこと 
    ・朝鮮国王の地位は、中国の王朝の廷臣よりも下だったこと 
    ・朝鮮政府には、貨幣の鋳造権すら与えられてなかったこと
    ・朝鮮政府には清国への食糧、兵士提供の要求権もなかったこと 朝鮮は清国に細かく定められた貢品を出す以外に、毎年、牛3000頭、馬3000頭、各地の美女3000人を選り抜いて貢がなければならなかったこと
    ・新羅が日本の属国であって、新羅の王子が日本に人質にとられていたこと
    ・白村江の戦いとは、日本の属国から唐の属国になって寝返った新羅をめぐっての、日本と唐の宗主国同士の争いであったこと
    ・ハングルが日本の阿比留文字の真似であること
    ・朝鮮通信使が、朝鮮の王から、日本から技術を学んでくるように言われていたこと
    ・併合前の大韓帝国がアジア最貧国だったこと(1910年のインドよりも、1910年の朝鮮半島は貧しかった)
     ・李氏朝鮮の王の即位の年には、「朝鮮国、権署国事、臣李某」から始まり、「国事をかりに処理する臣下の李」と、李氏朝鮮の王から清への書状に書かれていたこと
    ・「朝鮮」とは朝貢物の少ない国という意味であること(鮮は少ないという意味)
    ・現在の朝鮮民族と古朝鮮とは民族の連続性がないこと(現在確認されている朝鮮古語は180語しかない)
    ・満州国国歌を韓国国歌にしていること
    ・李氏朝鮮が男尊女卑の社会であって女は子を産む存在でしかなかったこと
    ・韓国は東北から北海道の緯度にある寒冷地帯であって、南方の食べ物である稲が育つはずがなくて、1980年代まで韓国人は雑穀を食べていたこと
    ・朝鮮半島には価値ある文化、富や食、豊かな土地などまったくなかったという理由で、中国の王朝が朝鮮半島を自国領にしなかったこと
    ・トンスル(人糞酒)があること(犬、猫、鳩の糞の酒もある)
    ・百済時代には、百済を含めた朝鮮半島の南部から中部まで日本の文化圏だったこと
    ・遺伝子(DNA)鑑定によれば、現在のコリアンの多くが北方系民族で、日本人の系統とはまったく異なること
    ・朝鮮半島の歴史上、最も繁栄したのが日韓併合時代であったこと(インフラが整備され、人口は倍増、学校が作られて教育水準も上がった)
    ・病人のまねをする病身舞があったこと
    ・戦後、障害児を海外に養子に出して捨てていたこと
    ・朝鮮半島ではオルドス式銅剣もそれを製造する鋳型も見つかっていないこと(中国大陸と日本列島では発掘されている)
    ・朝鮮半島では大陸性の青銅ナイフが見つかっていないこと(日本では見つかっている)
    ・朝鮮は外部世界と隔絶した秘境で、文化がなかったこと
    ・朝鮮半島には布を染色する技術がなくて、住民は色落ちした白い服しか着れなかったこと
    ・高句麗が、日本を格上の国として、日本に朝貢していたこと
    ・高句麗も渤海も朝鮮民族の国とは言えないこと
    ・李氏朝鮮の李氏が満洲民族だったこと(韓国が李氏朝鮮の初代の李成桂の歴史ドラマを作らないのは李成桂が満洲人だから)
    ・父親の大便を息子がなめて健康を見るのが孝行息子とされていたこと
    ・明の皇帝の衣装が龍9匹、皇族が8,7匹、大臣級が6,5匹、地方の役所の長が4,3匹なのだが、朝鮮王は龍3匹の衣装だったこと(龍3匹の衣装にも赤と青があるが、格下の青い衣装だった)
    ・李氏朝鮮には1882年まで国旗がなかったこと(属国だったから)
    ・李氏朝鮮の首都の漢城(現在のソウル)に、道路すらろくになかったこと
    ・鼻が曲がりそうな糞尿の悪臭が朝鮮半島全土をおおっていたこと
    ・家が竪穴式住居に近いものであったこと
    ・朝鮮では中国の貨幣を使用していたが、庶民には流通せず、庶民は5日おきに開かれる市場で物々交換していたこと
    ・李氏朝鮮時代に、性的奉仕を行う「妓生キーセン」がいて、身分は奴婢であって、妓生こそが性奴隷だったこと
    ・大韓帝国併合時、朝鮮に公立学校は約100校しかなかったが大日本帝国が1943年までに4271校まで増やしたこと(それらは当時日本列島にもなかったコンクリートやレンガ造りの三階建て校舎などだった)
    ・韓国は高句麗と渤海を朝鮮民族の国としているが、高句麗は日本を兄の国として外交使節を送ってきて、高句麗の後の渤海は日本を「父の兄、伯父(おじ)」の国として外交使節を送ってきていたこと
    ・キムチが人糞を混ぜて発酵させる食品だったこと(人糞の臭みを消すために唐辛子をどっさり入れた)
    ・キムチに使われる白菜も日本から伝わったこと(大正時代に名古屋の野崎徳四郎が栽培に成功した)
    ・役人が薪にするため柱を切ってしまうので、持っていかれないように、柱に人糞を塗ることがあったこと
    ・李氏朝鮮の李氏は明・清の後ろ盾で朝鮮王を名のっていただけであり、朝鮮半島は実質は無主地だったこと
    ・大日本帝国の民間銀行「第一銀行韓国総支店」が1902年に第一銀行券を発行したが、それが韓国で初めての紙幣であったこと
    ・男尊女卑で、女性は男性の食べ残しを食べていたこと
    ・ハングルは表音文字なので、「放火」と「防火」が同じ、「素数」と「少数」が同じ、「祈願」と「起源」が同じになってしまうこと
    ・李氏朝鮮・大韓帝国に鉄道がなかったこと
    ・李氏朝鮮・大韓帝国が禿山ばかりだったこと
    ・キムチがもともと中国の酸菜(冬季用の漬物)が三国時代に韓国に伝わったものである(白いキムチ)と中国最古の詩篇「詩経」に記載されていること(それに唐辛子を加えたのが今の赤いキムチ)
    ・李氏朝鮮・大韓帝国には2階建ての建築物がなかったこと(外国人の建築物を除く)
    ・英語その他のヨーロッパ語の辞書が作られたのは日韓併合後であったこと
    ・朝鮮人小学校の年間平均学費が1人7円30銭であったのに対し、日本人小学校の年間平均学費が平均40円であったこと(日韓併合時代、日本は朝鮮人を優遇していた)
    ・大日本帝国軍の将校であった多くの韓国人が創氏改名をしなかったこと(もし創氏改名が強制されたものであったとしたら、朝鮮半島出身の将校こそ、手本を示すために創氏改名させられたはず)
    ・李氏朝鮮518年、日韓併合時代、1945年以後の南北分裂時代の3つの時代を比較して、もっとも人命が尊重されて人口が増えたのは日韓併合時代だったこと
    ・朝鮮の残虐な刑罰を廃止したのは日本政府であったこと
    ・大韓帝国併合を要請したのは大韓帝国側であったこと
    ・車輪を作れなかったので、李氏朝鮮・大韓帝国には馬車・牛車・人力車、農業用の水車がなかったこと
    ・朝鮮民族には入浴する習慣がなかったこと
    ・朝鮮半島の諸国が日本の管轄下にあったことを南宋の順帝が公式に認めていたこと(宋書は、倭王・武の順帝宛上表文の「海を渡って平らげること95ヶ国)を認め、順帝から「武を使特節都督倭・新羅・任那・加羅・秦韓・慕韓六国諸軍事、安東大将軍、倭王に叙した」とする)
    ・広開土王碑文には「391年、倭が百済と新羅を破り臣民とした」とあること
    ・鉄の産地は主に新羅地域だが、隋書に「日本人(倭人)が鉄を採掘している、という『韓伝』の転載」があること
    ・752年の奈良大仏開眼供養には、アジア各国からの参列者があって、日本の勢力は隆盛だったこと(導師はインド出身の僧菩提僊那で、従者には胡人(イラン人)も混じり、日本、唐、高麗の楽舞が大仏に奉納された。1万数千人もの参列者の名簿が正倉院文書にある)
    ・百済の時代に、日本に70近くの国分寺、国分尼寺が建立されていたこと(仏教が百済から伝わったというのは嘘)
    ・野糞が普通だったこと(どの道も糞尿だらけだった)
    ・少女キーセン(性奴隷)がいたこと
    ・私有財産が保障されていなかったこと
    ・大韓帝国併合後は、洪中将、金少将など、朝鮮人を分け隔てなくして、日本人兵士に対して命令できる軍の高位に抜擢したこと
    ・朝鮮の女性には名前がなかったこと
    ・平均寿命が24歳だったこと(大韓帝国併合後には平均寿命が56歳に上がった)
    ・朝鮮人女性の性奴隷を禁止したのは大日本帝国政府であったこと
    ・現代の朝鮮民族の風習がロシアのエヴェンキ族に酷似していること(古代の朝鮮とは別の民族)
    ・朝鮮には木を丸くする技術がなかったので桶(おけ)も樽(たる)もなかったこと
    ・朝鮮民族は犬を食べるが、時間をかけて犬を苦しめて殺していたこと
    ・元寇の兵士の大半が朝鮮民族だったが、占領した対馬の住民に対して、男は皆殺し、女は掌に穴をあけて縄を通して船につるしたこと(日本兵が矢を射られないようにした)
    ・在日韓国籍コリアンの多くが、戦後、済州島から日本に密入国してきた人であること(戦時中の強制連行どころか、戦争が終わって大韓民国ができてから自分の意志で日本に来た)
    ・韓国語に「おもいやり」の単語がないこと(韓国人は「人をおもいやる」ことがないから)
    ・朝鮮半島は、ソウルでさえ浮浪者が集落を作っているに過ぎず、何の文明もなかったこと
    ・朝鮮半島は「羅生門」の時代よりも悲惨な状態だったこと
    ・朝貢が少ないと文句を言う清王朝の機嫌をとるため、収穫物・生産物のほぼすべてを両版(リャンバン)が収奪していたこと
    ・1910年の時点で朝鮮の住民の94%が文盲だったこと(ハングルも読めなかった)
    ・対馬の領土化を狙った李氏朝鮮の対馬侵略が1419年の「応永の外寇」だが、対馬の守護や主力兵が不在の時期を狙って17285人の軍勢を対馬に侵攻させたにもかかわらず、対馬の留守を預かる600人程度の日本の武士に李氏朝鮮が10日ほどで完敗したこと(戦死者が日本20人、朝鮮2500人以上)
    ・「応永の外寇」の結果、対馬が日本であることを李氏朝鮮が再確認させられたこと
    ・李氏朝鮮が対馬に朝貢していたこと(李氏朝鮮は明治になるまで、毎年大量の米、麦、野菜などを対馬に献上していた)
    ・大日本帝国は1895年に台湾を、1910年に朝鮮半島を併合したが、1910年の朝鮮半島が1895年の台湾よりも非文明地域だったこと
    ・創氏改名を要請したのは朝鮮人の側だったこと(朝鮮民族は漢民族・満洲民族から格下扱いされていたので、日本名を名乗って日本民族を詐称することを朝鮮民族が望んだ)
    ・伊藤博文を暗殺したのは安重根ではなかったこと
    ・秀吉が朝鮮から連れてきた陶器職人を、江戸時代に家康が朝鮮に帰してあげようと言ったところ、全員が断ったこと(日本の暮らしのほうがずっと良かったから)
    ・李氏朝鮮は清の属国だったが、清に日清戦争で勝って李氏朝鮮を独立させたのが大日本帝国であること(李氏朝鮮の宗主国・清に勝った国を弟の国と呼ぶのは支離滅裂)
    ・李氏王朝を廃止したのは李承晩(韓国初代大統領)だったこと(李氏王朝は大韓帝国併合後も存続していた)
    ・鑑真も空海も最澄も東シナ海を渡ったこと(朝鮮半島を経由しなかったのは、朝鮮半島に立ち寄ると物資が略奪されるから)
    ・朝鮮人は、日本と中国大陸の文化伝来の邪魔をしていたこと(朝鮮半島を経由できていれば、東シナ海でたくさんの日本の船が沈没することはなかった)
    ・朝鮮の王朝が、1400年代まで対馬や九州北部に数十回も侵略しようと兵を送っては撃退されていたこと
    ・江戸時代の朝鮮通信使が市中で鶏を盗んだりして町人に嫌われていたこと
    ・対馬が日本神話に出てくる古代からの日本の領土であること
    ・朝鮮半島には武士階級がいなかったこと(武道で心身を鍛えることがなかったのが朝鮮民族)
    ・中国の王朝に朝貢していた越南(ベトナム)、琉球(沖縄)、朝鮮の中で、朝鮮だけが属国扱いされていたこと
    ・大日本帝国が1924年に京城帝国大学(ソウル大学の前身)を設立したこと(植民地ではなかった証拠。欧米は植民地には小学校すら作らなかった)
    ・朝鮮名のままだと商売がやりにくいという(名目での)朝鮮人の訴えが多かったので、内務省が創氏改名に踏み切ったこと(判子をついた元内務官僚の元自民党衆議院議員の発言がある)
    ・李氏朝鮮は清に美女3000人を毎年献上していたので美女が減っていったこと(美女から生まれる男子も減っていった)
    ・竹島どころか、竹島と朝鮮半島の間の鬱陵島(ウルルン島)も江戸時代の1618年から1696年まで日本の領土であったこと
    ・朝鮮王が清国皇帝に奉呈した貢文に清国皇帝が気に入らない言葉が1つあっただけで、朝鮮王は銀一万両を罰金として払った上に、年貢への見返りを3年間停止するという厳しい処罰を受けたこと
    ・李氏朝鮮のソウルには、芸術品がまったくなく、公園もなければ催し物も旧跡も寺院もなかったこと
    ・樽(たる)を作れなかったので、味噌も醤油も作れなかったこと
    ・朝鮮半島の民族が昔から今まで南と北で相当違っていること
    ・韓国で使われている漢字語の8割以上が日本製であること(ハングルの読み方で読まれたのが漢字語)
    ・李氏朝鮮では漢字を読めたのは男性貴族だけだったこと
    ・李氏朝鮮では両班、中人、常民、奴婢、白丁という順に厳しい身分支配構造が形成されていたこと(日本と違って、階級の移動がなかった)
    ・李氏朝鮮の商店には屋根も棚もなかったこと(李氏朝鮮では土の上に魚を置いて売っていた)
    ・李氏朝鮮で1400年代に王が命じた水車づくりが1700年代の朝鮮でも実現されていなかったこと
    ・下層民である奴婢は両班の一家の食べ残しを食べていたこと
    ・先の大戦では、日本の一部だったのだから敗戦国だし、独立戦争を戦ったわけでもないのに、戦後、朝鮮進駐軍と称して日本国民に乱暴狼藉の限りを尽くしたこと
    ・1965年の日韓基本条約締結時、日本側代表が「互いの財産を相殺すれば(韓国に残した日本の財産の方がはるかに多いので)そちら側が莫大なカネを払うのだぞ」と反論したこと
    ・日本固有の領土である竹島を不法占拠している韓国は、日本に対する侵略国であること
    ・対馬藩が朝鮮に租界地を有していたこと
    ・朝鮮が告げ口社会であり、それが今でも続いていること
    ・日本の歴史を歪曲することは「日本民族の魂」を歪曲することであること(韓国の外相が「歴史は民族の魂だ」と発言している)
    ・江戸時代の朝鮮通信使が日本に来て大きな川に橋が架かっているのに驚いたこと
    ・「歴史を忘れた民族に未来はない」という言葉は、自分の歴史書を売るために韓国人に向けて発言した韓国人の申采浩の言葉であること
    ・日本に、韓国に謝罪と賠償を要求する権利があること(高麗の皇太子が元の皇帝フビライに「日本は、いまだ陛下の聖なる感化を受けておらず。」と述べたことが、元寇への決定的な要因となった)
    ・元寇の主力先兵は高麗兵であり、指揮官の中でも好戦的だったのが高麗人だったこと(中国の正史『元史』にも、朝鮮の正史『高麗史』にも記述がある)
    ・壱岐・対馬に上陸した高麗兵の残虐行為からまだ1000年を経ていないのだから、韓国に謝罪と賠償を要求する権利があること
    ・「従軍慰安婦」はなかったこと(呉善花氏は韓国で生まれて26歳まで韓国で生活していたが、その間、村の女を軍や総督府の官憲が強制的に連行したといった話は一切耳にしたことがなく、呉氏がインタビューした植民地世代韓国人も「一人としてそのような様子を見たことも聞いたこともない」と言っている)
    ・大韓帝国が成立したのは大日本帝国が日清戦争に勝ったからで、大韓民国が成立したのは大日本帝国が敗戦したからであること(韓国人は日本人に足を向けて寝られない)
    ・戦後、一般の日本人を一番殺したのは韓国であること(島根県の漁民が犠牲になった)
    ・日本人の韓国嫌いは一時的なものではないこと(朝鮮人と知り合った日本人が朝鮮人嫌いになったのは昔からである)
    ・コリアン(朝鮮民族)を嫌っていたのは日本人だけではないこと(コリアンを知ったロシア人もコリアンを嫌った)
    ・朝鮮半島起源の文化が一つもないこと
    ・朝鮮には誇れる歴史がないので、歴史を創出しようとしていること(2010年の民主党政権時、宮内庁が保管していた「朝鮮王室儀軌」を50点だけ持っていく約束が他のも2000点も持っていった)
    ・昔から、困った時だけ日本に頼ってきたこと(秀吉の時代も、飢饉に苦しんだ李氏朝鮮に米を送っている)
    ・いくら日本人に嫌われても意に介せず厚顔無恥なこと(最近になって、日本の嫌韓に気が付いてきて驚いている)
    ・戦後、日本は、朝鮮人に帰国するように呼びかけて、朝鮮半島に帰国する朝鮮人のために何度も無料で船を出したこと(現在の在日韓国籍コリアンは自分の意志で日本にいる)
    ・大日本帝国が大韓帝国を併合した時に、ほとんどの朝鮮人が喜んだこと
    ・1945年から1990年にかけて、韓国軍の強制的な拉致・監禁で慰安婦にされた女性がいたこと(特殊慰安隊、ヤンコンジュ・洋公主と言われる韓国軍の従軍慰安婦)
    ・パク・クネ大統領の父親の朴大統領が韓国軍慰安婦問題の張本人であること(娘のパク・クネは、これを隠してごまかすために日本軍慰安婦だと嘘を触れ回っている)
    ・1910年の日韓併合時、総督府がそれまで朝鮮にはなかった戸籍の整備を始めたところ、非常に多くの朝鮮人が「日本名」で戸籍に登録する騒動が勃発したこと(1911年、総督府は朝鮮人を区別するため「改名禁止」の法令を出した)
    ・1939年、総督府が、朝鮮人の強い要望により「創氏改名」を発令したが、1940年に施行された時、朝鮮人の人口の80%の322万戸が自分の意志で日本風の氏を名乗ったこと
    ・日本名への改名は、朝鮮人の「姓」に、日本風の「氏」を追加しただけであったこと(従来の朝鮮人の「姓」は廃止も改名もされていない)
    ・中国への朝鮮人の入植が始まると、朝鮮人と中国人のトラブルが続発したこと
    ・中国各地での日本国籍を与えられた朝鮮人の道徳の無い行動が中国や世界でニュースに取り上げられてヨーロッパで反日宣伝の材料になったこと
    ・朝鮮半島で、朝鮮人に横暴な振る舞いをしたのは朝鮮人の下級補助員(補助憲兵、朝鮮人巡査、朝鮮人通訳)だったこと
    ・イングランドがスコットランドを併合したように大日本帝国が大韓帝国を併合したこと(植民地化ではなくて、併合であった)
    ・清に朝貢していたという事実からは、ベトナムと沖縄が韓国の兄の国になること(沖縄は日本の一部(県)だが、韓国からは兄の「国」になる)
    ・663年の白村江の戦い後、日本人が命からがら朝鮮半島から日本列島に帰ってきたこと(終戦直後の朝鮮進駐軍と同じ。朝鮮民族の民族性は変わらない)
    ・朝鮮人に温情を掛けると朝鮮人は自分が上だと勘違いすること(どの民族からも格下扱いされていた朝鮮民族を大日本帝国が対等に扱った結果、韓国は、韓国が兄の国、日本が弟の国なんてとんでもないことを言い出した)
    ・大日本帝国時代、朝鮮総統府の日本人全職員がハングルの辞書を持たされてハングルを勉強したこと(植民地ではなかった証拠。植民地なら現地語を学ばない)
    ・大韓帝国併合時代も朝鮮半島では盗み、こそ泥がひんぱんだったこと
    ・第二次世界大戦で、韓国は戦勝国ではないこと(それを戦勝国と偽って朝鮮進駐軍と名乗った)
    ・朝鮮半島南部は日本人(倭人)の拠点の1つとして開拓されたこと
    ・朝鮮民族の誕生は13世紀頃であること(明の属国になって半島外から異民族の血が混じることが無くなった時)
    ・小便で顔を洗っていたこと(清潔という概念が無かった)
    ・キムチに対応する漢字が存在しないこと(キムチの歴史はせいぜい70年以内である疑い)
    ・小便や糞が混ざっている水でも平気で飲んでいたこと(味噌も糞も朝鮮人にとっては一緒だった)
    ・小便壺が家の中にあって、客がいても平気でそこで小便をしていたこと
    ・朝鮮半島の土壌からは寄生虫の卵が大量に見つかること
    ・世界で唯一人糞を口に入れる民族だったこと
    ・李氏朝鮮の厳格な身分制度を廃止したのは大日本帝国であったこと
    ・韓国ドラマに出てくる見事な鎧(よろい)・甲冑はまったくのねつ造であること(昔のものが1つも見つかっていない)
    ・韓国は朝鮮戦争により中国から被害を受けたので、その謝罪と賠償を中国に要求したが、中国大使から一喝されたあげく経済制裁されたこと(それ以降、韓国は中国に一切謝罪と賠償を要求しなくなった)
    ・謝罪謝罪と言うなら、韓国人が大日本帝国軍の兵として戦争したことを連合国軍に謝罪すべきであること(謝罪が好きなら自ら率先して謝罪して手本を見せるべき)
    ・韓国には謝罪を「受け入れる」文化が無いこと(韓国人にとって謝罪は上下関係を決定づける行為でしかなく、謝罪は隷属の意志を示す行為になる)
    ・512年12月、百済が使者を日本に送ってきて「任那の一部(百済寄りの4県)は日本から遠く、百済に近いので、譲って欲しい」と言ってきて、百済が任那の4県をぶんどってしまったこと(日本に対して一方的なのは昔から)
    ・米軍が韓国に駐留した1945年9月以後も、韓国では100万人を超える女性が基地の村で米軍らを対象に売春していたこと(韓国政府は基地村の女性に「慰安婦」の名称を使っていた)
    ・史実に基づいた歴史を韓国人に教えるのが日韓のためであること(韓国人の留学生が京都に「日韓友好のため」と称して従軍慰安婦の像を作ろうと運動している)
    ・江戸時代の朝鮮通信使が朝鮮の風習で大便を街道の路上で行ったこと
    ・朝鮮通信使が、旅館の器物を軒並み持っていってしまったこと
    ・朝鮮通信使に対する苦情が多かったので、1811年に幕府は朝鮮通信使を対馬止めにすることに変更したこと(易地聘礼、えきちへいれい)
    ・朝鮮通信使が日本の貨幣経済の発達に驚いたこと(江戸時代でも、朝鮮では物々交換だった)
    ・朝鮮半島で、庶民が食事の際に箸やスプーンを使うようになったのは1910年以降のことであること(それまではインド式(手づかみ)であった)
    ・大日本帝国の朝鮮総督府が何度も出した布令に「路上脱糞禁止令」があったこと
    ・1937年からの大日本帝国の志願兵の募集に朝鮮人が殺到したこと(1942年には倍率が62.4倍にもなった)
    ・朝鮮半島は空気が乾燥しているので、発酵食品が生まれなかったこと(醤油、味噌だけでなく、納豆も朝鮮人は知らなかった)
    ・1945年、脱走した朝鮮人兵が沖縄の伊是名島(いぜな島)の住民を虐殺したこと
    ・在日韓国籍コリアンには、仕事をしに日本へ渡ってきた人とその子孫か、朝鮮戦争を逃れてきた人とその子孫しかいないこと(李青若『在日韓国人三世の胸のうち』より)
    ・「アメリカ軍が1944年に調査したところ、慰安婦は金で雇われたただの売春婦だった!」という報告書が発見されたこと(第3者で当時の敵国から出た証拠)
    ・韓国人が起源を言うなら、トンスル(人糞酒)の起源が朝鮮半島であると言うべきであること(日本には無いので、トンスルの起源が朝鮮半島だと言われても日本人は反論しない。遠慮はいらない、韓国人はトンスルの起源を世界中に主張すべき)
    ・戦後、韓国と取引した日本企業は韓国から送られてきた試作品を見て契約したが、実際の取引が始まると粗悪品ばかり送られてきたこと
    ・スサノオノミコトが韓地に行ったという「日本書紀」の記述からも朝鮮半島南部が日本であったことがわかること
    ・朝鮮民族が強いものには巻かれ、弱いものには悪辣非道に振る舞ってきた民族であること
    ・「韓国は嘘の国、日本は本当の国」であること(韓国が韓国民に教えている「韓国は兄の国、日本は弟の国」はまったくのデタラメ)
    ・大韓帝国併合は併合であって植民地ではなかったが、それを植民地であったと歴史を偽造して、朝鮮人なら当然のごとくするであろう非道な行為を日本人がしたように嘘をついていること(朝鮮民族は下の者には悪辣非道だから朝鮮民族の発想で植民地を想像している。下の者だからといってそれだけで悪辣非道なことを日本人はしない)
    ・強制連行されたという、いわゆる「従軍慰安婦」が1人も見つかっていないこと(自発的にやっていた高給取りの「追軍売春婦」はいた)
    ・大日本帝国の軍隊には朝鮮人の将校までいたのであるから、いわゆる「従軍慰安婦」で強制連行された朝鮮人がいれば、真っ先に朝鮮人兵が解放していたはずであること(朝鮮人兵が何もしなかったのは、いわゆる「従軍慰安婦」が軍とは無関係だったから)
    ・大日本帝国の軍が「従軍慰安婦」を強制連行した証拠資料が1つも存在しないこと(にもかかわらず、韓国の与党議員らが慰安婦の記録物を世界記録遺産に登録しようなんて発言している)
    ・朝鮮半島の歴史はほとんど属国の歴史だが、だからと言って日本の歴史を悪く書き換えようとするのは筋違いであること(いくら日本に嫉妬しても、日本の歴史が素晴らしいことには変わりはない)
    ・日本人が明治時代にある種の郷愁を覚えるのは、明治時代がほとんど日本人の国であったからであろうこと(明治時代は1912年7月30日まで。韓国人が移住してきた大韓帝国併合は1910年8月29日)
    ・属国の歴史が独立国の歴史よりも多い地域は世界で朝鮮半島だけであること
    ・朝鮮半島の住民は、日本の歴史に当てはめると「大化の改新」以前の生活をしていたこと
    ・朝鮮民族とは日本民族に「恩をあだで返してきた」民族であること
    ・上記は歴史を直視しているので韓国に遠慮はいらないこと(韓国の外相が「日本は歴史を直視せよ」と発言している)
     

     2013/12/28

  48. 今年も大変有意義な情報を届けて頂き、深く感謝しています。 宮崎様、他関係者の皆様、どうぞ良い年をお迎え下さい。

     2013/12/28

  49. ●あの気品あるレディ(ケネディ大使)が、「失望」と発言せざるを得ない安部総理による靖国参拝。国務省が「追認」にとどめている日本への配慮を、なぜ気がつかないのだ?「大使の妄言」で片付けるほど、ヤキが回ったのか?もし、アメリカ合衆国大統領が「失望した」と正式に宣言すれば、メッセージを受け止めるのか?まぁ、無理だろう。

     結局、靖国を奉じ「対米百年戦争」を継続している勢力は、もう一度敗戦しなければ分からないのだろう(何度敗戦しても分からない?)。安部総理の辞任でなかったことにするのか、どうか?それで済むのか?分からない。が、護持された国体がある限り、結局同じ、堂々巡りの繰り返しになる。

     国連憲章から「旧敵国条項」が、正式には削除されていない意味を考えたほうが良い。東京裁判を否定し、ポツダム宣言受諾も無効と宣するなら、再び連合国と戦争状態に復することになる。ソ連参戦、米軍本土上陸作戦あたりからやり直すことになるのか?次の戦後改革(もし日本が存在していれば)では、国体を護持することなく完全に廃棄してほしい。日本が再びナチスと変わらぬ価値観(反ユダヤ主義・ナチス優生学・ナチス地政学等)と皇国史観・国家神道(八紘一宇・神州不滅・大東亜共栄圏建設等)で世界相手の侵略戦争や対米復讐戦争をし始めないように・・・。

     日本の復古鬼子は、中国の共産鬼子と変わらない。一刻も早く自分の住処(鬼籍)へと去ってほしい。

     2013/12/28

  50. 靖国神社参拝は日本人の宗教的感情と行為であり、これを批判するのは
      ウェストファリア条約に違反した野蛮国がなすこと、軽蔑するほかはない!靖国は神国日本民族の問題で他国が干渉することではない。我が歴史、天皇を中心とした壮大な歴史を持つ国は我が日本だけ。これからの世界は日本民族が担う気概を持つべきで戦後の日本を潰しに掛かったGHQ史観からの呪縛から本来の民族の自覚を取り除くべき。
    以上

     2013/12/28

  51. 暴走? 大使の?
    見苦しいぜ!半日でばれたウソ。在日大使館のリベラル?
    あれアメリカの国務省の発表だろ。
    寝言は墓の中でして。

     2013/12/28

  52. 在日は韓国民だから韓国民の権利を有している。
    当然、韓国に帰国して韓国で生活できる。
    その韓国民に日本人並の権利を与えているのが在日特権。
    韓国民の権利と日本国民の権利の二重取りが在日特権。

     2013/12/28

  53. 百田尚樹・渡部昇一『ゼロ戦と日本刀』を読み解く http://archive.mag2.com/0000258752/20131228070000000.html

     2013/12/28

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発行者プロフィール

宮崎 正弘

宮崎 正弘

http://www.nippon-nn.net/miyazaki/

国際情勢の裏情報を豊富なデータと人脈から解析してゆく。独特な方法と辛辣な批判精神によるニュースの裏側で織りなされている人間模様に興味を持つ。筆者の人生観と執筆を継続する動機の基軸は同じ。ホームページは http://miyazaki.xii.jp/

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