国際情勢

宮崎正弘の国際ニュース・早読み

 評論家の宮崎正弘が独自の情報網を駆使して世界のニュースの舞台裏を分析

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宮崎正弘の国際ニュース・早読み(習近平次期皇帝にまつわる噂)

2010/11/23


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 「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」 
      平成22年(2010)11月23日(火曜日)
         通巻3141号  
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 習近平のスキャンダル第二弾、香港誌がつたえる
  清廉潔白 {WHO IS FU}と呼ばれても息子は汚職にまみれたように
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 胡錦濤が登場したとき、世界のマスコミは「胡って誰?」と騒いだ。汚職とは無縁の清廉な政治家の登場にみえた。やがて権力のトップに輝くや周りが黙っていない。息子の精華大学系企業役員就任と汚職は、ナミビアから東欧諸国にも飛び火して、「なぁんだ、やっぱり」となった。

習近平が「次期皇帝」ときまるや、世界のマスコミはまた騒いだ。
「習って誰?」
浙江省書記の時代から姉の手広い不動産ビジネスが批判も的となってきた。香港誌『開放』11月号によれば、姉の名前は齋橋橋。89年に香港へ移民し、01年に設立された「北京中民信房地産」系列の深セン傍系企業「深セン遠為実業」をビジネス拠点にデベロッパー、倉庫業、不動産ビジネスに邁進中の由。

習夫妻の一粒種、習明沢(娘)はハーバード大学留学。この巨額の留学費用をいかに捻出したのかも話題になっている。
そもそも次期国家元首のこどもが外国に住むこと自体、いかがかと問いかけている。しかし馬英九(台湾総統)にしても二人の娘は米国在住。中国人のメンタリティにおいて、そのことは問題ではないらしい。

習近平のもう一つの醜聞は福建省省長時代の愛人問題だが、これは醜聞というより艶聞のたぐい。
香港に限らず海外華字紙では、ともかく習近平の「危機管理能力」を疑問視する論調が多い。
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(読者の声1)貴誌前号「我々が主人だ、と中国は欧米トップに堂々と主張し始めたーー  五百年の西側優位の歴史は終わるのか、とニアル・ファーガソン(著名歴史家)」<引用終わり>
感想です。
中共の最大の弱点は13億ともいう膨大な人口です。しかし固有の食糧自由は4億人が限界です。したがって貿易がとまれば即食糧不足、大内乱になります。これは支那の歴史が証明しています。
中共は西側にたかる巨大な寄生虫に例えることができます。宿主を食い殺すこともありますが寄生虫が世界を支配することはできません。
また小さな宿主にも今は非対称兵器である特効薬核兵器があります。これで中共の核に対抗することは十分可能です。
そこで米国は長年の核不拡散戦略をもう止めなければなりません。小国を無防備にさらし実質中共の寄生拡大を助けることになるのですから。西側は中共の貿易窓口が一つである以上、対中貿易の窓口をまとめる流れになるでしょう。それに対して中共は一本釣りで分裂を策すでしょう。
これはまさに二千年前の史記の世界の再現で合従策と連衡策のぶつかり合いです。人間のやることは進歩しないということでしょうか。
  (東海子)


(宮崎正弘のコメント)進歩ですか。ソクラテス、プラトン、孔子ときて、その後の哲学に技術的戦術的開明はあっても、進歩はありませんものね。
 日本の仏教哲学は、最澄、空海、道元といった巨星のあと、前世紀には西田幾太郎、鈴木大拙など「解説者」はでましたが、そのレベルなら木田元ひとりで十分であるかも。三島由紀夫『暁の寺』は阿羅椰識の考察は未消化のまま、という印象です。



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(読者の声2)元帝国陸軍軍人で戦後自衛隊に奉職した平城弘通氏の著書『日米秘密情報機関「影の軍隊」ムサシ機関の告白』を手に取りました。平城氏はその中で三島と楯の会隊員の市ヶ谷駐屯地での決起について記しています。
 山本舜勝氏に紹介されて三島と出会い手紙のやり取りもあった平城氏は昭和43年から東部方面総監部の市ヶ谷駐屯地に勤務していました。昭和45年11月25日平城氏は東京近郊に出張して市ヶ谷にいませんでした。
その日、三島と楯の会隊員4名が益田兼利総監を縛め、総監室(戦前の陸軍大臣室)を占拠し、入り込もうとする自衛官を斬りつけた行為を、平城氏は恩を仇で返すものだと厳しく批判します。
その一方、同駐屯地に配属されていた第三二連隊の柔剣士10人ほどに籠手などで装備させ木銃を持たせて直ぐ突入させていれば三島を死なすことはなかったと述懐しています。その用意に要する時間はたった10分だったのです。
そして事態の収拾に警察機動隊を導入した幕僚副長たち(当日幕僚長は不在)の判断を痛罵しています。之以後警察は自衛隊を軽蔑するようになったというのです。
 当時角材や鉄パイプを振り回し敷石を剥がして投げつける暴徒に対して警察は防護盾だけで対処していたのですが、殉死者が出てそれまでの防御だけから攻撃態勢を敷くことに転換し、その教えを自衛隊請うていた警察は彼らを尊敬していたのだそうです。しかしそれは自衛隊員への尊敬ではなく旧帝国軍人に対してだったのでしょう。
投降し連行されて外に出てきた楯の会隊員に自衛官たちは殴り掛かかり機動隊員が庇ったというのですから、バルコニー上の三島に加えられたヤジも勘案すれば当時の自衛隊員の士気とモラルは機動隊員のそれをはるかに下回っていたのです。
鳥居民風に推論累積的に記せば機動隊投入は次のような次第だったのでしょう。
機動隊を市ヶ谷駐屯地に投入する決断をしたのは防衛庁長官の中曽根康弘だっただろう。それを了解し機動隊を総監室へ突入させ三島以下楯の会隊員の捕縛を請け負ったのは警察庁警備課長の佐々淳行だろう。総監が拘束監禁され幕僚長も不在で周章狼狽した幕僚副長たちは中曽根長官の指示に抵抗せず自衛隊自らの力で異変を鎮圧することを放棄してしまったのだった。・・・。
平城氏は生存している関係者がいるためか筆を止め、この経緯を書いていませんが「三島事件は自衛隊史上最大の汚辱事件」だと述べています。
平城氏のその憤悶は益田陸将の憤悶でもあったでしょう。むしろ益田陸将の心中を察してそう述べているのでしょう。なぜ幕僚副長たちは機動隊導入の指示を跳ね返し自衛隊の軍力で総監室に立てこもった三島と楯の会隊員たちを鎮圧しようとしなかったのか。
自衛隊は「突発非常の事態に対して迅速的確に判断し処置する」ものと平城氏は述べています。自衛隊は有事において起動すべき組織なのです。そのファンクションを不甲斐なく易々と放棄してしまったのですから、益田陸将は幕僚副長たちが機動隊に鎮圧を任せたことに慙愧の念を禁じえなかったことでしょう。その内心は怒りで煮えたぎったことでしょう。
事件後、中曽根長官は総監に辞任を強いていたのです。
長官が強いなくても益田陸将は自ら身をただしく処していたことでしょう。終戦時益田参謀はサイパン戦を担当した同僚の自裁を見届けています。総監を辞めて間もなく亡くなったのはあの日自衛隊が自らを貶めたことを忘れられず憤死したのでしょう。
自衛隊はあの日三島と差し違えてしまったのです。自らの存在を正当化していない、継子扱いの憲法に抗して起とうとしない自衛隊を覚醒させようとした三島と。
三島の予想の外だったのは自衛隊が機動隊を基地内に導き入れたことです。軍隊が基地内の騒乱を収めるのに警察の力に頼るとは想像できなかった。
有事に対応すべき軍隊の、その基地内で起こった異変を平時の治安をつかさどる警察権力にお願いして鎮圧してもらったのです。そのブザマな失態を同盟国の米国はあきれて見ていたはずです。
  自衛隊がその力で三島たちをねじ伏せていたら、外にその気概を示せていたし、内の士気は高まったことでしょう。
三島は自らを楯にしてそれを狙っていたのです。しかし自衛隊は警察に鎮圧を委ねたことで軍隊となることを永久に放擲してしまいました。つまりあの日自衛隊は死んだのです。自ら命脈を絶ったのです。泉下の三島は、それは俺の目算外れだったなあ、と生前のように高らかに哄笑し、益田氏は深く嘆き悲しんでいることでしょう。
平城氏は、三島の振るう太刀で一番傷を負った寺尾氏が昨年郷友連の月刊誌『郷友』に書いた三島を擁護している一文を引いて、益田総監と三島が総監室で最後に交わした会話について推測しています。益田陸将は最後の話の中身は秘密にすると三島と約束しているから話せないと、退院して挨拶に行った寺尾氏に語ったというのです。
平城氏はそれを推測して、三島が自衛隊の決起を益田総監に求め、総監はそんなことをしたら力をつけてきた警察と相闘うことになるからダメだとこたえただろうと述べています。じつはこれは推測ではなく、益田陸将は寺尾氏にそう打ち明けていたのでしょう。平城氏はそのことを寺尾氏から聞いたのでしょう。
寺尾氏は「檄」の精神に感じていることをうかがわせ、!)三島由紀夫氏の霊安かれと心から念ずる!)とその一文を結んでいるそうです。

ドナルド・キーン氏は次のように語っています。
「1930年代の日本に起こったクーデターやクーデター未遂事件を見て、外国人にとってとても印象深いことが、少なくとも一つあります。それは、改革の原動力になった青年将校たちが、私腹をこやすとか、自分たちがえらくなるなどという邪念をまったく抜きにして、ああいう暴挙を起こしたことなのです。
実利ではありません。彼らは、なにか純粋な理想のために行動を起こしました。その理想は、あるいは完全にまちがった、狂ったものであったかもしれません。しかし、彼らに似た完全に無償の行為は、ドイツのナチやイタリアのファシストのあいだからは、絶対に起こりえないことでした。」(徳岡孝夫、ドナルド・キーン著『悼友紀行』)
三島と楯の会隊員の決起は1930年代のクーデター同様、いえ、それ以上に邪念のない、純粋な理想のための、完全に無償の行動でした。40年前の三島と楯の会隊員の決起はわれわれに何を伝えたかったのか。
今年は三島や三島の決起に関わる雑誌の特集、書籍が夥しいまでに氾濫しています。さまざまなセミナー、講演会も開催されています。そんな状況からするとそのこたえを日本人は懸命に探しているのでしょう。
  (西法太郎)




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(読者の声3)ネットでたまたま見つけた 『通州事件の惨劇 (Sさんの体験談)−日本人皆殺しの地獄絵−』です。
■通州事件…盧溝橋事件発生から3週間後の1937年7月29日、 北平(北京)東方の通州で中国保安隊による大規模な日本人虐殺事件が発生した
■『通州事件の惨劇 (Sさんの体験談)−日本人皆殺しの地獄絵−』URL一覧
其の一 http://d.hatena.ne.jp/minoru20000/20100730/p1
其の二 http://d.hatena.ne.jp/minoru20000/20100816/p1
其の三 http://d.hatena.ne.jp/minoru20000/20100901/p1
其の四 http://d.hatena.ne.jp/minoru20000/20100915/p1
其の五 http://d.hatena.ne.jp/minoru20000/20100929/p1

大阪でいわゆる醜業婦(娼婦)をしていた、日本女性の体験談です。昭和7年、支那人に結婚を申し込まれ大陸へ。昭和9年、天津から通州へ。
「この通州には日本人も沢山住んでいるし、支那人も日本人に対して大変親切だったのです。しかしこの支那人の人達の本当の心はなかなかわかりません。今日はとてもいいことを言っていても明日になるとコロリと変わって悪口を一杯言うのです。」
昭和11年春から街の雰囲気がおかしくなる。朝鮮人がしきりに日本人の悪口を言いふらしている。昭和12年5月、日本に対する反感は極点に達している。7月、銃剣と青竜刀を持った学生は、「日本人皆殺し」「日本時は人間じゃない」「人間でない日本人は殺してしまえ」というような言葉を大声で喚きながら行進。
上海で日本人が沢山殺されたという噂。済南でも日本人が沢山殺されたという噂。「蒋介石が二百万の大軍をもって日本軍を打ち破り、日本人を皆殺しにして朝鮮を取り、日本の国も占領するというようなことが真実のように伝わって来た。この頃、通州にいつもいた日本軍の軍人達は殆どいなくなっていた。どこかへ戦争に行っていたのでしょう。」
これほど緊張した時局なのに、駐留日本軍・日本人居留民とも日本に対する反感に無頓着。こんな状況下で起きた通州事件の惨劇が語られます。全文紹介したいですが、かなり長いので一部抜粋します。

■『通州事件の惨劇 (Sさんの体験談)−日本人皆殺しの地獄絵−』■ 

▲それはこの男の人の頭の皮を学生が青竜刀で剥いでしまったのです。 頭の皮を剥いでしまったら、今度は目玉を抉り取るのです。 このときまではまだ日本の男の人は生きていたようですが、この目玉を抉り取られるとき 微かに手と足が動いたように見えました。 

▲目玉を抉り取ると今度は男の人の服を全部剥ぎ取りお腹が上になるように倒しました。 そして又学生が青竜刀でこの日本の男の人のお腹を切り裂いたのです。 
縦と横とにお腹を切り裂くと、そのお腹の中から腸を引き出したのです。ずるずると腸が出てまいりますと、その腸をどんどん引っ張るのです。 
人間の腸があんなに長いものとは知りませんでした。十メートル近くあったかと思いますが、学生が何か喚いておりましたが、もう私の耳には入りません。 

▲そうしているうちに何かワーッという声が聞こえました。ハッと目をあげてみると、 青竜刀を持った学生がその日本の男の人の腸を切ったのです。そしてそれだけではありません。 
別の学生に引っ張らせた腸をいくつにもいくつにも切るのです。一尺づつぐらい切り刻んだ学生は細切れの腸を、さっきからじっと見ていた妊婦のところに投げたのです。 

▲このお腹に赤ちゃんがいるであろう妊婦は、その自分の主人の腸の一切れが頬にあたると「ヒーッ」と言って気を失ったのです。その姿を見て兵隊や学生達は手を叩いて喜んでいます。 残った腸の細切れを見物していた支那人の方へ二つか三つ投げて来ました。 そしてこれはおいしいぞ、日本人の腸だ、焼いて食べろと申しているのです。 

もっとひどい描写が続きますが、リンク先を読んでいただくと、大躍進や文革での残虐行為もシナ人の伝統であることがよくわかります。これほどの乱暴狼藉をはたらいた保安隊・学生たちも日本軍が戻ってくるや蜘蛛の子散らすように逃げてしまう。結局、この女性はシナ人の性質についていけず、昭和15年に日本に戻ってきます。
この手記を読むと、戦前の新聞に、「暴支膺懲」という言葉が出てくるのも無理もないと思われます。

10月の反日デモでは店を壊され、なんの補償もなく日本へ逃げ帰ってきた人もいるようですが、生命があるだけマシかも知れません。中国人経営の店でも被害はだいぶひどかったようで、中日新聞に次のような記事がありました。

(引用開始)
『中国四川省成都市の大規模反日デモから一夜明けた17日、営業を再開したイトーヨーカ堂春熙(しゅんき)店周辺には、 特殊警察官や武装警察官1000人以上が配備され、週末の歩行者天国は異様な雰囲気に包まれた。 襲撃を受けた小さな飲食店にもデモのつめ跡が残された。 
「同じ中国人じゃないの! お願いだからやめて!」。妊娠4カ月の楊芳さん(29)は16日、 副社長を務める日本料理店「北海道」の前で、デモ隊に向かって両手を広げ、泣きながら懇願した。 しかし「日本料理店なんか壊してしまえ!」と叫びながら、 なだれのように押し寄せてきたデモ隊の波から逃げるのがやっと。なすすべがなかった。
一夜明けた17日、こん棒や投石で割られたガラス戸は鋭くむきだしのまま。 冷蔵庫なども動かない。一升瓶は50本以上割られ、店内には日本酒のにおいが漂った。 
12年前、縫製の技術研修生として愛知県一宮市に3年間暮らした際に日本語を覚えた。 帰国後「故郷の人たちに日本の食文化を紹介できれば」と兄が立ち上げた日本料理店を手伝うことに。
「中国人はみな、愛国心は持っている。でも、あそこまで暴徒化するなんて…」と、同胞の暴走が信じられない。 
前日にデモ隊が集結したイトーヨーカ堂周辺の広場は封鎖され、警察官らが隊列を組んで目を光らせる。 記者がカメラを向けると「大衆を刺激するから撮るな」と警察官に阻止された。 
近くにある日本料理店「八千代」では、ガラスや冷蔵庫などが破壊され、破片が足の踏み場もないほどに散乱。 同店の中国人関係者は「おれたちが何の悪いことをしたっていうんだ」とぼうぜんと話した』(引用止め)。

日中友好など、ありえないことがよくわかる記事でした。
  (PB生)


(宮崎正弘のコメント)通州事件の現場へは二回行っております。あのあたりを回るのは一日がかりとなりますが、惨殺現場のひとつ、例の旅館はホテル(通州貧館)となっていて(8年前)、それが三年前に行ったらつぶれていました。祟りですよ。
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  北風抄 コラム 宮崎正弘のコラム
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中国知識人の分裂状態は深刻
宮崎正弘

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 九月七日の事件発生以来、尖閣問題は日本ばかりか世界の関心を集める。
 とくに欧米ならびにアジアのマスコミは、傲慢中国を非難する傍ら、日本の弱腰な対応ぶりに批判的論調が目立った。
 船長釈放の交渉を有利にするため反日デモをやらせたり、フジタの社員を拘束したり、レアアース輸出を中断したりした。慌てて日本政府は船長を釈放し、ヴィデオの公開をためらい(あまりのことに画像がネットに流出したが)、ひたすら中国に平身低頭、この位負け外交は多くの国民を失望させた。いまや日本人の中国嫌いは世論調査をみても異様に高い。

 さて尖閣騒ぎの最中、ノーベル平和賞が08年憲章を立案した中国の知識人を代表する劉暁波に与えられるという椿事が発生し、人権批判の嵐に中国は世界に孤立した。
 しかも中国の国内世論が賛否両論、真っ二つに別れたことに注目すべきであろう。
 北京で知識人らが祝賀集会を行おうとすれば公安が妨害、劉夫人との接触も出来なくなりスウェーデンの受賞式典には代理人出席がなされるもようだ。
 だが中国の知識人のなかに劉暁波の平和賞を冷ややかにみているグループがある。
 「中国の知識人」と一括したが、ノーベル平和賞騒ぎで図らずも露呈したのは趙紫陽失脚以後の政治改革失敗のあと、経済繁栄にうつつを抜かしているかにみえた中国の知識人が三つに別れ、それぞれのグループが民主化のチャンスを待っていることだ。

 第一グループは体制内革新。つまり共産党が徐々に体質改善してゆき、政治が改革され、多数政党制に移行しうるという趙紫陽残党の流れである。ゴルバチョフ型改革を志向しており、政治改革を主唱する。この勢力に対して守旧派が陣取る人民日報などは凄まじい批判を展開している。江沢民ら上海派とも先鋭的に対立している。

 第二グループは「自由・民主・人権・法治」の中国民主化を実現しようとする思想的運動(海外に亡命した『中国之春』など)の流れで、その象徴的指導者=王丙章博士は無期懲役を受けて広東省で服役している。このグループは趙紫陽残党の体制内革新に興味がなく、共産党独裁体制の打倒。したがって劉暁波の受賞を冷ややかに見ている。

 第三グループは「新左翼」と呼ばれる毛沢東礼賛組だ。ややアナクロだが、権貴社会(権力者が富を独占し貴族化。貧富の差が拡大し矛盾が蔓延している)を批判するため農民、国有企業を馘首された人々、軍・警察OBなどの不満派を吸収し、この流れにのって次期指導者争いに乗り遅れた薄き来が一種のクーデターもどきに次期執行部中枢入りを狙う。
 つまりマルクス主義の理想、毛沢東の原理に回帰して腐敗堕落した現体制を旧態へ転覆させようとするラジカリズムが基本だ。
 突き詰めれば反政府姿勢にも見えるが社会の不満の吹きだまりである。警察と軍のOB、就労に溢れた農民工、職のない学生らがそれを爆発させようと機会を狙うアドホックで未組織な勢力である。しかし義和団的であり、ときに攘夷的、或いは暴力的な反日に熱狂し、むしろ権力闘争に利用されやすい。かくて中国知識人の混乱もつづく。

 (この文章は「北風抄」(『北国新聞』、11月16日からの再録です)
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註 王丙章の「丙」は火偏
  薄き来の「き」は朴正キ元韓国大統領の「き」
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  ■ 憂国忌のお知らせ >>>>>>>>>>><<<<<<<<<<<
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いよいよ、あと二日です!

第四十回 三島由紀夫氏追悼会
 『憂国忌』
 ――三島由紀夫を通して日本を考えようーー
   たとえ大雨でも雪がふっても命日に憂国忌は行われます!
        記
 と き   11月25日 午後五時(四時開場)
 ところ   九段会館大ホール
 http://www.kudankaikan.or.jp/access/index.html
 会場分担金 1000円
   記
 プログラム
第一部鎮魂祭(齋主 乃木神社宮司。祭主 松本徹)1700−1755
第二部シンポジウム 『没後四十年 日本はここまで堕落したか』 
<1810−2010を予定>
井尻千男、遠藤浩一、桶谷秀昭、西尾幹二(司会 宮崎正弘)
  当日会場ではロビィに関連グッズの展示。また関連図書の頒布があります。

 どなたでも予約なしで参加できます。あの驚天動地の三島事件から四十年、追悼儀式のあと、明日の日本を御一緒に考えましょう!
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<< 今月の拙論と予定 >>
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(1)「中国知識人の分裂は深刻」(『北国新聞』、11月16日付けコラム)
(2)「三島由紀夫と戦後二十五年の歴史」(『歴史スペシャル』12月号、発売)
(3)「池袋チャイナタウン突撃記」(『新潮45』、12月号、発売中)
(4)「スパイ防止法、技術方面から再考」(『月刊日本』12月号、発売)
(5)「次期主席・習近平と日中関係」(『ボイス』12月号、発売中)
(6)「中国の権力闘争は舞台裏で熾烈」(『サピオ』、発売中)
(7)「中国の反日デモは最初から最後までやらせ」(『撃論ムック』、発売中)
(8)「中国知識人とノーベル賞」(『正論』正月号、12月1日発売予定)
(9)「上海―南京新幹線は夢の73分で繋がった」(『エルネオス』12月号、月末発売)
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(休刊予告)11月27日―12月2日を休刊します。台湾の五大市長選挙取材のため。
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<宮崎正弘の最新刊>
 『上海バブルは崩壊する』(清流出版、1680円)
 http://www.amazon.co.jp/dp/486029341X/
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<宮崎正弘のロングセラーズ>
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『猛毒国家に囲まれた日本』(佐藤優氏との対談。海竜社、1575円)
http://www.amazon.co.jp/dp/475931122X/
『日米安保、五十年』(西部邁氏との対談。海竜社、1680円)
http://www.amazon.co.jp/dp/4759311092/
『中国ひとり勝ちと日本ひとり負けはなぜ起きたか』(徳間書店、1680円)
『増長し無限に乱れる「欲望大国」中国のいま』(石平氏との対談。ワック、945円)
『朝日新聞がなくなる日』(ワック、945円)
『トンデモ中国、真実は路地裏にあり』(阪急コミュニケーションズ、1680円)
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 ◎宮崎正弘のホームページ http://miyazaki.xii.jp/
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(C)有)宮崎正弘事務所 2001−2010 ◎転送自由。ただし転載は出典明示。
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  • Yokohama472010/11/23

    仙石官房長官の「自衛隊は暴力装置」発言での謝罪訂正文句「法的表現としては不適切」は全く的を得ていると思う。それに対し丸川議員の「自衛隊がかわいそう」などという情治主義的追求には現在自民党いわんや保守陣営が抱えている基本的危うさが感じらる。

    自衛隊が軍隊かどうかと云う議論はおいといて、政治学的には軍隊や警察組織は「暴力装置」と定義される。それは政治学的にはということで法的にはそのような表現はしない。重要なのはその暴力措置を政治権力が民主的に統制下におくことを前提にしているかどうかということだと思う。先帝陛下は2.26事件の時、そのことにふれられた。

    問題なのは仙石長官等日本の社会主義者が「暴力装置」を否定、非合法としてきたことで、他国の侵略や国内の犯罪行為抑止のため「暴力装置」が必要であるという「前提」に立脚していないことであり、その文脈で日本国民が一貫して社会党、共産党への一定の投票数を与えたことではないだろうか。

    世耕議員や丸川議員は「暴力装置」発言でただすべきは軍事権力や治安維持権力組織である、軍隊や警察に使用される用語を答弁した仙石官房長官に、自衛隊を一般的に軍隊と考えるかどうかを問いただし、九条の第二項との関連につい議論を発展させるべきだった。

    もしかすると戦後民主主義における最大の論点であった憲法九条第二項についての保守革新での合意事項が国会答弁で確認さたかもしれなかったとおもうと残念だった。

  • 名無しさん2010/11/23

    中国と付き合い過去に良い事が有ったか?何一つ有った試しが有りません、全部身ぐるみ剥がされているのです。

    何でこんな国に迎合するのか?放置しておいても向こうから来ざるを得ない。