国際情勢

宮崎正弘の国際ニュース・早読み

 評論家の宮崎正弘が独自の情報網を駆使して世界のニュースの舞台裏を分析

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宮崎正弘の国際ニュース・早読み(キルギス、内戦の様相)

2010/06/14


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 「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」 
      平成22年(2010)6月14日(月曜日)弐
         通巻2993号 
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(キルギス続報)
 ロシア、キルギス南部へ300のバラシュート部隊を特派
   ビシュケク政権は軍の予備役招集を開始(18歳から50歳まで)
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 内戦の様相である。
 キルギス南部の民族対立は殺戮、阿鼻叫喚の巷と化した。
 ウズベキスタンへのがれたウズベク系住民は「7万5千人」(ノーボス地通信)「8万人」(アルジャジーラ)に達したが、「殆どが老人と女子供」(ウォールストリートジャーナル、14日)。

 ビシュケクの暫定政権は軍の予備役招集を開始した(18歳から50歳まで)。
 オトゥンバエワ臨時大統領はロシアに軍事援助をひきつづき要請している。27日に予定された住民投票の可能性はきわめて低くなった。

 最悪の状況に陥ったのはバキーエフ前大統領の強い地盤であるジャララバード。町ではウズベク系とみられるだけで殺害されると言い、「完全にバキーエフ派が反政府キャンペーンの一環として仕掛けたものだ」(同市在住の外国人がアルジャジーラとのインタビューで、同紙、6月14日付け)。

 南部最大都市のオシェでは化学工場も放火され、暴徒は警察署を襲撃、商店はほぼ焼き尽くされた。

 ビシュケク政権は五機の軍用機を現地に派遣した。
また食料医薬品を積み込んだ貨物機には、反対にキルギス系住民がビシュケクへ逃れるため、帰路に難民を収容したという情報もある。

 ベラルーシに亡命中のバキーエフ前大統領は「わたしは、一切関与していない」とする声明をだした。

 ビシュケクにNATO兵站部隊、ロシアも駐屯軍をおいている関係上、欧米マスコミは連日、キルギス情勢を大きく扱っている。
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●◎ブックレビュー◎●BOOK REVIEW◎●書評◎●ブックレビュー◎●
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 ふたりの思想家、文学者を通して俯瞰する戦後史
  日本の政治、社会を俯瞰しつつ思想遍歴をダイナミックに描いた力作

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遠藤浩一『福田恒存と三島由紀夫』(麗澤大学出版会)
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 ▲戦後の「のっぺりした時代」をふたりは対照的に生きた 

 本書は日本の戦後精神史、戦後政治論になっているポイントに大きな独自性がある。
 「福田恒存や三島由紀夫が生きたのは東西冷戦といふ時代」であり、ふたりは「その時代を生き、その中で考え、表現し続けた」と遠藤氏は規定しつつ、「戦後ののっぺりした時代は福田にとっても三島にとっても苛立たしく不快なものだった」。
福田は「複眼への意思」を強くして「戦後を生きようとした」のに対して、三島は「のっぺり」の時代を「内部の陰影を自らの美意識に向かってデフォルメしていった」と評される。

 「戦後の日本が経済成長だけを目的として国家運営をしてこられたのは」、「冷戦という外的要因のおかげであり、殆ど僥倖のやうなものだった。その後のグルーバリズムそのものに反対したところで日本が生きていけないのは言うまでもないが、グローバリズムの暴走を食い止めるには、そこに自らの意思を注入することである。他者に対して自己の意思をつきつけるというのは『商』ではなく、『政』である」。
 こうして本書では日本の戦後政治を基軸に歴史を俯瞰しつつ、ふたりの巨人の思想遍歴と精神の軌跡を克明に追った。
 『正論』での連載は三年半に及び、単行本は上下弐巻、じつに千二百枚余の浩瀚、書くのはもちろん大変だが、読むのも難事業である。

 福田恒存と三島由紀夫はよきライバルであり親友であり、しかし演劇活動では仲違いもし、論争は喧嘩腰の侃々諤々、いまから思えば古き良き時代だった。二人が対談した雑誌はよく読んだ。
 三島は福田を「暗渠で西洋と繋がっている」と揶揄した。福田は三島の暗渠は日本と繋がっているなど丁々発止、虚々実々のやりとりの妙も興味津々だが、とりわけ「文学座」分裂の前後、新しい演劇集団の交錯、俳優らの取り合いなど外から見ていた分かりにくかったあの時代の状況を、絡み合った糸を丁寧に解しながら真相に迫る。
 本書の特徴のひとつは著者が演劇人でもあり、微細にわたる演劇界の戦後史も書き込んでいるところにある。演劇世界をしらない読者には初めての事実の開陳に驚きを禁じ得ないだろう。
 もっとも評者(宮崎)も演劇界の出来事はよく知らず断片的な情報しか当時もいまも知らないが、福田氏が平河町、北野アームスのオフィスに陣取り、さかんに演劇プロジュースをしていた頃、ときおり会ったことがあるので、演劇世界における駆け引きが政治と似ていると思ったことがある。


 ▲60年安保でのふたりの立場は対照的だった

 話を本題に戻す。
 戦後の空白期、三島は寓話的表現を通じて主権不在の日本の状況を書いた(たとえば『鍵のかかる部屋』)。
ところが福田はむしろ戦闘的に左翼文化人の虚妄と戦っていた。
 60年安保のとき、三島は反対運動のそとにいて「岸は小さな小さなニヒリスト」を評論し、安保騒動には冷ややかだった。しかし三島は「自分もニヒリストであると自己規定し、しかし『私は小説家であって政治家ではない』と(弁明的に)述べている」

 日本がまだGHQによって占領されていた昭和二十六年に三島が書いた『禁色』には檜俊輔という作家が登場し「愚行を思想から峻別した」などとして「思想についての思想」は、「俊輔の観念のやうでもあるし、作家独自のもののやうでもある。要するに思想と行動を完全に切り離し、思想は付け焼き刃のようにあとで生まれたものであって、とどのつまり、思想なんて信ずるにたりないもの」というスタンスが示される。
 だから当時の三島は「祖国の主権回復に対してはきはめて冷淡だった。そこに欺瞞を発見したからである。三島にとっては、主権回復も安保も、『思想』から分別された『愚行』でしかなかった。欺瞞に満ちた形で独立を回復した日本国の日々は、あたかも檜俊輔の生活がさうであったように、蹉跌の連続、誤算と失敗の連鎖としか、三島には映らなかった」という遠藤は、それらを三島は正面にすえたテーマとはせず、「韜晦につぐ韜晦を重ねた」のだとする。
 したがって60年安保騒動の時点で三島の立ち位置は曖昧だった。深沢七郎の『風流夢譚』事件前後には、サヨクと誤解され自宅に警備陣が張り込んだこともあった。
 三島が思想を鮮明にだすのは東京五輪前後からだ。そして『憂国』『喜びの琴』『文化防衛論』へと突っ走る。

 さるにも晩年の二人はなぜ対立したのか。
 評者は学生時代に保守学生運動をしていたので三島由紀夫と福田恒在に、それぞれ三回、講演に来てもらったことがある(拙著『三島由紀夫”以後”』(並木書房参照)。
 個人的つきあいは深くないが、楯の会結成前夜の三島の思想遍歴を時系列にたどると、福田恒存との対談の内容においてさえ微細な変化がある。
とくに改憲をめぐって三島が法理論的に分析すると福田は「法学部さがり」とからかう。そうした行間に大きな懸隔と変貌を嗅ぎ分けられるように三島は徐々に神秘的な攘夷思想ともとれる考え方に走る。

対比的にこんどは福田が冷静だった。
 福田恒存と三島由紀夫が「戦った相手は進歩主義であり、破壊主義であり、機械主義であり、便宜主義であり、あるいはニヒリズムであった。軽蔑したのは偽善であり知的怠惰であり、安易な現実肯定主義であった」が、ふたりの「構えかたは『反戦後』などといふ陳腐なものではなく、戦後という時代を、両手を広げて引きつけつつも、これを疑い、時代を歪めているものを暴き、矛盾を衝き、ゆがみや矛盾に恭順する安易な処世術を嫌悪し、知的怠惰を叱り、日本人の本気の所在を問い、常識の復権を求め、美意識の研錬を実践した」。


 ▲「三島の自決はわからない、わからない」と表した福田の真意

  三島の自決を聞いた福田は「わからない。」わからない。私には永遠にわからない」と発言したと当時の東京新聞が報じ、週刊誌が「名言(迷言)として伝えた。
 評者は、その後、福田の真意を確かめたくていたところ、おりからの福田恒在全集の三島論が納められているのを発見した。

 (直後にわからない、わからないと新聞に答えた氏は)「もし三島の死とその周囲の実情を詳しく知っていたなら、かはいそうだとおもったであろう、自衛隊員を前にして自分の所信を披瀝しても、つひに誰一人立とうとする者もいなかった。もちろん、それも彼の予想のうちに入っていた、というより、彼の予定通りといふべきであろう。あとは死ぬことだけだ、そうなったときの三島の心中を思うと、いまでも目に涙を禁じ得ない。が、そうかといって、彼の死を「憂国」と結びつける考えかたは、私は採らない。なるほど私は「憂国忌」の、たしか「顧問」とかいう有名無実の「役員」の中に名を連ねてはいるが、毎年「憂国忌」の来るたびにそれをみて困ったことだと思っている(中略)。二十年近くも(憂国忌を)続けて行われるとなると必ずしも慰霊の意味だけとは言えなくなる」(中略)「憂国忌の名はふさわしくない。おそらく主催者側も同じように悩み、その継続を重荷に感じているのではなかろうか」
と言う。


▲事件から十八年後に福田は三島自決の覚え書きを残した

 福田氏の推論が正しいか、どうか。おそらく間違いであろう。三島は「自分の行為は五十年後、百年後でなければ分からない」と、その営為をむしろ後世の再評価に賭けた。
 ともかく、この短い文章だけが、三島事件から十八年後、昭和六十三年に初めてかかれた「三島事件」への福田氏の感想である。
 「福田恒存在全集」第六感の「覚え書き」として、つまり全集の購読者用に書き下ろされた覚え書きにさりげなく挿入されたので、評者(宮崎)もしばし気がつかなかった。

 遠藤浩一氏も、やはりこの箇所を捉え直し、次のように総括している。
 「わからなかったがゆえに、冷静な福田の口から、感情的な言葉が迸ったのではなかっただろうか(中略)、三島という対象を突き放しているわけではない。三十数年来の知己を、わかりたい、嫌いたくないと思えばこそ、こうした言葉が思わず飛び出したのである。そこに福田恒在の三島由紀夫に対する哀惜が滲み出ている」

 「三島由紀夫はリアリズムを、フィクションをフィクションとして受け入れるための消極的約束事をして、徹底して扱った。そこに比類のない存在感を発揮する作家だった。そのことを逸速く見抜いたのが福田恒在だった。三島の文壇へのデビュー作『仮面の告白」の解説で福田は、『三島由紀夫は無から有を生む手品師』『比喩的なレトリックが軽快な一回転とともに、虚を真実にすり替える』と評価した」

 本書はありきたりの作品論や文学論を超えて、ふたりを思想家として捉えているのでダイナミックな戦後日本論になっている。
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  読者の声 どくしゃのこえ DOKUSHANOKOE
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(読者の声1)NHKの歴史歪曲の手法が巧妙になっています。Japanデビューで台湾の問題の扱いが、あまりに露骨かつ幼稚で、大集団訴訟を招いたことに懲りたのでしょう。
去る5月16日に放映した日韓関係を扱ったNHKスペシャル、色々問題がありますが、「創氏改名」について、六回の質問をNHKに投げかけ四回の回答を貰いました。
そこで分ったことは、事実関係を知って質問してくる人には、「日本風氏名を名乗ることを日本が強制した」という嘘はつかない。
しかし番組を見た一般視聴者には、日本が強制したという印象をもたせるというのが、NHKの戦術のようです。
このやりとりでNHKは、下記のように回答してきました。今後NHKの歴史歪曲を攻めるには、このようなNHKの戦術を頭に入れてやる必要があります。
1.番組の中で、日本風の氏名を名乗るように強制したとは言っておりません。「名乗らせる」という表現が一番適切だと判断しました。(理由、根拠は示さない)
2.強制した法律や命令はなかったことは認める。
3.朝鮮名を通した有力者、有名人が沢山いたことも知っている。
4.創氏と改名は異なることも知っている。
5.「名乗らせる」が、強制を意味するのか、したいようにさせたことを意味するするかは、何回聞いてもまともに回答しない。
上記の5が、NHKの意図を一番良く表わしています。
(噛みつき亀) 


(宮崎正弘のコメント)先日の保守総決起集会(9日、砂防会館)の報道をテレビでは唯一NHKが行ったようです。これも変化の兆しですかね。
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<< 今月の拙論と予定 >>
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(1)「精神の無政府状態に陥った日本」(『北国新聞』6月8日付けコラム)
(2)「中国農業銀行が増資する不思議」(『共同ウィークリー』、6月14日号)
(3)「中国新興財閥の運命」(『月刊日本』7月号、6月22日発売)
(4)「書評 井尻千男『明智光秀』を論ず」(『新日本学』夏号)
(5)「書証 遠藤浩一『三島由紀夫と福田恒在』」(『改革者』、7月号。7月初旬)
(6)「旧満州紀行(下)東北の貧困地帯のいま」(『エルネオス』7月号、30日発売)
(7)「『東アジア共同体』のいま」(『伝統と革新』、第弐号、7月中旬発売予定)
(8)「鳩山政権下で中国は何をしたか」(『撃論ムック』、発売中)
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  • 名無しさん2010/06/14

    (宮崎正弘のコメント)先日の保守総決起集会(9日、砂防会館)の報道をテレビでは唯一NHKが行ったようです。これも変化の兆しですかね。



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    右も、左も、マスゴミも、学会も、経済界も、国家もすべて奴らに操られているらしい。成るように成るけど、油断はしない。