国際情勢

宮崎正弘の国際ニュース・早読み

 評論家の宮崎正弘が独自の情報網を駆使して世界のニュースの舞台裏を分析

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宮崎正弘の国際ニュース・早読み

2010/01/22


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   「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」 
      平成22年(2010年)1月22日(金曜日)
         通巻2850号  
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 ロシア経済の「影の部分」(アングラ経済)はGDPの20%
  国家統計局が公式に認めたロシアの闇
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 「ドイツでは売春も公的でありGDP統計に加えられる」とアレックス・スリノフ(ロシア国家統計局幹部)が発言している。ロシアの新聞「ロシスカヤ・ガゼッタ」のインタビューに応じたもので、「08年第四四半期以来、ロシア経済は影の部分に、その『活性化』を依存するようになった」という。

 従来、アングラ経済とは麻薬、売春、武器、偽札などありとあらゆる経済犯罪がなすビジネスを意味するが、ロシアが独創的なポイントは、この『闇経済』のなかに家庭菜園、無届け農地、さらに登記をしていない企業活動などが加わる。
「私営農園」など家族や友人で苺を栽培して、それを日曜バザールなどで売っても、公式のGDP統計には入らない。

 「もうひとつ根源的な問題はロシアにおいて統計局は人員不足、ノウハウ不足で、西側レベルの経済統計は取れないからだ」(英語版プラウダ、1月21日付け)。

 もうひとつ、肝心なことが忘れられているが、偽札である。
 ルーブルの偽札がどれだけ流通しているのか、まったく統計がない。もっともロシアの庶民は米ドルで箪笥預金をするから、統計がでにくい部分もあるだろうけれど。
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樋泉克夫のコラム  樋泉克夫のコラム  樋泉克夫のコラム  樋泉克夫のコラム
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 樋泉克夫のコラム
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――まあ魯迅も、いツラの皮でしたネエ
      『魯迅批判孔孟之道的言論摘録』(中央党校編写組編 人民出版社 1974年)


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中国の近現代文学に大きな足跡を残した魯迅は、毛沢東によって「中国文化革命の主将であり、彼は偉大な文学者であっただけではなく、偉大な思想家であり偉大な革命家であった」(1940年発表の『新民主主義論』)と最大限に評価された。

かくて、文化大革命期には“神格化”されてしまったほど。さすがにヨイショのしすぎと反省したのか、80年代以降は反封建イデオロギーの枠を外し、一人の文学者として見直すべしとの動きがみられる。

この本が出版されたのは、文革後半に起こった批林批孔運動時。編集した中央党学校の正式名称は中国共産党中央党学校で、高級・中級幹部を教育し、理論家を養成するための最高レベルの政治研修機関――とくれば、当時の政治情況において、この本の狙いも、また魯迅が担わされた政治的役割も判然としてくるだろう。

魯迅は仁義孝悌に象徴される旧い封建礼教・徳目を批判し、儒教倫理に基づく社会秩序を容赦なく罵倒し、それらを墨守しているからこそ中国は退歩し帝国主義列強から犯され衰亡への道を歩んでいるのだと、執拗なまでに主張していた。その象徴が1918年に発表された口語小説の「狂人日記」だ。

その立ち居振る舞いがもとで世間から「狂人」と看做され除け者にされた人物に仮託して魯迅は、「私は歴史の頁を繰ってみたが、この史書には年代がなく、歪んだ各頁の全てに『仁義道徳』の何文字かが書かれていた。
横になっても眠れず、夜半までじっくり見入ると、文字と文字の間からやっと字が見えてきた。本全体にびっしりと書かれた2文字は、『吃人(人喰い)』だ」と綴る。古来、儒教倫理に基づく封建道徳こそが中国の社会を縛り人を殺し続けてきた、というわけだ。ここに示された「吃人」の2文字からは抽象的な意味だけではなく、中国古来常態化していた実際の「人喰い」という行為が透けて見える。

この本は、魯迅が残した数多くの小説や批評などから「大成至聖人文宣王」と尊称されてきた孔子と、孔子に次ぐ聖人だと尊ばれることから「亜聖」と呼ばれる孟子を批判する文章を拾い集めたものだが、「孔子は『権勢を誇る者たちにとっての聖人』でしかない」「孔子や孟子の説く『王道』や『仁政』などというものは、とどのつまり人を騙すものなのだ」

「孔子が熱く語ったといわれる『仁義道徳』は人を嬲り殺しにする刀にすぎない」「孔孟が説く『中庸の道』は奴隷根性そのもの。卑屈の極みだ」「反動派は人に取り入り出世するために、孔孟の道を持ち出すものだ」といった内容の文章が紹介されている。

このように、中華文化の至宝である「至聖」や「亜聖」を完膚なきまでに叩きのめしているわけだから、毛沢東が魯迅を「中国文化革命の主将」と讃えたとしても、強ち不思議ではない。

だが奇しくも盧溝橋事件から20年が過ぎた1957年7月7日、上海で文芸界の幹部クラスとの会合の際、「魯迅先生がご存命なら、今頃は」との質問に対し毛沢東は、「魯迅かい。そうさなあ、牢屋の中でものを書いているか、気をきかして黙り込んでいるか。2つに1つだろうな」と、さり気なく、しかも傲然と応えたという。

この逸話が事実なら、毛沢東にとっては実際に発言する魯迅は極めて不都合な存在ということになる。ならば魯迅が1949年の建国後の《毛沢東の中国》を生きたとしたら、言論活動を封殺されるか「牢屋の中」だったはず。幸いにも、魯迅の死は1936年だった。
《QED》
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読者の声 ●どくしゃのこえ   ☆DOKUSHANOKOE 読者の声●
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(読者の声1)党大法学部は、日本のガンです。
今朝(21日)のニュース――
「北海道砂川市を巡る住民訴訟。神社の敷地として市有地が無償提供されていたことに、最高裁大法廷は20日、政教分離訴訟として2件目となる違憲判断を示した。公有地上に宗教施設があるケースは、「全国的に数千件にとどまらない」(砂川市の上告理由書)との指摘もあり、判決が与える影響は大きそうだ。」(読売新聞)。

 党大法学部「最高学府」、司法、教育、報道その他、日本を動かす知的セクターの「奥の院」。その憲法学の某有名教授を「学匪」とののしった口の悪い人もいましたが、それはおくとして、戦後すぐ、進駐軍をしりめに敢然と、紀元節の式典を本郷で挙行した南原総長、世に令名高く小拙など少年の印象にすら、俗悪な政治家に立ち向かう正義と見識の人だった、南原繁さん。かれが1949年にこんな演説をアメリカでしているのを知って愕然としたのです。
どんなにカントやヘーゲルに通暁していても、コミンテルンの32年テーゼ流の歴史観を戴き、また、偏頗転倒せる中国問題認識にとらわれていたのでは、かくなるトンデモ史観におちいること、60年後の現在に同じか、と、猫匹は言いたい。
 
「日本とアメリカ」――1949年12月9日、ワシントンにおける国務省協力・米国教育協議会主催「第一回占領地域に関する全国会議」において行われた演説から。
(引用はじめ)「淑女ならびに紳士諸君
 私は厳粛に、かつ謙虚に、語らんとするものである。まづ第一に、日本は今次の戦争を挑発し、そしてその戦争に敗北したのであるが、その主なる原因は、日本の政治力の劣弱や物的資源の貧困にあるのではない。私はこのことを率直に認めたい。日本が戦い、そして敗れ去った今次の戦争は、究極において、精神対精神の戦争、人間対人間の戦争であったのである。日本が悲惨な運命に陥ったのは、日本人の精神、日本人の人間性が恐るべき過誤を犯していたからなのである。思うに、この根本の事実を理解することこそ、日本再建の出発点とならねばならぬ。それは、換言すれば、教育の再建こそ日本の復興とその将来の発展への、最初にして且つ最重要なる条件であることを意味するのである。即ち、日本人が、新しい精神、新しい人間観、また新しい世界観を作り出し得るように、再建されなければならない。そして、既にこの方向にむかって、連合軍最高司令官の賢明な指導の下に、重要な第一歩が踏み出されているのである。(略)
 
 日本においては、キリスト教の布教が、1873年の法律によって正式に認められたけれども、爾来今日に至るまで、日本の政府も国民もキリスト教に対しては、概して冷淡であり無関心であった。しかし遂に日本人は、固有にして且つ普遍的なる価値の所有者たる人間、即ちペルソナとしての人間を認めるところの、この世界的宗教と真剣に対決しなければならない秋を迎えたのである。(略)
  日本において、神道が国家宗教として、また狂信的な国家主義の一種として、その勢威を逞しうした時代は終った。今や文化と民主主義を信奉する新しい国民が形成されつつある。われわれにとっては、斯くのごときは、新しき歴史的時代の黎明であり、永く喪われていた人間性の恢復と、神の再発見こそその基調に外ならぬ。天皇によって上から国民に与えられた明治憲法と教育勅語の代わりに、われわれは今、国民に名において採択された日本憲法 ママ 並びに教育基本法を、この歴史の変革への保障として持つに至ったのである。(略)。
 
 この暗澹たる世界情勢の那辺に、日本は立っているのであろうか。最近の世界破局における挑発者として、恥ずべき非人道的な残虐行為の犯罪者として、文字通り、そして無条件に、「古き野蛮人」の国であるとの非難を日本は甘受しなければならない。日本の歴史は、ルネサンスも宗教改革も経験しなかった。恐らくこの歴史の事実の中に、日本の精神的後進性に対する唯一ではなくとも、主要な解明が求められるであろう。(略)。
    (石川県、三猫匹)



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(読者の声2)名古屋市在住の38歳会社員です。いつもメルマガ楽しみにしています。宮崎先生の見識の高さもさることながら、読者の投稿内容も高レベルで、非常に読み応えがあります。
私は35歳過ぎたあたりから、時事問題に目覚め、特に最近は政治問題に関心があります。
とはいえ、書籍をじっくり読んだりする時間がなかなか取れず、仕事の合間にネットサーフィンして情報を仕入れる程度です。
それで、ひとつどうしても理解できないことがあって、見識の高い宮崎先生や読者の方のご意見がお聞きしたくてメールさせていただきました。
それは、左翼または左派についてです。
意味としては、共産主義的思想、革新的、反体制といったところだと思います。
また反日、反米、親中、親韓という立場をとっている人達というイメージがあります。そこで、最近問題になっている「外国人参政権」についてですが、左寄りの人は皆賛成、推進派だと思います。
しかし外国人参政権については不勉強な私でも、おかしいと思いますし、非常に危険だと思います。
日本の国益が大きく失われることは想像に難くないですし、もし本当にこの法案が可決されたら日本は中国や韓国に乗っ取られ、衰退していくでしょう。
オリンピックの聖火リレーで長野に数千人の中国人が動員され、日本人とトラブルがあったことなど知ると、乗っ取りは確実に行われると思います。
この日本国民にとって何のメリットもない外国人参政権付与の法案成立を推し進める小沢一郎はじめ民主党の多くの議員はその危険性が理解できないのでしょうか。
政治家の場合は、もはや「政治屋」ですから、本当はおかしいと思っていても利権があれば簡単に転ぶのでしょうが、私が理解できないのは、テレビに出ているタレントや評論家、一般のブロガー達です。
彼らも普通に日常生活があると思いますが、日本が衰退し、治安なども悪化すれば、自分たちの生活も苦しくなると思います。彼らはたとえ日本国が滅びても自分たちには影響ない、もしくは特権階級になれるとでも思っているのでしょうか。
左寄りブロガーの記事を読むと、自分を一段高い所に置いて一般市民を見下すような記述が多く見られます。もう洗脳されてしまっているから仕方がないと言えばそれまでですが、何か一言でも結構ですのでコメントいただけないでしょうか。
(名古屋市 キノシタニンタ)


(宮崎正弘のコメント)馬鹿につける薬はない、と言われますが、ご指摘の「政治屋」ですらないでしょう。買弁屋というのが適切かも知れません。袁世凱とかに似ていませんか?排日を唱えながら、かれがやったことは外国資本に鉄道利権を売り払った。
 愛国を騙りながら反対のことをやる人々を買弁政治ブローカーと言いますが、民主党に巣くう左派教条主義者に共通です。



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(読者の声3)前号「ST生」様との議論はとても有意義で、とても勉強になります。そしてその博識のレベルはとうてい小生の及ぶところではないと感服いたします。
 ただこの議論は最初の一読者様の「見逃されていた最大の欠陥は、商人に対する課税が為されていなかった点である。仮に商人に対する課税制度が確立していれば、徳川幕府の政治体制は磐石のものとなっていたと見る」
から、小生が「江戸時代も商人の課税制度がありましたよ」、と反論したことから始まりました。
「商人の課税制度」の「税」という概念が、いつの間にか現在の「税」の概念へと議論が摩り替わっていませんか?
「西洋的な商人の課税制度がなかった」といわれることに、私も同意します。なぜなら当時にはそのような概念が日本には存在しなかったのだから。
 ST生様なら、西洋的税の概念と日本的税の概念が違うことはご存知で、前にも述べました当時の日本的儒教的観念からの国家経済体制と西洋的搾取型ともいえる国家経済体制とはまったく異なるものと言ってもご同意いただけるものと信じます。
 一般的に歴史を見るときに、今の価値観や私達が今ある情報で是非を判断しがちです。当時の商人への運上金や冥加金といわれるものが現在の制度に置き換えて(全く同じものではないけれども強いて云えばの意味ですが)、税制といってもなんら論理の矛盾を感じないと思います。
なぜならその当時、現在のような税に対する考え方が存在せず、当時の日本人は「信」を基本に世界に希に見る経済体制を持っていたわけですから。
テクノロジーは日進月歩で進歩していき、当時とは比べ物にならないくらい便利になりました。
でも幸せになっているのでしょうか?だれもが公平だと感じる完璧な課税制度というのはこの世に存在しうるのでしょうか?今の税制が一番いいもので、それがなかった江戸時代はみんな不幸であったと言い切れるのでしょうか?
 現在私達の祖国は、総理大臣が脱税をしても、私腹を肥やしていなかった間違っていたならごめんなさい、追徴税を払うからいいだろうというようになっています。
いつの時代も不完全な制度ばかりです。それを日本的に話し合いで丸く治めてきた江戸時代の人々の知恵は凄いなと感心しています。
今のように飛行機や新幹線・電話やメールなどがない時代に江戸と大坂とこれだけ距離のある政治と経済が分離され為替という制度が確立され、庶民もお伊勢参りが出来た時代が凄いなと思っています。
 現在の西洋的価値観は国際社会の一員として生きるうえで必要ですし、否定もしません。でもそれは普遍性あるからではなく、ただ汎用性があるからだと思っています。
江戸時代に花開いた価値観も日本人独自の価値観として大切にすべきではないでしょうか?
 議論がかみ合っていないかもしれませんが、今の価値観で歴史を見ることをすこし控えると、もっと真実が見えてきそうだなと思っております。
(歴史ナビゲーター、福岡)



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(読者の声4)外国人地方参政権阻止の決起大会の二次会で、隣に座った泥酔客に絡まれたみたいなもので、恐縮です。蛇足ながら、読者の諸賢も当方の能力はその程度と認識すべきでしょう。
 さて、前回「地検」との言葉がありますが、検察です。当方、東京地検の人脈や特捜の人脈に明るいわけではありません。検察組織全体の批判は危険というバイアスはあります。全体ではなく、動因勢力・人脈が問題。
 また、
「気になりますのは文中の「天皇制」という語彙ですが、これはコミンテルンが発明した左翼用語ですので、あまり使われない方が賢明かとおもいます。「天皇伝統」とか、「天皇」で宜しいかと。左翼学者がよく使う、「天皇制の制度的優位性」などと近代合理主義的科学的語彙も不適切です。」
 との御指導、感謝します。
私自身内部でも違和感がありましたので、一つ賢くなりました。
愚見でも天皇伝統は「0=∞」と近似的に理解しています。ひとつには、理屈を越えている面があります。語りえないことを語っているのだという人間認識の有限性の自覚のもとに議論するかどうかが重要な分かれ目。
言葉はことだまであり、他方「事の端」にしか過ぎない。
天皇伝統を天皇制と語るとき、それは資本主義制度、共産主義制度と同列の制度として位置づけることになり、論理の枠に嵌り、合理主義の罠に嵌る。
合理主義は容易に拝金主義に流れ、金融支配可能になってくる。結局は「支配」が正しいという悪しきプラトン主義に行き着く。哲学の世界で言えば、存在論と認識論の役割分担を了解していない誤謬。
 小沢道鏡説、面白いです。
小沢氏のキャパシティ認識はまったく同感です。しかし、その人材のもつ人罪を知り、人財として活用するのが王道ではないでしょうか。排除の論理は自らの能力の過小評価です。
議論し、説得し、人材に人罪を知らしめ、人財として生かしていく努力を怠ってはいけないと思います。
今回の検察の動きが「天の声」なのか「地の桎梏」なのかは誰もわかりません。ただし、その両者の合成合力の発露の一つであることは確実。
そして有限的時空の中で、その短期的結果が当面到来するのも確実。大切なのは短期的結果にせよ、結果を結果として受け入れ、それもまた日本の伝統の一部に加わっていく大切な一ページなのだとして、次の政局に向かうこと。
愛情深くかつ冷徹な現実認識こそが天の声をかすかに聞き取る人間の知恵ではないでしょうか。
保守真髄の御旗はここにあると思います。
  (アシカビヒコ)


(宮崎正弘のコメント)悪と闘う善意。
 ダライラマ猊下はシナを壟断する悪魔と闘われています。ひたすら善意と人間としての精神的生き方の尊さを示されながら。
 日本の外交姿勢はリビング仏陀ですから、一部、悪魔的な外国人に付け入れられる。詳しくは拙著『日米安保、五十年』(西部邁氏との共著。海竜社)をご参照下さい。



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(読者の声5)貴誌を毎日楽しみにしています。日本で一番質の高いマガジンだと思っております。最近はさまざまな読者の投稿が多く全部に目を通すのには時間が掛かかり歓迎すべき知的訓練の場だと思うようになりました。
さて宮崎様が検察は司法だというように説明されていますが、検察官は行政官であり司法官ではありません。
行政官と明記している法律があるのかどうか分かりませんが昭和38年頃当時東京地検検事正安倍治夫(後弁護士)氏が中央公論に新検察官論という論文の中で明らかにしておりその後その論文にたいして反論はなかったようです。
  (marine)


(宮崎正弘のコメント)「官僚」のカテゴリィ別けなら、行政官ですか。三権分立の概念から言えば、司法のカテゴリーでしょう。捜査し、起訴し、裁くわけですから。
 ともかく議論の核心は司法取引と国会取引とは次元が違うということでした。



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(読者の声6)貴誌第2847号「読者の声1」に「名君とよばれた藩主は、その殖産産業育成に力を注ぎ、石高以上の実体経済を作り上げたのです。熊本の加藤清正公などは次の代には加藤家は細川家になっていますが、今でも熊本の人たちには清正公(せいしょうこう)とよばれ、尊敬をあつめていますが、それは清正公も領内の産業を振興させ商品経済を発達させ領民を豊かにしたからです」
とあります。
が、司馬遼太郎著『春灯雑記』の「護貞氏の話ー肥後細川家のことども」の章に次のようにあります。護貞氏は、細川家第十七代の当主。
 (引用開始)
「豊前小倉から熊本へ(細川)忠利が入部したときのことである。
「行列の先頭に、清正公の霊牌をかかげて熊本に入ったといいます」
 という話をされた。
 ついでながら清正(きよまさ)は死後、音で清正公(せいしょうこう)とよばれるようになった。
 そのことはともかく、霊牌をかかげて入部するなどまことに思いきった演出といってよく、こういう着想は三斎忠興(忠利の父)の感覚そのものとおもえる。忠興は、父の幽斎が文学的であるのに対し、その芸術的感覚はむしろ造形のほうを得意とした。この場合、さらに演劇的でもあった。
 忠興は肥後事情をとらえるのに、中世肥後の多数割拠をさておき、それを統御した清正をもって近世の出発点とみた。その上、肥後人が圧倒的に清正公びいきであることを知っていた。かれらにすれば清正の家系以外の国主がやってくるときくだけでも不快だったろうし、それがどういう政治をするかとなると、不安でたまらなかったにちがいない。
 清正の霊牌をかかげるという演劇性によって、千万言を用いずして肥後人たちに細川氏の姿勢と方針を知らせることになった。
 余談として付け加えるが、細川家はこれを一時の演出としてやったわけではなく、こののち江戸の幾か所かに設けた上屋敷や、中屋敷、下屋敷などに清正公祠(せいしょうこうし)を設けた。
(中略)
 それにしても清正の霊牌を先頭にたてたのは、みごといっていい。加藤家のほうが、出自は下であった。三斎忠興はそういう頓着はしなかった。
 さらにいえば、前王朝をおとしめるのがふつうなのに三斎忠興は逆に神として尊んだ。真の政略とは、そういうものでもあるだろう」。
 (引用終り)

 清正はえらかった。さらに、先人をあがめる態度を示して領民を安堵させ、しかも江戸期を通じてそれを続けた細川家の歴代当主もえらかった、ということでしょう。
 それにしても、その末裔が総理大臣になって、先人をおとしめるような発言をすることになったのは、どういうことなんでしょうかね。
   (空っ風)


(宮崎正弘)いま「日本経済新聞」に細川元首相みずからの自叙伝(私の履歴書)が連載されていて、はじめの十五、六回までは面白かった。
腕白小僧時代、新聞記者時代の法螺を含んだいたずら小僧は意外な側面でした。
ところが日本新党結成のあげく首相になったあとからの記述は自慢と嘘も多く、小沢を妙に褒めちぎり、あきれたことに選挙区をかえただけの「政治改革」とコメ自由かを認めて日本の伝統を破壊したウルグアイラウンドの二つが細川政治の二大成功だったのだと自画自賛するにいたり、嗚呼、このひとも名家の末裔ではあっても歴史意識はうすく、伝統を軽んじる思考を抱くモダーン派。結局は「ぼんぼんのいたずら」でセイジをやったのか、とむしろ怒りがこみ上げてきました。
 あと数回、どこまで読むに耐えるか?
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