国際情勢

宮崎正弘の国際ニュース・早読み

 評論家の宮崎正弘が独自の情報網を駆使して世界のニュースの舞台裏を分析

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宮崎正弘の国際ニュース・早読み

2010/01/11

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   「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」 
      平成22年(2010年)1月11日(月曜日)
          通巻2834号  
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 中国が輸出世界一位の座を獲得した模様だ
  2月7日、ドイツの輸出統計発表待ちで確定へ
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 中国の国内自動車生産が1200万台となって米独日を抜き去り、販売台数は世界一となった。輸出も60万台に躍進した。

 リーマンショック以来、対米輸出を40%減らした中国が、どこへ仕向地を替えて輸出を維持したのか?
EU諸国、アフリカ、中近東だった。
輸出総額は速報で1・2兆ドル(ドイツの推計1・17兆ドル)。ドイツの輸出統計速報の発表は2月7日である。

 第一は出血覚悟の過剰生産処理。つまり鉄鋼に代表されるように過剰生産により、ダンピング輸出を展開した結果である。米国は数種の中国からの輸入品をダンピングと断定し「制裁関税」を課した。

 第二は労働賃金の安さにあることは指摘するまでもない。
 欧米は奴隷工場の人権抑圧を批判しているが、北京は何処吹く風の風情である。

 第三は人民元の不正操作による為替レート維持にある。人民元は過去5年間で21%切り上げになったとはいえ、過去18ヶ月は固定相場同然。為替レートが操作されている。

 米国は暫定的に中国非難を抑制してきたが、この数字をみて愕然となった。EU諸国と強調して「人民元切り上げ」要求の合唱がおこる政治的雰囲気が拡がる。

 それにしても、人権批判も為替操作非難もしないで、ひたすら北京に土下座する、どこかの国の政権は、さらに欧米から冷笑されるのではないか。
いやいや、管財務相が為替に言及して「円安がのぞましい」と言うと、批判がおきる国である。日本以外のくには為替レートの操作も国益であり、どの国も操作しているのであり、担当大臣は発言をする。為替も経済戦争の一手段ではないのか?

やっぱり「日本人以外」に日本列島を譲り渡そうとしている宇宙人政権ゆえに、国際常識と乖離した認識のもとで、政治をやっているのは事実であろう。
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(読者の声1)台湾の『立法委員』補欠選挙、民進党の全勝とは新年早々良い話題です。台東でも民進党が勝利したのですね。
以前、高雄から南廻線で台東まで旧型客車で行きましたが、海岸山脈と太平洋の景色はなかなかのもの。西部幹線が東海道線だとすると東部幹線は廃駅も多く、地方のローカル線の感じ。台東の街もよく言えば静かで落ち着いている、悪く言えば活気がない、そんな印象でした。台東駅から旧台東駅舎近くのホテルまでタクシーで。ホテルのフロントはタクシーの運転手に100元を渡していました。これは中国でもよくあること。
台東市内の旧駅舎ではカメラを下げた若い女性がおりました。
台湾では日本時代に建てられた駅舎などがよく保存されており、観光スポットになっているところも多いですね。
台東市内でたまたま入った日本料理店、刺身の盛り付が実に美しい。日本よりもやや厚めに切る台湾風ではありましたが、さすがにマグロの本場、味も水準以上。店の人に聞いたら大阪で修行したとのことでした。
 台湾南部では製糖工場跡がショッピングモールになっていました。日本の関東では製糸工場・紡績工場の跡地がショッピングモールになっていることが多いのですが、産業構造の転換を如実に現しているようです。
製糸といえば、浅草始発の東武鉄道、群馬・栃木の支線がやたら多いのが疑問でした。
東向島駅(旧玉の井)の東武博物館に戦前の浅草周辺の地図があり、それを見ると今では鐘ヶ淵のカネボウ跡地にのカネボウ物流(現在はKCロジスティクス)が残るくらいですが、浅草・業平橋周辺には紡績工場、陸軍被服廠、セメント工場などが建ち並び、群馬・栃木の生糸生産地・石灰石生産地を結んでいたことがわかります。
生糸は戦前の最大の輸出産業でしたから、生産地に網の目のように支線を張り巡らしたのでしょうか。
業平橋から両国にかけては戦前の本所区、セイコー時計の精工舎の工場もありました。
戦時中に長野の諏訪に工場疎開、戦後もそのまま諏訪に残り、プリンターのエプソンなどその後裔なのですね。
 話がだいぶ飛びましたが、戦前から戦後にかけての本ばかり読んでいるためか、どうしても今の中国と戦前の中国が二重写しに見えてしまいます。
戦前、中国に進出した企業はすべてを失いましたが、今の日本企業はうまく撤退出来るのか、またしてもすべてを失うのでしょうか?
中国進出企業の草分けダイハツは、20年以上前から技術供与で天津においてシャレードを作っていましたが、天津のオイシイところは親会社のトヨタに取られ、一汽吉林汽車との合弁でダイハツ・ブランド車を生産するも全く売れずついに中国撤退。今後はマレーシア・インドネシアに軸足を移すとか。中国進出企業の今後の動向が気になりますね。
 (PB生)


(宮崎正弘のコメント)台東だけに絞りますが、あそこは少数民族が多い地域で、したがって国民党の金城湯池。国民党は台湾本省人と山岳民族との間に溝を入れて分割統治するために少数民族優遇政策をしてきた結果です。
 台東からやまのほうへ行くと卑南族(ピーナン族)が目立ちます。高山茶の産地でもあり、日本のプロ野球で活躍したカクゲンジというピッチャーの記念館もあります。グローブもない貧困地域、石ころをボールの替わりにして手で受け止めていた。それが練習だったとありました。
フィリピンからでてきた元日本兵・中村輝夫さんの故郷も、付近です。
 この一帯が昨年の台風で大被害を被り、有名な知本温泉の旅館も河に流され、しかし国民党政府は軍隊の救援活動に手間取り、馬英九人気凋落の直接の原因となったのでした。
 ところで「シャレード」? 中国語の宣伝は「夏利度」(あるいは「夏利」)ですか。一時、かなり売れていた記憶がありますが。。。。



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(読者の声2)貴誌通巻2832号(読者の声 番外編B)「米国務省の公文書公開「真珠湾は奇襲ではなかった」で東京近代史研究所代表の落合道夫氏が、今まで巷間屡々言われていた仮説を米国政府の公開文書をもとして以下のとおりお示しくださいました。
「米国ウィスコンシン大学の国務省外交文書図書館で戦前の駐日大使グルーの国務省あての公電が公開されている。この中に日本の真珠湾攻撃の十ケ月前の1941年1月27日に日本軍の真珠湾攻撃計画を国務省のハル長官に報告したものがある。。。。ルーズベルトは明らかに日本の反撃計画を知っていた。その上で対日貿易封鎖をおこない過酷な対日要求ハルノートを出してきたのである。」
これは、非常に有意義な指摘で、今後更なる研究と一般への周知が緊要と考えます。
しかし非常に重要、かつ落合氏がご指摘になったことと付き合わせるとさらに重要な結論に帰結せざるを得ない事実があります。
大本営で対米英戦では、海軍が真珠湾ではなく南方に向けて攻撃する作戦が決まっており陸海軍で合意ができていました。
しかし山本連合艦隊司令長官が強行に真珠湾攻撃を主張して軍令部長も説得できず(部下を説得できない、かくもなさけない人物が軍令部長をしていたとは)、黙認することとなりました。
このことを海軍は大本営での会議で発表せず、陸軍およぶ総理大臣に知らせたのは12月1日の御前会議の席であったそうです。
もし米国が1月に日本が海戦当初真珠湾を攻撃するであろうとの確かな情報を持っていたとするなら、それは日本政府および日本軍統帥部の動きに関する諜報、情報分析からえられた結果ではありえないということです。
つまり海軍内に非常に強い影響力を持った不穏分子(つまり山本連合艦隊司令長官およびその幕僚)が結局はこの案を押し通すであろうことを予測しえていたということです。
私は陰謀論者ではないので、安易な結論をここから導き出すことはいたしません。しかし、この点で整合性の有る分析ができないと正確な解析とはいえないと断言します。
そしてそれが出来なければ、今後の日本の針路はそれができる連中の掌の上にあり続けることでしょう。
 (ST生、千葉)



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(読者の声3)貴誌2832号において落合道夫氏が、米国務省の公文書公開「真珠湾は奇襲ではなかった」というタイトルで、グルー駐日大使が米国務省に打った電報の事を論じておられます。
この電報は、阿川弘之全集第11巻『山本五十六』408ページに引かれている電報と同一のように思えますが、如何でしょう。
その一部を引用し、要約を加えて見ます。
(引用開始)
「アメリカ側にも、日本の真珠湾奇襲があり得ることを警告した人は、何人もゐた。それは、単に想像に基づいたものではなかつたやうで、ジョセフ・グルー駐日大使は、早く昭和十六年の初めに、『小官ノ同僚、駐日ペルー公使ノ談ニ依レバ、日本側ヲ含ム多クノ方面ヨリ、日本ハ米国ト事ヲ構フ場合、真珠湾ニ対スル奇襲攻撃ヲ計画中ナリトノコトヲ耳ニセリト。同公使ハ、計画ハ奇想天外ノ如ク見ユルモ、アマリ多クノ方面ヨリ伝ヘラレ来タルヲ以テ、トモカクオ知ラセストノコトナリキ』といふ機密電報を、国務省宛に打ってゐる。この電報の日付は、昭和十六年一月二十八日と推定されてゐる」。
(引用終わり)

このあと同書の中で、山本五十六が昭和15年11月下旬に、海軍大臣及川古志郎に真珠湾攻撃の腹案を話し、その内容を「戦備ニ関スル意見」という文書にして及川海相宛に提出したのが昭和16年1月7日と記しています。

また410ページには次のようにあります。
(引用開始)
 「意見書の提出と同時に、彼は書簡箋三枚に筆で、真珠湾攻撃計画の概要をしるし、第十一航空艦隊参謀長の大西瀧治郎に渡して検討立案を求めた。日付を追うてその経緯を見れば、山本の構想が文書になつてから三週間目に、少なくとも東京のアメリカ大使館は、真珠湾奇襲計画をかぎつけてしまつたといふことになる。しかし、このグルー大使の警告に対して、アメリカの政府、海軍の首脳は、あまり真剣な反応を示さなかつた。
「現代史資料」に収められてゐる一九四一年二月一日付スターク作戦部長より太平洋艦隊司令長官宛の、「日本が真珠湾を攻撃する流言について」と題する電報で、スタークは『米海軍情報部としては、この流言は信じられないものと考へる』と言ってゐる。このやうな貴重な情報に対して何故彼らがそんなに冷淡であつたかは、こんにちでも依然一つの謎であらう」。
(引用終わり)

阿川弘之の『山本五十六』は64年10月から1年間雑誌に連載されたのが最初ですが、かなりの加筆改定がなされて69年11月に『新版 山本五十六』というタイトルで出版されてほぼ内容が固まったようです。
上記の引用が64,5年の連載時にすでに記載されていたかどうかは分りませんが、少なくとも69年時点では書かれていたものと思われます。
引用部分にある通り、アメリカは昭和16年の1月末にはこの情報を知っていた。そしてその情報を軽視した。このことは69年当時すでに「一つの謎」だった訳で、落合道夫氏が言われるような、「アメリカは真珠湾攻撃を知っていながら、わざと奇襲を受けた」という証拠にはなり得ません。
その後、つい最近に至るまで新たな情報がいくつも現れて甲論乙駁、アメリカは事前に攻撃を察知していたかどうかの議論が何度も盛り上がり、状況証拠としてはまず知っていたのだろう、という印象ですが、決定的な証拠によってこのことが確定しているのかどうかは不明にして存じません。
どなたか詳しい方がご教示くだされば有難く存じます。
(青葉虎穴)


(宮!)正弘のコメント)2−3に関して話はちょっと横道にそれますが、新潟県長岡市は山本五十六、河井継之助という日本の近代史に活躍した英傑を出した。さぞ地元でも尊敬されていると思いきや??
 山本五十六記念館が出来たのは、つい十年ほど前です。ブーゲンビリアから墜落機の翼を運んで、それを飾っています。
 http://www.city.nagaoka.niigata.jp/kankou/miru/siryou/yamamoto.html

河井は生誕地に木製の碑が一本建っているだけ。地元の人の多くは「厄災をもたらして迷惑した」という評価です。ついでにいうと河井の記念館はずぅと奥会津よりの只見湖湖畔にささやかに建っています。
http://tsuginosuke.net/

 小生は長岡でも数回、講演しており、商工会議所や青年会議所、経営者のあつまりに呼ばれて地元の人々と意見交換をした経験から申し上げていますが、あるいは独断と偏見かもしれません。
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 **************** みや ***************
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(新刊案内)
宮崎正弘 vs 西部邁『日米安保、五十年』(海竜社)
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http://www.kairyusha.co.jp/ISBN/ISBN978-4-7593-1109-9.html
 
 2010年、1960年の日米安保改訂から「50年」という節目の年です。
オバマ政権下で、これまで保たれてきた日米の友好関係が大きく変わりつつある危機を、いま、どれほどの日本人が感じているでしょうか?   
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((( 内容 )))

60年アンポ反対 時代のシチュエーションは反米だった
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保守合同は改憲を謳い、自主防衛は左右共通だった。突如中ソの容喙。また警職法で岸内閣のイメージは悪かった。
そして誰も条約の改訂詳細を読んでいなかった。ゼンガクレンは情念と正義感で動いた。岸さんは孤独だったが偉大だったと保田與重郎は言った。三島は「小さな小さなニヒリスト」と岸を比喩し、三島は左翼系と見られて警視庁の護衛がついた。全学連の役割。知識人の功罪。政党とマスコミ批判

70年アンポは、赤軍派と三島事件で終わった
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 この間、高度経済成長と東京五輪によりナショナリズムは体制側にあり、三島の檄文には安保条約にも言及があり反米的になっていた。学生運動の分裂と「新左翼」「ノンセクト・ラジカル」の登場と消滅。マスコミの誤謬と信頼の喪失
そして「経済大国」の自信をバックに知識人の保守化が同時に始まった。左翼はサヨクになり、過激派は三島に先を越されたと転向し、体制派はすっかり米国の奴隷となった。
 
日米安保条約はこれまでは日本に裨益したが、これからは分からない。
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しかし安保ただ乗りと批判され、肝心の独立の気概は失われた。鳩山宇宙人政権とオバマ「ノーベル平和賞政権」は、世界を平和にしない。福田恒存は言った「デモクラシーの英雄」。
「日本はアメリカの保護領」(村松剛)そして、いまの日本は「アメリカの法律植民地」。
そしてアンポ条約は事実上改編されている。「安保条約第六条は「日本国の安全に寄与し、並びに極東における国際の平和および安全の維持に寄与するため」(極東条項)。
ところが「未来のための変革と再編」では日米同盟は「世界における仮題に効果的に対処するうえで重要な役割」とされる。
『集団安全保障』と『海外派兵』。事実上の日米一体化が安保改定なしで進捗。国内の防衛議論は専門的、オタク的となって国民から遊離している。
 F22議論をめぐってもハイテク兵器を同盟国には渡さない。占領軍の経費をみる日本は馬鹿か、それとも米軍は傭兵か。日米地位協定 普天間基地移転問題とオカダ外交。

日米同盟の終わり
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「日米関係は米中関係の従属関数」(田久保忠衛)
 冷戦が終わり、ソ連が崩壊し、NATOが東方拡大し、東側は上海シックスに収斂され、米中のG2時代がやってきた。米韓、米日、米印、米豪の安保体制はTUNAMIに襲われるだろう。世界情勢の分析と日本の孤独。戦前のシチュエーションに酷似している。保守政治家の一部はアメリカの執事、民主党は原籍が中国ではないのか?

日本は自立、独自防衛と核武装が必要では?
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 歴代首相に国軍の最高指揮官という自覚はなかった。鳩山ばかりではなく、橋本も、福田も。歴代防衛大臣もまた。日本には戦略兵器がひとつもない。空母、長距離爆撃機、空中警戒機、原潜。情報はアメリカに筒抜け。索敵情報は米軍の「天の声」を待つのみ。
 安保条約は改定するべきか、それとも廃棄?
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◎宮崎正弘のホームページ http://miyazaki.xii.jp/
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(C)有)宮崎正弘事務所 2001−2010 ◎転送自由。ただし転載は出典明示。
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  • 名無しさん2010/01/11

    一汽吉林汽車とダイハツですが私はむしろ

    トヨタは中国からやっと逃げる準備をしたのかと見ております。(インドでシェアトップのスズキ(VW)との競争や将来性がある中国以外のアジア地域での(資源権益(HV(ハイブリットカー)に必要なレアアース権益も見ているはずです)ダイハツがマレーシアメインになることは良い選択をした。(マレーシアの位置が実に良い位置にある)

    理由は少しダイハツのシャレードという車に説明しなくていけないでしょう。

    ダイハツが今の様にトヨタ系列になる前は乗用車を作っていた過去もあります。

    ダイハツ工業

    http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%80%E3%82%A4%E3%83%8F%E3%83%84%E5%B7%A5%E6%A5%AD

    ダイハツ・シャレード

    http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%80%E3%82%A4%E3%83%8F%E3%83%84%E3%83%BB%E3%82%B7%E3%83%A3%E3%83%AC%E3%83%BC%E3%83%89



    提携を止めたのは提携先のブランドイメージで汚れた為。





    ダイハツという会社は地味ですが実は

    トヨタも頭が上がらない会社です。

    ネイチャーに確か排気ガス浄化に必要な触媒技術でダイハツの技術者が発表した

    論文があります。

    http://www.daihatsu.co.jp/cafe/talk/vol_05/index.html



    燃料電池もダイハツが先にやっていた。





    CO2排出ゼロ、省資源、低コストが可能な

    貴金属を全く使わない燃料電池の基礎技術を新開発 



    http://www.daihatsu.co.jp/wn/070914-1f.htm



    実はこのシャレードはダイハツには思い入れのある車で1000ccの三気筒エンジンを最初に作った車であり効率の良い排気量がこの辺り落ち着くそうです。

    今の軽自動車は660ccですから三気筒を作った事は応用が利く事になる。しかもシャレードには過去には三気筒のディーゼルエンジンも載せていた(走りは良くなったが燃費は良かった)

    残念ながら今の東京都知事が誤解した事で日本はディーゼル車苛めが起こった。乗用用ディーゼル車は絶滅し、日本の石油屋は余っている軽油は中国に輸出して捌いている始末(それが中国軍の車両や艦船に使われているのです)





    ちなみに鈴木が排ガス規制時に2サイクルに拘って結局何も出来ず困窮した時にダイハツから四サイクルエンジンをOEMで買って対応した事は有名な話。当時の自動車業界は困難時にはお互いに助け合った。マツダもロータリーに拘ってオイルショックで痛い目に遭った時も銀行や部品屋さん達は我慢した。今の経営者には出来ない度量があった。 

    今のトヨタの若社長は車好きであの四千万円もする超高級スポーツカーも彼の肝いりで作った物。あのドライカーボン製のスポーツカーはトヨタ創業の元である織機を作った創業者への思いがあるそうです。名古屋の企業達も航空機関係をやりたいがそれが出来ないのはやはり強いリーダーシップがある政治家が居ない事。



    若社長はトヨタ創業家系統以外の者がやった後始末をやらされる様です。



    今の若社長は可哀そうです。