国際情勢

宮崎正弘の国際ニュース・早読み

 評論家の宮崎正弘が独自の情報網を駆使して世界のニュースの舞台裏を分析

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宮崎正弘の国際ニュース・早読み

2009/12/08


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   「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」 
      平成21年(2009年)12月8日(火曜日)
          通巻2794号  (特大号)
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台湾の統一地方選挙で国民党が大幅に後退
  馬英九の統一路線に国民は静かに「NO」と言った
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 「この選挙結果は北京に台湾問題を再考せざるを得ない状況に追い込んだ」(英紙フィナンシャルタイムズ、12月6日)。
 「台湾の統一地方選挙で国民党の後退は、野党における蔡英文主席の主流派形成という流れを産みつつある(チャイナポスト、12月7日)。

 十二月五日に行われた台湾の統一地方選挙。結果は12 vs 5(4+1)で国民党が勝ったかに見えるが、実質は民進党の勝利と考えられる。
 激戦区の宜蘭県知事は民新党が抑えた(なお五大市<台北、台中、台南、高雄、新北>の市長選は2010年末)。

 馬総統選の支持率は当選時の62%から47%へと17%も凋落。民進党との得票率の差たるや、僅か2・5%となった(国民党が47・88%,民進党は453%)。
 これで民進党は低迷に歯止め、蔡英文党首の続投は当然の勢いとなった。

 宜蘭、新竹、花蓮という激戦区に馬英九は数回飛んでテコ入れしたが、国民党の人気挽回ならず、国民党系のマスコミさえ「敗北」と分析した。

 というわけで筆者は台湾へ飛んで台北で専門家との意見交換のあと、宜蘭、新竹、高雄、屏東など熾烈な選挙区を回りました。
 
いつものように台湾の選挙は、日本と異なって燃えます。無数の旗、横断幕、バイク部隊、爆竹、ラッパ。。。。。。。。。。。
 

▲ 国民党の事実上の後退は党内の流れを変えるのか?


 馬のライバル=朱立倫を次の総統に推す声が強く、2010年に首都=台北に隣接する台北県が「新北市」となるので、とりあえずは新北市長候補としての動き活発化、いっぽう民進党は四大派閥のなかの主流=新潮流を代表する蘇貞昌(元首相、前回の副総統候補)が挑戦の動きを見せる。

 前回の総統選で馬に惨敗した謝長廷も総統選での軍事金が残っているためお化けのように復活か。
 独立派の遊(元首相)と呂(前副総統)は党内で強力な支持派閥がなく、いまや民進党内での影響力薄くなっている。
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(読者の声1)貴著新刊の『朝日新聞がなくなる日』(ワック)を大変、興味深く、また共感しつつ拝読させていただきました。
 右も左も既成メディアが深刻な危機を迎へてゐる中で、朝日新聞がとりわけ厳しい状況にあるのは、中身に商品価値がないからです。
「若者の活字離れ」とやらに原因を求めようとするかぎり――つまり自分は悪くない、活字離れする風潮が悪いのだと言つてゐるかぎり、新聞は崩壊にむかつてひた走るだけでせう。
御著は既存メディア全体の危機に関する考察を根柢においた上で、朝日の度し難い紙面を斬つてをられ、実に説得力があります。
 それにしても「商品価値なき新聞」が後押しする「当事者能力なき政権」によつて運営される我が日本国はどうなるのでせうか。
ゾッとします。
    (KE生、神奈川県)


(宮崎正弘のコメント)鳩山首相に戦略も国家観もないことが日々露呈されています。
 宇宙人政権は、日本への愛国心が希薄ですね。



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(読者の声2)貴著『シナ人とは何か』(展転社)が評判になっているようで遅ればせ、駅で出張帰りに買い求め、全部読み通しました。まともに内田良平を読んできたことがないので、複雑な読後感です。
概略内田を理解してはいたものの、やはり驚きです。
 内藤湖南らのシナ専門家より内田は本格的でかつリアルにシナを捉えている。
 どうも日本のシナ学は、蓄積は大きく、歴史は長いですが、内田良平のいう「何も分かっちゃいない」となる。
 江戸期の漢籍や文明の二百年の蓄積も、結局、日本人のシナ幻想を啓蒙できず、日本人を賢明にできなかった。鎖国が解かれ自由にシナに往来できるようになってからも、江戸時代的幻想が持続された。
京都のシナ学は幻想の発出源でした。
 昭和二年に書かれた内田良平のシナ論には満州における清朝皇族の「皇帝財産」の設置の必要性が説かれており、その実行は、内田の献策による結果と理解されます。
 また内田と出口王仁三郎との思想的接近もなるほどとうなずかされ、我がシナ観も内田良平的にならざるをえないようです。
   (YK生、愛知県)


(宮!)正弘のコメント)いつぞや(三年ほど前でしたが)ご指摘いただいた長野朗など、戦前にはシナを冷徹に見つめる人たちがいて、分籍漢籍だけのシナ幻想浪漫派の幻像を大きく打ち壊したものでしたが。。



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(読者の声3)「シナの国家形態について」
シナに関する先生の一連の著作を(その一部ですが)拝読して私なりに行き着いた結論は、シナは「独裁資本主義国家」であるということであります。
シナは中国共産党に乗っ取られた国家であり、表向きは共産主義を標榜しておりますが、そのようなものをまじめに信じているシナ人は余程のお人好し以外はいないはずです。現在、シナは資本の原理が導入されていますが、通常の資本主義国の原理とは異なっております。
共産主義でもなく通常の資本主義でもない国をどう表現するのか、考えてみる必要があると思います。
今までは従来の呼び方を踏襲してシナを共産主義国と呼んでおりましたが、これは改めるべきだと思います。なぜならば実態を表していないからであります。
 そこで私はこれを実態に即して「独裁資本主義」と呼ぶことを提案するものです。
国家資本主義とも異なるのは、善悪はともかく国家全体の利益追求が国家資本主義であるのに対して、独裁資本主義は各地に割拠して武力や政治力を備え、或は一体化してエゴを追求するものであります。
もしこれが定着するようであれば、「共産主義」に何となく憧れを感じている人たちの幻想を覚ますことができるかもしれません。それは無理だとしてもシナの特殊性を強調し、目標としているのが人民の平等な幸福ではなく、独裁資本のエゴの追求であることを明確にする効果があると思います。
別の言い方をすれば「軍閥資本主義」と言えるのかもしれません。
或いは、「独善国家」であるシナの資本主義ですから「独善資本主義」の方がふさわしいようにも思えます。
 (宮崎太郎)


(宮崎正弘のコメント)何清蓮女史は「権力の市場化」と言い、最近の中国人学者らは、自らを「貴権主義」と定義しています。それが中国経済の実態でしょう。



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(読者の声4)「7・5ウルムチ事件」の首謀者、習近平が12月14日〜17日に来日します。あの事件を忘れない為に、添付案内の通り、抗議デモを行います。

「習近平来日に際しての抗議デモ」
2009年7月5日に首府ウルムチにてウイグル人による政府への改善要求のデモが行われました。これはそれに先立つ6月26日に起きた広東省の玩具工場でのウイグル人虐殺事件に対して、適切に処置するよう求める平和的なデモでした。
しかし現地政府はこの平和的なデモを武力によって鎮圧し、多数の犠牲者を出しました。
中国政府はこの「75ウルムチ事件」への対策チームを結成しましたが、その総責任者であったのが習近平です。12月14日〜17日に日本を訪れる予定の彼が、ウルムチ事件における虐殺を行った張本人であると言えるでしょう。
習近平を迎えるにあたり、「ウルムチの虐殺を忘れないぞ!」との強いメッセージを訴えたいと思います。

日時: 12月12日(土) 13時半 集合、14時 デモ隊出発
会場: 常盤橋公園
デモコース: 常盤橋公園→外堀通り→日航ホテル前右折→日比谷公園
*会場やデモコースは変更があるかもしれませんので、ご了承ください。

主催団体: ウイグル問題を考える会
協賛団体: 日本ウイグル協会、台湾研究フォーラム、南モンゴル応援クリルタイ、チベット問題を考える会、チベット青年会議日本支援委員会、日本チベット友好協会、中国民主団結連盟。
「ウイグル問題を考える会」公式サイト
http://www20.atwiki.jp/uyghurissue/
http://www20.atwiki.jp/uyghurissue/pages/16.html
http://www20.atwiki.jp/uyghurissue/pub/091212uyghurissue.pdf
  (MU、足立区)

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  ◎西村真悟のコラム   ▲西村真悟のコラム
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シナ人とは何か・・・国家の運命を左右する対中観の是正
                         平成21年12月 3日(木)



 『シナ人とは何か』という本が、展転社から出版されている。副題は「内田良平の『支那観』を読む」。「宮崎正弘、内田良平研究会編著」である。
 この本は、内田良平(明治7年2月11日生まれ、昭和12年7月26日没)の今に通じる国家戦略書である「支那観」を現在に甦らせ、現在日本の問題としての対中理解を矯正しようという問題意識から出版されたものである。
 支那・中国に関して、「同じ轍を踏むなかれ」、というのが内田が現在に投げかける警告である。
 内田良平は、日清戦争後にウラジオストックに柔道場を開設して満州シベリアの情報収集に取り組み、明治30年に単独でシベリアを横断してロシアの内情を収集したあと「黒龍会」を結成した。そして、我が国の対露、対支、対アジア政策について提言を続けた。
 彼が活動を始めた時代は、東洋また「大亜細亜」を欧米列強つまり白人種の桎梏から解放しようという興亜の情念が日本に充満していた。従って、彼も当初は、終生孫文を支援した宮崎滔天らとともに中国革命を目指す孫文を支援している。
 この時代の日本人の教養は、幼児から習ってきた漢籍を基本としている。従って、日本人の中国観は、漢籍から受けた思い込みと先入観に満ちたものである。そして、多くの青年は、日本と中国を同文同種として共栄する興亜を夢見て孫文や中国革命を支援した。
 しかし、この日本人の思いは一方的思い込みであり、歴史を見れば明らかなように、日本人から命・財産そして革命資金まで援助された孫文およびその同志は、日本人に何ら恩義を感じることなく、共産主義者と提携して日本を裏切るのである。そして「中国革命」は、排日・反日を基本路線として掲げることにより、最も露骨に長期間にわたって中国を侵略していた欧米の支援を受けながら進行することになる。この流れの中で、反日の中国は、日米対立を煽り、日米戦争の原因を形成してゆくことになる。
 明治維新以降の日本と日本人の対中支援と対中関わりは、概ね以上のようなプロセスを辿って行くのであるが、この課程の中で「内田良平は、日本人の中国観に最初の警鐘を鳴らした男と言ってよい」と小田内陽太氏は本書で書いている。

 以上、「シナ人とは何か」という本を紹介したのであるが、「正論」1月号において、金美齢さんも「私はなぜ日本国民となったか」という一文の中に、「日本人は救いのないほどに中国人に対して甘い幻想を抱いている」、として、「それを(中国は世界の中心であるという信仰)、受容しない限り成り立たない『日中友好』に日本人はいつまで幻想を抱き続けるのか」と書かれている。
 してみれば、我が国は、100年前に内田良平が警告した、同じ轍を踏むことになるではないか。

 そこで対中関係において、我が国が同じ轍を踏まないためにも、私が今まで読んだ本の中から得た対中理解と私の見聞を、おおよそ年代順に、書いておきたい。
 まことに我が国は、次に書く対中観察をもとに国策を練れば誤りなきを期せたのにと悔やまれる。
「東アジア共同体」の鳩山内閣の総理をはじめとする面々と定期的に大勢の国会議員を引き連れて北京に伺候する与党幹事長には、既に薬が総身に廻っているので言っても無駄だが、最重要な国策是正のためには、是非知っておかねばならない対中認識である。

1、明治12年、情報将校福島安正中佐の清国偵察報告書「隣邦兵備略」(祥伝社、「日本を護った軍人の物語」岡田幹彦著より引用)
「清国の一大弱点は、公然たる賄賂の横行であり、これが百害の根源をなしている。しかし、清国人はそれを少しも反省していない。上は皇帝、大臣より、下は一兵卒まで官品の横領、横流しを平然と行い、贈収賄をやらない者は1人もいない。これは、清国のみならずお雷より一貫して変わらない歴代支那の不治の病である。このような国は日本がともに手を取ってゆける相手ではありえない」
 なお、福島安正中佐は、帝国陸軍の情報将校の草分けであり、日露戦争に備えて単騎でヨーロッパからシベリアを横断して情報を収集している。彼は、英独仏露支の5カ国語を習得し、会話だけならさらに数カ国語を操った欧米世界のなかでも突出した人物であり観察眼は確かである。

2、明治18年、福沢諭吉「脱亜論」
 有名なのでご承知の通り。シナや朝鮮と兄弟としてともに歩もうと思っても無理だ。彼らとは袂を分かち、欧米諸国が彼らに接する基準で我もシナや朝鮮に接しよう、というもの。

3、大正2年、内田良平の「支那観」、「シナ人とは何か」より引用
 支那の社会は歴史上、読書社会と遊民社会と農商工社会の3つに分かれる。
!)「読書社会」(政治社会、支配層)
 堂々たる政治家を自任する者にして、美辞麗句とは裏腹に、振る舞いは汚れ、彼らの心事が巷の守銭奴と何ら変わらないのは昔のままである。
!)「遊民社会」(豪侠、馬賊、土匪、蛇頭、普通社会の上に立ち支配層の消長を決する立場にいる)
 財を盗み、酒を飲み、美肉を食らう以外に何の関心もない、残忍で欲深い連中。
 食人種。黄金万能の国の住人。詐欺を義務と思っている連中。金銭への執着は水火をも辞さないほど猛烈。戦闘では卑怯な者が、弾丸雨飛の中に飛び込み戦死者の懐中を漁る。
!)「農商工社会」(普通社会、農民、商工業者)
 「井を穿って飲み、田を耕して食らう。帝力我に於いて何かあらん」という最大多数。
 ただ個人の利益を追い求めて生活し、個人の生活が安全なら、君主がいようがいまいが、国土を異民族にとられようがどうなろうが、全く関知しない階層。

4、大正7年、魯迅「狂人日記」
「妹は兄貴に食われた。お袋は知っていたろうか。・・・考えられなくなった。4千年来、絶えず人間を食ってきたところ、そこにおれも、長年暮らしてきたんだということが。
 今日やっと分かった。兄貴が家を管理しているときに妹は死んだ。やつがこっそり料理に混ぜて、おれたちにも食わせなかったとはいえない。おれは知らぬまに、妹の肉を食わせられなかったとはいえん。いま番がおれにまわってきて・・・ 4千年の食人の歴史をもつおれ。はじめはわからなかったが、いまわかった。真実の人間の得がたさ。
 人間を食ったことのない子どもは、まだいるかしらん。子どもを救え・・・」

 以上、今手元にある本から紹介できた記述。
 内田良平の中国の支配層に関する描写とそっくりだったのが、2年前、衆議院本会議場で演説した温家宝の態度だった。
 彼は実に、「堂々たる政治家を自任する」風情であった。時に演説を止めて右左を見渡しながら、肘を張って胸の前で手のひらを上下(左右ではない)に打ち鳴らして拍手を促すのである。
 すると、我が議員諸侯が揃って拍手を始めた。アホらしい光景であった。馬鹿、天安門と違うぞ、と野次ろうかと思った。もっとも、外務大臣麻生太郎さんだけは腕を組んだままで、拍手していなかった。
 私には、場所をわきまえない温家宝の態度が滑稽に見えた。内田良平曰くの「美辞麗句とは裏腹に、巷の守銭奴と何ら変わらない」と見えた。彼の演説のすぐ後で、あれは華僑の番頭の演説だったと誰かに説明したのを覚えている。

 次に、今は亡き加藤三之輔翁から聴いたシナ社会のことを紹介しておきたい。
加藤翁は、戦前に青雲の志をもって中国で事業を興した人である。最晩年に北九州の自宅で話してくれた。加藤翁は、シナ社会の実態を体験で知り尽くしておられた。
「初めて中国に着いた頃、ある日街に出ると、苦力がよろめいて橋から川に落ちた。すると子供たちが流される苦力に石を投げ始めた。周りの大人たちも笑って眺めていた。おぼれている苦力を誰も助けようとせず、石を投げる子どもを叱る親もなかった。」
「ある日、近所の人から見物に行こうと誘われた。何があるのかと尋ねると、ある大地主の家で厄払いの行事がある。それは生まれたての赤ん坊を生きたまま犬に食わして厄払いする。犬が赤ん坊を食うところを見に行こうという。その時、何という国に来たんだと思った」
 加藤三之輔翁から聴いた中国の事例は、多いが、今は2つをご紹介するに留めておきたい。中国社会と日本社会の違いが実感できればいいからである。
 
 中国と日本は、明治の大アジア主義の青年や、平成の日中友愛・東アジア共同体の未熟児が思っているように、一衣帯水、同文同種で近い国だろうか。
 全く違う。シナと日本は、文化と文明に於いて、日本と欧州の距離よりも、まだ離れている。両者は異質だ。
 しかしながら、明治も今も、日本人の中国観は、同文同種で日中友好に流される。だから国策を誤る。温家宝が来たときの衆議院本会議場の雰囲気もまさに流されていたのである。放置すれば、再び取り返しがつかない事態に落ち込む。
 この原因は、中国人の巧みな詐術もあるが、多くは日本人自身が勝手に思い込んだ間違った中国観にある。
 金美齢さんが警告するように、台湾が国民党の馬英九政権のもとで中国のブラックホールに吸い込まれるポイント・オブ・ノーリターンを過ぎたならば、今こそ日本が最前線に立ったのであるから、福島安正中佐以来の正確な支那の実態把握に立ち返って、国民的規模で我が国の、アジア外交という国家戦略を練り直すことが、急務である。我が国家の存亡に関わる。
 中国共産党の実態・・・福島中佐の報告と同じ
 人民解放軍の実態・・・内田良平の豪侠、馬賊、土匪に近づく
 13億の人民の実態・・・農民、出稼ぎ、盲流
 このそれぞれを我が国家の情報収集力の総力を挙げて調べ治すことが急務である。
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** コラム 樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム ********
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樋泉克夫のコラム
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――江青、いったいアンタは何サマのつもりなんだ
    『文革最後的28天 江青集団覆滅内幕』(紀希晨 香港商報出版社 2000年)
 

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この本は、1976年9月9日の毛沢東の死から10月6日の四人組逮捕までの28日間に、北京の最上層で展開されたポスト毛沢東を巡っての暗闘を克明に綴ったもの。
「人民日報高級記者」の肩書きを持つ著者が1982年に葉剣英と華国鋒に対して行ったインタビューが、この本の骨格になっている。

周知のように葉は四人組殲滅に積極的に動き、華は毛沢東から「アンタがやってくれたら、わしゃ安心だ」との自筆の書付を貰って後継者に指名されている。
「彼らは現在でもなお知る人の少ない内幕を明らかにしてくれた」そうだが、古今東西、勝てば官軍である。そこで、眉にツバしながら読むことにしましょうか・・・。
 
発端は1971年9月13日に発生した林彪のソ連逃亡劇である。
69年4月に開催された第9回共産党大会で採択された共産党党章で「後継者」に指名してやった「この上なく親密な戦友」であったはずの林彪の“裏切り”は、やはり毛沢東にとっては痛恨事だったらしい。

その時から「彼の体調は下り坂を転げ落ちるように弱っていった」。孤独な老残の身をソファーに横たえ、タバコを1本、また1本とくゆらせながら、煙をジッと眺め深く考える。今日もまた眠れぬ夜。
「おそらく、心の裡に広がる痛みと苦しみに耐えかねていたのだろう」。
 
71年11月下旬、毛沢東は危篤状態に。
なんとか苦境を脱したが、全身の浮腫みが激しく靴さえ履けない。72年1月6日、彼の革命の原点である井岡山以来の戦友・陳毅が癌で死亡。

動くこともままならない身ではあったが、毛沢東は周囲の止める声を聞かず追悼会にでかけ未亡人に「陳毅を惜しむ。立派な同志だった」と声を掛ける。
文革中、批判されながらも陳は林彪や四人組を糾弾し続けた。この時、毛沢東の脳裏を過ぎったのは、共に死線を潜り抜け建国を達成しながら遂には文革で憤死していった多くの戦友の最期だろうか。

 ある時、「林彪はワシが選んだ。王洪文もワシが選んだ。どいつもこいつもダメだ」。秘書が周恩来の名を挙げると、「周に欠けているのは、これだ・・・」。
これを著者は「(毛)主席は、周恩来は大情況を統率する魄力と胆力が欠けていると考えていた」とする。
 
かくて後継者に選ばれた華国鋒に立ち塞がるのが、「私を誰だと思ってるのッ。つけあがるんじゃないわよッ」といった雰囲気を撒き散らす江青に張春橋、姚文元、王洪文の四人組。

加えるに毛沢東の甥で毛と四人組の連絡係を務めていた毛遠新。対するのは葉剣英や汪東興などの古参幹部の面々。
じつは彼らは67年2月に暴力が目に余ると文革派を批判したが、毛沢東は「革命のなんたるかを知らないものだ」と激怒。これを「二月逆流」と名づけ、林彪や四人組は古参幹部追放キャンペーンを展開し、既存の共産党組織を機能停止に追い込み、以後、彼らを中心とする中央文革小組が権力を完全掌握することとなる。

 葉と汪の2人は、文革で痛手を受け四人組を苦々しく思っているはずの陳雲、聶栄臻、楊成武など古参幹部に巧妙に根回して時を待つ。
かくて76年10月6日、「江青ら悪党一味は我が党をひっくり返し資本主義の復辟を企んでいる」ことを理由に決起。四人組勢力は一網打尽。かくて血を流すことなく「十年続いた『文化大革命』は終息した」のである。
 
結局、毛沢東の死が四人組の焦りを募らせ、同時に反四人組の背中を押したということだろう。盗亦有道。
彼らの闘いもまた、権力の真空状態が招いた一瞬のアダ花だったと思える。あれから30数年が過ぎ、いまや資本主義は完全に復辟した。往時茫々たり。
《QED》
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 ご案内です
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故片岡鉄哉さん、三回忌「追悼の夕べ」のご案内
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(下記に案内文を掲げますが、この会は一般読者の方も、片岡鉄哉ファンだった方も参加できます。参加ご希望の方には正式の案内状を郵送しますので、下記メルアドへ「〒番号」「ご住所」「お名前」と書いてお送り下さい。
 Sna76980@yahoo.co.jp

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平成十九年師走二十六日に亡くなった、国際政治学者・片岡鉄哉さんの三回忌を友人、教え子、ファンが相集い、左記の要領で「追悼の夕べ」を開催します。
片岡さんは昭和三十年に渡米してシカゴ大学へ入学、学位取得後はニューヨーク州立大学・ヴァサーカレッジなどで教鞭をとり、四半世紀を経て帰国。『黒船待ちの日本』(英語版は『真珠湾待ちの日本』)で論壇に鮮烈デビューされました。
代表作となった『さらば、吉田茂』(のちに『日本永久占領』と改題、講談社文庫)を書かれ、日本のドゴールといわれました。その後、筑波大学教授を経て再び渡米し、スタンフォード大学フーバー研究所ではコンドレーサ・ライス女史(後に国務長官)とテニス仲間。シカゴ時代は学生寮で連戦(国民党名誉主席)と同級でした。
遺作となった『核武装なき改憲は国を滅ぼす』で日本の行く末を熟慮、真剣な問題を提議されたまま冥界へ旅立たれました。師走の慌ただしいなかですが、どうか万障お繰り合わせの上、お知り合いにも声を掛けていただき、御出席頂ければ幸いです。
         記
  とき    十二月二十一日(月曜日) 午後六時半(六時開場)
  ところ   市ヶ谷
会費    おひとり一万円(お土産の書籍、DVDを含みます)
  式次第   献花、黙祷、追悼挨拶(発起人数名)、献杯。ヴィデオ上映(十五分ほど)。
参加者の歓談後、御遺族から謝辞。
発起人 井尻千男(拓殖大学「日本文化研究所」顧問)、入江隆則(明治大学名誉教授)、遠藤浩一(拓殖大学教授)、呉善花(評論家)、大島信三(元『正論』編集長)、岡崎久彦(元サウジアラビア大使)、加瀬英明(外交評論家)、川口マーン・惠美(作家)、白川浩司(元『文藝春秋』編集長)、田久保忠衛(杏林大学客員教授)、田中英道(東北大学名誉教授)、田母神俊雄(前空幕長)、富岡幸一郎(文藝評論家)、永野茂門(元法務大臣)、西尾幹二(評論家)、西部邁(評論家)、西村幸祐(ジャーナリスト)、長谷川三千子(埼玉大学教授)、花田紀凱(『WILL』編集長)、浜田和幸(評論家)、藤井厳喜(評論家)、藤岡信勝(拓殖大学教授)、水島総(桜チャンネル社長)、宮崎正弘(評論家)、山本卓真(財団法人「国策研究会」会長)、渡部昇一(上智大学名誉教授)

実行委員  青木偉作(翻訳家)、岩崎旭(李白社)、植田剛彦(評論家)、佐々木俊夫(三島研究会)、力石幸一(徳間書店)、比留間誠司(憂国忌事務局)、松本道明(ワック)、南丘喜八郎(月刊日本)、和田憲治(片岡メルマガ編集)。(順不同、敬称略)。
  
追記 なお、氏の長女はアメリカ在住。弟ふたりと妹が御健在。当日は画家(独立美術協会会員)である実弟・片岡伸介氏が描いた肖像画が会場に飾られます。
故人はパソコンを閉じたまま旅立たれたので、交友関係リストが不在です。この人も、というかたを思い出されたらご連絡下さい。御周囲に周知していただければ幸甚です。
一、当日は平服でおでかけ下さい
二、遺言にしたがって密葬、海への散骨儀式を済ませました。友人の多くから「ちゃんとお別れをしていない。三回忌の機会があれば是非」という声を頂戴しておりました。
  事務局 李白社気付
      162―0815 新宿区筑土八幡町5―12 相川ビル二階
      電話(03)3513―8571 FAX(3513)8572
         (担当 岩崎旭)
   ◆
参加ご希望の方は下記に「〒番号」「ご住所「お名前」をお知らせください。折り返し、案内状を郵送します。
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◎宮崎正弘のホームページ http://miyazaki.xii.jp/
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創刊日:2001-08-18  
最終発行日:  
発行周期:ほぼ日刊  
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