国際情勢

宮崎正弘の国際ニュース・早読み

 評論家の宮崎正弘が独自の情報網を駆使して世界のニュースの舞台裏を分析

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宮崎正弘の国際ニュース・早読み

2009/07/10


☆小誌アクセス・ランキング第一位を独走中!
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 「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」 
      平成21年(2009年)7月11日(土曜日)
         通巻第2658号 (7月10日発行)
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 「7・5新彊事件」が暴いた権力闘争の醜態
   新彊利権構造にメスを入れようとした団派を江沢民派が強く妨害
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 「9・11テロ事件」に由来するかのように新彊ウィグル自治区騒擾を「7・5新彊事件」と多くの華字紙が命名し始めた。

 民族対立の根深さが露呈したが、一方において中央の権力闘争がある。
その醜悪な側面はこうである。
 すでに小誌が分析したように「新彊覇王」こと、王楽泉・党書記は腐敗の象徴、新彊のプロジェクト利権を総覧し、政敵をばったばったと倒し、山東省閥で周囲を固めた。北京五輪前後から、そのあまりの腐敗ぶりを「団派」(胡錦涛主席の出身母体)が攻撃目標としてきた。

 胡の右腕・李克強(政治局員)は手勢の秘書軍団のなかで、ふたりの副官のスキャンダルを賀国強に握られ、胡錦涛が不在中に賀ら上海派は習近平ら太子党と組んで、李を追い詰める手はずが組まれていた(博訊新聞網、7月9日)。
このスキャンダル情報は温家宝首相側近からもたらされ、内蒙古省赤嶺、山西省臨分、遼寧省本渓、黒竜江省鶏西などの銀行口座に李克強の手勢らの不正蓄財の口座の証拠が挙がっているという。

 表面的には広東省書記の王洋と新彊ウィグル自治区の王楽泉との対立があり、このバランスを崩すためにも、不正蓄財の材料は、それがでっち上げであれ何であれ、重要なファクター、一気に政局を変えることが出来る。

 かつて1979年、トウ小平は四人組追い落としのために葉剣英、華国鋒の力を梃子とした。89年天安門事件は李鵬ら守旧派にとって、目の上のたんこぶ=趙紫陽追い落としの絶好の機会を与えてくれた。

 「上海の江沢民残党」「広東の反王洋(アンチ団派)」が、この場合、呉越同舟した。
 江沢民に近い王楽泉のポストを守り、むしろ厄介者の王洋を失脚させる。そのためにはスキャンダルをでっち上げてでも、李克強の政治力を弱める。そして胡錦涛がイタリアのG8サミットに出かけた隙を突いて、留守番チームが団派の政治力をそぎ落とすという筋書きだった。
公安筋を牛耳る周永庚も、どちらかと言えば上海派である。

 上海派が張り巡らした利権構造は上海メガロポリスから北京中南海をも猖獗し、正義より腐敗を、公正より不正を愛する権力亡者らが党の権威を嵩に、やりたい放題の金儲けに没頭してきた。
 上海派のモットーは「何事も政治的事件がおこらず平穏にカネを稼ぐ」。
 正義感の残る団派の若手にとっては許し難い奴らである。
 
 王楽泉が蓄財した金額は天文学的であり、新彊ウィグル自治区の武警、軍はもとより党組織の末端細胞にまで腐敗のお裾分けが配られ、あたかも王楽泉の私党、私軍とまで言われるほどだった。
 9日、胡錦涛は北京に帰国し、九人の政治局常務委員全員が出席するという異例の会議が開催された。


 ▲東トルキスタンの独立は夢か

 新彊ウイグル自治区は歴史的にも文化的にも文明的にも、もともとウィグル人の土地であり、1944年から1949年まで「東トルキスタン」という独立国だった。
中国が植民地獲得を目的に東トルキスタンに侵略し、ウィグル人指導者、宗教指導者多数を殺戮し、新たに漢族の入植を政策的に進めた。
東トルキスタンの独立は死滅せられ、「新彊」という土地名がつけられた。新しい辺境、という意味である。

 侵略軍は1949年から53年にかけて新彊に進駐し、農地を開墾してそこにどっかと居座る。この駐屯部隊は北京、天津、江蘇省、湖南省そして山東省の兵隊から成り立っており、合計33万人の軍隊が駐屯を開始した。
 以後、1962年から66年にかけては上海の若者およそ十五万人が送られた。

 他方、1949年から1984年にかけて、300万の漢族ほかの異民族が移住し、ウィグル自治区の北部一帯をしめる。シルクロードの北側、天山山脈の雪解け水に恵まれ、古くからオアシスが多い。当時、新彊ウィグル自治区の人口は約1000万人。三分の一が漢族となった。
 ただし新彊ウィグル自治区の南方は土着の民が多く、漢族の入植はきわめて少ない。理由は核実験場と、工業化に向かない土地だから。

 98年からの西部開発政府プロジェクトは、この北部の漢族居住区が対象とされ、ガス、石油開発、高速道、橋梁、鉄道、官舎、駅舎などのプロジェクトは漢族企業が独占し、ウィグルの民は農業に従事しているだけだった。新田開発も、移住してきた漢族にのみ供与された。
 ウィグル農民と漢族の都会生活者との所得格差はますます開いた。

 警察、軍、金融、銀行、石油化学、ガス、行政組織、教職等々、近代化に必要な職種はほぼ漢族が手中とした。
ウィグルの民には現場労働やリキシャ、個人商店、羊肉レストランいがい、進出できる職場もなく、まして教育現場は北京語が強要され、ウィグル語しか喋れないウィグル人は教師の職も追われた。
 「とくに原油、ガス、石油化学の従業員にはひとりのウィグル族もいない」(BOXUNNEWS、7月7日付け)。

 アルカィーダやアラブのイスラム原理主義過激派は、貧困が原因である。
 ウィグルから多くの若者が国境を越えてアフガニスタン入りし、アルカィーダの秘密軍事基地で訓練をうけていた。

 新彊ウィグル自治区のウルムチ市内は戒厳令下、街は静寂を取り戻した。街のいたるところに軍隊が駐屯して目を光らせている。力による平定。これが平静である。
 それが如何に表面的なことかは共産党自身が知っている。
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(読者の声1)中共の少数民族に関する、全くの素人からの質問です。
時事通信が、新華社電による報道として中国雲南省で9日夜に起きたM6.0の地震のことを伝えているのですが、震源地が「楚雄イ族自治州姚安県」とあります。
この「楚雄イ族」(注:素人なので、言葉の切れ目がどこなのか、分かりませんが…。)というのは、少数民族(非漢民族)なのでしょうか?
中共は、一体、どれだけの数の少数民族を支配しているのでしょうか?
  (T.T)


(宮崎正弘のコメント)雲南省は少数民族の宝庫、しかも色石、宝石の宝庫、オパール、オニキス、珊瑚、玉(ぎょく)など数十種類。そしてプーアール茶の産地。おまけに稲作です。
 さて中国政府が認定する少数民族とは、人口が二万から三万以上を一応の最低基準として、それ以下の少数民族は加えていません。
漢族を含めて56の民族がいます。
 メジャーはウィグル、チベット、モンゴル族にイ族、チワン(壮)族、チァン(羹)族、朝鮮族など。
 少数民族のなかの少数派にトン族、ナシ族、ワ族、ペィ族等がいます。

 拙著『トンデモ中国、路地裏の真実』(阪急コミュニケーションズ)から下記を引用します。
 (引用開始)「▲消えゆくトンパ文字 
 現在、世界で唯一、通用する象形文字を依然として使っている部族が麗江にいる。ナシ(納西)族のあいだで一千年も前から使われ、東巴(トンパ)という意味は族長もしくは祭司、歴史記録官にあたる。
 冠婚葬祭や悪魔払い、占いで活躍した象形文字、その殆どが解読されたのも実は欧米の考古学者、文化人類学者のおかげと言って良い(トンパ文字の文献は大英博物館とワシントン国会図書館およびハーバード大学に所蔵されており、研究者も揃う。率直にいっていまさら麗江に来たところで学問的な深みがない事実にがっかりするだろう)。 
 象形文字はエジプトや中国の漢字のもとと言われる甲骨文字が挙げられるが、トンパ文字は絵画に近い。そのトンパ文字を書いて部族の長をつとめる八十歳台の老人が観光客の目の前で実演でさらさらと書く。
 しかし中国は小学校三年生から、少数民族、稀少部族の言語教育を一切認めないで北京語に統一しているため子供はナシ族の言葉をまともに話せなくなった。逆に老人たちは北京語が全く分からない。ましてトンパ文字を伝統保持のために覚えようとするナシ族の若者は皆無ときている。 
 夕方、麗江の古城址へトンパ族の踊りと歌を聴きに劇場へ行った。300名ほどの小劇場が古城の商店街の中に設えてあり、数百人の外国からの旅行者で満席だった。
 気になったのは次の二つの点だ。
 第一にトンパ文字の実演を見たが、はたしてカタログに出ている写真と同じ文字なのである。観光デモンストレーション用に暗記しているだけではないのか?
 第二の事態はもっと気になった。
 司会役で出てきた初老の男は、良く通るメリハリの利いた音量で歌や楽器の由来、ナシ族の歴史を語ったが、よく表情を見ていると、顔の引きつり方、目の配り方、声の挙げ方が、女形。ひょっとして宦官の典型か。
 しかも少数民族の誇りや伝統や風俗を繙きながらも「我々は今日では中華民族として団結している」旨を何度も何度も強調するに及んで客席のシンガポール、台湾、香港からの観光客が鼻白んだ。「これじゃ共産党の小数民族政策が正しいと宣伝しているのと同じではないか」と小声の野次。舞台の後方を陣取る少数民族の楽団のメンバーは「宦官司会」が「中華民族の団結」と言ったとき、露骨な表情はしないまでも、なにやら名状しがたい、皺が凍り付いたような、生気のない浮かぬ風貌に陰ってゆくのを私は見逃さなかった。
 舞台がはねて現地の中国人に「中華民族ってどのような概念か?」と問うた。
「?」と堅い表情をつくった後で、一人がぼそぼそと言った。「それは中国人という意味ですよ」。
 なるほど、チベット族もリー族も、イ族も、ペイ族もナシ族も同時に「中国人」というアイデンティティを強要され、言葉が北京語で統一された以上、彼らは独自の文化を失いつつある。民族の記憶が喪われつつあるのである」。
 (引用止め)
 
さてご指摘のイ族ですが、雲南省北部から四川省南部をまたぐ山岳地帯に生息し、東の貴州省北東部にも分散しています。おもに八つに地域に分布しており、人口は700万人、おそらくチベット族より多い。
 頭に被る大きな頭巾とか、民族衣装がカラフルで、人口が多いので居住地域によって民族衣装が変化し、きわめて多彩でバラエティに富んでいます。「楚雄イ族」というのは楚雄市近郊に住むイ族という意味です。
 震源地となった楚雄イ族自治洲桃安県は、昆明から西へ150キロにある楚雄市から、さらに北東へ90キロほどの山岳地帯。小生はここへは行ったことがありませんが、楚雄市から西へ150キロ、大理市でイ族を多数みました。かなりの数が、ぺィ族が多い大理市にいます。ぺィ族(白族)は水掛祭りで有名な、恥ずかしがり屋の民族で藍染め、陶器、こうりゃん酒などでも有名です。
 引用箇所にある麗江は、その大理から北へ170キロ。峻険な崖道、山岳、山道をバスで四時間から五時間で行きます。
 そしてこれら麗江、大理、昆明など山岳地帯が中国の地震の名所です。



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(読者の声2)チベットの問題が大きくニュースで取り上げられた時、あるテレビ番組で、居並ぶ評論家の中に、中国に物申す方は誰一人もなく、ただ微かにO女史だけが、遠慮気味にコメントしたのみでした。
私はこの時に、はっきり、″左翼の正体!!″を見ました。
それ以来、あの方々を信じていません。(ダブルスタンダードとはこういう事、と理解しました)。
また2007年11月に、ラビア・カ−ディルさんが来日され、日本各地を講演された時も、民主党の「アジアと中国の民主主義を考える会」主催の国会、会議室で行われる予定だった女史との勉強会が、民主党が訪中を控えていた為か、急遽キャンセルに。
女史の開いた時間、急遽ホテルでの勉強会を設定し、女史の話しに耳を傾けたのが、中川(昭一)、平沼両氏ら10名の自民党議員だったと記憶しています。当時総理大臣だった安倍氏も会談されました。当時、そんな事をネットで知り、東トルキスタンで大変な事が起きている!と調べていましたら、初めて″ウイルス″というものにやられ、その後大変な目に・・・。
その時初めて、監視国家〇国の恐ろしさを知りました。
このように監視された中で東トルキスタンの方々は民族自立への戦いをされているのですね。
  (YM子)



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(読者の声3)ウィグル問題は、日本人に中共の脅威を見せ付けました。
引用:「一方で何と言っても巡航ミサイル潜水艦はスエズ運河「初めて」の通過の上にミサイル搭載船も「初めて」の通過。このタイミングは偶然か? これに関してはイスラエルのイェディオノット・アハロノット紙が「イスラエルとエジプト両国からの」イランへのメッセージだと分析。要はこういう事(エジプトの協力による時間短縮)も出来るという警告でしょう。 イスラエルとエジプトの「同盟関係」は極めて良好なようで、最近シモン・ペレスがエジプトを訪問した折にムバラク大統領を最大限に持ち上げた。両者とも八十を超える高齢でありながら国際政治の第一線に立つ。ペレスとムバラクは個人的な関係も良好」(引用終わり)

感想です。
潜水艦が運河を通るのは、示威にほかなりません。意図的に姿を見せているのでしょう。イランへのミサイル攻撃が起こるかもしれません。エジプトのイスラエルとの協力については、アラブには「敵の敵は友」という分かりやすい格言があります。
以前、カイロに勤務していた時、秘書のエジプト人女性(スンニー派)が、「イランのシーア派はモスレムではない」といったのに驚きました。キリスト教でも同じ宗教内の派閥争いは大量虐殺をおこしてきました。
中東のモスレムも、イランの核兵器開発の前に、一つではないのです。
   (東海子)


(宮崎正弘のコメント)エジプトと言えば、ムバラク大統領と並ぶほどの有名人だったガリ元国連事務総長はコプト教徒でした。コプト正教は「エジプトのキリスト教」。国民の九割がイスラムなのに、まだ一割は東方教会の支流である、エジプト正教を信じていることになる。
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  • 名無しさん2009/07/10

    佐藤諸君!07.05.号より引用する。ソ連は「自壊」していない 共産主義豚は、エリツィンの懐刀であったブルブリスの言葉を鵜呑みにして、「ソ連帝国は自壊」し、「ロシア国家とロシア人の本源的な力が、生命力を失ったソ連という外皮を超克していった」と主張しているが、これは事実と異なる。一般的にはソ連崩壊の原因は、83年、レーガンがソ連を「悪の帝国」と名指しで非難し、SDIを軸とする軍拡路線によってソ連を追いつめ(略)たためであると説明される。だが情報史の観点からすれば、軍拡競争における敗北のみならず、ソ連帝国は米英を中心とする西側とのインテリジェンス戦争に敗北したというのが、もはや常識である。(略)じつは「悪の帝国」宣言の前に、ある重要な事件が起きている。81年にサンピエトロ広場で発生した教皇ヨハネ・パウロ2世暗殺未遂である。ブルガリア情報部の!工作員!であったアリ・アジャによる犯行で、背後には、!KGB!の暗躍があった。クレムリンは反共主義で知られた法王の存在を憂慮し、忌み嫌っていた。ヨハネ・パウロ2世が故郷のポーランドに凱旋した際、ポーランド国民の熱烈な歓迎ぶりをみたソ連当局は、東側からポーランドが離脱する事態を恐れたのである。ソ連当局にとって、(略)ポーランドが兵站基地になると同時に、戦術核の貯蔵基地も設置されていたのだ。助かった法王は、聖母マリアの恩寵により助けられたと確信し、ソ連という邪悪な体制に対して敢然と戦う決意を固めたのである。その一方で、アメリカはバチカンとの関係強化に乗り出していた。(略)レーガン本人も82年に6時間にもわたる法王との謁見を果たしている。こうしてアメリカの対ソ情報戦争は最終局面に突入する。CIAはポーランドの「連帯」への支援も強化した。ケーシー長官も積極的にこの戦いに加わった。79年に始まったアフガン侵攻に対し、CIAや西側情報機関はイスラム系ゲリラに訓練や支援を供与。(略)アフガンはソ連にとってのベトナムと化した。情報収集という点でも、支那領内にアメリカ側のシギント基地が設けられた。支那も、ソ連を葬り去るという戦いに密かに協力していたのだ。いわば袋だたきのような状態でソ連は追い詰められていったのである。さらにソ連を追いつめる戦いは海上でも繰り広げられていた。81年(略)の演習(略)の結果明らかになったのは、ソ連軍の海上監視能力は十分に機能せず、ソ連国境まで西側の海軍が接近可能であるという事実だった。とりわけ、軍事的要衝であるバレンツ海に潜入した巡洋艦がソ連の偵察衛生網による監視をかいくぐって逃れたという事実は、ソ連当局にとっては衝撃的であった。ソ連戦術警戒システムがもはや機能していないことを意味したからである。この作戦が成功したことによって、NATO軍はソ連に気づかれずに背後から奇襲を行うことが可能であることが白日の下に晒されてしまった。(略)重要なのは、CIA内部で回覧されていた評価レポート「最近のソ連の軍事・政治活動の含意」において、西側が冷戦に勝利しつつあるだけでなく、その終了が近いことまで明記されていたということである。ゴルバチョフが登場する以前から、体制の崩壊は確実視されていたのだ。このように見てみると、「ソ連帝国は自壊」したのではなく、「西側に倒された」ことがわかる。自らがキリスト教豚でありながら、ソ連体制の崩壊が「ヨハネ・パウロ2世暗殺未遂事件」に端を発していたことも十分に知らず、害務猖時代に国益を損なう行為に豚足を染めておきながら、感情的になって「オレがみんな世話したんだ」と“恩知らず”な政治家たちの不品行を暴くとすれば、それこそ共産主義豚は悪魔と手を結んだ背教豚、破戒豚であると自ら認めるようなものだろう。最後に共産主義豚に尋ねたい。「あなたは善きキリスト豚なのか」と。赤魔猿

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