国際情勢

宮崎正弘の国際ニュース・早読み

 評論家の宮崎正弘が独自の情報網を駆使して世界のニュースの舞台裏を分析

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宮崎正弘の国際ニュース・早読み

2009/05/14


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 「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」 
     平成21年(2009年)5月15日(金曜日)
          通巻第2594号 (5月14日発行)
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(本号にはニュース解説がありません)
中段から「台湾の地位は未定」の宗像論文があります)
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読者の声 読者の声 読者の声 読者の声 読者の声 読者の声 読者の声 読者の声
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(読者の声1)貴誌2593号の「(読者の声4)(IT生 千葉)」さんへ
 貴台の投書で記されたSJ生です。小生が異議を呈して一方的に収めたのは、井上博士の見方に納得する御仁にいくら説明しても通じないと判断したからです。
しかし読者もおられることですから、宮中祭祀というものの評価に関わるから、とだけ記しました。
 昨夜、鈴木貫太郎の回顧録を読んでいて、最後の章で、昭和20年8月の終戦が決まった直後に、阿南陸相が鈴木首相に挨拶に来られた際の鈴木の応接に、改めて思うところがありました。
鈴木は昭和天皇が祭祀を大切にされているから大丈夫だというと、阿南も同調共鳴したと。この箇所は映画の1場面にもありました。
現在の閣議の面々には、二人の共鳴のわかる者が幾人いるだろうか、とまで記したくはないのですが。
 今回の折角の貴意、後半は粗忽な者には「神がかり」に取られかねないのを懼れます。
(SJ生)  



  ♪
(読者の声2)貴誌読者の「その師匠の話で「ヒットラーが三種の神器を欲しがっていた。なんとか取り上げる方法がないか考えていた。」と。容易に信じられる話ではありませんが、狂気を帯びた天才の発想には常人の想像の枠を超えたものがあると思います」(IT生 千葉)<引用終わり>

伝聞の話でも合理性があれば参考になりますが、ヒトラーと三種の神器の関係はちょっと思いつきません。教えて頂きたいと思います。
 三国同盟は当時の対日圧迫の国際情勢から生まれたもので合理性があります。戦後の三国同盟非難は敵に迎合したものに過ぎません。ヘーゲルは「存在するものには理由がある」と述べています。当たり前ですが。
  (東海子)


(宮崎正弘のコメント)井尻千男さんの「三国同盟論」(発売中の『激論ムック 世界を愛した日本』(オークラ出版)に、そのエッセンス(「亜細亜のトップランナーの栄光と孤独」)があります。
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(( 特別寄稿 ))
こうすれば、台湾は国際社会で承認される国家になる
   2009年5月13日  アジア安保フォーラム    宗像隆幸

1、外務省はこの重大な歴史偽造を容認するのか
 2009年4月28日、台湾の馬英九総統は台北賓館において、「57年前の今日、中日和約(日華平和条約)はここで調印された。1945年10月25日に台湾は中華民国に返還されたが、この中日和約によって台湾の主権は中華民国に返還された事が再確認された」と語った。1945年10月25日というのは、日本の安藤利吉・台湾総督が降伏文書に署名した日である。
 5月1日午前、斉藤正樹・交流協会台北事務所代表(事実上の駐台湾日本大使)は、台湾で行った講演で「サンフランシスコ条約と日華条約に基づいて、日本は台湾の主権を放棄したのみで、台湾の地位は未定であり、これは日本政府の立場である」と語った。これは馬英九が3日前に話した事を否定する発言だったので、その日の午後、台湾の夏立言・外務次官は斉藤代表を呼んで、彼の「台湾の地位は未定」という発言に厳重抗議した。斉藤代表は「これは純然たる個人的見解であり、日本政府代表としての発言ではない」と弁明して、「この発言を撤回する」と話したという。その夜、馮寄台・台北駐日経済文化代表処代表(事実上の駐日台湾大使)は台湾の記者に対して、「畠中篤・交流協会理事長(斉藤大使の上司)は、斉藤代表の台湾の地位に関する発言は日本政府の立場を代表するものではないと話し、『日本はサンフランシスコ平和条約第2条によって、台湾に関する全ての権利、権原および請求権を放棄しており、台湾の法的地位について、独自に認定する立場にない』と書かれた書面を私に渡した」と話したという。(5月2日『自由時報』)

 斉藤代表が「日本政府代表としての発言ではない」と弁明し、さらに畠中理事長がそれを確認したところを見ると、これは外務省の判断に基づくものと考えられる。これでは、日本政府が馬英九発言を認めたことにされてしまうであろう。これまでの日本政府の一貫した立場は、「日本は連合国との平和条約(サンフランシスコ平和条約)で台湾に対する一切の権利を放棄したが、台湾の地位は決定されなかったので未定である。台湾の地位をどうすべきかについては、台湾を放棄した日本には発言権がない」というものであった。斉藤発言は、日本政府の立場に少しも反していないではないか。このままでは、大変な事態を招く事になろう。

 5月5日、中国外務省の馬朝旭スポークスマンは、「台湾の帰属未定論を持ち出す事は、中国の核心利益への挑戦であり、中国政府と人民は絶対に受け入れる事が出来ない。日本側に対して厳正な申し入れを行った」と述べた。中国外務省は、「台湾の地位未定」を覆して、歴史を偽造する絶好のチャンスと判断したのであろう。これまでも中国は多くの歴史偽造を行ってきたが、この歴史偽造を許せば、中国による台湾併合を支援する事になる。これは台湾だけでなく、日本と米国および東アジア諸国の基本的国益にかかわる重大問題であり、決して放置する事は許されない。日本政府は、一日も早く「台湾の地位は未定である」と言明して、日本の立場を再確認すべきである。

2、日華平和条約は「台湾と澎湖島の地位未定」を確認した
 
4月28日の馬英九発言の第1の問題点は、「台湾の日本代表が台北で降伏文書に署名した日に、台湾は中華民国に返還された」という主張である。降伏は一種の休戦協定であり、法的には平和条約によって戦争は終結される。休戦協定によって、領土主権の変更が行われる事はあり得ない。2番目の問題点は、馬英九総統が「中日和約によって、台湾の主権は中華民国に返還された事が再確認された」と語ったことである。彼が「中日和約」と呼んだ「日本国と中華民国との間の平和条約」(略称=日華平和条約)は、1952年4月28日に台北市で署名され、同年8月5日に発効した。この日華平和条約は、「日本国との平和条約」に基づいて締結されたのである。

「日本国との平和条約」は、1951年9月8日にサンフランシスコにおいて、第2次世界大戦で日本と戦った連合国(the  Allied  Powers)のうちの48か国と日本国の間で締結され、1952年4月28日に発効した。このサンフランシスコ平和条約で、「日本国は台湾および澎湖諸島に対する全ての権利、権原および請求権を放棄する」(第2条B項)「日本国は、新南群島および西沙群島に対する全ての権利、権原および請求権を放棄する」(第2条F項)と定められたが、日本が放棄したこれらの領土がどの国に帰属するかは一切規定されなかった。その帰属が決定されるまで、これらの領土の地位が未定なのは当然である。

 中華人民共和国と中華民国はサンフランシスコ平和条約会議に招かれなかったので、日本はどちらと平和条約を結ぶべきかという問題に直面した。当時、日本は米国の占領下におかれていたが、米国は朝鮮戦争で中華人民共和国と戦っていたので、日本に対して中華民国と平和条約を結ぶ事を強く要求した。そこで日本は中華民国と交渉したが、中華民国は台湾と澎湖島の領有権を認めよと主張した。しかし、日本は放棄した領土に対する一切の権利を失っていたので、中華民国の要求を受け入れる事は不可能だった。結局、日華平和条約第2条は、サンフランシスコ平和条約第2条に基づいて、日本国は「台湾および澎湖諸島、並びに新南群島および西沙群島に対する全ての権利、権原および請求権を放棄した事が承認される」と規定された。これはサンフランシスコ平和条約で決定された事を再確認したものにすぎず、日本が放棄したこれらの領土を中華民国に譲渡したものではない。なお、この日華平和条約は、「中華民国政府の支配下に現にあり、また今後入る全ての領域に適用される」事が、日本国政府と中華民国政府の交換公文によって確認されている。

3、台湾人民の多数意志を確認すれば、国際社会は台湾を主権独立国家として承認する

 1945年9月2日、日本国と日本軍の代表、東京湾の米海軍戦艦上で、連合国に対する降伏文書に署名した。同日、マッカーサー連合国最高司令官は、この降伏文書に従って、「一般命令第1号」を発令した。この命令によって、アジア各地に駐在していた日本軍は、降伏すべき相手を指定されたのである。例えば、日本国本土や北緯38度以南の朝鮮、フィリピン等の日本軍は、合衆国太平洋陸軍部隊最高司令官への降伏を命じられた。連合国最高司令官としてのマッカーサーは、これらの日本軍に米太平洋陸軍部隊最高司令官である自分への降伏を命じたのである。満州、北緯38度以北の朝鮮と樺太および千島諸島の日本軍は、ソビエト極東軍最高司令官への降伏を命じられた。満州を除く支那、台湾および北緯16度以北のフランス領インドシナに駐在していた日本軍は、蒋介石総帥への降伏を命じられている。日本軍はこの一般命令第1号によって指定された相手に降伏したが、日本や南朝鮮などが米国の領土になったのでもなければ、満州や北朝鮮などがソ連の領土になったのでもない。中華民国の領土であった支那は別として、台湾と北部インドシナが中華民国の領土になったのでない事は明白であろう。

 日本国が連合国との平和条約で放棄した領土の地位は連合国が決定すべきである、というのが日本政府の一貫した立場であるが、平和条約が発効した時点で連合国は解消したと見るべきであろう。現実問題としても、60年以上も前に日本と戦った連合国が、それらの領土の地位を決定できるとは考えられない。サンフランシスコ平和条約が締結された後に、国際法として確立された「人民自決権」に従って、台湾などの地位は決定されるべきであろう。
 国連憲章(Charter  of  The  United  Nations)にも人民自決の原則を尊重すべきであると書かれているが、原則を述べただけで、その内容は規定されていない。
1960年に国連総会が決議した「植民地独立付与宣言」は、第2項「自決権」で「全ての人民は自決の権利を有し、この権利によって、その政治的地位を自由に決定し、その経済的、社会的および文化的発展を自由に追求する」と、自決権の内容を規定した。2,300万人もの人口を有する台湾(澎湖島を含む)は、かつての日本の植民地であり、しかも地位が未定なのだから、人民自決権が適用される十分な資格がある。

 1966年に国連総会が決議した「国際人権規約」は、第1条「人民の自決の権利」に「植民地独立付与宣言」の「自決権」をそっくり採用する事によって、人民の自決権がもっとも基本的な人権である事を確認した。この人民自決の原則によって、台湾人民だけが台湾の地位を決定する権利を持っている事は明白である。

 台湾人民が、国際社会で認められる公平な手段によって、「台湾はわれわれ台湾人民の領土であり、台湾人民の国家の領土である」事を表明すれば、人権と国際法を無視する国家でない限り、この台湾人民の意志を受け入れるであろう。人民の意志は人民投票によって確認されるのが一般的であるが、馬英九政権が人民投票を認めるとは思えない。そうであれば、署名運動によって人民の意志を確認しても良いのである。2004年2月28日、約220万の台湾人民が「統一」に反対する意志を表明するために人間の鎖を作った。一定の時間に、一定の場所に、台湾人民の10%が集まったのである。時間と場所を制約されない署名運動なら、台湾人民の圧倒的多数意志を実証するだけの署名を集める事も可能であろう。
 
 台湾は小さな国のように思われているが、決して小国ではない。台湾の人口は2,300万人で191の国連加盟国の42番目ぐらいに相当する。面積は36,000平方キロメートルで、ベルギーより広く、2008年の一人当たりの国内総生産(GDP)は17,500米ドルで、経済的には先進国である。これだけの国家が、世界でただ1国、国際社会から排除されている方が不正常なのである。

4、国際連合も「台湾の地位未定」を確認した

 台湾人民は総統(大統領)と立法委員(国会議員)を直接選挙で選出しており、台湾が台湾人民を主権者とする独立国家である事は否定できない事実である。しかし、台湾は現在も蒋介石占領政権によって強制された中国の憲法である中華民国憲法を使用し、中華民国を国名にしている。この状態を変えない限り、国際社会が台湾を主権独立国家として承認できない事は、国連憲章を見れば明白であろう。

 国連憲章第23条に、中華民国は5か国ある安全保障理事会常任理事国の中の1国であると明記されており、中華人民共和国の国名は国連憲章のどこにも書かれていない。
しかし中華民国のかわりに中華人民共和国が安保理常任理事国の地位を占めているのは、中華民国は主権独立国家としての資格を失い、その権利は中華人民共和国に継承されたからである。
1971年に国連総会が決議した第2758号決議案には、「中華人民共和国の代表が、国際連合における中国の唯一の合法的代表であり、蒋介石の代表を国際連合および全ての国際連合関係機関から即刻追放する」と書かれている。「中華民国を追放する」ではなく「蒋介石の代表を追放する」と書かれているのは、中華民国はすでに主権独立国家としての資格を失っているという判断に基づくものである。
 主権独立国家には、一定の領土とそこに住む人民、この領土と人民を統治する政府の存在、この3条件が必要だ。しかし、台湾の地位は未定だから、国際法で認められた領土を持っていない中華民国は、主権独立国家としての資格がない、と国連は第2758号決議案を決議した時点で判断したのである。台湾で中華民国と称しているのは、蒋介石を領袖とする亡命集団に過ぎないという意味なのだ。この亡命集団は「中華民国の領土には中華人民共和国の全領土が含まれる」と主張していたのだから、中華人民共和国にとっては叛乱団体という事になる。
台湾は中華人民共和国の領土ではないが、主権独立国家として中華人民共和国は叛乱団体を鎮圧する権利を持っているのだ。だからこそ、中華人民共和国が「国連憲章に書かれている中華民国の国名を中華人民共和国に変更する事」を要求すれば、国連はそれをすぐに受け入れるであろうが、中華人民共和国はこの変更を要求しないのである。

 中華人民共和国は台湾を自国の領土であると主張しているが、中華人民共和国の指導者たちが台湾の地位は未定である事を知らない筈はない。国連総会が決議した第2758号決議案はアルバニア決議案と呼ばれたが、実際にこの決議案を起草したのは中華人民共和国の周恩来総理だったからである。朝鮮戦争以来、アメリカは中華人民共和国を敵視して、「中国封じ込め政策」をとってきた。中華人民共和国が安保理常任理事国として国連に加盟する事を阻止するために、アメリカは中国の領土の一片すら支配していない蒋介石政権が安保理常任理事国の地位を守る事を支援してきたのである。しかし、ニクソン米大統領は中華人民共和国との関係を改善する政策に転換した。そのためニクソン大統領は、大統領特別補佐官のヘンリー・キッシンジャーを中国に派遣した。
 キッシンジャーは、1971年の7月と10月に訪中して、周恩来と機密会談を14回行っている。
この機密会談録は2001年に機密を解除されたが、1971年10月21日に行われた第7回会談で周恩来は、「この決議案の下では、台湾の地位に関する条項を挿入することは不可能ですし、もし、これが通れば、台湾の地位は未定という事になります」と語っている。それは周恩来が書いたアルバニア決議案の事であるのは明らかなのに、キッシンジャーは「アルバニア決議案でもですか?」と聞いているが、周恩来は「そのような危険性があります。もちろん、アルバニア決議案を支持する国々は、このような側面について考えた事はないでしょう」と答えている。(玉里和子・増田弘監訳『周恩来、キッシンジャー機密会談録』岩波書店刊、P.159)
 
 周恩来が「この決議案の下では、台湾の地位に関する条項を挿入することは不可能」と言ったのは、もし「台湾は中華人民共和国の領土である」という条項を挿入すれば、台湾の帰属問題が討論される事になり、それまでは中華人民共和国と中華民国のどちらかが中国を代表すべきかという事しか念頭になかった各国の国連代表たちが、「台湾の地位は未定である」ことに気づくからである。また、アルバニア決議案に「中華民国を国連から追放する」と書けば、国連加盟国の除名には安全保障理事会の勧告が必要であり(国連憲章第6条)、中華民国を一加盟国として国連に残すつもりであったアメリカが、安保理で拒否権を用いるだけで、アルバニア決議案は否決されるからだ。周恩来は中華民国を国連から追放するために、やむなく「台湾の地位未定」を利用したが、その事に気づかれるのを恐れたのである。米国務省はこの会談の半年前にも「台湾の地位は未定である」と米国の見解を述べていたので、周恩来は第1回会談以来、「台湾の地位未定」を公言せぬよう強くアメリカに要求し、キッシンジャーはそれを受け入れていた。周恩来とキッシンジャーの第7回会談が行われた4日後の10月25日、国連総会はアルバニア決議案を決議したが、周恩来が予想したように、殆どの国の国連代表たちはこの決議案に「台湾の地位未定」が含まれている事に気づかず、この問題を提起した国連代表はいなかった。しかし、少数ではあっても「台湾の地位未定」を知っている国があった筈である。台湾の地位が未定である事をよく認識している日本も、アメリカに要求されたのか、沈黙を守った。「台湾の地位未定」を知っていた他の国々も、アメリカや中国に口止めされたり、政治的な関係から、この問題を提起しなかったのであろう。
いずれにせよ「台湾の地位未定」が含まれたアルバニア決議案は、国連総会で決議されたのであり、国連が「台湾の地位未定」を確認した事に変わりはない。

5、米国と日本は、中国が東アジアの支配者になる事を支援するのか?

 中華民国が国連から追放された後も、蒋介石・蒋経国父子の独裁政権は、中国大陸は中華民国の領土であると主張し、この領土を奪回するという目標を放棄せず、中国共産党と中国国民党の内戦が継続しているという立場を変えなかった。1988年に蒋経国総統が死去し、副総統だった李登輝が総統を継承した。初めての台湾人総統となった李登輝は、1991年に「内戦の終結」を宣言し、台湾の民主化を推進して、国民は直接選挙で、1992年に立法委員を、1996年には総統を選出した。民主的な国民の選挙で選ばれた初めての総統となった李登輝は、1999年に「(中華民国と中華人民共和国の関係は)国家と国家、少なくとも特殊な国家と国家の関係である」と語った。台湾人民が主権者として総統も立法委員も選出している事を根拠として、中華民国は台湾の国家であり、中国の国家とは別の国家であると言明したのである。しかし、中国の憲法である中華民国憲法を使用していたので、台湾の法的な位置づけは曖昧であった。李登輝総統は、もともと中国の政党である中国国民党の主席でもあり、党内に蒋政権と共に中国から渡ってきた有力者達を抱えている事もあって、台湾憲法の制定には至らなかったのである。李登輝総統が引退を表明した後の2000年の総統選挙では、台湾人の政党である民主進歩党の陳水扁が当選した。陳水扁総統は「台湾と中国は、それぞれ一つの国家である」と言明して、台湾憲法の制定を目指した。
台湾憲法の制定は、台湾の法的民主化のためにも必要であった。民主主義の基本原則は、国民が直接に制定した法か、国民が選出した代表達によって制定された法に従う事だから、中国憲法を使用している限り、台湾は法的には民主国家と言えないからである。しかし民主進歩党は立法院で過半数を制した事が一度もなく、中国国民党は民進党の政策にことごとく反対した。蒋政権と共に中国から台湾に来た人達とその子孫は、台湾人口の約13%にすぎず、国民党でも台湾人が多数を占めているのだが、李登輝総統と共に民主化を推進した人々は国民党を追われ、少数にすぎない「統一派」が国民党の実権を掌握した。
このような状況で、民進党は台湾憲法の制定を実現する事が出来なかったのである。
 2008年の総統選挙では、中国国民党の馬英九が当選した。彼は幼いとき両親に連れられて台湾に来た香港出身者であり、中国人意識の強い人物であるが、選挙運動中は「自分は台湾人である」と繰り返し強調し、自分が総統に当選しても、「中国との統一政策は絶対に推進しない」と公約した。しかし総統に就任した馬英九は、「中国は一つであり、台湾はその一部である」と言明して、急速に中国との統一政策を推進している。彼は「自分の主張は中華民国憲法に基づくものであり、一つの中国とは中華民国の事である」と説明しているが、これは中国の台湾に対する武力行使を正当化するものだ。また国際的には、「一つの中国」と言えば、世界の人々が中華人民共和国の事であると思うのは当然である。

 中国は「武力を行使しても台湾を統一する」と台湾人民を威嚇する一方で、経済政策やさまざまな手段を用いて、台湾の平和統一政策を推進している。台湾全土で「統一政策」に反対する大衆運動が展開されているが、馬英九政権は中国の力を背景に、反対運動を弾圧しながら、着実に「統一政策」を推進している。それに反して、台湾の独立と民主主義を守るための台湾人民の大衆運動は、アメリカや日本から「台湾の独立は支持しない」などと圧力をかけられて、孤立感にさいなまれているのが現状である。

 中国は1992年に制定した領海法で、一方的に南シナ海と東シナ海の大部分を自国の領海と定めた。もし、中国が台湾を支配下においたら、日本と東南アジア諸国の生命線である南シナ海を通るシーレーンも中国が支配する事になる。そうなると、中国は東アジアの覇権を握る事になり、東アジアにおける力の均衡は崩壊してしまう。「ハワイ以西を支配下におき、太平洋を米国と二分する」という中国の目標が、現実化するのである。アメリカも日本も、自国の基本的国益に反する対台湾政策をとり続けているのだ。米国と日本は、その事に気づいて、台湾に対する冷淡な政策を転換し、「台湾の地位未定」を言明して、台湾人民の人民自決を積極的に支援すべきである。 

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