国際情勢

宮崎正弘の国際ニュース・早読み

 評論家の宮崎正弘が独自の情報網を駆使して世界のニュースの舞台裏を分析

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宮崎正弘の国際ニュース・早読み

2009/02/27


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 「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」 
    平成21年(2009年)2月27日(金曜日) 貳
         通巻第2509号 
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 日本のマスコミの面妖、「中国経済に回復の兆し」
  実態は輸出入落ち込み、就職難、鉄鋼、株式は再び下落基調
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 例によって日本のマスコミはおかしな分析予測を書いている。
 「上海株式指数が年初来、30%上昇し、鉄鋼価格が20%あがり、運輸の移動人口が急増している。政府の景気刺激策は天文学的であり、まもなく景気回復へ」と。

 一月の貸し出しは1兆6200万元に達し、資金需要が旺盛なことは確実だが、これは中国の企業が金利安を見越して、一月まで待って集中して借りたからだ(ウォールストリートジャーナル、2月27日付け)。

 同様に鉄鋼価格の一時的上昇は、政府のプロジェクトを見込んで投機筋がまた買い占め行為を行ったからで、先週ふたたび6・3%の下落を示した。
上海の株式指数も同様で再下落傾向にあり、回復の兆しはない、と同紙は予測している。

 輸出は対米、対EU向けの激減が回復しておらず、上海の工業生産指数は12・7%下げている。

 港湾設備はカーゴが少なく、飛行場にも人影が少ない。
 週初に上海から帰国した友人によれば、「行きも帰りも飛行機はガラガラ、ビジネスクラスには人がいなかった」由。
 どうして日本の経済紙は、現場の声を反映しないで楽天的な記事を並べるのだろうか?
 
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樋泉克夫のコラム


  ―北京が支持したポル・ポトに抹殺されかけた中国系カンボジア人の物語
       『最初に父が殺された』(ルオン・ウン 無名舎 2000年)


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 著者の父親には「カンボジア人と中国人の血が流れてい」て、農村の豊かな家で「何不自由なく育」ち、「ノロドム・シハヌーク殿下直属のカンボジア王室秘密情報機関」に勤務。「自分の背が高いのは中国人の血が100パーセント流れているからだと言う」。

母親は中国生まれ。夫婦は7人の子沢山。長男のメンはフランス留学から戻ったところで結婚直前。10歳のキムは「金」で8歳のジューは「珠」と、両親は息子や娘に中国語に因んで名づけた。
彼らの通う学校の「授業は、午前中はフランス語で午後は中国語、夕方はクメール語になる」。
「わが家では、夜になると年下の子供たちがキッチンに集まって中国語の勉強をする」。著者は下から2番目で女の子。「父が私を抱き、中国の古い民話で笑わせてくれた」。両親は子供を飽くまでも中国人として育てようとしていたようだ。おそらく著者一家のウンという苗字を漢字で綴れば「呉」になるのだろう。


 こんな一家を悲劇が襲ったのが1975年7月。長い間、ジャングルを拠点に革命闘争を繰り広げてきたオンカー(=ポル・ポト軍)がプノンペンに入城してきたのだ。
ロン・ノル政権を血祭りに上げ国政を掌握した彼らの手で、一家もトラックに乗せられ、農村に送られる。「『殺害がはじまったんだ』と、父は山道を歩きながら兄さんたちに話している」。
 
「ベトナム人、中国人、他の少数民族は、人種的に堕落しているグループ」と看做すオンカーは、「民主カンプチアを、カンボジアがタイ、ラオス、南ベトナムにまで領土を広げていた大きな王国だったかつての栄光の時代に戻したがっているのだそうだ。
オンカーは、カンボジア人の手によってこそ、これが達成できると言っている」。そのオンカーは北京の絶大な支援を受けていた。

そこで著者は兄に「中国がオンカーを助けているんだとしたら、なんで私たち中国系がこんなにいじめられるのよ?」と尋ねる。
幼い著者の疑問に「父は、オンカーは民族浄化の考えにとりつかれていると言う」。「母のクメール語には中国語の訛りが混じるため、用心しなければならない。父は母が、カンボジアから害毒のもとである外国人を排除しようとしている兵士の標的になるのを恐れてい」たが、それは現実となる。

 先ず『最初に父が殺された』。次の生贄は母だった。オンカーの兵士を前に「母の目は希望で大きくなり、動悸は恐怖で激しくなる。・・・突然、ライフル銃の音が響き・・・母はすでに息絶えている。
母の頭を抱えながら、(末弟で3歳の)ギークが息ができなくなるまで悲鳴をあげつづける。
兵士がライフルを持ち上げ、数秒後、ギークもまた静かになる」。
 
ポル・ポト政権の筆舌尽くしがたい残虐行為を目撃し体験しながらも、残された兄弟は生き残りタイに逃れる。
「バンコック国際空港に入っていく。搭乗ゲートでは、大きな翼のついた銀の巨大な弾丸が私たちを待っている。耳に聞こえるほど心臓が高鳴り、手のひらは汗で湿る。父の夢で勇気づけられた私は飛行機に乗り込」む。
行き先はアメリカ。

あれから30数年。カンボジアでは、すったもんだの末にポル・ポト政権の犯罪を裁く国際法廷がやっと始まるようだが、まともな裁判が期待できるわけがない。
いずれカンボジアではポル・ポトとその側近に、中国では四人組に“罪をおっかぶせ”て一件落着となるはずだ。
所詮は死人に口なし。だがポル・ポトたちの権力を支えたのが公党としての中国共産党であることは明白。両者の共犯関係が解き明かされる時は来るのだろうか。
《QED》
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(読者の声1)貴誌前々号の「(読者の声6)『ファクタ』3月号に桶谷秀昭氏の書かれた内村剛介氏への追悼文が読む者の心を打ちます」とありました。
以下はご参考まで。

A.「内村剛介氏を偲ぶ」サンケイ平成21年2月9日付けの麻田平草・恵雅堂出版社長
の追悼のエッセイから抜粋。
1.日本に来ているソ連の留学生を招いた一夕、ソ連だから監視役(注、KGB)の教師が来ていた。「宴席が始まったとたん、一座が凍りついた。内村氏がいきなりその教師を相手にロシア語で喧嘩を始めたのだ。ものすごい剣幕で栃木なまりのようなロシア語で一方的にまくし立て友好ムードをぶち壊してさっと帰ってしまった」
 2.内村氏は敗戦後、満洲からソウルに南下する途中、平壌で日本人難民救済活動をしていた先輩外務省の梶浦氏の要請で下車、協力した。しかしロシア語に堪能なことから逮捕された。だが二人は釈放された。ところが先輩が発疹チフスになったため、付き添って収容所に戻った。梶浦氏はその著書に「内村氏に自分を置いてゆけと言えなかったことは生涯の痛恨事である」と記している。内村氏は「すべきことをしたまで」と述べている。
 3.この後、内村氏は地獄のシベリヤ抑留が始まり、11年後スターリンの死で奇跡的に帰国できた。内村氏はその間KGBの調書のサインを一貫して拒否して生き抜いた稀有の例である。
4.内村氏の生き方:「日本に帰国してからは、私は屈辱であると思うことが目の前で起こった時は見過ごすまいと決めた」と記している。

B.ジャック・ロシ氏著「さまざまな生の断片の記録」成文社 から抜粋
  仏人のジャック・ロシ氏は、ソ連で内村氏と同じ強制収容所に入れられていたため知遇を得ていた。
「スターリンの死で文通が許されるようになると、内村夫人からあなたの友人によろしく、と手紙にあるのをみて、私は厚い監獄の壁を越えて自由の世界からやってくる新鮮な空気に触れたような気がした」と記している。
ロシ氏は仏の裕福な家に生まれたが、18歳で共産主義者になりコミンテルンで活動中、ソ連で逮捕され24年間にわたり、地獄の収容所生活を行きぬいた人である。生還後は共産主義の欺瞞を広く伝え、若人に警鐘を鳴らすことを使命としている。
   (MC生)


(宮崎正弘のコメント)そうそう、内村剛介氏のそういう頑強で頑迷で堅牢な面影を思い出しました。正義のために欺瞞や偽善を許せないと、とくに知識人の偽善に対して喧嘩を売っておりました。



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(読者の声2)日テレの報道番組(25日)が報じたところによると、オバマが2兆ドルの無駄(遣い)を見つけたのだそうです。
具体的には、“イラクでの利権にからむ事業”や“大規模農業への支援”などだそうです。
 ですが、前者は、イラク戦争が米国の「イラクでの利権」のための戦争であった…ということを認める発言になってしまうのではないでしょうか?
もしそうなら、それに付き合わさせられる国は、とんだバカを見たことになってしまいますよね。米国には“謝罪”してもらいたいものです。
また後者については、米国の数少ない“まともな産業”を潰すことになってしまうのではないでしょうか? 米国内の地方(農業は、大抵、地方で営まれますよね)からの反発はないのでしょうか?
 合衆国は、オバマでEU化していく…ということでしょうか? EUも、時々、結束が乱れますが…。
   (T.T)


(宮崎正弘のコメント)米国のアンタッチャブル領域最大の産業は軍需産業。チェイニー前副大統領は、最大軍事下請け企業であり石油発掘のハリバートン社の大幹部でした。イラクでは米軍の下請け企業がやまと活躍しています。きっと、それらの下請け孫請け戦争産業には無駄遣いがあるのでしょう。



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(読者の声3)大阪で収録の丹羽春喜経済学博士の政府紙幣発行論のビデオです。
冒頭で丹羽博士の祖父の兄が京都で近藤勇のアジトを襲撃した話などを披露しています。
http://video.google.com/videoplay?docid=-4560129800745344108
 少々長いです(2時間弱)が、参考までに。
       (KU生、世田谷)



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(読者の声4)中国7月危機説とは、以前から言われてきていましたが、ここにきて、ロシア5月危機説が急浮上して来ました。
一つには言うまでもなく、ロシア経済を支える二本柱のひとつ天然ガスの価格が急落するからです。天然ガスの引き渡し価格は、6ヶ月前の石油価格に連動させるというのが業界慣行です。
今まで、この6ヶ月の時間差により維持されてきた天然ガスの高価格が今後一挙に崩れて行き、5月頃にはロシア経済に大きな影響を与えているであろうというのがその論拠です。
しかしここにいたって今ひとつの問題が浮き上がってきました。
他ならぬヨーロッパ最大のポップフェスティバル兼コンテストである「ユーロビジョン」が5月に開催されます。今年のグルジア代表に選ばれたポップグループが当日唄う歌の題名がなんと「I don't wanna put in.」です。モー娘でもないにもかかわらず、題名の最後にピリオドがあるのはさておき、英語で「to put in」とは、「突っ込む」という意味です。
つまりグルジアに軍隊を突っ込んで侵攻したロシア軍を皮肉っています。さらに「put in」を声に出して読めば、「プッチン」です。ロシアのプッチン首相に「あんたなんかいらないよ」といっているのです。
ロシアのメディアは大反発しています。しかも、今回のユーロビジョン開催地は、モスクワです。もしグルジア代表が優勝したら、モスクワはおろか全ヨーロッパが大騒ぎとなること必定です。
そこで開催国の元首であるメドベージェフ大統領がどんな挨拶をするかが大きな影響をもたらすかもしれません。誰かが演出したのか、偶然かは判りませんが、今から興味津々
です。
私がメドベージェフ大統領なら、「5月はサンクトペテルスブルが最も美しい季節です。開催地をモスクワからサンクトペテルスブルグに替えましょう」と提案しますが。はたしてどうなることやら。
  (ST生、神奈川)


(宮崎正弘のコメント)五月、サンクトペテルブルグです、か。あそこは綺麗な町ですね。1990年の五月に三泊しました。英語読みセイント・ピーターズバーグ(聖なるピョートルの都)。ピョートル大帝とエカテリーナ女帝とエルミタージュ美術館と。



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(読者の声5)05年にハルピンに長春から汽車(電関)で行った。赤帽につり銭を騙されて、近代的な駅を出ると、大八車に山積みの西瓜に印象を受けた。
松花江は濁っており、借りたパンパン船(船頭その女房付き)は砂州に乗り上げた。砂州が移動するらしい。川魚は食わないことを勧める。ウチの青い目の家内が中華食を嫌がった。結局、赤提灯の架かった日本料理屋へ入った。秋刀魚塩焼きを熱燗で食った。満州娘の女給らは、襦袢をしたに着けず、和服を肌に直かに着ていた。だから、襟元が真っ黒なのだ。
秋刀魚は「ニーガタ」と言った。チップを300円やったら、「ミー?」と大きく笑った。素朴だが、シタタカともいえる。郊外へ一日タクシー雇って行くと、「狗」という看板が目に付く。金王朝の跡とかへ言ったが、ホントかな?
周りにはソ連時代の原子力発電所が林立。農夫が大勢、座り込んで昼飯食っていた。写真を撮らせてもたったお礼に、チョコレートを一箱あげると、「日本人ですか?」と若い女性が聞いた。そこには、抗日の表情はなかった。
運ちゃんとその妻(前席で息子を抱いた)は「731部隊跡は、煙突だけでつまらない」と言ったので取りやめ。ソフィア教会の中の写真は1902年ごろのハルピン住まいの白系ロシア人のもの。鉄路を走る馬車や、川辺で水浴の女性、氷ついた満州荒野などです。「ロシア娘の肌は白い」と、今は亡き母が言っていたが、その通りだった。
瀋陽行きのエアバスは乗客が10人もいただろうか?飛行機も、飛行場もムダに見えた。
(伊勢ルイジアナ)


(宮崎正弘のコメント)ハルビンは、小生儀、十数回は行っておりますが、なかなか良い町ではありませんか? 
 交通の要衝ですから、ハルビンを基点に東西南北へ行く関係上、どうしてもハルビンでの宿泊が多くなります。駅裏の昆倫ホテルや、駅前にならぶビジネスホテルによく泊まります。
日本時代の典型は大和ホテル。まだあります。キタスカヤの松浦洋行ビルは新華書店です。まわりには日本風の居酒屋も数軒。ロシア教会から近いところで、露西亜料理の老舗があります。ここでピロシキとウォッカが絶品。
すこし離れた川岸にシャングリラホテルもあり、あとは水さえ綺麗ならリゾート地にも成り得るのですが。
 旧満州も黒龍江省あたりまで、北上すると反日、抗日ではなく、反共産党のメンタリティですね。731部隊跡地はハルビン市内からタクシーで四十分ほど。寂れていて煙突だけ残っています。

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3月1日(日)、黄文雄、宮崎正弘、城仲模氏を講師に台湾時局講演会

●日 時:2009年3月1日(日)18:00〜20:30(17:30開場)
●会 場:アルカディア市ヶ谷 5階 穂高
     東京都千代田区九段北4-2-25 Tel:03-3261-9921
     [交通]JR/地下鉄「市ヶ谷」駅より徒歩3分
http://www.jps.gr.jp/news/20020411map.htm
●参加費:1,000円

講演1  18:00〜18:40
 テーマ  「台湾が直面する三大危機」
 講 師  黄 文雄(拓殖大学日本文化研究所客員教授)
講演2  18:45〜19:25
 テーマ  「台湾と中国の一中市場は可能なのか」
 講 師  宮崎正弘(評論家・作家)
講演3 19:30〜20:10
 テーマ 「台湾の現在と未来、日本との関係」
 講 師  城 仲模(台湾李登輝之友会全国総会総会長)
      1938年(昭和13年)、台湾・台南市生まれ。東呉大学卒業後、早稲田大学大学院、東京大学大学院などに留学。法学博士。李登輝総統時代に法務部長(法務大臣)や司法院副院長(最高裁副長官)を歴任。昨年6月、李登輝之友会全国総会の総会長に就任。台湾行政法学会理事長、(財)台湾法治曁政策研究基金会会長。
■主 催:台湾独立建国聯盟日本本部
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宮崎正弘の新刊 
 http://miyazaki.xii.jp:80/saisinkan/index.html
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宮崎正弘のロングセラー
『やはり、ドルは暴落する! 日本と世界はこうなる』(ワック文庫。980円)
『出身地でわかる中国人』(PHP新書、861円)
『中国がたくらむ台湾・沖縄侵攻と日本支配』(KKベストセラーズ 1680円)
 『トンデモ中国、真実は路地裏にあり』(阪急コミュニケーションズ、1680円)
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