国際情勢

宮崎正弘の国際ニュース・早読み

 評論家の宮崎正弘が独自の情報網を駆使して世界のニュースの舞台裏を分析

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宮崎正弘の国際ニュース・早読み

2008/08/03

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「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」 
    平成20年(2008年)8月4日(月曜日)
通巻第2275号 (8月3日発行)  
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(今号も書評特集、ニュース解説はありません)

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(((((( 今週の書棚 ))))))

 パール博士は全幅の親日派ではなく大東亜戦争の全面支持ではなかった
  日本無罪論にあらわれた理想主義は非暴力とカーストの出自と設計主義からきている

 中嶋岳志・西部遭共著『パール判決を問い直す』(講談社新書)
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                        評 宮崎正弘

 こんにちまでパール判事と言えば、日本の無罪を主張してくれた恩人として、とりわけ保守陣営からは高い評価があった。
 中嶋岳志・西部遭両氏の『パール判決を問い直す』(講談社新書)に依れば日本無罪論のパール博士には、従来日本で伝えられた日本擁護論の裏側に理想主義、「世界連邦」という一種設計主義があり、日本の保守派はおおいなる勘違いをしているという。

 さて過去一、二年ほど、保守陣営の中でパール判事を巡ってのかまびすしき論争が展開されたらしいが、筆者は中嶋岳志という学者の存在を本書で初めて知ったほどで当該論争にはまるで通暁していない。

このため以下は論争そのものの批判を抜きにして、本書に従って、パールの論理を検証してみる。
 パールの日本無罪論は「A級戦犯」に関して「刑事上無罪」であるとし、道義的無罪を主張してはおらず、張作霖爆破や満州建国、南京事件に関しては『毒を制するに毒を以てなした行為であって非常にネガティブだという。
 要は「平和に対する罪」『人道に対する罪」などという事後法によった裁き方は、当時の国際法にはない概念であり、A級戦犯は当然だが無罪であり、また連合国が主張したような「共同謀議」は成立しない。
 だからといってパール判事は大東亜戦争を肯定してもいなければ全面的に日本が無罪とは言っていないという。

 西部氏は「パール判事より清瀬一郎のほうが東京裁判の問題点をきちんと指摘して」おり、「東京裁判が一つの事後法にもとづく不法行為であり、二つに政治的復讐劇である、と最初に指摘したのは清瀬」だったと言う。
そういえば、学生時代、筆者も清瀬一郎の本は熟読玩味した記憶が蘇った。講演も聴きに行ったが、なによりも、清瀬一郎があらわした『秘録東京裁判』(02年に中公文庫)を傍線を引いて何回か読んだ。

 中嶋岳志氏は「日本思想史の点から見ても非常に重要な問題です。パールを支えた日本人たち、下中弥三郎や田中正明という人たちは戦前の大亜細亜教会というところに集っ」たメンバーであり、彼らは「アジア主義、そして超国家主義は、どこかでコスモポリタニズムに繋が」るのであって、北一輝の世界連邦理想に通底している。かれらの「超」はウルトラではなく、国家を越える世界連邦という理想がある、とする。

 そもそもパールは、現在のバングラデシュ出身でベンガル人。身分の低いカーストであったため差別され、苦学して大学をでたが、法律研究の動機は伝統的な長子相続法だった。
 なぜなら「インドでは『政治経済』の領域はイギリス流に、文化宗教の領域はインドの伝統を尊重するという(英国の)統治」であったがため、”法の分断”が生まれ、商法、契約、訴訟などはイギリス流の法律が裁くが、結婚、相続、不要、家族はインドの伝統に基づき、ムスリムにはイスラム法典が、ヒンズー教徒にはヒンズー法が用いられた。
 問題は統一されたヒンズー法が存在しなかったため、絶対的な判定をできる法典がなかった。そこで「法学者らが依拠したのが、サンスクリット語で書かれたヒンズーの古典籍」だった。学者らは、この古典籍を体系化し、ヒンズーの法律は「古典回帰によって統一され、全インドに施行されて行きました」(中嶋)

 西部遭は「(だからパール判事は)イギリスの植民地であるインドが如何にプライドを取り戻すか、(中略)いかにインド文化のレジティマシー(正統性)とジャストネス(正当性)を保証するための歴史的拠点を見いだすかという、インドの思想家としての姿勢がある」。
 つまり東京裁判を通して、「パールは旧宗主国であるイギリスに、思想的な反撃を加える機会として書いた」わけであって、パールの「親日の前に反英があった」。

 パールは法廷に逐一出席せず、また裁判の最中にもインドへ帰国したりして、判決文を書き上がることだけに熱中した。日本軍がインド独立の指導者として支援したチャンドラ・ボーズに一言も言及していない奇妙さも、謎である。

 また中嶋氏は「パールは仏教こそが、世界の歴史上、もっとも寛容の精神を持っていたと言い、仏教に内包された宗教の普遍的側面を抽出しようとした」のが世界連邦の発想に繋がったのだろう、と示唆する。
 西部遭氏は結論部分で、パールの思想は結局、日本の保守派は受け入れないとする。
 筆者はパール判決文を読んだことがない。殆どは清瀬一郎氏のもの、裁判記録は富士正晴氏の著作、そして最近明らかになった証拠書類として申請し東京裁判で却下された夥しい証言など。
もっとも印象深い言葉は東京英機の主任弁護士だった清瀬一郎氏が「ベトナム戦争で日本が心理的にベトナム側を支援している理由は大東亜戦争の復讐をそこにみているからだ」と言ったときである。
 
 本書、保守の思想界におそらく波紋をひろげるであろう。

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(読者の声1)『正論』今月号の宮崎正弘論文を拝読しました。台湾の政界の裏話にも通暁されていて、馬英九がただの反日のお馬鹿さんとばかりおもっていた私なぞ、政界の動きを知ると驚くことばかりの連続でした。
台湾政治もそうなのですね。
中国の政治はかならず黒幕がいるように、馬英九を舞台裏で操っている人々があり、関中とか金某とか、伝えられた知日派政治家らが祭り上げているだけの現実とか、台湾政界の裏話をこれほどビビッドに書かれたモノは珍しいと想いました。
 

(宮崎正弘のコメント)馬英九は反共第一、親米政治家です。
かれの言う「統一」とは、「まずミサイル撤去が先で、そのあとで話し合い」というのが基本線。国民党名誉主席の連戦のような大陸へののめりこみ姿勢は希薄です。
 が、馬英九の危険性は「中華思想」のプライオリティが「民主化」の前に置かれていることです。五輪へ派遣される台湾代表団は「チャイニーズ・タイペイ」で良いと妥協する人ですから。



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(読者の声2)貴誌2274号で、「(宮崎正弘のコメント)栗田朝臣の、その逸話を初めて聴きました。原典は? また中国側の史料でも残っている文献があるのでしょうか? 外務省は省内教育のテキストに採用すべきではないですかね。なおお調べいただくのはお暇な折で結構です」
といわれました。
年中「ひまン」なので早速、ご返事いたします。
『続日本紀』に載っています。ただし、私は、書名を思い出せませんが朝日選書の「百村江。。。」(現在絶版)で読みました。
『続日本紀』の記述は非常に短いので、朝日選書は他の文献の記述で補ったのでしょう。
一つ訂正いたします。
粟田朝臣真人(あわたのあそみまひと)が遣唐使で唐に行ったのは、大宝二年なので、会ったのは、おそらく唐の皇帝ではなく則天武后だったと推察いたします。
また則天武后から司膳員外卿に任命されているので、おそらく唐の文献、たとえば私は読んでいませんが『旧唐書』とか『新唐書』に記載されているかもしれません。
外務省の省内教育のテキストより、義務教育の必読書に『続日本紀』に加え『日本書紀』と『古事記』をすべきと考えます。
ちゃんと読まない人は、義務教育の卒業資格を与えないか、日本国籍を剥奪するくらいのことをやったらいかがでしょうか。
また、つれかえった元日本兵は確か3人だったと記憶いたしております。
梅本和義氏に粟田の朝臣真人の墓の埃でもなめともらいたいものです。もっとも彼に対しては、懲戒解雇というより有効な処置があります。詳しくは、エルオネス8月号34ペ
ージ「トンデモ外交官が続々出世する!?」をお読みください。
   (ST生、神奈川)


(宮崎正弘のコメント)『エルネオス』は小生も時折寄稿しており、よく読んでいますが、外務省の中は凄まじい人事が行われていますね。とてつもなく無能で汚職疑惑の人たちがほとぼりが冷めると栄転する? 信賞必罰のない、歴史教養のない、いや国家的使命感のない、外務官僚が蟠踞する役所は、解体するべきではありませんか。
 つねづね、申し上げているように外務官僚はまず半年間、自衛隊でしごきを受けて、国家防衛とは何かを身体で感じるべきです。国防のなんたるかをわきまえない頭脳だけのエリートが外交を司る? 危険このうえなきことではありませんか。



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(読者の声3)日米戦争についてハルノート論が出ていますので意見を記します。
> (読者の声2)貴誌2272号でKI氏、2273号でMARU氏が言われたように、米国政府の開戦の意図は強固であり、日本国政府としては開戦せざるを得ない状態であったという指摘は正鵠を射たものです。
 だからこそ、その中に奇跡を起こすような外交力を持った政治家が必要だったのです。
ゆえに、外交的セントと「胆力」といったのです。
小室直樹氏が以前著書に以下の案を書いていました。
ハルノートでの米国政府の要求を全て呑んでします。ただし、何時までたってのなにもしない。きかれたら「準備中」と答える。これなら、交渉は解決し(相手の案を丸のみですから)御前会議での開戦回避の条件も満たします。
私はこれがとるべき方策であったとは思いませんが、「突飛さ」という観点ではこれくらい一般人の常識を超えた超一流の外交家、政治家ならではのものが当時のそして現在の日本には必要であると考えます。
 
1.ハルノートの素性:ハルノートは突然出てきたわけではなく米国の日露戦争以前からの満洲を狙うアシア戦略の結論です。

 2.呑めば論:だから呑むと日本という国家が消えてしまいます。それにこれを呑めば次が来るというわけです。相手も馬鹿じゃない。ハルノートは本来の日本敵視戦略の挑発の道具の一つに過ぎないのです。

3.元KGB幹部パブロフの回顧録:1995年モスクワで回顧録が発表されその中にソ連が米国政府内のスパイに後にハルノートになる対日要求条件を伝えた話が出ています。
スターリンは独ソ戦に備えて東西挟撃を避けるために、東部国境の反共勢力である日本と蒋介石を無力化すべく、日本蒋介石戦争を計画しました。そして西安事件で蒋介石を捕らえ傀儡にして支那事変を起こしたわけです。
しかし日本が予想外に勝利していたのでさらに保険をかけるために米国の満洲への野心を利用して日米戦争を策しました。
そこで日米交渉の決裂を狙ってそれまでの経緯と関係のない露骨な対日要求を突きつけさせました。戦争の挑発です。ソ連は最高機密なので伝書使を使ったのでしょう。
パブロフが渡米しワシントンで財務省次官の共産スパイホワイトに会い、主要条件を示します。ホワイトが記憶するとメモは回収しました。用心深い。帰途は太平洋経由の日本船でソ連に戻りました。
ということでハルノートの内容は素人が書いたものではない。当時の世界、米国、アジア、極東、日本に通じた最優秀の人たちが前々から準備して絶対に日本を逃さないというタイミングで出されたものなのです。ちなみに、パブロフによれば、ハルノートが発表されると、スターリンらは内容におおむね満足したと述べています。

4.ハル:ハルは米国の貧困家庭に生まれひとりだけ優秀で出世しましたが政治的背景は弱かったようです。
彼はハルノートと呼ばれるのを嫌っていたといいます。戦争の挑発屋として歴史に残ることが恥ずかしかったのでしょう。
ホワイト:彼は戦後IMFの設立に関与するなど出世しましたが、戦後スパイ容疑で審問され途中で変死しました。KGBの口封じと思われます。彼がKGBから金を受け取っていた記録が残されています。かれもロシア系ユダヤ系の米国人でした。
 スターリン:スターリンは、理想主義によって共産主義に賛同したスパイにも必ず金を渡すようにしていました。そして裏で常に彼らはわがソ連に金で雇われている雇い人に過ぎないと軽蔑していたそうです。
かれは冷酷な現実主義者だったので理想主義者が大嫌いで馬鹿にしていました。
  (MC生)



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(読者の声4)下記は鮮度落ちですが、支那の必死さが伺える記事です。
  2008年7月6日、環球時報は仏紙ルモンドがフランスのサルコジ大統領の  北京五輪開会式出席を報じたことを伝え、「反中国勢力の五輪ボイコット運動は失敗し、中国は全面的に勝利した」と報じた。
3月14日のチベット暴動を受け、欧州を中心に中国批判が噴出。各国政府首脳にも五輪開会式を欠席する動きが広まっていた。
  しかしここに来て、米ブッシュ大統領、日本の福田首相が参加を表明。サルコジ大統領は開会式参加の条件としてダライ・ラマ14世と中国政府との対話を挙げていたが、これもクリアされたことにより洞爺湖サミットでの胡錦濤(フー・ジンタオ)国家主席との会談時に参加を正式表明すると見られる。
環球時報は米国、日本、EU(フランスは7月のEU議長国)と主要国首脳がそろって開会式に出席することで、「反中国勢力の五輪ボイコット運動は完全に失敗となり中国の完全勝利となった」と高らかに宣言した。
http://www.recordchina.co.jp/group/g21273.html

ところで私の勤め先の支那工場の様子がおかしい由で重役がそちらへ行っています。
宮崎さんが言う通り、最初から「息を吸うように嘘を吐」き、体が嘘と出鱈目だけの人種の支那とは組んで仕事はやるなといったのに、みんな日経と中共の工作に嵌り、夜逃げすら出来ない状況に来ているのではと思っています。
このメルマガで御指摘の通り、すぐに謝る日本の企業が一番大陸撤退に遅れ、金をぼったくられ、ごねられて時間がかかるでしょう。
 長野に限らず、各地で支那人が警察を舐めた行動を起し、警察も支那人の言い分を聞いてしまう状況になり、国内の治安が更に乱れるのは必至です。
     (FD生)


(宮崎正弘のコメント)たくさんご意見をいただき、全部を紹介できません。悪しからずお許し下さい。猛暑にもかかわらず読者の皆さんの熱心さに励まされております。

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<<<<<< 編集後記 >>>>>>
 維新政党「新風」の代表だった松村久義さんが亡くなったことを知ったのは、迂闊にも死後一ヶ月ほどしてから「国民新聞」の訃報欄だった。

 かれは私より三つほど若いはずだ。
すぐに後輩に調べて貰ったところ、
「松村久義氏は一昨年からガンになり、闘病しながらも去年の夏には参議院選挙に立候補され、同年秋から新風代表に就任し党を指導されておられたようです。今年の年始より病状が悪化し、ついに6月17日に帰幽されました。葬儀は6月20日の10時から荒川区町屋斎場で営まれ、親族・全国から来た新風の党幹部や党員など100人近くが参列され執り行われたようです。葬儀に参列した新風関係者から聞いた話です」
との報告を受けた。

また年下の“戦友”がひとり仆れた。
初期の早稲田大学国防部に飛び込んできた松村は早稲田高等学院出身で政経学部在籍中だった。
およそ理論より先に手が出るという行動派で、喧嘩が飯よりも好きなタイプだった。
昭和四十二年秋だったが、当時「東京12チャンネル」にいた田原総一郎が、早稲田の国防部に十日間ほど密着取材し、30分のドキュメンタリー番組を作ったことがある。
そのおり、本部に泊まり込んで押し入れに寝ていてズドンと転がり落ちたり、食事をがぶのみする松村の『積極的』というより『野性的』な映像をよくおさえていた。放映場面は二つほどしかなかったのだが。。。
となりにはニヒルな笑いを浮かべる阿部勉がいた。伊藤好雄がぶつぶつと独りごちながらお茶を沸かしたりしていた。森田必勝はアルバイトに忙しく、このときはあまり本部に顔を出さなかった。そうそう、それから三十年後に防衛庁長官になる玉沢徳一郎氏も、当時、先輩幹部として、本部に顔をだすことがありましたっけ。

なにか問題があって、或いは問題を起こしてか、松村はある日、不意に国防部を離れた。理由はどうしても思い出せない。
私は機関誌『日本学生新聞』の編集と紙面つくりに忙しくて、昼は茅場町の株式新聞社の校正室にいた。夜しか、本部に顔を出せない時期がしばしばあったので彼と語り合う時間が足りなかった。
何年かして銀座でばったり出会うと、かれは変身を遂げてい、大倉商事につとめていた。
「え、君は学校を卒業したの?」
「交易会で広州に半年やらされましてね。なにもないところですよ。共産主義っていやですねぇ」。
銀座一丁目あたりの裏通りの喫茶店で松村が呟いた。
それから数ヶ月もしないうちに「大倉商事を辞めました」と言ってきた。理由は気に入らない上司をぶん殴ったから。

しばらく音信不通だったが、突然こんどは麻布十番で喫茶店を開いたという。その間に世界旅行して著名な山にのぼっていた、という。
喫茶店は麻布十番の真ん中で有名なスーパーの二階にあった。店の名前を忘れたが、洒落たインテリアで麻布の雰囲気にもあった。
『軍資金はどうした?』と聞くと「国民金融公庫から借りました」と笑った。
店は奥さんと経営していた。手製のケーキがうまく、「これ、俺が作ったんですよ」と照れもせずに言った。あの大きな目玉から、平気で浮き世離れした台詞が出てくるのも奇妙である。
ちょうど、知り合いが麻布十番の暗闇坂に住んでいたので、この時期は週に一度くらいは会っていた。が、一度も政治の話をした記憶はない。
私はコーヒーを飲みに行った。
松村はアルプスとか登山が好きで、世界の山々での出来事や凍傷にかかった話が得意で、奥さんも登山仲間らしかった。

やがて店を畳んで離婚したという噂を聞いたのは数年後、驚いている裡にこんどはバイク宅配便の会社を興したと言うので驚き、そのうち新党から政治家に立候補するというので、また吃驚した。
共通の友人の所へ資金集めにやってきたり、本人からも何回か電話を貰った。不思議なことに彼が電話をかけてきたとき、私はなぜか暗合するかのように海外にいて不在だった。
本気で政治家になろうと想ったのか、警鐘を乱打するのが目的の立候補だったのか、心の中はのぞきようもないが、最後まで戦闘が好きだったのだ。
―――散る桜 残る桜も 散る桜
合掌。
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  • 名無しさん2008/08/04

    私は外務省の試験には「教育勅語」「朝鮮総督総監事務申継書」「大東亜戦争の原因」「日清・日露戦争史」「パール判事判決文」で科挙?試験をやって欲しいと思います。

    池田教の念仏と無宗教中共の籠絡されている様な害有省にはホトホト呆れております。