国際情勢

宮崎正弘の国際ニュース・早読み

 評論家の宮崎正弘が独自の情報網を駆使して世界のニュースの舞台裏を分析

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宮崎正弘の国際ニュース・早読み

2008/07/08

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「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」 
    平成20年(2008年)7月9日(水曜日)
通巻第2249号 (7月8日発行)
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 米中の蜜月時代は軍事方面にも飛び火した気配があるが。。。
   四川省大地震救援の人民解放軍は国民の人気を取り戻した?
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 一種異様ともいえる米国の前向きな中国人民解放軍への評価がでている。
 しかも書いたのはジム・マルビナン(ワシントンで中国軍事専門家。フーバー研究所フェロー)。マルビナンと言えば世界的なチャイナ・ウォッチャーとして知られる上、かれが寄稿したのはフーガー研究所の機関誌である。

フーバー研究所は反共、反ソ連のシンクタンクであり、米国有数の保守思想の政策提言集団であり、しかもライス国務長官の出身母体。日本からも故片岡鉄哉教授や植草一秀氏が一時期、席をおいた。共産主義研究でもっとも優れ、旧ソ連にもなかったレーニン『赤旗創刊号』も揃っていた。

 マルビナンは米軍と中国人民解放軍の緊密な連携を高く評価した。
 かれの書いたレポート「四川省大地震と人民解放軍」(フーバー研究所発行『チャイナ・リーダーシップ・モニター』、第二十五号』)の結論部分はこうだ。

 「人民解放軍は胡錦濤主席の指導の下、陳丙徳参謀総長が指揮を執り、軍の団結を尊んで、危機管理に臨み、救援活動を通じて89年天安門事件いらい失墜していた軍の人気を回復せしめた。
 また四川省地震以後の米中軍事協力は特筆すべきであり、馬暁天中将とPACOM(アジア太平洋司令部)のキーティング司令官との電話による緊密な連絡により、成都に米軍輸送機が適切な物資を運び、そこにはゲーツ国防長官も同道した」。

 実際には旧ソ連型動員態勢と整合性のなさで人民解放軍の展開は被災地で決して評判をとったわけでもなく核兵器貯蔵庫や生産設備周辺での機密行動は一切明らかにされず、謎が多い。
 
 だから他の専門筋は異なった分析をする。 
「とりわけ驚いたのは人民解放軍が旧来の人海戦術の頭で被災救助に取り組んでおり、大型ヘリコプター不足などという装備の話だけではなく戦闘訓練はあっても救援の訓練を受けておらず、瓦礫の山を取り除く削岩機、開削機もなく、発電機もすくなく、震源地の文川に空軍の派遣は44時間もかかった」(NYタイムズにコメントしたデニス・ブラスコ前北京駐在武官)。


 ▼データからみた場合の凄さ

 しかしマルビナンは「公式の報道から統計的に集計し、情報を収集した結果」として、次のように総括する。

 「四川省地震直後、わずか十四分後に昆明の部隊に発動命令が出された。郭伯雄(軍事委員会副主任)と葛振峰(副参謀総長)が指揮をとって、成都軍管区と済南軍管区からはただちに空軍が出動した。陸軍空挺団にも出動命令が出た。
 作戦は三つに区別され、秩序回復に役立ち、大いなる出動効果を挙げた。
 92回の特別鉄道輸送が取られ、11万台の軍用車両とクレーン、通信機材、発電機が携行された。医療ならびに物資運搬は軍隊のなかに115チームが編成され、救援物資・食料は78万トンが運ばれ、空中からも307トンの物資が運ばれた」。

マルビナンの指摘を俟つまでもなく、今回の災害出動は人民解放軍の危機に対処できる能力、その迅速性、機動性を推し計かるまたとない機械ともなった。

救援の総括部門は臨時に「国務院抗震救災総指揮部」に置かれ温家宝首相と李克強が現場指揮を執った。
作戦は九つの部門が分かれた。
(1)緊急マネージメントと救済(成都軍管区)
(2)ライフラインの確保
(3)地震のモニター
(4)衛生、防疫
(5)宣伝
(6)生産復興
(7)安全の確保
(8)水
(9)秩序の回復
 これらのうちの六つの部門を軍が担当し、総指揮は陳丙徳参謀総長が担った。

人民解放軍は発生直後、5月15日、5月17日と会合を重ね、胡錦濤総書記が現場に現れて兵士を激励したことは、精神的な励みとなったと人民解放軍は自らを評価している。
「軍のイメージの向上は98年大洪水時の出動と果敢な救済活動ならびに2008年二月の華南大雪災害出動に次いで、高い評価を得た」(マルビナン前掲報告)。
 
「じつは中国はそれ自体も15の偵察衛星を被災地撮影に集中させたほか、米国防総省に依頼して情報の提供を要請した」(NYタイムズ、7月2日付け)。

米中の軍事的蜜月が、これらの報告の行間に詰まっている。米中の再結託はひそかに着実に始まっているのではないのか。
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(((( 追悼 ))))

台湾烈士 許昭榮先生 の生涯
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                              石戸谷慎吉


許昭榮烈士は昭和3年11月13日、当時の高雄州潮州郡枋寮庄水寮で生まれました。 
12才の時に御尊父が逝去し、枋寮公学校を一時休学し牛飼として働きましたが、授業料が免除され、復学し、昭和15年に同校を卒業しました。この時、昭和15年、皇紀2600年で、乃木大将の枋寮上陸記念式典に参加したのを鮮明に覚えていると語っていました。卒業後は台南の薬局で働いていました。

昭和19年、16才で帝国海軍特別志願兵第2期に応募し、20倍以上の難関を突破し、合格者2000名の一人に選ばれました。翌年海軍第112期「飛行整備科」終了後、第61海軍航空廠新竹分廠に配属され、新竹航空隊の沖縄特攻の「桜花」の出撃整備に従事しました。日本の敗戦後は帰郷し鉄工所に勤務していました。一時期、東港分廠にも派遣されました。

昭和22年、20才の時に228事件が勃発しました。国民政府にとっては、旧敵国である日本の旧日本軍兵士、また、軍属に志願した台湾人は危険分子と見られていました。この時、蒋介石の国民党軍は大陸で国共内戦を戦っており、連戦連敗していました。蒋介石の海軍は賠償により接収した駆逐艦雪風などを主力に建軍途上にありました。艦艇の運用、機関整備など技術要員を必要としていました。また、陸軍は国共内戦の為に多くの訓練された陸兵が必要でした。

 許昭榮さんは、機関兵として蒋介石の海軍への入隊を強要されました。従わなければ「清郷(危険分子なので殺害)の対象とする」と脅迫され入隊せざるを得ませんでした。入隊後、山東省青島の軍官学校での訓練、前記の丹陽の機関兵として、共産軍との内戦に動員されました。

長山島沖で、僚艦の誤射で許昭榮さんは同じ境遇の台湾人の親友を失います。この時の戦死者を長山島に埋葬しようとしたとき、共産軍の急襲を受け、埋葬途中に退却せざるを得なくなります。沖合に停泊する丹陽を目指した内火艇に乗艇しますが、これが沈没し、海上を漂流しましたが、救助され九死に一生を得て生還しました。
同時期に国民党は旧帝国陸軍特別志願兵、元軍属を募兵します。日本軍より復員しても仕事の見つからない経済状況に有る者、また、甘言につられて募兵に応じた人数は約15000名と推定されます。蒋介石の軍は正確な統計が故意に隠蔽される事があり、正確な人数は不明です。

蒋介石の海軍に徴兵された人数も不明ですが、海軍は自ら海上輸送能力があります。 この海軍に参加した台湾老兵の帰還者数は約400名であり、戦病死した若干名がこれに加わりますが、約15,000名の台湾老兵の圧倒的多数は陸兵でした。
この1万5千人の台湾籍蒋介石軍兵士(台湾老兵)のその後は悲惨の一語に尽きます。国共内戦で戦死された方は約3,000名、残余の一万名以上は殆ど全員が、共産軍の捕虜となります。この共産軍に捕虜となった、台湾老兵は、昭和25年に勃発した朝鮮戦争に共産支那軍の一部として動員されます。この朝鮮戦争で、約6千名が戦死したと推定されます。からくも戦死を免れた台湾老兵を待っていたのは、大陸での文化大革命の狂気でした。

この狂気の権力闘争の期間に反革命分子として迫害虐殺された台湾老兵の数は2000名以上と推定されます。平成4年の段階での許昭榮さんの大陸での調査では、約1000名が大陸で生存したいたとのことです。
許昭榮さんの晩年は、この生存する台湾老兵の台湾帰還運動、働き手を失った台湾老兵の家族の救済、補償要求運動、そして非戦運動に捧げられました。

ともあれ、昭和24年国共内戦に敗北した蒋介石は台湾に逃れ、武装難民政権として白色恐怖支配を打ち立てます。
国共内戦の戦闘より生還した許昭榮さんは蒋介石の海軍から逃れられず、軍務に服していました。その間、米国が供与したフリゲート艦接受要員として昭和23年米国に送られます。さらに昭和30年、2回目のフリゲート艦接受要員として渡米した際、寥文毅を首班とした台湾共和国臨時政府樹立のニュースをニューヨークで知ります。当時は「これこそ台湾の希望の道」と確信したとの事です。

 また、寥文毅台湾共和国臨時大統領が「台湾独立運動10年史」を出版したとの事、また、その梗概も報道されていました。
 米国より接受したフリゲート艦は、台湾への帰路、ハワイの真珠湾に帰港します。
許 昭榮さんは横浜に在住していた叔父の許仕さんに連絡して、ホノルル在住の日系人の協力を得て、この寥文毅著「台湾独立運動10年史」を受取り、密かに台湾に持ち帰ることに成功しました。

この寥文毅著「台湾独立運動10年史」は英文と日文で、台湾に広めるためには北京語に訳す必要があると左営海軍基地で仲間と密議し実行しようとします。。しかし、これが、台東に帰省中の仲間の不注意で露見し、国家反逆罪で徒刑10年の判決を受け緑島送りとなります。 昭和43年刑期を終え出獄し、名古屋が本社の日本のミシン会社に技術課長として就職します。蒋介石の特務機関は許昭榮さんを、政治犯としての監視だけならまだしも、就職、居住の妨害、そして、勤務先に対する賄賂の要求など理不尽な行為を繰り返します。 

昭和47年、輸出製品に Made in ROC (中華民国)ではなく、Made in Republic ofTaiwan(台湾共和国製)と下請け業者がマーキングしてしまいます。
これが元で、逮捕され4ヶ月間拘禁され、拷問を受けますが、証拠不充分で釈放となります。しかし、蒋介石政権の圧迫、勤務先に対する賄賂の要求などが強まり、会社に迷惑を掛けられぬとこの日系ミシン会社を自ら退職します。

その後、台暉貿易会社を設立し、昭和55年に台中の東海大学に53才で入学し、企業管理を学びます。これにより、パスポート収得の資格が得ることが出来、昭和59年渡米して枝豆、ブラックタイガーの市場開拓などに従事します。
ロッキー青木氏と会ったのはこの時との事です。

昭和60年、当時、緑島に政治犯として閉じこめられていた施明徳が抗議のハンガーストライキを決行します。ロスアンジェルスに滞在していた許昭榮さんは、この、施明徳支援デモに参加します。
この時の影像に映っている許昭榮さんの隣の米国人女性は施明徳氏の奥さんです。
この許昭榮さんの活動を中華民国駐米代表部の特務機関は発見して、許昭榮さんが持っていた、パスポートを無効にします。

許昭榮さんは無国籍となったので、日本のロスアンジェルス総領事館に保護を求めますが、拒否されます。
500ドルで日系人から譲って貰った中古車で米大陸を横断し、ワシントンDCの日本大使館に保護を求めますが、ここでも拒否されます。

当時、亡命していた彭明敏博士と会い、彼の助言でカナダに向かいます。カナダ政府は政治難民として即座に受入れてくれました。
カナダでは、日系の水産会社に就職することが出来ました。
難民として、カナダでの生活は安定しましたが、脳裏をから離れないのは山東省長山島で僚艦の誤射により戦死した親友の事でした。カナダ政府が難民旅券を発行してくれたので、この旅券で支那大陸山東省を訪問し、親友の遺骨を探し当てます。

そして、大陸残留の台湾老兵の現地調査を開始します。 
平成4年、李登輝総統の民主化の成功により、ブラックリストがの解除され、台湾に帰国します。 
帰国して、カナダ在住の時から、大陸に残され、台湾に帰国できない台湾老兵の帰国支援、大陸の遺骨捜索、大陸の家族の支援などに取り組みます。
同時に高雄市旗津での台湾無名戦士記念碑の建立運動そして戦争と平和祈念公園の設立運動に取り組みます。
しかし平成19年11月、高雄市議会で親民党の高雄市議会議員王齢嬌などの発議で、同公園を「平和祈念公園」と改称し、同時に823砲戦戦勝記念碑を建てるとの決議が圧倒的多数で通過しました。
許昭榮さんは、これでは、台湾老兵を含む戦争と平和祈念公園としての意義がなくなると、この決議を覆すべく、市当局、市議会と交渉、抗議運動を行いましたが、高雄市議会、高雄市政府は耳を貸さず、遂に5月20日抗議の焼身自決を決行しました。

許昭榮さんの抗議焼身自決は、国民党に洗脳された台湾人が、今度は自分が台湾人の若い世代に洗脳教育を行っている事に対する抗議だったと思います。民進党や陳水扁前総統に対する批判もあったでしょうが、台湾人の現状に対する警鐘のメッセージだったと考えています。 
       平成20年7月6日 (西暦 2008年)
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宮崎正弘の講演会 
 「北京五輪直前、最新中国情勢」
  と き  7月17日(木曜日) 午後六時半
  ところ  大手町「産経プラザ」三階大会議室
  費用   お一人 1500円(学生1000円)
  主催   「正論を聞く会」(代表 三輪和雄)
どなたでも予約なく参加できます。
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『出身地でわかる中国人』増刷!(PHP新書)
『三島由紀夫の現場』(並木書房)
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  • 名無しさん2008/07/08

    『米中の再結託』が悪い冗談であることを祈ります。