国際情勢

宮崎正弘の国際ニュース・早読み

 評論家の宮崎正弘が独自の情報網を駆使して世界のニュースの舞台裏を分析

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宮崎正弘の国際ニュース・早読み

2008/04/19

 
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「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」 
   平成20年(2008年)4月19日(土曜日) 弐
        通巻第2164号
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台湾取材日記(総統選挙観戦記)
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 (2008年3月22日の台湾総統選挙取材のため五日間、台北にいました)。


 ▲定宿がとれず、帰国する台湾人で満員


 3月19日 水曜日
午後の中華航空で成田から台北へ。ゲートで元時事通信香港支局長を務めたH氏と落ち合う。そこに『自由時報』東京特派員の張茂森さんら一行。投票に行って、その足で日本に帰るそうだ。
投票に帰国する台湾人が夥しい。機は満員である。
 機内では麦酒弐缶だけ。台湾桃園国際空港まで三時間半、食事のあと、かなりぐっすり寝た。ダイナスティ(王朝)クラスは席がゆったりしている。
予定より弐時間遅れたため到着が午後8時近い。タクシーで台北駅前までH氏と同乗。H氏は空港で携帯電話を借りだした。
 いつもの定宿がとれず、初めてのホテルを予約した。小生は新築のオレンジなんとかというビジネスホテル。H氏はN旅館。お互いが歩いて弐分。

部屋は意外と綺麗である。シャワーを浴びて、部屋のインターネットの繋がりを確認してから、駅前YMCAのロビィへ急いだ。
ここに宿泊しているのはNHKの某氏、元日本テレビ香港支局長だった高橋さん、それと台湾問題の権威・伊原吉之助教授ら。
 誰も帰っておらず、結局H氏と林森北路のスナックへ繰り出した。ここは小生、選挙で取材に来るたびに必ず立ち寄る。理由は二十年来の友人(台湾人)のたまり場でもあるからだ。現場の声を仕入れる目的もある。
すると店の近くが民進党選挙対策本部というので、酒をそっちのけにまずは取材へ。徒歩六分。長安東路に面していて、ビル全体を隠すように「台湾維新」の垂れ幕。
 ロビィには大きな謝・蘇コンビの「逆転勝利」の大看板、意気は上がっていて数百人の謝長廷支持者が詰めかけていた。「日本から取材?」と取り囲まれた。入り口の漫画は馬英九が赤旗を振っている風刺漫画。
 選挙グッヅはアイディア一杯の帽子やらマグカップ、変わったところでは謝さんのシャツ、時計も売っていた。
小旗やステッカーを仕入れる。


 ▲ムードは民進党に追い風

 3月20日。木曜日。
 早朝、近くの喫茶店で朝食。宿泊のホテルは簡便すぎて、ロビィも食堂もないので、近くのカフェと契約しており、チケットを貰って食べに行くというシステム。案の定、新聞記者のたまり場のようだ。
 小生も新聞を全部買ってコーヒーを飲みながらとばし読み。自由時報、連合報、りんご日報、中国時報に英字紙を二紙。六紙で75元(260円ほど)。必要な記事以外、全部ゴミ箱へ。手がインクで真っ黒になる。石けんをつけてごしごし洗う。これが毎朝の重要な仕事の一つだ。
 九時に天津街の行政院新聞局へ。
歩いて二十分かかる。ここで「記者証」を交付して貰う。
 ちょうど、局長が記者会見中だったが、中座して膨明敏先生に面会へ行く。新聞局の玄関ロビィで同じく総統選挙の取材にきた三宅久之氏、松本健一氏とばったり。霞山会のA氏とも立ち話。

 膨先生は96年の台湾総統選挙で李登輝さんに挑戦し、善戦した民進党の総統候補。台湾独立運動のカリスマである。このときに副総統候補が謝長廷だった。
 昨年と一昨年、名古屋と東京のシンポジウムでお目にかかり、また一昨年秋には膨氏が「弟子」にあたる蘇貞昌(当時首相)と面会のアポを取られ、ご自身に通訳もしていただいて恐縮の限りだった。
 開口一番「今朝の『自由時報』、みましたよ」と言われた。
 それは日本の政治家や学者文化人212名が、3月20日付け「自由時報」に全面広告を打ち、自由な選挙と主権を重視する候補への投票を呼びかけた意見広告、じつは小生も賛同者のなかに入っている。内政干渉とならないよう、特定政党を支持してはいないが、誰がみても独立を訴える謝候補への側面支援のメッセージである。
蒋介石独裁の時代、膨明敏氏は台北大学教授だった。連日、特務に監視され、逮捕寸前、日本人のパスポートで変装し、海外へ脱出した話はあまりにも有名だろう。それを仕組んだのが宗像隆之氏(文藝春秋『台湾独立運動私記』)らだった。
 話し込んでいる裡に、午後三時から李登輝さんの緊急記者会見という情報が入る。投票二日前の緊急会見なら、謝候補支持を声明するに決まっている、と想像した(その通りだった)。

 昼飯は、元PANA通信のB女史が珍しい広東料理を奢ってくれる。B女史は外省人。ハルビン生まれ。馬英九支持である。国民党が勝つという予測を聞いた。食事のあと李登輝前総統会見に向かう高橋氏らと別れ、資料を買ったあと、国民党本部へ。
 午後、民進党選挙本部で粛美琴女史(党国際関係責任者、前立法委員)の海外メディア記者会見。パーフェクトな英語。粛女史は米国籍を捨てて台湾民主化に駆けつけた才女。三年前にも単独インタビューをしたことがあるが郡上八幡に半年ホームスティしたこともある。
 小生は国民党の軍資金などについて質問した。
会見場で小生のとなりはNYタイムズの記者、その隣がスイスからのメディア。その隣は国連の記者だった。
粛女史はチベット問題で「九回裏逆転ホームラン」と比喩。
会場で酒井亮氏が寄ってきて『二十万票差で勝てそうだ』と楽天的。酒井氏は台湾語をあやつる日本人では珍しいジャーナリスト。氏の文庫本の解説を書いたことがありましたっけ。
ともかく逆転できそうというムードが溢れていた。

 夜は、台北在住の旅行作家・片倉佳史夫妻、東京新聞前特派員だった迫田氏らも合流し、雲南料理(錦洲街)で晩餐会。
片倉さんは台湾在住十一年、全てをまわって鉄道の旅の本もものされているが、日本時代の骨董的建物、施設を訪ね歩くという意義深い仕事をされている。
 陳絢暉氏ら日本語世代『友愛』グループの勉強会で紹介されて以来、台湾にくるたびに、珍しいレストランや酒場に連れて行って貰う。昨年は花田紀凱、高山正之、堤堯、中村彰彦氏らと珍道中のときも、セピア色豊かな日本時代の飲み屋の面影を残す店に行った。
 この日、雲南料理では定番コースから外れ、メニューにない特別の料理を片倉さんが注文してくれたので、どれもこれも旨かった。

その後、みんなと別れ、午後十時近くになったが、三十年来の付き合いである台湾実業家と待ち合わせ。
 逆転ムードを伝えると、気になることを実業家氏がつぶやいた。
 「トトカルチョの比率が気になる」というのだ。台湾の選挙、マフィアがらみの賭けが全土で普遍的に行われており、前回も接戦で100(連戦、宋楚諭) vs 101(陳水扁、呂秀蓮)くらいの賭けが行われていた。土壇場で陳水扁総統の選挙カーに銃撃事件がおきた。あれはマフィア同士の賭けのいざこざからで、そのことは小生、四年前の『週刊新潮』で書いた。
 今回の掛け率は、馬英九(国民党)1に対して謝(民心党)は4。つまり謝の勝利は大穴狙いの相場となっている、というのだ。
 ホテルへ戻ると午前一時近かった。


 ▲町では国民党支持はあまり聞かれなかったのだが。。。

 3月21日 金曜日。
また早起きしてテレビニュースを見ながら原稿をすこし書く。八時半、食事を終えてあちこちへ電話。
 そういえば、西村真悟代議士も台北にいる筈なので、あらかじめ秘書から聞いていた宿泊予定のホテルへ電話する。
 「これから帰国するところ。お茶でも飲みに来ますか?」と西村氏。
残念ながら小生は次の約束。午前九時半。『台湾独立』のカリスマのひとり、辜寛敏氏に会いに行くのだ。
早朝に高橋氏から電話があり「新潮社『フォーサイト』編集部のF記者もたまたま台北にいるので同道したい希望あり」とのこと。「問題ないので、どうぞ」。
辜寛敏さんとは三年ぶりである。
相変わらず紫煙をあげての怪気炎。元気そのもの。日本に亡命時代、『台湾青年』を支援して国民党からにらまれた。リチャード・クー氏の父親としても知られる。
 辜先生、「謝さんが『勝ったも同然』だ」と台湾の未来をおおいに語った。

 昼は一人で松江路の康華ホテルへ。別のアポ。ビュッフェ。旨いので相当食べた。目の前が産経や朝日新聞の台北支局だ。共同も時事も同じビルにいる。一帯は日本人村?
それから重慶南路の書店街へ出向いて、台湾政治関係の参考書漁り。
 タクシーは連日乗っているが運転手の九割がたが民進党支持である。

 夜は台湾料理の「青葉」で西倉一喜氏とばったり。共同北京支局長をやめて、いまは京都の私立大学教授。西倉氏は重そうなカメラを持参されていた。四年ごとの選挙とはいえ、こうも連日、珍しい人と邂逅するものである。
「それにしても偶然です。十年ぶり?」
たまたま台北に遊びに来ていた愚息夫妻を交え、「この人は鎖国時代の中国をサイクリング旅行して『中国グラスルーツ』って本を書いたら開高健が絶賛し、「大宅ノンフィクション賞」を貰った人だよ」と紹介しつつ、台湾麦酒を弐、三本。名物のシジミ醤油煮込みなど。西倉さんはまったく飲まない。
 ホテルに早めに帰って原稿書きに本腰。くる前に四本、台湾の記事を引き受けてきたので、取材メモをめくりながら、パソコンに打ち込む。
途中、ラジオ番組「ミッキー安川の朝まで勝負」にホテルの部屋と電話をつないで二元中継の出演。
 終わって、両陣営の最終集会の中継をテレビで見ている裡に午前弐時頃、そのまま寝てしまった。


 ▲国民党の大勝、花火、爆竹で町は騒然

 3月22日 投票日。
 いよいよ決戦の日、天気はあまり良くない。浮動票はどちらに流れるか。投票は午後四時終了、すぐに開票が始まる。
 昼、関係者はライライ・シェラトンホテルへ集合する。
じつは台湾の広報官(駐日台北経済文化代表処新聞組長)だった張超英氏夫人と会うため。張超英さんは1980−85,1993−98年と合計十年を東京ですごし、台湾の広報に努めた。
『台湾をもっと知ってほしい日本の友へ』(中央公論社)という著作もある。
昨年三月にNYで急逝、遺作となった『宮前町九十番地』を日本語に翻訳し、それを記念する傍ら、ちょっとタイミングがずれるが一周忌を兼ねた追悼会を東京で行うため(5月28日、日本記者クラブ)、その打ち合わせ。投票日の昼間ならば嵐の前の静けさだろうからと、この日の集まりになったのだ。
 翻訳チームを率いる共同通信のS、時事のH、版元、そして小生と高橋さんが集合。そこに台湾の外交評論で有名な司馬文武が通りかかる。かれは陳水扁第一期政権のときは、国家安全保障担当補佐官。超英さんの親友でもある。
東京での追悼会のことを話すと、その日、東京に行く、と言いだして面くらう。
 食事が終わる頃、レストランにフジテレビ特派員が駆けつけ、今晩の打ち合わせ。小生が、勝った方の選対本部から中継するための予備打ち合わせである。
 そのあと「自由広場」と改称された中正記念堂へ撮影に。ここでチベット僧侶やチベットからの留学生が座り込みをやっているからだ。
 行って驚いた。支援に来ている人があまりにも少ない。チベットは謝長廷への猛烈な追い風になっていないのではないか? 

 午後四時半、はやくも馬英九の当確ランプが灯った。出口調査の速報である。
「え?」。接戦で勝敗の決着がつくのは午後九時頃ではなかったのか? 午後六時には民進党選対本部前の中継が、はやくも椅子を片付け始めている。
(こんなに大差がつくとは!)。
国民党選対がある愛国西路へと至る道路は渋滞の極み、警備も大量に投入されているが、予想外の驚異的大差となると、暴動も起こらないだろう。いや、前回の暴動は国民党が仕掛けたのだった。
国民党の勝利集会はテレビの中継車が二十台以上、近くに駐車している。群衆がひしめき合って、花火、爆竹がたかれ、ものすごいお祭り騒ぎとなっていた。若い人が多いのも意外である。
九時半にようやく馬英九選対本部でフジテレビの番組を収録。十時に例のスナックへ集合し、熱烈な民進党支持のママたちの残念会に付き合う。そとは悲しい雨が降り注いでいた。
 午前様にならない裡にホテルへ戻って原稿の仕上げを急ぐ。
 

 ▲馬英九次期総統の緊急記者会見が行われた

3月23日、日曜日。
 馬英九当選の緊急記者会見。九時半に仁愛路の会場へ行くが、すでに外国メディアで満員である。この会見を教えてくれたのは台北在住の迫田氏で、H氏、高橋氏も誘った。日本の記者団、およそ50名+諸外国、合計200名ほどだ。
 こういうときは司会者からまっすぐに見える席を選ぶ。挙手しても死角にならない位置取りは結構コツがいる。
 うまくいって四番目か五番目にあたった。馬英九・次期総統に質問。
 「あなたは反日活動家といまも日本で誤解されているが、これから日台関係をいかに改善していくのか」と小生は単刀直入に質問した(詳しくは『週刊朝日』、『財界』誌などに書いた)。
一呼吸置いて、昨年初夏に馬英九氏と単独インタビューしたが「ご記憶ですか?」と余計な質問も。馬次期総統は、「ええ、覚えています」と壇上でにっこり。となりの粛萬長・次期副総統は複雑な顔をしていた。
 校了の土壇場、印刷所でページを空けて待っている雑誌、『正論』へゲラをFAX送稿するため、産経支局へ。
 ただし馬英九とのインタビューの模様は『正論』の記事には挿入できなかった。長谷川支局長のタクシーに同乗。ばったり路上で朝日記者と会った。
 昼飯のあと、二二八記念館へちょっと立ち寄る。投票翌日の表情を撮影するため。

 午後、羅福全・前駐日大使と黄昭堂(台湾独立建国連盟主席)と会う。
敗因の分析や馬英九の新路線の方向など。黄氏は200万人『人間の鎖』を組織した中心人物でもある。
話し込んでいると、おや、事務所に現れたのは宗像隆之氏夫妻と伊原吉之助先生である。
宗像さん、やけ酒をお飲みのご様子で、議論が荒れ気味となる。
 夜食はH氏の古巣・時事通信支局へ寄り道のあと、近くの鍋屋。若者に選挙結果のインタビューなど。


 ▲あわただしく拙稿をネットで送稿し、飛行場へ向かった

3月24日、月曜日。
 徹夜の原稿(?)二本を仕上げた。携帯したパソコンから日本へネット送稿。ようやく荷物を整理し、新聞雑誌のよけいなものをどっさりと捨てて、チェックアウト。H氏は早朝の飛行機で帰国した。高橋さんはあと二日残留する予定。
荷物をホテルに預けて、小龍包で有名な京鼎豊レストラン(長春路)へタクシーを飛ばした。
産経の長谷川支局長と応援に来ていた河崎前支局長、日本テレビOBの高橋氏と昼飯兼情報交換会。この店は選挙と関係のない日本人観光客が目立った。
 それからクルマを拾ってホテルで一時停車。荷物を詰め込み、空港へ急いだ。空港待合室で在日台湾人のJ氏とばったり、選挙結果を分析しあう。機内では、またひたすら寝た。
 疲れました。

 なお台湾総統選挙関係の拙稿は『正論』五月号、『エルネオス』四月号、『財界』4月22日号、『週刊朝日』4月11日号、『自由』六月号、『北国新聞』、3月24日号などにあります。総括的分析は五月末の新刊に収録します。

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(読者の声1)
1.善光寺の美挙  善光寺が中共のチベット支配に利用されることを察知して、たいまつマラソンの起点を拒否したのは正しい。他の仏教組織が同じ仏教のチベッ信者の苦難に沈黙しているのに対して、立派である。
日本の仏教界会は善光寺を除いて、禅宗も密教も売僧組織になり下がった。最低である。 

2.結論  たいまつ行列は止めるべきである。こうなると実につまらない行事であることが分かる。 もともと始めたのはヒトラーである。

3.政治とスポーツは同じ  共産党にとっては全ては政治的に利用できるものである。遺伝学でさえ捻じ曲げられた。別だという人は、20世紀のイデオロギーの悲劇の教訓をまったく学んでいないことになる。スポーツは十分政治である。
      (MC生)


(宮崎正弘のコメント)GHQの3S5D政策のうちの3Sとは、セックス、スポーツ、スクリーン。これで日本人を駄目にする、精神を骨抜きにして大和魂を滅ぼすという戦略的発想が基本にありました。
 戦後、まさに日本は性道徳の乱れ、フリーセックス、映画、テレビ。そして愛国心のない体操によって精神が骨抜きにされました。



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(読者の声2)貴誌2163号の「読者の声4」にあった、「老婆の理屈」とはアーネスト・サトウが幕府への叛意は我が殿様にないと主張する木戸や伊藤に、詭弁を弄する奴らめと難じて投げた言葉だそうです。
しかし村松剛氏によるとそんな英語の表現は見当たらず、似たようなものに「漁師のかみさん連中の理屈」という俗諺はあるそうです。
(HN生、横浜)
 
 
(宮崎正弘のコメント)その箇所を読み飛ばしたのですかね。記憶にありません(苦笑)。
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