国際情勢

宮崎正弘の国際ニュース・早読み

 評論家の宮崎正弘が独自の情報網を駆使して世界のニュースの舞台裏を分析

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宮崎正弘の国際ニュース・早読み

2008/01/03

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「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」 
平成20年(2008年) 1月3日(木曜日) 
通巻第2043号   新年特大号第一弾
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 ◎読者の皆様、あけましておめでとう御座います! 

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ブッシュ政権、中国への武器技術輸出、一部をひそかに認めている
  米国内でブッシュの対中外交に疑問の声、反対論が広がる
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 ブッシュ政権の対中政策へ疑問が広がっている。
 対中武器輸出を厳しく制限してきた米国だが、EUの武器輸出再開を前にして、競争力維持のため<?>一部の武器を解禁した模様とヘラルドトリビューンが伝えている(1月3日付け)。

 それらは航空エンジン部品、航行システム、通信機材ならびにハイテク製品のハイブリッド素材などで、いずれも輸出ライセンスが必要なものばかり。
 NYタイムズの独自調査で、これらを中国に輸出しようとしている在米商社のいずれもが、中国人民解放軍と直接間接に関係するダミー会社であるという。

 日本の武器関連技術に猜疑心を深めるブッシュ政権の足元で、異なった政策が進行しているようである。

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(((((( 今週の書棚 ))))))


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永山英樹『日本の命運は台湾にあり』(まどか出版)
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 国際法の観点から「中国はひとつ」という戯言の矛盾を斬り
   日本の安全保障に直結する台湾の危機を抉り出した力作!

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 本書は台湾のことを多角的に論考するものだが、おもに政治、軍事、歴史から台湾と中国とそして日本の未来を考えている。
気鋭の筆者、永山氏は『台湾研究フォーラム』の会長でもある。巻末には黄文雄氏との特別対談が収録されている。
 特に永山氏は、国際法の観点から「中国はひとつ」という戯言の矛盾を斬り、日本の安全保障に直結する台湾の危機を抉っている。
そもそも国民党が戦後のドサクサにまぎれて、台湾を統治した法的根拠はなく、でたらめな占領開始による既成事実化と、不法な日本の財産接収にはじまり、いきなり台湾に中華思想が持ち込まれたために台湾社会がどん底に陥ったかを簡潔にまとめている。
中国が台湾を領有統治した歴史的事実は一度もない。
そのうえ、北京が呼号する「台湾は中国の不可分の領土」というフェイクに満ちた主張は根拠が希薄であることが客観的に演繹されている。

 この本を読みながら、私は過去36年にわたる台湾との個人的なかかわりを考えていた。
 最初に評者(宮崎)が台湾に足を踏み入れたのは1972年師走だった。
搭乗した飛行機は、126人乗りDC9だったが、日本人乗客は二、三人で、ほかに十五、六人の外国人しかいなかった。信じがたい寂しさ!
台湾との断交直後のことだ。
マスコミが『反日デモ』が起きて暴力化しており、台湾は危険、日本人は台北市内で殴られる、などととんでもない報道をしていた。
印象として、日本と台湾との断交は、もうすでに台湾に中国共産党の軍隊があるかのような、毛沢東に、屈服してしまったかのような報道姿勢だった。
台北空港は当時、市内にあった松山空港で、着いてみると、事態は逆だった。
どこでも歓迎され、「こんなときによく来てくれた」と暖かい挨拶を見ず知らずの人からもされた。直前に台湾へ乗り込んだ杉森久英氏は台湾ペンクラブへ行くと握手を拒否された作家がひとりいた、と言っていた。
そこで私は藤島泰輔氏(当時ペンクラブの理事だった)からの紹介状をもとに台湾ペンクラブを訪問した。当時の会長は王藍氏。歓迎してくれた。淡江文理大学へも行って学生と話し合いの場を持った。淡水は、いまほど開けておらず農道とサトウキビ畑ばかりの田舎町だった。
しかし台湾の人々は純朴で、また日本語がどこでも通じた。
率直に言って私は台湾のことをほとんど何も知らなかった。
突如、台湾へ行く気になったのは、台湾との断交に立腹したからである。昨日までの友人を弊履のように捨てて、敵対していた反対派と平然と友誼を結ぶ。外交が非情なものであり、国益のためには友情も捨てることもあるかもしれないが、人間として許せないものを感じた。
田中・大平外交は、武士の情けという日本伝来の価値観を投げ去り、庶民感情を傷つけ、日本の道徳観を踏みにじったと思った。このときのことは拙著の随所にも書いた。


▲台湾の地下運動、大陸留学生や亡命者たち

ほどなくして雑誌『浪曼』で、台湾特集号を編むことになり、急遽、私と加瀬英明氏とで台湾を一週間訪問し、いろいろな人に取材した。73年初夏だった。
当時の窓口は行政院新聞局で、受け入れ窓口は国民党しかなく、蒋介石の独裁時代だったからか、気味が悪いほどに歓待された。
同年の秋に、田中外交に反対する多くの自民党議員がJALをチャーターし、実に百人以上の国会議員が台湾を訪問した。
灘尾浩吉、椎名悦三郎という台湾擁護派の大物議員をはじめ、玉置和朗、藤尾正行、中川一郎、浜田幸一、中山正輝、中尾栄一といった青嵐会の面々が幹事役で、私は随行記者団の幹事をおおせつかった。記者団は大手新聞、テレビなどマスコミからはゼロ、文藝春秋など雑誌関係が多かった。
園山大飯店はまだ完成しておらずペンキの匂いの残る宴会場で歓迎の祝宴が開かれた。

そのうちに民間外交が必要と私は私的に台湾へ行くようになった。
第一の理由は直後から貿易会社を始めたので多くの台湾企業との取引があったからだ。
第二は留学生の保証人を何人か引き受けた関係で、相手の両親にも会い、また親戚やクラスメートにもあうようになる。友人の輪がひろがった。
第三に取材を通じて知った多くの日本語世代が率直な意見を聞かせてくれるようになった。
この頃から、地下運動の存在をしった。
つまり台湾独立運動諸氏である。町には党外雑誌といわれる独立運動系の民主派の雑誌を売っていた。蒋介石批判を公然と口にする人々とも相当数であうようになった。
この書評で多くに触れる紙幅がないが、台湾の二重構造を、理論ではなく、肌で接触するようになった。


▲80年代初頭には大量の亡命者が台湾へ飛んできた!

それも独特な環境から私の台湾観が形成されていった。
70年代後半から80年代初頭にかけて、改革開放の波に乗って、おびただしい留学生が中国大陸から米国へ、欧州へ、そして日本へやってきた。
かれは実に短時日に日本語をマスターし、また真剣に学問を学び、知識を吸収していった(いまの中国人留学生の日本語の下手なことと対照的である)。
前後して、留学生らの反政府、反共産主義運動ののろしが上がる。
王丙章博士がNYで『中国之春』を旗揚げしたのである。TIMEが特集を組んで、私は初めて、それを知り、数ヵ月後にはNYで、王氏ら数名の『中国之春』の幹部と会った。彼らは共産独裁国家からきたとは思えないほど自由で、溌剌と未来を語り、自由、民主、人権、法治を熱烈に述べた。
 同時平行して、おびただしい亡命者が大陸から台湾へやってき始めた。国民党はこれを「投奔自由」と言った。
 ミグ・パイロット(そのうちの呉栄根は直接台湾海峡を渡って台湾へ着陸した)、京劇俳優、チェロ奏者、医学博士、精神病院医師、レーザー工学から物理学者、そして小説家にいたるまで。ついには魯迅も孫も台湾へ亡命した。
私は毎回の亡命事件の旅に台湾へ飛んで、ほとんどの亡命者に面会しインタビューした。
 台湾が独裁全体主義から徐々に民主化へいたる過程にあり、言論の自由が高まりつつあった。軍人以外は本音をしゃべる人がほとんどだった。
 『彼らは異口同音に台湾には民主が現れているが、何よりも、ここには自由がある。それは人間として、基本的な人間の尊厳をもとめる自由がある』と言った。
 トここまで書いてきて、私は年内に、これまでの台湾とのかかわりを一冊にまとめておこうと急に考えるようになった。
これまでにわずか百回ほどの台湾訪問とはいえ、膨湖諸島にも金門、馬祖にも行ったし、高雄の南ガランビからパシー海峡を眺め、台東の山奥にも分け入った。
 
 そんな思い出に浸りながら本書を読み終えて、台湾が日本の安全保障の生命線であることを再確認したのだった。
 なお、本書の詳しい書評は近く或る雑誌に書くので、本欄は個人的な台湾関係に終始してしまった。

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(読者の声1)貴誌「国際ニュース・早耳」昨年最終版は、その名にふさわしい、すばやく鋭く的確な分析(パキスタン軍部のブット暗殺への関与の可能性を指摘)と、なるほどと思わず唸らせるディープな予測(アルカイーダへの核の拡散の可能性)で2007年の終わりを飾るにふさわしい記事でした。
貴誌がもたらしたのは、本邦無比のパキスタン情報ですが、ブット一族の血塗られた因業の数々を知ってビックリしてしまいます。
欧米が、自分らの価値観を普遍的なものとして、他民族特にイスラムの民に押しつけるのにはかなりの無理があります。
無理筋を通そうとすると大変な事態に見舞われます。
この度パキスタンを襲った混沌は欧米、とりわけ米国の関与が疑われます。深い闇の出現です。
   (有楽生) 


(宮崎正弘のコメント) 昨年度の国際ニュース最大の衝撃のひとつが、パキスタンのブット元首相の暗殺でした。
 インドも、アフガニスタンも、南アジア全域では政治と暗殺は表裏の関係です、ね。
 ブットの父親をクーデタで失脚させ、死刑にしたのはハク大統領でした。ところがハクはヘリコプター事故で死にます。
 あれほど警戒の厳しかったハク大統領のヘリに時限装置がしかけられ、パイロットが昏睡のままヘリが墜落したのでした。KGB説は、いまも消えません。
  父親の死刑はブットがオックスフォード在学中でした。旧友の多くがブットに強靭な個性をみていました。『彼女の父親の死が、彼女の人生を変えた。政治に一直線に駆け上がった』と証言しています(フィナンシャルタイムズ、12月30日付け)。
 ブットの弟だったシャナワゼ・ブットは1985年7月18日、フランスのリビエラ・アパルトマンでなぞの死を遂げていました。
 もう一人ムルタザは、1996年9月20日にカラチ郊外で狙撃されて死亡しています。
 ブットの父親が創設したパキスタン人民党PPPは、ハク(大統領)のクーデタで党首不在となったおりに、母親のヌスラトが党首代行をしていました。
いまも病気がちとはいえ、母親はドバイで生きている。
 ブットの夫であるアシフ・アリ・ザルダリは、しばし党務の役割を代替しそうです。ブットの妹サナウムは政治に関与せず、むしろ義理の妹が次期PPP党首への野心を燃やしている、と言われています。
 息子ビラワル・ブットはまだ十九歳、つなぎを夫があたり、いずれPPPはブッドの息子が指導するようになります。
    


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(読者の声2) 貴誌2041号の「読者の声6」に関して、です。
トリウムに目を向けてくれる政治家や実業家は出てきてくれないものでしょうか。
超伝導電線の主要材料であるビスマスの大鉱脈(秋田県)も放っておいたら、目ざとい中国人投機家と買い占められかねません。日本人の政治家や実業家は技術や科学に疎いことを勲章のように自慢しています。
緊急に国家プロジェクトとしてやるべきはトリウムを使った原子力発電技術の開発です。本気になれば、5年もすれば実用化できるのではないのでしょうか。いや、なんとしてでもやるのです。そして、世界第一、第二のトリウム資源国であるオーストラリアとインドの資源を確保するだけでなく、現地にトリウム発電所を作って、両国と日本の間に超電導ケーブルを敷設するのです。
トリウムを取り尽くした廃坑の上には太陽光発電装置を置けば、両国とも日照時間が長いうえ、緯度が低いので効率よく発電できます。あまった電力を中国に供給すれば、軍事的緊張が高まったとき、電力供給を止めると恫喝しなくても、無言のうちにおとなしくなります。

 ところで中国政府が主要穀物の輸出に緊急関税をかけることが報道されました(12月31日)。
以前にも書かせていただきましたが、日本の食糧自給率を上げることが重要ですが、時間がかかるうえ、よほどの事態にならないと実現に向けた努力が行われません。緊急にかつ足元を見られないようにおっとりと行うべきことは、ニクソン政権時代に米国で成立した、食料品が不足した場合に大統領命令で輸出を禁止できるという法律の日本は例外国と
して米国議会に法律を改定させるのです。
日米同盟の証としてあり、米国に対して「Show the flag!」というのです。牛肉の輸入緩和を要求されたときが一大チャンスです。
   (ST生、神奈川)


(宮崎正弘のコメント) 「旗色を鮮明にせよ」ですか。食糧自給は深く農政の失策と絡みます。問題の所在は誰もがわかっていて、そして鬼の巣窟のごとき農政を抜本的に改革できない。政府に力がないのです。



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(読者の声3) 沖縄戦の住民集団自決をめぐる教科書検定問題は結局福田内閣の事なかれ主義に基づく決着となった。
本来、歴史的事実を重んずべき教科書検定が政治的思惑で左右されるという汚点を残した。ところで保守も左翼も沖縄問題を自分の都合勝手に解釈する傾向があるが私は以下の様に総括できると思う。
(1)沖縄戦の本質は来寇する米軍を第32軍と官民が一体となって迎え撃った祖国防衛戦であった。
(2)沖縄戦の後半は本島南部地区に追い詰められた日本軍、県民を米軍が一方的に殺戮する殲滅戦であった。米軍は相手が民間人であっても無差別にナパ−ム弾や毒ガス、火炎放射器などで殺しまくった。これが真相である。(戦後米軍はこの事実を覆いかくし、米軍の残虐性を記述する新聞、書籍の記事を検閲で許さなかった。反対に日本軍の残虐さを強調する様メディアに求めた。)
(3)第32軍の本来の作戦方針はあくまで持久戦を行うことであったが、米軍上陸後攻勢論が強まり結局首尾一貫しない不徹底な作戦に終始したのは遺憾であった。
(4)県民を如何に保護するかの施策が十分に取られなかった。多数の県民が軍に従って南部島尻地区に避難したことがより大きな犠牲者を出す結果となった。住民の集団自決もこうした混乱の中で起きた。
(5)かかる状況の中で県民が示した軍への協力と米軍への抵抗は文字通り軍民一体となった戦いであり、その壮烈な戦いぶりは筆舌に尽くしがたい。私は沖縄で鉄血勤皇隊やひめゆり部隊の少年少女達の最期の跡を辿り、涙がとまらなかった。海軍部隊が玉砕した海軍壕では大田實司令官が海軍次官にあてて有名な「沖縄県民斯く戦へり。県民に対し後世格別のご高配を賜はらんことを。」で結ばれた訣別電報が打電された。後年沖縄に赴任した大田司令官の三男である海上自衛隊の落合?氏(後にペルシャ湾派遣掃海部隊指揮官)が屋良朝苗県知事に面会した際、革新知事であった屋良知事が落合氏の手を両手で握り、涙を流して「沖縄県民は君の父上の言葉でどれだけ救われたことか。今沖縄では自衛隊は大変厳しい扱いを受けているが、君も今は辛抱してくれ。いつか県民感情も変わってこよう。」と落合氏を激励したとの逸話がある。落合氏はそれまで屋良知事を反自衛隊の知事と見ていたが、それから考えを改めたとのことである。
(6)戦後27年間沖縄は米軍の施政下におかれ、本土復帰後も依然広大な米軍基地が存在している。本土の国民は沖縄の長年の苦労など他人事の如く見ており、自分の近くに基地がなければ沖縄がどれだけ苦労しても我関せずである。これが沖縄県民の屈折した対本土感情を生み出している。
(7)しかし唯天皇陛下におかれては常に沖縄県民の苦労に思いを致されているのは恐れ多い極みである。
陛下は常に忘れてはならぬ日として沖縄戦終結の6月23日を終戦記念日、原爆投下の日とともにあげられている。
美智子皇后が沖縄で詠まれた御歌は感動的である。沖縄は美しい我らの国土であり、沖縄県民は我らの同胞である。本土の人間がもっと沖縄の歴史を理解し、基地問題を解決することがより沖縄と本土の一体感を高めることになると思う。
 私の所感を述べました。
 (武蔵国杉並住民)



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(読者の声4) 日本経済新聞、平成19年12月31日朝刊によると、「集団的自衛権行使の是非などを検討してきた政府の有識者懇談会が今秋まとめるはずだった報告書を巡り、福田康夫首相が一部修正を求めていたことがわかった。懇談会の検討課題の一部について「緊急に検討する必要がない」などと指示。懇談会は内容の再検討を迫られ、提出時期も年明け以降に大幅に先送りされることになった。
……懇談会のメンバーによると、懇談会が検討していた四類型のうち、米国に向かうミサイルを日本が迎撃する場合など、日米同盟に関する集団的自衛権行使について、福田首相が「現実性がないものを提言されても困る」などと疑問視。
首相はかねてより集団的自衛権の行使には消極的とされてきかまた。」そうだ。
また、同日の朝日新聞朝刊によると、「東シナ海の春暁ガス田上空に今年9月、中国軍の爆撃機が2日間で40回以上も飛来し、日本の自衛隊機が緊急発進をしていたことが分かった。台湾の軍事筋が明らかにしたもので、日本政府も認めている。台湾有事に備え、東シナ海で軍事活動を強化する中国軍の戦略の一環とみられる。
春暁ガス田周辺は横須賀などに停泊する米空母が台湾に向かう航路にあたる海域でもある。……軍事評論家によると「同爆撃機は洋上艦艇も攻撃可能。台湾有事の際の、米空母の来援阻止というシナリオをもった訓練ではないか…」とのこと。福田首相はいったい何を考えているのだろうか。中国から、大歓待を受けて帰国した。
中国は日本の金と科学技術がほしいだけだ。嘗て田中真紀子氏の父は、日中国交回復のころ、間違った中国観を持っていたと言われている。それは恐らく、福田首相が今度の訪中で孔子廟を訪れた時の感慨と同じだろう。
それは聖人君子の国、パール、バックの大地、誠意をつくせば必ず答えてくれる、約束は必ず守る、他人(人)を利用することはしない、信義に厚い、プーアチャイナ、誠実、他人(人)を裏切らない、弱い者いじめはしない、等々であろうか。そういう間違った、現実とは正反対の中国観を持った福田首相が、アメリカと中国は戦争をしない、日本と中国は戦争をしない(だから集団的自衛権などは非現実的で必要ない)、と勝手に思
>い込んでいても現実はそうはいかない。やがて中国の空母が東シナ海を通り抜け、西大平洋へ出て行くのは時間の問題だろう。
そして台湾併合の後は沖縄、その後は日本だ。それは福田首相が死んだあとかもしれない。
中国はそれほど長期的に見ているはずだ。
温家宝とのキャッチボールなど茶番以外のなにものでもない。
福田首相が中国から金を貰っているとは思えない。様々な中国の情報が入ってきている今の時代に田中角栄の頃と少しも変わらない中国観とは驚きだ。
福田首相は就任の時に靖国神社の参拝の有無を聞かれ「親しい友人の嫌がることはしない」と言った。中国が親しい友人というのは、福田首相個人の考えであり、日本人のだれもがそう思っている訳ではない。それは集団的自衛権の問題が「非現実的で必要がない」という発言と同じである。集団的自衛権の問題が、日本人のだれもが非現実的で必要ない、と思っている訳ではないのと同じである。間違った中国観、公私混同の発言、とても一国の宰相(あえて首相ではなく)の器とは思えない。
中国は福田首相の帰国後に反省会いや検討会を開いた。そしてその結論は「果報は寝て待て」だったそうだ。
    (TK生、目黒区)


(宮崎正弘のコメント) しかし果報は寝て待っている間に通り過ぎて行った?

      ○●△み○や□ざ●△き○□●○△ま□さ●△ひ○□●ろ□△○●
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(資料) 12月28日午後2時半より衆議院第二議員会館で「マスコミの誤報を正す会」の第二回目の記者会見が行われました。
  「正す会」からは、加瀬代表、藤岡事務局長、中村独協大学名誉教授、三輪和雄日本文化チャンネル桜「報道ワイド日本」キャスター、西村幸祐日本文化チャンネル桜「報道ワイド日本」キャスター、茂木世界出版社長、三堀清弁護士、そして藤田裕行(東京教育研究会)が、記者会見に臨みました。 
  29日付け産経新聞は5面で報じていました。
タイトルは、沖縄県民大海11万人説 本誌「疑問指摘」 誤報を正す会に回答
本文は、
「沖縄県の集団自決をめぐる教科書検定を批判する9月の沖縄県民大会の参加者について、誇大な『11万人』説が独り歩きしている問題を憂慮する『マスコミの誤報を正す会」(加瀬英明会長)は28日、国会内で記者会見を開いた。会は報道16社に送付した公開質問状への回答結果を公表。それによると回答したのは産経、朝日、毎日、読売、東京の各紙と共同通信、NHKの7社。日経新聞や時事通信、沖縄の地元2紙、在京の民放各社は回答しなかった。   質問内容は東京の警備会社による調査で、実際の参加者が2万人以下との結果が出たことを踏まえたもので !)警備会社の調査に関する見解 !)11万人参加報道の訂正をする意思の有無ーなど。 これに対し、産経と読売はコラムや検証記事で警備会社の調査を紹介し、11万人説への疑問や問題性を指摘したと回答した。 一方、残る5社は主催者発表を基に参加者を『11万』と報じたとしただけで、個別の質問項目に回答しなかった。」
というものでした。
 
 会見でのコメント(主旨)
  茂木  「これは、誤報じゃない。今年の漢字は『偽』だったが、『偽報』だ!」
  藤岡  「昭和57年の教科書誤報事件は、記者クラブでの誤解が誤報の発端だった。これは、ミスからの誤報と言える。しかし、今回の『11万』報道は、意図的な背景があるので、より悪質。 主催者側は、実際の参加者が2万人にも達していなかったことを把握していたと思われる。というのも、集会後、主催者側の人間がバスの中で、『集会は大失敗だ。参加者は2万も言っていない』と語っていたとの報告も受けている。」
 
三輪 「新聞とTVは違う。TVは公共の電波を使っている。これは許認可で、誤報放置は放送法に抵触する。少なくとも両論併記をすることが義務づけられている。」
  西村 「1月末ぐらいを目途に、ネットサイトを立ち上げ、ブロガーと協力してメディア・ウォッチをしていく。」
 
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記者会見資料内容
 
「沖縄集会『11万人』の誤報を正す公開質問状への回答結果について」 マスコミの誤報を正す会
 
 当会は11月8日に国会内で記者会見を行い、沖縄県宜野湾市で9月29日に開催された沖縄戦集団自決教科書検定をめぐる県民大会の参加者数について、新聞、テレビ、通信社が主催者による誇大な『11万人』という発表をそのまま鵜呑みにして報道した問題を取り上げました。会見では、航空写真に基づいて参加者を数えたところ多く見積もっても2万人以内であったという事実を指摘して、誤報を訂正するようにマスコミ各社に訴え、その後、在京の新聞社6社、通信社2社、テレビ局5社と沖縄の新聞社2社に対して『沖縄県民集会11万人』の誤報の訂正を求める公開質問状を送付致しました。
 
 当会の公開質問状に対して、朝日新聞、読売新聞、毎日新聞、産経新聞、東京新聞、共同通信、NHKより回答が寄せられました。朝日新聞は『沖縄県民集会への参加人数につきましては、警察など第三者によって公表された数字がありませんでしたので、紙面では主催者発表の数字として「11万人」と報道しました』と回答しました。この回答が典型的なものでしたが、各紙とも支援の見出しに『主催者発表』という言葉を入れることなく『11万人』と報道した責任は免れがたく、読者や視聴者は当然『11万人』を報道各社による事実判断と受け取りました。
 
 今回の誤報は、沖縄戦集団自決の記述をめぐる教科書検定の問題に、福田首相や渡海文科相が政治介入をする口実となり、去る12月26日、日本軍による『強制』を事実上認めた訂正申請を文科省は承認してしまいました。さらに、承認された教科書記述の中には、『沖縄県では、県議会・全市町村議会で検定意見の撤回を求める意見書が可決され、同年9月には大規模な県民大会が開催された』(東京書籍「日本史A」)とするものまで現れました。
 
 沖縄の県民大会の主催者が発表した虚偽の参加数『11万人』は、政治的な意図をもって世論を操作しようとしたもので、事実を報じる責任を負っているべきマスコミがこれに操られ、または同調することによって絶大な効果を発揮しました。端的に言えば、誤報が教科書を書き換えさせたのです。
 
 これは、読者、視聴者の知る権利が蹂躙され、民主社会の基盤が揺るがされた深刻かつ重大な問題であります。
  『11万人』という数字の誤りについては、読売新聞、産経新聞が紙面で報道・言及するなど、事実上の訂正措置を取りましたが、他社については未だにそのような措置をとることなく、今日に至っています。当会は、この度の誤報を正すよう引き続き要請するとともに、今後もマスコミの誤報に対し国民とともに注視し、必要な活動を進める決意をここに表明します。
                    平成19年12月28日 
 
 「マスコミの誤報を正す会」 (代表)加瀬英明 (事務局長)藤岡信勝 (委員)石原萌記、井尻千男、稲垣武、植田剛彦、高山正之、中村燦、西村幸祐、花田紀凱、水島総、三堀清、宮崎正弘、三輪和雄、茂木弘道、藤田裕行。
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((( 宮崎正弘の新刊予告 )))
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     1月15日発売!
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((( 宮崎正弘のロングセラーズ )))
『中国は猛毒を撒きちらして自滅する』(徳間書店、1680円)
『2008年 世界大動乱』(改訂最新版、1680円。並木書房)
『世界“新”資源戦争』(阪急コミュニケーションズ刊、1680円)。
『中国から日本企業は撤退せよ!』(阪急コミュニケーションズ刊)
『出身地でわかる中国人』(PHP新書)
『三島由紀夫の現場』(並木書房)
   http://miyazaki.xii.jp/saisinkan/index.html
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  • 名無しさん2008/01/03

    新年に、第一弾から非常に中身の有る読み応えを感じました。貴重な情報を沢山勉強に成ります。年の初めから大変ご苦労様です。一言の感謝の言葉を書きました。

    久留米市より。

  • kanagawa k.s2008/01/03

    沖縄と北海道は少しわ、自力再生プランを

    作り出せ、タカリと援助待ちでわ、未来わ無い、知恵お出せ。

  • 名無しさん2008/01/03

    後手後手に回る日本外交?外交自体有るのかどうか判りませんが「交渉」事が「話し合い」と「迎合」に終わる日本「害行」今年も続区のでしょうか。