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宮崎正弘の国際ニュース・早読み

 評論家の宮崎正弘が独自の情報網を駆使して世界のニュースの舞台裏を分析

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宮崎正弘の国際ニュース・早読み

2007/12/16



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「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」 

平成19年(2007年) 12月16日(日曜日) 

通巻第2029号  日曜版

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映画「南京の真実」 第一部撮影完成報告兼シンポジウムが開催

     南京陥落70周年、反日プロパガンダ映画の嘘を見破る

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 14日、九段会館では上記イベントが開催され、多くの憂国の士がはせ参じた。

 予告編上映のあと、主演のひとり浜畑堅吉氏が挨拶し、シンポジウムに移った。



 第一部は渡部昇一、東中野修道、高森明勅、佐藤守、富沢繁信、宮崎正弘の各氏。司会は水島総氏だった。

夕方からの第二部は西部遭、田久保忠衛、藤岡信勝、水野正憲、西村幸裕の各氏がパネラーをつとめ、中国が政治宣伝で主張している南京大虐殺の虚妄を徹底的に検証し、嘘の本質を暴いた。



 なお映画の試写会は1月26日よみうりホール。

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(読者の声1) 『南京の真実 第一部 七人の「死刑囚」』完成試写会(14日、九段会館)での二時間に亘るパネル・ディスカッション、宮崎さんもご登壇。お疲れ様でございました。

その中である方が、日本の教科書が最初に「南京事件」を取り上げたのは昭和50年で、死者を4.2万人とした。 一方中国の歴史教科書が「南京屠殺」を最初に記載したのは昭和56年と述べていました。

そして実は、朝日新聞記者の本多勝一が昭和46年に週刊朝日に連載し、47年に単行本化した「中国の旅」が、「南京事件」の教科書記述の切欠となったと述べていました。

1980年代の初めに、靖国神社を「靖国問題」にした当時中国特派員だった加藤千洋、安倍晋三・中川昭一両議員による渋谷放送への政治介入をでっち上げた本田雅和など、火のないところに煙を立て、歴史的事実を偽造して、世を騒がせ、瓦版を売ることに長けた異能の輩が揖集する胡乱な集団が築地瓦版屋です。



本多勝一氏は「中国の旅」について連載当時、次のように語っています。
(引用開始)

「今なぜああいうものを書いたかといいますとね、結論から先に云えば、今だからこそ書いたんです。終戦直後でもない、十年前でもない、まさに今だからこそなんです。今、ああいうものを読めば、イヤな感じを受け、もうウンザリだという人がいるでしょうね。ぼくはそういう人に読んでもらおうと思って書いたんですよ。日本人は、大雑把に云って侵略民族です。

アメリカもそうですね。侵略民族というのは、侵略される側のことはまったく理解できないんです。だから、読んでもウンザリするだけなんでしょう。

日本では、ナチスのユダヤ人殺しがどのように行われたのか、そういう風景を描いたものがたくさん翻訳されている。ところが、日本人自身がやったことは触れたがらない。私が今回、具体的にそれを描いているのは、どういう殺され方をしたかを知らせることです。
 概念的に何千万人殺されたか、じゃあ説得力がない。風景として、どのように殺されたのかを知ることで、それは意味が違ってくるんです」。

(引用止め)



本多は日本兵が村人達を一ヶ所に集め、包囲して機関銃の一斉射撃をする様子を、次のように描写しています。
「・・・言葉に表しようのない地獄絵になった。即死する者や重傷者はもちろん倒れたが、生きている者も本能的に伏せた。ぎっしり重なった死者も生存者も血にまみれ、その間にとびだした内臓もまぜこぜになった。・・・上向きの人、下向きの人、割れた頭、けいれんした足などが、血だらけになっている。 死にきれない重傷者たちの、うめく声がたくさんきこえた・・・」



別のパネリストの方が云っていました。

旧ソ連大使館の前にはシベリアに抑留され死んでいった同胞6万人(一説には10万人近い)を悼む巨大な塔を建て、中国大使館の前には通州事件で虐殺された同胞228人を22万人として悼む塔を建て、皆で毎日祈りをささげようと。

途中退席した渡部昇一氏が、日本の雑誌を読める外国人学者や外人ジャーナリストなんて見たことがない。だから我々は英語の土俵で戦い、そこで勝負しなければいけない。そしてこれは必ず勝てる情報戦だと述べていたのが印象的でした。

宮崎さんは今年『中国は猛毒を撒き散らして自滅する』を書いて好評だったので、来年は「中国経済の崩壊・自滅」(仮題)をテーマに書くと予告されていました。

楽しみにしております。

    (有楽生)





(宮崎正弘のコメント)詳細なディスカッションの模様をかいていただいて感謝申し上げます。と申しますのも、終了後、所用あって品川へ向かい、また九段へ戻りました。

 さて拙著新刊は一月15日配本予定で、現在進めております。初稿が終わった段階ですので、まだタイトルは未定。年末にでも、詳しい予告ができるかと存じます。







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(読者の声2)  参戦勇士の方々が、こうして多くの方々の前で当時のことを直接語るというのは、歴史の一ページです。

 集会に参加されたお一人お一人は、「南京戦を戦った方々に、直接会い、当時のことを直接に、生の声で聞いた」という体験は、計り知れない価値を人生にもたらしたことでしょう。しかし、この様子が、さらに今後もDVDや、様々なメディアで広く国民に伝えられるようになって欲しいと切望しております。

  これこそ、歴史の補助教材として、次世代を担う子供達に「継承」していきたいものです。       (HF生、東京都)(宮崎正弘のコメント) HFさんほか、多くの皆さんから感動のご感想をいただきました。ありがとう御座いました。        ◎◎〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 (三島由紀夫研究会よりお知らせ)
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(1)「三島由紀夫研究会」と「憂国忌」のホームページが全面的に更新されました!http://mishima.xii.jp/37th/index.html とくに第三十七回「憂国忌」のスライド上映など新しい工夫もされております!(2)記録DVD(憂国忌)の発送は終わりました。もし火曜日以降、到着しない申込者は、ご連絡ください。(これは希望者のみ。申し込みはすでに締め切っております)。(3)憂国忌賛助会員の皆様には、会報の合本と記念冊子をお送りします。水曜までに到着しますが、もし、木曜日を過ぎても付着の場合もお知らせください。       ◎ ◎ ◎〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜(資料)  烈士と呼ばれた男・森田必勝氏に関しての一考察                  西法太郎   ♪ 先般の憂国忌のシンポジウムで宮崎さんが取り上げておられた、森田必勝氏の論考を『森田必勝 わが思想と行動』(日新報道)を抜粋します。当時、森田氏は北方領土復帰運動にどう関わってゆくべきかを、現地に出掛けて、一般市民、漁民、市長らと交わりながら考究しています。「われわれは何のために復帰運動を闘うのか。世界三大漁場の一つを確保するだけの目的でも資源獲得だけの目的でもないことはすでに述べた。われわれは失われた民族心の回復と、祖国への誇りの回復として、この闘いを勝ち抜くのである」と闡明しているのには清爽感を覚えます。 また森田氏の四十年近く前の以下の世界観には現在でも通用する透徹したものを感じます。「米国の大国主義と、ソ連の大国主義との接点に位置し、どちらからも左右されない日本独自の方向こそが、真のナショナリズムと、日本のリーダーシップの発揮につながってゆくとするなら、日本は当然、対米・u梺ヌ従という現在の姿勢を正すであろうし、共産側へも近づく愚は犯さないであろう。日本は、国際政治での発言力を増し、健全なナショナリズムは国民を精神的に安定させる。核時代の日本が生きてゆく理想の国家像を、私はこんなふうにみるのだ」と力強く訴える箇所など、今日の論文として通用します。以下も森田氏が書いた論文です。 △ 「民族運動の起爆剤を志向       全日本学生国防会議議長  森田必勝」【はじめに】「この八月上旬に、私達は新民族主義の学生運動の一環として、現地根室を訪れ、色々な人達と懇談したり、さまざまな活動を行ったりして来た。 ノサップ岬には数回足を伸ばし、ガスの晴れ間から水晶島にソ連の監視兵が動いているのさえ観ることが出来た。還らぬ北方の島々への関心はさすがに高く、私達の使命感はより一層高まった。現地の漁民はただもくもくとして働き、涙さえ浮かべようとしない。子供たちは、寒い烈風がふきつけるノサップの突端から、じっと肉親が漁業に励む光景を見ていた。私たちもノサップ岬での演説会とビラ配布の作業の手をしばしば休め、強い潮の匂いのかがれる海と、荒涼とした風景の中で考えたもぁw)!)佞世辰拭!)宗宗!)一体、北方の島々は何時、還ってくるのだろうか。 w)私はこの原稿を書くにあたって何を柱とするか戸惑った。北方問題へのアプローチは幾つもあろうが法的根拠も、歴史的事実も、経済的価値も、軍事政略上の重要性も既に本紙のキャンペーンなどで論じられてしまっている。それ故、それらの事柄は論を進める上での当然の前提条件として、主に復帰運動の現状と展望 ――― そしてとりわけ、私達の推し進める新しい学生運動が北方領土にどう取り組み如何なる役割が果たせるかを考えてみようと思う。【現地との食い違い】私達は根室行きの前から、運動を進めてゆく上でのスローガンの強弱は、漁民と学生との理解の仕方で、微妙なギャップの存在を痛感した。 たとえば私達の「全千島、南樺太奪還」というスローガンと、当事者の「国後、択捉、歯舞、色丹返還」、さらに根室市の「島よ還れ」という抽象的な呼びかけには明らかにニュアンスの相違がある。しかしながら、運動とは、学生も、漁民も、市民も一丸となって行う複合形態にこそ意義があるのであり、学生だけが先走り、浮きあがった行為をしても意味がないのだ。全学連が暴徒だといかに罵られようとも、尚且つ強靭な戦線を張って戦い得るのは、後方・u桙ゥらの支援体制がしっかりしているからである。デモのときは、官権との間に反戦青年委員会がわり込み、カンパには各種組合と文化人組織が応じ、裁判では左翼弁護団が頼みもしないのに助けてくれる。民族派戦線では、何故それが出来ないのか。とくに北方領土に関しては、結束が可能となる唯一の運動目標であるのに――。学生運動は社会的起爆剤としての役割を持っている。学生及び青年の行動が、連鎖反応的に運動の輪を拡げ、大きな力へと成長させてゆく。その歴史的自覚を持ったときこそ、新しい学生運動の明るい展望は開けてくるのである。とするならば、北方問題に関しても、政府も漁民も立場上言えないような主張を代弁するのが学生ではないのだろうか。民族の悲願として、全千島、南樺太をあらゆる条約や障害をのりこえて取り戻すこと。この正当な主張も、政府及び根室市がソ連と交渉するときには、歯舞、色丹、国後、択捉だけが対象となっている。千島列島はサンフランシスコ条約で放棄したから、可能ならば日本に復帰させて頂きたいと及び腰である。外交のベテランソ連に対し、はじめから下手で臨むものだから、馬鹿にされて相手にされないのも当然だと言え・u桙驍ゥも知れない。私達は学生運動で、過激ではあるが理想的な主張を高くかかw)げて闘ってゆく。すると、そうした流れは、やがて実際の交渉段階や官僚機構の中で、妥協的な中間的なものへの転化してゆくであろうしそれが政治であると位置づけている。つまり、交渉へ入るきっかけを作る起爆剤的な運動をすれば良いわけである。【復帰運動の形態と二つの側面】ところで、これまで地元や関係者の力で推し進められて来た運動形態は、どのようなものだろうか――。一、 街頭活動やビラ配布による啓蒙活動二、 講演会やパンフレットによる情宣活動三、 国会とソ連大使館への陳情四、 デモ行進、決起大会五、 日ソ交流の会合等根室市発行のパンフレットにはこうした方向で北方問題を解決してゆこうという姿勢が示してある。いっぽう政府も、昨年(昭和42年)コスイギン首相が提示した“中間的なもの”は立ち消えになったものと解して今後も積み上げ方式(?日ソ貿易の拡大 !)文化の交流 !)日ソ交流のもりあげ)により、北方問題に取り組むとしている。現在の日本の情勢にあって、政府及び根室市の対策にみられる官製の運動は、しかしこれは限界のような気もする。北海道庁領土対策本部長の・u梹迚ョ治氏は、雑誌のインタビューに答えて、次のように言っている。「領土に対してもっと厳粛な気持になって、たとえ一片の土くれ一塊の岩石であっても、我が国の領土ならばこれを守り抜いてゆく、即ち、領土に対する厳粛なる継続者であるということを民族の遺言に植えつける必要があると思う。 こういうことから、私は北方問題は南方問題でも同じように言えますが、これは、“民族の遺言運動だ”と言いたい」(「心情圏」 8月号)この言葉の示すとおり「民族の遺言」運動として北方領土回復に取組むのは、極めて悠長だが重要であろう。世代から世代へ、親から子へと受継がせていかない限りこの民族の怒りの火は消えてしまうのだから。運動には二つの側面があると私は思う。一方では行動的で派手な行動を通じて世間に訴えてゆくやり方と、もう一方では地味な組織固め、啓蒙運動を通じての知識活動を通じての知識普及である。これらの全側面を一団体で担ってゆくわけにはいかないだろうが、各種の運動団体が、それぞれの立場と、得意な分野で、運動全体にどれだけの貢献ができるのかを考えて推進してゆくべきなのだ。毎年開かれている“北方領土復帰国漫w)!)誕膕顱匹蓮△垢戮討量餌嫁秒賃里函!)愀験童!)!)々修!)戝彙跳襪靴董!)腓!)福!)・ッ運動の流れに育ててゆこうとする試みであり、各界から期待が寄せられている。北方の島々が、まだ当分の間、還って来ないとするならば、こうした長期的視野に立ったものも重要だと思う。八月とは思えない冷たい朝、私達一行は、根室市役所市長室で、横田俊夫市長と会見した。運動の方針と展望についての私達の質問に市長は次のように答えた。「北方領土の返還運動は、その交渉の相手の国柄から非常にやりにくいのが現状です。そして一番私が心配していることは島の住民だった人たちは非常に熱心に運動を続けているが、知らない子どもたちがだんだん無関心になっていく傾向です。この点については住民がいる沖縄とは全く異質であるといえますね。北方領土返還運動の歴史は、敗戦の時から既に始まっていました。 当時は同じソ連と連合軍であったアメリカ占領軍の圧迫により随分と苦しみました。一時は漁民が中心となって、ただ昆布がとれればそれでよいといったような風潮になったこともあります。三年位前からマスコミなどの関係もあり、また運動が盛り上がってきました。しかし自治体の運動には限度があることを痛感しましたね。これからは民間の団体との供w)!)!)!)嚢駝臼親阿棒垢蠑紊欧討罎海Δ塙佑┐討い襪里任后廖福愼!)楹慇舷景后抻予住闇!)綏邂貽!)罅砲海硫E鳥堋垢琉娶!)話聾気梁緝重!)憤娶!)如∪椎!)餤捗蠅箋!)帆塙腓鮹羶瓦法∨綿!)療敲峇圓料反イ!)真!)遒蕕譴董∈!)嫉圓領療畋从!)犬般!)椶箆⇒蹐鬚箸蠅△い覆!)蕁!)写惘親阿鮹羶瓦肪鰐!)扮親阿!)垢垢瓩蕕譴討い襦C鰐!)箸呂い─!)聾気粒峠蠅砲老納!)弔箋!)暗磴!)!)討蕕譟!)!)宰綿!)療隋垢涼録泙!)颪!)!)鵑任△襪掘!)峠蠅砲蓮氾腓茣圓譟匹搬臀颪靴仁个隆!)!)!)┐に棉!)鮗!)韻討悗麕櫃箸劼襪!)┐辰討い襦!)!)嫉圓遼悗匹竜蔽稘后⊃!)欧離泪奪舛砲睥療敲峇圓離好蹇璽!)鵑!)!)!)靴討△襦!)気冒敢!)嫉圓△欧討留親阿任△襦!)!)!)貶盧!)嫉圓鮟个襪函!)喘爾鳳親阿悗稜!)藁笋瓠⊂播世呂椶韻討靴泙Α5濤圓覇鷸!)屬龍!)!)圓任蓮∋簔!)留蘋皺颪筌!)鵐僂悗糧娠!)亙鬚譴襪个!)蠅里気咾靴し覯未世辰拭!)ニ擇任了簔!)離妊盥埒覆任發修Δ世辰拭!)嵋綿!)療擇辰謄熟△里發里世蹐Α廚箸いμ誼里兵禺圓気┐い燭箸いΑ!)簔!)!)!)◆!)豕!)嚢圓Ψ写愕萋阿箟蘋皺颪砲い燭辰討蓮△曚箸鵑匹了毀韻倭把未蠅靴討罎!)亘!)澄!)!)嫉圓亘綿!)療擇療戸!)颪盥圓辰拭!)妊僉璽箸箸龍!)鼎世辰燭!)!)劼梁臠!))!)靴呂爐靴蹐!)攣塞覆簗省!)覆旅愼!)忙ε!)靴拭I!)イ發弔!)蝓!)!)砲魯▲疋弌!)驕[ンもあげた。にも拘わらず、国民の反応は無いという。(――正確にいえば一度だけ反応があった。昨年十月にNHKテレビが全国に放映したときの反応は未曾有のものだったと関係者は語った。マス・メディアを通じての全国民からの激励の手紙を集めて、根室市では小冊子“こだま”を発行した。この激励文集を読むと、純粋に返還を求める人たちの声、今まで何も知らなかった中学生の怒りなど多数の感銘深い手紙が綴ってあり、今更ながら民族的な怒りがこみあげてくるのである。)【何のための戦いなのか】私達は一体何のために「北方領土復帰運動」を行うのだろうか。ただ単に魚の獲れる漁場がほしいとか、領土的野心からとかでは決してない。根室市で、私達と関係者との懇談会の席上、ある一人の老人は絶叫調でこう言った。「たとえ、ソ連が何十年居座ろうとも、われわれは日本民族の闘いとして、この運動を続ける」と。この老人の一言に、恐らく私達すべての立場は代表されるのではないだろうかと思う。今日全学連に対抗してぞくぞくと起上がる新しい学生運動の組織は、どれもその運動目標の一つに、「北方領土復帰」を加えている。北海道札幌市では、民族派魁w)!)萓犬燭舛!)嵋綿!)療敝!)∩監山慇玄孫坩儖!)顱廚魴訐!)気察∀桟邁悉椶砲和隋硬!)塀顕颪鮖!)辰拭!)修靴討海海任蓮憤譟!)北方領土復帰を全道学生のみならず全日本学生にも広く呼びかける。(二) 北方領土復帰を実現し、更に日ソ友好を深める。(三) 北方領土の現在の状況をより発展させるために理論強化に努める。という大会決議を採択している。また日学同を中心に、全国の大学の領土問題研究会などのサークルを総結集し、“北方領土回復促進学生会議”結成の動きも表面化している。八月二十四日、ソ連軍がチェコに侵入して三日目に私達はソ連大使館へ抗議デモをかけた。二時間にわたって大使館前に座り込み抗議したが、問題はチェコなんぞよりも、日本の固有の領土が、既に二十三年も前からソ連軍によって一方的に侵略されていることを強調し、北方領土返還要求に重きを置いて訴えた。チェコ情勢がマスコミでかまびすしく取沙汰されたときでもあり、この機会を北方領土復帰運動拡大の突破口として位置付けるために、私達は出来る限りの努力をした。夏休み中とはいえ予想以上の学友が参加したのもそのためである。【北方問題、世界の動きと照応・u栫zよく考えてみれば、北方領土返還運動の過去、現在及び将来は、世界情勢のw)過去、現在、将来に、微妙に照応していることが判る。その場かぎりの安全操業の保障や、一部の島々だけでもとりあえず返してもらおうとする動きは、民族主義としての運動に亀裂を生じさせ、運動を鈍化させるものでしかない。戦後二十三年間、世界は米ソの支配体制の中で揺れ動いた。今、そうしたヤルタ体制に世界のあちこちでほころびが出始めていると見てよいのではないか。第二次世界大戦後欧州からの米軍の撤兵は東欧の共産化を生み、トルーマン・ドクトリンによって西欧は反共で連帯する。米ソの軍備競争は激しさを増し、軍拡のエスカレーションは「ダモクレスの剣の上の平和」(ケネディ)という極めて不安定な状況を形作っていた。米ソ共通の利益のために核戦争も避け、武力を背景とした両国は、他の列国を系列化させる「パックス・ルッソ・アメリカーナ体制」を現出させた。米ソ二大国を基軸に、押しつけられた「秩序」によって戦後の歴史はあったとするならば、各地、各国で起きた局地戦や内紛、政変もこの二大国体制の中でのささやかな事件でしかなかった。日本に再び国粋主義の過熱が起こらないようにと、米占領軍は歴史上実験的な「平和憲法」を押しつぁw)!)叩△△燭!)眛!)楾駝厩膂佞両紊棒!)!)靴燭叛訶舛靴拭I霑!)鮟!)販鮖剖軌蕕龍愡漾¬餌屋媼韻力超焚修閥!)催泙琉蘋!)蓮△靴!)靴笋!)栃胴饂拉曚鉾身!)垢襦岼朷舛離淵轡腑淵螢坤燹廚箸靴萄禿仂譴垢襪里澄F!)榮販!)紊旅餡氾!)躓 宗熟蚕叔!)楕櫃呂泙気法▲▲瓮螢!)拉曚悗糧森海箸靴董!)攵蹐離淵轡腑淵螢坤爐蛮薫佚!)平款陲卜!)任舛気譴橡夙!)靴拭F!)椶漏ね旅餡箸箸いγ詫!)!)魴錣函!)碓賁餌欧箸いξ鮖謀!)魴錣鯔悗票!)頁Ъ韻擦困吠發鵑任!)拭9餠!)鮴椶靴討い襪錣韻任發覆!)⊃!)!)鬚靴燭蝓△気譴燭蠅垢觧!)錣發覆い燭瓠◆嵬餌押廚鮗!)頁Ъ韻垢詆!)廚気!)!)椰佑砲呂覆!)辰燭里任△襦!)い辰櫃Ε熟!)Δ蓮∪峽垣鑪!)渊叔!)療租!)任△詁邁舎陳ダ!)!)函嵜靴靴つ觜饉腟繊廖淵錺肇愁鵝砲諒!)砲暴召辰董⊇!)錣虜!)陲望茲犬拭K綿!)療擇領!)イ蓮▲熟△!)糠!)召鵑静賤里任良堙犢舛粒容世任△蝓!)佇瞳鎧!)鑪!)緝垈跳腓療效呂任△辰拭!)嗣韻魘!)!)!)貌!)榾榲擇愾!)圓掘!)貔擇鬟凜А璽襪吠颪鵑任靴泙辰拭!)海虜鄒錣鰐世蕕!)法▲熟△鰺!)!)蔽楼未砲燭燭擦拭J胴颪浪!)譴寮!)濕膰△鯒Г瓠⊇嗣韻發修里泙浚霖呂汎欝錣里!)燭舛能擦鵑任い襦!)修靴動楕歉鯡鵑琉豐弔箸靴討侶鎧!)藩僂!)!)臀!))!)腓北世蕕!)砲気譴拭!)靴!)靴修譴論鏝紊諒振囘!)米!)椰佑痢◆嵎刃造陵!)曄廝!)ノ反するとして、左翼から反米ナショナリズムが巧みに投影され、基地反対、沖縄返還運動は繰り広げられている。ところが北方領土は、日本人が誰一人居らず、全ては謎に隠されたままである。つい最近(昭和43年7月1日)の米軍機強制着陸事件で、ようやく択捉島に(ソ連の)大飛行場の存在が判明したくらいだ。日本には虚構の平和論と非武装中立論が満ち溢れたが、経済的な回復と、工業力の驚異の発展は、日本人にナショナリズムを新たな形で誕生させた。確かにある時期までは、反米、平和運動の渦中にナショナリズムは吸収されたと理解してよいであろう。が、この冷厳な国際環境の中で、果たして「平和論」だけで日本は生きてゆけるのだろうか。民族として、国家として当然の不安が、やがて眠っていた心を揺り動かし、新しい学生運動が台頭しはじめたのである。新しい民族主義の興隆は必然的帰結として、反米反ソ感情を刺激し、米ソの支配体制に反発する。かくして、下火だった「北方領土復帰運動」に、民族運動のホープである学生運動が介入し、急速に火は燃え広がってゆくのだと思う。北方領土復帰運動の将来は、こうした歴史的事実を踏まえて把えなぁw)!)辰譴个覆蕕覆ぬ簑蠅覆里任△襦!)敝!)!)親阿悗瞭!)愼韻猟鷂澄曚海譴!)蕕遼綿!)療敝!)!)親阿亮臾鬚蓮!)慇犬!)蕕犬覆韻譴个覆蕕覆い隼笋蝋佑┐討い襦8什澆離熟△里笋蠍!)鮓!)襪函!)瓩ぞ!)茲頬綿!)療擇!)圓辰討!)襪海箸蓮∪茲困△蠅┐覆い塙佑┐蕕譴茲Α!)靴燭!)辰導慇犬!)葦劼箸覆蝓!)!)韻箙駝餌臀阿!)緤!)!)蕕了抉腓鬚垢襪箸い辰進9臑侶措阿砲茲覬親阿凌篆覆海修!)斗廚任△襦!)錣譴錣譴浪燭里燭瓩防!)!)親阿鯑!)Δ里!)!)こ!)安腟!)譴琉譴弔魍諒櫃垢襪世韻量榲!)任盪餮山容世世韻量榲!)任發覆い海箸呂垢任暴劼戮拭!)錣譴錣譴麓困錣譴震餌何瓦硫麌!)函∩長颪悗慮悗蠅硫麌!)箸靴董△海瞭!)い鮠,組瓦!)里任△襦K綿!)療擇悗隆愎瓦蓮!)貳鵡駝韻鬚靴椴療攫膰△量簑蝓¬餌屋媼韻量簑蝓!)餡藩!)阿量簑蠅悗抜磴魍!)!)擦襦!)修譴呂笋!)董!)!)椶箸いγ羌藕餡箸!)△海譴!)蕕寮こΔ旅喃箸鬚匹!)匈い靴匹!)覆鵑任罎!)里!)箸いΑ⊆膰!)餡箸箸靴討亮!)!)両魴錣悗量郎!)箸覆辰討罎!)任△蹐ΑJ胴颪梁膵饉腟舛函▲熟△梁膵饉腟舛箸寮榲世飽銘屬掘△匹舛蕕!)蕕盧険Δ気譴覆て!)榮伴!)諒!)!)海修!)⊃燭離淵轡腑淵螢坤爐函!)!)椶離蝓璽澄璽轡奪廚糧!)!)砲弔覆!)辰討罎!)箸垢襪覆蕁!)!)!))!)譴賄!)魁!)佇督表召箸いΩ什澆了兩!)鮴気垢任△蹐Δ掘!)!)座Δ悗盒瓩鼎!)鬘!)ヘ犯さないであろう。日本は、国際政治での発言力を増し、健全なナショナリズムは国民を精神的に安定させる。核時代の日本が生きてゆく理想の国家像を、私はこんなふうにみるのだ。しかし反面、現代は多国家提携の超国家の時代である。巨大な軍事力を誇る米ソを別として、もはや単独防衛はありえなくなった。軍事条約や、同盟組織は巧みに政治力を背景として、作られては消えてゆく。根本的に日本の防衛をどうするのか、或いは民族精神と「平和憲法」とのかかわりをどうするか、という問題は、全て北方領土返還の問題に投影されている。北方領土返還の将来は、そうした歴史的背景を確実に掌握してから想定しなければならないでだろう。【民族の魂の闘いとして推進】私たちは夏の根室視察行で、実に多くの体験を積んだ。抑留漁民の意見、運動家の意見、組合員の意見、市民の意見、――それらは全て貴重な参考であり、混迷する北方復帰問題の現状をきわめて明確に浮き彫りにしている。いまの私の、率直な感想は、もろもろの復帰運動の分進状況を改め、一日も早く主張を統一することではないかと思う。還らぬ北方の島々に対する現実的な解決策はまだまだこれからの問題・u桙ネのである。われわれは民族の魂の闘いとして、この問題に、歴史的使命と、民族的自覚とをもって取り組んでゆかなければならない。「北方領土復帰運動」をいかにリードするかは、日本の民族主義をどの方向へ引っ張ってゆき、どう回復させるか―――という大問題に関わっているのである。(『日本及日本人』四十三年玄冬号所載・『日本学生新聞』四十六年一月一日再録)(編集部から) 森田必勝遺稿集は、日進報道から復刻されており、いまも入手可能です。ご希望の方は下記へ http://mishima.xii.jp/annai/ikosyu.html       △ ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜  ♪ ((( 宮崎正弘の最新刊 )))『中国は猛毒を撒きちらして自滅する』(徳間書店、1680円)『2008年 世界大動乱』(改訂最新版、1680円。並木書房)『世界“新”資源戦争』(阪急コミュニケーションズ刊)。http://bookweb.kinokuniya.co.jp/htm/%8B%7B%8D%E8%90%B3%8DO/list.html♪((( 宮崎正弘のロングセラーズ )))『中国から日本企業は撤退せよ!』(阪急コミュニケーションズ刊)『出拭w)!)肪呂任錣!)訝羚饋諭戞複丕硲仗圭顱法愡暗舁概!)廚慮従譟戞癖駄攴駛次法  !)氈!)@宮崎正弘の比較的入手しやすい本の一覧 ↓ http://miyazaki.xii.jp/saisinkan/index.html   ◎◎ ◎◎ ◎◎〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

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  • 名無しさん2007/12/19

    平成19年(2007年) 12月16日(日曜日) 



    通巻第2029号  日曜版

    今まで一度も文字が可笑しく成りませんでしたが?今回だけは、半ばから中国の文字の様な字が入り込んでましたが?何故でしょうかね?疑問ですが?今後のために!!!指摘をしておくべきかなとの思いで書き込みました。宮崎正弘のメルマガの件です。中身の三分の一がお化けの漢字が沢山入り込んでましたから。久留米在住の読者からの報告を申し上げます。

  • 名無しさん2007/12/16

    森田必勝に関する一考察は文字化けがひどくて、途中からとても読む気にならなくなりました。大阪・黙さん

  • 名無しさん2007/12/16

    一部読めませんでした、私の年代では日本軍が殺人をやる筈が無いといえるのですが戦争も戦後も知らない人が読むと「漫画」の世界ではなくなるんでしょうね、本当に朝日は悪質と思います。

  • 名無しさん2007/12/16

    いつもメルマガ配信ありがとうございます。



    > 途中退席した渡部昇一氏が、日本の雑誌を読める外国人学者や外人ジャーナリストなんて見たことがない。だから我々は英語の土俵で戦い、そこで勝負しなければいけない。



    英語に堪能な方には「Rape of Nanking」へのネット上の書評(コメント)での定常的な反論などがいいかも知れませんね。

    http://www.amazon.com/s/ref=nb_ss_gw/103-3273725-1079068?url=search-alias%3Daps&field-keywords=Rape+of+Nanking&x=0&y=0