国際情勢

宮崎正弘の国際ニュース・早読み

 評論家の宮崎正弘が独自の情報網を駆使して世界のニュースの舞台裏を分析

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宮崎正弘の国際ニュース・早読み

2007/08/17


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「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」 
平成19年(2007年)  8月18日(土曜日)  
通巻第1898号  (8月17日発行)
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 << 今週の書棚 >>

 古来よりの日本的道理と自由の概念を丁寧に探求
      哲学的論考に日本の伝統への矜持

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小堀桂一郎『日本に於ける理性の伝統』(中央公論社)
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 副題は「新日本学の試み」と冠されている。
 「天地の始まりを考える、ということは歴史的時間の流れの起点を考える、ということである。人間は時間と空間という二つの基本的な座標軸を得て、その座標の然るべき位置を占める点としてこの自らの存在を考え、この世にあることの位置を測定する。この『然るべき位置』の測定という発想が生じたとき、その時、人間はすでに歴史的思考を開始したと言えよう」と冒頭から難解な議論が始まる。
 それがものごとを考えることをはじめた意味であり、そこに「道理」が出てくる。

 最初から哲学的歴史論争となってなかなかページが進まない。

 慈円の書いた『愚管抄』が、この国の歴史書で「道理」を正面にだした本格的試みだったと著者は言う。
 対比して「西洋近代とは慈円に後れること三百年」。
 『愚管抄』は、「歴史批判の精神に基づいて著述された歴史書として、我が国で最初の成功例」とする小堀氏は、「一貫した主導動機として『道理』という字眼を提示し、これを歴史批判の基軸に据える」。
かくして「歴史上の有為転変・治乱興亡の相に潜む不条理を、この観点から解釈し、説明し、また裁断する。そのあまりにも『道理』に固執した論の運び」に注目しつつ、小堀氏はこう分析する。
「慈円独特の洞察になる『道理』は、個個の時代と状況に応じて機能し変遷する道理と、それらを全く包摂して全体として把握される道理との入れ籠的な二重構造を有している。」

 この「道理」を重視する原則は政治にはいって北条泰時の「関東御成敗式目」に現れる。
 「所詮輸入品である律令とは出自性格を異にする、これは純国産の法律であ」り、江戸時代ともなると、「寺子屋での童幼の教科書として用いられたほどに、我が国の倫理思想史上の文献」となった。
道理は、それほどのいにしえから日本には定着していたのだ。

 
 ▼ そうであるならば「自由」の概念はいかに?

一方、戦後とみに用いられたために外国からの輸入語かと思われた「自由」は、実は『日本書紀』にも出てくる。
日本独特の雰囲気と使い方と時代による解釈の変遷を踏まえても、じつに長きに亘って、我が国の歴史的空間、言語的空間に「自由」は存在していた。
 戦後の歴史教科書はこういう重要な事柄をなにひとつ教えなかった。

 雑念を取り払って、瞑想しながらでもいい。よく考えてみれば、日本で世界最初の恋愛小説『源氏物語』が書かれ、漢語から日本語の発明があり、世界最初といってよい憲法(聖徳太子十七畳憲法)をもつ。
 マグナカルタは聖徳太子から遅れること数世紀、フランスの文学も心理小説の登場は十六世紀、米国が自由などと言って独立したのは、日本の歴史より二千四百年は遅れているのである。
 日本は立派な「自由」と「道理」の先進国だった。
 本書の歴史的考察を通して、わたし達はこれらの重要なポイントを再確認する。

 「自由」は、しかしながら今日的意義をもって使われた訳ではなかった。
『書記』での「自由」は「ほしいまま」の解釈であり、関東御成敗式目でも「ほしいまま」の解釈が主流である。
 これらの時代の解釈とは文献がしめす限りにおいて、「他人から、世間から、また境遇から、さらには我心からさえ一切何らかの掣肘を受けることなき状態」、つまり「精神の次元での無拘束であり、意志の自由の謂である」という。

 こうして「鎌倉時代の知識人が、歴史世界を動かす原理としての『道理』を発見し、その性格を認識論敵に、その機能を実践哲学的に深く考察し、体得したことは、人間本位主義の世界解釈の樹立として、思想史上に画期的な意義を有する事件だった」のだ。

 しからば「道理」と「自由」は如何様に融合し得たのか。
或いは日本では対立する概念であったのか。小堀氏は「第六章 戦国武将達の『自由』衝動」のなかで、次のように解析されている。
 「東国武士の欲したのは社会に於ける自由、人事の自由であった。或いはまた私生活の自由であり、精神の自由であった。その意味でそれは極めて素朴な次元での自由だった。
 この次元の自由に対して束縛として働く力があった。それは政治的に上位にある権力といったものではなくて武人社会の倫理の根底にある『恩義』という理念である」。

 一宿一飯の恩義なるものは流れ者の世界にもあり、いまのサラリーマンの間にも流れる日本人の倫理観。そして「酬いるべき負債の重ければ想いほどそれだけ彼の自由の範囲は狭まる」(中略)けれども、「『道理』とは、『恩義』に纏わる義理の遂行を厳しく監視し督促する天の声である。しかしひとたび恩義の負債を皆済してしまえば、『道理』はもっぱら「自由」の見方にたつ。恩義の束縛から解き放たれて、今や我は自由なりと意識する個人に対し、その自由を保障してくれるものが道理である」。


 ▼ キリスト教の「道理」と日本的道理とは対立した

 さてこれらが前段階で、議論は、これよりキリスト教の伝来という激動を迎えた日本で仏教思想と、その背景にあった自由と理念という日本的宗教、倫理観という日本の思想体系が、ザビエルなどの宣教師の思想体系との討論、対決の中ですこしの遜色もなく、つまり倫理的思想的に日本はキリスト教を受容できる思想の緩さがなかったことが説かれていく。
 この箇所が個人的には一番面白い。まるで小説をよんでいるような知的昂奮があった。

 そして道理と自由に「天道」への考察が加わるのが鈴木正三(1579−1655)となる。
 鈴木は三河武士だが、家康、秀忠に仕え、関ヶ原から大阪の陣への出陣を体験したあと出家、弟の天草転封にともなってキリシタン弾圧のかの地で多くの寺を建立した。
 「凡そ人間の文化的営為が創造的であるための必要条件は『自由』であるとの認識が成立」したのは鈴木正三だった。

 次いで本書は江戸時代の元禄から戊辰へと悠然とした雲のように流れ、多くの国学、朱子学そして水戸学を比較しつつも、根幹に流れる日本的道理を追求していく。
 幕末明治では戊辰から西郷の「敬天愛人」までの思想的背景、その精神における自由の系譜を眺めながら、鈴木大拙の格言的評価に至る。

 かくして本書は「数十年に及ぶ小堀氏の思惟の結実」などと一言でかたづけられる思惟の営為ではない。

一行一行の気迫が籠められていて、疎かには読めない哲学の書籍である。理性を論じながら魂をともなう記述である。歴史を論じた労作である。読み始めて三日目で、まだ半分にも達しない自分を発見したときは、やはり難しいのか、全編通読を諦めようかと思った。一ページに縦45文字 x 19行。これが五百ページを越える浩瀚である。
 ようやく五日目に巻をおくに際し、本書を読み終えたことそれ自体も一種の感動だった。
 副題の「新日本学」は拓殖大学の同誌に連載された文章が多いことからも採られたという。 (中央公論「中公叢書」、2500円<税別>)。
  


 (注 なお本書は旧漢字、旧仮名遣いで書かれています。小生のパソコンは対応出来ませんのでやむを得ず、この書評は引用箇所を含めて現代字、現代仮名遣いです)

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     ◎み◎や○ざ◎き○◎ま◎さ△ひ◎ろ◎
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(読者の声1) 京極純一氏は、「計量分析、統計分析を取り入れた方法論によって戦後日本の政治を分析した近代政治学の先駆的存在」といわれる東大法学部教授でした。
丸眼鏡をかけ坦々と話を進める「政治過程論」の講義は、洒脱で皮肉っぽいアフォリズムに溢れ、しばしば聴講する学生たちから笑いを誘うものだったと言われます。

・日本の政治文化は「義理人情」だ。
・日本では、戦前の国体信仰が民主主義信仰に入れかわって、民主主義の実践がない。
・日本の政治は「色と欲」で動いてきた。
・堅気の生活者が日本を現在の姿につくりあげた。
・明治藩閥政権に対して権勢の腐敗を糾弾した大新聞(おおしんぶん)の昔から、また強硬な対外路線さらには非戦論を唱えて政府を当惑させた昔から、新聞は政権に批判的な野党性を伝統としてきた。
・戦後、一国民主主義、一国繁栄主義、一国平和主義、まとめて一国とじこもり主義が日本の常識の主流であった。
・日本の新聞マスコミでアテにならないものが三つある。 それは「政治部記者の政局観」、「経済部記者の相場観」、「社会部記者の正義感」だ。 ・・・

先日都下で、築地瓦版屋の星某の会見がありました。
灯台出身のこの仁は、「京極先生の喝破した、当てにならない政治部記者の政局観をお話しするのですが」と、謙遜の素振りと笑いをとろうとする噺を枕にしてしゃべり始めました。 
この仁の記者とのQ&Aでの、「キャリア官僚は ベスト&ブライテストの学生が目指す職種ではなくなった」というコメントには失笑しました。
この仁は、「私が灯台にいた30年ほど前、法学部の卒業生600名の内、200名も霞ヶ関官僚になっていた。 しかし現在は70名に過ぎない。 ひとりも行かない省庁もある。 優秀な学生はロー・スクールや外資、IT系に流れている」と発言しました。
この仁の論の前提に、灯台法学部の学生 = ベスト&ブライテスト という思い込みがあるのです。 
鼻持ちならない仁です。
本来の「ベスト&ブライテスト」 という言葉には、アメリカの最も聡明なはずの国運を担った人々が、判断の舵を切り間違えて、同国をベトナム戦争に導いたという皮肉と批判が籠められています。
星某のコメントに京極先生流の皮肉の薬味がまぶされていたなら、たいしたものです。 多分そうじゃないでしょう。
    (HN生、品川)


(宮崎正弘のコメント) 京極家の末裔でしょうか?京極教授の丸眼鏡、かの家永三郎に似た風貌じゃありませんでしたか?
 ともかくあの時代は丸眼鏡がインテリの象徴でしたから。桑原も丸山も。。。京極先生の書かれた本を一冊読んだ記憶がありますよ。
 そうそう、大ベストセラーとなった、『ベスト&ブライテスト』を書いたハルバースタム氏、先般カリフォルニア州で不慮の事故死を遂げましたね。合掌。



   ♪
(読者の声2) 8月16日の貴メールマガジンの読者の声1に対する宮崎様のコメントの最後の「カンとか、ハトヤマとか、オカダとかより、オザワはましではありませんか」には一つだけ異論があります。
勿論、小生、カンの評価は最低に近いですが一つだけ評価した点があります。
平成10年秋の「金融国会」において、「日本発の金融恐慌」さえ懸念されるほどどん底状態の日本経済を再生させるべく自民党は不良債権を抱えた銀行に公的資金を強制注入する「金融再生法案」を国会に出した。
直前(7月)の参議院選挙で今回同様自民党が大敗し、参院は与党が少数という状況だった。ここで、自民党の出してきた「金融再生法案」を廃案に追い込み、金融不安をさらに煽れば自民党政権沈没という可能性も大いにあった。
が、当時の野党第一党・民主党のカン代表は「金融国会は政局にせず」と断言した。
それを受けて自民党も民主党に歩み寄り、民主党の「金融再生法案」を丸呑み、成立させた。
その結果、「日本発の金融恐慌」は回避された。
ところが、当時自由党党首であったオザワはこれに猛烈に反発した。
せっかく自民党政権を倒すチャンスだったのに、民主党の態度はなんだと怒り狂った。そして、オザワは民主党との共闘関係を破棄する。
民主党に見切りをつけたオザワは、今度はなんと自民党へと走る。
翌年1月に天敵・野中広務氏と手を結び、自・自連立政権を成立させるのだ。が、その後、オザワより数段上手の策士・野中氏によって自由党は分裂させられ、オザワは連立から追い出された。

以上は”依存症の独り言”http://banmakoto.air-nifty.com/blues/2006/06/index.htmlの06年6月4日のブログよりの抜粋。
あのおかしなカンにもいいところがあったのだと新発見でした。それに引きかえオザワは一貫して国益より政局を重視する政治屋。普通一貫性はいい意味で使われるが悪い一貫性もありますね。

なおこのブログには「共謀罪」に関する審議で06年6月、与党がこれまで批判してきた民主党の修正案に突如賛成、“丸のみ”すると、与党の提案を蹴って、自身の法案の採決を拒否したことも紹介されています。
「対案は政略の道具で、法案の成立阻止が真の狙い」だということが証明されたようなもの。
  (TT生、町田市)


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(休刊のお知らせ) 小誌は海外取材のため8月25日から9月3日まで休刊します。
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<< 宮崎正弘のロングセラーズ >>
『世界“新”資源戦争』(阪急コミュニケーションズ刊)。
http://item.rakuten.co.jp/book/4412326/

『2008年 世界大動乱の予兆』(並木書房刊)
 (九月に増ページ、データ更新。全面改訂版が『2008 世界大動乱』と改題され上梓されます)

『中国から日本企業は撤退せよ!』(阪急コミュニケーションズ刊)
『中国人を黙らせる50の方法』(徳間書店刊)
 『出身地でわかる中国人』(PHP新書)
 『拉致』(徳間文庫)
 『三島由紀夫の現場』(並木書房刊)
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  • 名無しさん2007/08/17

    宮崎氏のご高説には何時も肯首しながら拝読していますが、更に、読者の声のレベルの高さには感動すら覚えます。大阪黙山人