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宮崎正弘の国際ニュース・早読み

発行日:4/23


    
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「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」 
平成19年(2007年)  4月23日(月曜日)  
通巻 第1785号 
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 中国から欧州への密国ルートが、いくぶん変更になっていた
  アルバニアからアドリア海でイタリアへ渡海組は激減、いまはロシア経由チェコ
****************************************

 2000年、ドーバー海峡をこえてきた冷凍車を係官が開けたところ、信じられない光景が現れ、強い衝撃が走った。
58人の中国からの密航者が冷凍車のなかで、酸素不足により死んでいた。身元調査の結果、全員が福建省長楽からの密航者だった。

 福建省の“三大蛇頭”のメッカとは省都の福州を囲む、連江、長楽、福清である。
 何年か前、クルマにガードマンを雇って、これらの地域の路地裏まで取材した(きっとギャング多いと考えたから)。
ところが付近には豪邸が建ちならんでいるだけで、集落は閑散として老人と子供しかいない。若者から中年までの村人、町人の多くが当然のことのように外国へ密航していた。

 当時は船による日本への渡海も目立った。しかし取締が厳しくなって、福建省の蛇頭はヨーロッパを目指す人に密航を斡旋するようになった。EU行きが急増した。連雲港からコンテナ船に紛れての密航も増えた。

 EUへの密航は旧東欧が拠点である。最初はアルバニア、中国人には当時ビザが不要だった。
 つぎにアドリア海を渡海した密航者は、イタリアの海岸に上陸、いったんイタリアへ入ればEU域内何処へでも行ける。シチリアの奥地の行商にも中国人が目立った。

 密航を斡旋するマフィアが繁殖し、一人あたりの相場は2万ドルから3万ドルへと跳ね上がった。
かれらが苦労して深夜まで労働して、送金するカネで故郷は豊かになり、豪華な邸宅もマンションも建つようになった。
帰国してそれを目撃した福建人の多くは、ふたたびヨーロッパを目指さないという。生活は中国に居た方が豊かだからだ。EUでは、どうしても労働が過酷で、生活にゆとりがないからである。

 さて、密航ルートは状況により激変するのは当然で、当局と蛇頭との知恵比べ。

 「最近はパスポートで合法的にロシアへでる。ヴィザはすぐ合法的に取れる。ロシアからウクライナへは夜中に国境警備のないところを徒歩で越境し、迎えのミニ・バンでアジトへ。ウクライナから、今度はすぐにスロバキアへ入り、それからチェコへ入る。
最終目的地を英国に選ぶものもいれば、チェコの繊維工場で落ち着くもの、ハンガリーへでるものも多く、しかし英国には密航中国人がすでに57万人もいる」(『TIME』、4月30日号から要訳)

 この間の行動と管理を、ウクライナとベトナムのマフィアが仕切り、過去一年間でも1400人の福建省から、600人の折江省からの密航者を扱ったという。

 しかし何時も思う疑問がある。
危険を冒して、死と隣り合わせのリスクに飛び込むという、この中国人の逞しさは、何だろう。一体、その活力の源泉はハングリー状況からの克服を目的とするだけで、その動機の解明だと済ませて良いのだろうか。
    ◎ ◎ ◎
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(読者の声1) 貴誌1783号(読者の声3)大田区HT氏が「ゾルゲの愛人だった花子が『ゾルゲは私の恋人だったのじゃなく、もっと大きな人だったのね』とつぶやく場面で映画が終わるという結末をご想像ください! 気色悪いこと、この上もありません」
と書かれましたが、これは私にとっては非常なショックです。
ゾルゲ逮捕後しばらくして、愛人の関屋康子さんが何者かにより殺されました。おそらくソビエト政府による口封じでしょう。
別に花子さんという愛人がいたのでは、康子さんが余りにかわいそうです。
尋問での受け答えによるとゾルゲも尾崎秀實も死ぬまで、日本人情報提供者の誰かが裏切ったのだと思っていたそうです。実は、帝国陸軍の防諜部隊が電波の発信元を発見したのが発端でした。
彼らは、所詮仲間も信じられない貧しい心の持ち主だったのです。否、はじめから利用するだけの対象で、仲間だなどとは思ってもいなかったのでしょう。
昭和40年代にベストセラーとなった尾崎秀實の弟の尾崎秀樹氏著の「生きているユダ」も今となっては悪い冗談です。
ところで、日本でキリシタン迫害があったという幻想が生まれる発端となったのは、昭和5年に同文舘から出版された姉崎正治著の「切支丹迫害史」であるといわれている。ただし、私は読んでいません。
不思議であるのは、姉崎氏ほどの碩学かつ秀才がキリシタン迫害の虚偽に気づかなかったはずがないということである。
そこで、ヨーロッパ留学中に恩義(援助)を得た筋からの圧力という疑いが生まれる。姉崎氏は、明治40年に東京帝国大学に宗教学科ができたときの初代の教授である。日本で宗教学を講じるならまず神道と仏教であろう。
にもかかわらずヨーロッパ帰りでヘーゲル流の宗教学を講じる姉崎氏を教授にしたのは、
当時の日本の教育界の悲しい実情であろう。
また同じ明治40年には乃木将軍が武士道の日本における再興を願って、松浦厚子爵、井上哲次郎東京帝国大学法科大学教授と語らって、山鹿素行研究会(素行会)を創めた年でもある。
大正時代に会員30万人までになった同会が占領下の圧力を跳ね返して、未だに小さいながら存続しているのは心強いことである。
当時、日本におけるキリスト教宣教の動きはすさまじく、ついに明治45年2月に原敬内務大臣が中心となり神道・仏教・キリスト教の三教会合が主催された。
日本におけるキリスト教勢力の小ささから言えば、三教を同列におくこのような動きは異常としかいえない。しかも、宮中にも同調するお方がいたのである。ここにおいて、この動きに対抗したのは松村介石氏と下田歌子氏であった。松村氏は自身キリスト教徒であったが、日本人の心性を理解した愛国者であった。
自身キリスト教徒であったからこそ、その危険性をも熟知していたのであろう。渡部
悌治氏と同様である。
中野正剛氏が自殺したのは、若い頃ソビエトから資金援助を得ていたことをネタに協力するようソビエトの工作員に恐喝されたことが原因であったそうである。国を裏切るより死を選んだのだ。最近自殺した上海総領事館員と同様の状況であったのだ。
その赤誠を嘉としよう。ああ、かの姉崎輩にも、同じ心があったならと嘆かざるをえな
い。
  (ST生、神奈川) 

 
(宮崎正弘のコメント) ゾルゲの愛人の一人は石井花子です。銀座の女給から、愛人のひとりに。ほかにも何人もいました。石井花子が戦後、ゾルゲの骨を拾って多摩霊園に祭ったようですね。善意の勘違い、というやつですか。
彼女は回想記を書いて、これがセンチメンタルな「愛」の物語なのです。
不毛を愛と信じたのか、それをウリにしたのか、その『愛は降る星のごとき』だったか、なんだったか、正確に題名を思い出せませんが、文庫本で二冊(最近徳間から復刻版が『人間ゾルゲ』として出ているようですが)。小生も二十年ほど前に必要があって読みました。事件の確信に迫る記述はなにひとつありませんでした。



    ♪
(読者の声2)貴誌1784号にでた、(1)MCさんのゾルゲ情報は大変、参考になりました。ゾルゲに忠節だった尾崎秀實といい、ヒトラーにヘイコラしていた大島浩といい、どうして日本人(とくにエリートと目されていた人)は、こうも外人に弱いのでしょうか。
(2)いま心配なのは「白」の方ではなく、黄の”超大国(?)”中国に弱い日本のインテリ・エリートです。
マスコミ関係もさることながら、外務省のキャリヤー組(上級外交官)に中国ベッタリ屋がいるコトです。僕は大使級の我が中国屋・外交官から「日本はいかにガンバっても、中国にはけっきょく負ける。あの国は個人的コネがモノをいう国だから、私は、せっせとコネづくりに奔走している」という言葉を聞いて、ゾッとしました。
(名無しの老人)


(宮崎正弘のコメント) 精神の奴隷に成り下がって、外国のために身を粉にして働く。売国奴というと率直すぎますが、非愛国者とでも言っておきますか。
     ◎ ◎ ◎ ◎
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   ♪
(特別寄稿)
 張超英さんのこと
       アンディチャン(在米)
   ♪

『宮前町九十番地』(張超英の伝記)を手にとって見ていたのですが、読み始めると面白いのでつい終りまで読んでしまいました。
漢文で書かれた伝記ですから日本の方には読めないのが残念です。(宮崎先生の追悼文には
「十三番地」と書いていますが、本当は九十番地)。
 張超英氏は私より一年上のうまれですが、早生まれなので学校は二年上級生ということになります。同じ時代に生きた人の伝記ですから私もよく知っている部分がかなりあります。
 
 しかしそれよりも感銘を受けたのは、この人の一生はマルセル・マルソーの「スカラムッシュ」を地で行ったような生涯だったことです。
 スカラムッシュの主人公は、友人が貴族との決闘で殺されるのをみて田舎を飛び出し、放浪の果てにどさ廻りの劇団にはいって、やがて劇作者、俳優として名をなし、故郷に帰って友人が貴族に殺された事情を芝居に仕立てて大騒動を起す。それからパリに逃れて剣術の先生に拾われ、やがて不敗の剣士となり、折からの革命運動で平民を代表する代議士となって貴族代議士を一人一人やっつける、そして最後に残った親友の仇、故郷の地主の貴族との決闘でクライマックスを迎える・・・。
  張超英氏は政府の新聞局に入って、やがて台湾から日本へ赴任し、日本からニューヨーク、また日本、そして新聞記者から記録映画の製作など、やがて政界の黒子、フィクサーとなって台湾のために尽力する。彼が援助した政界人物には宋楚瑜も李登輝も出てくるし、台湾独立連盟の人たちとも関係を持っている。
 台湾有数の富豪の子に生まれ、アメリカでの貧乏生活を経てやがて事業に成功して金持ちになるなど、波乱万丈の生涯でした。
 こんなにすごい人物が台湾にもいたのかと思うと共に、こんな人物が脚光をあびることもなく陰の役者として終わったのは、台湾を統治する中国人が優遇しなかったからで、台湾人に生まれた悲哀を感じます。
 私がこの本に興味を覚えたのはこれだけでなく、父祖の代からの人物に関連した事情もあります。母親の甘宝釵さんは彰化の有名人甘得中の娘で、たいへんな美人だった。伝記にも写真が一枚ありますが、この人の妹が甘翠釵さんといって、これも美人だった。翠釵さんと私の母は大の親友でテニスのパートナーでした。成績もトップで、母はいつも二番だったと幼い時からよく聞かされていました。翠釵さんは台中の盧慶雲氏と結婚して、娘の盧千恵さんが今の駐日大使許世楷氏の夫人です。
  実は私が大学を卒業して兵役に服し、少尉小隊長として台湾北部の沿岸警備に当たっていた1958年の秋、母から突然の電話で基隆まで出て来いを言われ、休暇をとって出かけたら母は翠釵さんと一緒だった。あとで思えば、あの時は私を下見に来たのだったらしいけど、汚い軍服を着た私が基隆の雨に濡れても一向に平気なのを見て、人物は落第だったらしい。
 
 私が兵役を終えてアメリカに留学した後、1960年の秋に私の父と盧慶雲さんがアメリカに旅行した際には私がセントルイスで出迎え、一緒にセントルイス、シカゴ、ナイアガラ、ニューヨークなどを巡ったものでした。シカゴには盧慶雲さんの息子さんが住んでいました。


(宮崎正弘のコメント) 当該書籍、張さんから頂いて、日本語訳を頼まれ、そのまま翻訳者に渡してしまったものですから、題名はうろ覚えでした。が、後追い記事で訂正しております。
 邦訳版がでるかどうかは、もうすこし分かりません。
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<< 宮崎正弘の近刊 >>
 『2008 世界大動乱の予兆』
(並木書房、1680円、5月2日配本)
 版元へのご予約は終了しました。有り難う御座いました。
 
  ♪♪
『中国から日本企業は撤退せよ!』(阪急コミュニケーションズ刊)
 『中国人を黙らせる50の方法』(徳間書店刊)
 『出身地でわかる中国人』(PHP新書)
 『中国よ、反日ありがとう』(清流出版)
 『朝鮮半島、台湾海峡のいま、三年後、五年後、十年後』(並木書房)
 『拉致』(徳間文庫)
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発行者プロフィール

宮崎 正弘

宮崎 正弘

http://www.nippon-nn.net/miyazaki/

国際情勢の裏情報を豊富なデータと人脈から解析してゆく。独特な方法と辛辣な批判精神によるニュースの裏側で織りなされている人間模様に興味を持つ。筆者の人生観と執筆を継続する動機の基軸は同じ。ホームページは http://miyazaki.xii.jp/

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