国際情勢

宮崎正弘の国際ニュース・早読み

 評論家の宮崎正弘が独自の情報網を駆使して世界のニュースの舞台裏を分析

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宮崎正弘の国際ニュース・早読み

2007/03/09



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「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」 
平成19年(2007年) 3月10日(土曜日) 
通巻第1731号  (3月9日発行)
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 経済発展と外貨準備の膨張が中国に顕著な軍拡をもたらした
   胡錦濤の軍拡基本路線は「C4 プラス ISR」と軍事専門家が指摘
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 いわゆる「西側」といわれた反ソ同盟、反共・自由陣営の団結は希釈化され、ソ連が崩壊以後は、NATOも劇的に変質した。
 資本主義市場もおおいに変革されている。なにしろロシアや中国企業が西側市場に上場する時代である。

大胆な予測を言えば、NATOは“反イラン軍事同盟”に一部がトランスフォーム(変革)されてゆくのではないか。

 「大西洋同盟」の在り方さえ、ソ連の崩壊でおおきく変わり、しかもイラク戦争をめぐるドイツ、フランスの米国協調路線からの離脱は、その西側分裂傾向を顕現化させ、ついに中国の扱い方では分断されてしまった。
 フランスはあれほどの中国の軍拡を前にしても武器供与再開に前向きなのである。天安門事件直後には、あれほど囂々と北京の人権を非難してきた国が!

 「“大西洋同盟の終わりの始まり”という見方は時期尚早にしても、これからは中国をめぐっての協調、離脱の政策不一致によって、『西側同盟』なるものは大きく変わろうとしている」(フィリップ・ゴードン、ブルッキングス研究所主任研究員、ヘラルド・トリビューン、2月12日付けへの寄稿)。

 西側の同盟的関係の変換は、中国の勃興による。
問題は中国軍の軍拡、急激な膨張ぶりの中身だ。

 2010年までに「自前の空母」を持つと豪語する軍。(3月8日、中国外交部秦剛福報道局長が会見し、『軍の空母建造計画』を認めた)。
 胡錦濤は軍の「ソフトウエア」を力説するが、統合性、戦略的柔軟性(dexterity)、戦闘への準備態勢の充実、そして何よりも「志気」が重要である、と最近力説しているという(ウィリー・ラム「胡の新目標は人民解放軍の勝利への鼓舞」(『チャイナ・ブリーフ』、07年3月8日号所載)を参照)。

 経済の急速な発展と繁栄と外貨準備高の急増によって、中国は19年連続の国防費二桁増という世界でも希有の大軍拡を実現した。
軍国主義大国をめざす中国人民解放軍の予算のなかでも、もっとも優先順位が高かったのがハイテク兵器の拡充である。


 ▼「C4 プラス IRS」とは何ですか?

これらによって「コマンド、コントロール、コミュニケーションズ、コンピュータ」の四つのCと、「インテリジェンス、サベイランス、ルコネィサンス」という「C4 プラス ISR」を達成できた。つまり四つのC(ここまでは日本にもある)に、諜報、偵察、秘密工作を加えるのである(日本はこの後者みっつは機関も、機能も、いや、発想もない)。

米ロと同格に宇宙から地の果てまでの戦域・戦場において中国人民解放軍が対応出来る態勢が固まったと米国の軍事関係者は総括しているのである。
とくに「外貨準備高が一兆ドル超という予算的余裕境遇があり、前江沢民主席時代よりも気軽に、胡は軍の要求に応じることが出来るのである」(前掲ウィリー・ラム論文)。

80年代、コンピュータ時代の訪れに直面したおりに、日本の或る電器メーカーで財界指導者が、C2(コンピュータ、コミュニケーションズ)を力説していた。そういう著作まで出していた。
なんともノーテンキな政治音痴かと、筆者は批判したことがある。
と言うのも、同時期の米国は「C3 プラス I」(コマンド、コントロール、コミュニケーションに、インテリジェンス(諜報)を加えていたからである。

その時代を一気に超えて、中国軍が「C4 プラス ISR」のレベルにまで達していた事実は、日本の今後の国家安全保障にとって最大最悪の脅威になるだろう。
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(読者の声1)従軍慰安婦をめぐる国際キャンペンが開始された観がありますが、貴誌コメントに「安倍首相が党内のばらばらな空気統一を図る目的なんぞないでしょうね。信念の丈(たけ)を述べているのでしょうから」とあります。
であるとすれば、安倍晋三氏が自らの信念に基づいて語っているものだとの理解ですね。安倍氏も「米議会の決議案が成立しても謝らない」というと同時に、当時の政府調査はこのような誤りがあり、実態はこうだったぐらい言わないと、歴史の汚点を否定する卑怯な日本首相というイメージだけが拡大してしまいます。
米メディアはこれから安倍批判の記事がかなり出そうな勢いです。普段、ろくな日本報道もしないメディアが、この件では非常に執念燃やしています。
全く不思議な話ではあります。
 李肇星(外相)も勝手な人物で、日本に塩を送るような記者会見での発言ですが本音では苦々しく誤解しているでしょう。
    (RH生、カリフォルニア)


  ♪
(読者の声2)欧米マスコミのいわゆる「従軍慰安婦問題」に端を発する日本叩きについて。
人権弁護士のメシの種とか、韓国系アメリカ人の票集めとかいう説がありますが、北朝鮮の日本孤立化工作、中国の日米分断工作などが、アメリカ民主党、左翼マスコミなどと呼応しているのではないでしょうか?
また米中との大戦は今も情報戦として継続していると考えるべきでしょう。
今後も中国の影響の拡大とアメリカ民主党勢力によって日本悪玉論は世界に発信し続けられるでしょう。
いわゆる南京大虐殺とて同じこと。中共の正当性をうたい、アメリカは原爆の免罪符にしたいだけ。彼らにとってはウソでも押し通せばよいのであって事実の如何に関わりません。
現在進行中の中国のチベット問題、民主化問題、米国のイラクでの捕虜虐待などに限らず、拡大、覇権主義によって、ここ50年ほど人権、平和にどの国が最も悪影響を及ぼしているか、民間人を大量に殺戮しているか、今日本を非難する当の米国、中国ではないか。
 国際社会が常に戦場であるという意識も無く、工作機関すらない日本はやられ放題だし、そもそもアメリカの属国ではどうしようもない。敗戦とはこういうものか。
私もこの年になって敗戦時の陛下の詔書にある苦悩、三島由紀夫の焦燥が多少実感できるようになりました。国家として国際社会に対処できなくとも、せめて日本で稼いだ企業や個人は国の名誉のために貢献すべきだし、せめて国内だけでも若い人に真の教育をしていくべきだと思う。
誇りなき国は滅びます。
「南京の真実」の映画、およばずながら一口寄付いたしました。本当は国家レベルでやるべきことですが。
  (H生、神戸市)


(宮崎正弘のコメント)(1)と(2)にまとめて。
日本政府、歴代政権が、その場しのぎで、河野談話、村山談話を繰り返してきたツケが大きく廻って来ました。 ここで、安倍首相は「河野談話」を否定する政府見解をまとめることが出来るか、どうか。
 世界の左翼マスコミを敵に回しても、正義の主張をできるか、どうか。
 参議院選挙を強硬突破するには、逆に絶好の機会でもあるのですが。。。



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(読者の声3) 唐突な質問で恐縮ですが、先生にとっての出口王仁三郎のイメージはどういった感じでしょうか。
(MT生、音羽)


(宮崎正弘のコメント)高橋和巳が『邪宗門』を書いて、かれなりの出口像を書きましたが、革命家としての捉え方。松本清張の遺作『神々の乱心』も、出口らしき人がモデルで出てきます。
左翼からみても蠱惑的なのでしょうね。
小生は金沢出身ですが、親類縁者にも熱心な大本教徒がいます。その一人の葬儀にでた経験がありますが、葬送の方法、スタイルはかなり変わっていました。
さはさりながら小生には、この人物にそれほど深い関心がありません。
革命理論と理念と日本の文化伝統との認識に乖離がある、北一輝にあまり関心がないのと同様に。
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(続報)

張超英氏を悼む
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 「今朝(9日、貴誌1730号)で、張超英さんの死去を知りました。メルマガでもお書きになっておられるように、張さんの『台湾をもっと知って欲しい日本の友へ』(中央公論社)の出版記念パーティーのことは今もはっきりと覚えています。あの書物を担当した平林氏も既に亡くなり、歳月の経過の速さを思います」
南丘喜八郎(月刊日本主幹)


「追悼記事を拝読いたしました。改めて宮崎さんの人脈の広さと深さに驚愕しております。 小生の場合、台湾をかじり始めたころ何度かお目にかかった程度ですが、先輩諸兄からは張超英さんのお話は伺っておりました。また台湾の“ひとつの時代”が終わったような気がいたします」。
      NO生(S新聞・元台北特派員)

「張超英さんの突然の死去に驚きました。NYの友人経由で令夫人あてに弔電代わりのお悔やみメッセージを入れておきました。
晩年に出した本を改めて読んでみましたが、張家の家史を通じて台湾の近現代史の断面がよく分かり、とても面白かったですね。
李登輝や宋楚ユなどに関連した部分は彼らがまだ存命中のためか、まだ生臭さが抜けず、(評価を含め)少し距離を置いて見たほうがいいかもしれませんが、我々は惜しい先輩知人を失いました。心から哀悼の意を表します。
貴兄の墓碑銘を読みました。さすが筆が早く、張氏の生前の活躍ぶり、交友関係を活写されていてよかったです。
 なお張さんの一代記『宮前町九十番地』の日本での出版は容易ではありませんが、その可能性があったら小生も翻訳などでお手伝いします」。
SS生(元K通信香港支局長)

「驚きました。貴誌の記事をよんで思い出しました。張さんの中央公論の本はとても良い本でした。恐竜博物館の取材でNYへ行ったおり、宮崎さんのアレンジで、張さんとも会え、三番街の中華料理をご馳走になったことなど走馬燈のように思い出します」
       中村彰彦(作家)

「超英さんのご冥福をお祈りします」
河添恵子(評論家)

「訃報に接し、こころより哀悼の意を表します。宮崎さんのご紹介によって二度お会いしています。淡水のマンションにもお邪魔しました。温泉にはタオルまで持ってきてくれて、細かな気配りには誠に恐縮した次第です。高山さんと小生は露天風呂に入りましたが、宮崎さんも入りましたっけ?
 花岡さんは温泉ダメということで、張さんと待ってもらいました。あのおり、風呂あがりにビールを頂きながら張さんが、微にいり細に亘っての台湾政界の内幕話とその分析が印象的でした。謹んで冥福をお祈りします」。
        藤井厳喜(政治学者)

「かえすがえすも残念ですね。NYに行った折、タングルウッドの別荘まで案内してくれたこと、台北でお世話になったこと思い出します。
世話受けたのは数多いのに、何も恩返しできなかった。無念。なにか、弔意を表す方法を教えてください」。
TH生(J通信。元香港支局長)

「あのとき、なにかからだの調子はよくなさそうだなと感じましたが。台湾、日本、米国に拠点を持つすごい人ですなあ。こういう大人がいなくなってしまったということですね。哀悼を祈ります」
花岡信昭(政治評論家)

「張超英さんの墓誌銘を拝読しました。さすが長年のお付き合いなので張さんの人柄をよく描かれました。私も張さんと長いおつきあし、彼から教えてもらったことは実に少なくありません。お書きになったことがよく分かります」
      WCC生(台湾)

「昨日、集まりがあり、終電車で千葉に帰宅。張さんご逝去の宮崎さんメール拝見。「墓碑銘」を読ませていただきました。
 治療法も進んでいるから助かる、と希望を持っていたのに残念無念としか言いようがありません。張さんの表情が目に浮かび、お世話になった日々のことが次々思い出されます。本当に、一方的に張さんのお世話になりっぱなしでした。こっちは何もして差し上げることがなかった関係でした。せめて、台湾との関係が良くなるように、自分で出来ることはやっていくのが張さんの恩に報いることかなと思います。合掌」。
ST生(N局。元北京、香港特派員)


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(( 宮崎正弘より )) ほかにも夥しき弔辞など頂戴しました。まとめてNYの未亡人のもとへ送りました。なお、東京でも四十九日目あたりに「張超英さんをしのぶ会」の計画が、一部から持ち上がっております。本人の意思により葬儀が執り行なわれておりませんので、あるいは一年忌に集まる機会があるかも知れません。
 それから張超英さんの著作は『台湾をもっと知りたい日本の友へ』(中央公論社)と、本邦未訳の一代記の正式書名は『宮前町九十番地』でした。「宮前町」とは日本時代の台北市のど真ん中、いま台湾セメント本社があるあたりの町名です。
対面のフォーチュナホテルや三菱商事などが入居している高層ビル周辺が(いまの地名は台北市中山北路二段)、嘗て張さん一家の自宅でした。あるとき、車で一緒に移動中に、ふと張さんが、その場所を指さして教えてくれたのです。
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資料
訃報:張超英さん74歳=日本と台湾の交流に尽力
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各紙の報道から
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(毎日新聞)「 【台北・庄司哲也】台湾の対日交流機関の台北駐日経済文化代表処の顧問を務めた張超英(ちょう・ちょうえい)さんが7日、肺がんのため米ニューヨークで死去した。74歳だった。東京生まれで、明治大など日本の大学で学んだ。台湾の行政院(内閣)新聞局に入り、80〜85年に台湾の亜東関係協会東京弁事処(当時の駐日代表部)でスポークスマンを担当。いったん退職した後、94〜98年に台北駐日経済文化代表処の顧問兼新聞広報部長を務めた。流ちょうな日本語を話し、日本と台湾の交流に尽力した。日本語の著書に『台湾をもっと知ってほしい日本の友へ』(中央公論社)がある」(毎日新聞 2007年3月9日)
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 (朝日新聞)「張超英さん(ちょう・ちょうえい=台北駐日経済文化代表処元顧問兼新聞広報部長)は7日、肺がんのためニューヨークで死去、74歳。 
 東京で生まれ、上海、台湾、香港で育ち、50年代に明治、上智大学に留学。その後台湾行政院(内閣)新聞局に入り、ニューヨーク勤務のほか、80〜85年と94〜98年の2回、東京で台湾の広報官として勤務。日本の政財界、メディア界、学界などと幅広く交流した」。 
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(読売新聞)「張超英氏(ちょう・ちょうえい=台湾の元駐日経済文化代表処顧問兼新聞広報部長)7日、滞在先の米国で肺がんで死去。74歳。
 東京生まれ。明治大学卒。行政院新聞局などを経て、1980〜85年、94〜98年の2度にわたり、駐日代表処新聞広報部長として、日本の政界やマスコミなどとの交流を重ね、日台間の実務関係の発展に尽力した。(台北支局、3月8日22時43分  読売新聞)
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(産経新聞)張超英氏(ちょう・ちょうえい=元台北駐日経済文化代表処新聞広報部長)7日、米・ニューヨーク市内の病院で肺がんのため死去。74歳。故人の遺志で葬儀は行わない。
 東京都生まれ。明治大学卒。上智大大学院で学んだ後、台湾の行政院新聞局に入り、外交官としてニューヨークなどの勤務を経て、80年から98年まで台湾の大使館に当たる(現在の)台北駐日経済文化代表処の新聞広報部長や顧問などを歴任、計10年間にわたって日本に駐在した。
 日本の政、財、マスコミに幅広い人脈を持ち、日本語、英語に堪能な知日派台湾人として知られた」 (2007/03/09 )。
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『中国から日本企業は撤退せよ!』(阪急コミュニケーションズ刊、最新刊)
 『中国人を黙らせる50の方法』(徳間書店刊)
 『出身地でわかる中国人』(PHP新書、増刷出来)
 『中国よ、反日ありがとう』(清流出版)
 『朝鮮半島、台湾海峡のいま、三年後、五年後、十年後』(並木書房)
 『拉致』(徳間文庫、残部僅少)
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(すべての本は上のサイトから注文が出来ます ↑)
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<宮崎正弘の三島由紀夫論三部作>
『三島由紀夫“以後”』(並木書房、残部僅少)
『三島由紀夫はなぜ日本回帰したのか』(清流出版。絶版)
『三島由紀夫の現場』(並木書房、最新刊)
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宮崎正弘のホームページ http://www.nippon-nn.net/miyazaki/
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  • 名無しさん2007/03/10

    愛読しています。

  • 名無しさん2007/03/09

    いわゆる慰安婦についての河野談話は本人に否定させるのが一番の早道。

    どこかのテレビで公開討論会をするか、出てこなければ産経新聞でも公開質問状を掲載して、返答を求めるかするのが良いと思う。

    KK生