国際情勢

宮崎正弘の国際ニュース・早読み

 評論家の宮崎正弘が独自の情報網を駆使して世界のニュースの舞台裏を分析

全て表示する >

宮崎正弘の国際ニュース・早読み

2007/03/03



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◆◇◆◇
「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」 
平成19年(2007年) 3月4日(日曜日)  
通巻 第1723号  (3月3日発行)
△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 TIMEが南京大虐殺、両論を併記、やや公平なポーズで報道
  南京の映画六本という日中関係の異常さを主軸に分析している
***************************************

 本日(3月3日)発売の週刊誌『TIME』が南京問題を扱った。
 それもNYタイムズのように反日一本槍ではない。
後者は、偏向執着偏執的なオオニシ記者の反日記事オンパレードで、有識者の顰蹙を買っているが、日本政府はなぜ、この男をペルソンノングラータとして国外追放しないのか?

 ともかくTIMEのはなし。
 同誌3月12日号は「歴史によって追求される(真実)」と題され、米国マスコミでは珍しく南京問題を取り上げている。

例によって日本軍の残虐さを異様な執念を抱いて誇張する人達、それもアイリスチャンを神格化する反日派を多く取材しているが、出色は、日本の良識人がこれから挑むドキュメンタリー映画「南京の真実」を無視しないで、やや公平に取り上げ、しかもプロデューサの水島総氏に直接取材し、「日本の右翼」などと余計な注釈を付けながらも、一応、言い分を書いている。

 「何人かは南京の写真がインチキであると主張し、また映画をつくる水島氏は『南京』なるものは中国が創作した(setup)もので、誤った歴史に基づいている」と言う」と書いている。

 日本の反論は全体の五分の一ほどのスペースしかないが、真実をもとめようとする日本人の発言、および日本側の動きをこれまでまったく報じなかった欧米中国などのメディアが多い中で、やや公平なスタンスをTIMEが取った。

ただし、水島氏の発言のあとに、意図的に「日本専門家」なる人が登場して、「南京大虐殺はなかった、という異見は日本で一枚岩(monolitic」のものでない」と余計なインタビューも挿入させてはいるが。
         ◎ ◎ ◎ ◎
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
    ♪
(読者の声1)貴誌1721号(読者の声2)に「米国人の竹島問題研究家ゲーリー・ビーバーズ氏」とあります。
彼はしかし幸運です。
李氏朝鮮末期に国王顧問をしていた米国人スティーブン・何某氏が帰国後サンフランシスコの新聞に李氏朝鮮の実情を書いたところ、その記事が出た日の夕刻二人の韓国人が彼の自宅を訪ね、「あの記事は間違いだと発表しろ」と言ったそうです。断るとその場でスティーブン・何某氏は拳銃で撃ち殺されたそうです。
しかし、Gerry Beavers氏はまだ生きているようです。
日本政府は竹島の領有権を主張しないことで、また韓国政府の妄説に反論しないことで国際法を無視してもかまわないと宣言していることになります。
これでは、日本国憲法の前文にある「国際社会において、名誉ある地位を占める」ことなどできません。
(読者の声3)に「福岡市の箱崎宮で日蒙合同慰霊式典が開催されました。これは来日中のモンゴルの大統領の発案で、736年前の元寇における両国の戦没者の霊を合同で慰めようとする歴史上はじめての試み」とあります。
しかし、日蒙合同ではなく、日本側だけであれば、北条時宗が鎌倉の大覚寺に石碑をたて、そこに「先の二回の戦いでなくなった蒙古および高麗の兵士たちの御霊の安らかなることを祈る」(多少文言は違うが)と刻ませています。
「先の戦争でなくなった日本兵の御霊の安らかなることを祈る」なんて文句を書いた石碑をシナや韓国で建てたらたちまち壊されてしまうことでしょう。
こんなことが可能なのは、日本はまさに天皇陛下を中心とした神の国だからなのです。
     (ST生、神奈川)


(宮崎正弘のコメント)台北郊外芝山岩にある「六氏先生の墓」のことを思い出しました。これは明治時代に台湾の教育改革を目指して、伊沢修二の発案で六人の日本人が台湾の教育のために訪れ、芝山岩に学習塾を開いた。
 それを匪賊、土民が急襲し、六人の前途有為な日本人教員を殺害(日本人の用務員さんも殺された)。事件後、台湾の有識者が立ち上がって「六氏先生の墓」を建立し、御霊鎮めの儀式を執り行って来ました。
 蒋介石が台湾に上陸したとき、この墓も破壊され、となりに建っていた伊藤博文の顕彰碑も横倒しにされた。
 風雨にさらされ、朽ち果てるかに見えた六氏先生の墓は、台湾が民主化された直後に篤志家らによって再建立され、伊藤博文の顕彰碑も半世紀ぶりに建てなおされました。
 犠牲となった六人の教員の関係者のひとりが小田村四郎前拓殖大学総長です。
 小生も、この墓には三回ほど行っております。いずれ、何かのドキュメントにしたい、と考えているからですが、ともかく、せっかく再建なった顕彰碑、とお墓。
 それを中華思想組の反日活動家らが、またまた赤ペンキで落書きしたり、お墓を廃棄しようと夜中にごそごそと蠢き、まさに台湾にも典型的な墓暴きの“中国人”(外省人)が居るのですね。
 そのことを思い出したのです。



   ♪
(読者の声2)貴誌3月2日付け1721号の読者の声「しなの六文銭」氏と「ST生、神奈川」氏関連です。
「自由」の概念を免疫学的に読むと理解が早いです。
我々の「知」はその構造的バックボーンのうちのひとつを生物学的基盤に有しています。生命的な原理としてのいわば「血」は、高度で複雑な免疫システムによって維持されています。「自由」の根拠になる「自」すなわち「自己」をこの免疫システムでは、「自己とは非自己でないものである」という二重否定の論理で定義しています。
すなわち免疫的に明らかに生命活動に害のある物質(「非自己」)ではないものの集合が「自己」。実はこれは経験的にしか確認できず、きわめて輪郭が曖昧な定義です。
我々の生物学的自己はこの二重否定の原理のなかで、食文化なり環境なりを豊かにしてきています。個体の生命活動と共存できないものは、黴菌として免疫システムが排除し、当面共存できるものは共存し、個体の一部になっています。この当面共存できるたんぱく質の集合体がいわば免疫学的「自己」です。
この共存できるたんぱく質の多様性が免疫的自己の自由空間です。
これはある意味曖昧で、それゆえフレキシブルで、開放的です。性格的に几帳面で、自己主張の強い人でも、腸のなかには、無数の細菌類が同居して、生物的個体を維持しています。
免疫的にはそれらの細菌は「非自己ではないもの」として自己の範囲に加わっている。食文化でいえば、山菜である「ウド」は食えるが「トリカブト」は食えないという経験により我々は生命活動を維持させてきました。その意味で、生物体としての人間には「ウド」を食べる自由はあるが、「トリカブト」を食べる自由はない。「トリカブト」は非自己として排除されるが、「ウド」は「非自己ではないもの」として許容され、自己を構成する一部となっていく。
 この免疫的自己定義(「血」の論理)をベースにして「知」は生まれています。したがって、知の論理であるところの「自由」もまた免疫的自己定義に根をもっています。非自己すなわち「禁止すべきもの、してはいけないこと、倫理」によって除外された空間が真の自由空間です。
すなわち自由な国というのは優れた法治国家でしかありえない。
自由は決してあらかじめ与えられたもの(所与)ではなく、禁止という鍬で耕された大地の上に開かれた耕地にはじめて開かれるものです。この免疫システムが採用している「自己とは非自己でないものである」との自己定義はそろそろ文化の財産として定着してほしいものです。
自分と他人との関わりを「愛」という端的な肯定概念で語ることと、「自分がしてほしくないとおもうことはひとにもするな」という二重否定で語ることとの違いをじっくりとかみしめたい。そうすれば、否定の否定という弁証法の論理の本質が実はこの二重否定としての倫理と同根であることに気づいてもらえるように思う。
 この知の論理の根拠にある血の論理は同時に経験のもつ重要な意味を教えてくれます。自由は経験、すなわち伝統の根に咲く花です。これは「知」「血」に対して「地」と呼べる原理です。
ただし伝統はあくまで経験知の集積として価値があるのであって、科学という現代的経験知蓄積手法と両立すべきものです。
 この知、血、地の論理が文化に根付くと、世界はもっと自由な空間として花開くと思います。日頃、このメルマガから情報を得てばかりいる者ですが、この駄文がその恩義に対してのささやかな御返しになれば、幸いです。
    <岩手 アシカビヒコ>
         ▽ ▽
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
     ♪
<宮崎正弘の近著>

『中国から日本企業は撤退せよ!』(阪急コミュニケーションズ刊、最新刊)
http://item.rakuten.co.jp/book/4115513/
 『中国人を黙らせる50の方法』(徳間書店刊)
 『出身地でわかる中国人』(PHP新書、増刷出来)
 『中国よ、反日ありがとう』(清流出版)
 『朝鮮半島、台湾海峡のいま、三年後、五年後、十年後』(並木書房)
 『拉致』(徳間文庫、残部僅少)

<宮崎正弘の三島由紀夫論三部作>
『三島由紀夫“以後”』(並木書房、残部僅少)
『三島由紀夫はなぜ日本回帰したのか』(清流出版。絶版)
『三島由紀夫の現場』(並木書房、最新刊)
http://www.amazon.co.jp/s/ref=sr_st/503-5227451-0680731?__mk_ja_JP=%83J%83%5E%83J%83i&page=1&rh=n%3A465610%2Cp_27%3A%90%B3%8DO%81_c+%8B%7B%8D%E8%2Cn%3A466282%2Cn%3A492048&sort=daterank&x=8&y=8
(すべての本は上のサイトから注文が出来ます ↑)
              ◎ ◎ ◎ ◎ ◎
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
宮崎正弘のホームページ http://www.nippon-nn.net/miyazaki/
◎小誌の購読は下記サイトから。(過去4年分のバックナンバー閲覧も可能)。
http://www.melma.com/backnumber_45206/
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
(C)有限会社・宮崎正弘事務所 2007 ◎転送自由。ただし転載は出典明示のこと。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

規約に同意してこのメルマガに登録/解除する

メルマガ情報

創刊日:2001-08-18  
最終発行日:  
発行周期:ほぼ日刊  
Score!: 99 点   

コメント一覧コメントを書く

この記事にコメントを書く

上の画像で表示されている文字を半角英数で入力してください。

※コメントの内容はこのページに公開されます。発行者さんだけが閲覧できるものではありません。 コメントの投稿時は投稿者規約への同意が必要です。

  • コメントはありません。